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有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

カテゴリ:炭素材料

Stephen Schrettl , Cristina Stefaniu , Christian Schwieger , Guillaume Pasche , Emad Oveisi , Yannik Fontana , Anna Fontcuberta i Morral , Javier Reguera , Riccardo Petraglia , Cle´mence Corminboeuf , Gerald Brezesinski and Holger Frauenrath *
Nature Chemistry 6, 468–476 (2014) doi:10.1038/nchem.1939

 ☆ナノカーボン、束から面へ
 グラフェンなどナノカーボンの科学が花盛りですが、その合成法はまだまだ改良の余地が大いに残っているのが現状です。おおまかに分ければ、炭素源を高熱やレーザーなどの条件で分解して再形成する「物理的手法」、有機合成の技術で芳香環をつなぎ合わせていく「化学的手法」の二つになります。
Graphenesynthesis
ナノサイズのグラフェンの合成例

 両者は一長一短で、前者は一挙に大面積のグラフェン類が形成可能ですが、形状などの細かい制御はどうしても難があります。後者は好きな形状、好きな置換基を持ったものがオーダーメイドで作れる利点がありますが、手間とコストがかかることは避けられません。

 今回著者らは、両者のハイブリッドの「いいとこ取り」のような手法を報告しました。著者らが炭素源として用いたのは、三重結合を多数含んだ長い炭素鎖の末端に、エステル基がついた下図のような化合物です。

hexayne

 このヘキサイン化合物を水の表面に広げると、エステル部分が水につかり、炭素鎖が束になってまとまった形で膜のように広がります。ここに紫外線を照射すると、三重結合同士が互いにつながり合い、厚さ1.9nmのアモルファス炭素が形成されます。できた炭素材料はほとんどがsp2炭素で構成されており、sp炭素はほぼなくなっているそうです。高圧、高熱などは必要なく、常圧室温の大気中で反応は進行します。

 サイズの制御された炭素材料が、簡便に得られる点で注目されます。必要な置換基を導入することなども、簡単にできそうです。類似の手法が、これからも出てくるのではないでしょうか。

Jumeng Wei, Xin Zhang, Yingzhuo Sheng, Jianmin Shen, Peng Huang, Shikuan Guo, Jiaqi Pan, Bitao Liu and Boxye Feng
New J. Chem., 2014,38, 906-909

 ☆コピー紙から蛍光炭素材料を
Kamitsubo30_fig1

 コピー用紙など,一度使った紙を裏紙として活用するのも限度があり,もったいないと思うことも多いのではないでしょうか.今回ご紹介する研究グループは,この使用済みコピー用紙から,蛍光特性を持つカーボンナノドット(注1)を作製する簡単な方法論を見出しました.昨年も同様の報告をしておりますが,この時は紙を燃やしてその灰から作っていたのですが,今回はその必要がないため,不確定要素を減らすことに成功しています.

Kamitsubo30_fig2

 水溶性でかつ緑色に光る特性を活かして,生体標識として利用できることも確認しています.よって著者らは,紙のリサイクルについて新たなアイデアを提案することができたと結論づけています.

 個人的には,IRやXPS測定などを行っているものの,分子として何が生成されているのかを特定せずとも化学の論文として成り立たせていることにも驚きを感じました.それを惜しいと感じるか化学の懐の深さと捉えるか,悩むのもまた楽しいものかもしれません.


(注1)カーボンナノドット……炭素を基礎とした量子ドット蛍光体。GaAsやCdSeなどの量子ドット蛍光体は、量子収率などは高いものの、有害で高価な元素を用いるという欠点がある。カーボンナノドットは毒性が低く、特異な蛍光挙動を示すため、バイオイメージング材料などとして注目されている。


 

Florian Schltter, Tomohiko Nishiuchi, Volker Enkelmann, and Klaus Mülllen*
Angew. Chem. Int. Ed. Early View  DOI: 10.1002/anie.201309324

 ☆新たな炭素のタペストリーを創る
 90年代以降、フラーレン・カーボンナノチューブ・グラフェンといった炭素材料が次々に登場jし、大きな注目を浴びているのはご存知の通りです。これらはアーク放電などの手法で作られることが多いのですが、有機合成の方面からのアプローチも数多く行われています(一例)。 

 今回の論文の著者Mülllen教授は、グラフェン関連物質合成の第一人者で、ベンゼン環がたくさんつながった図を見かけたら、たいていこの先生の論文と思ってよいくらいのものです。今回Mülllenらは、4員環を含んだ「ビフェニレン」を基本単位とした、新たな炭素材料創製の一歩を踏み出しました。

 ビフェニレンは下に示すような構造で、その誘導体合成に関してはK. P. C. Vollhardt(ボルハルト・ショアー現代有機化学 の著者)らの先駆的な仕事があります。Vollhardtらはこの骨格を横に伸ばす方法を開発していますが、今回著者らは縦に伸ばしていく手法を編み出しました。まず下図のように、シリル化されたベンザインの二量化によってビフェニレン骨格を構築します。
dimerize
ビフェニレン骨格(右)の合成

 このシリル基をハロゲンに置き換えてやれば、8置換のビフェニレンができます。これはクロスカップリングなどにより自在に炭素置換基を導入することが可能です。
8bp
茶色が臭素、紫がヨウ素

 また、活性化された銅で還元的にこれらをカップリングすることで、下図のような網目状炭素骨格が得られています。原理的には、これをずっと伸ばしていけば、4印鑑と8員環を持つ「グラフェンの異性体」ができあがることになります。
PolyBP
 グラフェンに似た二次元の炭素材料は、様々な可能性が考えられているものの、具体的に合成にめどがついているものはほとんどありません。 この研究は新たな炭素ネットワークの可能性を切り開くもので、先行きを期待したいところです。

Hiroshi Ueno, Ken Kokubo, Yuji Nakamura, Kei Ohkubo, Naohiko Ikuma, Hiroshi Moriyama, Shunichi Fukuzumi and Takumi Oshima*
Chem. Commun., 2013, 49, 7376-7378. DOI: 10.1039/c3cc43901a 
Kamitsubo18_fig1

 ☆リチウム内包フラーレンの使い道
金属内包フラーレンは種々の化合物が知られておりますが,リチウム内包フラーレン合成の報告はつい3年前のことでした(Nature Chemistry, 2010, 2, 678.).その高い電子受容性や光電子移動反応の起こりやすさなどが,材料としての利点だと考えられています.本研究では,この化合物を新しい電解質として利用できることを示しています.

 有機溶媒中における電気化学測定では,電解質としてテトラブチルアンモニウム塩(TBA+)が通常用いられますが,[Li+@C60](PF6-)はTBA+PF6-に比べて,o-ジクロロベンゼン中におけるイオン移動度がより高いことが分かりました.

この性質を利用して,他の電解質を一切含まない[Li+@C60](PF6-)を長時間電解することでラジカルアニオンを合成することもできました.もちろん何も細工していないフラーレンC60ではこのような性質を示しませんので,金属内包フラーレンならではの性質を引き出していると言えます.

Kamitsubo18_fig2


電解合成は直接電子を授受することができるため,グリーンケミストリーの観点からもメリットがあると言われていますし,ここから何かユニークな研究が生まれるのかもしれません.

Subramaniam, C.; Yamada, T.; Kobashi, K.; Sekiguchi, A.; Futaba, D. N.; Yumura, M.; Hata, K.
Nature Commun. 2013, 4, 2202. ; DOI:10.1038/ncomms3202 

 ☆全く新しい導電性材料
◆ポイント
・単層カーボンナノチューブ(SWCNT)と銅のコンポジット [1] の作成に成功した
・このCNT-CuコンポジットはCuAuなどの導電体と比較して極めて高い電流容量 [2] を示し、高い電気伝導率 [3] を示した

◆今後予測される展開
・半導体デバイス用の新しい配線材料として注目されるのでは
CNTと異種材料の新しい複合化技術として注目されるのでは

◆概要
本論文は、CNTCuのコンポジットの作成手法とその電気伝導特性についての報告がなされています。CNTと樹脂のコンポジット化は溶融した樹脂にCNTを分散させること等で可能ですが、CNTCu(金属)はどうやってコンポジット化したらいいと思いますか?Cuを同じく溶融して導入することを考える場合、Cuの融点は1085 ℃でありCNTの燃焼温度が500 ℃前後であるため、この方法はとてもできそうにありません。

○正解は、CNT表面にCuを電気めっきすることでコンポジット化がなされる、です。

といっても、単純な電気めっきではありません。CNT表面は撥水性であるために、Cuイオンを含有した水溶液を用いた電気めっきを行うと、水溶液をCNTが弾いてしまい、CNT間の電気めっきを行うことはできないとのことです。

そこで、酢酸銅と有機溶媒(アセトニトリル)の溶液を用いた電気めっきを行って銅化合物からなる核をCNT表面に形成させ、核を水素ガスで還元して銅のシードとして、そのシード上でCuイオンを含有した水溶液を用いた電気めっきを行うことで、CNT-Cuコンポジットを作成することができたとのことです。

油相での電気めっきプロセスを一旦行うことがキーであり、汎用性の高い手法であると思います。類似した手法を駆使すれば、グラフェン、フラーレン、カーボンナノホーンなどと金属のコンポジットを作成できる可能性もあるかと思います。

本論文で報告されているコンポジット材料は、CNTの高いエレクトロマイグレーション [4] 耐性の長所とCuの高い電気伝導率の長所を併せ持った材料となっています。高温でも高い電気伝導率を発現し、長時間電気を流しても材料が劣化しにくいとのことです。熱力学的な解析から、CNTCuの拡散を防止する作用を持っているようです。Cuの粒界はエネルギーが高い状態にあることから(粒界エネルギー)、CNTが結合しやすくなっているのではないかと推測されます。その影響によりCuが拡散しにくくなっているのでしょう。

CuとCNTの界面はどのような結合状態となっているのか(化学反応している?CNTのπ電子とCud軌道が相互作用している?CNTLUMOCud電子が相互作用している?など)?バンド理論 [5] ではこの結果をどう解するべきか?電気めっきする材料の種類によってはショットキー障壁 [6] ができるのか?カイラリティの異なる種類のCNTMWCNT, 変性したCNT [7] を用いるとどうなるか?シードに電気めっきするのではなく、CVDで成膜するとどうなるか?CNTと金属をコンポジット化することで金属の材料力学特性は向上するのか / 金属材料の軽量化は可能か?・・・など、理論 / 新規材料としての両面で、今後の研究の発展が大いに気になる報告です。

近年、半導体デバイスの配線幅は20 nmを切るほどに細くなっており [8] 、国際半導体技術ロードマップ(ITRS)によれば現行のCu配線等では、これ以上の半導体デバイスの微細化を行うことは難しくなることが予測されております。今回報告されたCNT-Cuコンポジット材料は、ITRSの推奨性能値を上回る性能値が達成されているとのことです。

本論文の材料は、半導体デバイスの新しい配線材料として注目されるかもしれません。また、この研究以外にもCNTIBMT. J. Watson研究所などで半導体デバイスを構成する材料の一つとしての研究がなされております [9] 。今後も、半導体デバイスを構成する材料の一つとして、CNTは注目されると思います。

◆脚注
[1]複数の材料を組み合わせた複合材料のこと
[2]送電線が許容する最大の送電電力値のこと
[3]物質の電気伝導のしやすさを示す値のこと
[4]電気伝導に伴って移動する電子と原子が衝突して、原子が移動する現象のこと。抵抗値の増大化や断線の原因となる
[5]結晶中の電子の状態をあらわす理論のこと
[6]金属と半導体界面にできるエネルギー障壁のこと
[7]例えば、Y. Miyauchi et al., Nature Photonics 2013, Published online 07 July 2013
[8]例えば、
http://ednjapan.com/edn/articles/1305/21/news096.html
[9]A. D. Franklin et al.,Nano. Lett. 2012, 12, 758.

Dechao Geng, Bin Wu, Yunlong Guo, Birong Luo, Yunzhou Xue, Jianyi Chen, Gui Yu, Yunqi Liu*
J. Am. Chem. Soc. ASAP DOI: 10.1021/ja402224h

 ☆炭素で作る雪の結晶
 単体という最もシンプルな組成であるにも関わらず,炭素材料は様々な表情をみせてくれます.

今回,筆者らはグラフェンのエッチングによる加工で雪の結晶のようなフラクタル構造を作り出しました.近年の報告と比較しても(PNAS 2012, 109, 7992:同じ著者らによる報告や,ACS Nano 2012, 6, 126など)驚くべき微細構造です.PNASにおける報告では,六角形の形状をつくりだし,FET特性評価も行っていますが,今回は構造制御のみでのJACS掲載です.
Kamitsubo09_fig1
 方法は以下の図に示した通りです.ポイントはエッチングに用いるアルゴン/水素混合気体の比率と流量の条件で,形状が変化するということです.実際のSEM画像は本文をご覧いただければと思います.

Kamitsubo09_fig2

 原子レベルでの構造制御についての検討は,機能へつながる今後の新たな展開が楽しみです.

Dr. Jinying Zhang, Zhen Zhu, Prof. Dr. Yanquan Feng, Hitoshi Ishiwata, Dr. Yasumitsu Miyata, Dr. Ryo Kitaura, Dr. Jeremy E. P. Dahl, Prof. Dr. Robert M. K. Carlson, Dr. Natalie A. Fokina, Prof. Dr. Peter R. Schreiner, Prof. Dr. David Tománek, Prof. Dr. Hisanori Shinohara,*
Angew. Chem. Int. Ed. Early View DOI: 10.1002/anie.201209192

 ☆史上最も細長いダイヤモンド
  ダイヤモンドの人工合成技術はずいぶんと進んでいますが、何とカーボンナノチューブ(CNT)内で極めて細長いダイヤモンドを造るという手法が発表されました。二層構造のCNTの端に穴を開け、ジアマンタン-4,9-ジカルボン酸と共存させておくと、毛細管現象によって内部に吸い込まれていきます。
DDC








 これを12時間、600度に加熱すると、内部でジアマンタン同士が融合し、細長いダイヤモンド骨格ができあがるということです。ダイヤモンドができたことは、電子顕微鏡やラマンスペクトルなどで確認されています。

 針状ダイヤモンドは、走査型プローブ顕微鏡の探針として理想的である他、用途はいろいろ考えられそうです。量産などは今後の課題でしょうが、とにかく面白い物質が誕生したといえそうです。

Paul W. Dunk, Antonio Rodrguez-Fortea, Nathan K. Kaiser, Hisanori Shinohara, Josep M. Poblet,* and Harold W. Kroto*
Angew. Chem. Int. Ed. doi: 10.1002/anie.201208244

 ☆ホウ素入りフラーレンC59B
 フラーレンの魅力は、置換基の導入などによって電子状態が変わり、様々な性質を引き出せる点にあります。今までC60に置換基を結合させるアプローチは数多くなされてきましたが、サッカーボール骨格そのものに異種原子を組み込んだ例は非常に稀です。よく知られているのは、1995年にWudlらが合成したC59N(及びその二量体)で、フラーレンから完全に有機合成的な手法で作られています(論文)。また窒素とホウ素を一つずつ含んだ、C58BNというものも知られています。
 C59NC58BN
C59N及びC58BN

 さて今回、初めてホウ素を組み込んだC59Bが合成されました。論文の著者には、1985年にフラーレンを発見した一人である、H. W. Krotoが名を連ねています。作り方は簡単で、ホウ素の蒸気にフラーレンをさらすだけだそうです。ちょっと驚きですね。
C59B
C59B


 これをどう使うかは筆者には思い浮かびませんが、C59NとC59Bの両方揃ったのはなかなか面白そうです。今後これが量産化できるのか、この手がナノチューブなどにも適用できるのか、期待大な研究です。

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