ChemASAP

有機化学を中心に、興味ある新着論文の情報を提供してゆきます。

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岡本太郎・著 光文社

◆芸術とは何か?
本書は、前衛芸術家として知られる岡本太郎 [1] 氏が1954年(おおよそ60年前)に記した著作である(1999年に文庫化)。芸術とは何か、をこれほどに明瞭に語った著作は他に類を見ないのではないかと思う。

 さて、芸術とは何であろうか?諸説あるが、芸術とは何らかのものづくりを介して、ものづくりをする者とそれを鑑賞する者との間で相互作用することで、何らかの精神的・物的な変動を得ようとする活動を示すものとされる。我々サイエンティストやエンジニアにとって、以上の定義は中々に難解なものである。

 例えば、誰もが知るであろうゴッホやピカソの創作物を見ると、何が良いのか分からない、我々の専門外の専門家と称する者が良いというのであれば(多分)良いものであろう、と思う者が多いのではないだろうか。ゲイジュツは難解で、天才的な人物(あるいは狂人)が、感性の赴くままに行うもの、一部の者にしか分からない深遠なもの、と思うのは無理もない。そもそも科学や工学といった体系と芸術の体系が目的とするものは異なるため(共通する点もあるかと思われるが)であろう。

 科学とは、我々を取り巻く世界を支配する理(ことわり)が何かを紐解く手法の開発と理論の構築が目的で営まれ、工学は科学で得られた知見を利用して何らかの利得を得ることを目的に営まれているのに対し、芸術は何のために営まれているかが明確に定義できないのである(定義すること自体が、自由をベースとする芸術の在り方に反するものであろう)。

 我々は芸術との向き合い方を学校では教わることは無かったし(本書にもあるが、学校における美術という教科で芸術を学ぶことは難しいし、そもそも芸術は教わったり、教える類のものではないかもしれないからである)、それを日常の生活で実践する場は非常に限られている。また、美を定量的に判断する明確な基準は現状では存在しない。定性と定量という概念を明確に使い分ける習慣があるサイエンティストやエンジニアにとって、芸術と相互作用することは難しいのである。

 本書は、そんな難解な芸術とは何かを清々しいほどに語り、言い切っている。それが何かであるかは、読者個々人によって様々な解釈があるであろうし、読者の解釈が岡本氏の考え(信念ともいえる)と一致するとも限らないため本書の記述にゆずるが、筆者(RouteYOSAKU)が本書を読んだ感想として、サイエンティストやエンジニアが芸術をどこか遠い国の話のように扱うことは非常にもったいない話ではないかと思った。以上から、本書評を書くに至った次第である。

◆美と科学・工学の関係
 かつて柳宗悦 [2] という美学者が民藝運動を提唱している。日常生活における生活道具を民藝といい、美術品に匹敵する美しさがあると提唱し、美は生活の中にあると語ったとのことである。以上をまとめて、「用の美」と表現したとのこと。

 私はこの話を聞いて、“工場萌え [3] ”であるとか空気抵抗を減らすための“流線形”の美しさなどに思いを馳せた。機能を突き詰め、無駄な部分を徹底して省くと、なぜか最終的には美しいものに仕上がるのである。その美しさは科学的、工学的理論に根差したものであるため普遍的なものであろう。そういった科学的、工学的創作物が人々に美しさという感情を惹起させるというのは実に興味深いことではないだろうか。

 さて、逆に「美の用」はあるのだろうか。色々と伝説的な話を聞くと、どうも「美の用」は存在するようである。例えば、BINAP触媒を開発した野依氏は、BINAP分子が非常に美しい分子構造であるために高い機能があるはずであると決めつけ、それにこだわって研究を進めた結果、ノーベル賞の受章に至るほどの高性能の触媒の開発に至ったとのことである [4] 。新幹線の開発にあたって、高性能な形状の車両は見た目に美しい流線形であるはずという信念があったとの逸話もある [5] (高性能なものが美しい形だった、ではなく、美しい形状のものが高性能なはず、という開発である)。

 これは個人的な話であるが、とある百戦錬磨のプラントエンジニアに聞いた話では、真に高機能的なプラントは見た目にカッコイイものになるはずであり、不格好なプラントを提案されたらその時点で再設計の検討を命ずるとのことであった。

 少し話は逸れたものとなるが、自然界においても、設計するという“意図・意志”があったかどうかは別にして、結果的に自然淘汰を経て、我々が見て美しいと感ずるポルフィリンやフラーレン [6] といった分子が何食わぬ顔で存在している。美は用たりうるのである。

 私は以上の事実を考えるに、サイエンティストやエンジニアであっても芸術的な素養は必要なものであると思う。科学や工学を利用した芸術といったものは以前よりみられた動きであるが [7] 、芸術的な感性に基づくセレンディピティを起点とした科学や工学があってもいいのではないか。現にそういったこだわりが画期的な成果を生んだことあったことは先述のとおりである。

 科学の発展には限界があるのではないかとの説 [8] があり、シンギュラリティ [9] に人類が直面するかもしれないという昨今、ものごとのとらえ方、考え方、感性はますます重要になりつつあるように思われる。 以上のような美的感性を醸成するという点において、本書は極めて有用なものと思う。是非とも本書を読み、美術館に行って難解な芸術品と格闘し、新たな感性を醸成して、研究に挑んでみてはどうか、と考える。

◆脚注
[1] “太陽の塔”などの創作で知られる芸術家。「芸術は爆発だ」といった流行語を残したことでも知られる
[2] 明治から昭和時代にかけて民藝運動を起こした思想家、美学家
[3] コンビナートや工場などの重厚な構造に美を見出す動きのこと。近年、観光等で注目されている
[4] 参考:時代を画した「美しい分子」(佐藤健太郎、「化学と工業」2012年2月号、PDFファイル) 
[5] 参考:プロジェクトX 挑戦者たち 執念が生んだ新幹線 〜老友90歳・飛行機が姿を変えた〜 [DVD]
[6] 参考:http://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/65778
[7] 芸術の世界ではモダニズムやデザインといわれる領域。大学では芸術工学部などで学ぶことができる
[8] 参考:http://www.nature.com/nature/journal/v508/n7495/full/508186a.html
[9] 技術的特異点と訳される。狭義では、2045年にコンピュータが人類の知能を超えるということ

J. Kim, C. Bayram, H. Park, C. W. Cheng, C. Dimitrakopoulos, J. A. Ott, K. B. Reuter, S. W. Bedell, D. K. Sadana
Nature Commun. 2014, 5, 4836. doi:10.1038/ncomms5836  

 ☆GaNを剥がすためにグラフェンを使う
 2014年度のノーベル物理学賞は、青色発光ダイオード関連の研究で日本人が3名受賞されました。窒化ガリウム(GaN)はもちろんのこと、炭化ケイ素(SiC)や酸化ガリウム、ダイヤモンドなどのワイドギャップ半導体の分野で、日本国の研究機関や企業が如何に優れた研究成果を出してきたかを顕著に表した大変な成果です。

 企業寄りの研究者であった中村修二さんがノーベル物理学賞を受賞されたことは、“研究成果を実用化することの価値”が高く評価されたことを示すものであり、特に企業に勤める研究者にとって、モチベーションの向上に寄与するものではないでしょうか [1] 。日本国の半導体産業が衰退したと言われて久しいですが、これを契機にして再興することを願ってやみません。この受賞は、半導体関連の研究分野では2009年のCCDイメージセンサ関連の研究に次ぐものとなります。

 GaN等のⅢ-Ⅴ族半導体は既に様々な分野で実用化がなされ、様々な分野で研究が行われているのですが [2] 、“安価に質の高い結晶を得る”という課題は、いまだに解決には至っておりません。安価に製造することは、製品の普及において最も重要な要素です。結晶の質は、発光量子収率や製品の寿命に直結する因子となりますので、これもまた非常に重要な要素です。

 Ⅲ-Ⅴ族半導体の結晶は、何らかの基板上に結晶をエピタキシャル成長させることで得るという方法が現在主流となっています。現状では、安価な基板に結晶をエピタキシャル成長させると結晶の価格は安くなるが結晶の質が低下し、高価な基板にエピタキシャル成長させると結晶の質は高まるが結晶の価格が大幅に向上するというジレンマを抱えています。このジレンマを如何に解消するかが現在の研究の焦点の一つになっています。以下に、このジレンマ解消のための研究事例をご紹介します。 

◆ポイント ・IBMのT. J. Watson研究所の研究グループが、窒化ガリウム(GaN)結晶の新しい製造手法を開発
◆概要 ・SiC基板の上にグラフェンを成長させる。成長したグラフェン上にGaNをヘテロエピタキシャル成長させることで、高品質なGaNの単結晶を得ることができる
・得られたGaN結晶の品質は、SiCやサファイア上でヘテロエピタキシャル成長させたものに匹敵した [3]
・成長したGaN結晶は、グラフェン/SiC基板から剥離することができる。剥離したGaN結晶は、他の基板に転写することができる
・GaN結晶剥離後のグラフェン/SiC基板は、再利用することが可能

GaN等の半導体結晶をエピタキシャル成長させる基板は、製品の価格を決定する重要な因子であるため、基板を再利用することができれば価格を下げることができる、という思想を基に設計された系と考えられます。 今後も、“安価に質の高い結晶を得る”ための研究が盛んに行われることになります。日本国でも研究が盛んに行われています [4] 。

◆脚注
[1] 関連。過去のChemASAPの記事
[2] 例えばパワーデバイスへの応用や、太陽電池、人工光合成用の光触媒としての研究が行われている
[3] エピタキシャル成長で得られる結晶の質は、基板を構成する結晶と成長させたい結晶の格子定数の差や基板表面の欠陥の有無などにより決定される。GaN結晶を成長させるための基板として、以上の要素を考えてサファイアやSiCが利用されてきた
[4] 事例:http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20141001/418016/?rt=nocnt

M. E. Dávila, L. Xian, S. Cahangirov, A. Rubio, G. Le Lay
New. J. Phys. 2014, 16, 095002. DOI:10.1088/1367-2630/16/9/095002

 ☆ゲルマニウム版グラフェン登場!
◆ポイント
・Au(111)基板に分子線エピタキシー法(MBE; Molecular Beam Epitaxy)でゲルマニウムを結晶成長させると、ゲルマニウムのグラフェン様化合物であるGermanene(ゲルマネンと読む?)を得ることに成功した!

◆概要
 ゲルマニウム化カルシウム(CaGe2)を反応させ、カルシウムを抜いて水素と置き換えることで、原子レベルの厚さのゲルマニウムシート“Germanane”が生成することを以前ご報告した [1] 。本論文では、遂にグラフェン様のゲルマニウムシート“Germanene”の生成に成功したという驚異の報告がなされている。 Germaneneは、Au(111)基板上にゲルマニウムの結晶をヘテロエピタキシャル成長 [2] させることで得られたという。Germaneneの生成は、STM [3] での観察とDFT計算により確認された。STM像を見ると、ハニカム状のゲルマニウムの構造体が見られる。

Germanene

◆所感
 高周期元素ほど不飽和結合を作ることが難しくなることはよく知られた事実である [4] 。その事実からすると、グラフェン様のゲルマニウムシートなどできるはずがない、と常識では思ってしまう。しかし、近年研究の進展が目覚ましいヘテロエピタキシャル成長のテクニックを駆使することでGermaneneの生成に至ってしまった。これは驚異の成果であるように思う。

 ところで、実は既にグラフェン様のケイ素シートであるSiliceneの生成に人類は成功している [5] 。この研究を基にして、Germanene生成への道が拓けたようである。SiliceneはAg(111)基板を用いることで得ることができるという。ちなみに“元祖”二次元物質のグラフェンは、Cu(111)基板を用いることで得ることができるとされる [6] 。

 さて、以上の研究を見ると、不思議なことにオリンピックに関連する、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)が二次元物質生成のための基板として使用可能であることに気付いた。人類が珍重してきた各種元素が最先端材料合成の端緒となるとは、科学とは本当に面白いものであると思う。Germaneneは、さしずめ“金メダル”級の化合物、と言えるだろうか(勝手極まる感想であるが)。

 ところで周期表を見ると、エピタキシャル成長用基板を構成する元素とヘテロエピタキシャル成長で得られる二次元シートの元素の関係には、ある一定の規則性があるように見受けられる。グラフェン様のスズシートは、Rg(111)を基板にすれば得られるかもしれない。もっとも、半減期が30秒にも満たない放射性元素であるRg(レントゲニウム)の基板を得ることができれば、の話であるが。
periodic


◆脚注
[1] ChemASAPの過去の記事
[2] 薄膜結晶成長技術の一つ。基板となる結晶上に結晶成長を行う手法。例えば青色発光ダイオードとなる窒化ガリウム(GaN)薄膜は、サファイア基板上に結晶をヘテロエピタキシャル成長させることで得ることができる [3] 走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope)のこと。プローブを導電性の物質の表面に近づけ、流れるトンネル電流から表面の原子レベルの電子状態や構造を観察する
[4] 研究事例:http://boc.kuicr.kyoto-u.ac.jp/www/research_j.html
[5] T. Yamada et al., Phys. Rev. Lett. 2012, 108, 245501.
[6] 研究事例:S. Mizuno et al., Carbon 2012, 50, 57.

◆掲載誌

◆ポイント
・原子炉などを用いず、少ないエネルギーのもとで原子核変換に成功した
・例えば、セシウムをプラセオジムに変換することができた
・実用化に成功すれば、セシウム137など放射性元素の無害化に道を開く
・メカニズムなどは全く不明 

◆概要
記事によると、パラジウムと酸化カルシウムの薄膜を交互に積層した多層膜に、原子核変換させたい金属を付着させ、この膜に重水素を透過させると、原子核変換が起こったという。例えば、セシウム(原子番号55)がプラセオジム(原子番号59)に変換されたという。超高温や超高圧をかけることなく、数日でマイクログラムオーダーの新たな元素が生まれてくる。

metal
三菱重工が開発した金属薄膜(日経新聞記事より)
 
◆常温核融合とは 
皆さんは、“常温核融合”という事象をご存じだろうか?常温核融合とは、1989年にイギリスのサウサンプトン大学の教授であったマーティン・フライシュマン氏(※一昨年前に亡くなられている)らが発見した事象である。パラジウムを陰極に用いて重水を電気分解すると、パラジウム内部でDD核融合が起き、核融合により中性子やガンマ線が生成したとされた [1] 。従来、核融合は非常に高いエネルギーを持つプラズマ中でしか起こらない事象とされてきた。

核融合とは、以下の事象のことである。

◎核融合とは何か?
・核融合とは、水素などの軽い原子核同士が衝突して融合し、新たな原子核を作る“核反応”である
・核融合を起こすには、核力 [2] がはたらく距離まで原子核同士を近づけなければならない
・原子核は、陽子を持つために正電荷を持つ。正電荷同士は電磁気力により反発するため、正電荷間の斥力を超えるエネルギー(ポテンシャル障壁)を与えなければ、核融合は起こらない
・このポテンシャル障壁は極めて大きく、熱で核融合を起こすためには数千万度~数億度(!)の超高温にする必要がある
・核融合という事象が起こっている身近な例は、“太陽”である。太陽が光り、熱を発しているのは、核融合に起因している。破滅的な例としては、“水爆”が挙げられる

上述のポテンシャル障壁がクセモノであり、“室温程度で”、“化学反応が起こる程度の条件で簡易に”核融合が起こるという情報は、当時の科学者たちを騒然とさせている(当時の一般紙や現代化学誌の特集を読むと、そのインパクトが窺い知れる)。しかし、残念ながら後の追試でこの事象はほぼ否定されてしまっている [3, 4] 。
 
同様に、簡易に核融合を起こすという試行は、その後も続けられてきた。例えば、重アセトンに超音波を照射してキャビテーション [5] を起こすと核融合による中性子を検出したとの報告がある [6] 。しかし、この報告に対して否定的な観察結果があったため [7] 、この事象もほぼ否定されてしまっている(※後日談、と言えるかどうかは難しいところであるが、後に液体金属リチウム内でキャビテーションを起こしてDD核融合を成功させた、とする報告がある [8] )。
 
ちなみに、常温核融合と言うことは難しい事例であるが(おそらく著者が否定するだろう)、焦電性結晶 [9] であるタンタル酸リチウム(LiTaO3)の結晶を用い、結晶の分極によって生じる正電荷を利用して核融合に成功した事例がある [10] 。これは、『結晶の分極程度で発生する電荷/電場(※注:結論としてはそうであるが発生する電場の強さは論文によれば25 V/nmにも達している)』で核融合を起こすことができたという事例であり、電気分解の際の電極表面の電場は非常に強いとされるため [11] 、常温核融合の研究者には大きなインスピレーションを与えたのではないか、と思われる。


以上のように、常温で核融合が起きるという事象は常識はずれであり(※核融合は、前述の通り、通常超高温でないと起こらない)、常温核融合及びそれに類似した事象が追試で否定されているといった経緯があるため、多くの科学者は常温核融合を懐疑的な目で見てきた。そのような背景がある中で、冒頭の記事が飛び込んできたわけである。

前述の通り核融合を起こすには正電荷の斥力によるポテンシャル障壁を超えなければならないが、原子番号が55もの原子ともなるとその斥力は極めて強力となり、ポテンシャル障壁の高さは相当なものになると考えられる。

例えば、太陽のような恒星内での熱核融合で形成可能な原子は鉄(原子番号26)程度と言われており(その際の温度は15億度程度にもなる)、鉄以上の重い原子核は中性子が原子核に捕獲されることで形成されるとされている(※“s過程”と呼ばれる。中性子は電荷を持たないのでポテンシャル障壁がないために、室温でも原子核に近づくことができる)。従来の熱核融合の理論ではセシウムがプラセオジムになることは、説明できそうもない [12] 。この事象が起こっているとする場合、どこかの過程で中性子捕獲が起こっているのではないかと考えられるが、定かではない。

記事によれば、マイクログラムオーダーでの原子核変換が起こり、セシウムの変換率が100 %に達するものもあったという。本件に関連した論文も提出されているようである [13] 。ただし、メカニズムは不明である。化学反応が起こるような温和な条件で核反応というエネルギーレベルが桁違いに大きな事象が起こるとするならば、こんなに面白いことはないではないか。

1989年の騒動から25年、果たして今後どうなるか?常温核融合という夢は、まだ終わっていないようである。

◆脚注
[1] M. Fleischmann et al., J. Electroanal. Chem. 1989, 261, 301.
[2] “強い力”ともいう。陽子、中性子間ではたらく、重力とも電磁気力とも違う種類の力である
[3] M. Gai et al., Nature 1989, 340, 29.
[4] G. A. Taubes; 渡辺正(訳): “常温核融合スキャンダル―迷走科学の顛末 ”, 朝日新聞社 (1993)
[5] 超音波等の疎密波を液体に照射すると微細な気泡が発生する現象のこと。微細気泡が崩壊する瞬間に非常な高温・高圧状態になることが知られている
[6] R. P. Taleyarkhan et al., Science 2002, 295, 1868.
[7] D. J. Flannigan et al., Nature 2005, 434, 52. ※キャビテーションによって発生する高温高圧場は、核融合が起こるには不十分と考えられる観察結果が報告されている
[8] Y. Toriyabe et al., Phys. Rev. C 2013, 85, 054620.
[9] 相転移により自発的に電荷が生成する結晶のこと。相転移により結晶を構成する原子が動き、結晶の単位格子の電荷の重心が中心からずれることで結晶全体が分極する
[10] B. Naranjo et al., Nature 2005, 434, 1115.
[11] 電極表面には電気的二重層が形成するとされる。例えば、この二重層の厚さが1 nmで電位差が1 Vとすると、109 V/mという強力な電場が形成される
[12] 一応、加速器を使うことで恒星内ですら生成困難な超ウラン元素を作ることも可能ではあるが、そのような環境が形成されていることは考えにくいように思う。例:K. Morita et al., J. Phys. Soc. Jpn. 2012, 81, 103201.
[13] Y. Iwamura et al., Jpn. J. Appl. Phys. 2002, 41, 4642.


※実現すれば素晴らしい技術に間違いありませんが、論文も出ておらず、現段階では三菱重工からの正式なプレスリリースなどもないようです。ありていに言ってとても簡単には信じがたい話ですが、今後どうなっていくのか、いろいろな意味で注視に値すると思います。(さとう)

中村修二(著) 三笠書房(2001)


◆概要 Ⅲ-Ⅴ族半導体からなる青色LEDの開発を成し遂げた、中村修二氏の自叙伝である。実験設備の整っていない地方の企業での開発は、想像を絶する困難を伴うものであった・・・。今や、Ⅲ-Ⅴ族半導体はLEDへの応用のみならず、パワーデバイス、ハイエンドの太陽電池、果ては人工光合成への応用が検討されるに至っている。事業化・実用化への端緒を拓いた著者の研究へ向かう姿勢やその研究プロセスは、特に企業で研究・開発を行っている者にとって、大いに刺激になるものではないかと思う。読後に、自分の人生を考えずにはいられない、そんな刺激的で熱い書籍である。

現在、中村修二氏は米Soraa社のファウンダー(設立者)の一人として活躍されているという。Soraa社は、GaN on GaNという方式によるGaN基板を研究開発している会社とのことである。中村修二氏は、勤務していた企業との係争を経て、数億円もの大金を得た人物として知られる青色LEDの開発者である。一般には、強欲な人物として認知されているような印象がある。その物言いは、時にあまりに過激で(例えば、『日本の司法は腐っている』といった発言等)、一般受けしない面があるためにそのように認知されてしまっているのではないかと思われる。だが、掲題の書籍を読み、中村修二氏の業績を見ることで、氏は一介のエンジニアというわけではなく、一流のサイエンティストとしての側面もあることが分かる。


中村修二氏の業績をカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のホームページで公開されているPDFで確認してみた。そこで驚愕させられたのであるが、膨大な業績を築き上げられている。下記に記すと、

・論文を400報以上報告している。企業在任中の論文だけでも200報程度も報告している
・特許を400報近く出している。公開特許公報ではなく、特許公報として400報近くである(※特許は、特許庁の審査を経て通らないと公開特許公報のまま残される。この審査は、厳しいものである)

企業で研究開発をしている者はピンと来ると思うが、これは途轍もなく膨大な業績である。論文は、Applied Physics Letters誌、Physical Review Letters誌、Advanced Materials誌などの一流誌への投稿も多い。ISIのデータベースによれば、初期に投稿されているJapanese Journal of Applied Physics誌のGaNのヘテロエピタキシャル成長に関する論文(S. Nakamura Jpn. J. Appl. Phys. 1991, 30, L1705.)は、相当数引用され、高いインパクトと質を兼ねそろえた論文となっている。企業で研究開発しながら論文を書くことが如何に面倒であるかを思うと(企業によって異なるが)、驚異の仕事量であると推察する。
また、一方で400報近くの特許も出している。これも途轍もない膨大な業績である。研究開発をして特許を出した経験がある者なら分かるが、せいぜい一年間に出すことができる特許の数など4、5報程度ではないだろうか(卓越した成果が出た場合は別だが)。どうやったらそんなに特許を書けるのか、と思わざるを得ない驚愕の数量である。しかも、ほとんどが特許公報となっている。
それほどの成果を上げながらも、研究成果を事業化することに成功されている。これも企業で研究開発されている者であればピンとくると思うが、研究成果を事業化することは途轍もなく難しい。なぜ困難であるかを以下に記す。

・大学や基礎研究レベルの成果やシーズは、その性質上、達成するためのコストや実現性は考慮されていないことが多い。よって成果やシーズを現実のものにするには、安価なプロセスを構築する必要がある。このプロセスの構築が、成果やシーズが高度であるほどに途方もなく難しいことが多いのである。プロセスの構築に多大なリソースを要することになりそうであれば、当然前述の費用対効果は低くなる。よって、企業は研究開発を躊躇するようになる

・研究には、先が見通せない不透明性がある(うまくいくかどうかが分からない)。やってみないと分からないという要素があるため、企業は投資を決断することが難しくなる。投資の際に議論になるROI(投資効果)といった指標の計算が難しいということである

・高度な研究成果やシーズは、そのポテンシャルが未知数であり、大抵は難解な理論等に基づくものであるため、経営陣は概念を理解することができず、投資を躊躇する傾向がある

困難なテーマであるほど、ROIの算出が難しくなり、投資の決定権を持つ経営陣の理解を得ることが困難になる。以上の事情から研究開発をスタートすることすらできないということは、よくあることなのである。さて、青色LEDの研究開発が、1990年前後の段階でどのような状況下で行われたかを俯瞰する。

・青色LEDは、20世紀中には不可能であると言われるほどに難しいテーマであった
・当時は、セレン化亜鉛(ZnSe)が青色LED用の材料として最も有力な候補とされていた。その理由は、ZnSeは欠陥の少ない結晶を得ることができたためである。欠陥(格子欠陥、転移等)があると、エレクトロンやホールが欠陥にトラップされ、発光効率が低下する。しかし、ZnSeによるLEDは長寿命化が難しかったという
・GaNは、バンドギャップが青色の発光に適した数値であり、直接遷移型半導体であることが分かっていた。しかし、欠陥の少ない結晶を得ることはできなかった(※後日談となるが、GaNは特殊な材料であり、欠陥がある程度あっても光る特性があることが分かっている(S. F. Chichibu et al., Nature Mater. 2006, 5, 810.)。欠陥が少ないと光らなくなるという常識にとらわれると、このような発見を見逃すことになるのである)
・中村修二氏が勤務していた企業は、当時はほぼ無名の中小企業であったという
・数々の大企業は、青色LEDを作るためにZnSeに関する研究開発を行っていた

以上の状況下で、中村修二氏はGaNを研究開発しようと考えたのである。普通であれば、以下のような反発が社内で起こるであろうことが予測される。

・現在の実力では、大企業ですら成功していない極めて難しいテーマである青色LEDなどできるはずがない。大企業ができないのに、どうしてできるというのか
・大企業は、ZnSeの研究をやっている。欠陥が少ない材料であるから当然のことだ。なぜ、可能性の低いGaNの開発をやるのか
・GaNの研究開発を実施するには、高価な設備が必要となる。設備投資を回収できるのか(ROIは正になるのか)

以上の反発は、3C分析やSWOT分析等の一般的な分析を行えば、当然出てくる類のものである。研究者自身も、大企業の旧帝大卒のエリートができないような難しいテーマを自分がやれるのだろうかと葛藤することは想像に難くない。だが、中村修二氏は社長に直訴し、会社の命令を無視してまで開発を行い、20世紀中には実現不可能と言われた青色LEDの開発に成功したのである。その研究開発は、精神的にも肉体的にも相当にきついものであったろうと思われる。


・会社の命令を無視して、研究開発をやるということはどれほど困難であろうか?
・アイツは会社の命令も聞かずに夢物語にうつつをぬかしているのだと言われる
・研究開発のテーマは、大企業すら成就できていない途方もなく難しいものである。どれほど注力すれば成功するか?そもそも不可能なテーマなのではないか?と思ってしまうかもしれない。先が見通せない開発は、つらいものであろう
・誰も積極的には助けてくれないかもしれない。とても孤独な状況かもしれない


上手くいくかどうかが全く分からない極めて難しいテーマに、会社の命令を無視してまで、一人で挑み、成功を収めるというのは、もはや言葉にできないほどに凄まじいことである。


◎中村修二という生き方 何が中村修二氏を困難極まる研究に駆り立てたのであろうか?それは、強力な信念であろう。何を言われようが、どう思われようが、自分が正しいと思った道にとことん突き進む。どんな困難があろうが、自分を信じて突き進む。中村修二氏は、卓越した能力を持っている上に、強靭な精神力も兼ねそろえている。有り体に言えば、カッコイイな、と思う。幼児や小学生が、プロ野球選手やプロレスラーに憧れ信奉するように、企業で研究開発を行っている者は、中村修二氏を信奉するのではないか。
そんな常軌を逸しているようにさえ見える中村修二氏の生き方が、実はMOTや経営工学等で議論される、ブルーオーシャン戦略、コア・コンピタンス経営、差別化戦略、コンカレント・エンジニアリングといったことに通底することは実に興味深く思う。誰も見向きもしないようなことを徹底してやるということは、結果的に差別化につながるためである。技術を徹底して突き詰めることにより、結果として経営学の理に適った開発になったというのは非常に面白いことであると思う。


研究開発に、社内での折衝に疲れたエンジニア、サイエンティストにこの書を推薦したい。氏の生き方を真似することは当然誰にでもできることではないが、今後の生き方の指針を得ることができるのではないかと考える。

Shima T.; Hu, S.; Luo, G.; Kang, X.; Luo, Y.; Hou, Z.
Science 2013, 340, 1549. DOI: 10.1126/science.1238663

☆究極の化学反応
◆ポイント
・ヒドリドクラスター錯体を用いることで、N2をアンモニアまで還元することに成功した

◆概要
究極の化学反応とは何だろうか?個人差があるだろうが、私は以下を挙げたい。

 1.太陽光を用いる二酸化炭素の還元反応
 2.水の水素と酸素への分割(Water splitting)
 3.窒素分子N2の固定


1.及び2.は、人工光合成というテーマで研究が進められている [1] 。太陽光のエネルギーを貯蔵・運搬等が可能な化学エネルギーに変化させることが可能な技術であることから、学術的にも産業的にも大変なインパクトのある研究である。2010年のノーベル化学賞を受賞した根岸英一・米パデュー大学特別教授が、人工光合成の研究を進めるようにはたらきかける発言をしたことは記憶に新しいところである。以前よりエネルギー問題に苦しめられ、脱原発の機運が高まった日本国にとって、これほど重要な研究は他にはないのではないかとすら思う。

 さて、今回ご紹介する論文は、3.の窒素固定に関する論文である。窒素分子は、従来Haber-Boschプロセスにより固定化が行われてきた。Haber-Boschプロセスは世界を変えたとすら言われるほどに大きなインパクトをこの世に残したが、この反応系は、皆さまもご存じのとおり、多大なエネルギーを消費するプロセスである。

 Haber-Boschプロセスを完遂するには400~600 ℃という高温、200~1000 atmにも及ぶ高圧が必要であるためである。最近は、K/Ru/C触媒をアンモニアの合成に用いる例もあるが(尾崎・秋鹿触媒)、それでも反応条件は苛烈である。それほどの反応条件を要するほどに、窒素分子N2は安定であり、誘導体化は困難であるともいえる。

 N2の誘導体化がなぜ難しいのか?それは、窒素と窒素の結合が非常に強く(945 kJ/mol)、無極性であるためであろう。無極性であるために、有機電子論的なアプローチは難しい。また、N2の励起はσ-π*遷移となるために禁制であり、N2のπ結合の方がむしろσ結合よりも強いとされているため、アルキンやアルケンのような感覚でπ結合を切ることはおそらく難しい。

 このため、N2を酸化させるか、還元するかで結合次数を下げるか [2] 、N2の錯体を作って反応させる [3] といったことが試みられてきた。変わったところでは、フラーレンのシクロデキストリンの包摂化合物がN2を還元するという話もある [4] 。だが、どの反応系も強力な還元剤を要したり、特殊な有機金属化合物を還元剤として用いたり、TONが低かったりと、問題が多い。以上のように、現在においてもN2の還元反応は非常に困難である。

 この論文では、今までとは異なるアプローチでN2の還元が行われている。要点は、以下である。

・チタンとヒドリドとシクロペンタジエニルからなる三核錯体(クラスター)を還元剤として用いることでN2の還元に成功した
・3つのチタンが効果的にN2の結合を切断している
・ヒドリドが還元作用を発現する

 多核錯体を用い、金属を協同させることで効果的に結合を切断する様子は、固体触媒表面での、局所的で特異な原子の集合体・構造が触媒活性点になるというアンサンブル効果を想起させるものである。本論文にある驚異の反応を見て、固体触媒での触媒反応メカニズムを錯体の設計に生かせるのではないかとか、逆に錯体での反応を固体触媒の設計に生かせるのではないか、などといった感想を持った。

 クラスターは、バルク金属のように金属-金属結合を持ちながらも金属原子がⅠ~Ⅲ価といった中間酸化状態を取ることが多く、電子的にsoftであるという特色を持ち [5] 、新規反応・触媒の設計のためのモデル化合物として使用できるのではないかと思う。N2の還元以外にこの錯体を用いるとどうなるかなども気になるところである。

 なお、ヒドリドクラスター錯体は、ニトリルのC≡N結合を切ることができるという研究例がある [6] 。今までにない新規反応を構築できる高いポテンシャルを持つ化合物なのかもしれない。


※今回の研究では、チタンヒドリド錯体によって窒素分子を切断することに成功しています。できた錯体を水で分解すればアンモニアが得られますが、触媒的に窒素からアンモニアを得るまでには至っていません。ただし、特殊な還元剤などを用いずに窒素からアンモニアを合成した意義は大きく、触媒化が成功すれば極めて大きなブレークスルーになりそうです。

◆脚注
[1] 光を吸収すると電荷分離する化合物(錯体、半導体など)を用いることで、触媒的な酸化還元反応を起こすプロセスを開発する研究である。光誘起電子移動(PeT)した電子を如何に還元反応に用いるか、PeTに伴い生じたホールを如何に酸化反応に用いるかがポイントとなる。二酸化炭素の還元反応と水の酸化反応は、非常に困難とされる
[2] ChemASAPの過去の記事
[3] D. V. Yandulov, R. R. Schrock Science 2003, 301, 76.  根粒菌などの窒素固定を行う細菌が持っている酵素のモデル錯体(モリブデン錯体)を用いたN2の還元反応である
[4] Y. Nishibayashi et al., Nature 2004, 428, 279.
[5] 例: R. Bal et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 448.
[6] T. Kawashima et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 485.

安達千波矢編集 (2012) 講談社


 近所のショッピングセンターで見つけた理工書である。一昔前は、理工書は大学の生協や都市部の大書店程度でしか入手ができなかったように記憶しているが、地方部でもこのような高度な書籍の取り扱いがあるとのことで、胸が熱くなった次第である(今ではamazonなどで簡単に理工書が入手できるが、やはり手に取って中身を精査したいという要求はある)。

 そんな個人的な話はさておき、本書は大変内容の濃い理工書である。有機ELの研究のライジングスターである安達千波矢教授が編集されている。本書を読むことで、以下の広範な情報を得ることができる。

・有機エレクトロニクスの歴史 ・電極と有機物界面のエネルギー構造
・キャリアの移動に関する定量的知見
・有機化合物の発光 / エネルギー移動過程(Jablonskiダイアグラム)
・有機ELデバイスの作成方法や信頼性試験
・有機薄膜太陽電池、有機トランジスタについて
・発光材料について

 理論、実務両方において、大変参考になる。異常なほどに豊富で新しいReferencesにも目を見張るものがあった。個人的に特に注目したのは、熱活性化遅延蛍光(TADF)を発現する分子の設計に関する理論的記述である。TADFは、有機ELデバイスの設計において今後キーになることが予想される重要な技術である [1] 。TADFを実現するために、励起一重項状態と励起三重項状態のエネルギー差を小さくするには・・・・本書を読むと、そのような最新の知見すら得ることができる。その割に、安価な書籍ではないか、という印象である。

 さて、合成化学は複雑な構造の化合物(例えば、コレステロール、ストリキニーネ、クロロフィル、ビタミンB12、プロスタグランジン、パリトキシン、テトロドトキシン、タキソールなど)を合成することで鍛えられてきた。今後は、鍛え抜かれた合成化学が有機半導体用分子の高度化を促進するのではないだろうか。また、逆に有機半導体用分子のHOMOやLUMOの精緻な制御等のための分子設計及び合成の研究により、合成化学が一層鍛えられるのではないだろうかとも思う。今後ターゲットになる有機半導体分子は、EWGやEDGを単一分子中に含んだり、スピロ結合を含んだり、ねじれた分子構造であったり、非対称な分子構造を持ったり、錯体であったり、ヘテロ元素や重水素を豊富に含んでいたりと、今までの全合成では決してターゲットにならなかった化合物である可能性があるからである。今までに無い構造の分子をつくる過程で新しい反応が生まれることは、これまでも多くあったことである。

 なお、ターゲットとなる分子の選定は、GAUSSIANなどの計算化学用ソフトウェアでできるようになりつつあるようである。励起状態の分子のシミュレーションは従来は非常に難しかったが、近年のコンピュータ性能の著しい向上と励起状態の分子のエネルギー状態を規定する力学の発展によりかなり精緻に分かるようである。

 そのうち“京”のようなスーパーコンピュータが、とんでもなく複雑な分子構造の有機半導体の合成を、合成化学者に要求するようになるかもしれない、と夢想する。

◆脚注
[1] ChemASAPの過去の記事

Hideki Yorimitsu and Atsuhiro Osuka
Asian J. Org. Chem. 2013, 2, 356. DOI: 10.1002/ajoc.201200183

☆有機金属化学の発展を生かしたポルフィリン化合物の誘導体化
◆ポイント
・有機金属化学的手法によるポルフィリン化合物の直接誘導体化に関するレビュー

◆概要
2012年9月に創刊されたAsian Journal of Organic Chemistry誌が2013年12月末までを期限に無料公開されるとのことで、興味深いものをご紹介します。

ポルフィリン化合物及び類縁化合物は、酸化酵素であるシトクロムP450の母核や生体内で酸素を運搬するヘムなどに含まれ、有機顔料などとして利用されていることが知られている。古くは、1930年代に胆汁質の研究でノーベル賞を受賞したFischerの研究や、全合成の金字塔の一つであるWoodwardのビタミンB12の全合成、Collmanによるピケットフェンスポルフィリン、田伏による生体酵素のモデル化合物としての研究などが、よく知られているところである [1] 。

過去の研究では、複雑な構造のポルフィリン化合物を合成するために、ピロールやベンズアルデヒドなどを如何に誘導体化するか、如何にフリーベースのポルフィリンに特異な金属を導入するか、如何にクルードのポルフィリン化合物から狙いのポルフィリン化合物を精製・単離するかが、合成化学上の焦点であった。

このレビューでは、既に合成されたポルフィリン化合物を有機金属化学的アプローチで直接的に誘導体化する手法について報告している。1970~1990年代にかけてポルフィリン化合物を用いた人工酵素の研究などを行っていた研究者がこのレビューを見ると、きっと驚くに違いないと思う。なお、このレビューはポルフィリン研究の大家である大須賀篤弘先生が執筆されている。 詳細は、論文をご参照ください。

◆脚注 [1] 長哲郎(編) 共立化学ライブラリー20 ポルフィリンの化学 (1982)

Subramaniam, C.; Yamada, T.; Kobashi, K.; Sekiguchi, A.; Futaba, D. N.; Yumura, M.; Hata, K.
Nature Commun. 2013, 4, 2202. ; DOI:10.1038/ncomms3202 

 ☆全く新しい導電性材料
◆ポイント
・単層カーボンナノチューブ(SWCNT)と銅のコンポジット [1] の作成に成功した
・このCNT-CuコンポジットはCuAuなどの導電体と比較して極めて高い電流容量 [2] を示し、高い電気伝導率 [3] を示した

◆今後予測される展開
・半導体デバイス用の新しい配線材料として注目されるのでは
CNTと異種材料の新しい複合化技術として注目されるのでは

◆概要
本論文は、CNTCuのコンポジットの作成手法とその電気伝導特性についての報告がなされています。CNTと樹脂のコンポジット化は溶融した樹脂にCNTを分散させること等で可能ですが、CNTCu(金属)はどうやってコンポジット化したらいいと思いますか?Cuを同じく溶融して導入することを考える場合、Cuの融点は1085 ℃でありCNTの燃焼温度が500 ℃前後であるため、この方法はとてもできそうにありません。

○正解は、CNT表面にCuを電気めっきすることでコンポジット化がなされる、です。

といっても、単純な電気めっきではありません。CNT表面は撥水性であるために、Cuイオンを含有した水溶液を用いた電気めっきを行うと、水溶液をCNTが弾いてしまい、CNT間の電気めっきを行うことはできないとのことです。

そこで、酢酸銅と有機溶媒(アセトニトリル)の溶液を用いた電気めっきを行って銅化合物からなる核をCNT表面に形成させ、核を水素ガスで還元して銅のシードとして、そのシード上でCuイオンを含有した水溶液を用いた電気めっきを行うことで、CNT-Cuコンポジットを作成することができたとのことです。

油相での電気めっきプロセスを一旦行うことがキーであり、汎用性の高い手法であると思います。類似した手法を駆使すれば、グラフェン、フラーレン、カーボンナノホーンなどと金属のコンポジットを作成できる可能性もあるかと思います。

本論文で報告されているコンポジット材料は、CNTの高いエレクトロマイグレーション [4] 耐性の長所とCuの高い電気伝導率の長所を併せ持った材料となっています。高温でも高い電気伝導率を発現し、長時間電気を流しても材料が劣化しにくいとのことです。熱力学的な解析から、CNTCuの拡散を防止する作用を持っているようです。Cuの粒界はエネルギーが高い状態にあることから(粒界エネルギー)、CNTが結合しやすくなっているのではないかと推測されます。その影響によりCuが拡散しにくくなっているのでしょう。

CuとCNTの界面はどのような結合状態となっているのか(化学反応している?CNTのπ電子とCud軌道が相互作用している?CNTLUMOCud電子が相互作用している?など)?バンド理論 [5] ではこの結果をどう解するべきか?電気めっきする材料の種類によってはショットキー障壁 [6] ができるのか?カイラリティの異なる種類のCNTMWCNT, 変性したCNT [7] を用いるとどうなるか?シードに電気めっきするのではなく、CVDで成膜するとどうなるか?CNTと金属をコンポジット化することで金属の材料力学特性は向上するのか / 金属材料の軽量化は可能か?・・・など、理論 / 新規材料としての両面で、今後の研究の発展が大いに気になる報告です。

近年、半導体デバイスの配線幅は20 nmを切るほどに細くなっており [8] 、国際半導体技術ロードマップ(ITRS)によれば現行のCu配線等では、これ以上の半導体デバイスの微細化を行うことは難しくなることが予測されております。今回報告されたCNT-Cuコンポジット材料は、ITRSの推奨性能値を上回る性能値が達成されているとのことです。

本論文の材料は、半導体デバイスの新しい配線材料として注目されるかもしれません。また、この研究以外にもCNTIBMT. J. Watson研究所などで半導体デバイスを構成する材料の一つとしての研究がなされております [9] 。今後も、半導体デバイスを構成する材料の一つとして、CNTは注目されると思います。

◆脚注
[1]複数の材料を組み合わせた複合材料のこと
[2]送電線が許容する最大の送電電力値のこと
[3]物質の電気伝導のしやすさを示す値のこと
[4]電気伝導に伴って移動する電子と原子が衝突して、原子が移動する現象のこと。抵抗値の増大化や断線の原因となる
[5]結晶中の電子の状態をあらわす理論のこと
[6]金属と半導体界面にできるエネルギー障壁のこと
[7]例えば、Y. Miyauchi et al., Nature Photonics 2013, Published online 07 July 2013
[8]例えば、
http://ednjapan.com/edn/articles/1305/21/news096.html
[9]A. D. Franklin et al.,Nano. Lett. 2012, 12, 758.

Second, Completely Revised and Enlarged Edition
Thomas Wirth (編集)


◆概要
 私(RouteYOSAKU)が学生の頃、ある高名な有機化学者が講演会で「有機合成において、新奇な化学反応の研究、新しい試薬の研究は盛んに行われ、この数十年間で格段の進歩を遂げた。しかし、有機合成のメソッドは、それほど大きな進化を遂げていないのではないか」と問題提起されていたように記憶している。

 50年前の有機化学者が今のAngewandte ChemieやJACSのアブストラクトを観たら、卒倒するほどに驚くに違いない。不斉合成、高効率なカップリング反応、複雑な分子構造の有機化合物の全合成及びそれを可能にする新しい試薬類などは、確かに当時からは想像もつかないほどに進化しているように思う。

 一方、50年前の有機化学者が、例えば今の大学の研究室の有機合成の様子を見たら、それほど驚かないのではないだろうか。フラスコに有機溶媒と複数種の試薬と攪拌子を入れ、油浴で加熱しながら試薬を攪拌・反応させる・・・現在もなお、それほど昔と変わらない手法で合成が行われているからである。前述の問題提起はもっともなことと言えるかもしれない [1] 。

 本書で解説されているマイクロリアクターは、革命的な有機合成を可能にするメソッドであり、その問題提起への解の一つとなりうるのではないかと思う。マイクロリアクターとは、マイクロ流路を持つ、一辺が数十~数百 μmの大きさの空間での化学反応を可能とする、フロー型の反応装置のことである。数十~数百 μmの大きさのフラスコの中で化学反応を行うとどうなるかを想像していただけると、イメージが掴みやすいかもしれない(その際には、定規を手に持って、1 mm = 1000 μmの長さがどの程度かを確認しながらであるとなお良い(笑))。

LLNL-microreactor
マイクロリアクターの例(Wikipediaより)

 こんなにも狭い空間で化学反応を行ったらどうなるか?こんなにも小さい空間で化学反応が行えるとするならば、反応装置はどれほどコンパクトになるか?本書は、そういった疑問に答えると同時に、豊富な反応例とReferencesで、マイクロリアクターの利点・魅力を親切で平易に、且つ深く広範に紹介している。

 ちなみに本書の編者のThomas Wirth英カーディフ大学教授は、1992-93年にポスドクとして京都大学に留学し、その後も日本の大学を何度も訪問して講演会を行うなど、日本になじみ深い化学者である。本書によれば、マイクロリアクターでは以下の反応系の構築が可能である(一部を紹介)。

・化学反応の自動化。反応のみならず、生成物の精製、生成物のin situ分析に至るまで自動化が可能である
・均一系の触媒反応 ・光化学反応。反応装置を透明にすることで可能となる
・有機電解合成。反応装置に電極を導入することで可能となる
・不均一系の触媒反応。反応装置表面に触媒を担持させることで可能となる
・ガスを用いた反応。例えば、Pd-Cと水素ガスを用いた還元反応など。上記光化学反応を応用することで、光増感剤を用いた一重項酸素による酸化反応なども可能である
・極めて発熱的・高速な反応。例えば、本書ではF2ガスを用いた芳香族化合物の直接フッ素化反応が取り上げられている。従来は、BF4-のジアゾニウム塩を分解させて芳香族フッ素化合物を得ることが行われてきたが(Schiemann反応)、マイクロリアクターではF2ガスを用いることで直接フッ素化反応を行うことができる。マイクロリアクターは熱交換効率が極めて高いため、このような危険で過激な反応を可能とする。フッ素化反応は医薬品の合成において極めて重要な反応であるため、マイクロリアクターは大変魅力的なプロセスを提供する装置であると言えよう。

 以上の、反応・精製等のプロセスが可能な各種機構を組み合わせることで、理屈上は一回の操作で、今までフラスコで合成された化合物であれば、どんな化合物も(おそらく)合成可能となる。よって、マイクロリアクターは最終生成物に至るまで、何回(時には何十回)も「合成→分液→エバポ→クロマト→エバポ→NMR等測定・・・」等を繰り返してきた有機合成化学者を、苦役(?)から開放する可能性がある。また、極めて発熱的で高速な反応を可能にするという特性を生かせば、今までにない新奇な化学反応を開発できる可能性がある。

  マイクロリアクターは以上のように大変魅力的な装置であるが、本書ではさらにマイクロリアクターの作り方まで記述されている。リソグラフィー、RIE(反応性イオンエッチング)、マイクロマシニング、ガラスやシリコンの接合技術等といった半導体デバイスやMEMS [2] のプロセス技術で培われた超精密なトップダウン型の加工技術が、このような形で生かされていることに大きな驚きを感じた。有機化学とは直接関係のない科学技術の発展がこのような形で有機化学の発展を促しているという点は、今後研究を進めるにあたって留意すべきものであろう。

 本書はマイクロリアクターを知り、今後研究に応用するにあたって、極めて有用な書籍と考える。本書のようにマイクロリアクターを使った有機合成に関する多様な主題を一冊で取り扱った書籍は他にはない。

 ◆個人的所感
 21世紀の産業革命とされる“メイカームーブメント [3] ”の一翼を担う3Dプリンタのようなツールと同様に、マイクロリアクターは新しい化学産業を構築するツールとして利用可能なのではないかと思います。それは、以下の観点からです。

・有機合成を起点としたものづくりをする場合、従来であれば多大な設備投資を必要とした。しかし、マイクロリアクターを構成する部品のモジュール化 [4] が進めば、安価に複雑な化合物を生産できるようになるかもしれない。設備投資が重くて起業しづらい化学分野でも起業家が増えるかもしれない

・多種多様な“少量の”化合物(ロングテール [5] )の潜在的な需要が存在する。しかし、大手の化学メーカーは採算が合わないのでこのような類の化合物を生産できない。一方、ベンチャー企業や中小企業であれば、マイクロリアクターを利用することで受託合成という位置づけでこのような類の化合物を生産可能とするかもしれません。

マイクロリアクターは多品種少量生産に向いた装置であることから、メイカームーブメントと親和性の高いツールであると思います。今後の動向が注目されるところです(大学発ベンチャーなどとも相性がいいツールではないでしょうか)。ちなみに、3Dプリンタを使った反応装置の研究開発例があるようです [6] (ということであれば、3Dプリンタでマイクロリアクターを作る、なんてこともできるかもしれませんね)。また、最近半導体業界で出てきた新しいムーブメントである、ミニマルファブ [7] のような運用をすることで、新しい業態が生まれるかもしれません。

◆脚注
[1] この問題提起には異論がある人もいるかと思う。確かに、アルキルリチウムのような禁水・禁酸素試薬のハンドリングは、昔に比べるとかなり容易になっていることも事実である
[2] Micro Electro Mechanical Systemsのこと。μmオーダーの機械要素部品、センサ等を集積化したデバイスである。インクジェットプリンタのヘッドなどに用いられている技術
[3] ワイアード誌の編集長であるクリス・アンダーソン氏が提唱した概念。個人規模でのデジタルデータを使ったものづくりが、製造業に革命的変化を起こすという動きのこと。近年、経済紙等で非常に注目されている概念である。詳しくは、『クリス・アンダーソン(著) “MAKERS―21世紀の産業革命が始まる” (NHK出版)』をご参照ください
[4] 1つの複雑なシステムを交換可能で独立した機能を持つ部品(モジュール)で構成させること
[5] これもワイアード誌の編集長であるクリス・アンダーソン氏が提唱した概念。販売数量が少ない大多数の死に筋の商品群の売り上げが、少数の売れ筋商品の売り上げに匹敵・上回ることがあるという現象のこと(だから、死に筋の商品群を軽視するなということ) 。参考:Wikipedia:ロングテール
[6] M. D. Symes et al., Nature Chem. 2012, 4, 349.
[7] 半導体を製造するための設備投資が過大になりすぎて、研究開発によって得られた成果を実用化できないという問題が顕現したときに解決策として出てきた概念。製造に用いるシリコンウエハを小さくすることで、製造工場を小さくし、設備投資を軽くする。

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