ChemASAP

有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

カテゴリ:触媒

Erin M. Leitao , Titel Jurca and Ian Manners*
Nature Chem. 5, 817 (2013) DOI:10.1038/NCHEM.1749

 ☆ヘテロ元素をつなぐ触媒
 これまで有機化学分野において、触媒の果たしてきた役割は絶大なものがあります。その多くは炭素と炭素、炭素とヘテロ元素を結びつけるものであり、その発展は多様な有機化合物の合成を可能にしてきました。しかしこれに比べ、ヘテロ元素同士を結びつける触媒は、これまであまり研究されてきませんでした。

 この総説では、B, N, O, Si, P, S, As, Snなどの元素同士をつなぐ触媒が、まとめて紹介されています。単にP-Si, As=Asといった珍しい結合を作れるというだけでなく、B-N結合の着脱員よる水素貯蔵、 機能性無機ポリマーなどについても言及されており、未来への可能性を感じさせます。

 有機電子材料、創薬、配位子設計など、各ジャンルの研究者にインスピレーションを与えてくれる総説ではと思います。アイディアに行き詰まっている人は、ちょっと眺めてみてはいかがでしょうか。 

Janelle E. Steves and Shannon S. Stahl *
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP DOI: 10.1021/ja409241h

 ☆アルコールの簡便な空気酸化
 一級・二級アルコールから、対応するカルボニル化合物への酸化は、有機合成の中で最も汎用される反応のひとつでしょう。これまで様々な試薬が開発されていますが、中でもTEMPOなど、ニトロキシルラジカルを用いる酸化反応は有力なものの一つです。次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)などを共酸化剤とし、一級アルコールをアルデヒドへ酸化する方法がよく知られています(参考、PDFファイル)。

 また東北大の岩渕らは、アダマンタン型骨格を持ったTEMPOの誘導体・AZADOを用いて、亜硝酸塩存在下で空気を酸化剤にアルコールの酸化を行えることを報告しています(参考、PDFファイル) 。これも非常に有力な酸化方法です。
TEMPO_AZADO
 今回、著者のStahlらは、銅塩を共存させることで、一級及び二級アルコールを室温1時間という条件で酸化する反応を報告しました。 酸化剤は空気ですので何よりも安価で安全、そして共存する官能基を傷めずにすみます。
ox
 配位子や酸化触媒の検討を詳細に行い、上図の条件にたどり着いています。隣にtert-ブチル基などかさ高い置換基がついていても、反応は室温1時間でほぼ定量的に進行します。今まで報告されてきた多くの酸化反応の中でも、簡便さ・反応性など総合的にトップレベルといえるのではないでしょうか。あとは、試薬をたくさん入れるのが面倒なので、最初からこれらがミックスされた「Stahl酸化セット」でも発売されれば、とても便利そうです(笑)。

Xixi Sun, Hyelee Lee, Sunggi Lee and Kian L. Tan *
Nature Chem., 5, 790 (2013)  DOI: 10.1038/nchem.1726

 有機化学にとって「選択性」は非常に重要な概念で、立体選択的、位置選択的、官能基選択的な反応が数々開発されてきました。そして近年、「サイト選択的」な反応が登場しています。こちらのように、同じような官能基を持つ化合物の、1ヶ所だけを選んで反応するものです。
farnesol
サイト選択的反応の例(論文

  さてイミダゾールは、アシル化・スルホニル化・シリル化など、ヒドロキシ基への付加反応のよい触媒として働くことが知られています。今回の論文で著者らはこのイミダゾールに細工し、cis-1,2-ジオールだけを見分けて、その一方だけに付加反応を起こす触媒を開発しました。
catalyst

 触媒は上図のような構造で、このメトキシ基が1,2-ジオールとアセタール交換を起こし、隣接するヒドロキシ基にイミダゾールが近づいて活性化するというメカニズムが考えられています。
mecha
 多数のOH基があってもかなりの選択性でひとつだけを保護できますし、アセチル・トリエチルシリル・メシルなどさまざまな置換基を導入できる点も有用性を上げています。今後の糖化学や有機触媒の設計に、影響を与える研究ではないでしょうか。

Shima T.; Hu, S.; Luo, G.; Kang, X.; Luo, Y.; Hou, Z.
Science 2013, 340, 1549. DOI: 10.1126/science.1238663

☆究極の化学反応
◆ポイント
・ヒドリドクラスター錯体を用いることで、N2をアンモニアまで還元することに成功した

◆概要
究極の化学反応とは何だろうか?個人差があるだろうが、私は以下を挙げたい。

 1.太陽光を用いる二酸化炭素の還元反応
 2.水の水素と酸素への分割(Water splitting)
 3.窒素分子N2の固定


1.及び2.は、人工光合成というテーマで研究が進められている [1] 。太陽光のエネルギーを貯蔵・運搬等が可能な化学エネルギーに変化させることが可能な技術であることから、学術的にも産業的にも大変なインパクトのある研究である。2010年のノーベル化学賞を受賞した根岸英一・米パデュー大学特別教授が、人工光合成の研究を進めるようにはたらきかける発言をしたことは記憶に新しいところである。以前よりエネルギー問題に苦しめられ、脱原発の機運が高まった日本国にとって、これほど重要な研究は他にはないのではないかとすら思う。

 さて、今回ご紹介する論文は、3.の窒素固定に関する論文である。窒素分子は、従来Haber-Boschプロセスにより固定化が行われてきた。Haber-Boschプロセスは世界を変えたとすら言われるほどに大きなインパクトをこの世に残したが、この反応系は、皆さまもご存じのとおり、多大なエネルギーを消費するプロセスである。

 Haber-Boschプロセスを完遂するには400~600 ℃という高温、200~1000 atmにも及ぶ高圧が必要であるためである。最近は、K/Ru/C触媒をアンモニアの合成に用いる例もあるが(尾崎・秋鹿触媒)、それでも反応条件は苛烈である。それほどの反応条件を要するほどに、窒素分子N2は安定であり、誘導体化は困難であるともいえる。

 N2の誘導体化がなぜ難しいのか?それは、窒素と窒素の結合が非常に強く(945 kJ/mol)、無極性であるためであろう。無極性であるために、有機電子論的なアプローチは難しい。また、N2の励起はσ-π*遷移となるために禁制であり、N2のπ結合の方がむしろσ結合よりも強いとされているため、アルキンやアルケンのような感覚でπ結合を切ることはおそらく難しい。

 このため、N2を酸化させるか、還元するかで結合次数を下げるか [2] 、N2の錯体を作って反応させる [3] といったことが試みられてきた。変わったところでは、フラーレンのシクロデキストリンの包摂化合物がN2を還元するという話もある [4] 。だが、どの反応系も強力な還元剤を要したり、特殊な有機金属化合物を還元剤として用いたり、TONが低かったりと、問題が多い。以上のように、現在においてもN2の還元反応は非常に困難である。

 この論文では、今までとは異なるアプローチでN2の還元が行われている。要点は、以下である。

・チタンとヒドリドとシクロペンタジエニルからなる三核錯体(クラスター)を還元剤として用いることでN2の還元に成功した
・3つのチタンが効果的にN2の結合を切断している
・ヒドリドが還元作用を発現する

 多核錯体を用い、金属を協同させることで効果的に結合を切断する様子は、固体触媒表面での、局所的で特異な原子の集合体・構造が触媒活性点になるというアンサンブル効果を想起させるものである。本論文にある驚異の反応を見て、固体触媒での触媒反応メカニズムを錯体の設計に生かせるのではないかとか、逆に錯体での反応を固体触媒の設計に生かせるのではないか、などといった感想を持った。

 クラスターは、バルク金属のように金属-金属結合を持ちながらも金属原子がⅠ~Ⅲ価といった中間酸化状態を取ることが多く、電子的にsoftであるという特色を持ち [5] 、新規反応・触媒の設計のためのモデル化合物として使用できるのではないかと思う。N2の還元以外にこの錯体を用いるとどうなるかなども気になるところである。

 なお、ヒドリドクラスター錯体は、ニトリルのC≡N結合を切ることができるという研究例がある [6] 。今までにない新規反応を構築できる高いポテンシャルを持つ化合物なのかもしれない。


※今回の研究では、チタンヒドリド錯体によって窒素分子を切断することに成功しています。できた錯体を水で分解すればアンモニアが得られますが、触媒的に窒素からアンモニアを得るまでには至っていません。ただし、特殊な還元剤などを用いずに窒素からアンモニアを合成した意義は大きく、触媒化が成功すれば極めて大きなブレークスルーになりそうです。

◆脚注
[1] 光を吸収すると電荷分離する化合物(錯体、半導体など)を用いることで、触媒的な酸化還元反応を起こすプロセスを開発する研究である。光誘起電子移動(PeT)した電子を如何に還元反応に用いるか、PeTに伴い生じたホールを如何に酸化反応に用いるかがポイントとなる。二酸化炭素の還元反応と水の酸化反応は、非常に困難とされる
[2] ChemASAPの過去の記事
[3] D. V. Yandulov, R. R. Schrock Science 2003, 301, 76.  根粒菌などの窒素固定を行う細菌が持っている酵素のモデル錯体(モリブデン錯体)を用いたN2の還元反応である
[4] Y. Nishibayashi et al., Nature 2004, 428, 279.
[5] 例: R. Bal et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 448.
[6] T. Kawashima et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 485.

Gang Liu, Li-Chang Yin, Ping Niu, Wei Jaio, and Hui-Ming Cheng*
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.201302238  

Kamitsubo11_fig1

 ☆ ホウ素は光触媒
 一言でまとめると,ホウ素単体粒子が光触媒であることを証明した研究です. 単体で光触媒能を持つものは,他にもSi, Se, P, Sが近年分かってきており,可視光に応答するという大きな利点があります.そして今回,ホウ素も晴れてその仲間入りした というわけです.

 ただし単体といっても,実際に使用したサンプルには,若干酸素も含まれていると いうことです.格子には欠陥があり,結晶性のコアとアモルファスの表面から成るこ とも分かりました.光を照射することで生成したヒドロキシラジカル(・OH)が, 予め共存させておいたテレフタル酸と反応してできる2-ヒドロキシテレフタル酸の 発光挙動を追跡することで,光触媒能があることを証明しています.この方法は 2002年にNosakaらが発表した研究を基にしているようです(Langmuir, 2002, 18, 3247-3254).

Kamitsubo11_fig2

 余談ですが,この論文は文章として読みやすいと感じました.ある物質が 光触媒であるかどうか確かめる一連の手続きが示されているので教科書的な 意味でも勉強になりそうです.The finding may open a door to the development... というフレーズも印象的だと思いました.

Matthew P. McLaughlin, Laura L. Adduci, Jennifer J. Becker, and Michel R. Gagné
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP DOI: 10.1021/ja3110494

☆グルコースからガソリンが出来る日・・・?

バイオエタノールは昨今注目されているエネルギー源ですよね。これはつまり自然界に大量に存在するグルコース(多糖含む)を発酵によってエタノールに変換しようとしているわけです。今回は化学的な変換によって、このグルコースがなんとヘキサンになってしまった!という論文を紹介します。
011513 JACS GlcRed
原料はシリル保護されたグルコース。これをイリジウム触媒存在下シランを加えて反応させると、酸素が全くなくなってアルカンに変換されてしまっています!まだ詳細に関して筆者らは改善していく予定のようですが、驚きの反応と言えるのではないでしょうか。将来、バイオマスからヘキサンを作ってます!なんて日が来るのかもしれません。


☆活性酸素種の化学

Katharine, A.; Goldberg, D. P. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 8014.  DOI: 10.1021/ja300888t

◆ポイント

・マンガンポルフィリノイド(ポルフィリン変異体)化合物と酸素分子を光を照射させて反応させると”Mn()O”という活性酸素種が発生

・この活性酸素種は、シトクロムP450 [1] で見られる活性種と類似したものであった



◆新規性

・この系では一重項酸素 [2] が発生せず、選択的に上記活性種のみが発生する



◆今後予測される展開

・光によって発生した活性種による今までにない選択的な光化学的酸化反応を進行させることができるかもしれない。例えば、アルケンのエポキシ化反応やC-H活性化など



◆概要

通常π共役系が巨大且つπ電子が入った軌道に直行した軌道のn電子を有する化合物はEl-Sayed [3] により系間交差 [4] が起こりやすく、励起三重項状態になりやすい。酸素分子があればエネルギー移動が起こりクエンチ [5] し、酸素分子は一重項酸素に励起する。しかし、この論文に報告されている化合物はEl-Sayed則に合致するような分子であるにもかかわらず、光の照射によって一重項酸素が発生せず、シトクロムP450で見られるような金属オキソ活性種のみ発生する。このような例は、私が知る限りでは他に無く、新しい光触媒として機能するのではないかと考えられる。今まで長きにわたって研究されてきた活性酸素種の化学の新しい一側面として、注目される論文ではないだろうか。



◆脚注

[1] 強力な酸化酵素の一種である。活性中心としてヘム(鉄のポルフィリン錯体)を有し、酸素分子とNADPHのような還元剤が作用することで、論文にあるような金属オキソ活性種が発生し、さまざまな化合物を水酸化する。水酸化により化合物の極性が増し、水溶化することで体外へ排出しやすくするといった解毒作用が発揮されることもある。また、各種薬物の代謝過程において非常に重要な役割を果たしており、薬物を効かす方法を考えるにあたっては、この酵素との相性を考えることが必須である。田伏岩夫京都大学教授やJ. P. Collmanスタンフォード大学教授らがこの酸化酵素のモデル錯体の研究を強力に推し進め、この酵素の酸化反応メカニズムが明らかになった

[2] 酸素分子は三重項状態が基底状態である特殊な分子である。励起三重項状態になりやすい光増感剤を用いてDexter機構(電子交換によるエネルギー移動)によるエネルギー移動を酸素分子に施すと、酸素分子は励起一重項状態となる。この状態の酸素分子を一重項酸素といい、活性酸素種の一つとして位置付けられている。一重項酸素は、ジエンへのDiels-Alder型の付加反応やエン反応などの特殊な協奏的反応を起こすことが知られている

[3] スピン軌道相互作用による影響でスピン多重度が変わりやすくなるという法則ですが難解なので、n電子を有する化合物は励起三重項状態になりやすいという理解でよいと思います

[4] スピンの多重度が変わる遷移のこと。本来であれば禁制の遷移であるが、重原子を含む化合物や先述のEl-Sayed則に該当する分子は系間交差が起こりやすい

[5] 励起状態から基底状態へ遷移する現象のこと。失活

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