岡本太郎・著 光文社

◆芸術とは何か?
本書は、前衛芸術家として知られる岡本太郎 [1] 氏が1954年(おおよそ60年前)に記した著作である(1999年に文庫化)。芸術とは何か、をこれほどに明瞭に語った著作は他に類を見ないのではないかと思う。

 さて、芸術とは何であろうか?諸説あるが、芸術とは何らかのものづくりを介して、ものづくりをする者とそれを鑑賞する者との間で相互作用することで、何らかの精神的・物的な変動を得ようとする活動を示すものとされる。我々サイエンティストやエンジニアにとって、以上の定義は中々に難解なものである。

 例えば、誰もが知るであろうゴッホやピカソの創作物を見ると、何が良いのか分からない、我々の専門外の専門家と称する者が良いというのであれば(多分)良いものであろう、と思う者が多いのではないだろうか。ゲイジュツは難解で、天才的な人物(あるいは狂人)が、感性の赴くままに行うもの、一部の者にしか分からない深遠なもの、と思うのは無理もない。そもそも科学や工学といった体系と芸術の体系が目的とするものは異なるため(共通する点もあるかと思われるが)であろう。

 科学とは、我々を取り巻く世界を支配する理(ことわり)が何かを紐解く手法の開発と理論の構築が目的で営まれ、工学は科学で得られた知見を利用して何らかの利得を得ることを目的に営まれているのに対し、芸術は何のために営まれているかが明確に定義できないのである(定義すること自体が、自由をベースとする芸術の在り方に反するものであろう)。

 我々は芸術との向き合い方を学校では教わることは無かったし(本書にもあるが、学校における美術という教科で芸術を学ぶことは難しいし、そもそも芸術は教わったり、教える類のものではないかもしれないからである)、それを日常の生活で実践する場は非常に限られている。また、美を定量的に判断する明確な基準は現状では存在しない。定性と定量という概念を明確に使い分ける習慣があるサイエンティストやエンジニアにとって、芸術と相互作用することは難しいのである。

 本書は、そんな難解な芸術とは何かを清々しいほどに語り、言い切っている。それが何かであるかは、読者個々人によって様々な解釈があるであろうし、読者の解釈が岡本氏の考え(信念ともいえる)と一致するとも限らないため本書の記述にゆずるが、筆者(RouteYOSAKU)が本書を読んだ感想として、サイエンティストやエンジニアが芸術をどこか遠い国の話のように扱うことは非常にもったいない話ではないかと思った。以上から、本書評を書くに至った次第である。

◆美と科学・工学の関係
 かつて柳宗悦 [2] という美学者が民藝運動を提唱している。日常生活における生活道具を民藝といい、美術品に匹敵する美しさがあると提唱し、美は生活の中にあると語ったとのことである。以上をまとめて、「用の美」と表現したとのこと。

 私はこの話を聞いて、“工場萌え [3] ”であるとか空気抵抗を減らすための“流線形”の美しさなどに思いを馳せた。機能を突き詰め、無駄な部分を徹底して省くと、なぜか最終的には美しいものに仕上がるのである。その美しさは科学的、工学的理論に根差したものであるため普遍的なものであろう。そういった科学的、工学的創作物が人々に美しさという感情を惹起させるというのは実に興味深いことではないだろうか。

 さて、逆に「美の用」はあるのだろうか。色々と伝説的な話を聞くと、どうも「美の用」は存在するようである。例えば、BINAP触媒を開発した野依氏は、BINAP分子が非常に美しい分子構造であるために高い機能があるはずであると決めつけ、それにこだわって研究を進めた結果、ノーベル賞の受章に至るほどの高性能の触媒の開発に至ったとのことである [4] 。新幹線の開発にあたって、高性能な形状の車両は見た目に美しい流線形であるはずという信念があったとの逸話もある [5] (高性能なものが美しい形だった、ではなく、美しい形状のものが高性能なはず、という開発である)。

 これは個人的な話であるが、とある百戦錬磨のプラントエンジニアに聞いた話では、真に高機能的なプラントは見た目にカッコイイものになるはずであり、不格好なプラントを提案されたらその時点で再設計の検討を命ずるとのことであった。

 少し話は逸れたものとなるが、自然界においても、設計するという“意図・意志”があったかどうかは別にして、結果的に自然淘汰を経て、我々が見て美しいと感ずるポルフィリンやフラーレン [6] といった分子が何食わぬ顔で存在している。美は用たりうるのである。

 私は以上の事実を考えるに、サイエンティストやエンジニアであっても芸術的な素養は必要なものであると思う。科学や工学を利用した芸術といったものは以前よりみられた動きであるが [7] 、芸術的な感性に基づくセレンディピティを起点とした科学や工学があってもいいのではないか。現にそういったこだわりが画期的な成果を生んだことあったことは先述のとおりである。

 科学の発展には限界があるのではないかとの説 [8] があり、シンギュラリティ [9] に人類が直面するかもしれないという昨今、ものごとのとらえ方、考え方、感性はますます重要になりつつあるように思われる。 以上のような美的感性を醸成するという点において、本書は極めて有用なものと思う。是非とも本書を読み、美術館に行って難解な芸術品と格闘し、新たな感性を醸成して、研究に挑んでみてはどうか、と考える。

◆脚注
[1] “太陽の塔”などの創作で知られる芸術家。「芸術は爆発だ」といった流行語を残したことでも知られる
[2] 明治から昭和時代にかけて民藝運動を起こした思想家、美学家
[3] コンビナートや工場などの重厚な構造に美を見出す動きのこと。近年、観光等で注目されている
[4] 参考:時代を画した「美しい分子」(佐藤健太郎、「化学と工業」2012年2月号、PDFファイル) 
[5] 参考:プロジェクトX 挑戦者たち 執念が生んだ新幹線 〜老友90歳・飛行機が姿を変えた〜 [DVD]
[6] 参考:http://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/65778
[7] 芸術の世界ではモダニズムやデザインといわれる領域。大学では芸術工学部などで学ぶことができる
[8] 参考:http://www.nature.com/nature/journal/v508/n7495/full/508186a.html
[9] 技術的特異点と訳される。狭義では、2045年にコンピュータが人類の知能を超えるということ