知的所有権

2007年01月15日

温泉一人旅その1

5cd4a2b1.bmp温泉一人旅その1

忙中閑あり。アンゴラ出発までの準備の合間を縫って久々の温泉への一人旅に行ってきました。ただし時間がないので、あまり秘湯と言われるような味わいの場所は選べませんでした。また、高校生の時から一人で通っていた「奥土湯温泉」は、冬季休業のため、断念せざるを得ませんでした。そんな中、今回訪ねたのは、「飯坂温泉」ヤマトタケルの尊開湯とも言われる土地です。しかし、悪名高い「寿楽よーん」のCMで名を馳せた「ホテル寿楽」に代表される団体温泉客誘致といかがわしい観光開発が裏目に出て凋落の一途を辿っています。

今回、ここを選んだ理由は、好奇心と価格の安さからです。「B級の観光地」飯坂温泉は、他の凋落を辿っている熱海などの温泉観光地と共通するものがあるはずです。何が、こうした土地をB級たらしめていて、復活の可能性はあるのか?誰に頼まれたわけでもないのに、どうにもこうした好奇心がうずうずします。彼女がいれば、まずこうした選択は却下されてしまうのでしょうが、今回は自由な一人旅。しかも、宿泊価格はとても安かったです。豪華な朝食付きで7,500円。素泊まりであれば、6,000円です。

旅館の方々は、どなたもよくしてくれました。無料で駅まで送迎してくださったり、何かと気をつかってくれました。また、朝食も結構豪華で、かなり美味しかったです。ただ、問題点は、建物の老朽化です。モルタル製の建物は、まったく風情がありません。部屋の中の浴槽は、茶色い錆やこびついたしみがなんとも痛々しい。どんなに掃除を徹底しても拭えない「不潔感」が漂います。

露天風呂は、規模、状態ともまあまあでした。24時間入浴可能なのは、冷え性の僕にとってありがたかったです。ただ、湯船から見える正面の岩場に奇妙な学芸会の装飾セットを思わせる安っぽく巨大な剣が飾られているのは、いただけません。全長10メートルはあろうかという巨大な剣が、すべてを強烈に台無しにしています。是非、早急に撤去して欲しいと思います。

その他の努力は伺えます。女性向けにエステのサービスや、浴衣を選べるサービスを行っています。前述のように食事もサービスもいいです。しかし、老朽化した建物のダメージは、相当大きいと思います。しかし、おそらく改築のための費用は億単位に上るので、宿泊客からの収入増加期待だけでは、融資が通らないと思います。飯坂温泉全体のプロジェクトの中で、他の投資家と協力して千人風呂復活をするなど、湯の町としての観光客増加を含むプロジェクトを立ち上げないと、明るい未来はないように思います。

もっとも、現状のまま、ローコストでB級温泉地として生き抜く選択肢もあるとは、思います。ただ、それでは、より大きな市場である首都圏からの観光客を多く取り込むことは難しいかと思います。町全体の魅力レベルの底上げを行わないで、現状の市場規模のパイの奪い合いという発想では、限界が見えているからです。




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2006年01月17日

知的所有権戦略4(製造業の「標準の鎖」と情報化産業)

73c4c370.jpg知的所有権戦略4(製造業の「標準の鎖」と情報化産業)

キャノンの丸山儀一特別常任顧問は、日本の製造業の強さを支えてきたAV,自動車、半導体などが、「ネットワーク」でつながるところに従来の技術革新と異なるものがあるといい、それを「標準の鎖」と呼んでいる。

ネットワークの時代には、新しい標準が連鎖状につながっていく。要するにネットワーク上の約束があり、それに縛られて新しい身動きが、とりにくくなる。その約束が特許で押さえられていれば、なおのことそれに追従せざるを得なくなる。
だから、スタンドアローン(ネットワークにつながらず、単体で使える機器)の技術に強かった日本も、標準を押さえねば勝てなくなるという。

対策として丸山氏は、標準の鎖のどこかを狙えば日本にも勝つ道は残されていると言う。そして、そのためには、民間の努力だけでは足りず、省庁の縦割りでない真のナショナル・プロジェクトが必要だと言う。

また、中山信弘東大教授は、次のように述べている。「知的所有権法は、平たく言えば(模倣禁止法)である。だから模倣に弱い産業が強くなればなるほど、知的所有権を強化せざるを得ない。従来のハード技術は真似するのに時間がかかったが、アイディアに近いソフトの技術は、容易に真似することが出来る。製造業に比べて情報化産業と言う模倣に弱い産業が主流を占めるにつれ、知的所有権が重要性を増すのは、必然的な流れと言える。」

更に同教授は、マイクロソフトの例に触れ、以下のように続けた。「本来ネットワークは独占であり、それを柱にした情報化産業は知的財産権で保護しなければ進歩は望めない。しかし、独占には弊害がつきものだから、それを取り除くため、同時に独禁法を強化する必要が出てくる。逆に言えば、今の米国は独禁法の担保がある限り、知的所有権法はかなり強化しても問題はない。そしてたくみに米国は両方を使い分けている。」

かように、製造業においては、「標準化」が市場制覇の鍵となっている。そのため、その「標準」を勝ち取り、特許で固めれば、圧倒的優位に立つ。また一方、情報化産業やサービス産業は、その技術がコピーされやすいため、特許で固める必要があり、実際に強化されてきた。いずれにせよ、グローバリゼーションのもと、市場を制するには「特許」を中心とした知的所有権戦略が鍵であると言えよう。


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知的所有権戦略3(ビジネスモデル)

b5bddbda.jpg知的所有権戦略3(ビジネスモデル特許)

「ビジネスモデル特許」が、話題に上ってから久しくなる。例えば、「ステート・ストリート事件」と呼ばれる係争が、米国で金融ビジネスに特許を与えるきっかけとなったのは、1993年のことである。この事件は、金融ベンチャーのシグニチャー・ファイナンシャルグループが、「ハブ&スポーク方式」により、特許を登録したことに端を発した。複数の投資信託資金を単一の財布にプール(ハブ)し、これを株式など多様な金融商品で運用する際、資金の有効運用、管理費の節約、税法上の利点など(スポーク)を短時間のうちに決済するシステムである。

また、ライブドア・楽天などIT企業における「インターネットビジネスモデル特許」とは、どのようなものなのだろう。有名なのは、プライスラインによる逆オークションモデルや、アマゾンのワン・クリックモデルである。

電子商取引とは、コンピューター・ネットワークを利用した商取引を指すが、インターネットの急速な普及によってネット上の商談から電子決済までサービスの枠が拡大している。しかも、インターネットは、国境のない世界だけに、各国の法律や税金などの制度をそのまま適用するのは難しい。そのため、日米欧の主要企業が参加する「電子商取引に関する国際ビジネス会議(GBDe)」や、日米欧三極特許庁長官会合が開催され、ルール作りが進められている。

それではこうしたビジネスモデル特許の問題点は、どのような点なのだろう。主に以下の3点をあげてみたい。
1)(絶対的、排他的独占権保護は、ビジネス手法になじまない。)
ネットワーク上にどのようなビジネスモデルを構築するかは、経営的、経済的洞察力に優れた者の思考によって生み出されるものである。いったんアイディアが生み出されれば、その実現は既存のインフラで可能であり、課題を解決するための格別な技術的手段は不要になる。このようなものに特許権を与えるとアイディアの先占めになり、産業上の競争秩序を著しく阻害することになる。

2)(技術発展に寄与しない)課題解決のために特別の技術的手段を必要としないため、明細書に開示される技術的手段はこれまでの技術と大差ないものになりがちである。開示された技術が更なる技術発展の基礎となる特許法の目指す産業発展サイクルの伝統的メカニズムが働かなくなる。

3)(現行特許法の実態審査になじまない)
ビジネスモデル特許は概して技術的手段はありふれたものであるため、アイディアの進歩性を評価しようにも本質的に困難であるだけでなく特許法が予定する実態審査の概念になじまない。

日本の特許庁は、法律とは別に、「特定技術分野の審査の運用手引き」というガイドラインを用意している。そこで、「解決手段が自然法則を利用したものであっても、その手段がコンピューターを用いて処理することのみである場合、媒体にプログラムまたはデータを記録することのみである場合には、発明としない」とされている。そのため、日本ではビジネス特許は、アメリカのようには認められにくい。このまま法改正、法整備が行われない状況では、アメリカが国家戦略として特許による新たな市場支配に乗り出している中、日本は立ち遅れてしまうだろう。

参考文献:岸宣仁「特許封鎖:アメリカが日本に仕掛けた罠」中央公論新社



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2006年01月14日

知的所有権戦略2(米国の特許制度)

66cb1c79.gif知的所有権戦略2(米国の特許制度)

前回の「知的所有権戦略」で、米国のプロパテント(特許優遇)が、始まったのは80年代のレーガン政権からだと書きました。具体的な政策としては、以下の3点があげられます。1)特許専門の連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の導入、2)米国特許商標庁(USPTO)の特許承認範囲拡大、3)1985年1月の「ヤング・レポート」です。

1)に関しては、以下の経緯でCAFCが設置されました。米国は全米を12の巡回区(サーキット)に分け、それぞれに連邦控訴裁判所をおいています。これらに加えて、1982年、「13番目の連邦控訴裁判所」がワシントンDCに設置されました。それが、CAFCであり、特許紛争についてのあらゆる上訴を扱う専属管轄権を持ちます。しかも、「上告審理制度」(米国最高裁は、重要と判断したものしかとりあげません。そのため、CAFCの決定が最終判決として確定しうる。)とあわせ、特許に関するあらゆる控訴事件をCAFCに集中させる機構がつくられたことになります。これで、全米に画一的な特許政策を実施しやすい仕組みが出来たとも言えます。

また2)を説明しますと、政府のプロパテント方針を受けて、特許商標庁が、特許承認の範囲を広くとるようになりました。結果として、ビジネスモデルとよばれるグレーゾーンに当たるものも特許として認められるようになりました。(例:プライスラインの逆オークションモデル、アマゾンのワン・クリックモデル)

3)「ヤング・レポート」とは、米国の「知的財産権」の保護強化を柱にした産業競争力回復へのシナリオです。発表当初は冷遇されましたが、IT革命を軸にしたアメリカの競争力強化を語る上で、欠かせない視点です。

(補足説明)
1)に関してもう少し補足します。アメリカ合衆国の特許法は、直接合衆国憲法に根拠を持つことから、連邦法として制定されました。同国の連邦法を論じる際に必ず出てくるのが連邦法と州法の関係です。連邦法は合衆国議会が制定し、米国全土どの州でも適用されます。知的所有権関連では、他に商標法、著作権法、および半導体チップ保護法が連邦法として制定されています。一方、トレード・シークレット法は各州の判例法として発達してきたものです。

連邦法か州法かという問題は裁判に影響を与えます。連邦法の下での裁判は、連邦裁判所にて行われることになるからです。米国は法律だけでなく裁判所も州と連邦の二本立てになっています。各州は、一国家のように裁判所組織も持っている。基本は三審制(州により二審制)で、地方裁判所、控訴裁判所(第二審裁判所)、および最高裁判所からなります。

州裁判所および連邦裁判所いずれにおいても陪審裁判を原則としますが、州裁判所の方がローカル性が強く政治色も濃いものとなっています。それは、州の裁判官が多くの場合、住民の選挙で選ばれるからです。つまり、日本企業が米国で特許を争う場合、技術の専門家でない一般市民による陪審制に加え、現地で選ばれ再選と言うインセンティブが働く裁判官によって裁かれるという二重のハンディキャップがあります。

2)に関して更に言えば、CAFCによる判例は、「均等論(doctrine of equivalents)」に基づくものが多くこれが特許権者に有利に働いてきました。特許の有効性及び権利侵害を判断する際、特許権の「範囲」を決めねばなりません。「均等論」によれば、ある発明と、それを侵害したとされる発明とが、実質的に同一の方法で同一の機能を果たし、同一の結果を得る場合に、両者を均等なものとします。ここで均等論が、特許権者に有利なのは、特許を侵害するとされる製品が特許の改良技術を含んでいても、その技術の基本的思想が同じであれば侵害が認められる点です。基本的アイディアで先行している米国企業にとって、これは追随する外国企業の改良技術を過小評価し、特許侵害判決に持ち込みやすい判断基準と言えます。

3)をもう少し説明します。レーガン大統領は、1983年6月、ヒューレットパッカード社のジョン・ヤング社長を委員長に迎え、学界、業界の代表者からなる「産業競争力についての大統領委員会」を組織しました。ヤング委員長は、米国の競争力の低下を一年半にわたり広範に検討し、その結果を「地球規模の競争−新たな現実」と題する報告書として1985年1月25日に大統領に提出しました。これが“ヤングレポート”として有名な報告書です。

報告の骨子は、「米国の技術力は依然として世界の最高水準にある」とした上で、それが製品貿易に反映されないのは、「各国の知的財産の保護が不十分なためである」と分析し、その回復のために、プロパテント政策を推進することを提言しました。この提言と同様な政策は、その後の大統領通商政策アクションプラン(1985年9月)や、米国通商代表(USTR) の知的財産政策(1986年4月)などにも見いだすことができます。
参考文献:長谷川俊明「日米法務摩擦」中央公論社 


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2006年01月12日

知的所有権戦略I

f80fb287.jpg知的所有権戦略I

僕は今、知的所有権に関して興味を持っています。政治経済学的な視点からの興味なので、まずは大きな枠組みで捉えたいと思い、自分が理解している範囲の内容を書いてみようと思います。

知的所有権と一言で言っても、その表す範囲は国または地域によって異なります。日本の場合、工業所有権(産業財産権)に加え、著作権、植物新品種の保護、不正競争防止、半導体回路配置利用権が、知的所有権の中に含まれます。特にこの工業所有権(産業財産権)の示す範囲が国ごとに異なります。

日本の工業所有権(産業財産権)は、特許権、実用新案権、意匠権、商標権が含まれます。しかし、アメリカでは、実用新案はありません。その一方植物特許と意匠特許があります。

特にこの中で、特許制度は科学技術発明を奨励するためのインセンティブとして使われることを本来の目的としています。日本には6,000人の弁理士がいます。年間40万件の特許出願がされ、3分の2が審査請求で半分が合格します。つまり、40万件全体の三分の一が合格して特許を取得しています。

しかし、アメリカは20万件の出願で日本より特許の登録数が多い。この違いは、裏に多くの事実を含んでいます。まず、日本では細かい特許が多々、申請されていること。特許戦略の一つは、基本技術と改良技術のような一連の技術群を網の目のように張り巡らせて特許として各種技術のバリエーションを特許とすることである。その視点からは、改良技術のような細かい特許だけでは、勝てる特許戦略にはつながりません。

実際、米国企業の特許実施権による収入は、日本企業のそれをはるかに上回る。そのことは、米国の方が他企業による特許実施取得につながる発明をしているということと、政府がプロパテント(特許優遇)方針をとっていること、そして米国国内における裁判で外国企業が圧倒的に不利だという3つの側面を含んでいる。

特許とは、新規性および進歩性のある発明に対して期間限定の市場独占権を与えることである。それはつまり、真っ向から独占禁止法と対立する概念である。そのため、米国では時代によって、独占禁止法と特許法のどちらかを強めてきた。
現在は、特許優遇の時期とされていますが、それが始まったのはレーガン政権の80年代からとされています。








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Cheel
ラテンアメリカ研究者。民間セクター開発専門家。趣味は歌・絵画・小説・旅行・スポーツ全般。5言語(英語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、日本語)を駆使して仕事を行う。現在アンゴラ、ルアンダ市在住。
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