ChemASAP

有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

Loredana Leone, Alessandro Pezzella, Orlando Crescenzi, Alessandra Napolitano, Vincenzo Barone, and Marco d’Ischia
ChemistryOpen 2015 Early view DOI: 10.1002/open.201402164
  
 Cryptographyとはクロマトグラフィーの親戚…では全くなく,「暗号」という意味の情報関連用語です.Molecular Cryptography(: MoCryp)というジャンルは,これまでDNAをベースとしたものがほとんどでしたが,本論文ではトリコシアニンという多機能色素を使うという,コンセプチュアルな点に重きを置いています.

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トリコシアニン類の構造

官能基の異なるシリーズを8種類合成し,pHをコントロールすると,下の図のような(実際掲載されているのは写真です)バリエーションに富んだ色を示します.それだけでも目を引くので,オープンアクセスジャーナルに投稿してアピールするのに向いた内容だと思いました.

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 これらをどのように暗号として用いるかを簡単に示すと以下のようになります.二進法による暗号伝達手段として,溶液群Aというグループの中から一つ,Bというグループの中からやはり一つを選んで混合したものをとし,受信者はその吸収スペクトルを測定し,さらに計算化学の解析結果と照合することで,0 or 1の判別を行うというものです.
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 行っていることは有機合成,溶液化学,計算化学と,基礎化学そのものの手法ばかりですが,その包括的な活かし方として,このようなことも考えられるというのは大変興味深いことではないでしょうか.

・DNAを使ったmocrypの文献の例 *L. M. Adleman, Science, 1994, 266, 1921.
*A. Prokup et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 13192. 

Yifeng Chen , Justin P. Romaire , and Timothy R. Newhouse *
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP DOI: 10.1021/jacs.5b02243

 ☆簡便な脱水素化
 α,β-不飽和カルボニル化合物は、合成的に有用なため多くの合成法が知られています。対応するカルボニル化合物から、脱水素する形での合成法には、セレンを用いる方法、三枝-伊藤酸化IBXを用いる方法などが知られています。しかしセレンは毒性がありますし、三枝-伊藤酸化は高価なパラジウムを当量用いなければならないなどの弱点もあります。

  今回著者らは、エステルやニトリルといった電子求引基の、簡便な脱水素化反応を報告しています。パラジウムのアリル錯体を触媒とし、塩基としてリチウムテトラメチルピペリジド、塩化亜鉛、ピバリン酸アリルを加え。-40度で撹拌するという条件で、かなり収率よく不飽和エステルが得られています。

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 分子内にアミンやケタールなどの官能基が存在していても、まずまずの収率で反応は進行しています。 強塩基に弱い化合物などは問題がありそうですが、それ以外の基質では、既存の反応にとって変わりうる存在ではないかと思えます。

Vignesh Neyak, Mannekote Shivanna Jyothi, R. Greetha Balakrishna,* Mahesh Padaki,* and Ahmad Fauzi Ismail
ChemistryOpen 2015, Early view DOI: 10.1002/open.201402133

 ☆六価クロムを消す方法
その名もChemistryOpenというWileyのオープンアクセスジャーナルから選びました.創刊から3年程の新しい雑誌ですが,内容的に他のWileyのジャーナルとどのような違いが出てくるのか今後楽しみに追ってみたいと思っています.この論文では,水中の六価クロムを三価クロムに低毒化しつつ吸着する膜を作製したという成果を報告しています.皮革の染色,顔料の製造,鉱業などによってどうしても生じてしまう有毒なクロム除去は,環境問題解決のための大切なテーマの一つです.

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キトサンは上図の構造をした高分子で,近年分離膜として利用する研究材料として注目されています.かにやえびの甲羅に含まれる生体高分子であるキチンを脱アセチル化することで得られ,無毒無臭・生分解性でかつ反応活性なアミノ基やヒドロキシル基が表面に出ているため,安心して使える活用の幅の広い素材だといえます.

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本研究では,ポリスルホン膜表面部分に酸化チタンを浸透させた基板に,スピンコーティング法によってキトサンの膜作成を行い,これが図のような低毒化と吸着機能を合わせ持つことを確認しました.実はタイトルにCompleteと掲げていることが気になってこの論文に目を留めたのですが、どうCompleteかというと,膜を浸した六価クロム溶液の紫外可視吸収スペクトルにおけるピークが吸着と還元によって消失するという意味合いのようです.膜面積当たりクロムを吸着するのか知りたいと思いましたが,10ppmのクロム水溶液を使って調べているという情報しかないため,もう少し詳しく書かれていると良いなと思いました.

ただ,吸着だけでなく還元もできた例は他になく,また目視でわかる色変化(黄色から淡緑色)も示す点は大変興味深いため,妨害する他の金属元素からの分離など,課題が克服されることを期待しています.

<参考> * M. S. Sivakami et al., J. Biol. Macromol. 2013, 57, 204.
* X. J. Zuo et al., Carbohydr. Polym. 2013, 92, 2181.
* H. K. No et al., Rev. Environ. Contam. Toxicol. 2000, 163, 1.

高松尚久 著,株式会社タロウ,2003年.

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ISBNはついていないので,MOL-TALOUという分子模型の説明書という位置付けに近い書籍です.この分子模型が世に出て十数年とのことですが,筆者はその頃すでに分子模型を使った講義を受けるような学部学生でなく,また有機化学分野の研究室配属でなかったこともあってかちょうど出会う機会を逸していたようです.

最近になって,やはり分子模型から考えてみたいと思うところがありまして,MOL-TALOUはきれいで可愛らしい見た目と厳密さを両立させた分子模型だと知り,購入しました.読者の中には何を今更,と思う方も多いかと思いますが,筆者と同じように見逃してしまっている方向けにご紹介したいと思います.

モル・タロウの特徴は本書では16項目にまとめられています.それらの中から重要な部分を抜粋してみます.
*拡大率はすべて1億2500万倍.
*原子球の大きさはその原子の相対的な大きさを表現.
*原子球の手の形は単,2重,3重結合用で異なる.
*原子球の大きさ,手の種類および出方は実測に基づいている.
*スリーブは単,2重,3重結合用の3種類.
*水素結合用スリーブ,ファンデルワールス結合用スリーブはそれぞれ一種類だけで実測結合距離を表現できる.
*実際の分子の原子間距離および空間充填モデルの寸法を求めやすい.専用のスケールも付属している. etc....

個人的にはホウ素パーツがないことをやや残念に思っているものの,全体としては種類が多いため,実際に本書のガイドに従って簡単な分子も端折らずに組み立ててみた方が仕組みが分かりやすいと思います.MOL-TALOUを使うなら手元に置いておくと良い一冊ではないでしょうか.

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<参考> http://www.talous-world.com/ 

 <佐藤コメント>モルタロウ、筆者も愛用しております。見た目の美しさ、結合の棒が柔らかいのでひずんだ結合も再現できるなど、優れている点が多いと感じます。コンピュータ上でのモデリングも大きく進化していますが、やはり手にとって実感できることの効果は大きいです。 鈴木章先生のノーベル賞を記念して、ノーベル賞委員会にモルタロウで作ったパリトキシンの模型が寄贈されるなど、もはやスタンダートの地位を確保したといってもよいのではないでしょうか。上記リンクより購入できます。

Hirofumi Naito, Yasuhiro Morisaki,* and Yoshiki Chujo*
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.201500129

オルトカルボランは,隣接した2つの炭素を含むホウ素の多面体クラスターです.アルキンとデカボランの付加によって得られ,合成は比較的容易です.その熱的および化学的安定性から中性子捕捉療法や断熱材への利用に向けた研究が主に行われてきましたが,近年 π共役系 と連結させることによって発光材料をつくる研究が注目されています.

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これまでにもAIE(Aggregation-Induced Emission)やCIE(Crystallization-Induced Emission)を発現する材料についての報告がいくつもありましたが(参考文献参照),本研究では上記の ようにアントラセンを結合させて多様な刺激による発光挙動を示す材料をつくることに成功しました.

アントラセンを選定したのは,強い発光特性をもつこと,官能基付加が簡単にできること,また集合状態の違いによって固体状態での発光波長を変化させることができることなどの理由によります.

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得られた化合物は上図のような様々な発光挙動を示し,また適した条件下で蒸 気に曝露することで取り込む溶媒を交換することもできます.基本的にこの化合物では発光色は赤系統ですが,修飾可能な部位が いくつもあるため工夫次第で色のチューニングなどもできそうです.

 参考文献
* Y. Chujo et al., J. Org. Chem. 2011, 76, 316-319.
* B. Z. Tang et al., Chem. Commun. 2007, 1740-1741.


Yasuteru Sakurai, Andrey A. Kolokoltsov, Cheng-Chang Chen, Michael W. Tidwell, William E. Bauta, Norbert Klugbauer, Christian Grimm, Christian Wahl-Schott, Martin Biel, Robert A. Davey* Science 347, 6225 (2015) doi: 10.1126/science.1258758

 ☆エボラ治療薬への新たなアプローチ 
 昨年から西アフリカを中心に流行中のエボラ出血熱は、 1万人を超える死者を出すなど、相変わらず猛威を振るっています。日本発のアビガンをはじめ、いくつか治療薬の候補は出てきていますが、いまだ切り札といえるものはありません。しかし最近、降圧剤がエボラ治療薬への糸口となりそうという、意外な結果が報告されました。

 テキサスバイオメディカル研究所のR. A. Daveyらは、エボラウイルスが細胞内に入り込むのを防ぐ薬剤を探しているうち、ベラパミルなどの高血圧治療薬に効果があることを見つけました。さらなる検討の結果、中国や日本に生える植物が作るアルカロイド、テトランドリンが最も有効であることがわかりました。下図のような、イソキノリンアルカロイドが二量化した形の分子です。

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テトランドリン

  エボラウイルスは細長い特殊な形状をしており、マクロピノサイトーシスという経路で宿主細胞に取り込まれます。この細胞内への侵入の際、2孔チャネルというカルシウムイオンを通す機構が、重要な役割を果たしています。ベラパミルやテトランドリンは、カルシウムチャネルの機能を阻害することで血圧を下げる「カルシウム拮抗剤」と呼ばれるジャンルの医薬です。これが2孔チャネルにも作用し、結果としてエボラウイルスの侵入を防ぐ効果を示したと思われます。

 まだ今回の研究は試験管レベルの結果であり、すぐに医薬となるわけではありません。しかし、エボラウイルスへの新たなアプローチが見つかった意義は大きいと思われます。ここからの新薬の開発に期待したいところです。

onghun Shin, Jintaek Park, Daesun Hyun, Junghee Yang and Hyoyoung Lee*
New. J. Chem. Advanced Article, DOI: 10.1039/c4nj02299h

数~数十nmサイズのグラフェンはグラフェン量子ドット(GQD: Graphene quantum dots)と呼ばれ,量子閉じ込め効果を持つことから,光電池やバイオイメージングなど種々の光エレクトロニクス関連分野への応用が期待される材料です.数多くの作製方法が報告されていますが,いずれも強い酸を使ったり精製に手間や時間がかかったりするため,より迅速・簡便な方法が求められています.

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著者らは上図に示したような酸化グラフェン(GO: Graphene oxide)に金属フリーかつ中性の酸化剤である過硫酸カリウム(oxone)を作用させ,光照射または超音波処理を施すことでグラフェン量子ドットを作製できることを見出しました.過硫酸イオンから生成するヒドロキシルラジカルや硫酸ラジカルが汚水・汚物処理などに利用されている促進酸化法(AOP: Advanced oxidation process)ことなどから着想を得たようです.ある手法が実用から別分野の基礎研究に移行するケースもあるという良い例です.

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酸化処理後の溶液はGQDと原料であるGOの上下二層に分かれており,ろ別したあとの黄色いろ液に目的のGQDが含まれているので,これまでになく時間を大幅に短縮できる,環境負荷の小さい方法だといえます.また,超音波酸化のほうが光照射酸化よりも反応が速いため,大量合成に向いているのではないかと著者らは考えています.

研究の背景やグラフェン量子ドットの他の作製方法に関する記述も多めなので,グラフェンについて初めて学ぶ人にとっても読みやすい論文ではないかと思います.

<参考文献>
グラフェン量子ドットの応用例:
W. Kwon et al., Nano Lett. 2014,14,1306-1311.→光エレクトロニクス
V. Gupta et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 9960-9963.→光電池
S. Zhu et al., Chem. Commun. 2011, 47, 6858-6860.→バイオイメージング

他のグラフェン量子ドットの作成方法:
L.-L. Li et al., Adv. Funct. Mater. 2012, 22, 2971-2979.→マイクロ波照射による合成
L. Lin et al., Chem. Commun. 2012, 48, 10177-10179.→カーボンナノチューブやグラファイトの剥離・粉砕
J. Peng et al., Nano Lett. 2012, 12, 844-849.→カーボンファイバーを酸処理:化学的剥離形成法
Y. Li et al., Adv. Mater. 2011, 23, 776-780.→電解合成
D. Pan et al., Adv. Mater. 2010, 22, 734-738.→水熱合成
M. Zhang et al., J. Mater. Chem. 2012, 22, 7461-7467.→電解合成,黄色発光

Y. Dong et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52,7800-7804.→ボトムアップ法(シュウ酸とL-システインを前駆体としている)
R. Liu et al., J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 15221-15223.→ボトムアップ法(ヘキサ-ペリ-ヘキサベンゾコロネンを利用) 促進酸化法(AOP)について
W. H. Glaze et al., Ozone: Sci. Eng. 1987, 9, 335.

Mahdi Hesari, Stephanie M. Barbon, Viktor N. Staroverov, Zhifeng Ding* and Joe B. Gilroy* Chem. Commun. Advanced article, DOI: 10.1039/c4cc10038g

 ☆古くて新しい蛍光
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含窒素配位子とジフルオロホウ素からなる錯体化合物はイメージングや蛍光指示薬,光電池などに利用されるため非常に多くの研究があります.なかでも上図右に示したBODIPY(boron-dipyrrometheneの略)は置換基による物性のチューニングが可能であるためもっともメジャーな化合物群だといえますが,合成に時間がかかり,収率も良くないという難点があります.

一方,1875年に発見されたホルマザン色素(上図左)は合成が容易で比較的低コストであるため近年見直されつつあり,遷移金属やホウ素の錯体についての報告が相次いでいます.そこで本研究では,ホルマザンジフルオロホウ素錯体の電気化学的発光挙動について系統的に調べました.

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トリ-n-プロピルアミン(図中ではTrPAと表示,Pは(Pr)2N+=CHCH2CH3)共存下で電位を掃引しつつ発光スペクトルを測定するスプーリング電気化学発光スペクトルの測定データから,著者らは上図のようなメカニズムで発光するのではないかと提案しています.

電位領域によって,
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①(:0.2-1.2 V vs. SCE):TPrAラジカルと2aが反応して2aアニオンラジカルが生じ,さらにTPrAカチオンラジカルと反応することで2aの励起状態が生成するパターン,
②(1.2-1.7 V vs. SCE):2aラジカルカチオンをTPrAラジカルが反応して2aの励起状態が生成するパターン,
③(1.7-2.2 V vs. SCE):2aと2aのジカチオンが反応して2aのラジカルカチオンが生じ,TPrAラジカルと反応して2aの励起状態が生成する,
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という3パターンが存在すると結論付けています. 3つ目の過程がもっとも発光効率が良く,また電子構造についての計算結果もこれらに反しないものであったということです.

<参考文献>
合成方法
S. M. Barbon et al., Chem. Eur. J. 2014, 20, 11340-11344.
TPrAについて
R. Y. Lai et al., J. Phys. Chem. A, 2003, 107, 3335-3340.

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