2010年01月03日

松竹歌劇(楽劇)友の会会員のお正月

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

さて。元日、2日と寝正月にもほどがあるだろうというくらい寝ました。布団の外にいた時間より、布団の中にいた時間の方がきっと長いです。ひたすら寝ました。とにかく身体が「だる眠い」。元来素直な性格ですから、身体の要求には素直に従い、これでもかこれでもかこれでもかと寝ました。昼寝したから夜寝られないってことは全くありません。とにかく寝る寝る寝る寝る寝る。



3日の朝、まだ寝られる自信はあったのですが、そろそろちょっと何かしないと人間やめますか状態ではないのかと思い、じゃあ何するかというと「身体動かさなくていいこと」。…うーんやっぱり人間やめた方がいいかも・・・

昨年秋に「デジタル保存できるレコードプレイヤー付きコンポ」を買ったんですよね。バカ安でした。バカ安なだけにいろいろと不具合がありまして。そのひとつが「レコードプレイヤーの針がある一定距離を行くと勝手に止まる」というものでした。「ちょっとまて〜〜〜!こんなもん使い物にならへんやんかあ〜〜!!」と梱包を解いて気がついたのはクーリングオフをとっくに過ぎている時期でした。ううう。バカ安だししょうがない・・。それに送り返そうにももういちど梱包が出来ない・・・。何で一度開けた荷物って、二度とそのスペースにおさまらないんでしょうか。

でもって、ずーっとそのままにしておいたんですが、夫が年末大掃除の時に「どうすんねんこれ」って。「レコードの針が勝手に止まるから、使い物になれへんねん。職場の休憩室にでも持っていってCDプレイヤーとして使うわ。」と言うと、「『レコードの針が途中で止まる場合は本体裏のオートストップスイッチをオフにしてください』って書いてあるで。」というではありませんか。えっ・・・・。「ちゃんと説明書読みや。」・・・・・・・。やっぱり人間の資格がないかも知れない・・・

まあとにかくよかったよかった。無事数ヶ月ぶりに、梱包を解き、何とか狭い台の上に置いて(←夫が)、新年を迎えました。そうそう。これこれ。身体も気も使わなくていいから、この際手持ちのレコード類をデジタル化して保存するのだするのだ。

まずは時代の古い方から。
☆戦前のSSKのSPレコード歌詞が時代を背負っております。

 

 

 

 

 

 

コロムビアレコードから1993年にCD化された「松竹歌劇戦前編」に入ってないものを選んで保存。

1)1937年(昭和12年)9月公演 グランドレビュー「祖国」より
 ・祖国の旗の下に
 ・別れのうた

2)1938年(昭和13年)1月公演 コメディ「天国太平記」より
 ・キューピッドの歌

3)1938年(昭和13年)5月〜6月公演 「忘れな草続編」・「永遠の平行線」より
 ・忘れな草メドレー
 ・希望のふるさと

4)1938年(昭和13年)12月〜1939年(昭和14年)1月公演「武士道日本 忠臣蔵」より
 ・ドンガラガンのスッテンテン
 ・由良さんこちら

5)1938年(昭和13年)12月〜1939年(昭和14年)1月公演「躍進日本 防共の誓い」より
 ・防共の歌

防共の歌」ですからね。すごいですね。時代背景を一身に背負っています。今後CD化はもちろん、放送に乗ることも多分ないでしょうね。「由良さんこちら」もすごいですよ。さりげなく「上海、南京、北京、みんな負け」と日中戦争の戦況が歌詞に入っています。なんで忠臣蔵なのにそんな歌詞が・・。時世といえばそれまでですが。

ちなみにこの時シリアスでナショナリズムを煽る「忠臣蔵」と「防共の誓い」の間に上演されたコメディ「大陸行進曲」の脚本が手元にあります。国家総動員法が施行された年でもあり、軍需物資を優先させるために日用品が不足し、「代用品」もぼつぼつ出現してくる状況だったようです。そんなご時世を受けて節約をすすめるストーリーなのですが、あまりにナンセンスで脱力します。機会と気力と体力があったら紹介しますね。

ところで3)の「永遠の平行線」の挿入歌「希望のふるさと」は、1950年(昭和25年)松竹映画「夢を召しませ」で秋月恵美子芦原千津子が流れるようなタップを踏んでいたシーンの曲によく似ています。松竹歌劇(楽劇)のいにしえを追うようになってから痛感しているのですが、戦前と戦後はつながっているのですよね。歴史の教科書からの知識では、戦前と戦後はキッパリと分離している印象を持っていました。政治体制も価値観も、なにもかも180度変わってしまい、文化的にもがらりと様相を変えたのだと思いこんでいました。それは、ちがいますね。

戦前から、モダンなものは想像を超える速さで入ってきていたのでしょう。「敵性語禁止」など、西洋のものを排除させられたのはほんの一時期に過ぎません。それも東京と、大阪のような地方都市では温度差があるように思います。文化的な断裂は戦争よりもむしろ高度経済成長前とあとにあるのではないでしょうか。

☆戦後SKD

1)1951年(昭和26年)第20回「東京踊り」より東京音頭のパクリといわれても仕方のないほど似てます。
この歌はどういう位置づけだったのでしょうか。 ・東京さくら音頭(主題歌)
 ・東京八景

おお。曙ゆり、小月冴子に特別出演の川路龍子、美しきトップ3の時代ですね(このレコードには川路龍子は登場しませんが)。ところで主題歌の「東京さくら音頭」は聞いてみると・・・おいおいおい、それはアリか、というくらい「東京音頭」に似ています。B面(多分)の「東京八景」は「リンゴの唄」とか「泣くな小鳩よ」とか、昭和20年代歌謡映画の短調メロディのおもむき。歌手は真木不二夫で、歌の間に曙ゆり小月冴子の台詞が入る。…これは、どういう位置づけのレコードなのでしょうか。真木不二夫は東京踊りに出演していたとは思えないので、タイアップ、ということなんでしょうか。

ソノシートは歪みやすい…(涙)2)1964年(昭和39年)第33回「東京踊り」より
 ・日本の春・さくら東京

3)1965年(昭和40年)「夏のおどり」より
 ・水と太陽

これは・・・なにかちょっと・・・オヤジが勘違いするんじゃないかという、色気路線のはしりを感じます。もやんと色っぽい声で「私はいつでも欲しいの・・」と歌うからぎょっとしたら、「青い青い水と燃える太陽が」なのだそうです。水と太陽は「若い私をかきたてる、身体ごとの幸福をぐんと感じさせてくれるの」だそうで、「感じさせてくれる」の歌い方はどうも不必要に色っぽいです。

SKDは昭和20年代に川路龍子、曙ゆり、小月冴子の「美しきトップ3」の全盛期を迎え、戦前のターキーブームからつながる「女学生のオトメゴコロ爆発路線」で舞台進行にも支障をきたすありさまでした(当時のファン雑誌より)。多分当時の経営陣はそれを苦々しく思ってたんでしょう。ある時期から「大人の女性の魅力」を前面に押し出す方針に90度(位の角度だと思う)舵を切ります。このソノシートはその顕著な例かも知れません。

ところでMCによると「SKDスター200名総出演」だそうです。スケールでかいですねえ。

4)1966年(昭和41年)第35回「東京踊り」より
 ・さくら日本・春の東京へ

国際劇場開場30周年、というのですが前倒しですね。国際劇場は1937年(昭和12年)開場ですから。

※)2)〜4)はソノシート

ところでこれらのソノシートは販売品ではないようなんですが(値段が書いていない)、プログラムとセットだったんでしょうか。それとも関係者への配布品だったのかな。ソノシートは保存状態がいいようでも、プレイヤーにかけてみるとかなりゆがみが生じています。見た目にわからなくても針が飛んだり。皆さん、大切なソノシートは早くどこかに録音ないしデジタル化しておいた方がいいですよ。材質にもよりますが。ソノシートでも分厚い素材のものは比較的丈夫なようです。

5)1976年(昭和52年)SKD団員のユニットグループ「グルービー」デビュー盤「グルービー」のレコードは何枚出たのかなあ?
 ・涙と想い出

販売シングル盤です。SKDの劇団員の、歌のうまい二人西島葉子立原千穂のコンビを「グルービー」と名付け、レコードデビューをさせたのが、これ。1989年8月歌舞伎座公演「夏のおどり」の公演パンフによるとこのあと「ナイト・トレイン」という2枚目まで出たのだそうです。立原千穂はその「夏のおどり」で退団。TVでリアルタイムで見ましたが(SKD初体験だった)、「アレキサンダー・ラグタイム・バンド」や「ブラック・マジック・ウーマン」を地声でぐいぐい歌っていて画面越しでも圧倒されました。あれが退団公演だったんですねえ・・。

 

ところでちょっとした疑問が。戦前のSKD(SSK)のレコードはコロムビアから発売されています。OSK(OSSK)のも、です。ところ「東京さくら音頭」をはじめとする戦後のSKDのレコードはテイチクから出ているのです。そして1976年発売のグルービーはキングレコードです。もうひとついうなら千羽ちどりのリサイタルのレコードが1978年(昭和53年)に発売されているのですがトリオレコードです。このレコード会社の変遷の激しさは何なのでしょうか。

6)1978年(昭和53年)発行「レビューと共に半世紀 SKD50年のあゆみ」附録
 ・寿口上・桜咲く国

50周年を寿ぐ、芸名にちなんだおめでたい言葉での口上と、「桜咲く国」のマーチアレンジです。1番、2番、1番と歌われます(3番はOSKにしかありません)。歌詞も当然SKD版で、「春はこぼれて 君想う」です。


で、OSKのレコードなんですが。<新年からつづく>



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この記事へのコメント

1. Posted by 月光仮面三世   2010年01月04日 00:18
あっ。レコード。
そういえば、小学生の時まではレコード買ってたような・・・
知らない間にCDになりましたね。
ビデオデッキが初めて我が家に設置された日は感動でした。

さてさて。
すごいコレクションですね。
うちの母もタカラヅカグッズに関してはかなりのマニアック収集家(小学生の時に、理科の時間に「手鏡」持参の授業がありましたが、「花だらけのレースヒラヒラ手鏡」を勝手に持っていき、しかも汚して、こっぴどく叱られました)でしたが、絶対先生には負けます。
ちなみに、電化製品は、必ず説明書を読んでください。
私。説明書が大好きです。携帯だってかなりいろんな事ができます。

今度お見せします。
2. Posted by go×3OSK   2010年01月04日 04:04
数年前に大阪駅前第2ビルの中古レコード屋さんで、「安奈淳の世界」ほか、懐かしのタカラヅカスターのレコード数枚を入手して、これを聞くために高島屋通販1万円均一のレコードプレーヤーを買いました。

1回聞いたら気が済んでしまいまして、その後レコードを収集する事もなく、プレーヤーの方は梱包されたダンボールに入ったままです。

ところで、私は昭和61〜62年頃、東京都板橋区の高島平図書館によく行っていまして、レコードライブラリーでSKDのLPレコードを借りては聴いていたんですね。

とてもお気に入りの1枚で(SKDのレコードはこれ1枚しかなかったのですが)、後年CD化されてたら買おうと思い立ち、探しているのですけど見つかりません。

完全に歌謡曲路線だった(と思う)ので、公演の主題歌集というより、タカラヅカとSKDが競って歌謡界に進出した時期の楽曲を集めたものかもしれないです。

お気に入りという割にはタイトルとか覚えてないんですけど、「東芝レコード」の発売で、電気的なエコーが強くかかった「愛の指輪ぁあぁ〜」という歌が入っています。多分立原千穂さんの歌唱だったと思います。


御存知ないでしょうか?
3. Posted by ちどり   2010年01月05日 20:43
>月光仮面三世さん。いやー、文字にしてるかしてないかの違いで、コレクションは絶対お母様の方がすごいと思います。説明書ね。はいすみません。携帯なんか、機能の3分の1も使いこなしてませんね、きっと。

>go×3OSKさん。なんですって、東芝レコード!また新しいレーベルが・・・。まさか全レーベル制覇をねらっていたわけではないでしょうね、SKDのレコード。何かのリサイタルというのではないですか。うーん。SKDの、公演以外のLP。厳選1枚ですから、結構有名な盤なのかも知れませんね。私は知らないです、すみません。
4. Posted by 月光仮面三世   2010年01月05日 20:58
母のマニアックコレクションは、どうなんでしょうね?
テレビ録画、ラジオ録音も総てきちんと並べられてたから、かなりあるんでしょうね。

でも最近は、母がすごい理解できます。
生きとう時は、あんまり理解できなかったんですよ。だって・・毎日頭がタカラヅカタカラヅカって人だから・・
私も、似てきてるなぁ。
「城月れい」って書いてあるだけで、写真なくても公演チラシすら大切だし・・
ちゃんとファイルに綴じてるもんなぁ。
5. Posted by ちどり   2010年01月11日 10:53
>月光仮面三世さん。数年間だけの一般ファンだった私でも、タカラヅカものはプログラム類がコンテナ2個分、TV録画が押し入れ引き出し4個分ぎっしりあります。これでもみかん箱7個分の「歌劇」「宝塚グラフ」は全部捨てました。そろそろプログラム処分すべきなかあ、と思っているんですが・・。さぞかしお母様のコレクションは膨大だったでしょう。最近はVHSからDVDになって映像資料の占める容積がずいぶん小さくなってよかったなあ、と思います。

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