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今日の「おうちで中華」は前置きが長くなるので、最初に予告しておく。
何について語るかと言えば、本日の料理で用いる「山薬(山药)」についてである。
長いので、今回は巷のアフィリエイトブログでよく見るように、段落ごとに分けて書いてみた(笑)。


1.「山薬=山芋」ではない

日本では「山薬=山芋」という説明をよく見かけるが、これは誤解を招く表現だ。山芋(ヤマノイモ、ジネンジョ)は、Dioscorea japonicaという学名からも分かるように、日本原産。中国で山薬と呼ばれているのは、基本的に長芋(主にDioscorea batatas)のことである。

中国では、長芋はただの食品にとどまらない。長芋の皮を剥き、薄くスライスしてから炙って干したものを漢方薬(生薬)にする。その状態に加工された漢方薬としての長芋も、生のものと同じく山薬と呼ばれている

この漢方薬としての山薬は日本にもあるが、日本産の場合、原料に山芋を用いることも多い。山芋も長芋も栄養価は大差ないそうだが、栽培する芋として中国から渡来した長芋より、山の奥に行って掘り出してくる山芋の方が、薬としてのありがたみが勝ったからかもしれない。

ともあれ、中国には存在しない「山芋を原料とした、漢方薬としての山薬」というものが、日本には存在するわけだ。その意味では、「山薬=山芋」という説明も完全に間違いではないのだが、このあたりから話がこんがらがって、生の山芋までも「山薬」と呼ぶ混同が生じたと考えられる。

まとめると、下記の通りとなる。

中国では、「山薬」=長芋。もしくはそれを加工した漢方薬。
日本では、「山薬」=長芋や山芋。もしくはそれらを加工した漢方薬…と混同されている。



2.なぜ長芋が「山薬」と呼ばれるのか

話を中国に戻して、では、なぜ長芋が山薬と呼ばれるのだろうか。日本では「山の薬と呼ばれるほど栄養価が豊富だから」という説明がよく為されるが、話はそれほど単純ではない

長芋は元々「薯蕷(しょよ)」」という名前だった。ところが、唐の代宗の諱(忌み名。死んだ人の生前の名前)が「預」であったため、つくりが同じ「蕷」の字を使うのは不敬だということで、「薯薬」と改められた。さらにその後、宋の英宗の諱が「曙」であったため、今度は「薯」の字を避けて「山薬」と改められ、今に至る。

もしかしたら、宋代に「薯薬」の「薯」を「山」に変えると決めた人の頭の中には、「薯の字をどの字に変えようかなあ。そうだ、この芋は栄養価が豊富だから、山の薬という意味になるよう山の字に変えよう!」という発想があったのかもしれないが、それを示す史料はない。

こう見てくると、「栄養価が豊富だから」説は後付けではないかという気がする。少なくとも、元々は全然別の名前だったのに、お上の都合で改名させられたということは覚えておきたい。


3.「山薬」「淮山」「懐山」の区別

話はまだ続く。「山薬」には、様々な異名がある。よく目にするのが「淮山」。「淮山薬」とも言う。或いは「懐山」「懐山薬」というのもある。因みに、「淮」と「懐」は発音が同じ(huai2)である。

現代の大衆レベルでは、これらは全て長芋を指す言葉だと見なしていることが多いが、本来は異なる。何が異なるかと言えば、産地である。「淮山」「懐山」といった異名は、普通の山薬と名産地の山薬を区別するために生まれた、いわばブランド名なのだ。

ただ、その謂れには諸説あって、とある説では、昔から淮河流域が山薬の名産地であったため、「淮河流域産の山薬」という意味で、「淮山」「淮山薬」と呼ばれるようになったのだという。

また別の説では、かつて山薬の名産地とされたのは河南省の懐慶府(今の武陟)であり、「懐慶府産の山薬」だから「懐山」「懐山薬」と呼ばれたのが先だという。それが中国南方に伝わるに従って、「懐」の字が難しかったからか、或いは、中原の地名に疎い南方人には懐慶府産と言うより淮河流域産と言った方がイメージしやすかったからか、いつしか「淮山」「淮山薬」という呼び方も生まれたというのである。

僕としては、後者の説を支持したい。ひとつは、後者の説ならば「淮山」と「懐山」、両方の異名の由来を説明できるから。もうひとつは、僕の肌感覚で言っても、山薬を淮山と呼ぶ例は、中国南方でより多く見かける気がするからだ。


4.そろそろ本題

ということで、そろそろ本題に入ろう。今日の料理は、玉竹淮山枸杞湯。玉竹(アマドコロの根茎)と長芋と枸杞がメインの煲湯である。

この料理では、長芋が「淮山」と表現されている。しかし、色々なレシピを見てみたところ、「必ず淮河流域産の長芋を用いること」と書いてあるものはひとつもなかった。これは上述した通り、大衆レベルではもはや「淮山」にブランド産地の山薬としての意味は失われていて、単に山薬の別名になっていることの証左と言えるだろう。

また、敢えて山薬ではなく淮山と表現する理由も、これが中国南方の広東省の料理であり、淮山という呼称が中国南方で生まれたとする説を併せて考えると、腑に落ちる。

このスープは生の長芋でも作れるが、今回は「漢方薬としての山薬」を用いることにした。下の写真の左前の白いやつがそうだ。

↓本日の材料。
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その他の材料と作り方は下記の通り。

<材料>
(肉類)痩肉(豚赤身肉)
(乾物)玉竹(アマドコロの根茎)、淮山(長芋)、蜜棗、枸杞、棗
(他)水、塩

<手順>
1)全ての乾物を水でさっと洗う(戻す必要はない)。
2)立湯煲に水と痩肉と乾物を全て入れ、たっぷりの水を注ぎ、蓋をする。
3)2)を強火にかけ、沸騰したら極弱火にして、1.5〜2時間煮込む。
4)塩で好みの味に調整したら、出来上がり。

*痩肉は血やアクが少ないので、下茹で(飛水)不要。

結構甘味が出そうな組み合わせだが、さてどうなるだろう。

1)全ての乾物を水でさっと洗う(戻す必要はない)。

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2)立湯煲に水と痩肉と乾物を全て入れ、たっぷりの水を注ぎ、蓋をする。

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3)2)を強火にかけ、沸騰したら極弱火にして、1.5〜2時間煮込む。

↓火にかけたらホクホク甘やかな香りが立ち昇ってきた!
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4)塩で好みの味に調整したら、出来上がり。

↓うん、できあがり。ピローンと長いのは玉竹。
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ということで、いただきます!

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その他の料理は、腊肉炒萵筍片(中華ベーコンと薄切りセルタスの炒め物)白灼芥藍(茹でカイランの醤油だれ)。如何にも地味だが、手軽だし、野菜をたっぷり摂れるし、あっさり味で食べ飽きない。こういうよそ行きじゃない中華こそが大好き。

さて、肝心の玉竹淮山枸杞湯。やや白味がかった黄金色のスープ。予想より甘さは穏やかで、スッとした曇りのない香りと味わいだ。それは煮込み時間を1.5時間に抑えたからかもしれないが、その分、肉にも旨味が残って旨かった。素材の旨味を出し切らない煲湯もアリだな。

↓きれいな香り。きれいな味。
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↓具を入れてみた。下の方のぐずぐずになったのが長芋。
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↓肉も美味しい。
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うちのサイズの立湯煲だと、二人でいっぺんに飲み切るには少々多いので、大抵はスープが残る。それを翌日の朝食にするのが、最近のパターンだ。

↓おめざの一杯。しあわせ。
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まだ寝ぼけた胃腸に染み渡る優しい味。今日も元気に行ってきます!となる。


■備忘録■
玉竹淮山枸杞湯 玉竹淮山枸杞汤 アマドコロと長芋と枸杞の煮込みスープ − 広東料理
<材料>
(肉類)痩肉(豚赤身肉)
(乾物)玉竹(アマドコロの根茎)、淮山(長芋)、蜜棗、枸杞、棗
(他)水、塩
<手順>
1)全ての乾物を水でさっと洗う(戻す必要はない)。
2)立湯煲に水と痩肉と乾物を全て入れ、たっぷりの水を注ぎ、蓋をする。
3)2)を強火にかけ、沸騰したら極弱火にして、1.5〜2時間煮込む。
4)塩で好みの味に調整したら、出来上がり。
*痩肉は血やアクが少ないので、下茹で(飛水)不要。
*長芋は生のものでもいい。その場合、煮込みの最後の30分くらいに入れる。

<2018年1月>