2006年09月15日
群馬の葬祭関連市場を試算する
昨年は全国規模で人口減少となりましたが、群馬県もこの例に漏れず本格的な人口減少時代を迎えました。最大の要因は自然動態がマイナスになったことです。つまり死亡数が出生数を上回るようになりました。
移動人口調査結果ベース(集計期間は10月1日から翌年の9月30日)なので、他の人口統計数字と比べた場合多少の違いがありますが、群馬県の平成17年の出生数は1万7580人。これに対し死亡数は1万8550人で自然動態はマイナスの970人です。これは多分、戦後初めてのことではないかと思います。
子供関連品の市場が縮小していく一方高齢者市場の拡大が期待されていますが、群馬県における葬儀関連市場はどのくらいの規模なのか、旧盆が明けたこの時期、不謹慎の謗りを覚悟して、推測してみようと思います。
(お盆が明けるのを待っていたようにツクツクホウシが鳴き始めました。ヒグラシの鳴き声も聞こえます。残暑は厳しくても確実に秋は近づいています。改めて季節の移ろいの早さ、人の世の儚さを感じますが、ここ数年の県内におけるセレモニーホールの増加ぶりだけを見ても、葬儀関連マーケットを巡っての攻防は、今後さらにホットになりそうな気配です。)
葬儀の形式は仏式だけとは限りませんが、統計数値の制約からここでは、仏式中心の数字になることを予めお断りしておきます。
日本消費者協会が2003年に調査した全国平均の葬儀費用の平均は236.6万円となっています。内訳は葬儀そのものに150.4万円、お清めなどの飲食費38.6万円、宗教者への謝礼48.6万円です(内訳は若干の不整合があるため1999年のものなので、合計は236.6万円になりません)。
東京近郊だけを取りますと305.7万円(内訳は葬儀そのもの175.5万円、飲食費66.1万円、宗教者への謝礼64.1万円)になります。
前述のように群馬県の平成17年死亡者数は1万8550人ですから、単純にこれに236.6万円をかけると、438億89百万円になります。内訳は葬儀そのものに278億99百万円、飲食費に71億60百万円、宗教者への謝礼90億15百万円という計算になります。
群馬県にはどのくらいの寺院があると思いますか?942カ寺だそうです(宗教法人数とは違い、郵便物の不着・兼務を除く数字です。株式会社寿企画調べ)。
葬儀には仏式だけでなく神式も、無宗教式も、プロテスタント式もカトリック式もありますから、こうした無節操な割り算はしたくないのですが、他に統計がないので、葬儀がすべて仏式として行われたとすると、平成17年の1カ寺当たり葬儀数は約19.5回になります。そして宗教者への謝礼が48.6万円ですから、1カ寺当たりの収入は957万円になります。
(宗教人口はよく人口の2倍近くになるといわれますが、神仏習合の伝統が長いのですからこれも仕方ありません。達磨を神棚に置いて違和感を覚えないのもその流れだと思います。キリスト教系宗教人口は総人口の1%未満だそうです(Wikipediaより)。その他の宗教人口が1100万人ですから、葬儀の1割が仏教形式以外と考えれば実態に近いのかもしれません。そうしますと1カ寺あたり17.7回で861万円になります。お寺の名誉のために付言すれば、この何割かは本山に納めなければなりません。)
もちろん前述したように葬儀は仏式ばかりでない上、お寺によって檀家の数も様々ですし、地域の年齢別人口構造も違います。あくまでも葬儀がすべて仏式で行われた場合の平均です。
平成17年の人口1000人あたりの死亡率は9.16になりますから1世帯当たり人員が2.79人であることを考慮すると、檀家が358戸あるお寺で年間9〜10回の葬儀がある計算になりますので、注意下さい。
ただ参考までに言いますと、昔から檀家が300戸あれば、その寺の住職は公務員や教員などの勤めに出ることなく住持職に専念できるとも言われています。
葬儀が済めば七七日忌(或いは五七日忌)に納骨となりますので、お墓を用意しておかなければなりませんが、なくなった方全員がお墓を建てるわけではなく、先祖伝来のお墓に入る方もいらっしゃるでしょう。またすでに生前に自らのお墓を用意する人もいますし、お墓の建て替えを行う人もいるでしょうから、葬儀ほどには死亡数との連動性が強くなく、なんとも推計が難しいところです。
中間法人優良石材店の会によれば、墓石購入費用の全国平均は174.1万円になるそうです(永大使用料は除く数字のようです)。
(団塊の世代が通り過ぎると、墓石業界の市場は急速に縮小するものと思われます。団塊の世代より下はすでに長男長女世代(兄弟姉妹2人世代)ですから、お墓の需要は限られてくると思われます。大胆に言えばあと15年が勝負の業界かもしれません。)
納骨が済めば、次は塔婆の建て始めといわれる百か日、新彼岸、新盆、一周忌、三回忌(二年目)、七回忌と十三回忌と続いていきます。
法事等は個別の事情に左右される要素が大きいのでなんとも推測しかねますが、1回の集りに20人(子供2人を前提に未婚率と平均余命を勘案して、死者の子供及び孫、子供の配偶者の親、兄弟及び甥姪並びに従兄の範囲での法事を想定)が参加して一人当たり4千円の飲食費、参加人員の半分の数の引き出物を4千円で用意すると1回の法事の経費は12万円ほどになります(宗教者への謝礼は除く)。昨年の群馬県の死亡者数1万8550人を掛けると22億26百万円になります(個別の事情で大きく揺れるので、あくまでも参考程度の数字です)。ただ毎年多少なりとも累積していきますので、このマーケット自体は拡大傾向になるものと思います。
人口千人あたりの死亡数である普通死亡率は平成13年(2001年)には7.7‰(パーミル)でしたが、今後一貫して上昇して行き、平成32年(2020年)に12.1‰、平成62年(2050年)には16.2‰になると推計されています。
死亡者数は全国で平成13年の98万人から、平成33年(2021年)には151万人となり、平成50年(2038年)にはピークの170万人になると見積もられています。その後やや減少しますが高原状態を維持し、平成62年(2050年)には162万人と見積もられています(因みに出生数は平成26年に100万人の大台を割り込み、平成62年には67万に縮小すると推計されていますが、実際はもっと速いペースで進んでいます)。
群馬県の平成13年の1万6109人でしたから全国と同じ動きを辿れば平成33年には54.1%増の2万4820人になる見込みです。平成17年と比べても33.8%の増加です。
ただここ数年の動きだけを見ても、市場の拡大を見込んで新規参入する業者が少なくありませんでしたから、葬祭業者間の競争状態が緩和されることはないと思います。
また葬儀自体が家族葬などで小規模なものになりつつあることや、兄弟子供の数が少なくなっていることに加え未婚率の上昇から、葬儀の参列者は徐々に縮小していくものと思われます。
伝統的な葬儀儀礼の簡略化が進んでいる上に、都市部においては納骨や供養の仕方にも変化が生じてきており、単純に葬儀関連マーケットの規模が拡大すると見るのは早計かもしれません。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫8月18日のエントリー記事を転載したものです。
移動人口調査結果ベース(集計期間は10月1日から翌年の9月30日)なので、他の人口統計数字と比べた場合多少の違いがありますが、群馬県の平成17年の出生数は1万7580人。これに対し死亡数は1万8550人で自然動態はマイナスの970人です。これは多分、戦後初めてのことではないかと思います。
子供関連品の市場が縮小していく一方高齢者市場の拡大が期待されていますが、群馬県における葬儀関連市場はどのくらいの規模なのか、旧盆が明けたこの時期、不謹慎の謗りを覚悟して、推測してみようと思います。
(お盆が明けるのを待っていたようにツクツクホウシが鳴き始めました。ヒグラシの鳴き声も聞こえます。残暑は厳しくても確実に秋は近づいています。改めて季節の移ろいの早さ、人の世の儚さを感じますが、ここ数年の県内におけるセレモニーホールの増加ぶりだけを見ても、葬儀関連マーケットを巡っての攻防は、今後さらにホットになりそうな気配です。)
葬儀の形式は仏式だけとは限りませんが、統計数値の制約からここでは、仏式中心の数字になることを予めお断りしておきます。
日本消費者協会が2003年に調査した全国平均の葬儀費用の平均は236.6万円となっています。内訳は葬儀そのものに150.4万円、お清めなどの飲食費38.6万円、宗教者への謝礼48.6万円です(内訳は若干の不整合があるため1999年のものなので、合計は236.6万円になりません)。
東京近郊だけを取りますと305.7万円(内訳は葬儀そのもの175.5万円、飲食費66.1万円、宗教者への謝礼64.1万円)になります。
前述のように群馬県の平成17年死亡者数は1万8550人ですから、単純にこれに236.6万円をかけると、438億89百万円になります。内訳は葬儀そのものに278億99百万円、飲食費に71億60百万円、宗教者への謝礼90億15百万円という計算になります。
群馬県にはどのくらいの寺院があると思いますか?942カ寺だそうです(宗教法人数とは違い、郵便物の不着・兼務を除く数字です。株式会社寿企画調べ)。
葬儀には仏式だけでなく神式も、無宗教式も、プロテスタント式もカトリック式もありますから、こうした無節操な割り算はしたくないのですが、他に統計がないので、葬儀がすべて仏式として行われたとすると、平成17年の1カ寺当たり葬儀数は約19.5回になります。そして宗教者への謝礼が48.6万円ですから、1カ寺当たりの収入は957万円になります。
(宗教人口はよく人口の2倍近くになるといわれますが、神仏習合の伝統が長いのですからこれも仕方ありません。達磨を神棚に置いて違和感を覚えないのもその流れだと思います。キリスト教系宗教人口は総人口の1%未満だそうです(Wikipediaより)。その他の宗教人口が1100万人ですから、葬儀の1割が仏教形式以外と考えれば実態に近いのかもしれません。そうしますと1カ寺あたり17.7回で861万円になります。お寺の名誉のために付言すれば、この何割かは本山に納めなければなりません。)
もちろん前述したように葬儀は仏式ばかりでない上、お寺によって檀家の数も様々ですし、地域の年齢別人口構造も違います。あくまでも葬儀がすべて仏式で行われた場合の平均です。
平成17年の人口1000人あたりの死亡率は9.16になりますから1世帯当たり人員が2.79人であることを考慮すると、檀家が358戸あるお寺で年間9〜10回の葬儀がある計算になりますので、注意下さい。
ただ参考までに言いますと、昔から檀家が300戸あれば、その寺の住職は公務員や教員などの勤めに出ることなく住持職に専念できるとも言われています。
葬儀が済めば七七日忌(或いは五七日忌)に納骨となりますので、お墓を用意しておかなければなりませんが、なくなった方全員がお墓を建てるわけではなく、先祖伝来のお墓に入る方もいらっしゃるでしょう。またすでに生前に自らのお墓を用意する人もいますし、お墓の建て替えを行う人もいるでしょうから、葬儀ほどには死亡数との連動性が強くなく、なんとも推計が難しいところです。
中間法人優良石材店の会によれば、墓石購入費用の全国平均は174.1万円になるそうです(永大使用料は除く数字のようです)。
(団塊の世代が通り過ぎると、墓石業界の市場は急速に縮小するものと思われます。団塊の世代より下はすでに長男長女世代(兄弟姉妹2人世代)ですから、お墓の需要は限られてくると思われます。大胆に言えばあと15年が勝負の業界かもしれません。)
納骨が済めば、次は塔婆の建て始めといわれる百か日、新彼岸、新盆、一周忌、三回忌(二年目)、七回忌と十三回忌と続いていきます。
法事等は個別の事情に左右される要素が大きいのでなんとも推測しかねますが、1回の集りに20人(子供2人を前提に未婚率と平均余命を勘案して、死者の子供及び孫、子供の配偶者の親、兄弟及び甥姪並びに従兄の範囲での法事を想定)が参加して一人当たり4千円の飲食費、参加人員の半分の数の引き出物を4千円で用意すると1回の法事の経費は12万円ほどになります(宗教者への謝礼は除く)。昨年の群馬県の死亡者数1万8550人を掛けると22億26百万円になります(個別の事情で大きく揺れるので、あくまでも参考程度の数字です)。ただ毎年多少なりとも累積していきますので、このマーケット自体は拡大傾向になるものと思います。
人口千人あたりの死亡数である普通死亡率は平成13年(2001年)には7.7‰(パーミル)でしたが、今後一貫して上昇して行き、平成32年(2020年)に12.1‰、平成62年(2050年)には16.2‰になると推計されています。
死亡者数は全国で平成13年の98万人から、平成33年(2021年)には151万人となり、平成50年(2038年)にはピークの170万人になると見積もられています。その後やや減少しますが高原状態を維持し、平成62年(2050年)には162万人と見積もられています(因みに出生数は平成26年に100万人の大台を割り込み、平成62年には67万に縮小すると推計されていますが、実際はもっと速いペースで進んでいます)。
群馬県の平成13年の1万6109人でしたから全国と同じ動きを辿れば平成33年には54.1%増の2万4820人になる見込みです。平成17年と比べても33.8%の増加です。
ただここ数年の動きだけを見ても、市場の拡大を見込んで新規参入する業者が少なくありませんでしたから、葬祭業者間の競争状態が緩和されることはないと思います。
また葬儀自体が家族葬などで小規模なものになりつつあることや、兄弟子供の数が少なくなっていることに加え未婚率の上昇から、葬儀の参列者は徐々に縮小していくものと思われます。
伝統的な葬儀儀礼の簡略化が進んでいる上に、都市部においては納骨や供養の仕方にも変化が生じてきており、単純に葬儀関連マーケットの規模が拡大すると見るのは早計かもしれません。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫8月18日のエントリー記事を転載したものです。
2006年09月14日
注目される群馬大学の重粒子線治療施設
先頃、心臓手術ミスで患者が死亡する事故を起こしてしまった群馬大学医学部付属病院だが、同病院には20診療科、14中央診療施設等がありベッド数は705床で、地域の高度医療施設としての役割を担っている。
平成17年度の外来患者数は延べ42万3千人、入院患者数は23万1千人であり、この数字は年々増加する傾向にある。
手術件数は平成17年度で約8,800件。この数も外来患者数、入院患者数と同じように、年々増加している。
今回の医療ミスは亡くなられた方、病院側双方にとって誠に残念なことで、二度とこのようなことが起こって欲しくないものだ。
ところで、群馬大学医学部というと多くの放射線治療医を輩出していることでも知られる。日本放射線腫瘍学会
認定医422名中、実に50名(12%)が群馬大学出身者で占められる(平成15年11月現在)。
こうした人材の厚さを背景に、群馬大学医学部付属病院に日本でも数少ない(全国で6ヶ所目)重粒子線治療施設の建設が始まる見込みだ。
重粒子(炭素イオン)を最大で光のおよそ70%の速さに加速して体の外から照射し、患者の体の深部にある癌組織を殺傷するというもの。従来の放射線治療では効かなかった骨肉腫などのがんにも有効といわれる。
体にメスをいれなくとも良いし、副作用も従来の放射線治療に比べ格段に少なく、治療期間も短期で済むというもの。もちろん重粒子の照射中に痛みはない。すでに2622人の治療例(2006年2月まで)があるというが、結果はかなり良好のようだ。
群馬大学にできる重粒子線照射装置は、重粒子線治療の普及を目指して小型化された最新の装置であることから、日本ばかりでなく海外からも注目されているそうである。
死亡原因の第一位は癌(10万人当たり約250人)で、依然趨勢的に増加傾向にある。健康こそ何ものにも替えがたい宝物。万が一のとき、頼りになる医療施設が近くにあれば誠にありがたい。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月3日のエントリー記事を転載したものです。
平成17年度の外来患者数は延べ42万3千人、入院患者数は23万1千人であり、この数字は年々増加する傾向にある。
手術件数は平成17年度で約8,800件。この数も外来患者数、入院患者数と同じように、年々増加している。
今回の医療ミスは亡くなられた方、病院側双方にとって誠に残念なことで、二度とこのようなことが起こって欲しくないものだ。
ところで、群馬大学医学部というと多くの放射線治療医を輩出していることでも知られる。日本放射線腫瘍学会
認定医422名中、実に50名(12%)が群馬大学出身者で占められる(平成15年11月現在)。
こうした人材の厚さを背景に、群馬大学医学部付属病院に日本でも数少ない(全国で6ヶ所目)重粒子線治療施設の建設が始まる見込みだ。
重粒子(炭素イオン)を最大で光のおよそ70%の速さに加速して体の外から照射し、患者の体の深部にある癌組織を殺傷するというもの。従来の放射線治療では効かなかった骨肉腫などのがんにも有効といわれる。
体にメスをいれなくとも良いし、副作用も従来の放射線治療に比べ格段に少なく、治療期間も短期で済むというもの。もちろん重粒子の照射中に痛みはない。すでに2622人の治療例(2006年2月まで)があるというが、結果はかなり良好のようだ。
群馬大学にできる重粒子線照射装置は、重粒子線治療の普及を目指して小型化された最新の装置であることから、日本ばかりでなく海外からも注目されているそうである。
死亡原因の第一位は癌(10万人当たり約250人)で、依然趨勢的に増加傾向にある。健康こそ何ものにも替えがたい宝物。万が一のとき、頼りになる医療施設が近くにあれば誠にありがたい。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月3日のエントリー記事を転載したものです。
2006年09月13日
外国人観光客の話
群馬県は2010年度に年間10万人の外国人観光客の入り込みを目指し、各種施策を展開しています。2005年の訪日外国人旅行者数は673万1千人でした(因みに同年の日本人海外旅行客数は1,740万4千人。何れも観光白書の数字)。
整合性に欠けるので、恐縮ですが、群馬県の2004年度の訪日外国人の都道府県別訪問率は、全国47都道府県のうち23位の1.1%。つまり訪日客のうち100人に1人強が群馬県を訪れることになります(国際観光振興機構調べ)。
この数字から推計しますと、昨年度は7万5千人〜8万人くらいの外国人が群馬県を訪れたものと見られます(2005年はその前年に比べ60万人訪日客を増やしたが、「愛・地球博」の効果が大きかったものと見られ、本県にどのくらいの増客効果があったかは不明)。
訪問率トップはもちろん東京都で54.5%(しかし、半分近くの人が東京に行かないと言うのも驚きですけれど)、2位は大阪府27.0%、3位が神奈川県で15.8%となっています(訪日客の6割が観光客と見られ、残りはビジネス関連ということです。東京都にはビジネス客が多いものと思われます。神奈川県は東京の隣県の上に富士山が見える箱根があります。また観光シーズンにいくと鎌倉の高徳院つまり鎌倉の大仏様には外国人観光客があふれかえっています。他のお寺はそんなでもないのですが、やはり大仏さんはインパクトあるんですね。)。
気になるところでは、古都京都が15.2%で4位。東京ディズニーリゾートがある千葉県が12.1%で5位。雄大な景観を売り物にする北海道が8位で5.2%。日光があるお隣栃木県は2.7%で13位。同じ北関東の茨城県は1.7%。長野県も1.7%。富士山と富士五湖の山梨県は3.7%で11位と大健闘。同じく富士山が眺められる静岡県は12位の3.3%。外国人にアピールするものがない埼玉県(失礼!)は2.3%で15位にとどまっています(一人で複数県を訪問する人がいるので全国の合計は100%以上になります)。
国・地域別の訪日旅行者数は韓国が175万人、台湾が127万人、米国が82万人、中国が65万人、香港が30万人。上位5カ国で全体の71.2%を占めています。
アジアからの観光客数は462万7千人で全体の68.7%です(何れも2005年の数字)。中国団体旅行客のビザ発行を中国全土に拡大したことや、韓国・台湾の短期滞在者のビザの免除などがアジアからの訪日客が増加している要因とされています(アジア各国の経済が回復したことも大きいでしょう。2003年のアジアからの訪日客数は350万人程度でした)。
ところで外国人観光客で、私がまず思い出すのは、箱根大涌谷。そう、1個食べれば寿命が6年延びると言われる「黒タマゴ」で有名なところです。富士山の雄大な眺望も楽しめます。
平日に、この大涌谷に行った場合、日本語は殆ど聞こえません。日本語は売店のオバちゃんたちが話すくらい。聞こえてくるのは早口にまくし立てる福建系の中国語とハングル、それに東南アジア系の鳥が囀るような言語。これらが猛烈な勢いで飛び交っています。殆どここはどこ?わたしはだあれ?状態になります。
(話は違いますが、私としては大涌谷よりも草津白根の景色のほうが、数段豪快だと思っております。しかしなぜ、草津温泉では黒タマゴがないんでしょうか?やっぱり泉質が違うからできないんでしょうかね。大涌谷で黒タマゴを作っている会社、ボロ儲けしているので有名です。)
大涌谷の次に思い出すのが「御殿場アウトレット」。大型観光バスでやってきたアジア系の人たちが、血眼で掘り出し物はないかと走り回っています。彼らが通ったあとはつむじ風が起きます。
そして3つ目に思い出すのは東京の三鷹市にある「三鷹の森ジブリ美術館」。宮崎駿さんです。トトロです。魔女の宅急便です(500円のホットドッグには恐れ入りました)。
どこのローソンで入場券を手に入れたのか分からないのですが(日時指定の入場券はコンビニのローソンでしか買えないことになっています)、ここもまた箱根大涌谷状態。大涌谷と違うのは、若いカップル客が目立ちます。香港の若手実業家トーマス・チャンが日本出張を口実に彼女とデート、といった風情のカップルもいます。
このジブリ美術館の訪日客は東京ディズニーリゾートの訪日客とダブるような気がします。そして箱根大涌谷の訪日客は、御殿場アウトレットで見た訪日客とダブるように思えます。
群馬県が獲得を目指すのはどちらかと言えば大涌谷・御殿場アウトレット派の訪日客ではないでしょうか?群馬県に富士山はありませんが、それに勝るとも劣らない風景ならたくさん有ります。群馬県ではありませんが、軽井沢町に巨大アウトレットモールがあります。世界文化遺産の日光の社寺はお隣です。
北海道がセールスポイントにするスキー場も温泉も群馬県内には数多くあります(突然ですが、藤田観光が経営する箱根小涌園ユネッサンは箱根地区随一の集客力を誇りますが、この経営に習うべきことは多いです)。
7月31日の「群馬大学国際観光セミナー」でも群大の寺石雅英教授が観光・医療連携について話をするそうですが、同大医学部附属病院にできる重粒子線治療施設(7月3日の「注目される群馬大学の重粒子線治療施設」の記事をご覧下さい。完成は2010年のようです)は、海外からも癌患者が治療に来るものと思われます。
東京や大阪といった大都市がある都道府県を除けば、高速道路が4本(関越自動車道、東北自動車道、上信越自動車道、北関東自動車道)、新幹線が2本(上越新幹線、長野行き新幹線)も走る県というのは少ないのではないでしょうか?この交通体系を外国人観光客の誘致に生かさない手はないと思います。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月21日のエントリー記事を転載したものです。
整合性に欠けるので、恐縮ですが、群馬県の2004年度の訪日外国人の都道府県別訪問率は、全国47都道府県のうち23位の1.1%。つまり訪日客のうち100人に1人強が群馬県を訪れることになります(国際観光振興機構調べ)。
この数字から推計しますと、昨年度は7万5千人〜8万人くらいの外国人が群馬県を訪れたものと見られます(2005年はその前年に比べ60万人訪日客を増やしたが、「愛・地球博」の効果が大きかったものと見られ、本県にどのくらいの増客効果があったかは不明)。
訪問率トップはもちろん東京都で54.5%(しかし、半分近くの人が東京に行かないと言うのも驚きですけれど)、2位は大阪府27.0%、3位が神奈川県で15.8%となっています(訪日客の6割が観光客と見られ、残りはビジネス関連ということです。東京都にはビジネス客が多いものと思われます。神奈川県は東京の隣県の上に富士山が見える箱根があります。また観光シーズンにいくと鎌倉の高徳院つまり鎌倉の大仏様には外国人観光客があふれかえっています。他のお寺はそんなでもないのですが、やはり大仏さんはインパクトあるんですね。)。
気になるところでは、古都京都が15.2%で4位。東京ディズニーリゾートがある千葉県が12.1%で5位。雄大な景観を売り物にする北海道が8位で5.2%。日光があるお隣栃木県は2.7%で13位。同じ北関東の茨城県は1.7%。長野県も1.7%。富士山と富士五湖の山梨県は3.7%で11位と大健闘。同じく富士山が眺められる静岡県は12位の3.3%。外国人にアピールするものがない埼玉県(失礼!)は2.3%で15位にとどまっています(一人で複数県を訪問する人がいるので全国の合計は100%以上になります)。
国・地域別の訪日旅行者数は韓国が175万人、台湾が127万人、米国が82万人、中国が65万人、香港が30万人。上位5カ国で全体の71.2%を占めています。
アジアからの観光客数は462万7千人で全体の68.7%です(何れも2005年の数字)。中国団体旅行客のビザ発行を中国全土に拡大したことや、韓国・台湾の短期滞在者のビザの免除などがアジアからの訪日客が増加している要因とされています(アジア各国の経済が回復したことも大きいでしょう。2003年のアジアからの訪日客数は350万人程度でした)。
ところで外国人観光客で、私がまず思い出すのは、箱根大涌谷。そう、1個食べれば寿命が6年延びると言われる「黒タマゴ」で有名なところです。富士山の雄大な眺望も楽しめます。
平日に、この大涌谷に行った場合、日本語は殆ど聞こえません。日本語は売店のオバちゃんたちが話すくらい。聞こえてくるのは早口にまくし立てる福建系の中国語とハングル、それに東南アジア系の鳥が囀るような言語。これらが猛烈な勢いで飛び交っています。殆どここはどこ?わたしはだあれ?状態になります。
(話は違いますが、私としては大涌谷よりも草津白根の景色のほうが、数段豪快だと思っております。しかしなぜ、草津温泉では黒タマゴがないんでしょうか?やっぱり泉質が違うからできないんでしょうかね。大涌谷で黒タマゴを作っている会社、ボロ儲けしているので有名です。)
大涌谷の次に思い出すのが「御殿場アウトレット」。大型観光バスでやってきたアジア系の人たちが、血眼で掘り出し物はないかと走り回っています。彼らが通ったあとはつむじ風が起きます。
そして3つ目に思い出すのは東京の三鷹市にある「三鷹の森ジブリ美術館」。宮崎駿さんです。トトロです。魔女の宅急便です(500円のホットドッグには恐れ入りました)。
どこのローソンで入場券を手に入れたのか分からないのですが(日時指定の入場券はコンビニのローソンでしか買えないことになっています)、ここもまた箱根大涌谷状態。大涌谷と違うのは、若いカップル客が目立ちます。香港の若手実業家トーマス・チャンが日本出張を口実に彼女とデート、といった風情のカップルもいます。
このジブリ美術館の訪日客は東京ディズニーリゾートの訪日客とダブるような気がします。そして箱根大涌谷の訪日客は、御殿場アウトレットで見た訪日客とダブるように思えます。
群馬県が獲得を目指すのはどちらかと言えば大涌谷・御殿場アウトレット派の訪日客ではないでしょうか?群馬県に富士山はありませんが、それに勝るとも劣らない風景ならたくさん有ります。群馬県ではありませんが、軽井沢町に巨大アウトレットモールがあります。世界文化遺産の日光の社寺はお隣です。
北海道がセールスポイントにするスキー場も温泉も群馬県内には数多くあります(突然ですが、藤田観光が経営する箱根小涌園ユネッサンは箱根地区随一の集客力を誇りますが、この経営に習うべきことは多いです)。
7月31日の「群馬大学国際観光セミナー」でも群大の寺石雅英教授が観光・医療連携について話をするそうですが、同大医学部附属病院にできる重粒子線治療施設(7月3日の「注目される群馬大学の重粒子線治療施設」の記事をご覧下さい。完成は2010年のようです)は、海外からも癌患者が治療に来るものと思われます。
東京や大阪といった大都市がある都道府県を除けば、高速道路が4本(関越自動車道、東北自動車道、上信越自動車道、北関東自動車道)、新幹線が2本(上越新幹線、長野行き新幹線)も走る県というのは少ないのではないでしょうか?この交通体系を外国人観光客の誘致に生かさない手はないと思います。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月21日のエントリー記事を転載したものです。
2006年09月10日
震災疎開受け入れ先としての下仁田町(勝手に下仁田町再生計画おまけの4)
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫8月17日のエントリー記事を転載したものです。
もうすぐ「防災の日」の9月1日ですが、今日の日本経済新聞総合欄に、昨日中央防災会議の「首都直下地震避難対策等専門調査会」の初会合が、8月16日に行われた旨の記事が出ていました。
その中で「被災者の疎開・帰省を奨励したり、ホテルや空き家を避難場所として活用する可能性を探る見込み。」との文章がありました。
7月29日の記事、「勝手に下仁田町再生計画その最終回」で人口減対策として2地域居住を都市圏に住む人たちに勧める場合、「奥の手」として大地震発生時のリスク分散に2地域居住を勧めてはどうかと書きましたが、中央防災会議でも「疎開」を奨励するということになれば、これを活かさない手はないと思いました。
予め登録しておけば、優先的に疎開を受け入れる制度を確立しておいたら、どうでしょう?
東京北部を震源とする直下型地震が起きた場合、東京都で390万人、埼玉県で67万人の避難者が発生すると見られています。東京23区の人口は約850万人ですが、甚大な被害が予想されるのはこの地区ですから、避難者の多くは東京23区に居住する人たちと予想されます(因みに群馬県の避難者数予想は0人です)。
阪神・淡路大震災では人口約150万人の神戸市だけでも22万2千人の人が避難所での寝起きを余儀なくされました。
避難者すべてが避難所生活をするわけではありませんが、人口密度が神戸市に比べ格段に高い東京都23区の場合、避難所での生活はかなり厳しいものになると想像されます(東京都中野区の人口密度は1平方キロメートル当たり20067人。23区中人口密度が一番低い東京都港区でも8521人。これに対し神戸市の中で一番人口密度の高い垂水区は7979人。2004年10月1日の推計人口に基づく)。
特に高齢者の方には避難所生活はきついものと思われます。
下仁田町での受入可能者数を前もって調査しておき、これに近い数の登録者を募集する訳です。どうしても、下仁田町出身者や配偶者が下仁田町の生まれといった下仁田町縁故の人を優先せざるを得ないでしょうが、募集してみないことにはどんな方が応募するか分かりませんので、応募基準をどうするかは、様々に検討せざるを得ないと思います。.
川場村と世田谷区の関係のように、予め東京23区のいずれかと提携関係を結んでおくといった手法もあるかと思います。
そして震災疎開の希望者の方とは、下仁田町の物産の案内や祭礼への招待、体験宿泊など常日頃から関係を深めておくのが理想的なのは、言うまでもありません。
大震災が発生する前に2地域居住の生活を始めたり、下仁田町に移住してくれれば、それに越したことはありません。
受入施設を通常はどう維持管理し、さらにはどう効率的に活用するか、といった問題も出てきますが、基本的には下仁田町を体験する宿泊施設として利用することを軸に考えていけば良いように思います。
すでに高齢者を中心に、東京脱出の動きは始まっています。基本的には豊かな山と川、おいしい食べ物、参加したくなるイベントを揃えることが地域間競争に生き残っていく王道でしょうが、災害の少ない群馬県という切り口でアピールすることも必要ではないでしょうか?
もうすぐ「防災の日」の9月1日ですが、今日の日本経済新聞総合欄に、昨日中央防災会議の「首都直下地震避難対策等専門調査会」の初会合が、8月16日に行われた旨の記事が出ていました。
その中で「被災者の疎開・帰省を奨励したり、ホテルや空き家を避難場所として活用する可能性を探る見込み。」との文章がありました。
7月29日の記事、「勝手に下仁田町再生計画その最終回」で人口減対策として2地域居住を都市圏に住む人たちに勧める場合、「奥の手」として大地震発生時のリスク分散に2地域居住を勧めてはどうかと書きましたが、中央防災会議でも「疎開」を奨励するということになれば、これを活かさない手はないと思いました。
予め登録しておけば、優先的に疎開を受け入れる制度を確立しておいたら、どうでしょう?
東京北部を震源とする直下型地震が起きた場合、東京都で390万人、埼玉県で67万人の避難者が発生すると見られています。東京23区の人口は約850万人ですが、甚大な被害が予想されるのはこの地区ですから、避難者の多くは東京23区に居住する人たちと予想されます(因みに群馬県の避難者数予想は0人です)。
阪神・淡路大震災では人口約150万人の神戸市だけでも22万2千人の人が避難所での寝起きを余儀なくされました。
避難者すべてが避難所生活をするわけではありませんが、人口密度が神戸市に比べ格段に高い東京都23区の場合、避難所での生活はかなり厳しいものになると想像されます(東京都中野区の人口密度は1平方キロメートル当たり20067人。23区中人口密度が一番低い東京都港区でも8521人。これに対し神戸市の中で一番人口密度の高い垂水区は7979人。2004年10月1日の推計人口に基づく)。
特に高齢者の方には避難所生活はきついものと思われます。
下仁田町での受入可能者数を前もって調査しておき、これに近い数の登録者を募集する訳です。どうしても、下仁田町出身者や配偶者が下仁田町の生まれといった下仁田町縁故の人を優先せざるを得ないでしょうが、募集してみないことにはどんな方が応募するか分かりませんので、応募基準をどうするかは、様々に検討せざるを得ないと思います。.
川場村と世田谷区の関係のように、予め東京23区のいずれかと提携関係を結んでおくといった手法もあるかと思います。
そして震災疎開の希望者の方とは、下仁田町の物産の案内や祭礼への招待、体験宿泊など常日頃から関係を深めておくのが理想的なのは、言うまでもありません。
大震災が発生する前に2地域居住の生活を始めたり、下仁田町に移住してくれれば、それに越したことはありません。
受入施設を通常はどう維持管理し、さらにはどう効率的に活用するか、といった問題も出てきますが、基本的には下仁田町を体験する宿泊施設として利用することを軸に考えていけば良いように思います。
すでに高齢者を中心に、東京脱出の動きは始まっています。基本的には豊かな山と川、おいしい食べ物、参加したくなるイベントを揃えることが地域間競争に生き残っていく王道でしょうが、災害の少ない群馬県という切り口でアピールすることも必要ではないでしょうか?
2006年09月09日
夕張市の決算状況は味わい深い(勝手に下仁田町再生計画おまけの3)
先ごろ破綻した夕張市の平成16年決算状況をゆっくり見る時間が出来たので、我が愛する下仁田町の同じ平成16年決算状況と比較してみようと思います(下仁田町の人たちには迷惑かもしれませんが)。
ただ、仕事柄、中小企業などの企業会計による決算書は長い間見慣れてきましたが、公会計の決算書は余りお目にかからなかたので、思い込み等による記述があるかと思いますので、予めお断りしておきます。
まず私が不思議に思ったのは、歳入額が標準財政規模に比べ異常に大きいことです。標準財政規模というのは「地方公共団体が通常水準の行政を行う上で必要な一般財源の額で、標準税収入額等+普通交付税額」(群馬県の地方財政状況調査の資料の見方から。以下同じ)だそうです。借金や特別な収入を考えないで、住民に対し、行政サービスが行える財政規模とでも言うのでしょうか。
(私の単純な頭では、一般財源−特別交付税が大体標準財政規模になると思っています。)
夕張市の場合、歳入が194億49百万円(百万円未満切捨て)。これに対し標準財政規模は45億25百万円です。歳入は標準財政規模に比べ4.3倍の規模です。
歳入といえば収入です。標準財政規模も同じく収入です。同じ収入の意味なのに何故こうも金額が違うのか?
下仁田町はどうでしょう。歳入が46億60百万円。これに対し標準財政規模は30億61百万円です。倍率は1.5倍程度です。群馬県の他の市町村でも、この倍率が2倍を超えるところは少ないでしょう。
夕張市の場合、2倍どころか4倍を超えています。このカラクリは歳入の諸収入という勘定科目にあります。夕張市はこれが99億73百万円になっています。これだけでもすでに標準財政規模の2倍以上です。
(下仁田町はこの諸収入の科目は82百万です。)
人口規模は夕張市が1万3615人、下仁田町が1万0678人。面積は夕張市が763平方km、下仁田町が188平方kmですが、いくらなんでも99億円の差が出る理由が見当たりません。
明らかに異常値です。これが、問題になっている一時借入金の処理に繋がっています。実は借金なんです。借金を収入だと主張するする考え方は(キャッシュフローからすればともかく)、まあ、地方自治体ぐらいでしょう。普通の人は、借金を労働の対価である収入とは考えません。ヤクザな駄目オヤジなら言い張るかもしれませんが。
支出である歳出(性質別)の勘定科目に、公債費の内訳とあって、元利償還金とは別に一時借入金利子というものが立ててあります。金額は5521万円です。
下仁田町を始めとして群馬県の市町村の場合この欄は殆どが「−」です。金額の記載があっても10万円以下の金額です。
経常収支比率は平成16年度の決算状況で116.3%と、目安となる80%をはるかに超えています。つまり人件費など、企業で言えば固定費に当たるものが、普通の収入で賄えなくなっていたのです。
自主財源がどのくらいあるかを示す財政力指数は1.0以上あるのが理想的ですが、夕張市の場合、0.22の水準でした。要するに「3割自治」どころではなかった訳です。
公債費比率(標準財政規模に占める公債費の比率)は10%がひとつの目安と言ますが、夕張市の場合20.5%です(下仁田町は8.9%)。
こういった数字を見逃した市会議員や北海道庁の担当者の人たちの責任を追及するのは簡単ですが、追求しても、無駄だと思います。「分かっちゃいるけど、止められなかったのです」。
なぜ、とめられないか?夕張市や北海道で、浮いた存在になりたくなかったのです。落選やみんなから嫌われるのは避けたかったのです。
ですから、炭鉱の閉山が始まり、収支計算と努力目標の設定もないまま、観光に突き進み始めた時から、夕張市の破綻は約束されていたのです。
過去からの発想で、街の発展を考えるしかなかった人たちを咎めても仕方ありません。それを追認する構造が、夕張市に限らず、全国の殆どの市町村で出来上がっています。
夕張市に住んでいる人に、夕張市の破綻はあなたにも責任があると言っても、多分、因縁をつけられたとしか思わないでしょう。
破綻を表明した夕張市において、首長さんや市会議員さんの真価が問われるのはこれからです。住民の人もそうでしょう。行政サービスの低下、居住コストの上昇から夕張市を離れていく人も少なくないと思います。
そういった状況の中で、どのような再建策を見出していくのか、少子高齢化の本格的到来を前に、全国の人が注目していることでしょう。きっと応援団も出てくることと思います。何年かかって再建できるか見当も付かないといわれていますが、それを早期に解決するしか、立つ瀬はないのではないでしょうか?
(吏員としての夕張市の職員の責任は重大です。知らなかったでは済まされない問題です。少なくとも、自分の無能を反省して、夕張市の部長クラスは即刻退職すべきでしょう。もう若い人間に任せるべきです。でもすでに若い人もいなかったりして・・・)。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫8月11日のエントリー記事を転載したものです。
ただ、仕事柄、中小企業などの企業会計による決算書は長い間見慣れてきましたが、公会計の決算書は余りお目にかからなかたので、思い込み等による記述があるかと思いますので、予めお断りしておきます。
まず私が不思議に思ったのは、歳入額が標準財政規模に比べ異常に大きいことです。標準財政規模というのは「地方公共団体が通常水準の行政を行う上で必要な一般財源の額で、標準税収入額等+普通交付税額」(群馬県の地方財政状況調査の資料の見方から。以下同じ)だそうです。借金や特別な収入を考えないで、住民に対し、行政サービスが行える財政規模とでも言うのでしょうか。
(私の単純な頭では、一般財源−特別交付税が大体標準財政規模になると思っています。)
夕張市の場合、歳入が194億49百万円(百万円未満切捨て)。これに対し標準財政規模は45億25百万円です。歳入は標準財政規模に比べ4.3倍の規模です。
歳入といえば収入です。標準財政規模も同じく収入です。同じ収入の意味なのに何故こうも金額が違うのか?
下仁田町はどうでしょう。歳入が46億60百万円。これに対し標準財政規模は30億61百万円です。倍率は1.5倍程度です。群馬県の他の市町村でも、この倍率が2倍を超えるところは少ないでしょう。
夕張市の場合、2倍どころか4倍を超えています。このカラクリは歳入の諸収入という勘定科目にあります。夕張市はこれが99億73百万円になっています。これだけでもすでに標準財政規模の2倍以上です。
(下仁田町はこの諸収入の科目は82百万です。)
人口規模は夕張市が1万3615人、下仁田町が1万0678人。面積は夕張市が763平方km、下仁田町が188平方kmですが、いくらなんでも99億円の差が出る理由が見当たりません。
明らかに異常値です。これが、問題になっている一時借入金の処理に繋がっています。実は借金なんです。借金を収入だと主張するする考え方は(キャッシュフローからすればともかく)、まあ、地方自治体ぐらいでしょう。普通の人は、借金を労働の対価である収入とは考えません。ヤクザな駄目オヤジなら言い張るかもしれませんが。
支出である歳出(性質別)の勘定科目に、公債費の内訳とあって、元利償還金とは別に一時借入金利子というものが立ててあります。金額は5521万円です。
下仁田町を始めとして群馬県の市町村の場合この欄は殆どが「−」です。金額の記載があっても10万円以下の金額です。
経常収支比率は平成16年度の決算状況で116.3%と、目安となる80%をはるかに超えています。つまり人件費など、企業で言えば固定費に当たるものが、普通の収入で賄えなくなっていたのです。
自主財源がどのくらいあるかを示す財政力指数は1.0以上あるのが理想的ですが、夕張市の場合、0.22の水準でした。要するに「3割自治」どころではなかった訳です。
公債費比率(標準財政規模に占める公債費の比率)は10%がひとつの目安と言ますが、夕張市の場合20.5%です(下仁田町は8.9%)。
こういった数字を見逃した市会議員や北海道庁の担当者の人たちの責任を追及するのは簡単ですが、追求しても、無駄だと思います。「分かっちゃいるけど、止められなかったのです」。
なぜ、とめられないか?夕張市や北海道で、浮いた存在になりたくなかったのです。落選やみんなから嫌われるのは避けたかったのです。
ですから、炭鉱の閉山が始まり、収支計算と努力目標の設定もないまま、観光に突き進み始めた時から、夕張市の破綻は約束されていたのです。
過去からの発想で、街の発展を考えるしかなかった人たちを咎めても仕方ありません。それを追認する構造が、夕張市に限らず、全国の殆どの市町村で出来上がっています。
夕張市に住んでいる人に、夕張市の破綻はあなたにも責任があると言っても、多分、因縁をつけられたとしか思わないでしょう。
破綻を表明した夕張市において、首長さんや市会議員さんの真価が問われるのはこれからです。住民の人もそうでしょう。行政サービスの低下、居住コストの上昇から夕張市を離れていく人も少なくないと思います。
そういった状況の中で、どのような再建策を見出していくのか、少子高齢化の本格的到来を前に、全国の人が注目していることでしょう。きっと応援団も出てくることと思います。何年かかって再建できるか見当も付かないといわれていますが、それを早期に解決するしか、立つ瀬はないのではないでしょうか?
(吏員としての夕張市の職員の責任は重大です。知らなかったでは済まされない問題です。少なくとも、自分の無能を反省して、夕張市の部長クラスは即刻退職すべきでしょう。もう若い人間に任せるべきです。でもすでに若い人もいなかったりして・・・)。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫8月11日のエントリー記事を転載したものです。
2006年09月08日
中山間村とIT技術(勝手に下仁田町再生計画その2)
IT技術を使って何かやろうと言ったとき、一番の難題は、最も技術的に遅れた人のレベルに合わせてシステムを構築しなければならないことだ、とよく言われます。
IT技術は日進月歩の速さで進んでいますが、不特定多数の人の参加を想定したシステムを作ろうと思っても、必ずこの「最も技術的に遅れた人のレベルに合わせなければならない壁」にぶつかって、計画が頓挫してしまったり、本来のシステムの力が発揮できないといったことが多いようです。
会社など営利を目的にした法人でシステムを作るなら、その構成員たる会社員等は、否応なくそのシステムを使いこなすだけのスキルを身につけなければなりませんし、当然そのように要求されます。
少し前までは、パソコンに触るのも嫌だ、と言っても会社内で通用したかもしれませんが、今はもう許されない状況でしょう。どんなオジサンでも、パソコンのディスプレイを覗き、Eメールで来た業務通達を見て、結果をメールで返信しなければならなくなったように思います。
今後の中山間村を考えるに当たって、IT技術(力)のある自治体とない自治体では大きな差が出てくるように思います。それは町役場や村役場が、という意味ではありません。住民レベルの問題です。
企業ではありませんから、住民に対しIT技術(スキル)の向上を強要することは出来ませんが、多くの人がIT技術(スキル)に長じている中山間村の場合、有利な事業展開が可能になると思います。
現在でも高速大容量通信(ブロードバンド)使用料を助成する町村は少なくありません。ただこれは都市部との情報格差を埋めようとする、受身のインターネットの使い方から発想されたことのように思います。
今後はパソコンとブロードバンド環境を、中山間村の魅力を発信するためのツールと考えて、住民のIT技術(力)向上に努めた自治体が、地域間競争の中で優位に立てるような気がしてなりません。
極端に言えば、全員がパソコンを持ってブログを開設し、村の情報を発信する中山間村と、パソコンなどなくても生きて行けるからとパソコンのある家も少ない中山間村では、情報の発信量がまったく違ってきます。動画も配信できますから、テレビの取材を待っている必要もありません(どんな演出でどんなキャラクターを起用するかの問題は残りますが)。
また行政情報を周知徹底させるコストも、およそ違ったものになるでしょう。
中山間村の場合、65歳以上の人口が占める割合が、すでに30%以上のところが殆どのため、この人たちのスキルをどう底上げするかがポイントになります。
誰もパソコンに近寄らないといった声が聞こえてきそうですが、動機付けさえあれば、幾つになってもパソコンを身近なものとして使うのではないでしょうか?
以前、料理のツマになる木の葉や草花を特産にしている村の話をテレビで拝見しました。少し驚いたのは、70歳前後の老婦人たちが、パソコンを操り、農協からの様々なツマの市況をパソコンで確認し、もっとも自分に有利と判断したツマの受注を受け、そして出荷作業に当たっていることでした。受注は、早いもの順で決まるようでした。
そして個別に集計された、毎日の出荷状況や累計の出荷金額がインターネット上でオープンになっており、組合員は誰でも見られるため、各自の競争心を刺激していました。
(話はちょっとズレますが、今の40代以上の女性の場合、子供が学校に上がり、PTA活動などの連絡上必要なため、パソコンを使い出した人が一番多いようです。)
主なIT技術の底上げ対象は高齢者ですから、タイピングとローマ字音の説明から始めなければならないのではないでしょうか。気の遠くなるような作業かもしれません。
もちろんブロードバンドに繋がることによって想定される悲喜劇やサイバー犯罪に注意を喚起することはもっとも重要なことになるでしょう。
しかし、こうした問題を面倒くさいと言って、住民のIT技術向上に背を向けてしまう自治体は、それなりの報酬しか得られないと思います。
コンピュータリテラシーに乏しい高齢者を対象にIT技術の底上げをやって行くことは、殆ど徒労といえる作業かもしれません(失礼!)。しかしこれを実現し、地域全体で情報発信できる町村は、サイバーな日本地図の中で占める面積が、実際よりずっと大きくなります。そして行政コストも低くなるかもしれません(コスト削減については、当分賛否両論の混乱が続くと思いますが)。
(高齢者のIT力向上は、実際には、視力等の問題も考慮すれば、3割の人がパソコンに対するアレルギーをなくし、1割の人がインターネットで情報を発信できるようになれば上出来なのではないでしょうか?)
IT技術(力)をどうのように使って中山間村の魅力をアピールしていくかは、それぞれの腕の見せ所でしょう。情報発信を組織化して行うことも検討すべきかもしれません。
中にはアピールすべきものがないことに初めて気が付く町村が出てくるかもしれません。それはそれで結構なことだと思います。
(最後は本当にその中山間村が魅力的かどうかの戦いになるわけですから、全国レベルで見れば、ただの「裸の王様」でしかなかった場合、早めにその事実を認識するのは重要なことだと思います。また、そもそも発信すべき情報があるかないかからの議論が始まるかもしれません。)
今話題のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などを通じて都市部の人と交流し、何を中山間村に期待しているのか直接把握できれば、そこに自ずから創意工夫も生まれてくるのではないでしょうか?
人口規模が大きな市部ではなかなか実行に出来ませんが、小回りが効く規模の中山間村はこの点有利です。早いうちに合意形成できるか出来ないかが、地域間競争の成否を握っているように思います。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫8月4日のエントリー記事を転載したものです。
IT技術は日進月歩の速さで進んでいますが、不特定多数の人の参加を想定したシステムを作ろうと思っても、必ずこの「最も技術的に遅れた人のレベルに合わせなければならない壁」にぶつかって、計画が頓挫してしまったり、本来のシステムの力が発揮できないといったことが多いようです。
会社など営利を目的にした法人でシステムを作るなら、その構成員たる会社員等は、否応なくそのシステムを使いこなすだけのスキルを身につけなければなりませんし、当然そのように要求されます。
少し前までは、パソコンに触るのも嫌だ、と言っても会社内で通用したかもしれませんが、今はもう許されない状況でしょう。どんなオジサンでも、パソコンのディスプレイを覗き、Eメールで来た業務通達を見て、結果をメールで返信しなければならなくなったように思います。
今後の中山間村を考えるに当たって、IT技術(力)のある自治体とない自治体では大きな差が出てくるように思います。それは町役場や村役場が、という意味ではありません。住民レベルの問題です。
企業ではありませんから、住民に対しIT技術(スキル)の向上を強要することは出来ませんが、多くの人がIT技術(スキル)に長じている中山間村の場合、有利な事業展開が可能になると思います。
現在でも高速大容量通信(ブロードバンド)使用料を助成する町村は少なくありません。ただこれは都市部との情報格差を埋めようとする、受身のインターネットの使い方から発想されたことのように思います。
今後はパソコンとブロードバンド環境を、中山間村の魅力を発信するためのツールと考えて、住民のIT技術(力)向上に努めた自治体が、地域間競争の中で優位に立てるような気がしてなりません。
極端に言えば、全員がパソコンを持ってブログを開設し、村の情報を発信する中山間村と、パソコンなどなくても生きて行けるからとパソコンのある家も少ない中山間村では、情報の発信量がまったく違ってきます。動画も配信できますから、テレビの取材を待っている必要もありません(どんな演出でどんなキャラクターを起用するかの問題は残りますが)。
また行政情報を周知徹底させるコストも、およそ違ったものになるでしょう。
中山間村の場合、65歳以上の人口が占める割合が、すでに30%以上のところが殆どのため、この人たちのスキルをどう底上げするかがポイントになります。
誰もパソコンに近寄らないといった声が聞こえてきそうですが、動機付けさえあれば、幾つになってもパソコンを身近なものとして使うのではないでしょうか?
以前、料理のツマになる木の葉や草花を特産にしている村の話をテレビで拝見しました。少し驚いたのは、70歳前後の老婦人たちが、パソコンを操り、農協からの様々なツマの市況をパソコンで確認し、もっとも自分に有利と判断したツマの受注を受け、そして出荷作業に当たっていることでした。受注は、早いもの順で決まるようでした。
そして個別に集計された、毎日の出荷状況や累計の出荷金額がインターネット上でオープンになっており、組合員は誰でも見られるため、各自の競争心を刺激していました。
(話はちょっとズレますが、今の40代以上の女性の場合、子供が学校に上がり、PTA活動などの連絡上必要なため、パソコンを使い出した人が一番多いようです。)
主なIT技術の底上げ対象は高齢者ですから、タイピングとローマ字音の説明から始めなければならないのではないでしょうか。気の遠くなるような作業かもしれません。
もちろんブロードバンドに繋がることによって想定される悲喜劇やサイバー犯罪に注意を喚起することはもっとも重要なことになるでしょう。
しかし、こうした問題を面倒くさいと言って、住民のIT技術向上に背を向けてしまう自治体は、それなりの報酬しか得られないと思います。
コンピュータリテラシーに乏しい高齢者を対象にIT技術の底上げをやって行くことは、殆ど徒労といえる作業かもしれません(失礼!)。しかしこれを実現し、地域全体で情報発信できる町村は、サイバーな日本地図の中で占める面積が、実際よりずっと大きくなります。そして行政コストも低くなるかもしれません(コスト削減については、当分賛否両論の混乱が続くと思いますが)。
(高齢者のIT力向上は、実際には、視力等の問題も考慮すれば、3割の人がパソコンに対するアレルギーをなくし、1割の人がインターネットで情報を発信できるようになれば上出来なのではないでしょうか?)
IT技術(力)をどうのように使って中山間村の魅力をアピールしていくかは、それぞれの腕の見せ所でしょう。情報発信を組織化して行うことも検討すべきかもしれません。
中にはアピールすべきものがないことに初めて気が付く町村が出てくるかもしれません。それはそれで結構なことだと思います。
(最後は本当にその中山間村が魅力的かどうかの戦いになるわけですから、全国レベルで見れば、ただの「裸の王様」でしかなかった場合、早めにその事実を認識するのは重要なことだと思います。また、そもそも発信すべき情報があるかないかからの議論が始まるかもしれません。)
今話題のソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などを通じて都市部の人と交流し、何を中山間村に期待しているのか直接把握できれば、そこに自ずから創意工夫も生まれてくるのではないでしょうか?
人口規模が大きな市部ではなかなか実行に出来ませんが、小回りが効く規模の中山間村はこの点有利です。早いうちに合意形成できるか出来ないかが、地域間競争の成否を握っているように思います。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫8月4日のエントリー記事を転載したものです。
2006年09月07日
勝手に下仁田町再生計画おまけ
久しぶりに上信越道下仁田インターチェンジから、国道254号線に入り、紅葉街道(県道下仁田・軽井沢線)を通って軽井沢まで抜けてみましたが、およそ40分で軽井沢・浅間ゴルフコースに着きました(殆ど信号なし)。
下仁田インターチェンジで降りても、軽井沢までそんなに大きな時間的な違いはないと、改めて思いました。しかし夏の観光シーズンの日曜だというのに、紅葉街道はガラガラ。行きも帰りも対向車には4〜5台しかあいませんでした。喜ぶべきことか悲しむべきことか・・・。
ただ、大きな収穫がありました。下仁田町本宿でたまたま入った蕎麦屋が、結構なところだったのです。店の名前は「そば のれん」(下仁田町本宿744−1)さんです。
本宿の集落は旧街道沿いに細長く続いているのですが、白壁の民家や土蔵が多く、落ち着いた佇まいです。ほぼ100%屋根瓦の家で、昔の日本の集落そのままといっていいかもしれません。
美しい町並みです。景観保存しておいて欲しいところです(ここに空家が出たら、2地域居住希望者にはお薦めの不動産になりますね。本宿から下仁田町の市街地にあるコープ下仁田店までクルマで10分くらいですし、軽井沢町まではかなり近くなります)。
「そば のれん」さんは、古い民家を蕎麦屋さんに改造した店で、落ち着いた雰囲気です。3年前から始めたそうです。写真は天ざる(1300円)です。サービスでこんにゃくの刺身が出ます。
天せいろがなかったので、海苔が邪魔だなと思いながらも頼んでしまいましたが、注文してから良くメニューを見ると野菜てんぷら盛り合わせ(400円)というのがあったので、せいろ(600円)とそれを頼めばよかったのですが、後の祭りです。
うれしいのは「おかわり」400円というのがあることです。2枚目のせいろを頼むとそれは200引きになるなんて、うれしいじゃありませんか。
これ食べきれるかな、というくらい天婦羅の量が多いのにびっくり。そばも細打ちで私の好み。自家製粉で石臼挽きです。そばつゆも充分だしがきいていて、そば湯を楽しめました。そば好きは、一度行ってみて損はありません。
隣に座った中年3人組は、せいろをそれぞれ3枚平らげていました。その中のお一人が、この間は6枚食った、と自慢げに話していました。
馴染みの客らしく、まだそばあるかい?と言いながら3枚目を注文すると、店の主人が、半額でいいかい?と返していました。400円のはずのおかわりが、さらに100円引きです。馴染みの特権だなあと、うらやましかった次第。
経木に墨で、天然鮎塩焼き500円、天然山女塩焼き500円と書かれた案内もあったのですが、クルマを運転しなければならず、かといってこれを頼んだら飲まないわけには行かず、残念ながら結局今回は断念(そうでなくとも、つい一杯遣りたくなる店の雰囲気なのです)。近いうちにリターンマッチに行きたいと思っております。
帰りは珍品「ねぎ最中」を購入。
そして「道の駅しもにた」に寄って、カップラーメンの「下仁田ねぎ 味噌らーめん」(原料供給元:甘楽富岡農業協同組合。群馬県上野村「十石みそ」使用とパッケージに書いてあります)を購入。
しかし、今回はこんにゃく刺身(やまふぐとよく言いますが、前橋市の電力中央研究所では本当に河豚を養殖しています。これがほんとの山フグです)も、こんにゃくゼリーも、こんにゃくアイスも、こんにゃくチップも、こんにゃくジャーキーも、コメこんにゃくも、こんにゃくイクラも、こんにゃくそうめんも買わずに帰ってきてしまいました。
(結構、食ってるもの。)
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月30日のエントリー記事を転載したものです。
下仁田インターチェンジで降りても、軽井沢までそんなに大きな時間的な違いはないと、改めて思いました。しかし夏の観光シーズンの日曜だというのに、紅葉街道はガラガラ。行きも帰りも対向車には4〜5台しかあいませんでした。喜ぶべきことか悲しむべきことか・・・。
ただ、大きな収穫がありました。下仁田町本宿でたまたま入った蕎麦屋が、結構なところだったのです。店の名前は「そば のれん」(下仁田町本宿744−1)さんです。
本宿の集落は旧街道沿いに細長く続いているのですが、白壁の民家や土蔵が多く、落ち着いた佇まいです。ほぼ100%屋根瓦の家で、昔の日本の集落そのままといっていいかもしれません。
美しい町並みです。景観保存しておいて欲しいところです(ここに空家が出たら、2地域居住希望者にはお薦めの不動産になりますね。本宿から下仁田町の市街地にあるコープ下仁田店までクルマで10分くらいですし、軽井沢町まではかなり近くなります)。
「そば のれん」さんは、古い民家を蕎麦屋さんに改造した店で、落ち着いた雰囲気です。3年前から始めたそうです。写真は天ざる(1300円)です。サービスでこんにゃくの刺身が出ます。
天せいろがなかったので、海苔が邪魔だなと思いながらも頼んでしまいましたが、注文してから良くメニューを見ると野菜てんぷら盛り合わせ(400円)というのがあったので、せいろ(600円)とそれを頼めばよかったのですが、後の祭りです。
うれしいのは「おかわり」400円というのがあることです。2枚目のせいろを頼むとそれは200引きになるなんて、うれしいじゃありませんか。
これ食べきれるかな、というくらい天婦羅の量が多いのにびっくり。そばも細打ちで私の好み。自家製粉で石臼挽きです。そばつゆも充分だしがきいていて、そば湯を楽しめました。そば好きは、一度行ってみて損はありません。
隣に座った中年3人組は、せいろをそれぞれ3枚平らげていました。その中のお一人が、この間は6枚食った、と自慢げに話していました。
馴染みの客らしく、まだそばあるかい?と言いながら3枚目を注文すると、店の主人が、半額でいいかい?と返していました。400円のはずのおかわりが、さらに100円引きです。馴染みの特権だなあと、うらやましかった次第。
経木に墨で、天然鮎塩焼き500円、天然山女塩焼き500円と書かれた案内もあったのですが、クルマを運転しなければならず、かといってこれを頼んだら飲まないわけには行かず、残念ながら結局今回は断念(そうでなくとも、つい一杯遣りたくなる店の雰囲気なのです)。近いうちにリターンマッチに行きたいと思っております。
帰りは珍品「ねぎ最中」を購入。
そして「道の駅しもにた」に寄って、カップラーメンの「下仁田ねぎ 味噌らーめん」(原料供給元:甘楽富岡農業協同組合。群馬県上野村「十石みそ」使用とパッケージに書いてあります)を購入。
しかし、今回はこんにゃく刺身(やまふぐとよく言いますが、前橋市の電力中央研究所では本当に河豚を養殖しています。これがほんとの山フグです)も、こんにゃくゼリーも、こんにゃくアイスも、こんにゃくチップも、こんにゃくジャーキーも、コメこんにゃくも、こんにゃくイクラも、こんにゃくそうめんも買わずに帰ってきてしまいました。
(結構、食ってるもの。)
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月30日のエントリー記事を転載したものです。
2006年09月06日
勝手に下仁田町再生計画その最終回
・2地域居住の推進が王道
過疎化・高齢化対策が焦眉の急ですが、実際のところ下仁田町或いは周辺町村に急に就業先が増えることは殆ど望み薄でしょう。ですから、下仁田町に建てる家を第二の住居(別荘)と位置づけてもらえる人を呼び込むしかないように思います。2地域居住の提案が一番の方法のように思えます。
週末や休日、長期休暇のときは下仁田町をメインの住処とし、平日は首都圏に居住して仕事をするといったイメージです(あるいはその逆の、2地域居住でもかまいませんが)。
同時に、ブロードバンド環境を整えて(上野村も南牧村もCATVが低料金で利用できるのですから、多分すでに整っていると思いますが)、在宅勤務が出来るような仕事の人に、定住化してもらうよう努めてみることです。東京都への時間距離を考えた場合、下仁田町は充分にその優位性があると思います。首都圏での仕事が建て込む時もあるでしょうから、経済的に可能なら、やはり2地域居住の方法をとってもらえればよいと思います。
下仁田町の場合、高速道路のインターチェンジがあり、大消費地である首都圏までの時間距離は通常1時間です。隣には、年間800万人の観光客入込数がある軽井沢町があります。医療・病院施設も一般病棟94床・療養型病棟50床の下仁田厚生病院があります。2地域居住を薦めるにあったても、条件的には恵まれていると思います。
25年後には群馬県でも1割の人口減になると推計されています。もちろん日本全体でも減ります。そんな時代ですから過疎化対策の実際は、人口増を目標に掲げるには無理があります。
今の人口水準を如何に維持するか、人口減にどう歯止めをかけるかが、数字的な目標にならざるを得ないと思います。1万人のコミュニティを守ることです。その一助として2地域居住の推進を行えばいいのではないかと思います。
そして訪問客(観光入込数)を増やすことです。当面の目標は入込数を倍の132万2千人にし、客単価を倍にすることです。そうすれば観光消費額は5億円から15億円強になります。
猿など獣害をどう防ぐかの問題があるでしょうが、山や川を豊にし、美しい沿道を作り、四季それぞれに美味しいものが溢れ、楽しいことが準備されていれば人は集まってきます。「オシャレな村」を作るのです。
あとはそれをやるかやらないかです。一歩踏み出す勇気があるかないかです。簡単なことなのですが、それが出来ない市町村が殆どです。だからこそ、逆に言えば、今始められるところは強くなれるでしょう。危機感があって、熱血漢がいれば実現できます。
さて、前回言った通り、定住を誘う「奥の手」を書こうと思います。余り大々的にはできませんが、潜在的な需要を掘り起こす策として有効かもしれません。
ただその前に、東京都生活文化局が実施した2つの世論調査を見てみたいと思います。
ひとつは2005年11月に発表された「都民生活に関する世論調査(以下、都民調査)」。もうひとつは2006年3月に発表された大地震の発生についての「防災に関する世論調査(以下、防災調査)」です。
都民調査の質問項目の中に「東京定住意向」というものがあります。今後も東京に住みたいかどうか質問したものです。今後も住みたいとした人は70.4%、住みたくないとした人は13.5%です。住みたくない理由は、人や車が多すぎる、公害がひどい、生活費が高い、住宅事情が悪いがトップ4(複数選択)です。半数近くの人が、今後も住みたくない理由に上げています。
ただ私はこう言ったひとが本当に将来東京を脱出するかといったら、かなり疑問のような気がします。はっきり言えば、どうということもない理由です。また行政の努力や自助努力により解決しやすい問題です。
別の理由で今後住みたくないと回答した人がいます。「治安の面で不安だから」が16.1%、「人間関係が希薄だから」14.7%です。この二つの理由は、東京脱出のかなり強い誘引になるような気がします。住みたくないとした人の14.7%から16.1%ですから、全体の2.0%〜2.2%に当たります。
防災調査を見てみると、大地震への不安感という質問項目があり、全体のうち非常に不安を感じる人が47.6%、少し不安を感じる人が45.3%になっています。
そして大地震の際の心配ごとでは「住んでいる家屋の破損・倒壊を選んだ人が66.1%に上ります。住宅の耐震性に関しては大地震に「耐えられない」と答えた人が18%、「わからない」が43%になります。耐震化を希望するかどうかの質問では「希望する」が77.0%と圧倒的ですが「希望しない」人も9.3%います。
そして注目したいのは住宅を耐震化しない人の理由の中で「集合住宅や借家に住んでいるので自分では決められない」を理由に上げた人が23.7%、「面倒」と答えた人が16.8%いることです。つまり全体の2.0%から1.4%が大地震は不安だが住まいの耐震化はできず(せず)にいるということです。
ここまで書いてくると、私が何を、首都圏住民を定住に誘う「奥の手」として用意しているか、うすうすお気づきになったかもしれません。
それは、大地震発生時のリスク分散として、下仁田町に住居(別荘)を作っておき、通常は第二のふるさととして楽しんでもらうことを提案するのです。すでに、治安の悪化が気になる人が増えている中で、大地震が起きたらどうでしょう。
起こるか起こらないか分からないものを利用し、人の弱みに付け込むのは如何なものかという御意見は多いと思います。もちろん、これをセールスポイントの第一にする気は毛頭ありません。下仁田町と、2地域居住の魅力を訴えるのが先です。
ただ、そのプラス効果として、万が一大地震が起こった場合でも、下仁田町に住む家を確保しておくと安心なのではないか、とアピールすることも必要ではないでしょうか?(幸いにして海がないから津波の心配もないし。半分冗談です)。
あくまでもリスク分散です。そして大地震の不安を感じ、住んでいる家屋が破損・倒壊するかもしれないと心配しながら、集合住宅や借家に住むため自分では住宅の耐震化が決められない2%くらいの人が、この定住促進のコアなターゲットになると思います。
数としては、東京23区の人口852万人に、埼玉県のさいたま市以南の人口約200万人を合わせた1052万人の2%、21万人程度です。内輪に見て20万人としましょう。
(意見調整がまとまらずに建て替えできないまま、倒壊の心配があるマンションに住み続ける阪神・淡路大震災の被災者も少なくないと聞きます。10年以上経っても、です。)
当面、下仁田町に100戸の住宅(別荘)を増やすことを目的にすれば、1戸2人として、20万人の千分の1、つまり0.1%の人を誘導で切れば上出来なのではないでしょうか?
「下仁田町中心市街地及び道の駅周辺地区」は、平成18年度「まちづくり交付金」(国土交通省)支給対象の新規事業地区になりました。平成22年度までの事業規模は8億85百万円(うち国費3億54百万円)です。予算規模が40億円強の町ですから、かなり大きな事業です。
是非ともこの事業と2地域居住住民の呼び込みを連動させられないか、模索して欲しいものです。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月29日のエントリー記事を転載したものです。
過疎化・高齢化対策が焦眉の急ですが、実際のところ下仁田町或いは周辺町村に急に就業先が増えることは殆ど望み薄でしょう。ですから、下仁田町に建てる家を第二の住居(別荘)と位置づけてもらえる人を呼び込むしかないように思います。2地域居住の提案が一番の方法のように思えます。
週末や休日、長期休暇のときは下仁田町をメインの住処とし、平日は首都圏に居住して仕事をするといったイメージです(あるいはその逆の、2地域居住でもかまいませんが)。
同時に、ブロードバンド環境を整えて(上野村も南牧村もCATVが低料金で利用できるのですから、多分すでに整っていると思いますが)、在宅勤務が出来るような仕事の人に、定住化してもらうよう努めてみることです。東京都への時間距離を考えた場合、下仁田町は充分にその優位性があると思います。首都圏での仕事が建て込む時もあるでしょうから、経済的に可能なら、やはり2地域居住の方法をとってもらえればよいと思います。
下仁田町の場合、高速道路のインターチェンジがあり、大消費地である首都圏までの時間距離は通常1時間です。隣には、年間800万人の観光客入込数がある軽井沢町があります。医療・病院施設も一般病棟94床・療養型病棟50床の下仁田厚生病院があります。2地域居住を薦めるにあったても、条件的には恵まれていると思います。
25年後には群馬県でも1割の人口減になると推計されています。もちろん日本全体でも減ります。そんな時代ですから過疎化対策の実際は、人口増を目標に掲げるには無理があります。
今の人口水準を如何に維持するか、人口減にどう歯止めをかけるかが、数字的な目標にならざるを得ないと思います。1万人のコミュニティを守ることです。その一助として2地域居住の推進を行えばいいのではないかと思います。
そして訪問客(観光入込数)を増やすことです。当面の目標は入込数を倍の132万2千人にし、客単価を倍にすることです。そうすれば観光消費額は5億円から15億円強になります。
猿など獣害をどう防ぐかの問題があるでしょうが、山や川を豊にし、美しい沿道を作り、四季それぞれに美味しいものが溢れ、楽しいことが準備されていれば人は集まってきます。「オシャレな村」を作るのです。
あとはそれをやるかやらないかです。一歩踏み出す勇気があるかないかです。簡単なことなのですが、それが出来ない市町村が殆どです。だからこそ、逆に言えば、今始められるところは強くなれるでしょう。危機感があって、熱血漢がいれば実現できます。
さて、前回言った通り、定住を誘う「奥の手」を書こうと思います。余り大々的にはできませんが、潜在的な需要を掘り起こす策として有効かもしれません。
ただその前に、東京都生活文化局が実施した2つの世論調査を見てみたいと思います。
ひとつは2005年11月に発表された「都民生活に関する世論調査(以下、都民調査)」。もうひとつは2006年3月に発表された大地震の発生についての「防災に関する世論調査(以下、防災調査)」です。
都民調査の質問項目の中に「東京定住意向」というものがあります。今後も東京に住みたいかどうか質問したものです。今後も住みたいとした人は70.4%、住みたくないとした人は13.5%です。住みたくない理由は、人や車が多すぎる、公害がひどい、生活費が高い、住宅事情が悪いがトップ4(複数選択)です。半数近くの人が、今後も住みたくない理由に上げています。
ただ私はこう言ったひとが本当に将来東京を脱出するかといったら、かなり疑問のような気がします。はっきり言えば、どうということもない理由です。また行政の努力や自助努力により解決しやすい問題です。
別の理由で今後住みたくないと回答した人がいます。「治安の面で不安だから」が16.1%、「人間関係が希薄だから」14.7%です。この二つの理由は、東京脱出のかなり強い誘引になるような気がします。住みたくないとした人の14.7%から16.1%ですから、全体の2.0%〜2.2%に当たります。
防災調査を見てみると、大地震への不安感という質問項目があり、全体のうち非常に不安を感じる人が47.6%、少し不安を感じる人が45.3%になっています。
そして大地震の際の心配ごとでは「住んでいる家屋の破損・倒壊を選んだ人が66.1%に上ります。住宅の耐震性に関しては大地震に「耐えられない」と答えた人が18%、「わからない」が43%になります。耐震化を希望するかどうかの質問では「希望する」が77.0%と圧倒的ですが「希望しない」人も9.3%います。
そして注目したいのは住宅を耐震化しない人の理由の中で「集合住宅や借家に住んでいるので自分では決められない」を理由に上げた人が23.7%、「面倒」と答えた人が16.8%いることです。つまり全体の2.0%から1.4%が大地震は不安だが住まいの耐震化はできず(せず)にいるということです。
ここまで書いてくると、私が何を、首都圏住民を定住に誘う「奥の手」として用意しているか、うすうすお気づきになったかもしれません。
それは、大地震発生時のリスク分散として、下仁田町に住居(別荘)を作っておき、通常は第二のふるさととして楽しんでもらうことを提案するのです。すでに、治安の悪化が気になる人が増えている中で、大地震が起きたらどうでしょう。
起こるか起こらないか分からないものを利用し、人の弱みに付け込むのは如何なものかという御意見は多いと思います。もちろん、これをセールスポイントの第一にする気は毛頭ありません。下仁田町と、2地域居住の魅力を訴えるのが先です。
ただ、そのプラス効果として、万が一大地震が起こった場合でも、下仁田町に住む家を確保しておくと安心なのではないか、とアピールすることも必要ではないでしょうか?(幸いにして海がないから津波の心配もないし。半分冗談です)。
あくまでもリスク分散です。そして大地震の不安を感じ、住んでいる家屋が破損・倒壊するかもしれないと心配しながら、集合住宅や借家に住むため自分では住宅の耐震化が決められない2%くらいの人が、この定住促進のコアなターゲットになると思います。
数としては、東京23区の人口852万人に、埼玉県のさいたま市以南の人口約200万人を合わせた1052万人の2%、21万人程度です。内輪に見て20万人としましょう。
(意見調整がまとまらずに建て替えできないまま、倒壊の心配があるマンションに住み続ける阪神・淡路大震災の被災者も少なくないと聞きます。10年以上経っても、です。)
当面、下仁田町に100戸の住宅(別荘)を増やすことを目的にすれば、1戸2人として、20万人の千分の1、つまり0.1%の人を誘導で切れば上出来なのではないでしょうか?
「下仁田町中心市街地及び道の駅周辺地区」は、平成18年度「まちづくり交付金」(国土交通省)支給対象の新規事業地区になりました。平成22年度までの事業規模は8億85百万円(うち国費3億54百万円)です。予算規模が40億円強の町ですから、かなり大きな事業です。
是非ともこの事業と2地域居住住民の呼び込みを連動させられないか、模索して欲しいものです。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月29日のエントリー記事を転載したものです。
勝手に下仁田町再生計画その10
前回、山間地域において過疎化・高齢化対策は焦眉の急であることを、将来推計人口の数字を使って書いてみました。わずか10年後のことですから、ここ2〜3年が勝負になるでしょう。危機感は目の前といった感じです。
では、具体的な対策として何が考えられる、かです。実に単純にして、最も難しい「魅力のある街づくり」の問題です。
確か総理府の世論調査だったと思いますが、将来的に都会に住みたいかそれとも田舎に住みたいかという設問に、田舎に住みたいと言う自然派は3割ぐらいで、圧倒的に都会志向が強かったように記憶します。
何故かという理由は殆ど忘れてしまいましたが、お金の問題は別にしても、映画演劇美術などに接する機会が少ない、買い物などで魅力あるところが少ない、病気になったときの医療体制の問題などが理由に上げられていたように、うっすら記憶しています。刺激が少ないんですよね。
普段は都会に住んで、喧騒に疲れると田舎に行って自然に触れてみたい、といった人が多数なのではないか、と思います。
それも山だけより、海がある田舎の方がいいのではないでしょうか?(海無し県である群馬県育ちの私は特にそう思います)。食べ物に関しても、海があるほうに軍配が上がるような気がします。
この延長線上で無理なく「魅力ある街づくり」を考えてゆくしかないと思います。10人に1人くらいが、山間村に住んでもいいと考えている、くらいの状況でしょう。
定住化を推進するにしても、まず街を知ってもらわなければなりません。いきなりフラッと来てその町に住みつくのは「ふうてんの寅さん」くらいです。定住化の対象者となる基本的な数字は、首都圏(通常の首都圏ではなく、東京、千葉、埼玉、神奈川の1都3県を想定。以下同じ)からの日帰り観光客のマーケット規模のように思えます。まずその規模を推定してみましょう。
下仁田町は関越道・上信越道を利用すれば練馬インターから下仁田インターまで105.5kmで67分の時間距離です(道路時刻表)。ここだけの話ですが、実際は渋滞さえなければ50分くらいで着いてしまうのではないでしょうか(時速120キロの気分的巡航速度です)。
日帰り観光の片道の限界時間距離は2時間と言われています。片道2時間範囲なら無理なく、楽しく日帰りで観光ができた、と感じられるそうです(ちょっと無理があるかもしれませんが、日帰り圏は通勤通学の限界点と考えてもいいのではないでしょうか?)。
そうすると、東京都の人口1263万1千人(このうち郡部、島嶼部の人口は8万5千人)、埼玉県の人口707万1千人(ともに平成18年7月1日現在の推計)。合わせて1970万2千人が、大体の首都圏からの日帰り観光客のマーケットになります。
北関東道が全線開通し、圏央道も神奈川県茅ヶ崎市まで繋がれば、このマーケットはさらに拡大します。
しかし、マーケットは大きいのですが、ここに大きな問題が横たわっています。それは東京都と埼玉県の人口当たり乗用車保有台数が、北関東3県に比べ格段に低いことです。
下仁田町へのアクセスを考えた場合、どうしても自動車を前提に考えざるを得ません(上信電鉄さん、高速バスを運行する西部バスさん、ごめんなさい。でもクルマがないと、定住化するにしても普段の生活に困ってしまいます)。
単純に今年4月末の乗用車保有台数を直近の人口で割ってみると、東京都は321万7千台で25.5%、埼玉県は297万1千台で42.0%。これに対し群馬県は126万1千台で62.4%です(業務用に使われる乗用車などは考慮しておりません)。
東京、埼玉(特に東京近郊)は公共交通機関が発達している上に、駐車場などの自動車保有コストが高いといった事情があります。群馬県のように、日常生活にクルマは必須ではないのです。
(そして、自動車を日常的に使っている人の行動範囲における時間間隔と、そうでない人の感覚には大きな違いがあると思います。)
観光の場合1台に平均2人乗車するとして、単純に計算すると東京都の642万人、埼玉県の594万人、合わせて1236万人のマーケットに縮んでしまいます。
しかしそれでもなお、1000万人以上のマーケットを抱えていると言うのは条件的に恵まれています(夕張市と比較してみてください)。この1%の人が年4回来てくれるだけで、延べ50万人の首都圏からの日帰り観光客になります。
(7月8月の2ヶ月だけで400万人の観光客入込数がある軽井沢町の対象マーケットは新幹線のアクセスがあるだけに東京、埼玉の人口全てが対象になるでしょう。それに群馬県、長野県の人口半分ずつを加えた2180万7千人くらいのマーケットだと思います。この18.3%、約2割、5人に1人の人が7月8月のうちに1度軽井沢町を訪れる計算になります。もちろん同じ人が何度も行く場合もあるでしょうが。)
美味しいものがあって、楽しいことがあって、美しい景色があれば、観光客は来るでしょう。ただ、この3つの要素を絶えずレベルアップしていかなければなりません。地域間競争が激しいだけに、平均より少し上のレベルを最低限キープしなければなりません。
美味しいものは地元の産品を活かした「牛鍋・すき焼き」、「下仁田おでん」を核にして料理のレベルを上げてゆくことです。
イベントは既存のものに創意工夫を加え、町外の人にどう楽しんでもらえるか考えるしかありません。景色は道路沿い、山、川の景観を美しくしていくための努力をするしかありません。
そしてまずは日帰り観光客を増やすことです。多くの人に下仁田町の存在を知ってもらうことです。
下仁田町を知ってもらう方策として、同時にサイバー町民を増加させることです。既存の「ふるさと下仁田の会」の会員を増やし、ウェブマガジンの「しもにたタイムス」をメールマガジン化することでしょう。下仁田町縁故の人が一番のターゲットになるとおもいます。サイバー町民の登録方法、サービスなどは知恵を出していくしかありません。
空き家があれば、低料金で利用できる宿泊施設に転換することも考えなければなりません。そして週末や休日を利用した宿泊客を増やし、徐々に夏休みなどの長期宿泊者を増やしていく方策をとるのが良いのではないかと思います。
下仁田町で一泊して、翌日に軽井沢町に回って帰る、或いは逆に軽井沢町で遊んでから下仁田町に一泊して帰る、といった観光客が増えるよう努力すべきです。
定住化はその先だと思います。
観光客を増やすに当たって最も注意しなければならないのは、観光と日常生活をシンクロナイズさせることです。観光客を増やそうと思って始める、肩に力が入った事業は大抵長続きしません。
地元の人が、美味しいものを食べ、美しい空間を眺めながら豊に暮らしている光景に憧れて、観光客は訪れるのではないでしょうか?そして、その中から、そこに住みたいと思う人が現れるのです。
軽井沢町がブランド化したキーワードは、「別荘」です。各自が勝手に思い描く別荘ライフです。功なり名を遂げた政治家、経済人、文化人などの著名人が別荘を構える土地として軽井沢はブランド化したと思います。決して観光が先ではありません(別荘で過ごすことも観光といえば言えるかもしれませんが、ちょっと違うような気がします)。
もちろん金銭的な意味でなく、地元の人が豊な暮らしをしていなければ、或いはそう思わせなければ、観光地としてブランドを維持し続けるのは難しいように思います。
「こんにゃく」から一般の人は豊な生活をイメージするでしょうか?私は否定的です。ですから下仁田町は「こんにゃく」にこだわらないほうが良い、「こんにゃく」の呪縛から開放されたほうが良いと提言してみたのです。
名物料理も「こんにゃく料理」ではなく、地元の特産品も大いに活用できる「牛鍋・すき焼き」を看板に掲げたほうが良いのではないかと思った訳です。
存在を知ってもらうためには、ちょっとあざとい方法ですが、上信越自動車道から見える地点に風船爆弾を復元してみようと言ってみたのです。
生活と観光をシンクロナイズさせ、観光の3要素である、美味しいもの、楽しいこと、美しい景色を作り上げていくことは、地元の生活者にとっても多くの恩恵があるように思います。
次回は、定住を誘う「禁じ手」を書いてみたいと思います。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル≫7月28日のエントリー記事を転載したものです。
では、具体的な対策として何が考えられる、かです。実に単純にして、最も難しい「魅力のある街づくり」の問題です。
確か総理府の世論調査だったと思いますが、将来的に都会に住みたいかそれとも田舎に住みたいかという設問に、田舎に住みたいと言う自然派は3割ぐらいで、圧倒的に都会志向が強かったように記憶します。
何故かという理由は殆ど忘れてしまいましたが、お金の問題は別にしても、映画演劇美術などに接する機会が少ない、買い物などで魅力あるところが少ない、病気になったときの医療体制の問題などが理由に上げられていたように、うっすら記憶しています。刺激が少ないんですよね。
普段は都会に住んで、喧騒に疲れると田舎に行って自然に触れてみたい、といった人が多数なのではないか、と思います。
それも山だけより、海がある田舎の方がいいのではないでしょうか?(海無し県である群馬県育ちの私は特にそう思います)。食べ物に関しても、海があるほうに軍配が上がるような気がします。
この延長線上で無理なく「魅力ある街づくり」を考えてゆくしかないと思います。10人に1人くらいが、山間村に住んでもいいと考えている、くらいの状況でしょう。
定住化を推進するにしても、まず街を知ってもらわなければなりません。いきなりフラッと来てその町に住みつくのは「ふうてんの寅さん」くらいです。定住化の対象者となる基本的な数字は、首都圏(通常の首都圏ではなく、東京、千葉、埼玉、神奈川の1都3県を想定。以下同じ)からの日帰り観光客のマーケット規模のように思えます。まずその規模を推定してみましょう。
下仁田町は関越道・上信越道を利用すれば練馬インターから下仁田インターまで105.5kmで67分の時間距離です(道路時刻表)。ここだけの話ですが、実際は渋滞さえなければ50分くらいで着いてしまうのではないでしょうか(時速120キロの気分的巡航速度です)。
日帰り観光の片道の限界時間距離は2時間と言われています。片道2時間範囲なら無理なく、楽しく日帰りで観光ができた、と感じられるそうです(ちょっと無理があるかもしれませんが、日帰り圏は通勤通学の限界点と考えてもいいのではないでしょうか?)。
そうすると、東京都の人口1263万1千人(このうち郡部、島嶼部の人口は8万5千人)、埼玉県の人口707万1千人(ともに平成18年7月1日現在の推計)。合わせて1970万2千人が、大体の首都圏からの日帰り観光客のマーケットになります。
北関東道が全線開通し、圏央道も神奈川県茅ヶ崎市まで繋がれば、このマーケットはさらに拡大します。
しかし、マーケットは大きいのですが、ここに大きな問題が横たわっています。それは東京都と埼玉県の人口当たり乗用車保有台数が、北関東3県に比べ格段に低いことです。
下仁田町へのアクセスを考えた場合、どうしても自動車を前提に考えざるを得ません(上信電鉄さん、高速バスを運行する西部バスさん、ごめんなさい。でもクルマがないと、定住化するにしても普段の生活に困ってしまいます)。
単純に今年4月末の乗用車保有台数を直近の人口で割ってみると、東京都は321万7千台で25.5%、埼玉県は297万1千台で42.0%。これに対し群馬県は126万1千台で62.4%です(業務用に使われる乗用車などは考慮しておりません)。
東京、埼玉(特に東京近郊)は公共交通機関が発達している上に、駐車場などの自動車保有コストが高いといった事情があります。群馬県のように、日常生活にクルマは必須ではないのです。
(そして、自動車を日常的に使っている人の行動範囲における時間間隔と、そうでない人の感覚には大きな違いがあると思います。)
観光の場合1台に平均2人乗車するとして、単純に計算すると東京都の642万人、埼玉県の594万人、合わせて1236万人のマーケットに縮んでしまいます。
しかしそれでもなお、1000万人以上のマーケットを抱えていると言うのは条件的に恵まれています(夕張市と比較してみてください)。この1%の人が年4回来てくれるだけで、延べ50万人の首都圏からの日帰り観光客になります。
(7月8月の2ヶ月だけで400万人の観光客入込数がある軽井沢町の対象マーケットは新幹線のアクセスがあるだけに東京、埼玉の人口全てが対象になるでしょう。それに群馬県、長野県の人口半分ずつを加えた2180万7千人くらいのマーケットだと思います。この18.3%、約2割、5人に1人の人が7月8月のうちに1度軽井沢町を訪れる計算になります。もちろん同じ人が何度も行く場合もあるでしょうが。)
美味しいものがあって、楽しいことがあって、美しい景色があれば、観光客は来るでしょう。ただ、この3つの要素を絶えずレベルアップしていかなければなりません。地域間競争が激しいだけに、平均より少し上のレベルを最低限キープしなければなりません。
美味しいものは地元の産品を活かした「牛鍋・すき焼き」、「下仁田おでん」を核にして料理のレベルを上げてゆくことです。
イベントは既存のものに創意工夫を加え、町外の人にどう楽しんでもらえるか考えるしかありません。景色は道路沿い、山、川の景観を美しくしていくための努力をするしかありません。
そしてまずは日帰り観光客を増やすことです。多くの人に下仁田町の存在を知ってもらうことです。
下仁田町を知ってもらう方策として、同時にサイバー町民を増加させることです。既存の「ふるさと下仁田の会」の会員を増やし、ウェブマガジンの「しもにたタイムス」をメールマガジン化することでしょう。下仁田町縁故の人が一番のターゲットになるとおもいます。サイバー町民の登録方法、サービスなどは知恵を出していくしかありません。
空き家があれば、低料金で利用できる宿泊施設に転換することも考えなければなりません。そして週末や休日を利用した宿泊客を増やし、徐々に夏休みなどの長期宿泊者を増やしていく方策をとるのが良いのではないかと思います。
下仁田町で一泊して、翌日に軽井沢町に回って帰る、或いは逆に軽井沢町で遊んでから下仁田町に一泊して帰る、といった観光客が増えるよう努力すべきです。
定住化はその先だと思います。
観光客を増やすに当たって最も注意しなければならないのは、観光と日常生活をシンクロナイズさせることです。観光客を増やそうと思って始める、肩に力が入った事業は大抵長続きしません。
地元の人が、美味しいものを食べ、美しい空間を眺めながら豊に暮らしている光景に憧れて、観光客は訪れるのではないでしょうか?そして、その中から、そこに住みたいと思う人が現れるのです。
軽井沢町がブランド化したキーワードは、「別荘」です。各自が勝手に思い描く別荘ライフです。功なり名を遂げた政治家、経済人、文化人などの著名人が別荘を構える土地として軽井沢はブランド化したと思います。決して観光が先ではありません(別荘で過ごすことも観光といえば言えるかもしれませんが、ちょっと違うような気がします)。
もちろん金銭的な意味でなく、地元の人が豊な暮らしをしていなければ、或いはそう思わせなければ、観光地としてブランドを維持し続けるのは難しいように思います。
「こんにゃく」から一般の人は豊な生活をイメージするでしょうか?私は否定的です。ですから下仁田町は「こんにゃく」にこだわらないほうが良い、「こんにゃく」の呪縛から開放されたほうが良いと提言してみたのです。
名物料理も「こんにゃく料理」ではなく、地元の特産品も大いに活用できる「牛鍋・すき焼き」を看板に掲げたほうが良いのではないかと思った訳です。
存在を知ってもらうためには、ちょっとあざとい方法ですが、上信越自動車道から見える地点に風船爆弾を復元してみようと言ってみたのです。
生活と観光をシンクロナイズさせ、観光の3要素である、美味しいもの、楽しいこと、美しい景色を作り上げていくことは、地元の生活者にとっても多くの恩恵があるように思います。
次回は、定住を誘う「禁じ手」を書いてみたいと思います。
※この記事は≪軽井沢まで何マイル≫7月28日のエントリー記事を転載したものです。
2006年09月05日
過疎化・高齢化対策強化は喫緊の課題(勝手に下仁田町再生計画その9)
群馬県は全国山村振興連盟会員の県内25市町村と「ぐんまの山村回帰支援研究会」を設立し、都市生活者の山村定住や交流促進に取り組むという。
同時に、下仁田町、南牧村、神流町、上野村の4町村を体験型観光を促進する「観光・交流型」の、また桐生市の旧黒保根村地域を「定住・滞在型」のモデル地域に選んでいる。群馬県と共同歩調をとって、過疎化対策、観光対策を実施していくようだ。
「勝手に下仁田町再生計画」を書いている当方としても、大変結構なことだと思う。
というのも、このままいくと、下仁田町、南牧村、神流町、
上野村の将来推計人口は、コミュニティの存続も危ぶまれる推移が予想されているからだ。
数字の羅列で恐縮だが、およそ10年後になる2015年の下仁田町(2005年の国勢調査人口は1万147人)の推計人口は8584人。うち70歳以上の人口は30.4%の2614人である。
同様に南牧村(同2929人)は2113人で、70歳以上人口は48.65%の1026人。
神流町(同2757人)は2129人で70歳以上は44.3%の943人。
上野村(同1532人)は887人で70歳以上は46.3%の411人と予想されている。
4町村に特徴的なのは、群馬県内の他の町村に比べ、1世帯あたり規模が小さいことだ。2005年における国勢調査では、群馬県郡部の平均世帯人員は2.98人。これに対し下仁田町は2.91人、南牧村は2.39人、神流町2.44人、上野村に至っては2.23人である。
これはどういうことかというと、女性のお年寄り一人住まいが多いからではないだろうか?
また数字の羅列になってしまうが、2015年の将来推計人口における70歳以上の男女比を見てみよう。
下仁田町は前述したように70歳以上の高齢者人口が2614人と推計されているが、この内訳は男1055人に対し女1560人でその差は女が505人上回る。
南牧村は1026人のうち男402人、女625人でその差は223人。
神流町は943人のうち男358人、女586人でその差は228人。
上野村は271人のうち男105人、女166人でその差61人となっている。
何れも、2015年の男女比より差が大きくなる。
先頃発表された日本人の平均寿命(2005年)は、男が78.53歳、女が85.49歳でおよそ7歳の差があることを考えれば、当然かもしれない。
群馬県の調べによると2004年における65歳以上人口は40万5486人で一人暮らし高齢者は3万5736人。率にして8.81%である。この比率は年々上昇してきている(2003年が8.66%、2002年が8.48%、2001年が8.25%。一人暮らし高齢者は在宅のみで、入院、施設入所者は含まれていない)。
2015年における下仁田町の65歳以上人口は3391人(高齢者率は39.5%)、南牧村は1197人(同56.6%)、神流町1150人(同54.0%)、上野村498人(56.1%)と推計されている。
2005年の平均世帯規模で2015年の人口で割って、仮の数字だが、各町村の世帯数を出してみよう。
下仁田町は2880戸、南牧村が884戸、神流町が872戸、上野村が398戸となる。世帯規模は今後さらに小さくなるから、実際にはこれより戸数は多くなると思う。
2015年には、65歳以上人口の10%が一人暮らしになるとすると、下仁田町は2880戸のうち339戸(11.8%)、南牧村は884戸のうち120戸(13.6%)、神流町は872戸のうち115戸(13.2%)、上野村は398戸のうち50戸(12.6%)が、一人暮らしの高齢者世帯になる。
ここに気になる数字がある。2003年に草津町で行われた調査だが、70歳以上高齢者における要支援者の比率は15.9%、要介護者(寝たきりを含む)の比率は19.6%だったといわれる。
この数字を単純に当て嵌めてみる。下仁田町は2015年の70歳以上推計人口が2614人だから要支援者416人(推計人口比4.8%)、要介護者512人(同6.0%)。
同様に南牧村は1026人だから要支援者163人(同7.7%)、要介護者201人(同8.0%)。
神流町は943人だから150人(同7.0%)と185人(同8.7%)。上野村は271人だから43人(同4.8%)と53(同6.0%)人になる。
参考までに数字を上げておくと、2010年における65歳以上の認知症の出現率は8.13%と見られている。2015年には後期高齢者率(75歳以上)はさらに高まるからこの出現率はさらに上昇するだろう。認知症の平均発病年齢は72.4歳と言われている(「痴呆性老人を抱える家族全国実態調査」)。
以上から、現状のまま推移した下仁田町、南牧村、神流町、上野村の10年後の姿を概略すれば、人口は15.4%〜42.1%減少し、世帯数も同様な減り方をする。
そして65歳以上人口の比率は39.5〜56.1%。そのうち70歳以上人口だけでも30.4〜48.65%と高水準。荒っぽく言えば、2人に1人は高齢者で、それも70歳以上のお年寄りが大半になる。
世帯のうち65歳以上の高齢者一人暮らし世帯が11〜13%。つまり10軒に1軒強である。
要支援者・要介護者が人口に占める割合は11〜16%。10人に一人以上である。また全体人口の4〜6%の人が程度の差こそあれ、認知症を患っているということになる。
現状のままでは、こうした状況の中で、福祉を維持し、防災消防体制を整え、コミュニティを維持していかなければならない。買い物などの日常活動はどうするのか、病人発生などの緊急時の対応はどうするのか、といった問題も気に掛かる。
何も手を打たなければ、それがわずか10年後に来る。今までの数字は平成14年推計を基にしており、実際はこれよりも速いスピードで人口減や高齢化は進むだろう。
「平成の大合併の落とし穴(勝手に下仁田町再生計画その6)」で指摘したように、単に市町村合併をすれば解決する問題ではない。合併して、町村名は変わっても或いは無くなっても、人と建物はそのままで、地域は残り、消えるわけではない。
今後、過疎化対策、高齢化対策はさらに力を入れて取り組まなければならないだろう。下仁田町、南牧村、神流町、上野村はその典型的な例で、これは地方圏の市町村に共通する課題である。
【下仁田町から軽井沢町までの直線距離≒14マイル≒22km】
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月28日のエントリー記事を転載したものです。
同時に、下仁田町、南牧村、神流町、上野村の4町村を体験型観光を促進する「観光・交流型」の、また桐生市の旧黒保根村地域を「定住・滞在型」のモデル地域に選んでいる。群馬県と共同歩調をとって、過疎化対策、観光対策を実施していくようだ。
「勝手に下仁田町再生計画」を書いている当方としても、大変結構なことだと思う。
というのも、このままいくと、下仁田町、南牧村、神流町、
上野村の将来推計人口は、コミュニティの存続も危ぶまれる推移が予想されているからだ。
数字の羅列で恐縮だが、およそ10年後になる2015年の下仁田町(2005年の国勢調査人口は1万147人)の推計人口は8584人。うち70歳以上の人口は30.4%の2614人である。
同様に南牧村(同2929人)は2113人で、70歳以上人口は48.65%の1026人。
神流町(同2757人)は2129人で70歳以上は44.3%の943人。
上野村(同1532人)は887人で70歳以上は46.3%の411人と予想されている。
4町村に特徴的なのは、群馬県内の他の町村に比べ、1世帯あたり規模が小さいことだ。2005年における国勢調査では、群馬県郡部の平均世帯人員は2.98人。これに対し下仁田町は2.91人、南牧村は2.39人、神流町2.44人、上野村に至っては2.23人である。
これはどういうことかというと、女性のお年寄り一人住まいが多いからではないだろうか?
また数字の羅列になってしまうが、2015年の将来推計人口における70歳以上の男女比を見てみよう。
下仁田町は前述したように70歳以上の高齢者人口が2614人と推計されているが、この内訳は男1055人に対し女1560人でその差は女が505人上回る。
南牧村は1026人のうち男402人、女625人でその差は223人。
神流町は943人のうち男358人、女586人でその差は228人。
上野村は271人のうち男105人、女166人でその差61人となっている。
何れも、2015年の男女比より差が大きくなる。
先頃発表された日本人の平均寿命(2005年)は、男が78.53歳、女が85.49歳でおよそ7歳の差があることを考えれば、当然かもしれない。
群馬県の調べによると2004年における65歳以上人口は40万5486人で一人暮らし高齢者は3万5736人。率にして8.81%である。この比率は年々上昇してきている(2003年が8.66%、2002年が8.48%、2001年が8.25%。一人暮らし高齢者は在宅のみで、入院、施設入所者は含まれていない)。
2015年における下仁田町の65歳以上人口は3391人(高齢者率は39.5%)、南牧村は1197人(同56.6%)、神流町1150人(同54.0%)、上野村498人(56.1%)と推計されている。
2005年の平均世帯規模で2015年の人口で割って、仮の数字だが、各町村の世帯数を出してみよう。
下仁田町は2880戸、南牧村が884戸、神流町が872戸、上野村が398戸となる。世帯規模は今後さらに小さくなるから、実際にはこれより戸数は多くなると思う。
2015年には、65歳以上人口の10%が一人暮らしになるとすると、下仁田町は2880戸のうち339戸(11.8%)、南牧村は884戸のうち120戸(13.6%)、神流町は872戸のうち115戸(13.2%)、上野村は398戸のうち50戸(12.6%)が、一人暮らしの高齢者世帯になる。
ここに気になる数字がある。2003年に草津町で行われた調査だが、70歳以上高齢者における要支援者の比率は15.9%、要介護者(寝たきりを含む)の比率は19.6%だったといわれる。
この数字を単純に当て嵌めてみる。下仁田町は2015年の70歳以上推計人口が2614人だから要支援者416人(推計人口比4.8%)、要介護者512人(同6.0%)。
同様に南牧村は1026人だから要支援者163人(同7.7%)、要介護者201人(同8.0%)。
神流町は943人だから150人(同7.0%)と185人(同8.7%)。上野村は271人だから43人(同4.8%)と53(同6.0%)人になる。
参考までに数字を上げておくと、2010年における65歳以上の認知症の出現率は8.13%と見られている。2015年には後期高齢者率(75歳以上)はさらに高まるからこの出現率はさらに上昇するだろう。認知症の平均発病年齢は72.4歳と言われている(「痴呆性老人を抱える家族全国実態調査」)。
以上から、現状のまま推移した下仁田町、南牧村、神流町、上野村の10年後の姿を概略すれば、人口は15.4%〜42.1%減少し、世帯数も同様な減り方をする。
そして65歳以上人口の比率は39.5〜56.1%。そのうち70歳以上人口だけでも30.4〜48.65%と高水準。荒っぽく言えば、2人に1人は高齢者で、それも70歳以上のお年寄りが大半になる。
世帯のうち65歳以上の高齢者一人暮らし世帯が11〜13%。つまり10軒に1軒強である。
要支援者・要介護者が人口に占める割合は11〜16%。10人に一人以上である。また全体人口の4〜6%の人が程度の差こそあれ、認知症を患っているということになる。
現状のままでは、こうした状況の中で、福祉を維持し、防災消防体制を整え、コミュニティを維持していかなければならない。買い物などの日常活動はどうするのか、病人発生などの緊急時の対応はどうするのか、といった問題も気に掛かる。
何も手を打たなければ、それがわずか10年後に来る。今までの数字は平成14年推計を基にしており、実際はこれよりも速いスピードで人口減や高齢化は進むだろう。
「平成の大合併の落とし穴(勝手に下仁田町再生計画その6)」で指摘したように、単に市町村合併をすれば解決する問題ではない。合併して、町村名は変わっても或いは無くなっても、人と建物はそのままで、地域は残り、消えるわけではない。
今後、過疎化対策、高齢化対策はさらに力を入れて取り組まなければならないだろう。下仁田町、南牧村、神流町、上野村はその典型的な例で、これは地方圏の市町村に共通する課題である。
【下仁田町から軽井沢町までの直線距離≒14マイル≒22km】
※この記事は≪軽井沢まで何マイル?≫7月28日のエントリー記事を転載したものです。


