2005年12月23日

出合った人たち2(長野県川上村のおじいさん)

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僕は、大学2年生の夏、長野県川上村のレタス農家で住み込みのバイトを一ヵ月半ほどやっていました。日給4,500円で朝2時起床、夜9時就寝、実働15時間、時給換算300円と言う恐ろしく割りの会わないバイトでした。しかし、文字通り、仕事しかすることがないところで、村には一軒の万屋(よろずや)があるだけなので、一日平均75円程度しか、使わず、お金はたまりました。

なぜ、そんなところをバイト先に選んだのか、というと、一度、農家の気持ちを実際に働いて理解したいという思いがまずあったからです。普段、農家の人と接する機会が少ない僕には、彼らの考えや行動様式がよくわからなかったので、単純に興味がありました。もう一つの理由として、FROM‐Aというアルバイト雑誌に「可愛いレタスちゃんが、あなたを待ってまーす。」というセンスなさ過ぎのコピーがあったので、もしかしたら、このセンスなさが、田舎の人のよさを物語っているのかも、しれないと思い、決めたと言えます。

実際には、僕が行った農家は、口の悪いちゃきちゃきしたおばさんが仕切る家で、あまり僕との相性は、よくありませんでした。また、庭に山ほど積まれているドラム缶には、散布しきれないほどの量の農薬が詰められたまま、おいてありました。ある日、その農薬を散布する段になって、その家の長男が、いわゆるガスマスクを取り出してきました。爬虫類の拡大写真のような顔に見えるそのマスクを身につけて完全防備した長男が、僕に支給してくれたのは、日本手ぬぐい一枚でした。

その家を僕は、2週間で出ることとなり、そこから200Mくらい離れた家に連れて行かれ、その家のために働くことになりました。そこは、まさに天国でした。そこでは、当時の僕と年齢の近い息子が家を仕切っていました。彼は、僕の仕事にも気を遣ってくれ、まったくストレスは感じませんでした。

彼ら若手の農業従事者は。嫁不足解消と、二作毛の出来ない長野の冬の稼ぎのために大阪のアイススケート場で、バイトをするようです。そこで、アイスホッケーのチームをつくり、体力をつけつつ、ナンパして、女の子を見る目を磨き、嫁さん候補を自ら探し出してくるそうです。

「実際に、うまくいったの?」と聞いた僕に、彼は誇らしげに、「ああ、それがこいつだ。」と言って、ご飯をよそっているお嫁さんを指差しました。農村など過疎地の嫁不足を行政に頼らないで、自ら開拓しに行くそのガッツは、爽やかなものがありました。

その家には、いつもにこにこと穏やかな笑顔で、家族の話をあたたかくみまもっているおじいさんがいました。ある日、そのおじいさんと二人で話していたときに、話が、戦時中のことに及びました。
「フィリピンの近くで、私が乗っていた船が爆撃でやられて、いきなりみんな海に放り込まれた。しかも、海の海面は、真っ黒に石油に覆われて顔をつけることが出来ない。さらに、そうして流出した石油に火がついて海面は火の海。夜のことなので、方角の検討もまったくつかない。そんな中で、私は、ひたすら泳いだ。」ここまで、語っておじいさんは静かにお茶を口元に寄せました。

「とにかく夢中だった。もう、記憶がないんだ。気を失いながら泳いでいた。顔を海面上にあげて、星の明かりを頼りにただ泳いだ。朝、起きたら浜辺にいた。何日間かかったのか、今でもさっぱりわからない。」

「まあ、過ぎた話です。こんなことよりも、あなたが勉強したり、運動したり旅行したりしている方が、よっぽどいい。一つだけ、お薦めするとすれば、勉強は、いいですよ。どこかであなたをきっと助けてくれます。」

丁寧な話し方のおじいさんの物語がひと段落すると、やはり、おだやかな物腰のおばあさんが、おじいさんの空いた湯飲みに静かにお茶を注いだ。その風景は、今でも鮮やかに頭に残っている。幻想的なぼやけた明かりのもと、その夜の会話は忘れられない。




cheelend at 23:21│Comments(0)TrackBack(0)Diary 

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Cheel
ラテンアメリカ研究者。民間セクター開発専門家。趣味は歌・絵画・小説・旅行・スポーツ全般。5言語(英語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、日本語)を駆使して仕事を行う。現在アンゴラ、ルアンダ市在住。
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