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有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

カテゴリ:半導体

Yuji Yamaguchi, Keisuke Ogawa, Ken-ichi Nakayama,* Yoshihiro Ohba, and Hiroshi Katagiri*
J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 19095 − 19098 DOI:10.1021/ja410696j 

 ☆蒼い三連星
 アズレンは、5員環と7員環が連結した構造を持った化合物で、炭化水素としては珍しく深い青色を示します。5員環側がマイナス、7員環側がプラスに偏った電子配置をとるために大きな双極子モーメントを持つなど、異色の炭化水素として知られます。抗炎症作用などの生理作用を持つことでも知られており、うがい薬などに配合されることもあります(参考)。 

 興味深い物性を示すアズレンですが、合成が比較的難しいことや、溶解度が悪いことなどもあり、十分に研究が進んできませんでした。しかし今回著者らは、鈴木-宮浦カップリングを用いてアズレンを縦に3つつないだ2,6′:2′,6″-テルアズレンの合成に成功、これがn型半導体としての性質を持つことを明らかにしました。
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 ビフェニルなどは立体反発のため、芳香環同士がねじれた配置をとりますが、このテルアズレンは平面的な構造をとり、これがキモになっているようです。これだけシンプルな構造で半導体としての性質を引き出せたことはおもしろく、この分野における新たな鉱脈となりそうです。

Mita Dasog, Larissa F. Smith, Tapas K. Purkait and Jonathan G. C. Veinot*
Chem. Commun. 2013, 49, 7004-7006. DOI: 10.1039/c3cc43625j

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 ☆二酸化ケイ素から炭化ケイ素へ
炭化ケイ素は、炭素とケイ素が1:1で化合し、ダイヤモンド構造をとったものです。天然にもわずかに存在しますが、現在では工業的に合成が行われています。炭化ケイ素は化学的,熱的,機械的に安定な材料で,電気素子,研磨材,耐火材などに使われています.また,ナノ結晶は発光材料としても注目されており,その安定性から生体への応用も期待されています.今回は、炭化ケイ素のナノ構造体を作ったという論文です。

方法は簡単で、二酸化ケイ素のナノ構造体に直接炭素を作用させて炭化ケイ素の構造体を合成しています.これまでにない低温(通常1000℃以上のところ,600℃)で合成できたことも新規な点ですが,構造を維持したまま変換できているところが面白いと思いました.市販のグラスウールを原料にすることも可能だそうです.形状は同じでもサイズが拡大されているのは,Si-OとSi-Cの結合長の差(~1.6Å, 1.9Å)からきており,計算とほぼ一致しています.

手順は,SiO2, Mg, Cの粉末をまぜてアルゴン雰囲気下で焼き,生成した粉末を塩酸で処理して酸化マグネシウムを取り除くのみで,とても簡便です.マグネシウムがポイントで,まずMg2C3が生成して,それからSiO2とのメタセシスが起こっていることを実験で確かめました.結晶系については,分析によると今回得られたものは,β-SiCであることを確認したということです.

他の合成法についても紹介されていたので,以下の参考文献にまとめました.

参考文献
*SiC基板を電気化学的にエッチングする
・ Phys. Rev. Lett. 2005, 94, 026102.→発光挙動が分かる写真も
・ J. Non-Cryst. Solids, 2008, 354, 2272.→実験手順が分かりやすい
・ App. Phys. Lett. 2008, 92, 253112.→同じく発光の様子も
*多孔性シリコンにフラーレンを導入して焼く ・ App. Phys. Lett. 2000, 77, 1292.→自己集合膜作製の技術でフラーレンを導入
*イオン・インプランテーション(ケイ素基板にダイヤモンドにカーボンのイオンビームを当てる)
・ Diamond Relat. Mater. 2003, 12, 1241.
・ Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. Sect. B, 2012, 282, 88.
*金属触媒を用いる(触媒が残るデメリットあり)
・ Chem. Phys. Lett. 2004, 383, 441.→FeCl2触媒でナノロッド作成 ・ Nanoscale Res. Lett., 2009, 4, 814.→Tb(NO3)3触媒でナノロッド成長

☆有機デバイスの電気伝導特性の圧力効果

K. Sakai, Y. Okada, S. Kitaoka, J. Tsurumi, Y. Ohishi, A. Fujiwara, K. Takimiya, J. Takeya Phys. Rev. Lett. 2013, 110, 096603.  DOI:  10.1103/PhysRevLett.110.096603

◆ポイント

・有機半導体として知られるジナフトチエノチオフェンの結晶に圧力を印加すると、特異な“圧力 vs 電子移動度”挙動を示した

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ジナフトチエノチオフェン(DNTT)


◆今後予測される展開

・有機デバイス用分子の分子設計を行うに当たって、参考となる知見となるのでは

・超高圧化学 [1] の発展に寄与するかもしれない

・有機デバイスの構造設計やプロセス設計を行うに当たって、重要な知見となるのでは

 


◆概要

先日、Chem-Stationで高圧化では分子の物性が変化するという情報が報告されております [2] 。このように、超高圧下では常圧では起こらない様々な現象が起こることが知られている。例えば、活性化体積が大きな負の値を示すDiels-Alder反応のような反応は、超高圧下では反応速度が大幅に増す [3]

本論文では、ジナフトチエノチオフェンの結晶に1 GPa(≒10000 atm)までの圧力を印加すると、圧力と電子移動度に特異な相関がみられたことが報告されている。通常は、圧力が増すにつれて有機半導体分子間の距離が狭まり電子移動度が増加するのであるが、ジナフトチエノチオフェンは電子移動度の増加が他の分子(例えばペンタセンやルブレン)と全く異なった挙動を示すことが明らかになった。この挙動の違いは、ジナフトチエノチオフェンの結晶内でのパッキング状態が、圧力によって変わった挙動を示すからであるとしている。これは、Spring-8 [4] の分析機器を用いた分析から明らかになった事象である。

 


 


トランジスタは電界等で制御することが今まで行われてきましたが、機械的な力で制御することも可能になるのではないかと思われる知見です。また、デバイスを組み上げる過程で冷却等に伴う材料の熱収縮などにより、デバイスに思わぬ応力が掛かることがあるため、機械的な力によってデバイスを構成する材料の電子移動度の挙動等が変化するという知見は、今後有機デバイスを設計するにあたって留意すべき知見になるのではないかと思います。

 


◆脚注

[1] 参考文献。松本 澄, 井畑 敏一 著 (2003) 『超高圧有機合成―高効率分子変換と反応制御を目指して』ナカニシヤ出版

[2] http://www.chem-station.com/blog/2013/04/post-502.html

[3] 応用例。W. G. Dauben, J. Y. L. Lam, Z. R. Guo J. Org. Chem. 1996, 61, 4816.

[4] 兵庫県にある大型放射光施設のこと。和歌山毒物カレー事件での毒物分析などで有名になった

☆有機ELデバイスの新たな潮流


Uoyama, H.; Goushi, K.; Shizu, K.; Nomura, H.; Adachi, C. Nature 2012, 492, 234.  DOI: 10.1038/nature11687

◆ポイント

・今まで利用されてこなかった発光過程を利用することにより有機ELデバイスの発光効率を向上させた

◆新規性
・三重項励起子の新しい発光方法を実現したところ

◆今後予測される展開
・現行の有機ELデバイスの構造を一変させる可能性がある。このメカニズムを応用した安価な有機ELディスプレイや有機EL照明が登場するかもしれない
・なかなか普及が進まなかった有機ELデバイスの普及が進むかもしれない
・この分野で韓国勢に押されていた日本勢が巻き返しをはかるための起爆剤となる成果となるかも

◆雑記
 有機ELデバイスの普及を妨げている要因にはさまざまなものがあるのですが、その一つとして挙げられるのは、有機ELデバイスの価格です。その価格を決めるさまざまな因子の一つとして、原材料の価格があります。有機ELデバイスに用いられている有機化合物は、剛直で、巨大なπ電子共役系を持つものが多いのですが [1] 、その製造には各種カップリング反応を要したりすることが多く高価になりがちです。最近の流行は、希土類、RuPtIrなどの重原子錯体からなる燐光材料を組み込んだ有機ELデバイスです。
 さて、なぜ重原子錯体を導入するかと言いますと、ホールとエレクトロンを注入してできる励起子は励起一重項状態(S1)と励起三重項状態(T1)が1:3の割合で混ざったものであり、T1から発光(燐光 [2] )させるにはスピン軌道相互作用の大きな材料を導入しなければならないからです。もしS1からの蛍光 [3] のみを利用することを考えると、75 %ものエネルギーが無駄となり非効率なデバイスとなってしまいます。重原子を含む材料を加えることで、本来ならば禁制であるT1からS0の燐光を出すことが可能となり、T1の励起子を有効利用することができます。しかし、重原子を含む材料は非常に高価であり結果として有機ELデバイスを高価にしてしまう問題がありました。
 そこで、熱によってT1からS1へ系間交差させて発光(TADF: Thermally activated delayed fluorescence)させるという新しい発光メカニズムにより重原子フリーな発光系を実現できないかを著者らは考えたようです。S1よりT1の方がエネルギーが低い状態にあることが一般に知られており [4] T1からS1への系間交差など起こらないと普通は考えてしまいますが(私もそう思っていました)、その常識を打ち破り、熱によってT1からS1へエネルギー移動させることで発光させています。ポイントは、S1T1のエネルギー差を小さくすることにあります。ジシアノベンゼンとカルバゾールを連結した分子によりそれが達成されています。実は、励起三重項状態を励起一重項状態へと変換する分子は少ないものの過去に報告があり、エオシン [5] S1T1のエネルギー差が小さいために熱による励起でT1からS1を経た遅延蛍光を発します。また、類似した現象として三重項励起子同士の接触による励起一重項状態の生成(TT消滅)が知られています。ただし、こちらは三重項励起子の濃度が高くないと起こらないため、レーザーによる励起が必要です。
 有機化合物の種類は事実上無限にあるといって差し支えありません。有機化学的手法は、極めて強力な武器になるということが本論文から読み解けます。Jablonskiダイアグラム [6] と睨めっこしながら、有機化学という強力な武器を持って、有機ELデバイスの世界へ飛び込んで、常識と格闘してみませんか。

◆脚注
[1] 例えば http://www.sigmaaldrich.com/etc/medialib/docs/SAJ/Brochure/1/saj1436_mm7-1.Par.0001.File.tmp/saj1436_mm7-1.pdf

[2] 励起三重項状態から基底一重項状態への遷移の過程で放出される光を燐光という。この過程は本来ならば禁制である多重度の変化を伴うことから、ゆっくり(といっても官能的には一瞬であることが多い)と光る特徴がある

[3] 励起一重項状態から基底一重項状態への遷移の過程で放出される光を蛍光という

[4] 異説もあるがフントの規則によるものとされる

[5] フルオレセイン系の蛍光色素である

[6] 励起過程を記したエネルギー状態図のこと

Brandon J. Beberwyck, and A. Paul Alivisatos*
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI: 10.1021/ja309416cl

 III-V半導体ナノ結晶の合成法について,イオン交換法によって結晶性の高い,粒径の揃った単分散のサンプルを得ることに成功したという研究です.

 具体的には,カドミウムプニクチドのナノ結晶を原料(テンプレート)として,第13族元素のイオンとカドミウムイオンを交換することで,GaAs, InAs, GaP, InPナノ結晶の合成を行っています.

 イオン交換法そのものはすでに他の系で使われていますが,今回III-Vでも良い結果が得られた点が新規なようです. 前駆体のカドミウムが一定の割合で生成物に残っているのが気になりますが,III-V半導体ナノ結晶の合成法の一つの提案,今後につながる足がかりとしては興味深いのではないでしょうか.

用語・背景について
*III-V半導体:第13族元素と第15族元素から成る半導体のこと.直接遷移型なので,発光ダイオード,レーザーダイオードなどに利用されている. GaAs, InP, GaNなどが代表的。
*半導体ナノ結晶:生体標識や電子デバイスとして利用される.コロイド合成やエピタキシーによる合成法もある.
*プニクトゲン(pnictogen):第15族元素。窒素・リン・ヒ素・アンチモン・ビスマス

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