2021年08月13日

OSK 麗羅リコスペシャルライブ 「My All」in Brooklyn Parlor OSAKA

OSK 麗羅リコスペシャルライブ in Brooklyn Parlor OSAKAを見た。

いわずと知れた麗羅リコさんの「ご卒業」公演です。トーク内容から察するに、作・演出・振り付けの大部分(3シーンは中野栄里子氏につけていただいたと、7月に言われていました)、録音の歌まで麗羅さんが担当されているそうです。

私はこういうスタジオ小規模公演と言えども専任の演出家をつけずに劇団員に作らせることには絶対反対を表明してきました。劇団に(アンケートで)意見を述べたこともあります。劇団員は演じる人。どんなに演出の才があったとしても、スポーツで言うところのプレイング・マネージャーをさせるのは任務外だし、客の立場からすれば手をかけたプロのステージを見に来ているわけで、作る人員も専任のプロを確保してほしい。そこの意見は変わりません。作り手もプロ、演じてもプロの丁寧な作品を見たいです。

ただ、この公演だけは、麗羅さんが手がけられてよかった、と思いました。たしかにプロの演出家の作品ではありませんが、職業演出家にはできない思い入れの強さで密度濃く、あらゆるシーンが丁寧に作られていることがわかります。ご本人は「(OSKに入団してからの)11年間の思い」とおっしゃっていますが、それ以前の人生で得たものをすべて投入した舞台だと思います。一瞬、一瞬、一分一秒、無駄な瞬間がありません。トークで噛んだ時も、打ち合わせ通りにいかなかったハプニング時(トークコーナーです)も。

私は実は荻田浩一作・演出のBrooklyn Parlor公演「Every Little Stars」が気に入っていません。初演を見たときにどうしたんだオギー、もっとオギーらしさを見せてくれ、とじりじりする思いでした。今回ふと「職業演出家の作品」を見てみたくて(こき下ろすつもりだった)、「My All」の合間に見てみたら、なんということでしょう、「ああ、やっぱりプロはプロだ。」とどことは言えないけれども舌を巻いて、こき下ろす気概がなくなってしまいました。

劇団員が渾身の思いで人生(半生)かけて作り上げた、二度とないすごいステージと、プロの「技」の相反するものを受け止めきれず、昨夜はフラフラになって帰宅後早々に蒲団に入って寝ました…が、早起きもできず。

こんな時間になってしまいましたが、そして生の舞台には絶対に及ばないとは思いますが、今からでも間に合えば麗羅リコスペシャルライブ 「My All」in Brooklyn Parlor OSAKAのリモート配信を見てください。末尾に公式サイトからのコピーを貼り付けておきます。

だけど私は会社に言いたい。麗羅さんの思い入れと才能による、たまたまの結果オーライですからね。これを前例としてほしくないです。すべての公演はプロの作り手(できれば振付師と演出家は別に確保を)で丁寧に作ることを原則にしてほしいです。では、本日も2回公演、行ってきます。


<ZAIKO LIVE生ライブ配信について>

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【チケット代金】1公演2,275円 or 1,209円(購入者手数料含む)となります。

【特徴】アーカイブ映像が残るため、終演後の視聴・購入も可能となっております。

※本配信は劇場での有観客公演と併用する形で行います。

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2021年08月10日

OSK松竹座・新橋演舞場 夏のおどりSTARt

6月に松竹座で、88日に新橋演舞場で、OSK「夏のおどり STARt」を見た。

 

最初は構成についての文句をたらたらと書く気でいた。文句を書くのが本意ではないので6月観劇時の記事アップは自粛した。そうして8月新橋演舞場公演を見たら・・・。文句を言う気が随分とおさまってしまった。88日の前楽(11:30公演)は新橋演舞場での初見だったのだが、泣いてしまった。それでは構成上のどこが気に入らなかったのかをカッカせずに書いてみようと思う。

 

一言で言ってしまえば「場面が切れる」。これにつきる。最初に見た時に感じたのが「振付師出身の演出家らしい弱点が露呈している」だった。以下全部持論・推論なので、責任は持てないけれども書き連ねてみる。

 

今までいくつかの(といいつつ、結構な数になると思うのだけれど)舞台、特にレビュー作品を見てきて感じているのが、「振付師出身の演出家の特徴」らしきものだ。あの人もこの人もその人も、振付師出身の演出家は往々にして場面をつなぐ手法がシンプル。シンプルなのはまだいいとして、「これ、つないでいる意識ないんちゃう?」というものもある。一つの作品中暗転が30回以上なんてものもあった。

 

私のようなダンスの素養のない一般客は振り付けの妙よりも何よりも、レビューや芝居は景をどうつないでどう意味を持たせ、景を積み重ねることでより大きなうねりというか、ドラマというか、なにかこう大きな波のようなものが形成されるのを期待している。「一般客は」と束ねてみたけれども、少なくとも私はそうだ。景と景の足し算ではなく、掛け算のようにうねりが形成されたとき、そしてそれを感じとれた時に感動を覚える。それが、6月の時点の「STARt」では、足し算にしかなっていないように感じた。単なる足し算ではなく、つなぎが悪いためにそこから何かが漏れ落ちているような効率の悪さ。足しても足しても、容器がいっぱいにならないような、なにかしらもやもやしたものを感じてしまった。

 

これは出演者の頑張りでどうにかなるものではない、とも思った。構成上の弱点。2部のミュージカルメドレーが盛り上がって終わり暗転、しかし何もつなぎの工夫がないために出演者がハケる(退場する)靴音がパラパラと暗闇に響く。楊琳舞美りらのアジアンテイストな曲での、なにかしら悲しい結末を感じさせるストーリー性のあるデュエットのあとの、バレエのような挨拶のお辞儀。ここでも気持ちがぶつっと切れてしまう。

 

1部ではスーパーマンにあこがれる「クラーク・ヤンリン」がいったんは世間の人々に受け入れられたような盛り上がりを見せるが、その熱狂からさめた人々はクラーク・ヤンリンから離れ、好きになったマリアン千咲えみ)にも去られてしまい、失意のうちにせり下がるという悲しい結末を迎える。無駄にダサい(美しい楊琳をダサくするのはかなりの力技だ)クラーク・ヤンリンの失意はどう昇華されるのかとセリ上がりをかたずをのんで待ち受けていたら、とっくに景は変わっていて、確かに美しく変身した(いや、やっと本来の姿に戻った)楊琳がセリ上がるが(個人的にはこのセリ上がりの楊琳のシルエットは本当に美しいと思う。素のシルエットがまるで端正なギリシャ彫刻のようだ)、それはもうまったく違う景であって、クラーク・ヤンリンの失意が昇華されることはない。

 

思うに、ダンサー→振付師という方たちの視点は当然のことながら「ダンス」の技術であったり「振り付け」の妙であったりに重点が置かれているのだろう。しかし一般民はそうではない。どんなに難しい振り付けであっても、その価値はよっぽどでないとわからない。逆もまた真で、どんなに簡単な振り付けであっても、それらしくそろっていたり、要するに「映え」ていたりすれば、それはそれで楽しく見えてしまうのだ。

 

とあるレビュー劇団のOGさんから振付師県洋二氏のお話をうかがったことがある。「○○先生や□□先生の振り付けはむずかしくてつらくて、一生懸命頑張って頑張って場面を作り上げましたが、先生はびっくりするくらい簡単な振り付けで、こんなのでいいの?と思いながらやってても、ちゃんときれいに仕上がってしまうのが不思議でした。」そう、一般民には難易度の高さなんかどうでもいい。きれいに、楽しく仕上がっていればそれしかわからない。

 

「STARt」はさぞかし難易度の高い振り付けがされていたのだろう。普段見ない動きや隊形の変化などもあった。劇団員は本当に頑張ったに違いない。それは客席でも感じた。感じたが、客席に届くまでにぶつ切りで漏れ、昇華されずに漏れ、エネルギーがそのままないしは掛け算で増幅される構成ではなく、大変に効率が悪いというか、もったいないように思えた。

 

ここまでが文句。じゃあなぜそれが8月の新橋演舞場では一定解消されていたのか。構成はたぶん全く同じだったと思うのだけれど。少なくとも私は感極まって涙した。「クラーク・ヤンリン」の失意が昇華されることはなかったし、楊・舞美の紫のデュエットのあとのお辞儀はやっぱりいらないと思ったが、ミュージカルメドレーのあとの暗闇の足音も悪くない、とさえ思えた。(私は単純な暗転が大嫌いなのに。)

 

 

私の考察はここどまりです。昔から告白しているように個人を見るのは本当に苦手で、構成とか装置とか照明とか「見えるものしか見えない」のです。本当は「こうこうこういう理由でよくなったんでしょう」とまで分析するべきなんでしょうが。

 

うーん、それにしてもやっぱり、見てみるもんだなあ、と思う。この状況での新橋演舞場観劇はさすがに迷ったけれど、舞台は生もの、見て、見て、見続けるべきなんだなあ、と今回も思った次第です。

 

さて、明日からは3日間、麗羅リコさんのOSKでのラストステージです。この10年間、特に高世麻央さんが「ご卒業」されてからは、私は麗羅さんの舞台から生きる力をもらっていたようなもんです。悲しいけれどしっかり見てこようと思っています。(私は苦手ですが)劇場に行かれない方はぜひぜひリモート観劇なさってください。(以下OSK公式サイト 8月OSK Revue Cafe公演のスケジュール発表ページより貼り付け)↓

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2021年06月13日

カッケ(勝浦千浪)さんのことをもう少し

先日記事にした1954年(S29)SKD「春のおどり」の公演パンフレットにまるまる1ページ、カッケ(勝浦千浪)さんの紹介分が載っていたので、そのまま書き写します。(尺貫法をcm、kgに換算したり、改行ごとにスペースを設けたり、人名を太字にしたりはこちらでしました)
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「三度上京の勝浦千浪のこと」

「春のおどり」も毎年好評裡に、ここに第四回目を迎えました。「歌舞伎おどり」に始まって、「春のおどり」と改題され、毎年日本独自のカブキをレヴュー化した花舞台が桜咲く前に開幕されているのは広く東京のみでなく日本の名物として、多くの外国人観光客にも知れていることです。

ところでこの第四回「春のおどり」に三度大阪松竹歌劇団の勝浦千浪が上京して賛助出演することになりました。第一回、第二回と、この「春のおどり」に単身OSKから馳せ参じての出演だけに、彼女の斗志とでもいうのでしょうか舞台の上でのすべての点に、まったく火花の散りそうな真剣な熱演が続けられました。

今迄の「春のおどり」でも印象に強く残るものがありました。第一回の時の“カチカチ山”での兎、六法を踏みながらのエプロンステージを引込むときの全身から感ぜられたあの気魄。小月冴子とコムビでの“初春万才”のコミック。第二回目では鳴神上人、そしてやはり小月とのコムビのいなせな若い衆姿。といずれも今でもありありと私共の眼底に焼け付くようにあざやかに印象づけられた素晴しい舞台でした。

なにしろ五尺四寸(約163.5cm)、十三貫半(約48.8kg)という堂々たる体躯と、同じOSKでも秋月、芦原とならんですべての点に遜色ない踊り手として、特に日舞に秀でた勝浦千浪にとって、まったく格好の晴れ舞台でありましょう。しかも単身上京してSKDに交じっての出演なので、OSKの代表という重荷を背負っているのですから、その舞いの一ふりでも、やはり斗魂がみなぎっているというのも無理のないことでしょう。

その勝浦が第三回、つまり昨年は都合によって期待された上京が実現できませんでしたが、いよいよ今年の第四回「春のおどり」には三度の上京出演が実現できるそうです。

今年度の賛助出演では、SKDの天野妙子と組んで“江島生島”を踊ってくれるとのことですが、所謂カブキとは違った、いわばレヴュー化したこの生島新五郎勝浦がどの様に見せてくれるか、又、小月とのコムビで何を見せてくれるのか仲々期待がもてる春の話題の一つとなることでしょう。

さてここらで、すでに東京でもファンも多いことなのですが、改めて勝浦千浪を御紹介しておきましょう。

大阪松竹歌劇団(OSK)のビッグ・スタアとして秋月恵美子、芦原千津子と共に、松組、竹組とある二組の公演に、その都度特別出演のかたちで出演している男装の麗人ということぐらいはもう皆様も御存知のことと思います。とにかく踊り手としては少ない位のヴォリウムで、洋舞、日舞何れも見事にこなす技量の持ち主。中でも日舞は定評のあるもので、男役よく女役も又見事にやってのける器用さ。性格もなかなかしっかりしているし、そのくせ決して人をそらせないし、細かいところまでよく気のつく明るい朗らかさ。大阪生まれの割に、まるで江戸っ児の様な竹を割いた様なサッパリした気性なのでOSKはもとよりSKDにあっても愛称の“カッケちゃん”で人々に親しまれております。

映画といえば大映入りをしたスタア京マチ子さんとは舞台当時の名コムビでした。ぴったりと息の合ったこの勝浦・京の名コムビは当時のOSKファンはもとよりあらゆる面での人気を独占していたかの感がありました。たまたま京マチ子の大映入り以後、片翼を失ったかの様に見えましたが、流石にその失った片翼を自分自身に見出してしまいました。それが現在の勝浦千浪のあの堂々とした舞台に伺えることが出来るのです。

ともあれ映画「慶安水滸伝」とともに、この春の話題となる第四回「春のおどり」での勝浦千浪への期待は更に大きいものがあるようです。頼みますヨ、カッケちゃん!!(相原武雄

カチカチ山の兎って。こんな男前に何させんねん。(雑誌「松竹歌劇」第25号。この「春のおどり」の記事が掲載されている号です。)ま、また公演パンフレットひも解いて、どんなんか見ておきます。まさか着ぐるみではないでしょう。「歌舞伎おどり」だから。

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「慶安水滸伝」。見たい見たい。衛星劇場でやらないかな。もう何度かやったかな。女形の役だそうで、ひょっとしてそのスチールでは?という写真も手元にあります。

で、公演パンフを閉じようとしたら。
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こ、これは!ついこの間、衛星劇場で見た松竹映画「春の若草」の広告ではありませんか!

解説しましょう。この女性はあの、草笛光子サマです。草笛光子サマがSKD在団中に出演した映画です。

耐えるヒロイン月丘夢路)に対して、自分を通す「新しい時代のワガママ娘」を演じておられます。お得意のお歌も歌っていらっしゃいました。そうか、カッケさんが江島生島を演じていたころの映画かあ・・・。

なんか、時空がぐにゃぐにゃゆがんで、めまいがしそうです。シアワセなめまいですけどね。


2021年06月10日

しつこく、原色復元してみた

もう、こんな楽しいツール、いにしえ探検隊にはドキドキグッズですよ。何って、AI利用の「白黒写真カラー化ソフト」です。何しろ手元には山ほど白黒写真がありますから。

でもね、悲しいのは「山ほど」といいますが、そこはやはりOSKのものは限られていて、量は圧倒的にSKDのものが多いのですよ。ああ、地方都市の悲しさ。

ところで、毎年OSKからSKDへの客演をされていた方がいらっしゃいます。勝浦千浪さんです。SKDが毎年1月に上演していた「春のおどり」は、もともと「歌舞伎おどり」だったのです(1951年:S26が第1回。1953年:S28に「春のおどり」に改称)。歌舞伎を題材に、洋ものも取り入れたレビューを上演していました。そこに勝浦さんは1956年(S31)まで客演されています。客演とはいうけど、公演プログラム表紙やポスターにも登場する扱いですよ。

その「春のおどり」の1954年(S29)の第3景「おもかげ」。江戸大奥女中の江島と、歌舞伎役者生島の恋物語です。以前ブログでも紹介したと思うんだけど(大々的に紹介した記憶があるのに見つけられない・・・)、これ。
4絵島生島のカッケさん
美しいですね。はい、原色復帰。
4絵島生島のカッケさんCリサイズ
お?なかなかいいのではないですか?さすが戦後、そしてこれ、絵葉書ではなくスチール写真なので、状態がいいんだと思います。
江島天野妙子さんと。天野さんは当時のSKDの日本ものの看板スターです。
5絵島生島のカッケさん
はい、原色復帰。
5絵島生島のカッケさんCリサイズ
うん・・・。ちょっとAIが悩んでますね。

舞台写真もあります。
5.5絵島生島のカッケさん

いってみます。頼むよ、AIさん。
5.5絵島生島のカッケさんCリサイズ
お?おお。なかなかいいんではないでしょうか。右より天野妙子、勝浦千浪、藤代京子、雪代敬子、深草笙子、月笛てる恵、三代景子三代さん、切れちゃってすみません!(私のせいではないのだけど)

ところで、この方たち海女なんだそうですよ。あまー?公演パンフより書き出してみますね。

桜花咲き乱れた美しい景で一艘の舟に乗って出で過ぎし日の船遊びの思い出を踊る。

〽ゆれる水面に乱れる想い
恋の生島 あで姿

江島生島一人残して去る。

と景が変わって浜辺になり、江島と似た海女が友達の海女と出て生島と踊る。やがて海女が去った後生島江島のかたみの紅椿を持って狂おしげに踊るのである。

もともとこの「江島生島事件」をモチーフにした戯曲があったらしいですが、このとき東京新聞で「絵島生島」という小説が連載されていたようですね。翌年松竹が映画化しているようです。これは見てみないとね。


ついでに、カッケさん(勝浦千浪)の、たぶん映画のスチールがあったので、原色復帰トライしてみます。まずはこれ。

6王龍のカッケさん
1950年(S25)「夢を召しませ」の王龍だと思うんですが、これを原色復帰。映画も白黒ですからね、このお衣裳は本来どんな色だったのでしょうか。興味あります。はい。
6王龍のカッケさんCリサイズ
うーん、ちょっとAIさん悩んだ感ありますね。

7王龍のカッケさん
これは・・・。何の写真でしょうか。「夢を召しませ」だと思っていたのですが、衣裳がちょっと違う。特定できません。でも原色復帰しちゃいましょう。
7王龍のカッケさんCリサイズ
おお。いいですね。

うん、やっぱり戦後のスチール写真は戦前の絵葉書印刷より数段うまく色がのるようです。

最後に、これも何の写真かわかりませんが、たぶん戦前のです。戦前から戦後にかけての、OSKの不動の看板スター秋月恵美子さんの、女役姿です。
SKM_454e21052116020
いや、もうこれだけで美しすぎます。原色は。

1美しい秋月恵美子
中間色ではありますが、美しいですねえ。

とりあえず、今回やってみたのはこんなところですが、まだまだ白黒写真はたくさんありますので、状態のいいものでまたトライしてみたいと思います。ではまた!


2021年06月07日

シネマ歌舞伎(松竹映画)「東海道中膝栗毛」&「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖」

いやあ、いいものを見せていただきました!これも衛星劇場放映版なんですけどね。契約料以上に活用してますねえ。衛星劇場、おススメですよ。私、別に関係者でも何でもないですけどね。

 

解説します。シネマ歌舞伎とは、歌舞伎の公演を映画作品にしたものです。みんな知ってるか、それくらい。いや、これがね、私は生の舞台至上主義者なんですが、歌舞伎の場合は映画にするの、アリだと思います。基本は生の舞台を見たような気にさせる撮り方だとは思うんですけど、必要に応じてアップがあったり、解説アニメーションが入ったり、普段歌舞伎を見慣れない人にも、見やすいように作ってあるものが全部ではないけど結構あって、見やすいです。もちろんそういう映像演出が極力抑えてあるものもあるので、もうこれは見てみないとわからないんですけどね、たぶん、今まで見たいくつかの作品から判断するに、新作歌舞伎や野田秀樹三谷幸喜などの歌舞伎座付作家でない人の作品はよりかみ砕いてあるんじゃないかな。

 

さて、「東海道中膝栗毛」(2016年劇場上演、2017年映画公開)&「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖」(2017年劇場上演、2018年映画公開)、たてつづけに放映があったので見ました。まずはね、すごくおもしろかったです。そして、これはね、一つの「事件」かもしれないっていうくらい衝撃を受けました。

 

では作品の解説から。「東海道中膝栗毛」は日本史の教科書にも必ず出てくるほどの、日本文化ネイティブならだれでもタイトルと主役二人の名前くらいは知っているだろう、有名な物語です。弥次郎兵衛喜多八、通称弥次さん喜多さんが東海道を旅するコメディですよね。十返舎一九作の江戸時代の滑稽本の代表です。

 

そうなんだけどね。それ以上のことは知りません、私も。もちろん原作読んだことなんて一切ないし、現代語訳本も開けたことはありません。松竹さまのHPでは、歌舞伎アレンジは案外新しく、1928年(S3)が初演らしいです。

 

OSKでもSKDでも、上演されていますよ。OSKでは1937年(S12)1月に、青春座との合同公演で「弥次喜多小唄道中 京大阪の巻」(大劇)。SKDでは1951年7月の「夏のおどり」の中の2景ほどで、川路龍子弥次郎兵衛小月冴子喜多八が女スリ(御園裕子)に財布をすられててんやわんや、という場面を演じています。

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(公演パンフレット表紙 写真上から川路龍子曙ゆり小月冴子
SKDでは、1957年(S32)の「夏のおどり」でも、このコンビが登場します。やはり2景だけですが。

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 公演パンフレット表紙 上から川路龍子小月冴子


OSK(
OSSK)の公演を実際に見た方によると「秋月恵美子弥次さんの身のこなしが素早く、舞台を駆け巡り、見事だった」ということです。秋月恵美子は戦前・戦後にかけて長期間、劇団を代表する看板スターだったのですが、まだこの時は新進気鋭の若手です。

 

今回の2016年上演の歌舞伎「東海道中膝栗毛」は、ふざけてますよ(褒めてる)。借金に追い詰められた、でくのぼう弥次郎兵衛喜多八が、手元に転がり込んだ人の金を使って伊勢参りに行こうとするんだけど途中、海にさらわれ、くじらの背に乗ってアメリカまで行っちゃう。ラスベガスでニセモノ歌舞伎役者として公演までしちゃうんですよ。ありえない?いや、そこが滑稽本原作の歌舞伎ですから。歌舞伎は古典舞踊踊っているだけじゃないんです。大衆芸能ですからね。

 


 

ふざけてるでしょ。YJKTって「やじきた」ですよ。

 

ラスベガスの劇場支配人「出飛人」(デービッド)とか、これええの?っていうくらい「日本人が演じる西洋人類型ステレオタイプ、ヤなパターン」踏襲です。たぶん数年後に放映・上映されるときは「表現に問題がありますが、作品のオリジナリティを尊重し、そのまま上映しました」の但し書きテロップが入るだろうくらいのデフォルメです。「誰だ、この奇天烈な役をたのしそーにノリノリでこなしている役者は。」と、松竹さまのサイトで検索したら、中村獅童でした。

 

え?私でも知ってるよ、この人。歌舞伎界の看板役者の一人でしょ?いろんなとこで主演してる人でしょ?こんな変な役、やらせちゃうの?

 

しかしね、変だけでは済ませないんですね。最後この荒唐無稽な物語の落とし前をつけてくれるお奉行様、大岡伊勢守忠相(あの名奉行大岡越前ですね)として正装裃姿、白塗り男前化粧でビシッと物語を締めてくれます。このビシッがあるから、デービッドのふざけすぎがまた生きるんでしょうね。

 

この歌舞伎作品の「脚本・演出」は市川猿之助です。たぶんキャスティングも猿之助主導で決められたのではないでしょうか。獅童のノリの良さと、正統派のビシッの「対比」が表現できる力量をよく知っている人のキャスティングに違いありません。

 

ラスベガスに行くだけじゃなく、しゃらっと戻ってきちゃいますからね。なんでもアリです。歌舞伎の舞台機構駆使して、本水まで使っちゃう。宙乗りもあります。ケレン味満載、それを見るだけでも楽しい。

 

それをさらに深めたのが続編「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖(こびきちょうなぞときばなし)」です。歌舞伎座で起こった殺人事件のからくりと犯人を謎解きするという、アガサ・クリスティか、名探偵コナンかという筋立てです。これがまた面白いの。

あらすじはこんなのです。

 

アメリカへ行って帰ってきた弥次郎兵衛市川染五郎)と喜多八市川猿之助)に、またのんべんだらりとした日常が戻ってきた。相変わらずの金欠状態なので、歌舞伎座で下働きのバイトをすることになった二人。歌舞伎座では「義経千本桜」の初日を迎えるために舞台稽古が行われている。人気役者の芳澤綾人中村 隼人)はこの演目の見せ場を受け持つ狐忠信を先輩、瀬之川伊之助坂東巳之助)から譲り受けたばかり。相変わらずのヘマぶりに弥次喜多コンビは歌舞伎座裏方棟梁からも怒鳴られっぱなし。そんな中で舞台稽古中に立て続けに殺人事件が起こる。犯人はだれか、動機は何か、どうやって殺したのか、弥次喜多コンビは自らにかけられた疑いを晴らすためにもなぞときに奮闘する。


 

もうこの第二作では、弥次喜多は脇、というか狂言回しにまわっています。歌舞伎座の役者連とそのお弟子、裏方、劇場座主夫婦たちに渦巻く思惑と人間関係が明らかになっていき、誰もが動機を持っている状態。その人間関係やキャラクターも、もちろんフィクションなんだけど、「○○さんはセリフをちっとも覚えない」とか、年配の女形役者が「こんな若い役は何十年ぶり」とはしゃいだり、「ちょっと本当のこと入ってる?ない?」と推測できるようなやり取りもあり。きっと歌舞伎役者連に詳しい人ならもっともっと楽しめるんじゃないかな、と思えます。なにしろ本家本元の歌舞伎役者が、歌舞伎座で、歌舞伎の演目の装置を使った殺人事件のドラマを演じる、という

 

歌舞伎にしか絶対できない

 

設定なのですよ。

 

私は2006年のOSK松竹座春のおどり「義経桜絵巻」が歌舞伎の「義経千本桜」のモチーフを使っていたため、はじめて「狐忠信」(高世麻央が演じました)というものの存在を知りました。義経の家来の佐藤四郎兵衛忠信に化けた狐が、静御前のお供をするのですね。狐のねらいは静御前の持つ鼓。天皇が義経に下賜した名品の鼓をが譲り受けたのだけれど、その鼓に貼ってある皮は自分の母親狐の皮で、それを慕ってやってきたのです。狐だとはいうものの、をしっかり守ってくれますし、「母の近くにいたい」という一途な思いゆえの化身なので、悪さはしません。むしろそこまでして母を慕う狐の思いにぐっとくるところです。

 

2006年のOSK「義経桜絵巻」は、たぶん歌舞伎の「義経千本桜」の「吉野山」という景のモチーフを使っていたのだと思いますが、狐忠信の狐らしさを見せる見せ場が「川連法眼館(かわつらほうげんやかた)」の景。人間の本物佐藤忠信と鉢合わせしてしまった狐忠信が、狐であることをカミングアウトする場面で、「突然階段から姿を現したり、極端な海老反りになったり、壁の中に消えてしまったり。あるいは狐の毛の衣裳に早替りして正面の床下から出てきたり、細い欄干の上を歩いたり、桜の木に吊り上げられたり」(松竹の歌舞伎紹介サイトの説明)という舞台装置のからくりと役者の身体能力をふんだんに使ったアクロバット要素のある景です。ここは2006年にはやっていませんが、過去OSKでも演じられました。
1951年(S26)「歌舞伎おどり」です。

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 雑誌「松竹歌劇」第9号より、狐忠信秋月恵美子静御前芦原千津子。欄干の上を歩く狐忠信


このシネマ歌舞伎続編「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖」ではその「川連法眼館」の景の舞台稽古中に殺人事件がおこります。

 

なぞ解きの一つで、このからくりの多い舞台機構を説明してくれたり、舞台裏の実際の装置を表に組んで「こういうしくみで殺されたんじゃないか」と推理する場面もあり、ふだん見られない裏の仕組みをかいま見られて、装置好きにはたまりません。こういうところも、本家本元ならではです。

 

大体、歌舞伎は古典芸能なので、現代劇よりも様式を重視しています。その様式を重んじて劇中劇として歌舞伎を演ずる部分と、演者が素に戻って日常風景を演じる場面とが入り混じる。もちろん本物の歌舞伎役者が、本物の劇場と舞台機構とスタッフ、衣裳を使って本気で「劇中劇・歌舞伎の一場面」を演じるのです。一方でそこに渦巻く感情や、楽屋裏の人間模様が人間臭く描かれる。その落差がまた見どころで、歌舞伎が歌舞伎のパロディを、歌舞伎の手法を目いっぱい使って作り上げているようなものです。

 

歌舞伎は最近いろんなことに挑戦していますよね。人気漫画や童話の舞台化など。ただ私はそれには食指が動かないのです。どうやってやるのか興味ないことはないけれども、見に行くエネルギーは湧かない。だってそれ、歌舞伎じゃなきゃできないことかな?と思うのです。映画なら、アニメなら、ミュージカル現代劇なら、ストレートプレイなら、どうやるか。歌舞伎はその one of themだと思うのですよ。だけどこの「東海道中膝栗毛」「同 歌舞伎座捕物帖」は

 

歌舞伎にしかできない

 

です。歌舞伎以外のジャンルの人間がそれらしくなぞっても、絶対太刀打ちできない。これこそ、「事件」だと思うのです。歌舞伎を知り尽くした人間が、本物の資源(人材、舞台機構、衣裳、義太夫、などなど)を駆使してエンタティメントな作品を作り上げる。

 

歌舞伎は古典芸能としてのハンディキャップを背負っています。現代人にはもうひとつわかりにくい。女性を男性が演じるのも、大きなハンディキャップです。しかしそのハンディキャップを逆手にとって、様式と人間臭いドラマの落差のギャップをとてもうまく描いています。たおやかなお姫様キャラ(静御前)を演じる役者が、舞台稽古の時は男っぽくすごむけれど、それでいて劇中劇の歌舞伎のシーンでは毅然と様式美を演ずる。

 

上演中に殺人事件が起こり、座元の釜桐座衛門市川中車)が客席に向かって「事故です、事故です、なにとぞ今日のところはお引き取りを」とあわてふためいて訴えるところ。観客は「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖」の観客でありながら、この劇中劇の「義経千本桜 川連法眼館」の観客になるのです。劇中劇の使い方としてはよくある手ではありますが、歌舞伎座ごと江戸時代にトリップできるのが、伝統の強み。まさに

 

歌舞伎ならでは

 

といえましょう。(3回言いました)

 

脚本・演出:市川猿之助 とあります。検索するとこの方は先代の猿之助氏(現猿翁氏)に心酔し、スーパー歌舞伎や新作歌舞伎に次々と取り組まれているようです。1991年近鉄劇場で先代猿之助門下の21世紀歌舞伎組が上演した「雪之丞変化2001」も見たけど、ちょっと不消化感が残りました。でものこの「東海道中膝栗毛」&「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖」で30年ぶりに、その当時の不消化感がすっきり解消された感覚です。


【追伸】先日、歌舞伎での差別的な内容が問題とされ、その部分がカットされて再演されたという報道を目にしました。ので、ちょっとだけ触れておきます。

文化はその時々の生活の上に成り立っているので、差別的な内容を含んでしまうことが多々あります。今見ると耐えられないほどその差別性が目立ってしまう、という作品もありますよね。特に古典芸能など、寿命の長いものはどうしても、感覚が鈍感になりやすい。でも少なくとも新作ものではそのへんの感覚は鋭敏にしておかないと、だめだと思います。何が言いたいかというと、(気にしだすと気になるところはいろいろあるんだけど)少なくとも「歌舞伎座捕物帖」の釜桐座衛門の名前をめぐるセクシュアルマイノリティネタは全く要らんかったと思うよ。そんなところでくすぐらなくても、充分アソビ心は伝わっているから。そんなことで作品の寿命が縮んだら、大変残念です。と、書きとめておきます。




chidori527 at 20:00|PermalinkComments(0)clip!その他の舞台 | 歌舞伎

2021年06月04日

実は着色がうまくいった写真もある

「改良の余地があるなあ」と実感したAI利用の原色復元ソフトですが、実は「こ、これは・・・」と感動した復元例もあるのです。ご紹介します。これです。

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公演名不詳です。戦前のOSK(松竹楽劇部)です。柏晴江(のちハルエ)さんかなあ?三番叟の衣裳ですね。はい、復元。
3三番叟すごくないですか?裾の松の模様の、赤い刺繍のあざやかさ。これ、公演不詳ですが、柏晴江さんは1938年(S13)ごろまで在籍された方ですから、80年以上前の写真です。まさに「八十年後の世界」、科学の粋です。

これに気をよくして、これもやってみました。
8三番叟のオリエさん
はい。SKD(SSK=松竹少女歌劇)のオリエ津阪さんです。ターキーこと水の江瀧子さんの時代の、水の江さんの1期下のスタアさんです。ではどうそ。

8三番叟のオリエさんCリサイズ
うん。まあまあかな。

三番叟はおめでたいときの舞です。っていうのもOSKファンになって初めて知ったよ。ただどっぷりファンになる前の1990年(H2)あやめ池秋季公演「恋夢幻」で見たことあったから、「あーあのときのだー」的な感覚はありました。

ワタクシ的には2013年の松竹座「春のおどり」で、三面鏡仕様で舞ったこれが好き。
2013三番叟男子真麻
真麻里都
2013三番叟男子4人
向かって左より、愛瀬光、真麻里都、華月奏、楊琳

4人の背格好が似た男役が、三面鏡に映ったように振りをそろえて舞う。厳粛に始まるが、途中からは曲調が変わり三面鏡がなくなって、4人で躍動的に舞う。

これはねー。好きでした。2013年の「春のおどり」は、大きな劇場として再結成後初めての東京で開催できた公演でした。「90周年の掉尾を飾る日生劇場での公演」。掉尾(とうび)って言葉初めて知ったよ。まず東京で開幕し、その後松竹座でほぼ同じ内容で上演されたのですが、少しだけ変化がありました。そのひとつがこの「三面鏡」のシーン。

東京では前年度の「春のおどり」で演じられた、娘役4人が舞うシーンだったのですが、松竹座ではこの三番叟若手男役が舞うシーンに変更になりました。販売DVDは松竹座公演のものなので、娘役バージョンではなく、こちらが収録されています。この、真麻里都を中心とする男役たちが作り出す緊張感とみずみずしさは、いまも鮮明に脳裏に残っています。

私の中での、OSK公演の景でのベストランキング高順位につく、シーンです。
これに関しては、こういうつぶやき記事も書きました。ことあるごとにちゃんと言及しておかないと、こっちがオリジナルなのに「真似」と言われてしまうことが結構あるので、ふり返っておきますね。

そのほかにも原色復元がうまくいった例がありますので、またゆるゆると紹介していきますね。


2021年05月25日

藤代君江といえば。

このところ、戦前のそれも昭和初期、松竹楽劇部草創期のことをいろいろと探検してまして、当時のスタアのひとり、藤代君江さんの写真を原色復元したりして。

18日本の印象_腰元アップ

この名前に見覚えがあったので、自分でも収拾がつかなくなっている過去記事を検索してみました。たしか、とんでもない話があったはず。しかしブログ内検索ではその記事は出てきません。

そこでカテゴリ「戦前のOSK」の記事をひとつずつ見ていくと。ありました。

前代未聞の「春のおどり」秘話

太字にしてカラー文字にすると検索かかんないんでしょうか。こんな衝撃的な記事なのに。

もうたぶん藤代さんは鬼籍に入っておられる年齢だと思うんですが、関係者のかたがたすみません、「平素から少しヒステリー気味」なんて記事さらしてしまって。私ではなく大森正男氏の弁ですから。感情の起伏が大きめの方だったんでしょう。アーチストにはよくあることです。ではまた。




2021年05月23日

白黒写真をカラーにしてみた

アート系の仕事をしている大学の後輩が、「AIでやってみました」と、大学時代の白黒写真をカラーにしてくれた。へ?そんなことできるの?どうやったらできるの?

フリーソフトを紹介してもらいました。もちろん目的(野望)は

いいにしえ写真の原色探索

です。昭和初期にはカラー写真はおろか、カラー印刷も発達していなかったので、着色写真がほんの少しあるくらいで、当時の舞台がどんな色合いだったのか、再現することが難しいのです。いや、でも、そこまで来てるんですね、技術の進化は。聞いた話によると、映像も自分で4K化しちゃう人もいるとか。

いや、それ、ほんまにいいですね!70年代の、ダビングを重ねた画質の動画がクリアにできたら、より当時の雰囲気が再現できますね。早く私でもちゃちゃっとできちゃう時代にならないかな。(他力本願)

ということで、早速やってみましたよ。こないだひもといたこれなんかどうでしょうね。(各写真はクリックすると拡大します。)
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はい、1929年(S4)春のおどり「開国文化」です。これは序の景の「南蛮船来航」です。なぜ手元にあるのか、入手した経緯をよく覚えていない写真の1枚です。ではこちらを、AI使用ソフトにかけてみましょう。
2南蛮船来航


お?花魁(太夫)の着物が、なんか華やかになっていますね。先日紹介した公演パンフレットにもとづいて、景の説明と、わかるものはキャストも書き出していきますね。(旧字体は新字体に、旧かなづかいは新かなづかいに修正しています)

太夫は香椎園子。かむろは柏晴江(のちハルエ)末廣千恵子

長崎に渡来した南蛮船の図を版画風に描いたインナア・カーテンの前で、禿に手を取られた出迎えの丸山大夫の紅情纏綿たる歓迎の踊です。彫琢の美、嫋娜たる浮世絵の清艶境です。

〽丸山の (合)恋は一万三千里 (合)鶏が歌うて、歌うて鶏が
(合)君を戻その思案ばし


…紅情纏綿…彫琢…嫋娜…清艶境…

これ、昔の人、意味わかったんでしょうか。(ルビはふってある)



次、これ。これの原色が知りたいんだよね。
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いきますよ、はい。

8蘭人

ん?なんか思てたんと違う…。もうちょっと鮮やかに出てくるかな、と思ってたんですが…。

これは第一(幕) 長崎蘭館の桜の蘭人(オランダ人)です。蘭人10名の筆頭、安浪貞子

月も朧に春闌けた長崎蘭館の夜景です。桜花爛漫として咲き盛る中で、美しい禿たちが大勢の蘭人と愉快な交歓の踊です。異国趣味の横溢した長崎情調の瑰麗なる舞台です。

〽行こか戻ろかすねふりも (合)見かえり柳山の口 (合)のぼりつめたぞ赤縄も鱶の
(合)餌になれあいの松の葉に (合)サンタマリヤか珍蛇に酔うて 
(合)阿剌吉もたよし舞えゝ桜舞えさくら


夜景かい!歌はどこで言葉を切るのか、よくわからないのでただ写します。

次、第二(幕)、五十年後の世界

五十年後の世界の縮図をご覧にいれます。蒼穹を画する無数のビルディングが聳立しています。その摩天閣の渓谷を旅客飛行機が燕の如く軽快に颯爽として旋回している大都会です。極度に発達した近代科学の生産になる様々の素晴しい機械の群、高層建築物の群、或は人造人間の群等々が怪奇にして立体的なるメロジにつれて乱舞する先鋭にして明快なる未来の踊です。

おお。景の名前だけ見て、「江戸時代から50年後」かと思っていたのですが、上演当時(1929年)から50年後ですね。旅客飛行機、人造人間。まあ、実現している・・かな。当時の人が描いた「50年後」はこんなの。

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色を復元してみる。
17_50年後の世界
いくら何でもここまでビルはギザギザじゃないですけどね。旅客飛行機はビルの間は飛び交いませんが、カラー写真が瞬時にとれるカメラは全員持ってますよ。おまけに電話もできちゃうんだよ。いや、逆か。電話にカメラがついているのか。まったくね。当時の人に教えてあげたいですね。

次の写真は第四(幕)米人の歓迎踊

遣米使節たちの美しいお目見得行列が行きすぎて、カーテンが静かに開くと、そこはアメリカです。我が使節たちを歓迎するアメリカ美人たちの嬋妍たる踊です。近代のステージ・クラフトの粋を蒐めた鮮烈で香辣なる素晴しいダンスです。滔々たる夢まぼろしの艶絶境です。

これも誤解していた。米人が来航して、それを日本人が歓迎するのだとばかり。この人はアメリカの美女なんですね。

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看板スター筆頭の飛鳥明子です。はい、原色復元。

14米人歓迎踊り
うーん、いまひとつですねえ。がんばれ、AI。もう(この当時から)50年をはるかに越えた92年後だぞ。

さて、次は第五(幕)日本の印象

当時来朝した異国の人々の眼に映じた日本の印象を主題にしたものです。ケムベルの描いた日本の富士山を背景に、歌舞伎風の女、腰元風の女、おかみ風の女、村雨風の女、お七風の女、舞妓風の女たちの風俗模様面白く、婀娜なる風情で、優雅艶麗の踊をみせるのです。

〽ひがしへひがしへエンゲルベルト・ケムベルの眼にうつらいの西のはて
(合)乙女うつくし富士のお山も (合)うつくし、うれし渡り鳥
(合)むすめの袖のうつり香に (合)お国を立って何万里
(合)ヤヨめずらしヤヨたのもし (合)さむらい
(合)二つのかたなおもしろし (合)みどりうつくし日の本


歌舞伎風の女 香椎園子
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16日本の印象_歌舞伎調の女
本気出してほしい、AIさん。まったく変わってませんけど?

腰元風の女 藤代君江
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18日本の印象_腰元アップ

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19日本の印象_腰元ロング
おお、ちょっと頑張ってくれましたね。矢絣ですね。

さて、いよいよ最終章です。第六(幕) 昭和時代

階段、壁面、動くカーテン、線、色、響き。それらが混然と融和して、最も近代的なるリズムとテムポとを創造するのです。松竹座独特の新趣向です。踊り子総員が数種の奇抜なカーテンから現れて、溌剌たる綺羅現艶の大群舞踊をもって昭和聖代を盛飾謳歌するのです。錦上更に花を添えるものにフランスの名歌手ドフランヌ嬢があって、喉嚨玉を転ずるが如き美声で「春の唄」を歌います。歌につれて五彩の紙雨翩々として吹き散るなかに乱舞跳躍、絢爛たる総踊の裡に、緞帳が下りてゆきます。

お、おおー。ドフランヌ嬢ですね。紙吹雪ですね。桜パラソルはこの1929年(S4)「紙吹雪を飲み込んで声が出なくなったドフランヌ嬢への紙吹雪除けで使用されたパラソルが、翌年小道具として起用されたもの」という、そのドフランヌ嬢と紙吹雪です。どんだけ散らしたんや。

まずはフィナーレの前の、この人たち。

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「子供」だそうですよ。左から田代早苗三笠静子(のちの笠置シズ子)、吉澤和子。はい、AIさんがんばって。

15昭和時代

うーん、まあまあがんばったかな。三笠静子、この時は群舞の一人ですが、目力というのか、決まり具合が「ブギの女王」の片鱗を感じさせますね。ところでこの「田代早苗」、パンフレットのこのキャストのところに名前がありません。ほかの景にはいるんですけどね。キャスト入れ替えか、もしくは人名間違いでしょうか。

そしてフィナーレの唄が、何度か記事でも取り上げて、メロディもMUSEで再現してみたこれです。

一、春が来た来た どれどれどこに
  そこの道ばた 花におう
  口笛吹こうよ 春呼ぼう
  口紅かおる 都の真昼
  プランタン!プランタン! 
  プランタン!プランタン! 
  花ひらく

二、浮気なメロディに ついきてみれば
  恋せよ乙女の サキソホン
  リキュール酒の 酔いごこち
  カフェの灯がつく 都の夕べ
  プランタン!プランタン! 
  プランタン!プランタン! 
  夕ひらく

三、うつらうつらと 人恋まさる
  タクシーの行列 ダイヤの灯
  空には夢見る おぼろ月
  花ふる雨ふる 都の夜更け
  プランタン!プランタン! 
  プランタン!プランタン! 
  夜とざす

では最後に、そのフィナーレの写真がありますので、原色復元してもらいましょう。

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9ドフランヌ嬢

ちょっと待ってー。こんな不気味な配色なんですかあ?ちっとも春らしくないんですけど。でもこれ、違うソフトでも似たような色合いになったんですよ。えー。こんな感じやったんかなあ。そういえば後ろ二列の人の衣裳、なんとなく不気味な模様ですよね。さわやかさよりもモダンを狙ったのか。

いやー、最初は写真だけちゃちゃっとアップしてお茶を濁そうとしたのだけど、思わぬ探求になってしまいました。写真もリサイズしたり、結構手間かかったけど(そのわりにはモタモタした状態ですみません)、なんといっても漢字ですよ!変換で出てこない漢字を苦労して呼び出しましたよ。きっともう一生使わないような字を。これでスマホなんかで再生できてなかったら、泣く。

ということで、「AIによる原色復元ソフト」はまだまだ改良の余地があるなあということで。きっとあっという間に改良されると思う(完全他力本願)ので、まだまだこれから楽しみです。

違う公演のものも少しだけやってみたので、比較的きれいに変換されたものなど、不定期にアップしていこうと思います。





 






2021年05月19日

公演名が間違っていますよ。

ここんとこ、2日おきに更新している「破竹の勢い」なんですが、そうそう20:00ちょうどに更新できるわけがないです。というか、出勤しているときはワタクシ20:00は100%職場にいます。つまり予約投稿ですね。もうそろそろ記事のストックが尽きてきていますので、また更新はゆるゆるになっていきますが、ご了承ください。

というのも、やはり衛星劇場「貴重フィルムで蘇る 麗しの松竹歌劇団」シリーズのインパクトがすごかったんですよ。映像で目にすると、それまでの写真や文字で追っていたものに生命が吹き込まれるような感覚になります。しばらく私の魂は昭和30年代の東京浅草国際劇場を浮遊していました。

さて。ちょっとだけようやく大阪に戻ってまいりました。で、GWに積みっぱなしになっていた資料を整理していて、とある出版物に重大な誤記載を発見してしまいました。

これです。

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「映画と演芸 臨時増刊レビュウ号」(1933:S8年5月2日発行)です。「映画と演芸」がそもそもアサヒグラフの定期増刊であり、さらに臨時的にレビュー特集号が発行されていました。

この臨時増刊は私の手元にあるだけでも1933年(S8)版、1935年(S10)版、1937年(S12)年版と3冊ありまして、レビューファンには大変ありがたい雑誌なのです。朝日新聞社さま、ありがとう。

その、松竹楽劇部(大阪)の思い出の名場面をふり返る特集ページがこれ。

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おお。すばらしいですね。「桜咲く国」が誕生した1930年(S5)の舞台写真もあります。ん?


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これ、公演名「奉祝行列」となってますね。1928年(S3)、東京松竹楽劇部(のちのSKD)が大阪松竹楽劇部本体の公演をお手伝いする形で初舞台を踏んだという、SKDのいわば立ち上げ公演ですね。…ちょっと違うんでは?いや、見てませんけどね、「奉祝行列」は。

「長崎蘭館の桜を背景として長崎娘と蘭人の踊を見せ、振りは簡単だが異国情緒は豊富、当時の版画を見るような気がして懐かしい」というキャプションがあります。(旧字体は新字体に、旧かなづかいは新かなづかいに変えてあります)

「奉祝行列」は11月の公演ですよ?

ううーん、これはたぶん公演名が違うな。桜に長崎というと、これじゃないかな?
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第4回春のおどり「開国文化」。1929年(S4)3月21日道頓堀松竹座初日。このパンフレットは4月18日初日の新京極京都松竹座のものです。このころの松竹楽劇部(OSKの前身)は大阪、京都、神戸で「春のおどり」を毎年公演していました。なので、京都や神戸の公演パンフレットには、大阪での公演の舞台写真が入っているものがあって、うれしい。これも舞台写真が入っています。

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うん、これこれ。「序 南蛮船渡来」。江戸時代の長崎だと思います。花魁と禿が南蛮船を背景に踊っていますね。

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「一景 長崎蘭館の桜」これじゃないでしょうか。長崎芸者のみなさんの縦じまの着物や、背景の舞台装置が同じです。

ちなみにこのオランダ人役の衣裳はこんなのです。これは私が別ルートから(いつの間にか)入手した絵ハガキです。まったくもう、何をいつどこで入手したのかさっぱり覚えてないんですが、公演名や景の名称が書いてあるので間違いないです。
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安浪貞子さんです。なかなか豪華なお衣裳ですね。

ちなみに、序景の写真の絵ハガキも手元にあります。IMG_20210516_154539
ね。これですよね。

ちなみに、この公演は朝日新聞社の後援を受けていたらしく、週刊朝日の表紙にもこの景の写真が使われています。
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アングルは絵ハガキよりもちょっと上からですね。1929年(S4)3月31日号です。

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大阪朝日新聞創刊50周年記念レビューだそうですよ!調べてませんが、当時の朝日新聞には記事が掲載されていそうですね。

ということで、朝日新聞社さま。「創刊50周年記念レビュー」の公演名を間違えてはいけません。88年後になりましたが、この場で間違いを指摘しておきます。

(いや、大阪に戻っては来たけどさ。88年前じゃあ、もっと魂は遠のいたような気もする・・・。)