☆分子はベタついている

Aradhya, S. V.; Frei, M.; Hybertsen, M. S.; Venkataraman, L. Nature Mater. 2012, 11, 872.  DOI: 10.1038/NMAT3403

Nat Mater図

◆ポイント

・AFM [1] を用いて、金属表面に付着した有機化合物をグググッと引っ張ることで、有機化合物と金属表面間の単分子レベルでの付着力(ファンデルワールス力)を測定した

・DFT計算 [2] により付着力のさらなる詳細な解析を行った。DFT計算の計算値とAFMによる実測値はある程度一致した

・測定されたファンデルワールス力は配位結合的な結合力に匹敵するレベルの高いものであった。思ったより分子はベタついている。電子があたかも糊のように機能している


◆新規性

・単分子レベルでの力学的挙動を、あたかもバルクの物体の如く測定したところ

・DFTを援用できたところ


◆今後予測される展開

・材料表面の分子の挙動のより詳細な観察

・上述の観察結果に基づく界面が関与する化学的現象の解明。例えば、固体触媒による化学反応の反応メカニズムの解析が進むかもしれない。Gerhard Ertlらが行っているような、固体表面のキャラクタリゼーションの新しい一手法として注目されるのでは

・接着剤の接着力のより詳細な定量化、なんていう応用もあるかも

◆概要

4,4’-ビピリジンもしくは1,2-ビス(4-ピリジル)エチレンをAuでコートしたマイカ [3] 上に付着させ、Au基板-ピリジン誘導体-Au電極間で結合し、Au電極で引っ張ることでN-Au間の配位結合的な相互作用以外の相互作用を見出している。AuでコートしたカンチレバーからなるAFMで力学的な測定を実施。ピエゾ素子をアクチュエータとして用い18 nm/秒で引っ張っている。同時にAu電極-Au基板間に電流を流すことで、Au-ピリジン誘導体-Au間の結合が開裂する様子を観察している。AFMによる観察とDFT計算によれば、Au-Au原子間、N-Au間、ピリジン環-Au間の開裂に要する力は、それぞれ1.5 nN程度、0.8 nN程度、1.5 nN~1.9 nN程度となった。ピリジン環と原子レベルの凹凸のあるAu間のファンデルワールス力が重要であるとしている。この開裂は一気に起こるのではなく、原子レベルの再配列を伴って段階的に進行する。

以上の結果から、ファンデルワールス力は固体触媒を用いた反応、金属と有機物のヘテロ接合 [4] を有する有機EL等の分子エレクトロニクス、固体表面での自己組織化挙動等に大きな影響を及ぼすのではないかと考えられる。しかし、Au表面とピリジン誘導体間の相互作用をファンデルワールス力と位置付けているが、電子移動を伴った相互作用は無いのかという疑問がある。Au(111)表面からの有機化合物への電子移動が過去に報告されている [5] 。


◆脚注

[1] 原子間力顕微鏡のこと。分解能が原子サイズレベル以下という驚異の顕微鏡である

[2] 密度汎関数法のこと。波動関数ではなく、電子の密度の関数を用いることで計算を行う

[3] 雲母のこと。雲母はケイ酸塩鉱物の一種であり、絶縁体である

[4] 異なる半導体からなる接合のこと

[5] Komeda, T. et al. Nature Commun. 2011, 2, 217.