2007年02月17日

有言だが無限の視点から

あーめんどい

いや、楽しい

原子の集まりから何故か形作られ

地球でいう「人間」というものに作られ

今、存在していると自分の頭では認識している

もちろん、他の世界又は存在しない、も選択肢の中にはあった

そうかもしれない

しかし、私はこうしてここに生まれた

生じた

もしかしたらこの認識も空虚なうそなものかもしれない

まぁ、今のところは存在していると考えている

膨大な選択肢があると仮定すると、

その中の一つのこの世界を経験できるということは

ありがたいことなのかも

そして同時に、苦しいことでもあるのかもしれない



良くありがちだが、

人・生物は目の前のものに固執してしまう

目が行ってしまう

だって目に見えるから

把握しやすいから

目に見えることがそのモノにとっての世界全てだから

人間でいうなれば、

国際政治だの、国際問題だの、国内問題だの、富みだの、と

みな必死になって取り組んでいる

もちろん、人間は生きたいと思う傾向が強く、

しかも考える力もあるため豊かになった

そのため、他の者をも救う、もしくは生活の改善を求める

そうなった

仕方ないといえば仕方ない

しかし、それだけいいのか





太陽に死が来ることを知っているだろうか

50億年後、太陽は死ぬ

主系列の惑星のため、爆発はせず巨新星になり、

次第に小さくなり白わい星へ、そして死を迎える

巨新星になる際には、地球の楕円軌道をも越えるほど

大きくなるという

ということは、つまり、

このまま地球が万有引力の力で太陽の周りを50億年間

ずっと回り続けた場合、

地球は太陽の死の経過で巻き込まれて死ぬことになる

今までの研究では、太陽が大きくなるのは確実だとされている






どうなのだろうか

いずれ滅びる運命にある

そんな私達は、どこから来て、どこへ行くのか

今していることには何の意味があるのか





全体を見たい、知りたい

真実は存在するはずなのである

意味なんてないのかもしれない

しかし、なぜ、どのように、は知ることができる

知りたい

それと同時に、意味は自分で付与しなくてはならないみたいだ

めんどくさいものだ

私は真実を知るのみで満足だが




まぁ、たまには身に付けた偏見のかたまり、つまり

常識を脱ぎ捨てて、大きな視点から思考をめぐらすのもいいのではないか

そういうことだ

chihna5 at 02:23│Comments(0)TrackBack(0)

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