今月から新しい仕事を始めました。

以前、病院のスポーツ医学センターでリハビリトレーニングを指導する仕事を行なっていました。
その頃、スポーツ整形外科医の上司が、こんなことをお話しされました。

「あなたは いつまでこの仕事をするのですか?
僕は死ぬまで、この仕事を続けていたいと思うのですが、手術は60歳で辞めようと思っているんです。体力も弱り、手が鈍りますからね。
あなたの仕事も、もろに体力仕事ですよね。体全部を使う仕事じゃないですか・・・・・」

その先生の定年退職ともに、スポーツ医学センターは閉館となりました。
私は そこに勤めていた週2日、時間が空くことになりました。
閉館間近の仕事の帰り、本屋さんで購入した本が・・・
「カフェ開業」の本!

健康に生きるためには、運動も大切だけど、食べることは もっと大切!
健康のために運動をする人は国民の20%。しかし食事をしない人はいない。
運動を教えられなくなっても、運動ができなきなっても、自分は死ぬまで食べる!
健康的な食事を提供しながら、今までの経験も生かしていけたらいいな〜

てな事で、食の仕事をしたい!という希望、夢がありました。
実家は昭和の時代、大阪千日前の角座の楽屋口前で三急屋という食堂を営んでおりました。
幼い頃は 店のカウンターで毎日夕飯を食べていました。
カウンターには角座に出演する芸人さんも並んで食事をしていました。
あれから40年を経た現在、落語を習い、寄席三味線を弾いているのが不思議な因果です。
「なんでこんなにうまいんやろ?」と三味線を弾く宮川左近ショーの暁照雄師匠も常連さんでした。
あ〜三味線を教えていただきたかった!!! 笑


「カフェ開業」の本を買ったものの、空くはずだった時間は スポーツ医学センターの患者さんたちの希望により、健康体操教室が2校増加することになり、カフェ開業の本を買ったのも、これを書くまで忘れていたぐらいでした。

それでも、娘のために毎日食事を作り、友達を招いて食事を作ったりすることは大好きでした。
月日は流れ、娘は巣立って行きました。
7月の初めに「ブルー」という題でブログを書きましたが、娘が巣立ち寂しくて、ブルー・・・
このブログを読んでくださった方が
「そんな状態を”空の巣症候群”と言うのよ」と教えてくださいました。

そんな折、娘から宅急便が届きました。
エプロン!
「ママならできる!」と娘の推薦で、娘の会社の大阪支社で社員さんの昼食を作るという仕事を始めました。
それが style for Earth で、素晴らしいんです!! おかげさまで元気です!
この続きは またの日に!