ミチユキのぷら〜り散歩「今が旅」

「どうってことない風景が好き」「遠くに行かない」「本当に寛げる場所を探して」などをテーマに持つ写真家、詩・エッセイスト、シンガーソングライター、小説家による、街と文化を探る散歩旅。http://blog.livedoor.jp/chico100/

生きる目的というのは、
本当のお気に入りを体験すること。
自分自身に成りきっていくこと。
迷いもきっと栄養になる。
人生の今が旅。
日々の生活を楽しもう!

台風がやってくるという日曜日の朝、

選挙の投票を済ませて母と帰る途中

見つけた光景。

お寺の別館に進む玄関までの土の坂に

細長い石が並べて埋められている。

そして、そこには一枚の布と、一束の藁が添えられていた。

水を含んだ土で滑らないように、

履物を汚さないように、という心遣いなのだろう。

さりげないあつらえに、日本文化のおもてなしの心を感じさせられるのだった。

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新しい仕事の導入研修で、大阪へ。

よく続く雨。

ダラダラ生活から、朝早く起きる日々。

しかし結構おもしろい研修。

英語も話す警備。

歌づくりや、音楽活動は、しばし遠のく。

しかし、ここでも自分らしさは活かせるはずだし、

活かせなければ、単なる金儲けで終わる。

少しの間、ホスピタリティを追求してみよう。

62歳の誕生日を前にして、また新たな展開。

人生とは、まさにアドベンチャーだと再認識する。
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そんな研修帰りに見上げるビル群。

世の中の会社員たちは、みんなまだまだ残業なのだ。

お先に。お疲れさま。

4日間、勤めた派遣先のバイトが終わって

まだ6時過ぎだったので

念願だったタイ料理店に向かった。

京阪電車の守口市駅を出たところにある

「がぶ飲みマニータイ」。

店を探していると玄関前で店長が客引きをしていた。

挨拶をして2階に上がると
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賑やかな店内の様子がちょっと元気な気分にさせてくれる。

奥にはカラフルなスチールテーブルが並んでいた。

黒板にはいっぱいにメニューが手書きで丁寧に

描かれていた。
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これは、音楽活動をしている

知人のfoofooさんの手によるもの。

それを一度見たかったのと、

この店の「空心菜炒め」を食べたかったのだ。
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ビールを頼んで、出てきた空心菜に

写真を撮るのも邪魔くさいくらい

すばやくかぶりつく。

予想通りのうまさだった。

このところの慣れないコールセンター仕事の

神経疲れをなだめてくれた。

人は、食べ物でストレスを解消するものなのだと

久しぶりに気が付く。

昔、コピーライター時代に、

何本もの原稿に取り組んでクタクタに疲れて帰ったときに

野菜サラダのルッコラを口に入れたとたん、

肩の力がスッと抜けたのを思い出した。

人間には、野菜が必要なのだ。

ほかにも料理を頼んだが、僕の中ではこの空心菜が一番だった。

体が求めていたのかもしれないなあ。

これからも、神経が疲れた時には

この店に来ることにしよう。

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昨夜の冷え込みから一転して、午後の汗ばむ陽気。

王将ではんちゃんラーメンセットを食べて、

土日のアルバイトの切符を買いに駅までサイクリング。

買ったばかりの中古自転車は、

「中途採用」なんていう言葉があるから、「中途購入」とでも言えばいいのだろうか。

自転車も同じで、使われてきたことで、いろんな癖が出てくるのはしかたがないか。

突然、前輪ブレーキが利かなくなってしまったが、

気にせずいつもの散歩道を行く。

昼飯を食べたすぐ後だからか、体温が上がって暑い。

セーターを脱いで、ウインドブレーカーを脱いで、カッターシャツ一枚でペダルを漕ぐ。

風は爽やかで秋の空気だ。

風に吹かれて、汗が引いていく。

この時期のサイクリングは、街乗りだけでも気持ちがいいなぁ。

でも、冬至まであと2か月半ほど。

1年って本当に短く感じる。

人の一生も、振り返ってみるとそんなふうに感じるのだな。

今を楽しむことをこれからもっと意識していこう。

いろんな思いの塊が、自分というたった一人の人間の

生きた証になるのだから。

それこそが、人生の栄光と言えるのだから。

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昔、リクルートでブレーンをしていた友人が観たというので、ぼくも行ってきました。
久しぶりに映画館での鑑賞でした。
「サーミの血」は、詩人のエネルギーに満ちた、愛と苦悩の映画でした。
この題名。「SAME BLOOD」という原題で、英語的に「同じ血」と捉えることができます。これは、北欧のラップランドの民族に対する差別の歴史を描くだけではなく、同じ部族で生まれた姉妹の物語でもあるのです。妹は親元で人生を過ごし、主人公である姉の方は、都会にあこがれ、差別された故郷を疎んじながら自由を求めて生きる方を選びました。
あるいは、姉妹という設定はつまり、残る者と出ていく者、という比喩と言えるかもしれません。

シーンの多くは、主人公の少女時代を描いています。そこに彼女の人生の原点があったから。そして、彼女のアイデンティティの原点が、愛憎二筋のその後を作り出したから。


(ストーリー紹介:まだ見ていない方は、ご注意!読まない方がいいかも)

物語は、老婆が現れ、その息子家族と故郷を訪れるところから始まります。ずっと袂を分かっていた妹が亡くなったためにそのお葬式にやってきたのでした。主人公のエレ・マリャは、嫌っていた故郷のトナカイ飼いの用事に参加するのをかたくなに断り続けます。そして、自分だけは乗らないで息子とその娘だけを乗せたヘリコプターをホテルの窓から見つめながら、少女時代のことを思い出すのです。

広い世界への好奇心は、閉じ込められた人々にとって、そして平等や自由を意識する者にとって、何よりも大きな生きる力となっていきます。エレ・マリャは、学校で暗記した詩の朗読を披露して先生から褒められ、禁じられていた詩の本を先生からプレゼントされたことをきっかけに、本と文学の世界に引き込まれていくのでした。磁石の同極に反発し、反する極に惹かれる如く、被差別の部落を離れ、スウェーデン人の世界に惹かれていきます。

そして、エレ・マリャは、家出し、なんとか教師へとキャリアを築いていったのでした。

自分は自由に生きるのだという詩人的な力でここまできたけれど。主人公の老婆は、母親と妹と最後に分かれたときのことを思い出します。ずっと忘れていたことがあったのだと気付き、彼女は教会に安置されている妹の棺桶を開き、昔妹のベッドの耳元でやったように、小さな声でこうつぶやきます。「ごめんね」。

主人公の故郷を嫌う気持ちが、ここで切り替わり、彼女は忌み嫌っていた親戚のテント村へと歩き始めます。

この作品は、サーミ人の血を引くアマンダ・シェーネル監督自身が感じてきたテーマをもとにした短編映画の後で作られたそうです。監督の自由と平等へのあこがれと、同じ血を引く人々への愛情とどう住み分ければいいのか、あるいは融合させるすべを、この作品で探ったのではないかと思います。
でも考えてみれば、このテーマは世界のどこにでもあるし、わたしたち自身についてもいえる大事な問題だと思いますね。

久しぶりに、生きるということを正面からぶつけられた思いがしました。話は変わりますが、ラップランドは、死ぬまでに一度行ってみたいです。いや、北欧諸国へ。
ええ、遠くにも行きたい。

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先週金曜日。

ヤフオクで競り落とした中古自転車を引き取るために

JR中山寺まで行き、そこから自走して

枚方まで帰ってきた。

秋晴れのまだ日差しが強いなか、

道を間違えながら

40km以上のラン。

自転車なんて普段乗ってなかったうえに、

27インチの自転車は

生まれて初めてなので少し心配だったが、

心はワクワク。

意外に乗りこなせるもので、

21段変速機のおかげで

急な坂道もすんなり登れた。

最近のギアチェンジ・レバーは、オートバイのように

一段一段クリックするようになっているし、

ハンドルグリップのすぐ側に付けてあるから

操作が簡単でスムーズなんだね。

それに、タイヤの径が大きいと安定していていいね。

中古だから安く手に入ったし、

使い込まれた安心感もある。

これで近いうちに、

枚方の河川敷を北上して

京都、嵐山まで行ってみたい。

20歳ころの自転車日本一周からこっち

長距離を乗ったことがないから、

お尻が痛いわ、太ももパンパンになるわ。

午後1時に痛みを出て、夕方5時に帰り着いて

風呂に入って夕食を取ると、

さすがに脚はぐたぐた。力が入らん。

でも、楽しい。

昔、スキーで滑り疲れて

ペンションの夕食後、すぐに寝てしまったころのことを思い出す。

こうしてサイクリングの楽しさが一気に蘇ったのだった。

もし、内定をもらった会社で

まとまった休みがもらえたら( ^ω^)・・・

バッグに入れての輪行はできないから、

青春18キップとの併用は無理だが、

フェリーを使ってのツアーは可能だ。

今から計画を練るのも楽しみだな。

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日々、気ままな時間を過ごしてきたのだが、

自由な思索の時間を過ごしながら

養育費を払い続けるには、

ちと苦しくなってきたし、

離れて暮らす子供たちの諸事情もあって、

そろそろ仕事を探さねばならないかと、

就活を始めた。


すると、1社から契約社員での内定が決まっ(てしまっ)た。

収入が安定するというホッとした気持ちと、

長かった休暇が終わるという悲しさ半分。


40年ぶりに考えていたのだが、

買ったばかりの中古クロスバイク(自転車)でのツアーは

しばらくお預け。


冬の青春18きっぷ期間も、旅に出かけられるかどうか不明だ。

しかしまた、ちょこちょこと出かけよう。

毎週休みはあるはずなのだから。

「旅のない人生はない」

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最終日は、高松へ。本場のうどんを食べに行く!

家を朝の8時に出てJRに乗り込んで、

尼崎から新快速で姫路、相生。

そこから赤穂までは支線になるんだね。
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知らなかった。

相生で30分のトランジットだったので、

駅付近を散歩した。

ここは相生ペーロン祭りのある場所。

海まで出ようと思ったけど、次の楽しみにとっておこうと、

電車に遅れないように駅に戻る。

そして、

相生から普通電車で岡山へ。
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電車はこんな感じ。写真は上郡行きになっていますが、、、。

そしてマリンライナーで一路、高松へ。

瀬戸大橋からの眺めはさすがに雄大な感じ。
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昼過ぎに高松駅到着。
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昔、母親に連れられてきた時は、

ここにD51という蒸気機関車が停まっていたのを思い出す。

空腹のまま

さっそくセルフのうどん店「こんぴらや」に。
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わかめうどん(260円)に、きつね(60円)をのせて。

おつゆは薄口。ほとんど出汁の味がしないほどだけれど、

それがまた、うどんの味を引き立たせる。

うどんのコシは、大阪のうどんチェーンみたいなカチカチのではなく、

柔らかさとコシが調和した、抜群のバランス!

ああ、本場に来てよかった!

帰りは、古本屋に寄ってから駅に戻り、

さっそくUターン。

帰りのマリンライナーが混まないうちに。

で、また、分厚い本の続きを読む。

青春18きっぷは、気ままなぷら〜り旅をくれる。

サンキュー!

ああ、楽しかった!

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青春18きっぷが、ヤフオクで売られるようになる

最終日近く、いつものように手に入れて、

すこしだけ遠くに足を延ばしてみることにした。

3日分あったので、1日目と2日目は浜松まで。

ここで降りたことがないのよね。

この駅は浜名湖にある「弁天島」駅。
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殺風景だけど、旅情にあふれているな。

すぐ隣の線路を新幹線が音もなく通り過ぎていく。
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案内図を見ていると、すっぽんを養殖しているエリアもあることに気づいた。

もちろん、ウナギの養殖エリアは広い。

太平洋と接している浜名湖は、

波も穏やかだった。

恵まれた環境は、養殖にぴったりの条件を満たしているのだろう。


5時間ほど電車に揺られ

夕方近く、浜松に到着。

予約しておいたビジネスホテルにチェックインを済ませた。

駅前を散策。

ちょっと遠くへ行っても、ぷら〜り散歩をする。

どこかに入ろうというところまでは行かないのだが、

本当に散歩だけする。

浜松駅前は、音楽博物館とかでかいコンサートホールがある。

さすがに楽器のメーカーがある都市だね。

音楽の文化度が非常に高い感じ。



駅前の八百徳で

うな重を食べる。
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人生初の蒲焼の量。

ビールを頼むと、おとうしが出てきた。
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なんだか贅沢な気持ちが高まってくるのと同時に、

財布の中身が気になってくるのだった。

しかし、せっかくの浜名湖、浜松である。

ここは心から楽しんでいただくことに気持ちを入れ替えた。

さすがにふっくらと仕上がった蒲焼は

臭みもなく、

堂々としたタレの味が、さりげないけれど確かな、伝統の技を主張する。

なんというか、このためにここまでやってきたのだと、

一人頷くのであった。
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青春18きっぷのいいところは、

普通電車、快速電車までしか乗れないところにあると思う。

つまり長い時間をかけて

できるだけ遠くに旅をする。

しかも格安で。

空調の効いた車内は、読書にちょうどいい環境で、

ぼくにとって、移動する図書館といってもいい。

先週も書いたけれど、

途中まで読んでいた600ページを超す「日本の戦争(読売新聞編)」を

読み切ってしまったので、

浜松についてから、これも人生初の遠州電鉄に乗って(この運賃は別に必要)

近くのブックオフに出かけ「果てしなき論争」(ロバート・マクナマラ編/共同通信社)

という本を買ってきた。

これも分厚い単行本で700ページを超す。

ベトナム戦争におけるベトナム側、米国側の両当事者が1995年あたりに集まり

戦時判断の理由や、相互の情報への解釈などについて

話し合うという画期的な会議を持ちかけたマクナマラの、

ベトナム戦争の総括をしようという情熱が伝わってきそうだ。

まだ、読みはじめたところなので何とも言えないが。

今日は、それを読みながら夕方、家に帰ってきた。

明日は、きっぷ使用期限の最終日だ。

さあ、どこ行こう?

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8月は、神戸の新開地でのミュージシャン活動でけっこう時間とお金を使ってしまった。

書き物はなく、代わりにオリジナル曲を書いた。

もうやりたくないアルバイト仕事に時間を投入するのも嫌なので、

何とかしてFXで安定した収入を得ようと取り組んだ。

その結果、8月でアルバイト分程度の収入があった。

この調子でなんとかやっていけるかな?

などと、思う。

しかし、精神的には結構タフな仕事だ。

急激な価格変動が、突然やってくる。

情報があとからニュースとして送られてくるが、理不尽としか言いようがない。

昨夜なども、一昨日と連日で、ユーロのECB要人発言で

ユーロ・ドルの突然の値動きがあり、

損失を被った人が結構いたのではないかと思う。

市場の敏感な反応も問題だが、

それを考慮せず、発言する要人も問題だと思う。

しかし、善後策を考え、対処し、黒字にできたのは、少し成長したのかもしれない。


それはさておき、ここ数日は特に胃の痛くなるトレードの日々を過ごしたので、

京都の鴨川べりを、ゆっくり散歩したいと思いついた。

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9月に入って暑さは残るが、さわやかな風も吹いていた。

「アユの道」と書いてある川底の苔を、鴨たちが平たいくちばしで食べていた。

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ぼくには、ゆっくり本を読む時間と場所も必要だった。

終戦記念日辺りに放送されたNHKの特番で、

兵站のない進軍で何万人もの兵士が亡くなり、死肉を食した兵士もいたという

「インパール作戦」や、

無条件降伏後にソビエトが当時の日本割譲地だった南樺太に侵攻して、

日本の住民たちが戦わされた戦いなどが組まれていて、

それを見たことで太平洋戦争についてのぼくの関心が高まっていた。

そんなこともあって、たまたま神戸の元町商店街の古書店で

「20世紀・戦争編」(日本の戦争/読売新聞社編)を見つけ、

手に入れて読んでいる最中でもあった。

20世紀の日露戦争、日中戦争、太平洋戦争などが、どうして起こったのか、

民主主義やマスコミがどう押さえつけられてきたのか、

これらの戦争が意味することは何だったのだろうか。

そんなことを考える夏だった。

さすがに新曲について考えることはなかった。

祇園四条から大橋を渡って、

川床を左に見ながら三条大橋の手前で河畔から上がると、先斗町だ。

ぷら〜リ散歩をしながら考え事をしていると午後2時を過ぎていた。

先斗町にある「有喜屋」に入る。
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地下に案内された。

ミニ天丼が付いた「せいろそばセット」が来るまで

そば味噌をあてに生ビールを飲んだ。

ゆったりとした時間が流れていた。

隣のテーブルには観光人の若いカップルが、

スマホで写真を取り合っていた。
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このツユ。口の中で香りが華やかに広がる。

イワシ、サバ、カツオの出汁を返しと合わせバランスよく味を引き出す職人の腕を感じる。

和食をつくり上げた豊かな国の、戦争のない時代に生まれ、生きていることに感謝した。
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ゆっくりして、店を出、先斗町の路地を歩いて祇園四条に戻った。

歩いた距離は、1キロほどだろうか。

夕方までに増え続ける国際色豊かな人混みを見ながら、

昔あった戦争の時代にはありえなかった風景がこうして存在していることに

安堵を感じた。

さらに増える人の波。

早々に特急電車に乗り込んだ。

短かったけれど、ゆったりくつろげた土曜の午後だった。

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