こちらのSSは、「マリア様がみてる」の新刊「大きな扉 小さな鍵」の内容から、感想の意味も込めて創作を行ったものです。よって、新刊をまだお読みでない方は、この続きは決して読まないでください。
 すでに震撼をお読みになられた方のみ、「続きを読む」をクリックしてください。






























































































































 私は、この日を待ち続けていた――

「乃梨子! 乃梨子! 乃梨子! 乃梨子!」

 何度も私の名前を呼び捨てで叫びながら、瞳子が私の手を全力で握り締めた。
 痛いくらいに、強く。
 何が何でも離さないという、強い強い意志を感じる。

 全力で私を求めてくれる。

 それが私には、たまらない快感だった。
 瞳子は、泣いているのに。
 そんなこと、不謹慎すぎて、間違っても瞳子には言えないけれど。
 でも、どうしても湧き上がってきてしまう『嬉しい』という想いを、私は抑えるのに必死だった。
 仏像のテレビ番組なんかより、私は瞳子が私をまっすぐに見てくれるその姿が、見たかった。

 そしてそれを、感じたかったのだ。
 今、感じているこの感じを、私は心の底から求めていた。

 それから、私は喜びと同時に安堵も覚えている。

 瞳子は、泣いているのだ。
 たった独りで、泣いていたのだ。
 中庭にうずくまり、数を数えていた。
 それが何の意味かはわからないけれど、ただひとつ言えることは。

 数を数える瞳子の声は、震えていた。

 あまりにも、壊れそうだったのだ。
 誰が瞳子をこんな風にしたのかはわからない。
 もしそれがわかるのならば、私はその人を絶対に許さない。
 けれど今は、そんなことより――

 瞳子が壊れそうなときに、そばにいてやれてよかった。
 家に帰ったりしなくて、よかった。

 本当に、よかった――!

「瞳子、立てる?」
「……ええ」
 少しよろけながら、立ち上がった瞳子の肩を、乃梨子は抱きしめる。
「……っ、乃…梨子……!?」
 瞳子に名前を言われて、私はまた、全身がゾクゾクと震えるのを感じる。

 たまらない。

「それ、いいな、すごく」
「……えっ?」
 瞳子が少し目を丸くする。
「何が……?」
「あんたに『乃梨子』って呼ばれるの」
「あ……」
 瞳子が頬を赤らめ、私の視線から逃れるように、うつむく。

 瞳子のことをかわいいと思ったのは、初めてだ。
 こんな顔、見たことがない。

 だからまた、私は瞳子を抱きしめる。

 いとしかった。

「一時の気の迷いとかじゃ、ないよね、それ」
「……どういうことよ?」
「うふふっ」

 私はとても、幸せだ。
 たった今見せてくれた、表情。
 それは、選挙中に一度だけ見た、瞳子の素顔と同じだった。

『はい、とても』

 何も演じていない、本当の瞳子の姿だった。
 そんな姿を、私に見せてくれたことが、嬉しい。
 本当に、嬉しい。

 そして、そんな瞳子は、私のことを『乃梨子』と呼んでくれるらしい。
 これまでは、私だけが呼び捨てだった。
 そのことを、特に気にしたことはなかったけれど。

 そうか、そういうことだったんだ。

「これからも、私を『乃梨子』って呼んでくれる……?」
「……っ」
 瞳子は真っ赤な顔のまま、口を小さくもごもごと動かす。
「ん?」
 私は目を点にして、耳を澄ます。
 すると、やがて、わずかに聞こえた。
 瞳子は、私の名前を繰り返しつぶやいていたのだ。

「……乃梨子……乃梨子……乃梨子……」

 練習?
 それは、練習するようなものなのだろうか。

「……乃梨子……乃梨子……乃梨子、うん」

 瞳子が目を閉じ、小さくうなずいた。
「瞳子……?」
 私は瞳子の顔をのぞき込む。
 すると瞳子も、私の目を見つめ返してきた。

 瞳子は、大丈夫だった。

「いい響きね、『乃梨子』って」
「……でしょ? 好きなんだ、自分の名前」
「そう。つけてくれたご両親に、感謝ね」
「もちろん」

 私はしかし、そこで少し余計なことを言ったようだ。

「瞳子だって、そうでしょ?」
「え、ええ。この名前は、好きよ」
 なぜか、少しだけ表情がゆがんだ。
「だから、名前をくれた、ご両親に……」
「……ええ……」

 なぜ、そこで沈む!?
 ご両親と、何かまずいことでもあったのか?

 私、地雷踏んじゃった……!?

 どうしよう。
 どうしよう!
 せっかく瞳子が、笑ってくれたのに、私ったら!

 オロオロしだした私に、瞳子はあわてて両手を横に振った。
「ち、違うの! 乃梨子が思ってるようなことじゃないわ。両親は、大好きなの」
「じゃ、じゃあ、だったら……」
「う、うん」
 瞳子は軽くうつむいて、そのまま横目で、私をチラッと見た。
 何かを、さりげなく探るように。
「瞳子……?」
 私は動きを止め、瞳子の次の動作を、待った。
 瞳子が、何かを私に話そうか話すまいか、迷っていることに気づいたから。

 落ち着け、私。
 私は、大丈夫だから。

 私に、話して?

 やがて瞳子は、両手をぎゅっと握った。
 そして、くちびるをかみしめた。
 決意を奥に込めた瞳で、私を見た。

 さあ、二条乃梨子――!

「ねぇ乃梨子。聴いてほしいことが、あるの……」





<あとがき>
 すみません、解禁日とかそういうの、考えられませんでした。
 新刊をすでに読まれた方向けに、まだ発売していない(笑)新刊のネタで1本書かせていただきました。
 何しろ、私は本当に嬉しかったので。今回も姉妹宣言はなかったけれど、それを一発で許せてしまうくらい、今回は素晴らしく興奮できましたもので。
 最高ですよ、マジで!
 これまで乃梨子のことを「乃梨子さん」と呼んでいた瞳子。しかし、いつしか心の中では「乃梨子」と呼んでいたのですね。新刊の後半である『ハートの鍵穴』では、科白以外では最初から『乃梨子』だったのが、気になっていたのだけど、最後でああ来られて、私はもう……あ、鼻血が……
 言われた本人である乃梨子なんて、そのことに気づいた瞬間、どうだっただろうって? 昇天するくらいの心地だったんじゃないかと……そんな妄想をそのままぶつける形で、非常に突発的に書いちゃいました(爆)。
 もちろんこの新刊、驚いたところはたくさんあります。
 たとえば、瞳子の出生の秘密――とか、まさかそこまで思い話が出てくるとは思わなかったもので。病院云々については、実のところドンピシャ!だったのですが(瞳子の父親が跡を継がなかったという点を除いて)、まさかその上にこんなことが乗っかっているとは、思わなかった。
 それに、柏木のこととかもね。どう考えても柏木、瞳子にメロメロじゃん。まぁ、従兄弟同士は結婚できますけど。それ以前に血縁ないですけど! いや、そんなことはいい。ただ、こうなると……何やら、他にもSSのネタが浮かんできたような感じです。ちょっとダークだから、私に書けるかわからないけれど。
 瞳子のためなら、祥子に対してもキレそうじゃない? この人……
 そして、瞳子の祐巳への想いね。いやもう、存分に味わせていただきました。次が、非常に楽しみです。
 スランプ、脱出できそう?
 とにもかくにも、新刊については今後も感想という形だったり、SSという形だったりで発表していければと想います。
 いやもう、スバラシイ!

 あと、萌えの殺人兵器と化した白薔薇姉妹とかな――なんッじゃありゃ!?(P87の挿絵前後)