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有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

カテゴリ:錯体

Denana U. Miodragovic´, Jeremy A. Quentzel, Josh W. Kurutz, Charlotte L. Stern, Richard W. Ahn, Irawati Kandela, Andrew Mazar, and Thomas V. OHalloran*

 ☆白金とヒ素でガンと闘う
 ガンに対する治療薬は、医薬の中でも特異なジャンルであり、極めて幅広いアプローチが行われています。白金錯体であるシスプラチン(PtCl2(NH3)2)や、三酸化二ヒ素(As2O3)など、医薬としては珍しい元素が用いられていることも多いのが特徴です(参考:TCIメール「ガンと闘う元素」)。

 シスプラチンはDNAに結合してその増殖を阻みます。また三酸化二ヒ素は、高濃度でアポトーシスを引き起こす他、亜鉛を含んだタンパク質に結合することで血管新生を阻害し、ガン細胞の転移を抑えると考えられています。

 今回の論文で著者らは、その2つの抗ガン剤を反応・合体させるという、ちょっとびっくりするようなアプローチを行っています。シスプラチンと三酸化二ヒ素を、アセトニトリル/水(9:1)中で90度に加熱することで、下図のような錯体を得ています。白金-ヒ素結合を含んだ安定な構造で、「アルセノプラチン」(arsenoplatin)と名づけられています。
arsenoplatin
アルセノプラチン。黄緑が塩素、水色が白金、紫がヒ素。

 アルセノプラチンの抗ガン作用を調べてみたところ、一部のガン細胞に対して、シスプラチン・三酸化二ヒ素両者を上回る効能を示したということです。今のところ、アルセノプラチンがDNAに結合している証拠は得られておらず、メカニズムやin vivoでの効果などはこれからという段階ですが、なかなか面白そうな化合物ではあります。

P. Alex Rudd, Shengsi Liu, Dr. Nora Planas, Dr. Eckhard Bill, Prof. Dr. Laura Gagliardi,*, Prof. Dr. Connie C. Lu*
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.201208686

 ☆異種金属間二重結合
 いうまでもなく、元素同士の結合は化学の基本です。新たな元素間の結合が創られることは、化学の新たな可能性を拓くことに他なりません。

 近年、立体保護基の開発などにより、今まで知られていなかった重原子間の多重結合が次々に合成されるようになりました。Cr-Cr五重結合など、教科書を書き換えるような発見も相次いでいます。

 今回、著者らは鉄とクロムが二重結合した化合物の合成に成功しました。異なる第一遷移金属の間で多重結合を作った化合物は、これが初めてとのことです。
Fe=Cr
紫がクロム、ピンクが鉄

 ポイントは配位子の設計で、窒素4つ・リン3つを持った配位子に対して順にクロムと鉄を結合させ、カリウム-グラファイトで還元して目的の化合物を得ています。得られた化合物はX線結晶解析が行われ、Fe=Cr結合の長さは1.943オングストロームと、通常の金属間結合に比べてかなり短いとのことです。 この配位子設計は他にも応用が利きそうで、さらに新しい化合物が出てくることになりそうです。

Xiujuan Chen , Xiao Yuan Shen , Erjia Guan , Yi Liu , Anjun Qin , Jing Zhi Sun and Ben Zhong Tang Chem. Commun., 2013, Advance Article DOI: 10.1039/C2CC38246F

 ☆3価のイオンで光る化合物

 ピリジニル基を修飾したテトラフェニルエチレンを合成し,三価の金属イオン(Cr3+, Al3+, Fe3+)を検知する蛍光センサーを開発したという研究です.本文の図に他のイオンの場合と発色の比較をしたきれいな写真が掲載されています.

Kamitsubo03_fig1


 センシングメカニズムとして,筆者らは当初AIE(aggregation-induced emission: イオンとの化合物が凝集する事で発光する)タイプではないかと予想していたところ,ピリジニルと親和性の高いZn2+イオンに感応しなかったことから本研究に発展したとのことです. 実験でunexpeted(予想外)な結果を得たあと,どのようにして研究を進めたかが書かれていて,興味深いと思いました.種々の検討の結果,この系は溶解度積の低い水酸化物を液中で形成することで生成したプロトンがピリジニル基に結合することによる,新しいタイプの発光メカニズムであると考えているようです.

Kamitsubo03_fig2


ただし例外としてHg2+にも感応して発光しますが,上記の三価のイオンとは波長が異なるので簡単に識別できるとしています.

☆活性酸素種の化学

Katharine, A.; Goldberg, D. P. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 8014.  DOI: 10.1021/ja300888t

◆ポイント

・マンガンポルフィリノイド(ポルフィリン変異体)化合物と酸素分子を光を照射させて反応させると”Mn()O”という活性酸素種が発生

・この活性酸素種は、シトクロムP450 [1] で見られる活性種と類似したものであった



◆新規性

・この系では一重項酸素 [2] が発生せず、選択的に上記活性種のみが発生する



◆今後予測される展開

・光によって発生した活性種による今までにない選択的な光化学的酸化反応を進行させることができるかもしれない。例えば、アルケンのエポキシ化反応やC-H活性化など



◆概要

通常π共役系が巨大且つπ電子が入った軌道に直行した軌道のn電子を有する化合物はEl-Sayed [3] により系間交差 [4] が起こりやすく、励起三重項状態になりやすい。酸素分子があればエネルギー移動が起こりクエンチ [5] し、酸素分子は一重項酸素に励起する。しかし、この論文に報告されている化合物はEl-Sayed則に合致するような分子であるにもかかわらず、光の照射によって一重項酸素が発生せず、シトクロムP450で見られるような金属オキソ活性種のみ発生する。このような例は、私が知る限りでは他に無く、新しい光触媒として機能するのではないかと考えられる。今まで長きにわたって研究されてきた活性酸素種の化学の新しい一側面として、注目される論文ではないだろうか。



◆脚注

[1] 強力な酸化酵素の一種である。活性中心としてヘム(鉄のポルフィリン錯体)を有し、酸素分子とNADPHのような還元剤が作用することで、論文にあるような金属オキソ活性種が発生し、さまざまな化合物を水酸化する。水酸化により化合物の極性が増し、水溶化することで体外へ排出しやすくするといった解毒作用が発揮されることもある。また、各種薬物の代謝過程において非常に重要な役割を果たしており、薬物を効かす方法を考えるにあたっては、この酵素との相性を考えることが必須である。田伏岩夫京都大学教授やJ. P. Collmanスタンフォード大学教授らがこの酸化酵素のモデル錯体の研究を強力に推し進め、この酵素の酸化反応メカニズムが明らかになった

[2] 酸素分子は三重項状態が基底状態である特殊な分子である。励起三重項状態になりやすい光増感剤を用いてDexter機構(電子交換によるエネルギー移動)によるエネルギー移動を酸素分子に施すと、酸素分子は励起一重項状態となる。この状態の酸素分子を一重項酸素といい、活性酸素種の一つとして位置付けられている。一重項酸素は、ジエンへのDiels-Alder型の付加反応やエン反応などの特殊な協奏的反応を起こすことが知られている

[3] スピン軌道相互作用による影響でスピン多重度が変わりやすくなるという法則ですが難解なので、n電子を有する化合物は励起三重項状態になりやすいという理解でよいと思います

[4] スピンの多重度が変わる遷移のこと。本来であれば禁制の遷移であるが、重原子を含む化合物や先述のEl-Sayed則に該当する分子は系間交差が起こりやすい

[5] 励起状態から基底状態へ遷移する現象のこと。失活

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