【今度こそ】英語を話せるようになりたいと願うすべての方へ

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September 2015

前回は長いうんちく(笑)を読んでいただいてありがとうございました。

ちょっとだけ続きがあります。

“主語+動詞”がないと文章にならない英語(会話でも、書くときでも)とその辺が実にあいまいな日本語の感覚的、概念的違いをご紹介しました。

先日、ある生徒さんとの会話で、
(もうご飯食べたんですか?のような会話で)
①“うち、ごはん、はやいんですよー” という話がありました。自然な日本語会話ですね^^

正確に言うと
“うちでは、ご飯を早く食べるんですよ” と言うことですが、これでも、英語の概念から言うとまだしっくりきません。
正解には、“うちでは、(家族みな)ご飯を食べる時間がはやい” と言うことを言いたいわけです。

このように①のような自然な日本語を英語にするのは実はとても大変です。なぜなら、日本語が構造的にあいまいだからです。①の文章も、ほとんどただ単語が並んでいるだけです。主語も動詞もありません。
英語で話すときは、一瞬頭に浮かんだ日本語の文章をいったん、
【誰が何をする(した、しようとしてる)の?】【何がどうなの?】の構造に一瞬にして追きかえられるかということが不可欠です。それが、日本人にとっては、英語にする前に、本来の母国語では言わない、主語や目的語、はたまた、接続詞にいたるまでを作り出す作業から始まります。

“主語”の役割や重要性は前回書きました。
I love you.
は発し手がI,受け手がyouです。
これは2人でキャッチボールをしているのと一緒です。【私が、ボールをあなたに投げるよ。】がはっきりしています。日本語は、【どっからボールが飛んでくるかわかんないけど、自分のものだと思ったら受けてね】
です。
英語のルールに従うと、やはり、投げ手と受け手はいつもクリアにしなければいけません。

How are you? と言う問いに関して、日本人の感覚では、ただ、Fine と答えてしまいます。
もちろん、カジュアルな状態、よく知っている人同士では全く問題ありませんが、
英語の概念やルールを身につけようとしている私たちは、ちょっと意識したほうがよいのです。

投げ手はYou=あなたに投げるよ と言ってるので、受けても I=はーい、私が受け取るよ。と表示してあげたいのです。

何気なく交わされるあいさつでも、英語はきちんとボールの方向(会話の方向)をあらわします。あなたにボールを投げてるよ。ときちんと明示するのが正義でもあります。
Hi、Mike!
Good morning ,Leo
Take care ,Lisa
。。。のように、相手の名前を最後に言うのが普通です。

大人になってからの英語習得は、このような日本語と英語をギャップを意識したほうが、そのギャップの埋め方を論理的に考えることができるので、効果的だと思っています^^。

さて、本日のテーマは l love you. といっても愛について語ろうというものではありません^^。

英語と日本語はとても違うでき方をしていることは常々レッスンでもお話しています。
大人の脳は、その違いをはっきりと認識したほうがすっきりと前に進めると思っています。

英語と日本語の一番の違いは、“主語と動詞”を使い常に文章を組み立てるか。ということです。特に会話において。

日本滞在中、親戚のおばさんが子供たちにお小遣いを渡そうとしたとき、
おばさんは「裸でごめんねー」といって千円札を渡してくれました。
すると、子どもたちは目をパッチリさせて、おばさんを舐めるように見るわけです。

そう、裸なのはおばさんではなく、お金です。


主語を言わなければ文章にならない英語のなかで生活していると、主語がない日本語はいかようにも解釈できてしまいます。

これは、昨今よく聞く【自己肯定/自己否定】と大きく関わっているような気がします。
日本では若者(子ども)の自殺が、他の先進国に比べてダントツに多いと聞きます。子を持つ親として、【なぜ日本は子どもを自殺させてしまうのか】を考えさせられます。

ここには【日本語の特性】が関わっているようにも思います。

子どもたちが学校に行くとき、寝るとき、夫婦間でも、子どもが大きくなった親子間でも英語では
“I love you.” が交わされます。これは、何か特定の行動をした後に発せられるわけではないわけで、何もしなくても、I love you.なのです。

これに匹敵する日本語は。。。。。私の考えられる限りではありません。
そのまま訳せば、“わたしはあなたを愛してます”になりますが、会話で主語や目的語を省く日本語にとって、こんな言葉はちょっと不自然です。文化的背景?からも、家族や夫婦間では<言わなくてもそんなことわかるでしょ>的な感覚があるのも私たち日本人ですよね。旦那さんにこんなことを言われたら、「あんた、なんか悪いことでもしたの?」と聞きたくなってしまいます(笑)

さらに注目していただきたいのはloveという動詞です。これは私たちは文法の説明で<現在形>と習いました。
<現在>と聞くと=<今起きていること>のように私たちは解釈しがちですが、ちょっと違います。
私が、生徒さんに説明するときはこれは<現在形>ではなく<事実形>と説明します。

例えば、
I play tennis.
I cook dinner. 
という文章は、I love you.と同じ構造です。動詞の時制も同じです。
これはいずれも、今テニスをしているわけでも、今夕食を作っているわけでもありません。
“わたしはテニスする人なのよ” “わたしは、夕食作る(タイプ、そういう人)よ(外食じゃなくて。。。)”というふうに、
<現在の行動>を行っているのではなく、<そういう事実>を言っています。

ということは I love you.も、<現在のこと>と捕らえるよりは、<時間的な問題は関係なく、いつもそういう事実だよ>とはっきりと相手に伝えることができるわけです。

日本語はあいまいにできているため、この辺が本当に苦手です。
子どもが何かよいことをした時、「えらいねー、がんばったねー。、よくできたねー、」とほめることはできます。でも、何もしていない状態で愛情を伝えるには日本語でなんと言えばよいでしょう。おそらく、社会的背景から言えば<言わなくてもわかるでしょ>という感覚が強いと思います。例えば、<そんなこといちいち言葉で言わなくても、毎日早く起きてお弁当作ってあげてるんだから、子どもはわかってるはず>と、私たち、特に母親は思いがちではないでしょうか?

これは私自身の経験でもあります。<行動による愛情表現は、行動による見返りを期待しがちである>ことに、
ある時点から気づきました。毎日せっせと家事をして、子どもの制服も誰に見られても恥ずかしくないようにきれいに整え、早朝から立派なお弁当を作り。。。。
それを、自分ではピュアなあふれ出る愛情で自然にできているものと思っていましたが、
一生懸命作ったお弁当を子どもが残して帰ってきたり、時間をかけて作った食事に何も感謝のコメントがなかったりすると、<むっ>とする自分がいます(汗)。そして、<こんなに一生懸命やってあげてるのに。。。>という見返りを求めているかのような感情がでます。

一方、(もちろんすべての人ではありませんが)わたしの周りのイギリス人の友人たちは、子どもが学校に出かけるころに起きてきて、かろうじて、パジャマ姿で、見送ったり、お弁当(こちらはもっぱらサンドイッチとスナックですが、)や普段の食事に愛情転化しているような感じにはあまり見えません。

こどもに朝ごはんを作らなくても、お弁当が市販のものでも、夕食が冷凍食品でも、制服にアイロンをかけてあげなくても、ゲームを買ってあげなくても、また、子どもが、学校で誰かとけんかしても、いじめても、いじめられても、成績が良くても悪くても、ずる休みをしても、家のお手伝いをしてもしなくても、
I love you.という事実は変わらないのです。

さらに、日本語は主語と動詞を省くことができるので、例えば、“きょう、ごはん、何?”というセンテンスが会話では自然です。また、日本語は目的語を省くことも常です。目の前にいる人に話しているのであれば、“きのう、電話したんだよ”で言いわけです。“あなたに”といわなくても。

英語は、主語をきちんとつける=言葉の発し手をはっきりする。目的語(人)をきちんと入れる=言葉の受け手をはっきりする。時制を細かく使い分ける=時間的概念をお互いに間違いなく認識できる。
というようにできています。

これだけでも、日本人にとって英語を習得することは非常に不利であることがわかりますね。(なので、ちょっとしたコツが必要なわけです^^。)

さらに、I love you. を分析してみましょう。
Iとyouの真ん中にloveがあります。
Iとlove, youとloveの距離は等間隔です。youの前に toも at もwithも入っていません。何か前置詞が入っていたら、loveから I、loveから youの間は等間隔でなくなります。

私はここがとっても重要だ思っています。【きちんとした距離を保ち、自分を相手の中に投影したり、相手を自分の中に入れ込んだりしていない】ということがはっきりとこのセンテンスで言えているのです。とてもフェアな関係です。

これが主語や、時制、または目的語がないと、実に無責任な(逆に奥深いとも言えるかもしれませんが)言葉になってしまい、受け手のそのときの感情によって、いかようにも取れてしまいます。

うちの子供がまだ小さかったとき、ティッシュを部屋いっぱいにばら撒いたり、食べ物を床に落として遊んだり、そんなあまり良くないことをいているのを目撃した瞬間に私から自然に出た言葉は
“あー、だめでしょー”
“こら!もうやだー、やめてよー”
という感じでした。←あ、今でもです(汗)

今振り返ると、とても無責任な言葉の放し方としていたものだと反省します。でも日本語としては自然です。

主語(発し手)も、目的語(受け手)も時制もいれない、これらの言葉は、天真爛漫であまり周囲を気にしないタイプの性を持った子どもであれば、なんてことなく聞き逃すでしょう、でも、周囲をいつも気にしてしまうような繊細な子だったら、その行動について叱られているのではなく、自分自身のその存在に対して【だめ、もうやだー、やめてよー】と言われていると受けることもできてしまうのが日本語の発し方であるということです。

英語は、受け手の都合でどうとも取れるような文章にはできないようになっています。

You are good.→事実
You are doing good.→今起きている、やっていること
You did good.→過去の出来事(今は入っていない)
You have been good.→過去から今も入っている
You are going to be good.→これから起きることだが、それに向かいちゃんとgo=進んでいると確信が持てている。
You will be good.→単にこれから先に起こるであろうこと(積極的に向かってはいないけど)

というように、発し手の意思をきちんと間違いないように表現して受け手に渡すことができ、受け手はそれをそのまま受け取る。ことができるのが英語です。

もうひとつ面白い例があります。
みなさんも、記憶に残っている方がいらっしゃるかもしれませんが、
中学校(たしか2年生くらいだったと思います)の英語の授業で、

It's very kind of you. という文章ができきます。

山田君が教科書を忘れて、佐藤さんが貸してくれたときに、山田君が佐藤さんに言った言葉。。。みたいなシチュエーションでした。

その時の英語の先生は<あなたはとても親切ですね>という訳を書きなさいと言いました。

私はまったく理解不能でした。だいいち、<あなた>という単語も入っていません。
なぜ、これが、You are very kind. ではいけないのか。が疑問でした。

でも、英語で暮らす今となっては、この2つの文章がとても違う意味を含むことがよくわかります。

It's very kind of you.の主語はItです。ここでは、佐藤さんが山田君に教科書を貸してくれたという行動を指しています。動詞はBe動詞と呼ばれるis 。私はこのBe動詞を<イコール動詞>と命名しています。前後のものをイコールで結ぶ役目をしているからです。We are Japanese.はWe = Japanese.です。kindは親切であるという状態。です。さて、ここからが問題です。ofは?これは、~の、と訳されることが多い単語ですが、例えば、tast of chocolate チョコレートの味。のような場合の<の>です。意味的にはいつも、<その部分>という要素を含みます。チョコレートの色でも形でもなく、味(という部分)と言い換えることもできます。

まとめてみると、
①あなたが教科書を貸してくれたということ=あなたのとても親切な部分。となります。

では、You are very kind.はどうでしょう。
②あなた=とても親切。です。

この二つの文は根本的に違うことを言っていることがお分かりでしょうか?
①は、あなたという全体像の中の親切な一部が、この行動なのね。ということです。
あなたの人格すべてが親切である。とは言っていません。

②はあなたという人間と親切をイコールで結んでいるということは、人格すべてについて親切とイコールだといっているわけです。

例えば、重い荷物を持って歩いているあなたに通りすがりの人が手を貸してくれたら、
It's very kind of you.でなければいけません。初めて会った人の人格はわからないわけですから。

また、例えば、あなたが銀行に行って、ちょっと煩雑な手続きをしなければならないとしましょう。ある銀行員さんが、最初から最後まで、丁寧に説明してくれて、あなたはとても助かったとします。
そんな時、日本語であれば、“ありがとうございます。助かりました。大変お世話になりました。”のような感じになると思います。日本語の発想にのっけた英語では“You are very helpful.” と言いたくなりませんか?
でもやはり、そのとき初めて会った人の人格そのものがhelpfulとイコールとは言い切れないのです。
正しくは、“You have been very hefpful.” です。have beenは現在完了形と習いました。過去に起きた状態を今もhave持っている。と言ってます。ということは、私がこの手続きをお願いしてから今に至るまでの間、あなたはずっとhefpfulな状態でしたよ。ということですね。逆に、その間以外のあなたについてはわかりませんけどね。ということもきちんと意味の中には含まれていると言えます。これは、時制のルールにのっとっているので、発し手も受け手も勘違いすることはありません。


子どもをしかるようなとき、夫婦喧嘩のとき、家族の口論のとき。。。などのネガティブな場面では特に、ここをはっきり言えるということは<あなたの人格を否定しているわけではなくて、あくまでも、あの時あなたのとった言動に対して批判的になっている>と言う、お互いの認識は誤解の余地がないのです。


ちょっとややこしいのですがいかがでしょう?

英語を知ることは、日本語をより深く知ることになります。

時代が変わり、いろいろな意味で生きにくくなった時代、昔と違った日本語の使い方を意識することで、ちょっと生きやすくなるかもしれません。

日本のある人気バラエティー番組で、とても有名な女性評論家がこんなことを言っていました。
“今の日本の若者は自己否定感が強すぎる。私は毎回、本を書き終えるごとに「わたしって、天才!」って思うわよ”
んー、んー、これは自己満足、自己評価が高い。と言うことですね。
自己否定しないと言うことは<わたしは天才じゃなくたっていいんだ。> ですね^^
最後に、一応、英語講師らしいことを書きます(笑)。

英語を日本語訳に照らし合わせて覚えるように習ったのが、これまでの学校で習った英語です。

私がレッスンでよく使う写真や絵、これは、これまでの学校英語でできた回路をいったん解除する役目をしています。男の人が大きな袋を肩にかついで歩いている写真があります。
多くの方はなかなかこの動きを英語にできません。でも私が“運ぶ”って英語でなんですか?と聞くと、
ほとんどの方はcarryが出てきます。このように、私たちの脳は運ぶ=carryと言う回路はできていますが、
視覚的な情報からの処理回路はできていません。この処理回路ができることが、英語を話せる。ということになります。でないと、常に、“運ぶ”と言う日本語単語を見たり聞いたりしない限り、carryは登場できません。

知っている単語なのに、いざ話すときに全く出てこない。のはこのためです。

長くなりました。
おやすみなさい^^。
















2日前に日本から戻りました。
そして今日はなんと朝の気温7度。昨日も夜はヒーターをつけました(涙)

一気にさぶくなるイギリス、そして私が苦手な暗ーーい冬の到来を感じてしまいました。
ビタミンDのサプリメントを取らないといけない季節です(涙)

日本での5週間は、懐かしい再会続きで、大変幸せな時間でした。
マレーシアに住む妹一家も同時期に帰国することができ、仙台に住む弟も入れて総勢11人。すごく仲のよい家族なので、顎が外れそうになるくらい笑い通しで、もう、楽しくて楽しくて大変でした(笑)。10人乗りの車をレンタルして山形に2泊3日の温泉旅行に出かけましたが、車の中はもう大爆笑がとまらず、みんな耳が痛いと嘆いていました^^。

写真は、両親、妹一家、弟が、仙台駅での出迎えで持っていた横断幕。妹の夫(アイルランド人)作です。
本当にあたたかい出迎いを受け、涙腺が緩みましたよ(涙)
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15年会っていなかった会社の後輩にも会えて、数々の感激をいただきました。

さらに6月はじめからマーシャル諸島で仕事をしていた夫が任務を終え、8月に日本に到着して合流しました。
2ヵ月半ぶりに、しかも日本で会う。というちょっと不思議なシチュエーションでしたが、いろいろなタイミングがパーフェクトに絡み合ってくれて、とても特別な夏休みだったのです。


子どもたちも毎日が発見で、特にコンビニのすごさに驚いていました。
10歳の末っ子はあまり日本の記憶がないため、24時間営業しているお店という意味が全く理解できず(笑)、大好きになった肉まんを朝から買いに行って、本当に朝早くからコンビニが開いていることを確認して感動していました。100円ショップにも毎日行きたがりました。生まれ持って弁護士のような素質の娘14歳は“中国と友達になった賜物がこういう商品ね”とシュールな発言をしていましたが、それもごもっとも(汗)


いろんな意味でイギリスとはずいぶん違う日本。

日本人は本当によく働き、よく食べて、どんなことに対しても一生懸命な感じがします。
社会保障システムの違いや、伝統的な慣習が、同じ先進国でもこんなに違うと思うと、とても興味深いですね。

山形の温泉で馬刺しが出た時に娘14歳は信じがたい目つきで、見ていました。
“馬を生で食べる”なんてほんと、すごいですね^^。 ちなみに夫は馬刺し好き。多くのイギリス人にこれを言ったら、動物保護団体に言いつけられそうです(汗)イギリス人は馬が大好きです。

もうひとつ、日本にいるときは気にしませんでしたが、子どもから言われて、なるほど~と思ったのは、
スーパーの中の雰囲気。チェーン展開しているスーパーやデパチカなどでは、店員さんがみんな“いらっしゃいませー、ありがとうございましたー”と叫んでいる&すごく元気な音楽(大体はコマーシャルで流れている耳に残るテーマソング)です。仙台のイオン系スーパーでは“ビッグビッグビッグ ザ ビッグ~♪” という歌が大音量で流れているので、子どもたちはすぐに覚えてしまい、お風呂で口ずさんでいました。(ちなみに英語できちんと発音するとちょっと違った感じに聞こえるので、皆さんが歌うときはカタカタ発音で!)

あれはやはり、購買意欲を増すんですね。きっと。ただ、日本人にはよいけど、欧米人にはちょっと苦手かもしれません。

次は、レジでの出来事。ミスドの前を通りかかり、きれいに並べられているドーナツに吸い込まれるように入ってしまいました。小銭がなかったので私が一万円を出すと、店員さんが、ものすごい大きな声で“1万円はいりまーす”と後方にいる店員さんに言うと、4人ほどいたほかの店員さんが“ありがとうございます~”とこれまた大声で答える様子を見て、私にとっては慣れた光景でしたが、子どもたちにとってはものすごく興味深かったようで、これまた、お札を見るたびに、まねするようになってしまいました。

とにかく、日本では何を食べてもおいしい。おいしすぎ。ビザを食べた息子の感動振りはすごかったです。
パン屋さんでは“イギリスパン”を見つけ、これまたそのおいしさに感激!子供たちがつけた“イギリスパン”のあだ名は“イギリスにないパン”です。


レッスンでもぜひ、いろいろな質問をお待ちしております!

日本も残暑厳しい地域もあるようですが、ゆっくり秋の気配でしょうか。
ちょっと頭はまだボケ気味ですが、皆さんとまたレッスンでお会いできるのを楽しみにしております。

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