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有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

Takuya Yoshida, Wen Zhou, Taniyuki Furuyama, Daniel B. Leznoff, and Nagao Kobayashi
J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 9258. DOI: 10.1021/jacs.5b05781

 ☆フタロシアニン骨格の安定ラジカル
安定な有機ラジカルは外部刺激によって容易に酸化されたり還元されたりするため,基礎化学的な興味のみならず,実用としても蓄電池などへの応用が検討されています.これまでの報告としては下図のようなものが挙げられますが,ラジカルは容易に空気中で酸化されやすいなど扱いが難しいものが多いため,これを克服することが求められています.

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一般にラジカルを安定なものにするための分子設計としては大きく分けて2つの戦略があります.一つは嵩高い置換基を導入して分子間のカップリングを防ぐ方法,もう一つはπ共役系を利用して電子を非局在化させることです.著者らは,これまで金属フタロシアニンをモチーフにしてこの課題に取り組んできました.

Pc-4はいくつか単離されているものの,Pc-3はとても少なく不安定であるため,その性質に関するクリアなデータもない状態でしたが,電子が欠損したマクロサイクルであれば還元状態を安定化できるのではないかと考え多くの化合物を合成しました.そしてついに今回テトラアザポルフィリンのリン(V)錯体のラジカルが大変安定であることを見出すことができたのです.合成手順は以下の通りです.
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電気化学測定や吸収スペクトル測定,EPR測定の結果から,確かにリンが+5価で環全体として-3価の中性ラジカルであることが示されました,アブストラクトの写真にもある通り、この化合物は空気中でも全く安定に取り扱えます。また安定であるゆえに単結晶X線構造解析などでも明確なデータ解析ができたことも大きな成果であるといえます.引き続き著者らは19π電子系の探索を行っているということですので続報が楽しみです.

<参考文献>
*安定な有機ラジカルを二次電池などに応用した例
(1) Shin, J.-Y, et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 3096-3101.→ ノルコロールニッケル錯体
(2) Maruyama, H. et al. Angew. Chem., Int. Ed. 2014, 53, 1324-1328.→パーシリル置換14族元素化合物
(3) Morita, Y. Nat. Mater. 2011, 10, 947-951.→トリオキソトリアンギュレン
*環状化合物について
「有機化学美術館分館」より“ノルコロール~できるはずのなかった化合物

Aaron C. Sather, Hong Geun Lee, James R. Colombe, Anni Zhang & Stephen L. Buchwald Nature 524, 208 (2015) DOI: 10.1038/nature14654

 ☆カプセルで試薬を守る
 有機合成において、空気や水に不安定な化合物を使う機会は避けて通れません。フラスコ内を窒素やアルゴンで置換して反応を行うこともよく行われますが、本当に不安定な物質を使うとなると、グローブボックス内で反応を行うしかありません。いずれにしろ相当の熟練を要しますし、収率が安定しない要因にもなります。

 今回著者らは、パラフィンワックスのカプセルを用いて、不安定な化合物を便利に取り扱う方法を報告しています。ガラス棒の先を、加熱して溶かしたパラフィンワックスに浸し、引き上げて冷やすことで中空のワックスカプセルを作ります。これをグローブボックスに入れ、中で不安定な試薬や触媒を計量し、詰め込みます。あとはホットプレートなどでカプセルの口を溶かして封じれば、カプセルの出来上がりです(詳しい作り方は、Supporting Informationに詳述されています)。

 できたカプセルは、グローブボックス外で問題なく取り扱えます。カプセルはきちんと作れば、パラジウムなどの触媒を封入して丸一日水に浸しておいても、中の試薬は変質しません。後はカプセルごとフラスコに放り込み、反応させるだけです。これだけの工夫で、長時間グローブボックスを占拠することなく、簡便に反応が行えます。

 これによれば、さほどの実験技術がなくても、安定した収率で化合物を得ることができるということです。また、大規模な合成にも応用できるかもしれません。できれば、最初からカプセル化してある試薬が売り出されるとありがたいですが。

まあそれにしても、これがNatureに載るんだなあ……。

伊丹敬之 東京理科大学MOT研究会 編著,日本経済新聞社,2015年
ISBN978-4-532-31996-0

 ☆
 常識の先を行く,と銘打った「現場発の技術経営のメッセージ」をまとめたもので,著者らにとってシリーズ5冊目にあたるということです.大学組織から出たことのない筆者からみても,企業の方だけでなく多くの分野の組織人にとって役に立ちそうな指摘がいくつもあると思いましたので,そういった視点でご紹介してみたいと思います.本書の内容は以下のような構成になっています.

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特に2章で述べられている枯れた技術とは,すでにこなれている,比較的安価で誰でも調達しやすい技術のことを言っており,先端技術の特許の場合と下のような図で比較することができるとしています.

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現代では医薬品などを除いて,一つの製品を数件の特許権でカバーすることはまず不可能であり,複数社の特許権を互いに使い合うクロスライセンス契約を結ばないことには市場が成立しない.そのため,先端技術の開発によって基本特許がとれても,必ずしも「長期的な参入障壁」を構築できているとは限らない’という指摘などは筆者には興味深く思われました.枯れた技術の細かな特許は,それらを回避した商品づくりをすると価値を低下させてしまうため,そのような特許を束にして持つことでクロスライセンス材料となるような特許を取得できる余地をなくせる場合があるということで,「テプラ」をその例として説明しています.

第7章では研究現場などの組織統合について,研究もあくまで人間がやっていることだおいうことを大前提として,かなり現実的な視点で提案が列挙されています.大学などで研究室が統合されたというような話は聞いたことがありませんが,例えば同じグループ内で研究テーマが似通ってきてしまった場合などにどういう方向へ持っていくか,多様なラボ出身の研究者・技術者をどう生かすか,というようなことについては役に立つ部分もあるかもしれません.

以上,近いようで知らない世界の本も読んでみたいという気持ちから本書をご紹介させていただきました.何かご参考になればと思います.

-キログラム,モル,アボガドロ定数の現在と将来-
倉本 直樹,東 康史,藤井 賢一
ぶんせき,2015,6,229‐236.

2018年に予定されている,国際単位系(SI単位)の一つであるキログラム(質量)の再定義に関する国際プロジェクトの解説記事です.

当初,基本単位では時間や長さの単位はメートル原器などで定義されていましたが,これらは現在では物理量による定義に置き換えられており,重量の単位のみが人工物である「キログラム原器」で定義されています.キログラム原器は気密容器内で厳重に保管されていますが,表面吸着や洗浄によって重さが変化することは避けられません.

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キログラム原器

国際キログラム原器(IPK )の承認からすでに120年以上経過した現在でも同じ分銅が使われており,長期安定性が近年の計測技術の進展においては無視しえない大きさとなりつつあるため(相対的に5×10-8の変動幅に相当すると推定),人工物に頼らない質量標準の確立が望まれています.

そのような中,キログラムの実現に必要なアボガドロ数とプランク定数をIPKの長期安定性よりも小さな不確かさで測定できた(それぞれ相対不確かさ3.0×10-8;,7.0×10-10)ことを受けて,2011年にCGPMにおいてキログラムの再定義について決議が採択されました. 本記事ではその後の進捗状況も含めて背景やモルの改定にも触れています.

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キログラム再定義のため,28Si濃縮単結晶のX線結晶密度法から直接決定できるアボガドロ数から求める方法と,ワットバランス法によるプランク定数から求める方法(参考)の二通りが採用されています.著者らの所属する産業技術総合研究所では,前者の研究を40年も前から行っているため,主にその内容の紹介がされています(電気標準における利便性から,定義そのものはプランク定数).同位体濃縮したシリコン結晶でも表面は酸化物などの不純物の層で覆われているため,その評価を行ったことなども紹介されていて,根気の要る現場の苦労が伺えます.現在の大きな課題としては2つの方法で得られた値の整合性の問題だということです.どのようにクリアされるのかとても興味深いところです.

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キログラム原器のお世話も大変な気苦労があるようですから,物理定数を基準にして誰でもキログラムを実現できるようになるとさびしい反面ホッとする方も多いかもしれません.まだ途中段階の大きな国際プロジェクトですので,今後の動向を見守りたいと思います.

<参考> 産業技術総合研究所 “普遍的な物理定数に基づく新しいキログラムの再定義に道を拓く”  (発表・掲載日:2012/02/27)
キログラム原器の扱いについては、こちらの本に面白いインタビュー記事があります。 メタルカラーの時代 12 空前絶後のスーパー仕事師

Stephen T. Heller, James N. Newton, Tingting Fu, and Richmond Sarpong*
Angew. Chem. Int. Ed., Early View   DOI: 10.1002/anie.201502894

 ☆ケトンをワンポットで作る
 人工・天然を問わず、ケトンは多くの化合物に見られる重要な官能基です。合成中間体としても大変重要で、ここから多くの官能基を導入できます。このため、ケトンの合成法は数々発表されてきました。

 カリフォルニア大学バークレー校のSarpongらは、手軽で汎用性の高い、非対称ケトン合成法を発表しました。カルボニル基を持った下のような試薬に、有機金属試薬を2種続けて反応させるというものです。有機金属試薬としてはGrignard試薬も利用可能ですが、有機リチウム試薬2種を用いたケースが最も高収率でした。

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  1当量目の有機金属試薬を-78℃で加えて1~2時間撹拌し、いったん室温付近まで温度を上げると、ピロールが脱離してきます、この溶液をもう一度冷却し、2当量目を加えて撹拌、最後に室温に上げると、目的のケトンが収率よく得られてきます。

 類似の方法はこれまでにもありましたが、ワンポットで簡便に目的物が得られるのがよいところです。 著者らはこの試薬をCLAmP(carbonyl linchpin N,O-dimethylhydroxylamine pyrrole)と呼んでいます。linchpinとは、「(荷車などの)輪止めくさび、転じて物事の結合に欠かせないもの」を意味するそうです。

Lynch-pin
 
 今後、ケトン合成のひとつのスタンダードとなりうる方法かと思います。 試してみてはいかがでしょうか。

Yanlong Wang, Zhiyong Liu, Yuxiang Li, Zhuanling Bai, Wei Liu, Yaxing Wang, Xiaomei Xu, Chengliang Xiao, Daopeng Sheng, Juan Diwu, Jing Su, Zhifang Chai, Thomas E. Albrecht-Schmitt, and Shuao Wang
J. Am. Chem. Soc. ASAP, DOI: 10.1021/jacs.5b02480

 ☆ウランでセシウムを捕まえる
放射性廃棄物の処理をどう行うかという問題は原子力発電所を持つ国ならどの国でも頭を痛める問題です.本論文では特に水溶液中のセシウムを取り込む吸着材になるウラン錯体について報告していますので日本人としてはやはり注目してしまいます.配位子として以下の1, 2を合成し,酸化ウランと錯形成させると,単結晶X線結晶構造解析から下段のような原子配置を取ることが分かりました.2についてはひずみが大きく,配位原子が平面上にないという特徴を持ちます.
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このため配位子2の場合は下図のようなカテナン様の構造体(Metal Organic Frameworks: MOF)を形成します(1はハニカム構造がp-pスタックした状態になります).種々の測定から,pH3-12の広い範囲で安定な細孔を形成しており,表面積の広い材料を作ることができたことが分かりました.このカテナン様の錯体は水溶液中のセシウムをウランとの比でほぼ1:1の割合で吸着することができます.

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また,妨害金属になりうるLi+, Na+, K+, Rb+, Mg2+, Ca2+と共存した状態でもセシウムをほぼ問題なく選択的に取り込むことができるということも大きな利点です.規模の問題もありますので実用化の可能性については議論や検討が必要だと思いますが,このように原子力技術関係のみでない多くの分野の人たちが根気よく問題解決に向けて提案を続けていくことが大切なのではないかと改めて思わされました.

<参考>
Umbellate:散系花序の,傘状の

Hai Qian and Ivan Aprahamian*
Chem. Commun. Advanced Article DOI: 10.1039/c5cc03007b

 ☆ 「スマートな」ハイドロゲル
 光や磁場,圧力,電場など,様々な刺激に反応して性質を変える化合物は,最近ではSmart materialと総称されるそうですけれども,その一角をなすハイドロゲル、水と混ぜることによってゲル化する化合物が本研究のテーマです. 
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ゲルになる低分子量の化合物にはLow Molecular weight gelators(LMWG)という名称がついております.これまで一番低分子量なものとして知られているのは,分子量88のN, N’-ジメチルチオ尿素だそうですが,今回著者らは(一番でないにしても)低分子で,pHを変えることによってゾル-ゲル転移と発光をコントロールすることができる化合物を発見しました.上右図に示したコントロール化合物と比較することで水素結合によるゲル化が起こっていることを推測しています.Serendipitous discoveryという言葉が繰り返し使われており,狙って作ったものではないことを強調しているのもこの論文の特徴です.

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性質をまとめると,上段の図で表すことができます.酸性になるとゲル化し,またゲル化した状態のみ紫外光照射によって発光します.この性質を実際に利用する方法として,著者らは下段のような食品の鮮度試験のセンサーを一つの例として挙げています.

魚が腐るときにできるカダベリン,プトレシンなどのアミン類は塩基性なので,ゲルを破壊して発光しなくなります.このため,腐った魚の液を滴下した赤丸で囲った部分のみ発光しなくなります.(これはイメージ図ですが,論文では実際の写真が掲載されていますので,そちらをご覧いただければと思います.)

ここまで広がる化合物を偶然発見したこと自体とても興味深いことですが,どのような過程で見つかったのか,サイドストーリーが書かれているとより面白いのではないかなと思いました.

<参考>
*M. George, et al., Chem. -Eur. J. 2005, 11, 3243.→N, N’-ジメチルチオ尿素について.

Takuya Sato, Tohru Oishi, and Kohei Torikai *
Org. Lett., Article ASAP DOI: 10.1021/acs.orglett.5b01408  

 ☆導入も除去も簡単
 保護基というものは、あり余るほど開発されているようでいて、いざ使おうとするとなかなか条件に合うものが見つからず、困ってしまうことがしばしばです。特にヒドロキシ基の保護基は、ちょっと基質が複雑になるとうまく外れなくなったり、他に影響が出たりして、苦労した経験をお持ちの方は多いと思います。そんな中、なかなか便利そうな保護基が報告されましたのでご紹介します。

 著者らの開発したのは、2-ナフチルメチルオキシメチル基という保護基で、NAPOM基と略されます。NAPOM基の導入は簡単で、各種溶媒中DIPEA2,6-ルチジンなどのアミン存在下、NAPOM-Clと室温で撹拌するだけです。NAPOM-Clは安定な固体で、-20℃なら1年以上分解せずに保存可能です。
NAPOM
 この条件で、1~3級アルコール、カルボン酸、チオールなどに90%以上の収率でNAPOM基が導入できます。脱離はDDQによる酸化で行うことができ、塩化メチレン-リン酸バッファ(pH7.0)18:1の溶媒中室温で撹拌することで、きれいにNAPOM基を除去できます。またNAPOM基はかなり酸性条件に耐え、TIPS基を脱離する程度の条件(CSA1当量、メタノール中室温1.5時間)では安定です。

 似たような条件で脱離可能な保護基として、2-ナフチルメチル基(NAP)やp-メトキシベンジル基(PMB)がありますが、これらが共存していても選択的にNAPOM基の脱保護ができます。たとえばメタノール-THF中、四臭化炭素で処理することで、NAP基を残してNAPOM基を除去できます。また、硝酸アンモニウムセリウム(CAN)で処理すれば、NAPOM基を残してPMB基を切断できますし、Pd/C触媒で接触水素還元を行えば、逆にPMB基を残してNAPOM基を除去できます。

  導入・除去とも温和な条件で、他の保護基との共存も可能な保護基ですので、今後利用が広がるのではないでしょうか。試薬としての販売も期待したいところです。

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