ChemASAP

有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

Junqi Li*, Steven G. Ballmer*, Eric P. Gillis, Seiko Fujii, Michael J. Schmidt, Andrea M. E. Palazzolo, Jonathan W. Lehmann, Greg F. Morehouse, Martin D. Burke
Science 2015, 347,1221 DOI: 10.1126/science.aaa5414

 ☆分子の3Dプリンタ
 現在、ペプチドや核酸などの生体高分子は、全自動の機械による合成が可能になっています。しかしそれ以外の複雑な低分子化合物に関しては、長い段階と高度な技術を要する、手作業に頼る他ないのが現状です。

 今回著者らは、かなり多様な低分子化合物を作り出す「有機合成マシン」を開発しました。有機化学の未来を考える上で、かなり衝撃的な報告です。

 多様な低分子を作るアプローチとして、たとえば植物の作るテルペン類はよいモデルになります。 5炭素から成るイソプレン単位がいくつか直線的につながり、これが環化・官能基化することで、複雑な化合物群を作り出します。
terpene
イソプレン単位がいくつかつながったところから、多様な骨格が生み出される

 著者Burkeらはこれと同じように、鈴木-宮浦カップリングでいくつかのビルディングブロックを連結し、後に必要に応じて各種変換を行うアプローチを採用しました。この時、自身が開発したMIDAという保護基を利用して、くり返しのカップリングを可能にしています。

 MIDAはN-メチルイミノジ酢酸の略で、ボロン酸を下図のようなMIDAエステルとすると、クロスカップリング反応を受け付けなくなります。MIDAエステルはアルカリ水溶液で処理すれば、脱離して元のボロン酸を再生し、カップリング反応に対して活性になります(詳細)。

MIDA
MIDAエステル(左)は、アルカリ加水分解によってボロン酸(右)となる

  ペプチド合成では、アミノ酸のカップリング-脱保護をくり返して、長いペプチド鎖を作る方法を採ります。このMIDAを利用したくり返しカップリングを活用すれば、同じようなことが一般の低分子でも可能になります。たとえば著者Burkeらは、以前にこの方法を活用してペリジニンの合成を報告しています。

  今回発表された機械は、MIDA基脱保護、クロスカップリング、精製を行うモジュールを持ち、原料をセットしてスタートボタンさえ押せば、これらの操作を自動で行なってくれます。たとえば、下にあるクロカシンCという天然物は、全自動で2日のうちに8.6mg合成可能です。

crocacin
クロカシンC

  その他、太陽電池などに用いられるポリチオフェン類や、各種生理作用を持つ化合物が、この方法で合成可能です。下に示したのはその例です。

polythiophene
kinaseinh
Cainh
上からポリチオフェン、キナーゼ阻害剤、カルシウムチャンネル拮抗剤

 この方法で作れるのは、 こうしたsp2炭素主体の化合物だけではありません。自動合成された化合物を、Diels-Alder反応などで環化させることにより、下図のようなかなり複雑な骨格も合成されています。もちろん、使用する原料を変えれば、これらの類縁体を自動合成することも容易です。なお一番下のセコダフナン骨格は、有名なHeathcockのユズリハアルカロイド全合成を下敷きにしたものです。

citreofuran
oblongolide
secodaphnane

 現状のBurkeの合成マシンはまだ制約も多いですが、それでも医薬品研究などには大いに影響を与えるものと思われます。当然、今後使える反応が増え、合成可能な化合物も多くなっていくことでしょう。そうなっていった場合、化学はどう変わり、有機合成化学者の立場はどうなっていくのか、いろいろ考えさせられる研究です。

(Burke教授インタビュー)
 

S. Bernard and P. Miele
Materials Today, 2014, 17, 443-445. DOI: 10.1016/j.mattod.2014.07.006

 窒素とホウ素が交互に並んだ化合物には、グラファイトと似た配列の六方晶系窒化ホウ素、ダイヤモンドに相当する配列の立方晶窒化ホウ素が存在します。本総説は、ホウ素と窒素の平面型ポリマー、つまりグラフェンに相当する窒化ホウ素についてまとめられています。グラフェンの総説と並べて掲載されています(Materials Today, 2014, 17, 426-432.)ので,ご興味のある方は比較しながら読むのもよいのではないでしょうか?

Kamitsubo52_fig1

 窒化ホウ素は1842年にBalmainという人が酸化ホウ素とシアン化カリウムとの反応から初めて作り出しました.この材料は大きなバンドギャップ(~5.5 eV)を持っており,非酸化物系セラミックとしては最も密度が小さく,熱安定性も高いという特徴を持っています.他にも高い熱伝導性,高い電気抵抗値,マイクロ波透過性,無毒,など有用な性質を活かして様々な材料への応用が期待されています.

Kamitsubo52_fig2

 近年では,上図のようなナノ構造による機能発現についてもさかんに研究されていますが,特に注目を集めたのは,選択的にガスを吸着する性質,水素吸蔵,汚水を精製するためのフィルターとしての応用研究です.合成方法についても多くの手法が開発されており,前駆体や処理方法を変化させることで組成上のチューニングも可能であり,今後の発展が楽しみな材料ではないでしょうか.

Davoud Mozhdehi, Sergio Ayala, Olivia R. Cromwell, and Zhibin Guan
J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 16128-16131. DOI: 10.1021/ja5097094

 ☆自己修復ポリマー 
 プラスチックは、長く使っているうちに衝撃などで傷ついたり、光や酸素などの作用でひびが入ったりなど、劣化が必ず起こります。となれば交換なり修復なりが必要になりますが、自分自身で傷を修理してくれるプラスチックがあればメンテ不要になり、大変便利です。そんな夢のような材料が、自己修復性ポリマーと呼ばれるものです。

 例としてたとえば、材料の中に一方にモノマー、一方に重合剤が詰まった管が通っているポリマーがあります。傷がつくと、両者が染み出して混じり、傷を自然にふさいでくれるわけです。水素結合などを介して短い鎖同士がつながっており、いったん切れてもぎゅっと押し付けてやれば、また水素結合を作り直してつながるといったタイプもあります。

 今回著者らは、亜鉛とイミダゾールの錯形成反応を利用した,自己修復ポリマーについて報告しています.分子設計の指針についても分かりやすく書かれており,良い論文だと思いました.コンセプトは下図にまとめて示されていますが,交換反応速度の高い,すなわち自己修復機能の要となる錯体部分だけでなく,ガラス転移温度を下げるイミダゾール環そのものとアクリレート部位も重要な役割を担っています.

Kamitsubo51_fig1

 具体的には下図のような構造をしたポリマーです.錯体形成のために使う亜鉛ソースとしてはZn(NTf2)2が選ばれていますが,これは高い溶解性と熱安定性,固体状態で移動度が高いためです.NTf2は非局在化した電荷と嵩高いユニークな形のために,固体中で電荷を持つ化学種と塊を形成したりもしません.

Kamitsubo51_fig2

金属とリガンドの割合やイミダゾールの割合を加減することで自己修復能をチューニング可能で,ヤング率のみならず靱性が3時間で修復する材料を作ることもできました.設計方針の明確さもさることながら,なかなか意図した通りの機能を実際に発現させるのも難しいと思うので,そういった点からも興味深い成果ではないかと思います.

長谷川 健
ぶんせき,2014, 9, 460-467.

 大学の数学の授業で必ず教わる線形代数は,具体的イメージがつかみにくく,どのような役立て方をされるのか,わかりにくい項目ではないかと思います.この記事は,分析化学の解説というよりは,スペクトル解析に役立つことを示して線形代数のありがたみを実感することを目的としています.化学における数学の大切さを伝える面白い企画だと思い,取りあげました.

下図に吸収スペクトルの例を挙げます.単一成分系から2成分系に拡張すると以下のような簡単な行列式であらわすことができます.
Kamitsubo50_fig1
Kamitsubo50_fig2


重要なのは,このように表すことで,以下のような解析をすることができるということです.

(i) CLS(classical least squares)回帰法
A = CK + R
RはCとKで説明できない部分を負わせて実験値Aの解析ができる式で表します.これは化学的意味が分かりやすいものの,思い込みの成分数を取り入れており,この数を誤るとその後の計算が急激に不正確になるという問題があります.

(ii) PCA(Principle component analysis):主成分分析法
名前とは裏腹に主成分を知ることができる解析法ではありませんが,系に含まれる独立な成分数を客観的に解析することができます.

種々のスペクトル測定は化学分野にとって欠かせないものですが,複数の成分が重なってしまったり,その成分数を予め知ることができないことも多いため,このような解析法について知ることも有意義なのではないかと思いました.

今回は少し趣向を変えて,IUPACの隔月刊誌,『Chemistry International』の前回号からいくつかの記事を選んでご紹介したいと思います.

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* ‘IUPAC and OPCW Working Toward Responsible Science’
by Peter Mahaffy, Joseph Zondervan,Alastair Hay, Daniel Feakes, and Jonathan Forman  

IUPACとOPCW(化学兵器禁止機関)による共同プロジェクトとして立ち上がったMultiple Uses of Chemicalsというサイトの紹介記事です.一見構造が分かりにくいのですが,

①Multi Use Chemicals:様々に利用される化学物質
②The Responsible Choices in Chemistry:化学における責任ある選択,
③Convergence of Chemistry and Biology:化学と生物の融合
④Codes of Conduct:行動規範

に関する解説記事を,さらにそれぞれ学生用,教師用,要約の3パターン用意されています.Zyklon Bなど重要ないくつもの化合物を扱っており,一読に値すると思います.

* ‘Abbreviations of polymer names and guidelines for abbreviating polymer names (IUPAC Recommendations2014)’
Jiasong He, et al. Pure and Applied Chemistry, 2014, Vol. 86, 6, 1003-1015.

長々とした名称になりがちな高分子に対する略称のつけ方を示したガイドラインです.すでにISOが定める高分子名のリストはありますが,主に標準物質・産業・貿易・法令などの限られた場面で使われています.100個以上の化合物名が掲載されているものの,サイエンティフィックな分野では数百もの高分子が取り扱われているため,一般的な名づけのルールを示す必要があるとの考えから作成されました.

* ‘Stamps International’  
<参考>
天国に一番近い島という謳い文句で人気の観光地,ニューカレドニアが重要なニッケルの産地であることを示した3枚の切手が紹介されています.それぞれ掘削,製錬,輸出の三段階を示しており,同国でのニッケルの重要性が伝わってきます.
(関連書籍として,『切手が伝える化学の世界-化学に親しむはじめの一歩(切手で知ろうシリーズ)』齋藤正巳,新井孝和,若林文高 彩流社,2013年,ISBN-10: 4779118611があります.)

以上,3つの項目を簡単にご紹介しましたが,全体的に読み物としての作りになっており,論文とは異なった雰囲気の英語で大切なお知らせを読むことができます.オンラインでは最新版が見られないようですが,少し大きめのパンフレットくらいの手に取りやすいサイズの冊子なので,図書館で見かけたらチェックしてみてはいかがでしょうか.

Satoru Ito, Satoru Hiroto *, Sangsu Lee, Minjung Son, Ichiro Hisaki, Takuya Yoshida, Dongho Kim *, Nagao Kobayashi *, and Hiroshi Shinokubo *
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP DOI: 10.1021/ja511905f

 芳香族化合物の研究は、有機化学の発祥以来続いていますが、いまだ研究され尽くすということがありません。そのひとつの面白さとして、本来平面であるべき芳香環をひずませたとき、どのような性質が出てくるかという点があります。フラーレンやカーボンナノチューブはその代表というべき物質でしょう。

 しかし、平面から外れた芳香環の合成は、非常に難物です。たとえば、有機合成化学的な手法のみでのフラーレン合成は、いまだなされていません。非平面芳香族化合物を作るには、ひずみエネルギーを乗り越えるための強力な手法を必要とします。

  そうした中、名古屋大学の忍久保らは、大きくねじれたポルフィリン類の合成を報告しました。彼らはすでに、芳香族アミンを酸化的に二量化して、ピラジンを含む多環式化合部tを形成する反応を開発しています(論文)。

Dimer

  この反応をアミノポルフィリンに適用すれば、ピラジンと縮環したポルフィリン二量体が収率よく得られます。この時、メソ位にメシチル基などかさ高い置換基を持ったポルフィリンを用いると、反発を避けて全体として大きくねじれたものが得られます。

twist1

ねじれたポルフィリン二量体。メシチル基は省略
 
 さらにこれを四量体までつないでいくと、全体のねじれは最大298°にも達します。これは、全体が共役系でつながった芳香族化合物のねじれ角として、これまでの記録144°を大きく塗り替える最高記録とのことです。この方法は他の化合物にも広く適用できそうであり、多くのユニークな多環式芳香族化合物がここから生まれてきそうです。

Harvey Motulsky
Advances in Regenerative Biology 2014, 1: 25155

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 ☆「有意な」という言い回し
ある方のツイッターで見かけて興味を持った,オープンアクセスジャーナルからの論文です.‘significant’はよく使ってしまう単語だと思いますが,その曖昧さを問題視した意見です.著者はGraphPadというソフトウェア会社のCEOかつ創立者で,significantという言葉を使わない代わりにどうしたら良いか3つのケースに分けて対策案を示していますので,以下にまとめます.
追加すべき情報や数値を赤字表現方法は青字で記載します.
 
ケース1:科学的に有意,臨床的に有意,という表現.
・○○% decrease in disease incident in......具体的な割合を示す.
・○○ level was as high as typically seen in .......比較級を使う.
The change in the number of ○○ is trivial (<xx%), so is unlikely to have any impact.
差や変化量を具体的な数字で.
 
ケース2:ある現象に対して2種類のモデルを仮定してフィッティングして比較する場合.
We fit both ○○ and a △△ model to the data and compare the goodness-of-fit (sum-of-squares) using the extra sum of squares F-test. The P-value (0.xxxx) is less than our preset threshold of 0.xx, so we used the △△ model as a basis for interpreting our data and designing future experiments.
The ○○ model fits the data only slightly better than did the △△ model (the sum-of-squares was about xx% smaller). The P-value from the extra sum of squares F-test was large (0.xx), so we used the simpler ○○ model when interpreting the data.
P値やF検定の数値を示す.
 
ケース3:ある現象に対して2種類の処理を施して比較する場合.
A lowered the mean B by xx with a xx% confidence interval ranging from xx to xx. Because the drop in B is substantial with a reasonably narrow confidence interval, we conclude that A denervation worked as........
・ Pretreatment with ○○ by a factor of xx (xx% CI: xx to xx; P 0.xxxx). A two to threefold shift is large enough to ........
・ Among samples, the correlation between ○○ and △△ count was substantial (r0.xxxx; P0.xxxx). However, because the xx% confidence interval is very wide (0.xxxx-0.xxxx), we can only conclude with xx% confidence that there is a positive correlation, but we do not have any evidence about how strong the correlation
really is.
信頼区間を示す.
 
いかがでしょうか?化学分野に馴染むもっとよい言い方があるかもしれませんが,会話の中でもつい「有意な・・・」と言ってしまいがちですし,閾値をどう設定するかもとても難しい問題なので考えさせられました.具体的な考え方と表現方法が示されているので,生物系の文献とはいえ,参考になるのではないでしょうか.


 ※論文の言葉遣いは日本語・英語問わず、あいまいさをなるべく排除しなければならないのですが、ついぼかした便利な言い回しに逃げてしまいがちです。こんなツイートも回っていたようですが、おっしゃる通りです(さとう)


 

Alexander P. Demochenko, Jozef Heldt, Jacek Waluk, Pi-Tai Chou, Pradeep K. Semgupta, Larissa Brizhik, and Juan Carlos del Valle
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10. 1002/anie.201405222

 ☆光化学を作った男
光化学において大変重要なKasha則にその名を刻んだMichael Kashaについてのエッセイです.ある研究者の歴史がほとんどその分野の重要発見の歴史であることに驚かされますし,生き生きとした物語付きの教科書のようです.主に7つの研究テーマについて解説していますが,その中から3項目を選んで以下に簡単にご紹介します.

*一重項-三重項遷移(項間交差)
G. N. Lewis, M. Kasha, J. Am. Chem. Soc. 1945, 67, 994-1003. 
M. Kasha, Chem. Rev. 1947, 41, 401-419.

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今となっては当然のように受け入れられている禁制遷移を師匠(Gilbert N. Lewis)とともに提唱し,Lewisの急逝後は一人学界で戦った背景があったということなどにも触れられています.博士論文のタイトルも‘Triplet States of Organic Molecules’であったということですから,有機化合物の三重項励起状態についての考察はKashaのキャリアの出発点といえるでしょう.

*Kasha則
M. Kasha, Discuss Faraday Soc. 1950, 9, 14-19. 

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アズレンなど例外も存在するものの,こちらも光化学の常識となっている考え方の一つです.

*励起状態プロトン移動
J. Heldt, D. Gormin, M. Kasha, Chem. Phys. Lett. 1979, 68, 382-385. 

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ガーデニングが趣味だったというKashaは,色鮮やかな花を咲かせるワスレグサ(Daylily)が特に好き(育種も手掛ける程)で,その色素分子であるフラボン類は最後まで研究テーマとしてもKashaを惹きつけたようです.励起状態でプロトン移動を起こす現象の発見は,3-ヒドロキシフラボンを紫外光で励起すると大きくストークスシフトを起こす理由を解明することから始まりました.

これらの他にも励起子,スピン軌道相互作用,重原子効果,一重項酸素の発見などについても解説されています.このように幅広く深い興味と自由な発想で業績を残したKashaが大切にしていたことは,文献をチェックすることよりもむしろ人との対話や全体像を見渡すことで,その重要性を常々弟子たちに語っていたということです.

<参考>
1.Daylily(ワスレグサ,ワスレナグサではない)についてはこちら 
2.Serendipityとは‘happy accident’, ‘pleasant surprise’, ‘fortunate mistake’. 英英辞典のような説明ですが,意外とはっきりかかれているのを見かけないので敢えて掲載しました.Kashaの仕事部屋の一つは「Serendipity room」と名付けられていたといいます.

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