お久しぶりです、鷄麺です。
かなーり更新頻度下がっちゃってますが僕は元気です。そろそろ新限定イヴが欲しいなぁ。冬あたりエステレラ続編来ると踏んでるので頼みますよ〜🙏


それはさておき皆さん、突然ですが哲学について考えたことはありますか?

まぁ大半の方にとってはあまり馴染みないかもしれません。小難しいイメージがありますしね。
ですが、哲学というのは意外と身近なものだと僕は思います。一口に哲学と言ってもいろいろありますが、特によく見かけるのは倫理学—アリストテレスや孔子の名前は皆さん一度は聞いたことがあるはずです。グレートザッパーに言えば「人が人らしく、幸せに生きるにはどうすれば良いか」を追究する学問なわけです。上2人を含め数多くの先人達の哲学思想は、今を生きる僕達の考え方にも影響を与えています。


ここまで読んで何をこいつは急に堅苦しい話をしてるんだと思われるかもしれませんね。ここからタイトルについて触れていきます。

子宮回帰—

ネット情勢に敏感(?)な方なら耳にしたことがある言葉だと思います(??)分からない方のために簡単に説明すると、まぁ読んで字の如くですが「(主に2次元の)推しキャラの子宮の中に帰りたい」というまさに狂気の沙汰現代の哲学です。今回はこの子宮回帰についていらんくらい真面目に考察してみます。(上のアルティミシアの画像に深い意味はありません。半ば身内ネタなので分かる人にだけ分かれば大丈夫です)


何故急にこんなことをしだしたのかを言いますと、あまりにもパワーワードすぎて自分なりに咀嚼しないと気が済まなくなったから、ただそれだけです(照)
予め言っておくと、僕は子宮回帰に関してちょっと理解しかねます(本音)。ただ理解はなくても考察はあると某リフィルさんも仰っていた(ない)ので、考えてみるのも面白いかなと思った次第です。


ではでは考察に移りましょうか。
まず初歩的な疑問になるものと言えば、「何故子宮回帰という発想に至ったのか」になりますね。とは言えこれだけで考えても答を出すのは難しいでしょう。
そこで、違った視点からこの疑問について掘り下げていくことにします。つまり、「子宮に入ったらどうなるの?」ということを考えてみることにします。

もちろん実際に子宮に入ることなんて出来ないのであくまで仮定の話になりますが、単純に子宮の中は真っ暗なわけです。です。

一般的に闇というものは光(正義)の対比として悪であるという描写がよくなされますが、全てがそうだというわけでもないのです。


アビスコード02のストーリーより抜粋しました。
このストーリーの中でテルミドは自身の力を世界に忌避された結果、闇の中で孤独になることで安らぎを得るようになった。闇というものは時として人々に安寧を与える存在でもあるのです。夜が存在するからぐっすり眠ることができる、と言えば納得しやすいですね。

ここで一つ気付いたことがあります。それはこのテルミドの行動が今の僕達の欲求に重なるところがあるのではないか、ということです。
つまり、子宮回帰とは今の現実世界に疲弊した人々が推しキャラの子宮に絶対的な安寧を見出した、幸福追求の結論であると考えられるわけです。


これで子宮回帰に対して一つの答を導くことができたわけですが、実はもう一つだけ疑問に思うことがあるんです。

幼女、またはそれに準ずる容姿のキャラに子宮回帰を求める傾向が見られる——これは一体どういうことなのか

その人がロリコンだからと決めつけてしまうのはあまりに早計なのでしっかり考えていきます。
まずこういったキャラの共通項は、(余程のことがない限り)処女であることです。すなわち彼女達の子宮は性的干渉を受けていない、穢れなき聖域と捉えることができます。

ここで2人の哲学者の思想を参考にしていきたいと思います。

アメリカ独立宣言やフランス人権宣言などにも多大な影響を与えた哲学者、ジョン=ロックです。

彼の自身の思想の標語としてタブラ・ラサという言葉を使用しています。これは「白紙」という意味で、人間は産まれた時には技能や観念を一切有していないという考えです。


もう1人の哲学者も見ていきましょう。

古代中国の儒学者、孟子です。こちらは聞いたことがある人も多いと思います。

性善説、と言えば分かる方もいるかもしれませんね。人間の本性は善であるとする考えです


この2人の思想から今回の問いに対して導かれる答は、つまり穢れのない幼女の子宮に回帰することにより、善の存在として一からやり直すことを本能的に求めているということです。



以上のことから、謎深き子宮回帰という概念に対してある程度の見解を示すことができました。
もう一度簡潔にまとめると、子宮回帰とは推しキャラの子宮がもたらす闇の中に安寧を、特に幼女の子宮の中で善の状態からやり直すことを求める思想ということです。

先人達に倣って自分なりに用語を作らせていただくとすれば、「清くてニューゲームの欲求」とでも言いましょうか。



如何でしたでしょうか。あくまで憶測に過ぎませんが、少しは子宮回帰に対する見方も変わるかなと思います(?)
ちなみに僕はやはり理解するのはちょっと難しいですね(諦観)。ただこのような発想が出るというのは一種の尊敬の念が湧いてきます。子宮回帰勢のこれからの研鑽を期待しております。



それではではノシ