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有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

カテゴリ:構造化学

Emily G. Mackay, Christopher G. Newton, Henry Toombs-Ruane, Erik Jan Lindeboom, Thomas Fallon, Anthony C. Willis, Michael N. Paddon-Row*, and Michael S. Sherburn *

 ☆幻の炭化水素、合成さる
  ラジアレンと呼ばれる一群の分子があります。下図に示すように、環を成した炭素全てから、オレフィンが外へ向けて突き出したような分子です。放射状(radial)の構造であるため、この名があります。

radialenes

 これらラジアレン類のうち、3員環のものは1965年に、4員環のものは1962年に、6員環のものは1976年とかなり昔に合成されていました。 ただひとつ、5員環の[5]ラジアレンだけが難物で、長くその合成は実現していませんでした。合成しようとすると、互いに結合してポリマー化してしまうため、純粋な分離は不可能だったのです。

 著者らはこのほど、初めて[5]ラジアレンの合成に成功しました。ジエン2ヶ所を鉄カルボニル錯体として保護した上で環化し、骨格を形成した後で酸化的に鉄を脱離させ、目的物を得ています。生成した[5]ラジアレンは極めて不安定で、-20℃で30μMという低濃度でも、半減期16分で壊れてゆくため、NMRなどでも全くピークは観測できません。結局、-78℃で反応を行なうことで、NMRでの観測に成功しています。

 論文では、[5]ラジアレンのコンフォメーション、ポリマー化のメカニズムなどについても詳細に考察しています。[5]ラジアレンはフラーレンの部分構造とみなすこともでき、その性質の解明は炭化水素のみならず炭素クラスターの化学にも影響を与えそうです。

Akihiro Tsurusaki, Chisato Iizuka, Kyohei Otsuka, and Soichiro Kyushin * J. Am. Chem. Soc., 2013, 135 (44), pp 16340–16343 DOI: 10.1021/ja409074m

 ☆ケイ素でベンゼンはできるか
 ケクレによって提案されたベンゼンの正六角形構造は、有機化学の基本ともいうべき美しい構造です。しかしケクレ以前には、C6H6の分子式に対して様々な構造が提案されていました。下図はその例で、いずれも実際に合成がなされています。
Benz
 ベンズバレン(benzvalene)の「バレン」は「(少なくとも紙の上で)原子価異性化を行うことができる分子」という意味だそうで、ご覧の通りベンズバレンの結合を一部切ってつなぎ変えれば、ベンゼンになります。

 さて、周期表で炭素の真下にあるケイ素でベンゼン環を作れるか、という試みはずいぶんなされてきました。しかし、Si6R6型の分子としてはプリズマンタイプのもの、また椅子型6員環のものなどができているものの、この「ヘキサシラベンゼン」はいまだ実現していません。

 今回著者らは、下図のような化合物、すなわちケイ素の5員環に塩素が4つついたものを用意し、これを金属ナトリウムで還元しました。狙いはおそらく、三量化によってヘキサシラベンゼンの合成を行うことだったと思われます。
pentasilane

 ところが出来上がったのは、ベンズバレン型の下図のような化合物でした。収率は19% 、緑色の粉末として得られましたが、結晶化させると紫になったとのことです。熱には安定であるものの、空気中に出すと分解するため、アルゴン雰囲気下で扱う必要があります。

silabenzvalene
 ちょっと意外な結果にも見えますが、理論計算を行うと、確かにベンゼン型よりこちらのベンズバレン型の方が、ケイ素では安定とのことです。 直感的には、プリズマン型の方ができやすそうにも思えますが、ちょっと意外です。

 これに限らずケイ素骨格化合物は、炭素からの類推では想像もつかないようなものができることが少なくありません。兄弟元素というものの、やはり別の元素であるということを改めて思わされます。

Yuzuru Kobayashi, Masaaki Nakamoto, Yusuke Inagaki, and Akira Sekiguchi*
Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 10740 –10744 

 ☆テトラへドランをつなぐ
 炭素を正四面体の頂点に置いた化合物・テトラへドラン(C4H4)は、有機化学分野における「夢の化合物」として、昔から議論の対象になってきました。

THD
テトラへドラン

 しかしテトラへドランはあまりにひずみが大きく不安定なため、この化合物そのものの合成・単離はいまだ成功していません。ただし、4つの頂点に大きな置換基を取りつけてやると、外界からの攻撃からガードされ、単離が可能になります。特にトリメチルシリル(TMS)基を立体保護基として使うと、ケイ素からの電子供与のためにテトラへドラン骨格が安定化され、300度くらいまで安定に存在できるようになります。

TMSTHD
テトラキス(トリメチルシリル)テトラへドラン
 
 ただし、これ以上の複雑な誘導体の合成は難しく、このことがテトラへドランの化学の展開を妨げてきました。しかし今回、筑波大学の関口らはクロスカップリング反応によって、テトラへドラン骨格を保ったままに他の化合物と連結が可能であることを示しました。

 上記の、TMS基で置換されたテトラヘドランに、メチルリチウム(CH3Li)を作用させると、TMSがひとつリチウムと置き換わり、テトラヘドリルリチウムが生じます。これをパラジウム触媒(Pd(PPh34存在下でハロゲン化アリールと反応させてやると、クロスカップリング反応が進行して付加体を与えます。1,3,5-トリヨードベンゼンと反応させれば、下図のようにテトラヘドランが3つ結合した化合物が得られます。

trisTHD

 通常、有機金属化合物の中でもアルキルリチウムはクロスカップリングが進行しにくく、マグネシウムやスズにトランスメタル化させて反応を行うのが常ですが、この場合はリチウムそのままが最もよい結果を与えたそうです。

 テトラへドラン誘導体合成の道が拓かれた意義は大きく、今後その特異な性質が次々に解明されることと思われます。今後の展開に期待です。

 <参考>
テトラへドランの特異な性質の例:最短の単結合 

Sravan K. Surampudi, Harik R. Patel, G. Nagarjuna and D. Venkataraman* Chem. Commun. Advanced Article DOI: 10.1039/c3cc43797c

 ☆超音波でねじれる分子
アゾベンゼンは,そのシス体の発見(Nature, 1937, 140, p281.)以来,フォトクロミック分子の代表格としてメモリデバイスや光アクチュエーターなどへの応用を視野にいれた研究によく取り入れられるモチーフです.

先日,赤外光で異性化するアゾベンゼンが報告されて話題になったばかり(JACS, 2013, 135, p9777-9784.)ですが,今回報告されたのは,超音波でシス→トランス異性化する分子です.いまだにこうした基礎的な物性についても報告が出てくることに驚きです.

Kamitsubo16_fig1

シス→トランス異性化は光照射のみでなく,熱でも起こりますが,この場合は機械的な刺激によるものであるということで,証拠として挙げているのは以下の2点です.

(1) 図中のポリマー体については超音波で異性化するのに対し,モノマー体(control)では超音波による異性化が起きないこと.→分子設計時の狙い通り,ポリマー部位への機械的な刺激が分子を引き延ばす力となり,異性化へのエネルギーとして変換されていると考えている.
(2) 連続的に当てた場合(熱が発生する)より,パルスで超音波を当てた場合(熱の発生が抑制される)の方が異性化率が高かったこと.

また,種々の反応速度解析も行われており,Inversion mechanismであることが示唆されています.異性化メカニズムについてはご参考までに,最後の図にまとめました.

ポリマーならどんなものでもよいのかどうか,どのようなアプリケーションが考えられるのかなど,色々と興味は広がります.
Kamitsubo16_fig2
 

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