あとのまつり

祭りにかける控えめな情熱と日々の雑感

11/26 #3 震災による祭りの自粛ムード 【FACE】

アイデンティティ→同一性(大辞林)
〔補説〕 identity
〔専門〕 哲 あるものが時間・空間を異にしても同じであり続け、変化がみられないこと。
[1] 物がそれ自身に対し同じであって、一個の物として存在すること。自己同一性。
[2] 人間学・心理学で、人が時や場面を越えて一個の人格として存在し、
自己を自己として確信する自我の統一をもっていること。自我同一性。主体性。


あの日から数日後、今年の三社が中止になるという噂を耳にした。
それはありきたりな噂ではなく、相応の説得力をもち、
そしてそれはすぐに真実であることを知った。
あとになって、「決定が時期尚早だった」とか「こんなときこそ祭りで元気を!」なんて声も
聞こえてきたけど、あの時だれがそんなこと声に出せたろう。

三社がだめなら、他の祭りもない。
鳥越は独自路線をだすか?
そういえば今年は深川の本祭りだ…どうなる?
いつまで祭りは始められないんだ?
夏までか?いや、今年は無理か?
いろんな憶測が飛び交い、
それはそれで心をくすぐるものでもあった。

だけど

だけど、それはだれも望まない話題だ。
本当は祭りの場所でバカやって、
呑んで、大声出して、笑うのがいい。
その祭りがない。みんなとも会わない。

俺、どうしていいかわからなかった。
「祭り」という衣を自分にまとうことによって自分たりえたから
「祭り」なしではどうにも身の振りようがなかった。
どんな言葉も口から出てこない。
ましてや不本意な異動の直後で敗北感にさいなまれていたから
言いたくないような言葉ばかりが口をついて出てくる。
<俺なんか要らないヤツなんだ>って気分はぬぐいようもなく、
情けなくて、仲間とは会いたくなくなった。

そして祭りを忘れようとした。

自分をリセットして(リセットさせられちゃったんだけど)、
ただボンヤリしてた。
休みは土手に行ってビール飲みながら日焼け、日焼け、日焼け・・・
俺、なんでもないデクノボウなんだな・・・って思った。
空が広くて、青くて、雲は流れて、時は過ぎて、
俺は何でもなく、空っぽで。

7月になり、あちこちで祭りがポツポツ始まってると耳にした。
でも、行く気にはなれなかった。
空っぽの自分をもう少し見ていたかったから。

あんまり空っぽすぎて、
なんでこんなふうになったのかも忘れていたころ
また始まった。
それは偶然入った本屋で、たまたま手にした一冊の本がきっかけだった。
きっと、空っぽになってなければそんな機会もなかったんだ。
この本が新しいビジョンを与えてくれた。
そして、それとともに体は動くことを求め始めた。
ジョギングとスイミング、それからダイエット。
体を動かせば動かすほど心が目覚めていくのが分かった。

ようやく体にエネルギーが戻ってきたとき
日暮里・諏方神社の祭礼が俺を迎えに来てくれた。
祭りが「さぁ、再開だ」って言ってくれたような気がした。

俺はどうしょうもなく俺です。
狆しくらいは きっと役にはたってる″

10/2 #2 親父の入院 【タイムトラベル】

4月に父が倒れました。胃潰瘍でした。
最初、もっと酷い病気でもうダメかな?と思ったんだけど、
意外と本当に胃潰瘍で、しかも4日で退院という、
他の患者さんにお騒がせしちゃって申し訳ないというくらいの
入院騒動だったんだけどね。

もしや・・・と思ってみると、
やっぱり父のことについて何も分かっていなかったことに
気づかされた。
・・・というか直面させられた。

父の交友関係・職場・大切なもの。そして母に対しての思い。

家業は工場の下請けみたいなことをやってて、
職人といえば聞こえがいいけど、
作業場のある内職みたいなもんで、
今ではその家もないからバスを乗り継いで作業所に通ってる。
この冬までは自転車に乗ってたんだけど、
電柱に激突したり、転んだりで
本人が限界を感じたみたい。

親父はすごくシャイで、人とうまく付き合えない人だ。
親友とも疎遠になったらフォローできないから
疎遠になりっぱなし。
親戚が困っていても、どうしていいか分からないうちにタイミングを
逸しちゃって、なんだかうやむや。
逆に、金に困るとおばさんが助けてくれたりしてたみたいで、
情けないけど、いつまでも「ボクちゃん」のままの爺さん。
だから、母のように社交的で、他人事に首をつっこむことに
憧れとめんどくささを感じてて、
子供心にはとても仲好くは見えなかった。
実際、母には家族みんな酷く迷惑をかけられた。
でも、そんな母が脳梗塞で倒れた時、泣きそうな顔でおたおたして
回復してくるとニコニコしたりして、
夫婦ってそんなものなのかな・・・なんて妙に納得させられた。

こうして書いてみると、
コレ、ほとんど俺のことだ。
俺の行動パターンはDNAに刻まれている親父のそれだ。

20歳の俺の誕生日、息子を成人させられたのは
嬉しいもんだぞぉって、何度もつぶやいてた。
高校2年の夏、中古のミシンを譲ってもらうために
リヤカーを押したときみた親父の背中。
小学校1年の冬、何日も仕事がなくて
毎日のように二人で自転車でぶらぶらした時のさびしい顔。
幼稚園に上がる前、膝のうえに座って感じた
親父の太鼓腹。
・・・時間をさかのぼる。

俺に子供がいたなら、同じ顔を見せていたのだろうか?

・・・時間をさかのぼる。

9/19 #1 異動と目標の喪失 【告白】

今回、かなり暗いです。重たいのイヤな人は読まないほうがいいかも^^

祭りがとっても楽しくて、終わった後の酒も美味かったんですが、つい調子に乗りすぎて深酒してしまいました。
ちょうど中野坂上の交差点で前の職場の方からメールが来て、そういえば前の職場の近くだったことを思い出してしまったのがよくなかった。
まだ異動について割り切れない思いがあったみたいで(酒飲んでたから凄く感情的になってた)、だれもいないその建物を眺めに行ってしまったんだ。
千鳥足でふらふらと中央公園の木々の間からそのビルが見えたとき、あの頃の鬱々とした気持ちやつらかった時間がフラッシュバックして、クラクラしてきた。
酒の酔いじゃなくて、いや、酒の酔いも手伝ったんだろうけど、とんでもないトリップ感だった。
どこか冷静な自分はこれがパニックってやつなんだなって思ったから、ツィートして助けを求めちゃったんだな。
誰かに正気に戻してほしいと求めたんだ。
気がつくと、その誰もいないビルの下にいたよ。
そこで土下座しながら号泣していた(笑)警備員が来て「大丈夫ですか?」って声を掛けられて我に返った。
そのビルの玄関に、通路に、自分のいた階にあのころの自分がいて、どの自分も一生懸命で、みんな小走りで、うつむいていて、生々しく蘇ってきた。すごく不思議な感覚だった。
フォロワーさんからの電話でやっと過去の自分から気持ちをひきはがし、その場を離脱した。
帰り道もつらかった。
自分が涙を流しながら歩いたかつての帰路をなぞらなくてはならなかったから。
少しずつ冷静になって王子の駅にたどり着いた。
でも、そこでダウン。マックのベンチで1時すぎまで眠ってた。

教育委員会で現場の先生を助ける仕事がしたくて、中3の担任をしながら1年間勉強した。
仕事が終わってから勉強会にも参加した。
現場を離れる決意と気持ちの整理をして乗り込んだ世界だったけど、
夢が叶って、意気揚々としていた。
でも、まったく想像もしていなかった部署で、しかも自分の無能さを突き付けられ
だんだん萎縮していったんだ。
きっと期待もされていたんだろうけど、応えられないことがプレッシャーになってしまった。
おまけに勤務は毎日終電までで、タクシー帰りも珍しくなかった。
1週間まったく笑うことのない日々。。。
1日の会話は上司からの説教と言いたくもない言い訳だけ。。。
朝食はsoyjoy、昼食はカレー、夕食は午前1時過ぎ。。。
キマグレンの「Life」に
「泣きたくて、笑いたくて、ホントの自分ガマンして 伝わらなくて
 君は誰のために 生きてるの?」って歌詞があるんだけど、
40歳過ぎた男がアレ聞いて何回も泣いた。
心も体もボロボロになって、なかば逃げ出すように、
実際は切り捨てられるように異動したのがこの4月。
この先どうする?って上司に聞かれても答えなんかでなかった。
目標を失ってしまったんだからね。
人生の消化試合って気持ちでいた。
ずっと虚勢を張っていたけど、本当に傷ついていたんだな。
そしてそれは半年やそこらじゃ癒えないもんなんだな。

今は、、、ようやく新しい目標が持てた。
だからこれまでの2年間はやっと「過去」になった。
昨夜のようなフラッシュバックはしばらくあるかもしれないけど。
おかげで、PTSDとかトラウマというものの実感がもてるようになって、
そんな症状を持つ人の気持ちに近付けるようになったとおもうよ。


8/29 ぜんぶつながっている

#1 異動と目標の喪失

#2 親父の入院

#3 震災による祭りの自粛ムード

#4 「発達障害のいま」(杉山登志郎 著)講談社

#5 諏方神社祭礼

これから、書かなければならないことのメモ


久しぶりに祭りの仲間と会った。
ほんとに久しぶり。
半年という時間以上に隔たっていた気がする。
会ったことでそれがはっきりと分かった。

このブログで、もっと発信していかなきゃな。

子供のころ、教員になって、祭りに来るようになって、、、、、、
いくつものポイントを経由してきたことが見事につながったのを
昨日はありありと見渡せた1日だった。
ちょっとした興奮の中にいる。
今はまだモザイクがかかったように
心の中が整理できていないので、
明日からありのまま1ピースずつ書くことにする。

6/13 今日はこんな日♪

今、何が不満かって、今回の職場には文化祭がないこと!!
どうしても5年前と比べちゃうんだけど、文化祭は必要だろ?

5年前・・・あれは奇跡だったのかもしれない。

1年生の出し物は詩の群読と合唱っていうのが定番だった。
ところが、歌を歌わせるなら伴奏も合奏させたいなぁ…
詩を読ませるなら寸劇にしたいなぁ…
そしたらミュージカルだよなぁ…
シナリオは・・・オリジナル書けばいいかぁ…
曲は?ギター弾きたいって言ってたヤツいたなぁ…バンドにするか。
そういえば英語の授業でビートルズ歌ってたなぁ…Hello Good-bye
うちのクラスの吹奏楽部も入れて。
歌詞は劇に合わせて俺が書けばいいし…
テーマ、、、テーマ、、、職業体験とかやるんだよなぁ・・・
職業+Hello=ハローワーク
うーん・・・ミュージカルだから動物ものがいいなぁ・・・「ライオンキング」みたいなの
そっか、「動物たちのハローワーク」!いいねぇ、それ。
主人公はライオン?パンダ?いや、地味なのがいい。あんまり知られてないの・・・バク!
みんな夢を与えるのに、夢を食っちゃうなんてw
で、そのバクが活躍するの!

・・・なんて、具合でブツブツつぶやきながら自転車通勤してたものだった。

夏休み前にオーディションの告知をしたけれど、シナリオがあがってなくて、
練習が始まるぎりぎり直前に完成したんだった。
(2年の時は練習始まっても結末書けてなかった^^)

なんで文化祭が必要なのか?
それはアクシデントがあるから!
あの時の劇も、当初の役柄のイメージとはまったく違うキャスティングになってしまったけど、
それが奇跡だった。
猿が3人になったことも、コアラを彼女が演じたことも、まったく予定していないことだったけれど
結果、それはとても収穫だった。
彼らの理解とその後の絆のためにね。

ほかにも大道具や劇ではないところで、
それぞれ子供たちのキャラが際立っていく機会になった。
まさに「奇跡」の着火点だった。



曲はライディーンのED「おれは洸だ」
すごくかっこいいアレンジなのだ!

5/10 Love '91

今日はいろいろ3題

まずお祭りの話題。
お祭り自粛ムードですが、大田区池上の太田神社ではこの週末に
神輿があるようですよ!
東北地方復活祈願みたいなかんじです。

さて、次に学校の話題。
やっぱり現場はいいですわ。
それなりに忙しいですけどね。
なんと学年通信もすでに20号まで書いちゃったからね。(学級通信じゃないところがすごい!)
土日も部活だったりしてリア充どころの話じゃないですよ。
ただ、授業の勘はまだいまいち。
どーも昨年までの仕事をひきずっているせいか難しいことをやろうとしがち。
1ヶ月かかってようやくデトックス終了という感じです。

最後にタイトルのこと。
この1週間youtubeで音楽ながしながら仕事してたんだけど、
チェッカーズやっぱりいいねぇ。
内紛のごたごたで懐かしむのも敬遠していたけど、やっぱりいい!
"ミセス・マーメイド"
"さよならをもう一度"
"Present for You"
後期のチェッカーズは秀逸だよ。
なかでも、この曲は今の季節に合いそう。
「水色のマリリン・モンロー 二人を見つめ・・・」
あれから20年経ったんだなぁ。
書きかけの小説ちゃんとやろうっと。
秘密にしてたけど今度は公開して。
(以前のはサーバーがなくなって消滅してしまったようなので最初から書き直しorz)



4/11 ことば

ひさしぶりの1年担任でちょっとどうなるかと思ってたけど
今日の作文を見て緊張が解けた。
きっと「ぼくは」と書くところを「ばくは」と書いてしまったんだな。
今のご時世では『爆破』と誤読して、苦笑い。
『部活動』と書くべきなのを『部活道』と書いてあったり。
力が抜けた。

4/6 WALK

朝から頭痛。
ずんずん頭痛。
昼過ぎには吐き気がするくらい頭痛。

きっと、睡眠時無呼吸だったんだ。
血圧が高くなってるのが分かる。
ストレスがかかると、くらくらしてくるからね。

あんまりひどいから、夕方、勤務時間後に10分ほど眠った。少し良くなった。

そうか、
新しい職場で1週間になるんだな。
使ってない部分の脳を使っていたせいかもしれないなぁ。

4/5 ミライをかえてゆくために

一日が充実している。
まったく時間のたつのが早い!
新年度ということで、
やらなければならないことがたくさんあるからね。
生活が大きく変わったためにまだ体が追いついていない
ということもあるかもしれない。

大きく変わったのは、生活時間。
通勤に時間がかかるようになったことと
始業時間が早くなったために
以前より1時間半くらい早く起きている。
その分、就寝時間が早くなったかというとそうでもないんだけど。

4月から自然と忘れてたものを取り戻すことをしている。
たとえば、このblog。
それから読みかけたまま放置していた小説。
もらいっぱなしだったメールへのレス。
まるで傷口が瘡蓋になっていくのをみるよう。

そういえば、もうひとつ大きく変わったもの。
それは、鼻歌。
こないだまでは中村あゆみの「一人ぼっちのロンリー・ボーイ」だったのに、
今日はチェッカーズの「運命(SADAME)」だった。
自分がいちばん自信に満ち溢れていた頃の歌だ。

4/4 新展開

ひさしぶりです。

この3年間は書けないことばかりの毎日だったので、
ここも滞りがちだったのですが、
この4月から人生においてまた新たな展開を迎えまして
少し書くことができるようになるかもしれません。

さて、この3年間何をしていたかというと、
3年前の今頃は中3の担任でした。
あの頃は深川にいたんだなぁ。

で、2年前からついこないだまでは都庁で働いていました。
念願だった指導主事になって教育委員会にいたんです。
5年くらい前から現場と教育政策の間にあって
先生たちの味方になれる指導主事になりたいという夢があったから
都の教育委員会で働けるというのは念願かなって・・・
といったところだったはずなのですが、
どうも居心地がよくない。
思ったことは裏目。
やることなすこと、言うこと言わないこと、
何もかもがうまくいかず、自信喪失。
それでも、折れた気持ちをなんとかしながらがんばってきたんだけど、
最終的に異動ということに。
ほっとしたような、敗北したような、
少なくとも指導主事じゃなくなったんだから挫折なんだろうなぁ。

・・・夢・・・
それがなくなるという事態に直面しました。
これからどうしていくのか、
何を目指していくのか、
今は何もない状態です。

それでも、新しい職場で、初めての学年主任という大役を仰せつかって
今は忙しさに浸っています。心地よい疲れです。

「これからどこへ行こうか
 暗号が解けないスパイのように」大江千里“これから”

8/30 ローカス

体が痛い!
昨日・一昨日のお諏方さんで棒を押えたためだね。
担ぐのとまったく別・・・というか逆の力を使うからかなぁ。

毎年、子供神輿の係をやって、
その年々にいろんな面白いことがあるんだけど
今年はちょっと感動したことがあったね。

まずは5年生のR君。
両日ともに1番にやってきて、
「頼りにしてるぞ!」って声かけると
目が燃えちゃってね。
遠くから「せんせ〜い!」なんて呼ばれると
自分の生徒でもないのになんだか現場に戻った気になった。

それから3年生のK君。
1年生のときから大きいなぁ・・・と思ってたけど、
ガタイだけじゃなく心が神輿野郎なのがいいね。
終始ニコニコ担いでました。

他にもいい子たちばっかりなんだけど、
毎年会って成長ぶりが確かめられたって点では
今年の祭りは楽しかった。

最後に、中学3年生の二人は
「覚えてるか?」って聞いたら「覚えてますよ。大人神輿担がせてください!」って。
子供神輿では苦しかった6年生と5年生の子たちも含めて
左のトンボの担ぎ出しは若睦(仮)で独占しました。

最後に
「この神輿は君たちのものなんだよ。
 大人になっても、その先も君たちが引き継ぐものなんだよ。」って話したら
目を輝かせていたのが印象的でした。

5/8 おいさ!と言ってみる

元三島神社祭礼
あんなに圧殺されてた毎日が嘘のように爽快な1日だった。
奥さんからもGWが今日くらい早起きできたら・・・と
呆れられるくらいシャキッと起きて
職場に財布取りに行って一仕事二仕事片付け夕方まで勉強。
そして待ちに待った祭り!
それも今回は1年前卒業させた生徒がやってくるというなんとも嬉しいイベント。
お祭りっていう理由で再会できる良さは今までも体験したことはあるけど、
俺にとってこのタイミングでの再会は枯れそうな鉢に水を撒くようなもので、
心が潤った。

俺は彼らに生かされてたんだなぁ。

彼らもまた満足な顔で帰っていきました。

mtm

5/3 これから

えー…ホームページ『yeah!』の閉鎖についてずっと考えてきました。
結論としては規模を小さくし、再構築して目的を絞った形で残すことにします。

そもそも、ここはいつからスタートしたのかもハッキリしないんだけど、
そのころまだデジカメは大きく、ビデオ機能のあるものとなると担ぎ手が持つには
ちょっと邪魔な大きさでした。
祭りの思い出を担ぎながら撮って、仲間に見せるのが目的ではじめたのでした。
今では携帯でも画像を撮ったり動画を撮ったりできて、
仲間同士交換することも容易にできるようになりました。
祭りのレポをやっていたサイトもブログやSNSに飲み込まれていきました。
『yeah!』は果たして残す価値があるのか?

俺自身も変わりました。
職場が変わり、ブログでさえろくに書けない毎日。
なんとかtwitterを導入して、ブログに変化をもたせるよにしてはいますが、、、
神輿会での立場も以前のようにお気楽にカメラ持って担いでいるわけにいかず、
2009年はカメラを持たずに祭りに行きました。
祭り以外の趣味のサイトも当然更新できない。

そんな状況で閉鎖を考えていると
ネットで知り合った神輿の仲間に打ち明けました。
・・・放置で構わないから閉鎖はしないほうがいい
・・・1行だけでもいいからブログの更新を待っている
『yeah!』は残そう。
そう思いました。
でも、どんなかたちで?
ずっと、半年かけて考えました。

・<祭りレポ>から<画像保管庫>へ 「おいさ」のレポもずいぶん古くなったので
 全部「神輿庫」に収めます。
 加えて新しい画像も「神輿庫」に投稿します。
 投稿は誰でもできるようにしていくので
 どんどん画像を下さい。
 動画はyoutubeに置くかなぁ…
・<掲示板>の閉鎖
 あまりにも悪質な書きこみが多いので閉鎖します。
 掲示板が果たしてきた役割は終わったと思いますし。
 みなさんの声は是非ブログのコメントを利用して届けてください。
・<wiki>と<twitter>の充実
 ブログではなくてホームページという形にこだわって運営してきました。
 次から次へと流れていってしまう情報ではなくて、
 必要なとき取り出せる情報の集成こそがwebの真価の一つです。
 もちろん自分一人ではたかが知れているので、
 メールでも構わないですから<wiki>「ワタシを祭りに連れてって」の
 充実に協力して下さい!
 それからwebというかネットのもう一つに魅力に速報性・共時性があります。
 <twitter>を使って、神輿の位置や担ぎ手募集、担ぎ場所探しetc...
 みんなで情報を共有しましょう。そのための手段としてtwilogは使えないか
 ただいま模索中です。

以上、大きく三点のコンセプトで再構築を図ってみたいと思います。

今までもみんなの協力をお願いしてきたけれど、
なかなか仕組みが難しかったりして、うまく機能してきませんでした。
この辺は工夫が必要なのでしょうが、大きな改善はできていません。
上にも書きましたが、メールで構いませんから情報や画像ください。
これからも『yeah!』をよろしくお願いします。


2/24 SHOUT

昨日で仕事も一段落し、、、
とはいえ、まだ三月の第一週くらいまではいろいろあるんだけど、
そんな忙しい時だからこそ仲間と会うのは楽しい。

日曜は会の仲間と木遣りの練習をした。
短い時間だったけど顔を見るのが嬉しいっていうのは
こういうことなんだ・・・って、やっと分かったのかもしれない。
今まで年配の人たちが言うのに相槌を打ってきたけど
実はよく分かってなかったんだなぁ。

2/8 真冬のランドリエ

昨日、大江千里について書いたのでもう少し・・・

大江千里は高校二年生のときに聞き始めた。
『REAL』を文化祭で演るためにアルバムを借りてきたのがきっかけ。
じゃあなんで大江千里なのかっていうと、もうよく覚えていない。
ちょっとお洒落な感じがしたんだろうね。
そのときはなんだか軟弱な感じがしてそれほどハマらなかったんだけど、
高校三年生で『YOU』を演って、なんかイイかもって思いはじめた。
自分を投影できる歌だなって。
それから、過去のアルバムを全部借りて、新しいアルバムも追っかけた。
浪人時代は情けない気分の曲に今の自分を
楽しい歌に大学生活を思い描きながら聞いていた。
大学では海のサークルに入ったから、周りはサザンだとかTUBEだったけど
俺はこっそり大江千里。
真冬の人気のない海へ一人で練習に行くときは『真冬のランドリエ』
昼のマッタリした休憩は『塩屋』
疲れきった体で電車に揺られているときは『長距離走者の孤独』
テープのびるまで聞いたなぁ。
大学を卒業するころにはいつのまにか聞かなくなってきたのはなぜだったんだろう。

30代になって、BOOKOFFでベスト盤を買った。
でも、なんだかその頃の自分には気恥ずかしい歌詞で
そう何回も聞かないでどこか奥にしまった。

そして、
昨日、
久しぶりに聞いてみると、
まざまざとあの頃を思い出す。
鮮明過ぎるくらいに。
あの頃のことが全部事実だったことに驚く。

>8
青春って『奇跡』です。

2/7 風が強く吹いていた

今日は実家の引越しのあとの片付けに行ってきた。
物心ついたころから家にあったタンスはさすがに処分することになったが、
三面鏡の前にあったイスは新しい実家にも持っていくことになった。

昔はそのイスの上に立ってみたり
飛び降りたりしたもんだよなぁ…なんて思い出しながら
妹と母とこのあとの片付けの話をしていると
たまたま実家にきていた甥っ子(5歳と3歳の男の子)が
ちょろちょろっと大人たちの輪の中に入って
やおらイスの上に立ちあがった。

彼はウルトラマンの靴下を履いていた。

1/27 ありえる?

毎朝ネクタイを決めるのにあれこれ考えるのも時間のロスなので、
携帯の待受に表示される占いのラッキーカラーでその日のネクタイを選んでいます。
ラッキーカラーなら毎日違うし、その日一日いいことが期待できるからね。
ところが、この3日間連続して同じ色!
しかも、よりによって"金"!
一応金らしいのを三日していきましたよ。

1/24 欲しいもの

さっきテレビで「最近の若者たちは欲しがらない」という話題を取り上げていたけど
単純に活力がないとか、満たされているからだとかいう話ではないのではないか。
ここ数年来、俺も聞きたいCDないし、
何としても見たい映画ないなーなんて思っていたところだから
もしかしたら同じ根っこがそこにあるのかもしれない。
どこかで聞いた話では社会全体が鬱であるということ説。
オリジナリティーが既に生み出され過ぎて飽和状態にあるという説。
情報が多すぎて脳がそれに伴って老いてしまっているという説。
・・・・・・etc

ただ、この数日の体調不良があまりにもひどかったので
やっぱり詰まるところ最後に欲しいのは健康かもしれない。
吐きながら仕事して、土日まったくカラダが動かなかったってのは
やっぱりいい暮らしぶりじゃないもんね。
ようやく70%がた回復したので明日からまた戦場に赴きます。
だれか骨拾ってください。(T,T)

1/23 最後の一葉

うちの桜の木、、、まだまだ幹は細いんだけど、、、の葉が
ずっと枝から離れず風に揺れていました。
年末になっても緑でしっかりとした弾力を蓄えていました。
しばらくは頑張れ!って思って見てたけど
でも、もしかしてこの時期に緑なのは
なんだか良くないのではないかと不安になってきました。
年が明けて、気がつかないうちに1枚無くなっていました。
そしてもう一枚も葉の表面の張りがなくなり、
やがて黄色くなって、
そして3日前。
朝、窓の外を眺めると枝には何も揺れているものはありませんでした。
さびしいけど、安心して春を待つことができます。
葉っぱが残ってたら花が出て気づらいだろうしね。
花が散った後にはまた青々と葉が茂るに違いないだろうから
これでよかったんです。

1/17 同じ空の下

今日は江ノ島で寒中神輿だったんですよね。
それなのに、仕事で一日缶詰。。。
建国祭も行けるか微妙だし、、、
ホント何か楽しみを見つけないとダメだなぁ
誰か「面白いこと」教えてください。
Profile
ちびくろ
東京都荒川区に生息する珍獣!
お祭りによく出没しているのを目撃される。
名前の由来は「ちび」で「黒い」という
あまりにもそのままなネーミング。
ここに「太い」が加わる日も間近か?
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