2020年01月04日


結論から言うと、史上最高に面白いM-1だったと思います。
準決勝は会場のNEW PIER HALLで観戦したので、その時の印象も踏まえながらまずは1回目のネタの感想を。

・ニューヨーク オリジナルソング
おおむね客席のウケ順で決められた準決勝の審査でしたが、ここは上がらなければおかしいというほどウケていたわけではなく、当落線上にあったんじゃないかなというイメージです。
彼らの武器である毒の効いた切り口は今の時代だと「あらかじめ取り除かれておくべき小骨」だと感じる人が多いのではないかと思っていたのですが、そこをかなり修正してきたネタだと思います。今までなら屋敷さんの「女性はLINEが既読にならないとかに共感する」「女性は異様に一途な人が好きだから100万回とか言っておけばいい」みたいなツッコミの部分がもっとメインになるんですよね。
そういった毒を控えめにしつつ、でもヒット曲をちょっとバカにして、でもやっぱり楽しく笑えるネタです。「マッチングアプリが一番出会える、冷静にそう思う」って本当に心に響きますよね。
結果は619点。トップなのでどうしても抑え気味の点数になってしまうのは仕方がないと思いますが、特段の加点要素がないというのもあるかなと思います。
松本さんが「笑いながらツッコむのが好きじゃない」とコメントしていましたが、おそらくツッコミがあまり効果的に働いていないと見えて、その理由が笑いながらツッコミを入れていることにあるととらえたのではないかなと思いました。

・かまいたち UFJ
くじを引いたら2番目がもうかまいたちというとんでもない展開。もはや賞レース決勝常連となった彼らに対する期待は尋常でないものがありますが、それを軽々と超えてきてさらに「なんだこれ」と思わせる衝撃のネタです。発想だけでもなく話術だけでもなくキャラクターだけでもなくワードの強さだけでもなく、そのあらゆる要素がとんでもないレベルで融合したとんでもない漫才です。
準決勝でやったのは2本目の「となりのトトロ」です。そっちも面白いんですが、何なんでしょうねこのネタのすごさは。ありネタではあるようなんですが、そういうことを感じさせないぐらい、どうやってこれ考えてるの、どうやってセリフ覚えて喋ってるのと衝撃を受けました。
点数は660点。例年なら最終決戦進出確定どころか1位通過も十分ありうる高得点です。これが序盤に出てどうなっていくのか。

・和牛 内覧
ここで敗者復活枠。さらに敗者復活の投票結果も発表されて、和牛がダントツの1位で勝ち抜け。
この「内覧」のネタは敗者復活戦と同じネタですが、準決勝で披露したのはこれとは違い「板前だった頃の癖」みたいなネタでした。準決勝は大トリでしたが、ぺこぱやミルクボーイといった決勝初進出組に押されてウケとしてはいまいち。それでも和牛は決勝に上げるんだろうなと思っていたら落とされていたのでびっくりしましたが、「内覧」のネタの方が本気度というか、これで勝ちに行くという気持ちを感じるネタのように思いました。だから準決勝は温存していたのかなと思ったり。
「内覧」のネタはいちいち奥に行ってまた戻ってくるのがいいなあと思います。「住んでる」「住んでない」というわかりやすいワードを繰り返すことで笑いどころが散らからなくなる効果があるのもいいんですが、最後の最後で「住んでる」「住んでない」からちょっと離れますよね。そこが難しいなあと思いました。
終盤の川西さんの「いいね!」で楽しく盛り上げて笑わせるのを狙っているのかなと思うんですが、たぶん彼ら自身の自覚するイメージと、和牛に特段の思い入れがない人たちの抱くイメージがちょっとずれているんですよね。そういったところもあって、爆発しきらない、圧倒的とは言いにくい感じになってしまったように思います。
とはいえ、点数は652点。これも例年ならもう最終決戦進出確定と言っていい点数です。

・すゑひろがりず 合コン
かまいたち和牛と高得点が続いて、残りは全組決勝初進出。もうこれで決まって後は消化試合になってしまうのでは、この中で空気を変えられるのは1組しかいないのでは……と思ったら、くじ引きで決まったのはすゑひろがりず。これ以上ないくらいの巡り合わせだと思います。
M-1グランプリって漫才師を最もかっこよく見せられる大会であり番組だと思うんですが、この二人がせり上がってくる時の鼓と扇子を構えた立ち姿のかっこよさたるや、今までのM-1の歴史で一度も見たことのない種類のものでしたよね。そして南條さんが「Because We Can」に合わせて鼓をポンポンと叩きながら階段を下りてくる。見る人の頭に残っていたかまいたちと和牛という2組の漫才師の残像を、この瞬間にもう吹き飛ばしていたと思います。
で、このコンビは何がすごいって、キャラ漫才と思わせて何キャラなのか名乗らないんですよね。普通なら「我々、少々狂言を嗜んでおりまして」とか最初に言いそうなものなんですよ。でもそれをやらない。名乗らずに、自分たちに最初にラベルを付けずに、ネタで何キャラかわからせていくのがすごいと思います。
とは言え、彼らが何キャラかって明確には言葉にできないですよね。能でもないし狂言でもないし、昔の言葉に当てはめてるかというといつの時代の言葉かよくわからないし。要はみんなの記憶にある「古い日本」の全体的な記憶やイメージに訴えかけるあるあるネタなんだと思います。しかも単なる当てはめやあるあるではなく、演技力のクオリティが常に想像を超えてくる。最初の「すゑひろがりずと申します、よろしくお願い奉りまする」という自己紹介がもう、この人たちの見た目で「ああ、こういうキャラなのね」と少し侮ってしまう見る側の想像を超えるんです。
で、最初の「お主は誰そ」のくだりの完成度を見て、完全に彼らの世界に引き込まれてしまいますよね。世界というか、「この人たちはこういう人たちなんだ、これで完全に笑わせてくれるんだ」という安心感にどっぷり浸ることができるんです。これがもう少しでも演技が甘かったら、全然引き込まれなくなると思います。
コンビ名がみなみのしまだった時代からM-1やキングオブコントの予選でたびたび見ていて、私は彼らのこの芸が見てるだけで楽しくなってしまって大好きだったんですが、決勝に上がるのは難しいだろうなと思っていました。キングオブコントならまだしも、M-1だと例によって秘技「これは漫才ではない」が発動して落とされる類のネタだろうなと。でも今年の準決勝で見たこのネタは、他のネタに比べて二人のかけ合いが多いのか何なのか、「これは漫才ではない」が発動しないような気がしたんですね。で、バカスカとウケていたからこれは決勝に上げてほしいなと思っていたらちゃんと上がったので、めちゃくちゃうれしかったです。
コールも楽しいですよね。「なにゆえ持っておる、なにゆえ持っておる、召し足りぬゆえに持っておる」なんて語呂とテンポが異常にいいです。
最後の「関白遊び」は、「関白のお言葉は、盤石!」こそあまり当てはめがうまく行っていないからかいまいちでしたが、「なればそちに、越前国、七十万石を授けよう!」「ありがたき幸せ〜!」がウケましたね。歴史の授業で習った、時代劇で見た、いや見たことがなくてもなんかわかる。今面白いことを言っているというだけでなく、そんな自分たちが記憶していることを自覚すらしていない記憶を全力で揺さぶって笑わせるのは本当に強いと思います。
点数は637点。立派な点数だと思います。審査員のコメントを聞いている二人がなんだか感無量に見えました。もちろん私も感無量でした。

・からし蓮根 路上教習
若い。見るからに若い。準決勝の舞台で見ても若いのがわかりますが、テレビで見るともっと若いですね。もちろん年齢も出ますし。
準決勝だと伊織さんのボケもウケるし杉本さんのツッコミもぐいぐいとウケて最後の轢くところで爆発という感じだったんですが、知名度がないことをひっくり返すインパクトのあるくだりがなかなかなかったのか、そこまでのウケ方はしていなかったですね。
ただ、若さと同時に見るからに野心が伝わってくるんですよ。やってやるぞ、今から漫才でのし上がってやるぞという野心が。それは準決勝でもひしひしと伝わってきたんですが、この決勝のネタの後の審査員とのやりとりでもさらに感じました。特にツッコミの杉本さんの顔つきが、雰囲気に呑まれそうになりつつもやってやる、何か言ってやると思っていそうに見えて。
そういう風に思っていたら上沼さんが和牛と比べてうんぬんということを言い出したので、本当にびっくりしました。後で書きますが、準決勝を見ていた時に本当に私も同じようなことを感じたし、他のお客さんもそうだったんじゃないでしょうか。それは和牛に限ったことではなく、常連組や売れっ子と呼ばれていた他の数組にも言えることです。もしかしたら審査員もそれを感じ取っていて、だから決勝はこういう審査になったんじゃないかなと。
点数は639点。すゑひろがりずと比べて上にしたり下にしたりが審査員ごとに違って、結果的に僅差という感じです。

・見取り図 お互いのいいところ
去年初めて決勝に進出したものの今一つだった彼らが、準決勝で立派にウケて再び決勝へ。ネタの中で盛山さんが自分のことをブサイクとかデブとか言うのを聞くたびに「そこまでかな」と思っていたのですが、ネタ前のVTRで出た昔の二人の顔を見て、「昔こうだったんなら言うわ」と納得しました。
このネタ、自分たちの特徴というか自分たちの見た目の面白がり方をプレゼンする、とてもいいネタですよね。これも準決勝で見た時に、「このネタで優勝して売れてやるぞ」という野心を感じました。だってこれで優勝できたら、このネタがそのままバラエティで彼らをいじる時のお品書きになるんですから。
点数は649点。和牛と3点差に迫る、これも立派な点数です。塙さんに指摘されていた盛山さんの手の動きは本当にそうですよね。見返すと他のネタでも同じようにやっています。手を組んでいるでもないあの手の置き方はちょっと独特ですが、指摘されないと素人はなかなか気づかないと思います。でもプロから見たらすごく目に付くんでしょうね。こういうのは、師匠がいたら早い段階で言われることなのかなと思ったり。
実際、手の位置があっちこっち行って振る舞いが定まらないというのは、漫才師としてどっしりして見えないというだけでなく、盛山さん自身が漫才師として、ツッコミとして何者なのか今一つ定まっていないということなのかもしれません。M-1の決勝まで来られるんだからすでに立派な漫才師なのに、それでもまだ改善の余地はあるということなんでしょうね。それはもちろん、改善すればもっともっとよくなる可能性があるということでもあります。

ここまで6組が終わり、1位は660点のかまいたち、2位は652点の和牛。
この日見ていて、あれだけ腕のある漫才で実績もウケも十分なこの2組をこの後出てくる誰かが上回ろうとしたらそれはもうめちゃくちゃくにウケなければいけない、でもそれぐらいウケたらM-1の歴史を変えるほどのインパクトが残るだろうと思いました。
残っている4組のうち、その可能性がありそうなのは2組です。これは結果論ではなく、本当にその時思っていたことです。準決勝を見てファイナリストのメンツを見て、出番順次第ではあるもののM-1の歴史を変えうるぐらいにウケる可能性があると思っていた2組が、この時点でまだ残っていました。
誰かここからまくれ、M-1の歴史を変えろ。そんなことを願いつつ、でもそんなドラマチックなことが起こるわけがないからまあこのまま行くだろうなとも思っていました。

・ミルクボーイ おかんの好きな朝ごはん
そして7組目はミルクボーイです。
もうすごいですよね、このネタ。自由自在に感情が揺さぶられてめちゃくちゃに笑ってしまう。言っていることが面白いだけでなく、言い方も完璧に面白い。そして何より、我々が「コーンフレーク」というものに対して無意識に抱いていた気持ちとか記憶とか、そういうものを全部掘り起こされて笑わされてしまうんですよ。
すゑひろがりずと同じ、記憶を揺さぶる笑いです。簡単に言うとあるあるネタなのかもしれませんが、それよりももっと根っこから揺さぶられているような面白さで、さらに結構な角度からのディスりが入っているという。
これを書いている時点でM-1当日からしばらく経っているのですが、一つ一つのフレーズを今思い出してもまだ面白いですよね。「まだ寿命に余裕があるから食べてられる」「あれは自分の得意な項目だけで勝負してるからやと睨んでるよ」「店側がもう一段増やそうもんなら俺は動くよ」「生産者さんの顔が浮かばへんのよ」、どれも思い浮かべるだけでまだまだ面白い。しかも内海さんの言い方があと少しだけでも速かったらおそらくそこまで面白くなくなってしまう、駒場さんのボケ方があと少しだけグイグイ来ていてもおそらくそこまでになってしまう。このネタを見せるための計算が何もかもがぴったりとはまって、計算通りにこの日の大爆発が生まれたんだと思います。
準決勝でこのネタを見た時もめちゃくちゃに笑って、翌日ぐらいにGyaO!で確か三回戦のこのネタの動画をまた見たんですが、それでも同じように声を出して笑ってしまったので、これは決勝でも本当に同じようにウケるんじゃないかと思いました。で、期待以上に大爆発したので、めちゃくちゃ興奮しましたね。
ネタ中に映る審査員の人たちの表情もすごかったですね。特に「生産者さんの顔が浮かばへんのよ」の時の松本さんの顔が、まだこんなものが出てくるのかと驚いているように見えました。
点数は681点。アンタッチャブルが2004年に出した673点を上回り、歴代最高得点に!歴史が変わった!

・オズワルド 先輩付き合い
ミルクボーイの大爆発の後に出てきたのはオズワルド。このネタも本当に面白いですよね。非吉本でこのレベルの人がいたらライブシーンですごく騒がれていると思います。吉本は本当に層が厚いなと思わされます。準決勝では最初のボケからがっつりウケて後半は爆発という感じでしたが、決勝では前半はなかなかという感じで。でも後半から尻上がりによくなっていきました。
二人の声が聞きやすくて笑いやすくて、ゆったりしてるけれどかけ合いに緩急が付くようにすごく工夫されていて後半は声を張るし、脱力系というよりもスタイリッシュな印象を受けます。
キングオブコントでうるとらブギーズを見た時も思いましたが、非吉本だったら毎年決勝に行くって騒がれると思うんですよね。
点数は638点。からし蓮根とすゑひろがりずの間に収まりました。特にからし蓮根との比較だと審査員のうち3人が同点を付けていて残りの4人も僅差なので、差を付けにくい出来なんだろうなと思います。
この時点でミルクボーイの最終決戦進出が決定しました。

・インディアンス おっさん女子
THE MANZAIでは認定漫才師に選ばれたのが一回、復活後のM-1では毎年準決勝まで進出していて、今回初めて決勝の舞台に上がったコンビ。率直に言っていつもそこそこウケるけれど勝ち上がるために決め手には欠けているという印象だったのですが、準決勝ではこのネタで上位に入るウケを取っていました。で、「おっさん女子」というテーマは田渕さんの明るい暴走キャラの理由付けになるものですし、過去の彼ら自身のハードルを超えて、言ってみれば「通ってよし」みたいな感じで決勝に上がることができたという印象です。
このネタは最初の待ち合わせの「すいませ〜〜〜ん!」が予想を超えたおっさんぶりなことでぐっとつかんで、そこからノンストップでボケを繰り出していくのが面白いところ……だと思うんですが、なんだか全体的に上滑りしているように見えてそのまま終わってしまいました。
後の配信で田渕さんが序盤でネタを飛ばしたと聞いてもう一度見てみたら、待ち合わせのタクシーを止めるくだりの後、田渕さんがきむさんの方を向いたところで意味のわからないことをあれこれ言っていて、たぶんここで飛んでいるんでしょうね。確か準決勝で見た時は料亭の日本酒の種類がどうこうというのがもう一つあったはずだし、おそらく他にももっとあるんだと思います。でもそこから一応ネタの形にして終わらせたのは本当にプロってすごいなあと。
点数は632点。すゑひろがりずの5点下で、この時点で下から2番目。ネタを飛ばしたのは別として、ウケ具合からしたらもう少し点が付いてもいいような気もしますが、率直に言ってこのコンビの漫才はちょっと点数をもらいにくいタイプだと思います。腕があるのは確かですが、かけ合いでボケの面白さがちゃんと増幅されているかと言うと……。
あと、楽しさを演出しきれていないのか、機械的にボケている感じがするんですよね。たぶん「おっさん女子」というテーマにすることで他のネタよりは楽しさを一貫して演出することはできていて、だから決勝に上がれたとも思うんですが。プロの採点という形になるとこの日のように下げどころにされてしまう可能性がある漫才だと思いますが、でも観客には安定してウケるからいいかなあと。

この時点で2位確定のかまいたちも最終決戦進出が確定しました。3位にいるのは和牛、残りはあと1組です。

・ぺこぱ タクシー
10組目はぺこぱ。有名どころのかまいたちがウケて和牛もウケて、ミルクボーイが大爆発して、もうドラマとしてはお腹いっぱい。おまけにせり上がって登場してきたのは、誰もが飽きるほど見てきたようなタイプの色物コンビ。
なんか自己紹介も滑ってる。ああこういう感じね、はいはいエンタっぽいあれですね、なんでこんなのが上がってきたんだろう、それならミキとか見たかったなー……と思った視聴者が、たぶん数十万人レベルでいたと思います。
でも、シュウペイさんのかぶる自己紹介に松陰寺さんが「いやかぶっている!……なら俺がよければいい」とツッコんだだけで、もうその気持ちがかなりずらされるんですよね。そして二回轢かれたところのツッコミで、これは見たことがないものを見ているぞと思わされる。
で、そこからは見る側も変化球のパターンだなとかなり予想をするようになるじゃないですか。そこに「知識は水だ。独占してはいけない」とか「ナスじゃねえとは言い切れない色合いだ」とか「さっき取った休憩は短かった」とか、絶対に予想できないフレーズがどんどん繰り出されてくるんですよ。ツッコミの概念どころか、漫才の概念そのものを揺るがすようなツッコミだし、社会のことにまで言及するし、急に正面は変わっちゃうし……もうヤバいですよね、ヤバい。
こんな見た目のコンビが、間違いなく漫才の概念を変えるようなネタをやっている。しかも、発想の一発勝負じゃなくてゴリゴリに仕上がった構成なのがまたすごいですよね。何も情報がなく見ているだけでも、この人たちは人生をかけてこの形のこのネタを磨き上げてきたんだというのがまざまざと伝わってくるんですよ。
実際、準決勝でも大ウケでした。決勝よりもさらに全部のくだりがウケていたぐらいです。特に「キャラ芸人になるしかなかった」「まだ迷ってる」からの「正面が変わったのか」がめちゃくちゃはまって、これは決まったなという感がありました。
得点は654点。652点の和牛をわずかに上回り、最終決戦進出が決定!


最終決戦

・ぺこぱ 席を譲る
一本目よりさらにウケていますね。それにしてもこんな緊張する舞台でちゃんと口笛を吹けるのがすごい。
「お年寄りがお年寄りに席を譲る時代がそこまで来ている」とか、漫才を見ているだけなのにすごく広い視野のことを見ているような気持ちになるんですよね。それで笑えるようにしているのが新しいなあと。
そういう風に新しい概念を見せつつ、「ボケの畳みかけ中ですけどどうですか」とか一本目の「時間返せって言って本当に返ってきた人?」とか、みんなの知っている漫才の型を利用したくだりもあって、本当に隙がないなあと思います。

・かまいたち 自慢できること
準決勝でやったのはこちらのネタ。「俺のトトロ見たことないはトトロすらいらんのよ」って、どうしたらこんなの思いつくんですかね、本当に。だってこれだけ言ってもそんなに面白くはないわけじゃないですか。そこに至るまでの導入とかやりとりがあっての「トトロすらいらんのよ」ですよ。
あの手この手で詭弁を言って、変なことを言ってるのに全然置いて行かれないですよね。漫才コントじゃなくて立ち話で二人がこうやってヒートアップしていく様をこんなに面白く見せることができるのは、かまいたち以外にいないと思います。

・ミルクボーイ おかんの好きなお菓子
一本目で大爆発しての二本目。同じパターンなのか違うパターンなのかと見る側が無駄に身構えるのがM-1というものですが(結果としてはミルクボーイは同じパターンのネタしかないわけですが)、駒場さんが「うちのおかんがね」と切り出して、内海さんが食い気味に「わからへんのがあるんでしょ」と返して笑いを取ったことで、この不安を打ち消すことができたと思います。
このネタも、最中を見ている時、最中を食べている時にみんなが感じてきた気持ちを絶妙なフレーズですくい上げていきながら、「最中の大食いギネス記録は2」「最中は見た目が怖い」「お菓子の家の施工に最中は関われへん」といったディスを加えていきます。あとは同じパターンだと飽きられがちなところに、中盤以上関係性や家系図のくだりが入ってきたことで変化がついたのがすごく奏功したと思います。
それにしても、「だーれも今最中の口になってない」って、どうやって思いつくんでしょうね。

これで最終審査。結果はかまいたち1票、ミルクボーイ6票でミルクボーイの優勝!


というわけで今年のM-1はミルクボーイの優勝で終わりました。

準決勝が本当に面白かったんですが、見終わってすぐに思ったのは、「がらっと変わったらいいのになあ」ということでした。
準決勝を見ないでファイナリストを予想したら、和牛、ミキ、アインシュタイン、かまいたちとかになるじゃないですか。あとは非吉本から四千頭身とかカミナリとか。
でも、実際の準決勝を見たら全然そうじゃなかったんです。ミルクボーイ、ぺこぱ、見取り図、からし蓮根、オズワルド、すゑひろがりずががっつりウケていて、そのあたりの勢いに比べると和牛、ミキ、アインシュタインといった知名度のある人たちももちろん悪くはないんだけど……という感じでした。まだ決勝に出たことのない組の気概をものすごく強く感じたんですね。
それでもM-1の決勝はテレビ番組だし、視聴率とか盛り上がりを考えたら人気者がファイナリストになるんだろうな、まあそんなことに文句を言うのはお笑いファンとして野暮だから割り切らなきゃな……と思いながらファイナリストの発表配信を見たら、本当に思った通りにがらっと変わっていたという。これにはびっくりしました。そういう選出にしたということ自体にも審査員の気概を感じましたし。
で、準決勝の審査がこうなったんだから、決勝自体も盛り上がったらいいなあと思っていたら、過去最高のM-1グランプリと言われるほどの盛り上がりになりました。

「M-1グランプリ」に求められるものは何でしょうか。
もちろん漫才です。でもそれは質の高い漫才とか腕のある漫才ではなくて、「新しい漫才」だと思うんです。
そして、新しい漫才を生み出すのは渇望だと思います。自分たちには何かが欠けていることを自覚した漫才師が、悩んで苦しんでたどり着くのが新しい漫才なんだと思います。
みんな最初はダウンタウンだったり爆笑問題だったりサンドウィッチマンだったりを目指した漫才から始めるものの、それではウケなくて人気が出なくて、何年もそういう時期が続いてどうしようもなくなってきて、いよいよ追い込まれたところで全く別のことを試してみる。
ぺこぱはまさにその典型だと思います。前のコンビ名先輩×後輩の時も、オスカーで今の形になる前の時も、賞レースの予選や小さなライブで見たことがありますが、どこにでもいるようなキャラクターと腕前の、埋もれたまま終わっていくタイプのコンビにしか見えませんでした。「漫才師」というたたずまいですらなかった記憶があります。
そんな彼らが、あんな漫才を作り出した。たぶん彼らは去年1年間、ライブでウケまくって先輩から「お前らM-1あるぞ」と言われ、ネタを磨いて磨いて、その結果決勝の舞台にまで上り詰めたんだと思います。
この漫才で絶対に決勝に行ってやる、売れてやる。そう思ってきたから、あそこまでの完成度のネタが出来上がったのではないでしょうか。

ミルクボーイは少し違って、ずっと同じパターンのネタをやってきたコンビです。でも内海さんのホームページを見ると、ネタがウケずやる気も出ない「暗黒時代」を経て危機感を募らせたことで漫才に打ち込みこのパターンのネタを研ぎ澄ませた結果、決勝の舞台に上り、さらに優勝をつかみました。

審査員の中で、松本さんは特に「新しさ」を重視する傾向があると思います。決勝のコメントでも、ミルクボーイには「行ったり来たり漫才」、ぺこぱには「ノリツッコまないボケ」とそれぞれ命名していたところからして、松本さんは常に「この漫才の形は何に分類されるのか」を考えながら見ているのではないでしょうか。
たとえ形が新しくても、面白くなければそれは「新しい漫才」とは言えません。ミルクボーイは学生時代から大会に出て5upに入り、この形でちゃんとウケていたんだと思います。でもそこから伸び悩んで、そこで一念発起してネタ作りを必死にやってライブを主催して、そうしてM-1を勝ち上がってやっと「新しい漫才」を世間に提示できたのでしょう。

この二組以外にも、準決勝でウケた他の組は、どこも「売れてやる」と思っているように見えて仕方ありませんでした。
そうなると、和牛、ミキ、アインシュタインといったすでに売れている人たちは追われる側になってしまいます。「売れているけれどもっと売れるためにはM-1で優勝したい」と「売れるために絶対にM-1で勝たなければいけない」という人たちでは、目の色が変わって当然です。もちろん後者にあたる人たちでも実際に目の色を変えていい結果を出すのは簡単なことではないですが、今回決勝に初めて上がった人たちはそれをやってのけたんです。それがすごいと思います。
そういう違いが素人にも見て取れたのですから、上沼さんが和牛に対して言ったあの発言は、本当にそうだなあと思うばかりです。

でも、和牛の立場になって考えると本当につらいですよね。
知名度があるから腕前があるというのも知られていて、M-1の決勝に行って当然だとファンからもそうでない人からも言われる。そうやっていつの間にか追われる立場になっていて、準決勝では新しい漫才をした人たちの勢いに押されて落ちてしまう。敗者復活で上がれたと思ったら上沼さんに間接的に説教をされて、それでも3位には入れると思ったら最後の最後でぺこぱにまくられる。
腕があって勝って当然と言われている自分たちに、ぺこぱやミルクボーイが、人生をかけたネタで殴りかかってくるんですよ。こんな恐ろしいことはないんじゃないかと思います。

もともとM-1は新しい漫才やドラマ性が重視される大会でしたが、サンドウィッチマンやオードリーが売れた以降はそのドラマ性が停滞した感もあり、そのまま大会は一度終わりました。
変わって始まったTHE MANZAIは、M-1のようなヒリヒリ感よりも、楽しさが重視される大会だったように思います。で、THE MANZAIが終わってM-1が再開した時も、前のM-1の雰囲気にすぐに戻るのではなく、THE MANZAIからの移行期間のような雰囲気がまだ残っていたように思います。
楽しくて、腕のあるそこそこのベテランが報われる大会。そんな流れがそのまま続けば、おそらく和牛は今年か来年に優勝できたのではないでしょうか。
が、去年で流れは大きく変わりました。霜降り明星が勢いのある漫才で優勝して去年1年でめちゃくちゃに売れたことで、世間は「新しいスターを発掘する」という以前のM-1の魅力を思い出しました。
それが回り回って何にどう影響したのかはわかりませんが、準決勝は知名度よりもその時のウケ具合と新しさを重視する審査になり、決勝もこのような結果になりました。
こうなると、「安定」「熟練」といったところに長所のある和牛のような漫才師はとても不利になってしまいます。
その変わった流れの中では、敗者復活から上がってきた和牛の安定感がとても異質なものに見えてしまって、その結果が上沼さんのあの発言だったのではないでしょうか。和牛が悪いわけでは全くなく、ただただM-1というものの流れが変わってしまったのです。

今回のファイナリストが発表された時、準決勝を見ていない人の反応としては「敗者復活の方がレベルが高そう」というものがすごく多かったと思います。
多くの人はどうしても、「芸人は自分の知っている順に腕があって面白い」と思いがちです。ミキや和牛やアインシュタインは知っている、だから面白いに違いない。知らない芸人はそれよりも面白くないに違いない。それは準決勝を見に行くようなお笑いファンも例外ではなくて、知名度のある組は自己紹介やつかみからすぐウケるからかなり有利なんですよね。
そんな思い込みを根底から覆すようなネタを作り上げてやり切った芸人さんたちは本当にすごいと思います。

ただただ「気概」の一言ですよ。準決勝を見終わった後はその気概に当てられてしばらくぼーっとしていましたし、審査員もそれに応えた審査をしたんだと思います。
テレビ番組として無難な審査をすることだってできただろうに、何かが起きてほしい、何かが大きく変わってほしいという見る側の渇望を潰さない番組作りをしてくれたスタッフの皆さんもすごいと思います。
だって、今回のネタ前のVTR、芸風のネタバレをしてないんですよ。二人の見た目とボケツッコミの役割の紹介、それにネタバレにならない程度のキャッチフレーズ。「子どもが生まれて苦労してる」とか余分な情報もなく、フラットにネタに入れるようになっているのはすごくありがたかったです。

あとネタ前のVTRでよかったのは、コンビの昔の写真が出たことですね。見取り図やインディアンスの見た目がヤバくて面白かったです。
でも、予選に行ったらそういうコンビが本当にたくさんいるんですよね。ぺこぱみたいなナルシストキャラもそれはもうたくさんいます。
そういう有象無象の漫才師の中で、自分に欠けているものを自覚して、見た目も人前に出られる程度に整えて、何者かになっていく。そんな漫才ドリームを見せてもらえて、今年のM-1は最高でした。
お笑いが好きだと自分で思っていても、まだまだ芸人さんたちのすごさを見くびっていたなと思ったほどです。

もう三回ぐらいは通しで見返したし、こうやって思い返しても本当にいい大会だったなあとしみじみ思います。
芸人さん、スタッフの皆さん、ファンの皆さん、お疲れさまでした!



(18:58)

2019年08月09日


超久しぶりにブログを書きます。
ひどいひどいと言われていた映画「ドラゴンクエスト YOUR STORY」を覚悟の上で見に行ったら、その覚悟をはるかに上回るひどさだったという話です。
以下、映画の内容のネタバレを含みます。もちろん誉めていないので、「ユアストーリー最高!」という方は見ないことを強くおすすめします。







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「VR ドラゴンクエスト YOUR STORY」レビュー
タイトル:ラストリベリオンVRならOK
評価:★☆☆☆☆

良かった点

・グラフィックは良い。人間キャラが鳥山デザインではないのが気になるが、慣れるは慣れる。ビアンカとフローラもかわいかった。

・声優も悪くはない。俳優を起用すると発表された時は不安だったが、おおむね良かった。

悪かった点

・人間キャラのデザインが鳥山デザインではないどころか、もろにベイマックス。そのくせスライムやブオーンは鳥山デザインのままなので違和感。

・町や城はほぼ全てカット。「民家」というものがパパスと主人公の住む家ぐらいしかない。なぜかセントベレス山のふもとに普通の町があるが、そこも酒場ぐらいしか出入りできない。あとはルドマン邸、サラボナの宿屋ぐらいしか入れる建物がない。ラインハットは外観のみ。

・ダンジョンは全てカット。レヌール城も、サンタローズの洞窟も、神の塔も、妖精の森も、ボブルの塔も、大神殿も、エビルマウンテンも、一つも出てこない。そもそも上記のように入れる建物が極端に少ないので、探索という概念自体がない。町や城がほとんどなく人もいないという点で、「ラストリベリオン」を思い起こさせる。

・ストーリーの大幅カット。アトラクションという性質上プレイ時間の限られている参加者向けに、少年時代をスキップできる機能があるのはわかる。が、その他のストーリーもほぼ端折られている。

・キャラクターの大幅な改変。ヘンリーは嫌なやつで、主人公は奴隷生活を経てもヘンリーに敬語のまま。ビアンカは頼れるお姉さんではなく(そもそも主人公が「お前」呼ばわりしていたので年上設定も消えている可能性あり)、ただ口うるさく気の強い女性といった印象。町や城がほぼカットされている影響はここにもあり、グランバニアの城が出てこないのでパパスは王ではなく、主人公はグランバニア王子ではない。エルヘブンが出てこないのでマーサは天空の血を引く女性。その息子である主人公も、結婚相手のビアンカも天空の血を引いているので、特別な人間イコール天空人になっている。そして天空城も出てこないので、天空人というのがどういう存在なのか、何一つわからないままストーリーが終わる。

・ゲームシステムの改変。雑魚との戦闘がなくイベント戦闘のみ。自分で操作する戦闘がなく、レベルアップの概念もない。町や城がないのでゴールドもなく、買い物もない。装備は武器のみで、主人公はかしのつえ→パパスの剣、ビアンカはいかづちのつえ、息子はてんくうのつるぎで固定。鎧、盾、兜、装飾品の類は全てなし。

・仲間モンスターシステムの大幅なカット。主人公にモンスターと心を通わせられる設定がなく、雑魚との戦闘がないので起き上がりなし。仲間になるモンスターはスラリン、ベビーパンサー、ブオーンのみ。しかもブオーンは仲間になった描写はあるもののすぐどこかへいなくなり、最後のイベント戦闘に駆け付けるだけ。ドラクエ6のDSリメイクで仲間モンスターを大半カットしてスライム系のみにした時に大不評だったことを忘れたのだろうか。

上に挙げた改変についてはまだ許容できる。ドラクエ5をVRアトラクションにする以上、ストーリーも自由に歩き回れる範囲も制限されるのは仕方ないと思うからだ。実際、ストーリーをリアルに「体感する」ということに限って言えばそれなりの価値があるアトラクションかもしれない。

が、一番大きな問題は、元のゲームから追加されているセリフがどれも非常に陳腐で没入感を妨げていることだ。

4から6はリメイクの時に仲間会話が追加されたが、キャラのイメージに合っていないと思うユーザーもいたと言われる。このアトラクションのセリフは、それよりはるかに軽くて薄くて不自然だ。全体的に軽いので、もしかしたら同じスクエニの「ブレイブリーセカンド」のチームが参加しているのかもしれないと思ったが、クリア後のエンドロールにはそれらしき名前はなかった。

たとえばパパスが死ぬ名シーン。
原作ゲームでは、主人公を人質に取られてジャミとゴンズに痛めつけられたパパスがそれでも立ち上がって、気を失っている主人公に「お前の母さんはまだ生きているはずだ。私に変わってマーサを……」と言いかけたところにゲマが火球を放つ。そして「ぬわーーーっ」という叫び声を残してパパスは跡形もなく消えてしまう。

一方このアトラクションでは、ゲマにとどめを刺されそうになったパパスが主人公に向かって「主人公、頼む……」と言う。そしてゲマが火球を叩きつけて、パパスは焼かれる。それでも息があるので、主人公は駆け寄る。するとパパスは主人公に「お前の母さんは生きている」と言い残すのである。
この改変には何か効果があるのだろうか?「主人公、頼む……」だけで死んだら何を頼むのかさっぱりわからないので、何も言い残していないも同然だ。パパス自身が火球で焼かれた後もまだ何か言う余裕が残っているとわかっていてこういう言い方をしているように見えるのである。

要はこのセリフを書いたライター自身が、何を思ったかパパスの最後の言葉をゲマの火球の前後に分けようと思い、そのライターの手によるパパスのセリフも、前後に分けるという前提のもとで書かれているだけなのである。

終始こんな感じで、このアトラクションのセリフは「ライターのわかっていること」を観客に伝えるための記号として書かれているだけという印象を受ける。そのため普通の人間が言わないような言い回しや単語が頻出していて、そのキャラクターたちが生きていると実感することは到底できない。

ビアンカと協力してブオーンを倒すシーンも、ルドマン家の財宝が盾ではなくてんくうのつるぎになっていて、それがブオーンに奪われたという改変はまだいい。が、ブオーンの元からてんくうのつるぎを奪い返した主人公が、「ブオーン、今からお前にこのてんくうのつるぎを食らわせてやるー!」と叫ぶのはいただけない。なんだその宣言は。百歩譲って何か宣言するにしても「今からお前にこのてんくうのつるぎを食らわせてやる」と言うだろうか。口を動かして言ってみてほしい。

また、一度フローラに求婚したもののビアンカと結婚することにした主人公にルドマンが言う、「お前はわしの逆鱗に触れたということにしておこう」というセリフも不可解だ。「逆鱗に触れたということにしておこう」なんて言うか?これも口を動かして言ってみてほしい。すこぶる言いにくいセリフだ。「お前がわしを怒らせたということにしておこう」で十分だ。
ただ、これはおそらく「ブオーンを倒した者はルドマン家の跡継ぎになる」と言ってブオーンを退治する猛者を集めていたのになぜ主人公はフローラと結婚しなかったのかというサラボナの住民たちへの言い訳を決めておこうという意味なのだろうが、それも何で怒らせたのかまで決めておかないと口裏を合わせたことにはならないのではないだろうか。

繰り返すが、終始こんな感じである。オミットされたキャラクター、ストーリー、設定、システムが多々あるのは仕方ないが、残されたキャラもストーリーも至って薄いのでもはやストーリーは跡形のないものとなっていて没入しようがない。

VRアトラクションとはいえ、ドラゴンクエストという名前で出すのであれば、テキストもそれなりのクオリティにしてほしかった。

以上はゲーム内容についての評価だが、このアトラクション自体にも大きな問題が起きた。SNSなどでも話題になっているが、アトラクションのシステムがハッキングされて、ミルドラースの出現部分以降を改変されたプレイヤーがいるという。

SNSに上がったレポだと、そのミルドラースは白い仮面をかぶった全身タイツのような格好をしていて、「天才プログラマーが作ったウイルス」と自称して、VRの世界がただのプログラムであることを話し、VRのプレイヤーに「大人になれ」と言ってきたらしい。その時、どこからともなくスラリンが現れて、「俺はこのゲームに用意されていたアンチウイルスプログラムだ!」と名乗り、その場でワクチンを生成したという。ロトの剣の形になったワクチンでミルドラースを退治して、そこからは普通のエンディングが始まったということだ。

そもそもハッキングされるとなるとこのアトラクションのセキュリティに不安がある。プレーを始める前に全身を3Dスキャンされるが、そのデータも筐体に残っていて流出しているのではないだろうか。予約の時に入力した個人情報も筐体に入っているかもしれない。

また、通常であれば係員が異変を察知してその時点でゲームを止めるべきだと思うが、なぜプレイヤー自身が対処することになったのか。スラリンが「用意されていたアンチウイルスプログラム」だと言うのなら、スタッフは最初からハッキングされるのを想定していたということだろうか。

第一、このハッカーというものの存在も非常に怪しい。同時接続しているプレイヤーが2名しかいないアトラクションをハッキングした上、自分で「天才プログラマー」と名乗り、「大人になれ」と言ってくるとは、正直痛々しくてたまらない。今どきゲームをしている人間に「大人になれ」が刺さると思っている時点で天才でも何でもない。天才の割にはミルドラースのデザインを構築し直すことを放棄しているのも不自然だ。
MMORPGの広場のど真ん中とか、スマホゲームに熱中する大人がたくさんいる電車の車内とかそういった場所で「こんなのただのゲームだ、大人になれ」と叫ぶ方がよほど大勢に伝わるのではないだろうか。

そういったわけで、SNS上ではこのハッカーのハッキングとスラリンというアンチウイルスの存在自体が、最初からアトラクションに仕込まれていたものではないかと言われている。
もともとこういう展開になるルートは用意されていたものの、没になってそのデータだけが残っていて、何かのバグでこのプレイヤーの回にだけそのルートが現れたのではないかということだ(ファミコン版のドラクエ4で没になったモンスターがある場面でだけ現れたように)。

だとしたら没にした判断は大正解だと思う。スーファミ版の発売からこれだけの時間が経ってわざわざVRアトラクションに参加するような熱心なドラクエファンのプレイヤーに「大人になれ」と言うのは、たとえその後アンチウイルスプログラムが現れてその相手を倒せるとしても、ワクチンがロトの剣の形をしているのがスタッフにとってはファンサービスのつもりなのだとしても、あまり受け入れられるものではないだろう。

ただ、一度はこのような展開を考えて、没データとはいえアトラクションの中に残しておいたこと自体、プレイヤーに対するスタッフの姿勢が疑われることは間違いない。
今のドラクエのスタッフは、ゲームというものを、物語というものをどう考えているのか。
最初に挙げたストーリーの壊滅的な薄さとこの没データ(?)の存在を合わせて考えると、プレイヤーは今後のドラクエを信用することができなくなってしまうのではないだろうか。

今はコンシューマゲームよりもスマホゲームの方がはるかに売り上げを上げている。
ドラクエもいろいろなスマホゲームを出していて、買い切りのゲームだけではなく基本無料のいわゆるガチャゲーも多くあるが、自分たちの使ったお金が面白いコンシューマゲームを開発するための資金になると信じてガチャを回しているプレイヤーも少なくない。

が、ガチャに使ったお金がこんな薄っぺらい、物語やゲームをする人そのものをバカにするようなアトラクションに投じられたのなら、こんなに空しいことはない。

このアトラクションのプレイ料金は1800円だが、それならもう少し足して10連ガチャでも回した方が有意義なような気がしてしまう。
薄いセリフに薄いストーリー、挙句の果てに薄ら寒い「ハッカーとウイルス」などという展開が用意されるような作品をプレイするぐらいなら、ポチポチとスマホゲームに興じていた方がマシだ。
でもラストリベリオンならあの薄いストーリーをそのまま持ってきてもボリューム的に問題はないと思うから、このエンジンを使ってラストリベリオンVRをプレイしたいという気持ちは少しある。


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っていうレビューが存在する世界の話ですよね、あの映画は。

オチがひどいひどいと聞いて覚悟して見に行ったんですが、オチに至るまでの何もかもが全部ひどかったです。根本的にセリフのテキストがひどくて見れたもんじゃないって誰か教えてくださいよ〜。

最初の方の何かのシーンで「あ、これはリレー小説レベルのシナリオだ」って気付いて、そこから本当にひどいセリフのオンパレードだったから、もう1時間ぐらい経ったところで席立って帰ろうかと思いましたよ。

リレー小説ってある、というかあったじゃないですか。何人かで小説を一行ずつ書いて、前の行に続けて書いたり、逆に話をとんでもない方向にやったりして楽しむみたいな。
ドラマとか映画を見ていると、あれと同じレベルのシナリオって結構あるんですね。シナリオの全部の行に連続性がなくて、本当に同じ人が書いているのかと疑問になるやつ。そのキャラがどういう性格なのかわからない、心の動きがわからない、前にあったような展開を受けたセリフがない。ただ「こういう場面ならこういうセリフだろうな」っていう惰性で書いているセリフで、字で見たらそんなにおかしくないけど映像で見たら違和感しか感じないっていうやつです。

最近だと、「IQ246」っていうドラマがザ・リレー小説ドラマだったんですよ。誰が何を知っているとか、この人はこうするはずとか、そういう前提が何もなく、みんなその場で思いついた適当なセリフを言ってるだけ。宿敵を追い詰めたはずなのに、ちょっとアクシデントがあったらみんな気を取られて宿敵が普通にいなくなってたり。

惰性で書くとどうなるかというと、変な言い回しが増えるんですよ。上に書いた「お前にこのてんくうのつるぎを食らわせてやるー!」もそうだし、「お前がわしの逆鱗に触れたということにしておこう」もそうだし。

パパスが「リュカ、そろそろ旅に出るぞ」って言うんですよ。あと何日かで旅に出るぞという意味ならわかるんですが、まさに今から出発するぞっていう意味で、玄関から出てきて言うんです。つまり「そろそろスーパーに買い物に行くぞ」と同じ意味ですよ。言います?ねえ今から旅に出る時に「旅に出るぞ」って言います?

あと、熟語が増えるんですよ。妖精の村に行くシーンでプサン(元のプサンの面影もない顔かたちのじいさん。声はヤスケン)が「妖精たちは己の力のみで試練を乗り越えてきたものを評価するということだ……」みたいなことを言ってるんですが、評価?ってなるんですよ。普通に人が喋ってたら、そこで評価っていう熟語はまず出てこないと思うんですよ。「己の力で試練を乗り越えたものだけが妖精に認められるということだ」でいいじゃないですか。
「逆鱗に触れる」もそうですが、ただ惰性のまま手で書いてるから、人の口から出てくる言葉らしくならなくて、文語に近くなるというか。

そんなセリフばっかりなので、見ていて本当に嫌になってきます。
キャラデザとか表情のモーションはマジで全部ベイマックスなので、ベイマックスのヒロがちょっと大きくなってちぐはぐなセリフを言っているような場面をずーっと見せられます。

ビアンカに求婚するシーンとかめちゃくちゃ安いんですよ。タメも何もなくただセリフだけがあって、それも別にいいセリフではなくてやっすいセリフで、私の心の中のアンタッチャブルの柴田さんが「激安王だよ!」と叫んで、ザキヤマさんが「……王様じゃないか!」と返すほどです。あの「……王様じゃないか!」の前のタメって完璧ですよね。効果的なタメってああいうのですよ。

ストーリーを端折るのは仕方ないんですが、残ったストーリーもこれらのセリフによってクソアンドクソと言った趣のものにしかなっていないので、ただただ苦痛なんですよね。
ストーリー、本当に何もないんですよ。ラインハットは外観が映ってこじんまりした城と二軒ぐらいの民家が見えるだけ。サンタローズはなぜか雪に覆われてて、村はずれで隠棲してるみたいなパパスの家しか映らなくて遠くに五軒ぐらいの民家が見えるだけ。なぜかセントベレスに大きな町があるけど酒場しか映らない。あとはブオーンの襲撃を受けているサラボナ。

だから冒険してる感とか一切ないんですよ。奴隷生活から解放されて(この経緯も文字通りクソなので割愛)リュカとヘンリーでラインハットに行こうとして、門番のトムに「お前偉そうになったな」とカエルの話を持ち出して、通してもらえそうになったらリュカは「やっぱり母さんを探したいから」とか言って回れ右するんですよ。ラインハットになんて入らない。門が開いた先に広がる城下町とかそんなものは見られない。そもそも引きの画だとラインハットの小さい城と二軒の民家しかないし。「シルバニアファミリー・小さい城と二軒の民家」ですよ。

そのくせいらないカットが大量にある。サラボナでリュカが歩いてたら行く先の建物から騒がしい声が聞こえてきて、足を止めて「なんだか騒がしいな……」と呟いてまた歩き出す。そこは酒場でビアンカが大勢の人と飲んでいて、リュカはビアンカに絡まれながら二階の宿の部屋へ……っていうシーンがあるんですが、足を止めて「なんだか騒がしいな……」が完全にいらないじゃないですか。騒がしいのはこっちにも聞こえてるから、「騒がしいな」ってわざわざ言う必要がない。そもそも元からその建物に入る予定なんだから、騒がしいのが外に聞こえてる必要すらない。そこに足を向ける理由をわざわざ作る必要がないんだから。宿に戻ってドアを開けたら一階の酒場でビアンカが大勢と飲んだくれてる、でいいんですよ。こういうセリフって、「なんかセリフを書かなきゃいけないから」という理由だけで挿入されるんだと思います。

最後の戦いに駆け付けたブオーン(とヘンリー率いるラインハット軍。あの小さい城と二軒の民家がこんな人数を収容していたとは)が、空に空いた魔界の門をどうにかしようとするアルス(主人公の息子。娘の存在は大胆にもオールカット)に言うんですよ。「おでが投げるぞー!」って(ブオーンの一人称は「おで」です)。
で、アルスはブオーンに投げられて空に空いた穴にてんくうのつるぎを投げ込む(これはガイアのつるぎリスペクトですかね、ファンにはうれしい小ネタのつもりかもしれないですね)んですけど。もうかっこの中が長すぎますね。
とにかく、「おでが投げるぞー!」っていります?空を見上げてううむ……ってなってるリュカとアルスの後ろから敵を振り切ったブオーンが来て、「アルスー!」って言いながら腕を振り上げて、そこにアルスが捕まって投げてもらってすっ飛んでくとかでいいんですよ。「おでが投げるぞー!」という宣言いります?これから投げるってわざわざ言う必要あります?

だから、最後のウイルスさんとアンチウイルスプログラムさんが登場しても台無しとかがっかりという気持ちにはならなかったです。だってそれまでも超つまらないから何にも入り込めてないんだもの。入りこめてない世界が「これはゲームなのだ……」って言われてもねえ、じゃあすげえクソゲーだなという感想しかないなっていう。

しかもウイルスとアンチウイルスプログラムとワクチンって。ここまでの適当な熟語をふんだんに使った適当なセリフと同じマインドが流れた、適当なサイバーチックな言葉ですよね。これらの言葉を使っただけで「うおおおなんてリアリティがあるんだー!」ってなるかっていうと、ちょっとならない。

何がって、「IQ246」でもウイルスとワクチンが出てきたんですよ。宿敵(IQはちょうど300)が仕掛けたチャチな装置から8×4みたいな白いガスがプシューって出てきて、それが宿敵の開発した新種のウイルスなんですって。ガスにウイルスっていうのもわからないし、ウイルスのくせに潜伏期間はないらしいんですけど。
で、その場でううって苦しくなって主役の織田裕二は死んだのかと思いきや、あらかじめワクチンを開発しておいて打ってあったから大丈夫だったっていう。

いきなりウイルスが出てきてワクチンもいきなり同時に出来てて即解決するって、アレな脚本を書く人に共通した発想なんですかね。ウイルスとかワクチンとか言ったら賢そうな高度なストーリーになったぞって思うのかもしれないです。

だから「大人になれよ」も何を言ってるんだかとしか……。だってそれまでのセリフも全部ひどかったし、その延長で天才プログラマー師匠のおウイルス様もトンチキな言い回ししかしてないんだもん。
あとウイルスが「私はウイルス」って言うんですよ。アンチウイルスプログラムくん(声:山寺宏一)も「俺はアンチウイルスプログラムだ!」って言うし。ドラえもんが「ぼくドラえもん」って言ったりサザエさんが「サザエでございまーす!」って言ったりするようなもんですかね。でもちびまる子ちゃんは「あたしゃちびまる子だよ〜」とは言わないですよね。

で、ジーニーとか加地リョウジと同じ声のアンチウイルスプログラムくんがひねり出したロトの剣(天空シリーズなのにロトの剣ですよ!ここはスタッフの溢れるドラクエ愛を感じるべきポイントと思われます)をしたワクチンでおウイルス様を倒してエンディングになるんですが、世界が危機に瀕していたような描写が何一つないので、平和になりました感が一切ないんですよね。なんか崖の上からサンチョ(ケンコバ)が「ぼっちゃ〜ん、下にサンタローズが見えますよ〜」って言うだけ。見えてるからなんやねん。見えてたら平和なんか。

で、主人公が「俺は勇者だったんだ……!」っつって、映画のタイトルがバーンと出て終わり。映画の前半は主人公が天空の勇者かもしれないっていう引きが一応あって、後半で息子のアルスが勇者でしたっていう展開なので、それを受けて「自分は天空の勇者はではなかったけれど、ドナルドダックや名犬チーズと同じ声をしたアンチウイルスプログラムの力を借りてこのVRの世界を守ったプレイヤー自身はこの世界の勇者に他ならないのだ……!これこそがユア・ストーリー……!」っていうことですよね。ひえ〜〜〜〜。

一仕事終えた感を出してエンドロールが流れてくるんですが、脚本としてクレジットされてたのは監督の名前だけでしたね。

で、エンドロールの終盤で、

挿入歌「Virus」

って確か流れてきたんですよね。
たぶんおウイルス様が出てきたシーンの曲なんでしょうね。だからタイトルがVirus。でも「Virsus」だったかもしれないです。ちょっと自信はないです。

ストーリーやセリフの出来が悪いのは仕方ないと思うんですよ。それで怒るほど子どもじゃないですよ、こっちも。監督は話が来た時に断ったと言っているし、忙しいんだろうし。そもそも「STAND BY ME ドラえもん」もドラえもん大好きな私にはクソクソアンドクソな話でしたし。

ただ、映画の随所に言い訳が見え隠れしてるんですよね。

「STAND BY ME ドラえもん」も、のび太たちのデザインは漫画やアニメとは別物です。が、ドラえもんはもちろんそのままです。
そのリアルなデザインののび太くんが0点取って先生やママに怒られてると、いたたまれない気持ちになるんですよ。小学校のテストで0点取ってる子どもが本当にいたら、怒ってる場合じゃないじゃないですか。なんか別のケアをした方がいいじゃないかと思ってしまう。

あと、ドラえもんが「未来に帰りたい」と言ったら電気ショックを食らわされる設定になってるんですよ。どうかしてるじゃないですか。でも一応原作に出てきたことのある道具を使って電気ショックをやってるんです。

0点取るのも電気ショックもギャグ漫画の絵柄だから成立することであって、それをリアル寄りのデザインでやると、ただただ悲惨で残酷なんですよ。
漫画やアニメとは別物だからデザインは違う、でも漫画やアニメにあったことだから0点も電気ショックもやる。原作をどう扱うのか、矛盾しか孕んでいなかったんです。

この映画も同じように、「ゲームだから」と「ゲームとは別物だから」を巧妙に使い分けて言い訳をされてるような気持ちになるんですよね。

映画化なんて断ったのにまた頼んできやがって。
ゲームのストーリーを一本の映画にまとめるなんて無理無理。
ゲームを知ってる人しか見に来ないからセリフがめちゃくちゃでも意味は伝わるだろう。
オチはちょっとひねった方がいいだろう、だってゲームを知らない人も見に来るかもしれないし。
ゲームをやってる大人をバカにしてる?でもゲームを脅かすウイルスを倒して終わったんだからいいじゃん、バカになんてしてないよ。
町や城がないし人がいない?それはこのVRゲームがそういう設定なだけだよ。
え、ゲームを映画にしただけなのに本気で腹立ってるの?大人になりなよ。ひょっとしてウイルスが言ってたことが図星だったの?
出来が悪い?でも俺の他の映画もこんな感じだよ、わかってるなら見に来なきゃいいじゃん。知らないにしても下調べとかしてくれば?
何より、スクエニが俺に頼んだんだよ?この脚本でOKしてもらったんだよ?スクエニのお墨付きをもらってる俺に文句言うの?

そういう風に、どこまで行っても「ゲームだから」と「ゲームとは別物だから」とか、「原作があるから」と「原作とは別物だから」を使い分けながらバカにされているような気持ちになっていくんですよ。そこを突き詰めれば言い訳同士ですら矛盾していくから、本当にわけがわからない。だってVRゲームとして考えても、上に書いたレビューみたいになってしまうぐらい売り物にならないレベルのダメさなんですもの。あのオチも、面白く仕上げるためには圧倒的にそれまでの伏線もゲームの世界であることがわかってからの展開も少ない。ちゃんとやればしっかりした後味の残るものになるんですよ。

「進撃の巨人」や「鋼の錬金術師」の実写化も劇場なり配信サイトなりで見てるんですが、あれも原作あっての作品なわりに、原作を好きな人の存在を無視するどころかバカにしてるんですよね。原作を好きなのか憎みたいのかさっぱりわからない。

その点、「名探偵ピカチュウ」はいろんな不安要素があったけど、蓋を開けてみたら想像力を無限に羽ばたかせて「ポケモンがいる世界」を作っていて、さらにゲームに対する深いリスペクトも感じ取れる映画だったんですよね。
ユアストーリーみたいな映画があることで「名探偵ピカチュウ」みたいな素晴らしさのありがたみがわかるのはまあ、いいことなのかもしれないです。

限りない言い訳と侮蔑に溢れた映画を見終えて外に出てみると、世界にはそんな風に自分をバカにしてきたりしないものがたくさんあるんだ、むしろそういうものの方が多いんだと気付くことができます。

この映画を見るぐらいならスマホゲームの周回でもした方がいい、好きな野球選手が初球を引っかけて二ゴロで凡退する打席でも見た方がいい、作りかけのプラモのパーツを一つ組み立てた方がいい。

だってそれらは私のことをバカにしてはこないですから。

それに気付くことができた、それが私のSTORY……!ってんなわけあるか、じゃかあしい。

ということで以上です。




(23:45)

2017年12月04日


今年は予選を全く見に行っていませんでした。
簡単に各組の感想を。
今年は次にネタをやるコンビをその場で「笑神籤(えみくじ)」を引いて決めるというルールが導入されました。

・ゆにばーす 泊まりの営業
トップバッターながら全ウケ。どのボケもツッコミも予想をきちんと超えてきて、動きがありつつも無理やり盛り上げている感じがなくて楽しく面白い。トップバッターでなければ……ということが悔やまれる出来でした。
得点は626点。89点平均なので、きれいに基準点というところですね。大吉さんが「トップバッターだと付けられるのは最高で92点だから92点にした」という趣旨のことを言っていましたが、基準点の範囲内で最高の評価をされるべき出来だと思います。一方、松本さんが「お客さんが良すぎるだけなのかもしれない」ともコメントしていて、この時点ではそれはどうなのかなとも思いましたが……。

・カミナリ 一番強い動物
ロジックはきちんとしているし、方言で言うことで面白くなるワードも盛り込まれているし、忙しかったこの一年でもちゃんとパワーアップしたのがすごいと思います。後半の、たくみくんが自分で喋りながら次のツッコミどころに気付いて頭を叩くタイミングがまた完璧なんですよね。流れに乗って気持ちよく笑えます。
ただゆにばーすの後だけに…ということで少し下げられた結果、618点。上沼さんの「頭は叩かなくてもいい」というのは無粋なコメントにも見えますが、どつき漫才にする必要がないほどロジックやワードで笑いを取れているという評価と言えないこともないと思います。

・とろサーモン 旅館
これまで実に9回も準決勝で敗退してきたとろサーモンがついに決勝に。ブラックさや突拍子のなさを円熟味で包み込む、とんでもない手練れの漫才になっています。とろサーモンはずーっと面白いですが、ここまで来たことによっていろんなものが「味」になるようになったのかもしれません。
得点は645点。92点平均と大きく上げてきました。この流れでこういうネタだと点数が付けやすいんですよね。それでもまだ序盤だから様子を見るのもあってこの点数に落ち着いたのかなと。

・スーパーマラドーナ 合コン
敗者復活戦からの勝ち上がり組。はっきり言って敗者復活戦ではダントツの出来だったので、これは3位に入るかなと思ったのですが、敗者復活戦とはネタを変えてきました。勝負ネタは温存したのかもしれませんが、その分期待を下回ってしまった感じが。みんなウケているので、点数を付けるにあたってはウケ以上のプラスアルファを求めざるを得なくなるんですが、このネタだとそれがあるとは判断されにくいかなと。
結果は640点。敗者復活戦の仕上がりからするともっと高得点を予想していましたが、この出来だととろサーモンを上回れないですね。

・かまいたち 学校の怪談
賞レース準決勝常連の彼らがキングオブコントを制し、そのままの勢いでM-1でも決勝に進出。コントをそのまま漫才にするのではなく、がっつりと喋る漫才ができるというとんでもないコンビです。このネタも本当にウケています。
が、スーパーマラドーナと同じく、ウケ以上のプラスアルファがあるかとなるとちょっと厳しい気がしました。おそらくかまいたちがこれまで数えきれない回数準決勝で敗退してきたのは、そこのプラスアルファがないと判断されていたからじゃないかと思うんですよね。それがここでも出たんじゃないかなと。
結果は640点。点数でもちょうどスーパーマラドーナと並びました。

・マヂカルラブリー 野田ミュージカル
かなり早い時期から注目されてきた彼らも初めてM-1決勝の舞台へ。どう引っかき回してくれるかなと思ったのですが……。
同じボケを何度も引っ張るという構成で、でも期待を超えてこないので大きな笑いが起きにくい。こうなると巻き返せないですよね。あと手を挙げるところが何度もあるので、野田さんの脇汗が目立ってしまっていました。やっぱり緊張するよなあと。
結果は607点。87点平均です。ここまでみんなウケている中で、こういう構成のネタでこのウケ具合だと、下げるしかないんですよね。おそらく最低点は87点ぐらいでというのが審査員の間の暗黙の了解だと思うので、最低評価ということにはなりますが、この流れの中での下げどころだというだけなので、極端に面白くないということではないと思います。
上沼さんが「好みじゃない」と言っていましたが、もっともっと強く否定することはいくらでもできたと思います。それを「自分の好みではないだけ」という言い方にとどめたという点で、むしろ優しいコメントだと思います。笑い声測定器を置くのではなく審査員が採点する以上、審査員の主観は絶対に入ってきます。その主観を信用していいと判断された人が審査員なわけで。

・さや香 歌のお兄さん
完全に初見でしたが、こんなにストレートなのにこんなに面白い漫才ってまだできるんですね。衝撃を受けました。
これは相当行くのではと思ったのですが、得点は628点。ゆにばーすとほぼ同じ。まあ、やっていることがすごくシンプルなのは事実なんですよね。その分漫才としての評価のしどころとなるとちょっと見つからないのかなと。

・ミキ 漢字を教える
こんなにテンションを上げているのに客が置いて行かれない。もうえげつないぐらいすごいですよね。ミキを見ていると、このレベルの若手漫才師って東京の非吉本にはいるんだろうかと思ってしまいます。
審査員にも指摘されていた通り、ボケの内容がすごくオーソドックスなんですよね。でも大阪の若手の漫才は、ボケの内容よりも腕前や見せ方で他と差別をするものという意識があって、それでオーソドックスなボケがあまり気にされないという気がします。
結果は650点。とろサーモンを超えてこの時点で1位。

・和牛 ウェデイングプランナー
カップルの設定じゃないんだ、水田さんが屁理屈言わないんだ……と肩すかしを食らったような気持ちで始まり、中盤までの内容も至って平坦な印象を受けるネタ。これは期待外れかもと思ったところで終盤に入り、怒涛の伏線回収が始まります。それが盛り上がるのなんのって。
期待されていると同時にこすられている屁理屈ネタではなく、ゴリゴリに仕上げた構成で持っていくというそのお笑い脳が怖いです。
果たして結果は653点。文句なしにここまで一番の爆笑です。

・ジャルジャル ピンポンパンゲーム
漫才でもコントでも斬新なネタをいくつもいくつも見せてきたジャルジャル。このネタもまた斬新で、それでいて技術が高くて、ゲーム的な漫才という新しいジャンルを提示しつつも機械的でない笑いの取り方をする。最高に面白いネタだと思います。ミキからの三組が本当にえげつないですね。レベルが異常に高すぎる。
どう評価されるんだろうと思ったら、636点。松本さんは95点と高評価ですが、他がいまいち奮わずという感じでした。結果が出た後の福徳さんの表情が辛くて……。こんなに天才なのに賞レースで一度も優勝できたことがないなんて、残酷すぎます。

これで10組のネタが終わり、上位3組の和牛、ミキ、とろサーモンが最終決戦へ。

・とろサーモン 石焼き芋
少し前に話していた「ミッキーマウスを意識した」のおかげでミッキーにしか見えないw
最初の「流れに身を任せる」のボケが面白すぎますよね。そこでぐっと流れを引き寄せて、怒涛の宗教ゾーン(!)へ。これもやっぱり数年前ならもっと過激に見えてたと思うんですよね。

・ミキ スターウォーズ
これも面白かったです。面白いんですが、仕掛けを入れられるタイプのコンビではないだけに、二本見ると高止まり感があるんですよね。そこはちょっと気になりました。

・和牛 旅館の仲居
一本目を見た時に、これで二本目で屁理屈+伏線回収のネタをやったらえげつないなと思っていたのですが、まさにそれでした。
期待してた屁理屈ネタだ!と思ったのですが、仲居さんとお客さんという設定なんですよね。これだとちょっと水田さんの当たりがきつく見える、というか単に「クレーマー」という言葉で片付けられてしまうんですよね。カップルの設定だと「こんな屁理屈言う彼氏なんて嫌だな」と思いつつも別れられない理由が垣間見えるギリギリのラインを保っていたと思うのですが、こうなると仲居さんがかわいそうに見えてくる。で、後半の伏線回収で仲居さんが反撃するのですが、前半でクレーマーに見えてしまった分の感情はそれでもチャラにならないんですね。
屁理屈ネタだし伏線回収という構成上の武器もある、でも……という、なかなか微妙な仕上がりでした。

これで全組終了。
私が審査員なら、ミキの高止まり感と和牛の若干の食い足りなさを理由に、とろサーモンに一票入れると思いました。でも実際は和牛の勝ちだろうなと。

が、結果はとろサーモン4票、和牛3票で、とろサーモンの優勝!

呆然とする村田さん、両手を広げて紙吹雪を浴びながら「ジーザス」と呟く久保田さんw

「和牛に入れたけど不満はない、そのぐらい僅差だった」と松本さん、めっちゃ泣いてる渡辺リーダー、そして大吉さんは「つかみが速かった」とコメント。

誰もが認める実力派でありながら超苦労人だったとろサーモンの優勝で、今年のM-1グランプリは幕を閉じました。


今回は番組側が客席の雰囲気を良くすることにかなり気を遣ったのではないかと思います。その結果、トップのゆにばーすからみんなきちんとウケて、とてもレベルの高い決勝になりました。

そうなると、審査の基準が単にウケ具合だけではなくなってくるんですね。みんなウケているからみんな93点ぐらいとするわけにはいかない。
では何で差を付けるとなると、審査員それぞれの思う基準にかかってきます。
かけ合いを重視する人もいれば終盤の畳みかけを重視する人もいる、キラリと光るフレーズが一つあればそれをもって高得点を付けていいと考える人もいるでしょう。
さまざまに考え得る基準の中で何を重視して点数を付けるか。それを一言で表すと「好み」という言葉になるのではないでしょうか。
上沼さんが言っていた「好みではない」は結局そういうことなのではと思います。

ネタ順がその場で決まっていく新ルールですが、なかなかよかったのではないかと思います。全組終わってみてもやはりゆにばーすはもったいなかったですが、それはこのシステムのみによるものではないですし、あらかじめネタ順を決めておく従来のルールであっても、トップバッターの誰かは結局不利になってしまいます。
この新ルールのメインは「敗者復活から上がってきた組の圧倒的有利を何とかすること」にあったと思うので、その点では新ルールの目的も果たされたと思います。
順番に出てきてネタをやる以上、どうしてもその順番による有利不利は発生します。たとえばオンエアバトルはトップバッターがオンエアされやすかったですし。
出番順が点数に全く影響しないシステムは存在しないという事実がある上で、どこを落としどころに設定するか。それがルールというもので、その点で今回のルールは落としどころとして一つの答えになっていたと思います。

それにしても、最終決戦のレベルの高さは近年稀に見るものだったと思います。ただそれゆえに、3組ともがいい意味でも悪い意味でも決め手に欠いていたと思うんですね。
私個人の好みで言うと、和牛の「仲居さんとお客さんの設定だと当たりがきつく見える」という点はかなり大きかったです。これだと3組の中から1組選ぶという気持ちになりにくい。
ミキの高止まり感も引っかかったんですよね。まだ完成していない、もう一皮剥ける余地がどこかにあるようにも見える。
となると、とろサーモンかなあと。二本とも面白かったし一本目は出番がもっと遅ければもっと高得点だったかもしれないし、何よりも最初の「流れに身を任せる」のくだりで今日一番笑ったので。
もちろんプロの審査員はもっといろいろなことを考えて票を入れたと思います。でも、本当に本当にレベルが高いと、何かピンと来た一点を理由にしてえいっと票を入れないといけない。そういう境地に達した戦いだったんじゃないかなと思います。

しかしレベルが高すぎて、東京非吉本の漫才師はここに割って入れるんだろうかと不安になったのも事実です。ミキもさや香も、まだ若いのに本当にえげつないほどすごい漫才をしてるじゃないですか。
磁石三拍子流れ星あたりがM-1決勝に行けるぞ行けるぞと言われていた時代は終わってしまって、その後の層がぽっかり空いてしまっているように思います。私はライブに全然行けなくなってしまったので東京の若手に詳しくないというのもありますが、賞レースで惜しいところまで進んでいる、順番待ちの前の方にいそうな若手が純粋な数字として少ないんですよね。
ハライチの岩井さんが「吉本だけの大会にはさせない」と言っていましたが、そうならざるを得ないぐらい、頭数が圧倒的に違うのが現実です。やっぱり劇場に立つ回数が違うのは大きいのかなあとか、いろいろなことを考えました。

今年は予選に全く足を運べなかったのでどうかなあと思っていたのですが、夢中になって見てしまいました。やっぱりM-1グランプリって最高に面白いですよね。
そして優勝してトロフィーや副賞を受け取るとろサーモンのお二人は最高にかっこよかったです。

芸人さん、ファンの皆さん、今年もお疲れさまでした!


(00:47)