改行がおかしくなっておりましたので、訂正しました。txtファイル作成時に「右端で折り返す」を解除し忘れていたようです。
 これまでの数十分にご覧になった皆様、見づらくなっていて、申し訳ありません。


「清子小母さまっ! いったい、何が!?」
 生きているのに生きていないような祥子お姉さまの姿に驚愕した瞳子が、動転しきった目で清子小母さまに目を向けると、小母さまは苦しげに首を横に振った。
「……わからないの」
「わからない…って……」
「今まで必死に気を張っていたものが、ぷっつり切れてしまったのね。そこまでは、わかるのだけど……」
 それだけで、こうまで壊れてしまうものかしら?と、清子小母さまは首をかしげた。
 そこで瞳子は、ある可能性に行き着く。

――まさか、祐巳さま……――

 その名前が頭に浮かんだ瞬間、
「……っ!」
 瞳子の思考が、いきなり高速で回りだす。
 ランダムに、謎を解くためのキィワードが頭の中に舞い上がり、そして、選別された一場面が、瞳子の脳裏に甦る。
「これは……」

 ある老婦人の姿。
 数日前に、リリアン女子大の前で、私はその方に会った。
 隣には、祐巳さまがいた。

 鮮烈なのは、あの白い日傘――

『古い友人の居場所がわかったので、これから会いに行ってこようかと思って』

 確か、祐巳さまは……あの方の名前を読んでいたはずだ。

『弓子さん?』

 そう、弓子さんといった。
 なぜ、ここであの方が出てくる?

――あの方はあの日、何と言っていた?――

『昔、些細なことでけんかをしたの。仲直りにしにいくのよ』

――……え?――

『あの日に言えなかった「ごめんないさい」を、これから言いにいこうと思って』
『あの人は、何て言うかしら?』

 仲 直 り

「まさか、まさか――!?」
 けれどそんな、できすぎた話があるはずがない。
 そんなことが……

『行き先は病院なの』

――!!!!!!!!!!!!――

 瞳子はその場に、立ち尽くした。
 これは、ただの偶然だろうか?
 それとも……

「神様はときどき、こんな悪戯をなさるというの?」

『昔、些細なことでけんかをしたの』
『仲直りにしにいくのよ』

 瞳子は再び思い出した。
 弓子さんに会った翌日、瞳子は祥子お姉さまと一緒に、彩子お祖母さまの病室に行った。
 お祖父さまからは『もう何日も持たないだろう』と言われていたから、これが今生の別れになるかもしれないという覚悟を胸に、病室に入ったというのに。
 瞳子は思わず、拍子抜けしたのだ。苦しみの感じられない、安らかな笑顔で瞳子を迎えてくれた、彩子お祖母さまに。
『お祖母さま、今日はとてもお元気そうで……』
 喜ぶべきなのに、しどろもどろになってしまって。
 ようやくそれだけ言えた瞳子に、彩子お祖母さまは小さくうなずいて言ったのだ。

『……永かったわね……』

 最初、瞳子には彩子お祖母さまの言葉の意味が、よくわからなかった。
 けれどそのとき、祥子お姉さまは感極まったものがあったらしく、突然適当な理由をつけて病室から出て行ってしまったのだ。
 彩子お祖母さまの前では絶対に泣くまいと心に決めていたであろう祥子お姉さまだったが、あのときはさすがに耐え切れなかったのだろう、きっと。

「それじゃあ……」

――もしもあの日、彩子お祖母さまに会いに行かれたのが、本当にあの弓子さんだったとしたら……?――

 もしも、と瞳子は思ったが、一瞬あとには、そうとしか考えられなくなった瞳子である。
 瞳子の中で、すべてがひとつになった。
 ならば、祥子お姉さまがあの日以来、深い悩みの淵にハマってしまった理由も、もはやひとつしか考えられないのだ。

 あれが、すべてのきっかけなのだ。

『仲直りしにいくのよ』

 瞳子は、激しく首を振った。
 言いようのない拒絶感が、そこにはあった。

――祥子お姉さまから逃げた祐巳さまなんかに、祥子お姉さまのピンチを救えるはずがない!――
――いいえ。それ以前に、そんな『資格』があるはずないのよ……!――

 瞳子は必死に、悪い予感をかき消そうとする。

 けれど。
 一方で瞳子は、何となく予想がついてしまうのだ。
 祐巳さまには、わからないだろうけれど。
 祐巳さまは今でも、祥子お姉さまに愛されている。
 瞳子がどれだけ必死になっても、追いつけないくらい。

『それで、祐巳がね?』
『前に祐巳と来たときは……』
『もしも祐巳だったら……』

 祥子お姉さまが瞳子にしてくれる話に、いったいどれだけの『祐巳さま』がいたことだろう?
 瞳子といてくれているときにも、瞳子は祥子お姉さまの『心の中心』には辿り着くことができなかった!
 それは、生ぬるい雨が降り出したこの季節になっても、結局は変わらなかった。
 祐巳さまとの中がこじれたあとも、祥子お姉さまの心は、ちゃんと祐巳さまの方を向いていたのだ。

『……祐巳……』

 疲れ果てて眠る祥子お姉さまのくちびるから、祐巳さまの名前が漏れたとき、瞳子がどんな気持ちになったか。
 きっと祐巳さまにはわからない。
 贅沢者の祐巳さまには、わからない。

 わかるはずない!

 祐巳さまはもっと、祥子お姉さまの妹として自信を持ってもいいはずなのに――!

――どうして祥子お姉さまを信じてやれないのっ!?――

 瞳子は、祥子お姉さまがあまりにもかわいそうで。
 一時は本気で、祥子お姉さまを『祐巳さま』という枷から解放しようと思ったこともある。
 瞳子が祥子お姉さまの妹であれば、絶対に祥子お姉さまを苦しめたりはしない――そう思っていたから。
 だけど結局、すべては瞳子の嫉妬に過ぎなかったのかもしれない。
 『瞳子にないもの』を持っている祐巳さまに対する嫉妬。
 そして、その存在に気づこうとしない祐巳さまが、たまらなく憎かっただけなのだ。

 たぶん、祐巳さまを心の底で恐れていたのだと思う。
 祐巳さまが自分の大きさに気づいていないときは、まだよかった。
 瞳子は祐巳さまを、気楽に否定できたから。

 しかし、祥子お姉さまと祐巳さまが、もう一度同じ方向を向くことができた日には……
 おそらく、瞳子はもう二度と、祐巳さまを追い越そうとは思えなくなってしまうのだろう。
 それがわかっていたから、怖かったから――!
 壊れてしまった祥子お姉さまを前にして、瞳子はたった一つの『特効薬』を、清子小母さまに薦めることができなかったのだ。

 ……結局はそれも、無駄な抵抗に終わってしまったけれど……

《蓉子さんが祐巳ちゃんを連れてきてくれるから、大丈夫よ》

 密葬が執り行われた今朝、清子小母さまは祥子お姉さまの姉である水野蓉子さまにSOSを打った。
 瞳子がそれを知ったのは、朝、学校から清子小母さまに電話をかけていたからだ。本当は自分も祥子お姉さまのそばにいたかったのだが、密葬に出ることを許されていない以上、学校を休むことはできなかったのである。
 しかし、蓉子さまの出動を知ったとき、瞳子の中に醜い安堵感があったことは事実だ。
 祥子お姉さまが心から敬愛していた蓉子さまなら、きっと祐巳さまなしでも祥子お姉さまを救い出してくれるに違いない、と。
 瞳子は、信じきっていた。
 「過信」と言っていい。
 だから、完全に油断していたのだ。

――まさか、その蓉子さまでもだめだなんて――

 その可能性を、まったく考えていなかった。
 そればかりか蓉子さまは、よりにもよって、瞳子がいちばん恐れていた人にバトンを渡してしまったのだ。
 その事実を、瞳子は二度目の電話で知ることになる。





<あとがき>
 みなさんごきげんよう、シオンケイです。
 『Raison-recrit-』の2本目をお届けいたします。
 今回は……たぶん、誤字とかそんなにないと思う。前回はちょっと、ひどかった。すいませんです。
 さて、今日は私、『時をかける少女』の映画をやっと見てきまして、ものすご〜〜〜〜〜く感動して帰ってきましたのです。
 いや、どこを見てもほとんど批判らしい批判を見かけなくて、ここまで大絶賛されまくるこの映画は、いったいなんなのだろうと思っていたのですが……いやはや、やはりみんなが言うとおりです。ホントに、ホントにすばらしい映画でした。笑うところは素直に笑ったし、泣けるところは素直に泣いた。
 ここまで好きになった映画も、久しぶりなもんです。また、絶対に見に行こうと思うシオンケイであるわけです。
 映画が終わったあと、あちらこちらで鼻をすする人がいました。私も、そのひとりでありました。
 そして、受付カウンターに行くと、その場に並んでいた『時かけ』グッズ――パンフレット、主題歌CD、サントラ、原作新装版――を、「これ全部」と言って購入する私がいたのであります。
1つずつ、ですよね?
 そう、多少引きつった声で言う受付のお姉さま……って、当たり前じゃい!(激爆死)
 ……と、なぜにこんなSSとまったく関係のない話をしだしたかと申しますと、それにはそんなに意味はないのです。
 ただ、絶対にいい映画だから、絶対に見てくださいね!ということと、それから、映画を見終わったあと、頭の中に『時をかける瞳子』というタイトルが浮かんで、離れなくなってしまったよと、そういうことを言いたいだけだったりするのです……あ、いや、もの投げないで。結構シリアスなお話なんよ?
 ただ、そんなお話は結構、今までにも書いているんですよね。『タイムリープ』ではなく、『夢』という形でですけど。『"if"に踊る』というSSが同人誌にありまして、その後半なんか、まさにそんな感じ。これは、通販が始まりましたら是非とも読んでください(通販に関しては、ただいまその説明書きや同封するお礼のなんちゃらの企画立案中です。ペーパーをつけようかと)。
 いよいよ今週、新刊『大きな扉 小さな鍵』が発売になります(フラゲ考慮/爆)。今回は、実を言うとちょっと期待していたりもしますので(ちょうどOVAも始まる時期だし……ってオイ!)、かなり気合を入れて待たねばならないところです。
 もし本当に姉妹になったら、そのあとが大変なので。このサイト的にも。私の頭脳的にも。
 ……てなわけで、次は2週間後ではなく、1週間で更新を行います!(ホントは先週で第2回をやるはずだったんだけど、新作SSの案が出そうで出そうで悩んで……結局出なくて、再録すら書けなかったというヘタレ……3連休だったのに)
 でも、姉妹宣言があったら……?
 おたのしみに!

(PS>今回からちょっと見せ方を変えました。この方が、いろいろと面倒も少ないことに気づいたので)