ChemASAP

有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

カテゴリ:光化学

Jeremy D. Griffin, Mary A. Zeller, and David A. Nicewicz *
J. Am. Chem. Soc., ASAP DOI: 10.1021/jacs.5b07770 

 ☆触媒的脱炭酸
  カルボン酸(R-CO2H)を脱炭酸し、R-Hに変換する反応としては、Barton脱カルボキシル化反応が有名です。カルボン酸を、N‐ヒドロキシ‐2‐チオピリドンのエステルとし、ラジカル的に還元するという手法です。

barton
Barton脱カルボキシル化

   この方法は広く使われてきましたが、毒性のあるスズ化合物を使うこと、試薬がどうしても1当量以上必要であることなど、欠点もある反応です。今回の論文で著者らは、金属化合物を一切使わず、触媒的に脱カルボキシル化を行なうことに成功しました。

  反応のミソになるのは、2004年に福住らが報告したアクリジニウム誘導体です。この化合物は、光の照射により、長寿命のラジカルを発生します。これがカルボン酸部分と反応してラジカル(R-COO・)を発生し、二酸化炭素を脱離した後、共存するジスルフィドの作用によって還元され、脱炭酸体を与えます。

acridinium

  アクリジニウムを5mol%、ジフェニルジスルフィドを10mol%、DIPEAを20mol%加え、450nmLEDを照射しつつ、CF3CH2OH中撹拌することで、容易に脱炭酸が起こります。広い範囲の基質に適用でき、実験操作も容易なのはメリットです。記憶に値する反応ではないでしょうか。

Alexander P. Demochenko, Jozef Heldt, Jacek Waluk, Pi-Tai Chou, Pradeep K. Semgupta, Larissa Brizhik, and Juan Carlos del Valle
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10. 1002/anie.201405222

 ☆光化学を作った男
光化学において大変重要なKasha則にその名を刻んだMichael Kashaについてのエッセイです.ある研究者の歴史がほとんどその分野の重要発見の歴史であることに驚かされますし,生き生きとした物語付きの教科書のようです.主に7つの研究テーマについて解説していますが,その中から3項目を選んで以下に簡単にご紹介します.

*一重項-三重項遷移(項間交差)
G. N. Lewis, M. Kasha, J. Am. Chem. Soc. 1945, 67, 994-1003. 
M. Kasha, Chem. Rev. 1947, 41, 401-419.

Kamitsubo47_fig1

今となっては当然のように受け入れられている禁制遷移を師匠(Gilbert N. Lewis)とともに提唱し,Lewisの急逝後は一人学界で戦った背景があったということなどにも触れられています.博士論文のタイトルも‘Triplet States of Organic Molecules’であったということですから,有機化合物の三重項励起状態についての考察はKashaのキャリアの出発点といえるでしょう.

*Kasha則
M. Kasha, Discuss Faraday Soc. 1950, 9, 14-19. 

Kamitsubo47_fig2

アズレンなど例外も存在するものの,こちらも光化学の常識となっている考え方の一つです.

*励起状態プロトン移動
J. Heldt, D. Gormin, M. Kasha, Chem. Phys. Lett. 1979, 68, 382-385. 

Kamitsubo47_fig3

ガーデニングが趣味だったというKashaは,色鮮やかな花を咲かせるワスレグサ(Daylily)が特に好き(育種も手掛ける程)で,その色素分子であるフラボン類は最後まで研究テーマとしてもKashaを惹きつけたようです.励起状態でプロトン移動を起こす現象の発見は,3-ヒドロキシフラボンを紫外光で励起すると大きくストークスシフトを起こす理由を解明することから始まりました.

これらの他にも励起子,スピン軌道相互作用,重原子効果,一重項酸素の発見などについても解説されています.このように幅広く深い興味と自由な発想で業績を残したKashaが大切にしていたことは,文献をチェックすることよりもむしろ人との対話や全体像を見渡すことで,その重要性を常々弟子たちに語っていたということです.

<参考>
1.Daylily(ワスレグサ,ワスレナグサではない)についてはこちら 
2.Serendipityとは‘happy accident’, ‘pleasant surprise’, ‘fortunate mistake’. 英英辞典のような説明ですが,意外とはっきりかかれているのを見かけないので敢えて掲載しました.Kashaの仕事部屋の一つは「Serendipity room」と名付けられていたといいます.

Silvana Konermann, Mark D. Brigham, Alexandro E. Trevino, Patrick D. Hsu, Matthias Heidenreich, Le Cong, Randall J. Platt, David A. Scott, George M. Church & Feng Zhang
Nature 500, 472-476 (22 August 2013) doi:10.1038/nature12466


細胞内におけるタンパク質の局在や機能を人為的に制御することができれば、生命現象をさらに理解できると考えられて様々な実験手法が開発されています。先週のNatureでは「動物の体内で、光の照射によって『転写』を制御する」ことに成功したと言う画期的な論文が報告されました。


この論文の背景

実を言うと、光で転写を制御する実験系を確立したのはこれが最初ではありません。LITEZ (light-inducible transcription using engineered zinc finger proteins)と名付けられた手法は、植物由来のGIGANTEAタンパク質と(FKF1タンパク質の) LOVドメインの二量体化を青色光の照射によって引き起こすことで転写を制御できることを示しました (JACS, 2012)。



しかしこの論文で用いたZIF (zinc finger protein) は特定のDNA配列としか結合することが出来ないため、目的の遺伝子を発現させるためには、DNAにZIF結合配列を導入しなくてはいけないと言う厄介な問題が残されていました。

そこで筆者らはTALE (Transcription Activator-Like Effector) と言う手法を応用しました。TALEは既に商業化されている手法であり、アデニン, チミン, グアニン, シトシンに特異的なユニットを人工的に合成して組み合わせることで、任意のDNA配列に結合するTALEを作製することが出来ます。


CRY2-CIB1とTALEを組み合わせることで自由自在な転写制御を達成した

筆者らはTALEと『CRY2とCIB1の二量体化を青色光の照射依存的に引き起こす手法 (Nature Methods, 2010)』を組み合わせ、LITE (light-inducible transcriptional effector) systemを開発しました。TALEにはCIB1、Cry2には転写活性化因子であるVP64を融合させており、青色光を照射することで二量体化が誘導され、TALEが結合した領域の転写が促進されます。


光依存的な転写調節の系は、光の照射によって迅速かつ可逆的に転写を誘導することが出来ます。この論文ではLITE systemをin vivoに適用し、生体動物の脳内でGrm2Neurog2などの転写を引き起こすことに成功しました。


LITE systemは様々な目的に応用できそう

LITE systemは複数の手法を組み合わせているので、まだまだ改良・応用の余地が残されています。


ゲノム編集のツールとして近年盛んに使用されているCRISPR-Casシステムを応用できれば、目的遺伝子の制御がより容易になるでしょう。また光依存的な二量体化にPhyA/BとPIF3/6の組み合わせを用いれば、赤色光での制御が可能になります。今回はVB64を用いて転写の制御を行いましたが、Fokl (DNAの組み換え) やKRAB (転写の抑制) を用いれば、さらに色々な生理現象が調べられるでしょう。


終わりに

LITE systemは生物を研究する上でのブレークスルーと成り得る実験手法です。これを用いることで今後どんな生理現象が明らかにされるのでしょうか。非常に楽しみです。

Joshua Levitz, Carlos Pantoja, Benjamin Gaub, Harald Janovjak, Andreas Reiner, Adam Hoagland, David Schoppik, Brian Kane, Philipp Stawski, Alexander F Schier, Dirk Trauner & Ehud Y Isacoff

Nature Neuroscience  03 March 2013 (AOP) 
doi:10.1038/nn.3346


背景:Gタンパク質共役受容体とは
2012年のノーベル化学賞がGタンパク質共役型受容体の研究に与えられたことは皆様の記憶に新しいかと思われます。
シグナル分子がGPCRに結合すると細胞内にシグナルが入ります。細胞膜に存在する受容体は薬剤の標的になることから盛んに研究が進められており、これ迄様々なGPCRの発現パターンと機能が明らかにされてきました。


背景:神経細胞のGタンパク質共役受容体
神経細胞には2種類のグルタミン酸受容体、イオンチャネル型グルタミン酸受容体Gタンパク質共役型グルタミン酸受容体が存在します。Gタンパク質共役型グルタミン酸受容体(mGluR)には8つのファミリータンパク質が存在しますが、これらの内在性リガンドは何れもグルタミン酸です。
 これまでに各mGluR選択的リガンドが幾つか発見されていますが、mGluRは細胞全体に広く存在し、またmGluRは前シナプス細胞と後シナプス細胞にそれぞれ存在することから、受容体の機能を時空間的に解析することが難しいのが問題とされてきました。



Synthetic photoswitchable thetered ligandの開発
今回の論文で筆者らはMaleimideに光異性化できるAzobenzeneを付加し、さらにグルタミン酸を繋いだリガンドを開発しました。D-MAG (D-maleimide azobenzene glutamate) と名付けられたこの化合物は380nmの光を当てるとcis状態になり、500nmの光を当てることでtrans状態へと可逆的に変化させることが出来ますmGluRのタンパク質結晶構造解析の知見から、筆者らはリガンド結合部に当たる300番目のLeucineをCysteinに置換してそこにD-MAGを付加することで、光のON-OFFで受容体とリガンドの結合を迅速に制御可能であることを見出しました。

D-MAG
Gタンパク質受容体の活性を光で可逆的に制御出来た
  mGluRにDMAGを付加したlight-antagonized mGluRs (LimGluRs) を培養神経細胞に発現させ、380nmと500nmの光を当てることで神経細胞の電気的な応答を可逆的に変化させることを達成しました。また他のサブタイプであるmGluR3, mGluR6も同様の手法が適用出来ることを明らかにしました。さらにこの手法をゼブラフィッシュに応用することで、個体レベルでも受容体の活性を光制御可能であることを示しました。
 

光で受容体-リガンドの結合を制御する手法の利点
これまで内在性リガンド(グルタミン酸)に結合しないように変異を入れたmGluRを発現させた実験が行われ、シナプス前細胞とシナプス後細胞における機能の切り分けは可能でした。しかし薬剤は細胞全体に分布した受容体を広く活性化させるため、受容体の時空間的機能は分かりませんでした。
 光を利用した今回の手法は、受容体とリガンドの結合を時空間的に制御出来ることに大きな利点があります。タンパク質の構造とリガンドの大きさによっては他のGPCRに応用することも可能かもしれません。
 今回作成した変異型受容体は内在性リガンドとの結合能も有しているため、内在性の受容体と置き換えた変異動物を作れば、GPCRが個体に与える影響を調べることを可能にします。どのようにしてD-MAGを個体に投与するか?個体で効果的に光刺激する手法は?などと問題は残りますが、今後の研究によって解決されることを期待します。

Gražvydas Lukinavičius, Keitaro Umezawa, Nicolas Olivier, Alf Honigmann, Guoying Yang, Tilman Plass, Veronika Mueller, Luc Reymond, Ivan R. Corrêa Jr, Zhen-Ge Luo, Carsten Schultz, Edward A. Lemke, Paul Heppenstall, Christian Eggeling, Suliana Manley & Kai Johnsson
Nature Chemistry (2013) doi:10.1038/nchem.1546 

背景
 目的とするタンパク質の生細胞における挙動を観察するために様々な蛍光プローブが開発されています。生細胞イメージングに最もよく用いられている蛍光プローブは、GFPを始めとする蛍光タンパク質です。しかしタンパク質の分子サイズが大きいことや蛍光を発するまでに時間がかかると言ったデメリットもあり、これらの欠点を解決する蛍光色素の開発が求められています。
 赤外の波長は光毒性や自家蛍光と言った問題を受けにくいことから、明るくて褪色も少ない赤外蛍光色素が開発されてきました。しかしこれらの色素を細胞に投与すると、細胞膜に対する透過性が低かったり細胞内で非特異的吸着を起こしてしまい、それらの問題を解決するために煩雑な実験操作が必要でした。
 これらの問題を背景に、筆者らは『明るく、非特異的吸着が少なく、膜透過性が有る赤外蛍光色素の開発に取り組みました。


結果
1.Silicon-rhodamine色素は膜透過性が高くS/N比が高い赤色蛍光色素である
 今回の論文で 筆者らは650nm付近に吸収極大波長を持つsilicon-rhodamine色素(SiR色素)を新規に合成しました。既に良く使用されているSNAPタグやHaloタグにこのSiR色素を融合させて細胞に投与すると30~60分で細胞内に取り込まれました。またSiR色素を用いて核・ミトコンドリア・細胞骨格に局在するタンパク質の分子局在をクリアに観察することが出来ました。

SiR
SiR色素

2.SiR色素を用いた超解像イメージング
 近年になって光学分解能を越えた顕微鏡技術を用いた生細胞イメージングが行われています。筆者らはSTEDとSTORMという超解像顕微鏡にSiRが使用出来ることを確認しました。

3. 非自然アミノ酸をSiR-tetrazineでラベル出来る
 目的タンパク質に非自然アミノ酸を導入する手法は、20-30kDa程度の分子量を持つペプチドタグによるアーティファクトを減少させ、またタンパク質を位置特異的にラベル出来るとされます。筆者らはtrans-cyclooctene lysineという非自然アミノ酸を導入したタンパク質を発現する大腸菌にSiR-tetrazineを投与することで蛍光ラベルすることに成功しました。
Crick
SiR導入。金属触媒フリーのクリック反応。

展望
今回の論文で生細胞イメージングに適した赤外色素が開発されました。筆者らはこの色素を用いて組織染色も行なっており、SiR色素は細胞レベルで分子局在を観察するのみならず、組織・個体レベルで観察を行うためにも有用なツールになるかもしれません。

☆光化学の入門書

 


◆雑記

光子を試薬として位置付けたらどうなるか、といったような有機合成化学的側面を併せ持った光化学の入門書である。光によって起こる電子の励起は熱による励起とはエネルギーレベルが異なり、さらに電子の励起によって波動関数の位相が変わるために熱反応では禁制となる反応を光により起こすことができる。工業において、光化学反応はさまざまな形で利用されている。例えば、東レでのナイロンの合成への応用、半導体デバイス製造のためのフォトレジストとしての利用、光硬化性樹脂の重合などにである。

光化学は非常に面白い学問と思います。有機合成に応用する場合は、望まない副反応を如何に除くかで頭を悩ませることになるかもしれませんが、光化学反応の作業自体は、ガラスフラスコに蛍光灯、白熱灯、水銀灯などの光を当てながら撹拌するだけなので簡易です(※注:紫外線などの短波長光を用いる場合は厳重に短波長光の漏洩を防ぐ措置が必要です)。最近では、レーザーによる多光子吸収 [1] を利用した光化学反応の研究が始まっています。光化学を利用することで、新たな人名反応が生まれるのではないか、と思っています。

◆脚注
[1] 通常の光反応は、『1個の分子が1個の光子を吸収して1個の分子が反応する』という過程を経る(Stark-Einsteinの法則)。しかし、レーザーのような光子密度の高い光源を用いると、『1個の分子が”複数個”の光子を吸収して1個の分子が反応する』という過程が起こることがある。多光子励起を経た反応は一光子励起を経た反応とは異なる挙動を示すこともあり大変に面白い




このページのトップヘ