1335204120_79ee89ac9c loveerizabesuさん

なぜ日本の家紋は比較的、「丸」なんですか?
ヨーロッパの紋章のベース型は昔、戦いのときに使っていた盾をモチーフにしたと書いてあり「じゃぁ日本にもなにか理由はあるのかな?」と思いました。
それと、家紋を作るにあたっての昔のルールみたいなものはあったのか?なども知りたいです。(白黒じゃないとダメ・この動物は使わない。のような感じのルール・・・)
あったら教えてください。
ベストアンサーに選ばれた回答
noeinさん

西洋の家紋は「戦いのときに敵味方を区別する為、自分の盾に独自の紋章を描いた」のがルーツです。
なので西洋の家紋は盾型となっていて、家紋が持てるのは騎士以上の身分だけです。

これに対して日本の家紋は、平安時代に「貴族が宮中から退出する時に、貴族を待つ多くの牛車の中から素早く自分の牛車を見分ける為に、牛車に独自の紋章を描いたのが始まりです。 なのでデザインも植物や身の回りの物が多く、優しいデザインの物が多いのが特徴です。

日本の家紋の場合、初期(平安時代や鎌倉時代)の家紋は丸は使っていませんでしたが、分家が増えると本家と区別する為に形を微妙に変えたりしました。 丸で囲うのも本家との差別化の一環ですが、「元のデザインを丸で囲うのが一番単純で家紋の形の変化が分かり易かったから」と言う事だと思います。

なので丸の付いている家紋は分家に多く、比較的新しいデザインの物だと言えます。


ルールについてですが、まぁルールと言えるか・・・
西洋と違い日本では家紋は武士だけでなく、一般民衆も持つ事ができました。 また、禁止されていた訳ではありませんが「桜」は好まれませんでした。 パッと散ってしまうので武士には好まれなかったようです。 あと江戸時代を通じ三つ葉葵の徳川一門以外の使用は禁止されていましたが、 徳川綱吉の時代は家紋の制約が多くて、「御三家は三つ葉葵の使用は控えるように」と通達を出しています。
なのでその時期は水戸家は「丸に水」尾張家は「丸に尾」、紀伊家は「丸に紀」を家紋の代わりに使った時期があったようです。 さらに生類憐みの令の一環で、綱吉の娘が「鶴姫」と言う名なので、家紋に鶴を使う事を禁止していました。

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