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有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

カテゴリ:医薬化学

Thomas G. Gant
J. Med. Chem., Article ASAP DOI: 10.1021/jm4007998

 ☆重水素と創薬
 医薬候補化合物に重水素を導入する手法が注目を集めていることは、これまで何度か書いている通りです(参考:PDFファイル) 。C-D結合はC-H結合よりも数倍反応性が低い(重水素効果)ことを利用し、医薬(候補)化合物の体内での代謝分解を防ぐという発想です。たとえば降圧剤ニフェジピンの、代謝を受けやすい位置に重水素を結合させたニフェジピン-d6は、実験動物レベルでは薬効が34%改善したなどの報告があります。
nifedipine
重水素化ニフェジピン。黄緑が重水素。

 本総説では、この創薬における重水素の利用についてまとめられています。 速度論的背景、重水素の導入手法、実際の事例、特許性、さらに重水素の生体への影響にまで広範に述べられており、非常に参考になる内容です。

  実際にも、抗C型肝炎ウイルス薬であるテラプレビル(Vertex社)のバックアップに、重水素入りの化合物が臨床試験入りするなどの事例が出ています(論文)。メディシナルケミストとして、重水素の利用は押さえておくべき知識ではと思います。

Denana U. Miodragovic´, Jeremy A. Quentzel, Josh W. Kurutz, Charlotte L. Stern, Richard W. Ahn, Irawati Kandela, Andrew Mazar, and Thomas V. OHalloran*

 ☆白金とヒ素でガンと闘う
 ガンに対する治療薬は、医薬の中でも特異なジャンルであり、極めて幅広いアプローチが行われています。白金錯体であるシスプラチン(PtCl2(NH3)2)や、三酸化二ヒ素(As2O3)など、医薬としては珍しい元素が用いられていることも多いのが特徴です(参考:TCIメール「ガンと闘う元素」)。

 シスプラチンはDNAに結合してその増殖を阻みます。また三酸化二ヒ素は、高濃度でアポトーシスを引き起こす他、亜鉛を含んだタンパク質に結合することで血管新生を阻害し、ガン細胞の転移を抑えると考えられています。

 今回の論文で著者らは、その2つの抗ガン剤を反応・合体させるという、ちょっとびっくりするようなアプローチを行っています。シスプラチンと三酸化二ヒ素を、アセトニトリル/水(9:1)中で90度に加熱することで、下図のような錯体を得ています。白金-ヒ素結合を含んだ安定な構造で、「アルセノプラチン」(arsenoplatin)と名づけられています。
arsenoplatin
アルセノプラチン。黄緑が塩素、水色が白金、紫がヒ素。

 アルセノプラチンの抗ガン作用を調べてみたところ、一部のガン細胞に対して、シスプラチン・三酸化二ヒ素両者を上回る効能を示したということです。今のところ、アルセノプラチンがDNAに結合している証拠は得られておらず、メカニズムやin vivoでの効果などはこれからという段階ですが、なかなか面白そうな化合物ではあります。

Sandip B. Bharate, Sanghapal D. Sawant, Parvinder Pal Singh, and Ram A. Vishwakarma*
Chem. Rev. ASAP DOI: dx.doi.org/10.1021/cr300410v

 ☆新薬の宝庫
 キナーゼは、他の化合物にリン酸を付加させる働きを持つ酵素です。中でもタンパク質をリン酸化するものは、タンパク質の機能調節や、細胞内情報伝達に非常に重要な役割を担います。このためヒトはプロテインキナーゼを数百種類も持っているといわれ、一大カテゴリーとなっています。

 こうしたわけで、プロテインキナーゼ阻害剤は医薬として、また生物学研究用試薬としても非常に重要です。近年がん治療の分野で注目を集めるイレッサ(ゲフィチニブ)やグリベック(イマチニブ)なども、これらキナーゼ阻害剤の仲間です。本総説の冒頭でも、FDAによって医薬として承認されたキナーゼ阻害剤(合成のものも)が列挙されています。
iressa
イレッサ

 ただし本総説のメインは、海洋由来のキナーゼ阻害剤についてのまとめです。前半では、セリン/スレオニンなどターゲット別に化合物が掲載されており、 ペプチド・マクロライド・ステロイド・脂質など、その構造の多様性に驚かされます。全合成のターゲットとして、見覚えのある化合物も多いと思います。

Staurosporine
代表的なキナーゼ阻害剤・スタウロスポリン

 後半では、臨床試験中の化合物についてそのプロファイルがまとめられています。特にがん領域の創薬研究者にとっては、必見といえるでしょう。ぜひご覧のほど。

Yu Yamashita, Yoichi Hirano, Dr. Akiomi Takada, Dr. Hiroshi Takikawa, Prof. Dr. Keisuke Suzuki*
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.201301591  

 ☆期待の抗生物質、合成さる
 BE-43472Bは、1996年に万有製薬のグループが最初に発見した化合物で、抗腫瘍作用の他、各種抗生物質の効かない多剤耐性病原菌(MRSA、VREなど)に対しても効果を持つことから期待を受けている化合物です。下図に示す通り、2つのアントラキノン骨格がT字型にくっついたような、非常に興味深い構造を持ちます。すでに天然物全合成の第一人者・Nicolaou教授が2009年に合成を達成しており、解説などもされているので興味ある方はこちらをどうぞ。

BE-43472B

 結合部は極めて混み合っており、この部分をどう作るかが一つの山になります。またもうひとつ、黄色で示した三級ヒドロキシ基は極めて脱離しやすく、この部分は長い工程に耐えませんから、最終段階に近いところで導入してやる必要があります。
 
 アントラキノン骨格同士を立体選択的に結合させるという難題は、鈴木教授お得意のピナコール転位で実現しています。歌舞伎であれば大向うから掛け声が入るところですね。

pinacol

 最後のヒドロキシ基導入も非常な苦労があったようですが、最終的にはNaBH4-PhSeSePhという組み合わせによって、エポキシドを還元的に開くことで解決しています。このあたり、詳しくはぜひ論文の方をご覧ください。

 最終的に27段階、全収率3.0%で全合成が完成しています。 苦労はあったと思いますが、満足行く合成ルートに仕上げた努力に、拍手を送りたいと思います。

Yoshiki Tanaka, Christopher J. Hipolito, Andrés D. Maturana, Koichi Ito, Teruo Kuroda, Takashi Higuchi, Takayuki Katoh, Hideaki E. Kato, Motoyuki Hattori, Kaoru Kumazaki, Tomoya Tsukazaki, Ryuichiro Ishitani, Hiroaki Suga & Osamu Nureki
Nature (2013) doi:10.1038/nature12014

 ☆病原菌が医薬分子を吐き出す仕組み
 先日は藤田誠先生の結晶スポンジの発表で化学クラスタが沸き返りましたが、その論文と同じ号のNatureに掲載されたもの。東大理学部の濡木理教授・菅裕明教授の共同研究によるもので、こちらも非常にインパクトのある論文です。

 病原菌に対して抗生物質を投与していくと、菌に耐性が生じて効き目がなくなってくることはご存知かと思います。原因はいろいろですが、ひとつには膜タンパク質輸送体というものが、菌の細胞内に入り込んだ薬剤を外に放り出してしまうというメカニズムがあります。今回、この膜タンパク質輸送体「MATE」の詳細な構造がX線結晶解析によって明らかにされ、機能も解明されたというものです。

MATE
膜タンパク質輸送体MATE
 
 ご覧の通り、α-ヘリックスが束になったものが、V字につながっており、これ自体が膜に埋まっています。このV字の谷間に薬剤分子が捕まり、ヘリックスの一つが折れ曲がることでこれを細胞外へ吐き出すという仕組みです。  さらに、この論文ではMATEの阻害剤を創出し、それがどう結合しているかも分析しています。上の図で、谷間に挟まっている分子がそれで、環状のペプチド構造です。阻害剤だけの構造を下に示します。

cycpep
阻害剤の環状ペプチド
 
 こんなに簡単に阻害剤が見つかるのかと思いますが、それを実現したのが菅教授の「RaPID」と呼ばれる技術です。遺伝子の暗号を書き換えることで、多様な環状ペプチドを自在に創り出すというものです。詳細は、以前にインタビューした際のこちらの記事をご覧下さい。

 というわけで、この研究は多剤耐性菌の薬剤排出のメカニズムを明らかにしたばかりか、それを防ぐ医薬開発の足がかりをも提供したわけで、特に製薬企業などにおいては興味がもたれるものではと思います。

Annaliese K. Franz* and Sean O. Wilson
J. Med. Chem., Article ASAP DOI: 10.1021/jm3010114

 ☆ケイ素化合物は医薬になりうるか?
 ケイ素はクラーク数2位、炭素とよく似た性質を持ちながら、生体にはかなり縁の薄い元素です。このケイ素を含む化合物が医薬となりうるか?というレビューです。

 ケイ素を含む生理活性物質はいろいろと報告されています。例えば下図のシランジオールは、アミド加水分解の遷移状態のミミックとなり、アンジオテンシン変換酵素(ACE)の阻害剤として働きます(IC50=3.8nM)。
ACEI
 
  その他、既存の医薬の炭素を一部ケイ素に置き換えたものも研究されています。抗がん剤カンプトテシンの誘導体・カレニテシンは、現在臨床試験中(Phase III)ということですので、医薬となる可能性も十分ありそうです。

 karenitecin

 その他、有機ケイ素化合物の合成法、脂溶性など各種ファクター、体内動態などについて論じられています。ちょっと「これが薬になるのか?」という感じはしてしまうのですが、可能性として考えてみるのはなかなか面白いと思います。

Nisha Singh, Amy C. Halliday, Justyn M. Thomas, Olga V. Kuznetsova, Rhiannon Baldwin, Esther C. Y. Woon, Parvinder K. Aley, Ivi Antoniadou, Trevor Sharp, Sridhar R. Vasudevan & Grant C. Churchill
Nature Communications 4, Article number: 1332 doi:10.1038/ncomms2320

 ☆リチウムに代わる双極性障害治療薬

リチウム塩には双極性障害(昔でいう躁鬱病)に対する治療効果があり、今も広く治療薬として用いられます。1949年に偶然発見されましたが、60年以上を過ぎた今も現役の治療薬です。しかしその効果がなぜ現れるか、いまだに詳細は判明していません。またリチウムは安全域が狭い(治療効果が出る用量と、毒性が出る用量の差が小さい)ため、使いにくい薬でもあります。体重増加、喉の渇き、震え、腎臓障害など、副作用も数多く知られています。

 今回の論文で著者らは、エブセレンという化合物にリチウムと同様な双極性障害治療効果がありそうだと報告しています。この化合物はリチウムと同じく、イノシトールモノフォスファターゼという酵素に作用し、その効果を著していると見られます。マウスレベルでの実験では、リチウムより効果が高く、副作用などは小さそうと見られます。
ebselen
エブセレン。青が窒素、オレンジがセレン。

 構造がシンプルなだけに、誘導体もいろいろ作ってみたくなります。セレンの入っている医薬は珍しいですが、すでに臨床試験が行われた経歴もあるとのことで、安全性は高そうです。さて今後、どう展開していくでしょうか。

Chia Min Lee, Alisha K. Weight, Jayanta Haldar, Ling Wang, Alexander M. Klibanov and Jianzhu Chen

Wukun Liu and Ronald Gust*
Chem. Soc. Rev., 2013  Advance Article DOI: 10.1039/c2cs35314h

 ☆錯体が抗がん剤になる?
 今回は論文でなく総説を。オレフィンメタセシスの触媒など、試薬として汎用されるN-ヘテロサイクリックカルベン(NHC)錯体が、抗がん作用を示すという話。金属としては、金・銀・白金・パラジウム・銅・ニッケルなどが活性を示し、シスプラチンなどより高い細胞毒性を持つものもあるとのこと。

AuNHC
NHC錯体の一例

  逆にいえば、ふだん実験室で試薬として使っている錯体が、思わぬ強烈な生理作用を持っている可能性もあるということです。取り扱いにはぜひご注意のほど。

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