2005年11月28日

紅鮭3(スケート3・義春)

6087ce0d.bmp紅鮭3(スケート3・義春)

るみをはじめて見たのは、スケート場のリンクの上だった。それからも、彼女を見るのは、街中でなく氷上であった。滑っていると言うよりも、はじめからそれがそう定められている運動の法則であるかのように、その肢体は伸びたり縮んだり、光の筋を跡付けていった。

見慣れるまで、そこで何が起こっているのかすらよくわからなかった。自分が、テレビの向こうに見て知っていたスケートというものとは、まったく別のものだと思った。何回転しているのかはおろか、ましてや回転中に足が曲がっていたかどうかなど、まったく目が届かなかった。ただ彼女はプロであり、異なる世界で生きていることだけ理解した。

毎日、彼女の動きを見ているうちに、少しずつパターンが見えてきた。そして彼女の動きにあわせて僕の筋肉も連動し始めた。ターンを決めるとき、演技をするとき、フィニッシュの回転に入るとき、それぞれの動きにあわせて僕の体も反応するようになった。

学生だったから時間があった、ということもある。アイスホッケーの練習のあとに彼女の動きを見ているのは、本当に楽しかった。その時間のために一日が存在していた、と言っていい。

ある日、勇気を出して彼女に話しかけた。それから、彼女と一緒に話しながら駅まで歩く20分は、一つ一つの言葉、一つ一つの仕草が焼きついた。自宅までの道のりは、彼女の記憶を辿りながら、組み合わせたり、何度もかみしめたりしながら、彼女の生き方の雛形に自分を当てはめてみた。

多くは望んでいなかった。それだけで満足していた。しかし、時間は止まってくれない。いつしか、彼女と過ごす時間は積み重なり、肌を重ねる夜も過ごした。しかし、だからといって彼女と呼べる関係にいたったのかどうかはわからない。
何というか、彼女の心をつかんだ実感がその後も深まらなかったからだ。

彼女はいらいらすることが多くなった。今まで、父親がいなかったことや母親が彼女のスケートに全財産を賭けたこともあって、彼女は、人に甘えたことがなかった。だから、いらいらをぶつけるというのは、甘えることになれない彼女なりの甘えの表現なのだろうと僕は思った。

そうしたいらいらやわがままを受け入れることが、彼女のスケートをより高めることになるのかもしれないと思っていたので、僕にはそうした彼女の振る舞いが気になることはなかった。




cheelend at 20:24│Comments(0)TrackBack(0)紅鮭 

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