あした死んでもいい片づけ ごんおばちゃま著

を繰り返し読んでいます。

昨日は朝から少々気持ちの波が出てしまうことがあって、一人で1時間ほどファミレスに行ってきました。休日のファミレスは午前中でも大賑わいですね。活気があります。
そんな中じっくり本を読みながら自分にあてはめながら考えました。

昨年姑が亡くなりました。
元々ずぼらな性格で家の中は物が多いですし、掃除もあまりしない人でした。
舅が存命中は綺麗好きだった舅に怒られながらもやっていたのを、亡くなってからは誰も文句言いませんのでさらにずぼらに磨きがかかりました。

高齢になり病気も見つかり日々の掃除すら無理になって亡くなりました。

2DKのマンションにぎっちりいろんなものや家具が押し込まれ「これを片付けるのか」と思うとため息しか出ませんでした。
引き出しには飲まなかった薬が押し込まれ、これには税金がたんまり投入されているのになんで飲まないのだ!お前みたいな老人が多いから医療費が増えるんだ!と怒りに震えたり

誰に対してかわかりませんが悪口オンパレードのメモ書きもたくさん見つかり、気分も悪いので破いて捨てました、賞味期限の切れが食品もたくさん。。。うんざり~

夫と協力してゴミ出しに1か月間かかり、元のすっきりした部屋に戻りました。


その経験から私には母が存命なのですが、母が亡くなったら大変だなという気持ちが沸き起こりました。
母の家の隣に兄弟家族が家を建てて住んでくれているので生存確認も出来ているし、大変助かっているのですが、実家に帰ると兄弟から「お母さんの物が多くてうんざりする、捨ててくれないと困るわ」とこぼされます。
確かに一軒家の押し入れという押し入れにはモノが押し込まれ開けるとうんざりする光景が広がっています。

兄弟の愚痴もわかるけど、実家を出た私に母にあれこれ言う資格はないような気がして、強くは言えませんでした。兄弟に強めに叱られ小さくなっている母の愚痴を聞いてやるくらいしか出来ず
母の気持ちも兄弟の気持ちもわかるだけに複雑でした。

そんな感じでいたところ「明日死んでも~」の中に親の荷物に関しての記述があったの興味深く読みました。
この方の考えは私たち世代の親は戦争でものがなかった時代を生きて来て、そして生き抜くために苦労してきた人たち、強い意思を持ち多少の頑固さがなければ生き残れなかった。

なんでもすぐ安価に手に入る今の時代しかしらない世代からしたら「捨ててもまた安く買えるのに」と思うことでも「勿体ない」精神が強くあるし、それを子どもに言われたくないプライドもあるんですって。

確かに私も親になって一人前にした子どもたちに偉そうに説教されるなんてまっぴらごめんです。
たとえそれが正論であっても「言い方ってもんがあるんじゃないの?」と意固地になりがちです。

でも、高齢になったら自分で片づける気力も体力も無くなるので、若いころ出来なかった人はもっと片づけが出来なくなります。
そんな状況を子どもたちは憂うのですが、その気持ちの中には

「親に万が一のことがあったら片づけるのは私の役目じゃないの!いやよ、大変じゃない」
こんなところでしょうか?私もその気持ちが強いのですごくわかります。

でも・・・と本には書いています。
子どもに自分の物を「いらないでしょう」「汚いでしょう」みたいに扱われてぞんざいにされて勝手に判断されて捨てられるのは嫌だし、親が嫌なことをする子どもと仲たがいするのはもっと嫌なんですね。

あー確かにそうだ。
晩年に心穏やかに過ごしたいのにたまに顔を見せる子どもは口を開けば「物が多すぎる」「捨てろ」「捨てられないなら捨ててやる」じゃうんざりです。

子どもは良かれと思ってやっているのが半分、残りは自分が面倒なことをしたくないから今やっちゃおうという自己中が半分
結局子どもも自分のことしか考えていないわけですよ。

あと何年親と過ごすことが出来るでしょうか?
私など年に数日しか母と顔を合わせません。
その短い限られた時間に親に嫌われてまでも無理矢理片づけてしまうのはどうなんだろうと。

だったら亡くなった後に片づけるのではだめですか?って

姑の荷物は確かに片づけが大変でしたが、はっきり言うと生きている時にやったら姑が邪魔して片づけのスピードも鈍かったと思います。
必要なもの以外捨てるのがすごく楽でした。

夫は実母ですからいろいろ思い入れもあったでしょうが、私は正直何も思い入れがないので夫がいらないだろうというものは何の躊躇もなくゴミ袋に入れられました。

しかし親が生きている間は物があふれていたら、大事な物も見つからないのでそこだけはちゃんと話して取り出しやすいところに保管して、足元にものがあって危ない場合は「転ぶと大変だからここの物は片づけましょうか」というとすんなりうまく行くそうです。

確かに自分のことを考えて子どもがやってくれているとわかれば親だって嬉しいし、実際危険を回避できるのですから良いことですよね。

そんな感じで親の物とは言え人の物ですから自分から見たらガラクタでも勝手に処分はしてはいけないということなんですね。

そしてここが大事。
親が物を捨てられない人で自分たちが困ることになった経験があればこそ

私は自分の子どもたちに物で迷惑かけたくない!そんな思いが強くなりました。

出来るだけ簡素にそれでいて自分が好きなものに囲まれて暮らしたい。
亡くなった後も大事なものはすぐわかるように整理しておいて、価値があるものや換金できるものはしっかり記録し残される家族がすんなり処分(譲り受けるにしても)出来るようにしておきたい。

まだ50だから後でもいいではなく、明日死んでもいいようにしなければ、そう思ったのです。だって人間いつ死ぬかなんて誰にもわかりませんから。

今はまだ気力も体力も若いころよりは落ちたとはいえ、頑張って動けますし。
無理ないように「抜く」作業を繰り返して行ければと思っています。



親のことは目をつぶり、自分自身のことをやるだけ
結局反面教師にするしかないようですね。






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