映画と共にあらん

映画と珈琲と日々の暮らし

カテゴリ: 娘の不登校について書く

娘と同時期に全日制高校を2年生でやめた男の子は元々成績は良かったのだ。中学時代は学年でトップクラスだったし。だから通信制高校に変わっても、そこそこ“いい大学”に合格出来たのだろう。お母さんの心労はいかばかりだったろう・・・初めて通信制高校があるビルで会った時は本当に(お互い)死んだような顔だった。

すべてが終わった時はかなり表情も明るくなっていて。「本人は立命館の映像学部に行きたいんですけどね。」「へぇぇ・・・映画関係の仕事に興味があるとか?」私は食いついた(笑)「私には詳しい話はしてくれませんが(笑)そういうのが好きみたいで^^;受かればいいなぁと。」その後関西大学に合格したと聞いて私も喜んだ。「まずは良かったですね!これで気持ちに余裕がね^^」それからは連絡を取り合ってないけど。

映像学部に行けたと信じているけど。そしてそういう仕事に就職してますように。もう彼もアラサーなんですねぇ~

元の高校をやめる時はお母さんと息子と2人で“退学”の手続きに行ったそうだ。母は帰り道、歩いている足にチカラが入らなかったと言う。「目に見える景色がね・・・色が無いんですね。白黒写真みたいな感じだった。精神的なものでしょうかね。」私はわかりますよ・・・と言った。息子は自転車なので途中母親と別れて帰ったそうで。その日の空は晴天だったらしい。

息子は海岸通りを自転車で走った。無心にずっと走ったそうだ。これから自分はどうなるのだろうという不安や親に申し訳ないと思う気持ちが頭の中でグルグル・・・・母親が泣かないで学校を出た時はホッとしたらしい。家に帰ったら「今日天気が良くて良かった^^;」とそんな事を母に言ったそうだ。




夕陽と自電車の少年(シルエット)
ぱくたそさんのフリー素材です。



娘はもうすっかり関東人の姉と10年もの同居生活を送っている。3DKのマンションで自分の部屋を貰い完全なプライベート空間がある。姉は相変わらず朝は早く出て夜は帰って来るのが遅いらしく(職場が遠いのもあって)休みの日以外はいつもいつも顔を合わせている時間が無いそうだ。同居生活ってそういうほうがいいのかも知れない。うちみたいに無趣味な夫だと仕事でいなくても6時きっちりに帰って来るからなぁ(笑)

非正規雇用ではあるが社会保険のある職場に就職したばかりの頃。学校の話が出たそうだ。「福岡の大学ってどこが有名なの?」と聞かれ「国立の九州大学と私立の西南学院大学かな。」父親の福岡大学も言えよ・・・・失礼な。地元じゃ西南より格下に見られているからなぁ。

同僚2人は「西南?知らないわ~福岡大学しか知らないよ^^」ですって!夫よ良かったのぅ(笑)ただし関東人のほとんどが福岡大学は国立だと誤解しているらしいぞ。何と言っても辞めた高校の話題なんか絶対出ないこと。自分は“ただの短大卒”で誰も何も知らない安心感。

世の同窓会って『高校の同窓会』がメインらしいです。娘に高校の同窓会は無い。私が街中で辞めた高校の制服を見かけて気分が悪くなって買い物途中で家に帰った事があったが。娘は私以上に“あの制服”を見るのはきつかったはずなのだ。もう娘を覚えている人もいないだろう。2年の2学期に消えていった女子生徒のことなど。

「関東人の距離感が好き。人の心にズカズカ土足で入って来ないから。もし結婚するとしても福岡県民はあり得ない。逆方向で関東や東北の人がいい。」嫌な思い出しかない福岡には帰る気がないみたいだ。

姉のマンションは・・・・もうひと部屋余っている。(物置にはなってるけど)私が泊まる部屋がある。「私も関東で暮らしたいなぁ~」とつい呟いたら。「・・・・・俺は福岡で孤独死?」夫は悲しそうな顔をした。

※何か誤解されないように言っておきますが私は夫を虐待などしてませんので汗※


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“鰺のフライ(5尾で280円)”夫が大好きなので頻繁に出ます。虐待してませんアピールですわ(笑)




娘は現在アラサー(30代)で独身です。職場環境は女性が多くて最年長では48才独身女性もいて結婚してなくても別にいいや、みたいな雰囲気があるそうな。いい時代になったと思いますね。私が若い頃「女は25まで(クリスマスまで)に売れないとヤバい」誰が言ったのでしょうかね(笑)

「スーパーバイザーにならないか」と声をかけられたそうですが。一旦お断わりしたそうです。「私が人を束ねるとか自信がないよ」いいよいいよ、自分のペースで生きていけばいいさ。声をかけてくれた上司は不登校経験者なんて知らずに言ってくださったのだろう。

過ぎてしまえば「あれは何だったのだろう」と思い「もしかしたら何とかなったのでは?あんなに早く決断せずに学校に残ってたら卒業できたかも」これは過ぎ去った安心感からか必ず後悔みたいな気持ちになります。うちの場合は「行けたかも知れない」は無いと思うんです。時間が圧倒的に足りないからです。単位は娘の回復など待ってはくれませんでした。留年しても登校できるようなガッツがあれば最初から不登校などなりません。

そうそう問題になった仮想通貨ですが“億り人”になった人のニュースなど観てたら「これが上手くやれる人なら(あくまでも)仕事しなくてもいいよね」自分が生きられる方法を見つけられれば学校も会社もいらないのです。まっとうにしか生きられない者は、残念ながら既存の社会生活を頑張るしかありません。

親が子供より先にあきらめたので早く動いて生きる道を探せたような気がします。高校を辞めた帰り道に買ったケーキを家で食べたら普通に美味しかったのです。苦しい時に何か楽しいものを見つけると痛みはやわらぎます。深刻にならざるを得ない状況ですが“何か笑えるもの”があったほうがいいです。他人は助けてくれませんしなるようにしかなりません。不登校であっても何か楽しみを見つけて過ごしてください。

娘は何が嫌で行けなかったのか本当のところは言いません。今さら聞く気もありませんが。言いたくない理由なのだと思います。最後に自分が悪いのだと親子で思い詰めないでください。長々と当時の思いを吐き出しました。誰にも言いたくない事もブログだと書けるので良かったと思います。

最後に夫は娘が布団から出られなくなった時でもずっと黙って見守っていただけでした。その事に感謝しています。





娘はいろんな公務員試験を調べまくった。裁判所の事務職175倍(冗談なんかではありません笑)こんなもんは最初からパス!田舎のマイナーな水道局の事務職員だったらもしかしたらなんて・・・やっぱり厳しいよね。JR関連会社など有名どころは全然ダメだった。唯一あの金融会社プロミスさん「来てくださいって本当に有難いんだけど・・う~んパス」娘の就活は困難を極めた。

某会社の面接で「〇〇高校はなんで辞めたんですか?」軽い感じで聞かれたそうだ。迂闊にも準備していなかった質問だった。そりゃそうだよね。聞かれても不思議ではないのに、こっちはもうすっかり過去の出来事になっていたから。「最終学歴だからね結局は。どこの高校かなんて関係ないもんね」通信制単位制高校で一緒だったお母さんが自分に言い聞かせるようなワード“最終学歴”は高校中退して大学合格した子の親のための呪文のようだ。

姉は関東で1人暮らしをしている。「こっちで仕事を探す?」いつまでも退学した高校の影響があるのだろうか。履歴書の退学からの転入して卒業という文字は見過ごしてはもらえないのかな。娘は関東で非正規雇用だが郵政関連の事務職に決まった。ボーナスは無いが社会保険加入だけでも有難い。姉と同居する事になった。「借りると家賃が高いからその分お金も浮くよ」

娘の部屋にカーペットやエアコンまで用意してもらった。ほとんど荷物は洋服や靴など身の回りの物だけ。ボーナス無しでいろいろ引かれて月18~19万くらい。「伯母さんに月5万くらい入れたらいいかな?」「いいよ。元気に仕事に行ければいいから、そんな事はいいから」居候するだけの簡単な引っ越しだった。「じゃあ」と言って私は2人と別れた。「また来るから」姉と同居なので安心だった。

学校に行けなくて1日眠っていた娘の布団の柄を見つめていた日々、高校を辞めた帰りにケーキを買ったこと、通信制単位制で一緒だった元々成績が中高と優秀だった男の子の4年大学合格を喜んだこと、短大の卒業式で娘がレンタルした押切もえさんデザインの袴姿などが一気にオーバーラップした。「ああ終わった・・・」

帰りの飛行機の中で涙が溢れて止まらなくて困った。





通信制・単位制の学校はかなりユルい授業内容です。ここに通えないなら高校中退のままだと親は覚悟したほうがいい。単位習得に19才までかかり1年遅れで高校卒業資格を取る子が多い中、娘は何とか現役18才で間に合いました。うちは決断が早かったからだと思います。ズルズル不登校を続けないでさっさと退学手続きをしたからでしょう。

時間との戦いはかなり厳しいものでした。現実問題としてFランなどと呼ばれる4年大学でさえ“まともな勉強”をして来た高校生には負けます。ここでは単位を買っただけであり、大学合格を夢見る場所ではありません。

娘は「この短大の学部に行きたい。ここに行ってみたい」とかなり明るくなっていた。もし“まともな高校”出身ではないと思われたら?試験の採点に不利だろうか。物事を悪い方へとしか考えられなくなっていたが、合格通知が来た。夫は紙が破れるくらい強く握りしめ「うん・・・うん」泣いていた。

娘は“普通の短大生”になった。「どこの高校だったとか話題になる?」一番気になっていた事だった。「全然(笑)バイトや彼氏の話ばっかりだよ」はぁ女子短大ってそんな感じなのかね?頑張って貪欲に単位を稼いでいる姿を見て「最初から飛ばすねぇ」と言う私に「単位取るのは得意だからね」冗談も言えるまでになっていた。

あっという間の2年間だった。卒業式では広い講堂の檀上で学年賞なるものを授与されていた娘。私は暗黒の高校時代が吹き飛ぶ華やかな空間に浸っていた。しかし就活は甘くはなかった。






娘は男女共学の私立高校に通っていた。希望していた高校ではなかったが、そんな子供はいくらでもいるだろう。自転車でけっこう距離はあったが学校にも慣れて友達もできたみたいですっかり安心していたのに。

高2になってから娘の様子が変わったのだ。気分が悪いから休むと言う。24時間寝てるのではないかと思うくらい布団から出られなくなった。何か悪い病気なのでは?と笑っていられなくなった。2学期に入ってからはさらに行けなくなった。担任の先生が家まで来てくれたり同じクラスの子が娘に「一緒に頑張ろう」みたいな手紙をくれたり。

高校というのは義務教育ではない。単位を落とすと留年しなければならないシビアな世界なのだ。私は「もうムリかも知れない」夫にこのままでは時間だけが過ぎていく。行けないなら違う道を探すしかないと言った。夫も力なく頷いた。単位制・通信制高校に転入して高校卒業資格を取る方法があるらしい。

週2回通うだけの通信制高校。「ここなら大丈夫。行けるから」と言う娘のホッとしたような言葉に賭けるしかなかった。自分に合った学校などと綺麗ごとでは済まない現実があった。ここで単位を買うのだから。よそのお子さんで第一志望の高校に落ちて今の高校に行けなくなった男の子とかもいた。お母さんは「どこでもいいから大学に受かれば・・ですね」苦悩に満ちた表情だった。痛いほどわかる。

私は生徒が皆それぞれの私服なのに気がついた。ついこの間まで制服だったのに・・目が潤んでくる。泣いても仕方ないよと自分に言い聞かせるしかない。




子供の不登校で悩む親は増えているのだろう。うちの娘も不登校になり何をどうしたらいいのかわからない毎日が続いた。娘の将来はどうなってしまうのかと絶望的な気持ちで過ごす日々を経験したが、正直当時の事を書くと精神的にきついかも知れない。でもうちの場合はこうなりましたという記事を読んで頂いて誰かが何か救われたとか、または気が紛れたでもいいので。気持ちの整理も兼ねて(笑)

娘が小学生の時、上のお兄ちゃんが同級生で下が女の子というお母さんと知り合った。兄妹で学校を休みがちだと悩んでおられた。「親が離婚するかも知れないのがわかってるから2人とも情緒不安定なんだと思うの」不登校の原因は親のせいだと。離婚して長崎の実家に帰るのだと言う。「問題は長崎の小学校に転校してからだよね。そこが不登校だと辛いよね」かける言葉も見つからない。

私は自分の子供は不登校なんか関係のない話だと思っていた。このお母さんは気の毒だなぁと思っても何もわかってはいなかった。うちの娘は大丈夫だからと、考えた事もなかったのだ。娘は中学まで順調だった。しかし(共学)私立高校に入学してから・・それはやって来た。






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