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有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

タグ:保護基

Takuya Sato, Tohru Oishi, and Kohei Torikai *
Org. Lett., Article ASAP DOI: 10.1021/acs.orglett.5b01408  

 ☆導入も除去も簡単
 保護基というものは、あり余るほど開発されているようでいて、いざ使おうとするとなかなか条件に合うものが見つからず、困ってしまうことがしばしばです。特にヒドロキシ基の保護基は、ちょっと基質が複雑になるとうまく外れなくなったり、他に影響が出たりして、苦労した経験をお持ちの方は多いと思います。そんな中、なかなか便利そうな保護基が報告されましたのでご紹介します。

 著者らの開発したのは、2-ナフチルメチルオキシメチル基という保護基で、NAPOM基と略されます。NAPOM基の導入は簡単で、各種溶媒中DIPEA2,6-ルチジンなどのアミン存在下、NAPOM-Clと室温で撹拌するだけです。NAPOM-Clは安定な固体で、-20℃なら1年以上分解せずに保存可能です。
NAPOM
 この条件で、1~3級アルコール、カルボン酸、チオールなどに90%以上の収率でNAPOM基が導入できます。脱離はDDQによる酸化で行うことができ、塩化メチレン-リン酸バッファ(pH7.0)18:1の溶媒中室温で撹拌することで、きれいにNAPOM基を除去できます。またNAPOM基はかなり酸性条件に耐え、TIPS基を脱離する程度の条件(CSA1当量、メタノール中室温1.5時間)では安定です。

 似たような条件で脱離可能な保護基として、2-ナフチルメチル基(NAP)やp-メトキシベンジル基(PMB)がありますが、これらが共存していても選択的にNAPOM基の脱保護ができます。たとえばメタノール-THF中、四臭化炭素で処理することで、NAP基を残してNAPOM基を除去できます。また、硝酸アンモニウムセリウム(CAN)で処理すれば、NAPOM基を残してPMB基を切断できますし、Pd/C触媒で接触水素還元を行えば、逆にPMB基を残してNAPOM基を除去できます。

  導入・除去とも温和な条件で、他の保護基との共存も可能な保護基ですので、今後利用が広がるのではないでしょうか。試薬としての販売も期待したいところです。

Keisuke Yoshida, Ken-ichi Takao
Tetrahedron Letters 55 (2014) 6861–6863 DOI:10.1016/j.tetlet.2014.10.087

PPYO

 シリル基(R3Si-)は、1972年にCoreyによって報告されて以来、アルコールの保護基として最もよく用いられるものの一つです。ケイ素上の置換基のサイズによって、外しやすさを制御できる点が、この保護基の大きなアドバンテージでしょう。

 通常のシリル化は、イミダゾールを触媒として(あるいは当量)用い、塩基存在下で各種シリルクロリドをアルコールに作用させて導入します。ただし、tert-ブチルジフェニルシリル(TBDPS)基などのように大きな置換基を持つものでは、立体障害の大きいアルコールへの導入は難しくなります。こうした場合、シリル化剤としてシリルトリフラート(R3SiOTf)を用い、2,6-ルチジンを塩基として使用する方法がよく用いられます。

 今回著者らは、 触媒として4-ピロリジノピリジン-N-オキシド(PPYO)を用いると、スムーズにTBDPS化が行えることを報告しました。条件としては、TBDPSClを1.3当量、PPYOを0.2当量、ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA)を1.5当量、塩化メチレン中室温で反応させる、というごく温和なものです。
silylation

 他の立体障害の大きな二級アルコール類も、スムーズにTBDPS化されています。PPYOでなく、4-ジメチルアミノピリジン(DMAP)を用いた場合は8%、4-ジメチルアミノピリジン-N-オキシド(DMAPO)を用いた場合は71%しか生成物が得られていませんから、その差は明らかです。他にも応用が利きそうですし、記憶に値する手法ではないでしょうか。

Xixi Sun, Hyelee Lee, Sunggi Lee and Kian L. Tan *
Nature Chem., 5, 790 (2013)  DOI: 10.1038/nchem.1726

 有機化学にとって「選択性」は非常に重要な概念で、立体選択的、位置選択的、官能基選択的な反応が数々開発されてきました。そして近年、「サイト選択的」な反応が登場しています。こちらのように、同じような官能基を持つ化合物の、1ヶ所だけを選んで反応するものです。
farnesol
サイト選択的反応の例(論文

  さてイミダゾールは、アシル化・スルホニル化・シリル化など、ヒドロキシ基への付加反応のよい触媒として働くことが知られています。今回の論文で著者らはこのイミダゾールに細工し、cis-1,2-ジオールだけを見分けて、その一方だけに付加反応を起こす触媒を開発しました。
catalyst

 触媒は上図のような構造で、このメトキシ基が1,2-ジオールとアセタール交換を起こし、隣接するヒドロキシ基にイミダゾールが近づいて活性化するというメカニズムが考えられています。
mecha
 多数のOH基があってもかなりの選択性でひとつだけを保護できますし、アセチル・トリエチルシリル・メシルなどさまざまな置換基を導入できる点も有用性を上げています。今後の糖化学や有機触媒の設計に、影響を与える研究ではないでしょうか。

Jiajing Tan, Matsujiro Akakura, and Hisashi Yamamoto*
Angew. Chem. Int. Ed. Early View  DOI: 10.1002/anie.201300102

 ☆「スーパー」なカルボン酸の保護基
 カルボキシ基の保護基には、たいていメチル・エチルなどのエステルが用いられます。 ここに強塩基を作用させてα位プロトンを引き抜き、アルドール反応などを行うのは、常用される合成手段です。ただ、この弱点は、エステル部分が求核剤や還元剤の攻撃に弱く、副反応を引き起こしてしまう点にあります。

 山本尚らは、この弱点を補う「スーパーシリルエステル」を発表しました。RCOO-Si(SiEt33という構造を持つ、極めてかさ高い保護基です。このため安定性は高く、グリニャール試薬、DIBAL-H、LiHMDS(-78度~室温)、n-BuLI(-78~-20度)などを作用させても全く分解しません。

supersilyl
スーパーシリルエステル

  上記のプロピオン酸スーパシリルエステルに、-78度でn-BuLiを作用させ、アルデヒドを加えるというシンプルな手法で、収率および立体選択性(ほとんどの場合syn:anti=99:1)よくあるドール付加体が得られます。またスーパーシリル基は、波長254nmの紫外光、HF-ピリジン、TBAFなどの条件で除去可能です。

 かさ高い保護基でシンプルな合成手法を可能にした研究で、今後応用がいろいろ出てきそうです。 

R. David Crouch
Tetrahedron ASAP DOI: 10.1016/j.tet.2013.01.017,

 ☆シリルエーテルのかけ分け、外し分け
 近年は様々な合成手法が進み、保護基を必要としない反応も増えてきてはいますが、やはり官能基の多い化合物の合成に保護基は欠かせないものでもあります。特にヒドロキシ基の保護として用いられるシリルエーテルは、置換基の種類・サイズによって脱保護のしやすさが変えられるため、常用されます。

Silyl

 この総説では、複数のシリルエーテルが化合物内に存在する時、条件を選んで一つだけを切断する手法を数々紹介しています。え、こんな手があるの、と思うような反応もしばしばですので、持っておいて損のない総説です。
Swern
 
 ↑これなんか、「あ……そうなんだ」という感じではないでしょうか?

Patricia Balbuena, Rita Gonçalves-Pereira, José L. Jiménez Blanco, M. Isabel García-Moreno, David Lesur, Carmen Ortiz Mellet, and José M. García Fernández
J. Org. Chem., Article ASAP DOI: 10.1021/jo302178f

☆オルトキシリレンの活用法

二股の保護基を一つ挙げて下さいと聞かれたとき、何を思い浮かべるでしょうか?ベンジリデンやボロン酸エステル、シリルアセタール等が代表的な例として挙げられると思います。今回筆者たちは新たな二股の保護基としてオルトキシリレンに注目し、その活用法を報告しています。オルトキシリレンは昨年立体選択的グリコシル化に利用された例もあります。(1
020513 JOC xylylen
保護はα,α′-dibromo-o-xyleneを用いて行い、生成物は8員環構造となります。そのせいもあってか、保護基を掛ける段階の収率に関しては良いとは言えないものもありますが(分子間での反応も起こるため)、eq-eqの関係にある水酸基が好まれることや、プロトンの酸性度によって位置選択性が出せることなどが述べられており、上手く利用できる系ではステップ数の短縮が見込めると思います。環状オリゴ糖(シクロデキストリン)においても利用することが出来、糖同士の間ではなく同じ糖の中でキシリレン保護が起こる点なども興味深いと思います。今回いくつかの基質に対して試されていますが、より思いがけない活用法があるような気もします。

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