映画と共にあらん

映画と珈琲と日々の暮らし

カテゴリ: PTA役員時代

娘が年長さんで役員になって副会長なんて(嵌められた99%)引き受けて。父母の会会長さんが超個性的な母親だったのが不運で非常にハードな1年間だった役員たち。やっとこさ卒園式が来て無事終了して・・・名残の尽きない母親たちや園児たちや。年長の時の先生は2人で娘はラッキーな事に10年勤続ベテランのK先生だった。

30才独身。まだ下の子供がいる母親が「K先生結婚しないでずっと仕事続けてくださいね!^^」圧倒的な信頼と実績である(笑)しかしとても言えないわぁ(汗)かたやM先生23才アイドルより可愛いと評判だった。父親たちが用事も無いのに幼稚園に来るという噂が流れたけど。K先生よりは頼りないけど一生懸命だったと思う。

娘や女の子たちはK先生にべったりで離れがたい様子。ん?何か・・・男子が少ない?私は何となくそう思った。ふと見るとM先生の周りを取り囲んでいるのは( ゚Д゚)!全員男子なのだ。しかもK先生の組だった男子までいる。はぁぁ~6才の男でもそんなかねぇ。すると、どっからか母親が息子に怒鳴っている。

「ゆうき(仮名)!この裏切り者!K先生にちゃんとお別れを言いなさいよっ!(怒)」“裏切り者”が母親たちのツボに的中。どっと笑いが起きた。K先生とM先生は苦笑いである。綺麗な方へ流れていくのは男のサガなのかな・・・1人の母親が「K先生のおかげで安心して小学校へ行けます。有難うございました。」皆の胸が熱くなった。

K先生は感激しながら「来年もどうぞよろしくお願い致します^^」M先生は翌年結婚して幼稚園を辞めた。いやいや何が幸せかなんて誰にもわからんわからん(ΦωΦ)


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何が幸せかなんて誰にもわからない。と思うのですけど・・・・(笑)



 娘が年長の時に父母の会の副会長だったわけだが。ワンマン会長さんのお言葉には逆らわず行動していた。でも“お泊り保育”は平和なまま終わったイベントだったな。ただ舞台裏はやはり大変だったが。「家から扇風機を持って来て!2台ある人は2台ね。」書記の年配のお母さんが「うちは今クーラーが無いからね。扇風機持って行かれたら困るんだけど。」会長にバシッと言えるのはこの人くらい・・・ほとんど欠席してたけど。「あなたはけっこうです!」会長も強いから(笑)

「副会長2人はあるだけ持って来て。家にクーラーはあるんやろ?」相方Bは3台でうちは2台、うちの夫が早めに事務所を出てBの家の扇風機も幼稚園に運んだ。会長さんが珍しく「副会長2人で5台ならあとうちが3台持って来るからもういいよ。」と他の役員たちは免れた。Bが「今日は家族4人クーラーの部屋で身を寄せ合って寝るしかないね(笑)」「ほんとだね(笑)」もう私たちは感覚がマヒしていたので文句だとか大変だとか、そういう感情が消えていたのだ。

それよりも会計Cは子供たちの夕食の買い物に行っていたが「ハウスバーモントカレーと野菜(玉ねぎ・人参・じゃがいも・バラ肉)と固形コンソメと野菜はレタスだけ!買ってきたでぇ~(汗)ふぅぅ。」幼稚園に材料は渡すだけである。ミニトマトとキュウリは幼稚園で収穫していた。料理は先生たちが作るので楽だった。←もうこういう感覚(笑)『カレーライスとミニサラダ』

夕方から母親に連れられて園児たちがゾロゾロやって来た。「お風呂は自宅で入れてから登園してください。」だったがすぐに汗をかく。「ねぇ~今年も例年通りカレー?お宅の会長さん、人と違う事が好きだからさ(笑)てっきり違うメニューかと思った^^」一般母に言われてBと私は苦笑い。そうそう奇抜な事は出来ないです。園児たちの花火が終わってお母さんたちが帰った後も役員は残っていた。結局夜10時頃に帰った。これは役員の特権だったと思う。

もう年長で親と離れて泣くような子供はいないようだ。去年(年中)は娘を心配したが夜友達と遊べるので、どっちかと言えば喜んでいたな。先生たちに「お疲れさまでした^^」と見送られ私たち役員は幼稚園の門の外に出た。娘はチラッと私を見たがすぐに友達と遊んでいる。泣かれても親は困るからなぁと思いながら・・・・私は何回も振り返りながら歩いた。Bが「お母さんのほうが離れがたいみたいね(笑)」と私を見て笑った。そして「今日はうちもカレーなの^^」Cは「カレーの鍋からさ・・・うちの夕食の分容器に入れて持って帰りたくなったよ(買い物したの私なんだからねぇ。)」

何回振り返っても娘と目は合わなかった。私はホッとして家に帰った。

明日扇風機の回収をせねばならん・・・・現実はやはり大変だ。まさか今の時代に園児の親から扇風機の貸し出しなんてやってないだろうな。


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先月くらいにランドセルの購入に関するテレビ番組を観た。今の時代は驚くほど早く購入するらしい。私はテレビを観ていて「はやっ!」娘の時代は幼稚園卒園の頃の3月に購入でも普通だったような?

当時はランドセルよりも制服のお下がり争奪戦がすごく“熱かった”記憶がある。(当時住んでいた)同じビルのお母さんから「(娘)ちゃんにうちの子の制服あげようと思ってたけど先に〇〇さんに言われてね。ごめんね~」はい?だったが。「いいえ~仕方ないですよぉ^^;(いや買うけど)」アドリブが試される場面である(笑)しかしこの時の出来事は後に「はぁぁそういう事だったのかぁ。」と思い知るのであるが。


それは卒園間近だった。「副会長(私)さん!娘ちゃんの制服の“お下がり”貰っていい?」女の子が2人いるお母さんで姉が娘と同じで卒園する。「下の娘ではもう制服買わないのよ。お姉ちゃんと(娘)ちゃんの(替え)があれば2年持つと思うから安心だもの^^」私は何も考えずに一番最初に言って来た人に「いいですよ。」と約束した。その後3人のお母さんに「娘さんの制服譲って頂けませんか?」と言われ「すみません汗。もう約束してしまって・・・・」と何回も謝ることになったのだ(笑)

それは会計のCも同じだった。「私にも声がかかったよぉ。それがさ~〇〇さんが早かったからあげるって約束しちゃったんだよねぇ。そしたら△△さんからも頼まれてさ・・・〇〇さんの話をしたら2人は仲が悪いみたいで“〇〇さんてホントこういう事になると抜け目がない人なのよね!”って険悪・・・・・たかが制服でさ(怒)」Cは何も悪くないが(笑)お下がり事情を何も知らなかった私たち。

副会長・相方Bが言った。「あなたたちの制服は娘1人しか着てないから貴重なのよ(笑)まだ綺麗だもの。だから争奪戦が激しいわけよね^^;」うちの息子のはお兄ちゃんの代からもう4年間も着てるからそんなに欲しがる人がいないのだと笑った。そんな話をしていたら・・・・男の子のお母さんが私たちのほうへやって来た。

「“おたくの会長さん”が息子の制服を今度入園する男の子のお母さんにあげる約束をしてたのを見たよ。」と言う。Bが「ええ?会長さんとこは弟君が今度入園するのにどうして?」

「下の息子には“お下がり”なんか着せないからあげるわ。ちゃんと下の子にも新しい制服を買ってやるんだって言ってらしたわよ。私ならそんな言われ方して貰いたくはないけどねぇ。」会長らしいなぁと思った(笑)でもそれは親それぞれの考えがあるから会長を批判するのは間違ってるとも思った。Cが面白かったけど。

「お下がりで喧嘩するんだったら自分で買えよって話だよ。“今度だけ”は会長の味方だよ。」


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父母の会役員だったのでお母さんたちにものすごく「譲ってください」と言われたのである。何も悪い事してないのに私とCはものすごく謝ったのだ。




元幼稚園父母の会(会計)だったCは娘が中学生の頃、町内で“体育振興会”役員をやっていた。ママさんバレーボール大会も大変だが、壮年ソフトボール大会もまた苦労が多かったらしいのだ。

実はうちの夫も体育委員の人から(Cとは違う町内会)声が掛かって何年か出場していた。ママさんバレーボール大会には私が出ていて夫婦で“元帰宅部”だというのに(汗)何てお調子者夫婦だろうと今は恥ずかしいです(笑)当時夫はまだ若いお父さんの部類に入っていた。

壮年ソフトボール大会間近になっていた。Cが「はぁぁ~疲れるよ・・・うちの町内は若いお父さんが少なくてさぁ。50~60代がメインなのよ!“腕が上がらない”とか“膝に水が溜まってる”とか・・・・ポンコツばっかだよ(怒)」「・・・・・酷い言い方だね^^;(仕方ないやん)」大変だなぁと思った(笑)私は「うちの町内は夫も出てるけどピッチャーは35才の若いお父さんで元野球部だって言ってたけど。ただピッチャーやってなかったから最初は嫌がってたって。他は40代がメインみたい。」

「何て羨ましい・・・・1人おくれ。30代なんていないよ。うちもピッチャーが40代で一番若いんだけどね。60過ぎてる人も外野にいるのよ。“走れません”とか言うからさぁ。ピッチャーの人には全部のポジション守る気持ちでやってくださいって言ってあるよ。」「・・・・・・・・・(汗)」そんな事言われたら絶対出たくない。

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公園花。

夫は「うちはけっこう強いかも。ほとんど40代やん^^ピッチャーの35才はやっぱり動きが全然違うよ~奥さんも小さい子供連れて(練習)見学に来てるけど綺麗な人でね。40代は皆その奥さんが見てるから張り切ってるよ(笑)」

「それだよ!」私はひらめいた。Cに「若くて綺麗な主婦を練習中に派遣するのさ^^」と言った。Cは「あのね~・・・50~60代の奥さんにそんな期待できるわけないやろ。」



元幼稚園父母の会の会計だったCは性格があっさりして「いいよ。」と言うイメージしか記憶にない。学生時代は陸上部で中距離を走っていたらしいが。うちの娘とCの娘が中学生の頃、町内会で体育振興会などに関わっていた。「体脂肪ないよね~ホント筋肉質だよね。うらやましい・・・・」Cは「実はさ、ジョギング始めたんだけど。」

以前住んでいた地域にジョギング(ウォーキング)の出来る河川敷が近くにあった。「そこに自転車で行ってちょっと走ろうと思ってね。そしたら中高年のランニングクラブに所属してる人たちが集まってたんよね・・・・」Cの体験談です(笑)

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そのクラブの女性からCは声をかけられたそうな。「今から一緒に走りませんか^^皆で日曜日の朝にわいわい集まって走ってるんですよ。」1人だと続かないかも。Cは「いいですか?じゃあ参加させて頂きます。私昔は陸上部だったんですよ。今は全然走ってませんけど。」これを言わなければ良かったと後で後悔することになった。

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10人くらいのおじさんとおばさんがいて「私が一番若いかも。」と思ったそうだ。50代くらいの人がけっこういた。「では行きましょうか^^」おじさんが声をかける。皆一斉にスタートした。Cは数分走って「え?」と思ったそうだ。一番後ろでほとんど全力で走っているのだ。少しずつ集団の背中が小さくなり・・・・・あきらめた(笑)(笑)

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Cはその日がジョギング初日だったのだが。冷静に考えればいつもいつも走ってる人たちだし年齢なんか関係なく勝てるわけがない。完全に皆が見えなくなりCは1人でテキトーに走って帰った。「その人たち・・・心配とかしてくれてないよね。」私は多分忘れられているだろうなと思った(笑)Cはもうその河川敷には行かず近所をちょこちょこと走っていると言う。

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私は「結局ジョギングじゃなかったってことなん?」「そう!ものすごいスピードでさぁ~ついていけなかった汗。あの人たち市民マラソン大会とかしょっちゅう出てるらしくてガチなんだよね。お気楽に参加した私がバカだったよ。」

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「女性は55才まで記録が伸びるなんて会話ばっかりしてるんだもの(笑)最後インターバルをして解散しましょうとか言ってた・・・・私なんてその前にリタイアしてるからね。」インターバルて(笑)大人がそんなに鍛えて何を目指すのかな?元陸上部って言わなきゃよかったと「恥ずかしくてあの人らに会いたくないのよ。もう覚えちゃいないだろうけどさ。」



これは娘と同級生だった男子君の“よけいな苦労物語”である。

娘の小学校時代。娘のクラスには私立中学受験をする子はいなかったが、よそのクラスの男子君でどうやら私立中学を受験するらしいと噂が流れた。幼稚園父母の会・相方Bは「うちも行かなくても“ラサール中学”受けさせたいわぁ♪」男の子って大変だねぇ~と私はまったく興味が無かった。

そしてその男子君は無事私立中学に合格したそうだと再び噂を聞いた。それっきり月日は流れ。中学3年の夏休みだったかBから「私立中学に行ってた〇〇君が学校を辞めて公立中学に転校したらしいのよ。」と。「へぇぇ~もしかしたら娘と同じクラスになったりするのかな?」私は言った。Bは「それが・・・うちの中学じゃなくて隣の中学だって汗」

「・・・・どういう事?」「隣の中学の校区におばあちゃんちがあってそこに住所を移すんだって。直接お母さんから聞いたのよ。」「・・・・何でそんな事を?うちの中学だと知ってる友達いるやん。隣の中学なんて知らない子ばっかりやろ?」「お母さんが嫌だって・・・・いろいろ言う人がいるからね。」Bは小学校時代から息子同士も仲良くてそのお母さんも親しかったらしい。

中学3年はもちろん高校受験であるが。その私立中学から隣の公立中学に転校した男子君は“内申書がつけられない”状態であると言われたらしいのだ。Bは「今まで私立中学にいた成績が公立中学だと評価が難しいみたい・・・・私もよくわからないけど汗」お母さんは泣きながらBに話したらしい。

その男子君は結局希望する公立高校には落ちて、小学校6年で頑張って合格した中高一貫の高校より格下(と世間が評価する)私立高校に行く事になった。私は「6年で頑張った意味が無いよね・・・・何か気の毒だね。」Bは「小学校卒業の時は私立中学合格自慢ばかりだったくせに、よその公立中学にコソコソ通ったあげくにいい気味だって言う人がいるのよ。私はお母さんと仲良かったから何も言えなかった・・・・」Bの息子は優秀だから話を聞いてあげるのが気まずかったと言う。Bも相変わらずよけいな苦労であった。

今現在の私が思うのは“子供の悲劇”である。小6の子供が本当に私立中学に行きたいのかどうか。親の希望が90%くらいでは?と思ってしまう。まぁいろんな家庭がありますからね・・・・・12才で幸せの切符を手に入れたはずなのに15才で一転して不幸になるなんて誰が予想できただろう。

今は娘の時代より私立中学受験は増えているのだろうなぁ。人の気持ちって変わるからなぁ~難しいですね。


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子ども会育成会で一緒だったN(男の子親)は「夫は美術の先生なのよ^^」「へぇぇ~(ピンときてない笑)」家におじゃましたら台所だけではなく、部屋の中にやや大きめの“シンク”があった。画材道具とかが置いてあったりして。「うちと違って芸術のニオイがプンプンする(笑)」「私も絵を描くのが大好きなの。」

コーヒーカップもシュガーポット(砂糖入れって言うけどな)もオシャレだった。食器とかこだわりがあるんだろうなぁ。割れてもいいような安物の食器しかない我が家は恥ずかしいよ。「もうすぐ母の日だね~(私)さんは実家のお母さんや姑さんに何かするの?」私は姑は夫が高校卒業時くらいに早くに亡くなっていると話したが実の母とは・・・・関係が良くないなんて言えなかった。

「お母さんの写真ある?」Nは「私が描いてみたいから1枚写真を貸してくれない?」正直母の写真はとても少ないが姉が就職して母の洋服やバッグを母の日に送っていたのだ。現金だと父に渡してしまう可能性があるからだ。姉が東京で買ったプレゼントの服を着ている、地味で貧相に見えないとっておきの母の写真だった。

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姉が関東に就職した頃だから母はまだ元気で若い。姉は連休を利用して帰省していた。父はマイペースで暮らしていたから(相変わらずね)姉と母は2人だけで外食に行った。姉の奢りで食べたのは“エビフライ定食”「ああ美味しい。」エビフライが食べてみたかったのだと言ったらしい。いつも煮魚とかふきを煮たのとかばかりだからと。食後のコーヒーとケーキも食べて幸せそうな顔をしていたと姉が言った。

Nは「この絵は母の日のプレゼントに使って^^」「有難う(汗)喜ぶよ。大変だったよね、本当に有難う。」言葉とは裏腹に私は「実家に持って行くのはなぁ・・・」結局うちに置いていたのだが。母が亡くなった今、この写真立てはとても貴重なものとなってしまった。※写真立てもNから貰いました※

母の日・・・私は姉と違って何もしてやれなかった。いやしなかったのだ。Nも息子の中学卒業くらいに引っ越して行った。Bも私も息子や娘の思い出の土地にはもう住んでいない。Nの作品だけが形として残っている。





幼稚園父母の会でBが会長にパワハラされ、ひどく傷つき泣いたバザー事件。「もう二度とやりたくない。」人は喉元過ぎれば熱さを忘れる(笑)娘が小学校5年だったと思う?懲りずにバザー副部長になってしまった。(“副”ばっかりですわ)部長さんは「どうせなら楽しくやりましょう♪^^」ほっとする。学校は信じられないほど非常識な人はいなかったなぁ(笑)ただし役員会の“あの会計さん”は怖かったけど。

Nは「絵を描くのが好きなの^^」手作り品で“ステンシル”とかいうのを使って巾着袋に可愛い猫の絵を描いてバザーに出すつもりだった。私が副部長なので協力してくれるのだ♪「娘が絶対買いたがるよ。」あと犬の絵のもあった。しかしPTA役員の会計のお局様は・・・・

「Nさん、これはダメ!キティちゃんとスヌーピーに似てるでしょ?あなた“著作権”知らないの?」きついダメ出しだった。この人は運営委員会で成人教育委員会代表の私とBに幼稚園父母の会の活動を皮肉った女だった。この人ホント言い方がなぁ・・・・。Nは「わかりました(汗)描き直したらいいですか?」「全然違うキャラクターになれば出してもいいですよ。」まぁ悪い人じゃないんだけど・・・職務に忠実ってやつですかね?

「スヌーピー」の画像検索結果 「キティーちゃん」の画像検索結果
※画像を拝借。これソックリではなかったですけどね。神経質すぎやせんか?と。


私は「これキティちゃんやスヌーピーに似てるかな?あの人厳しすぎるんだよね。」中国を見習えよ(笑)Nは上手く修正して無事にバザーに出せた。するとやはり手作り品に参加したお母さんが「私ポケモンキャラクターを真似てフェルト生地でマスコット作ったんですけど。ダメですよね・・・・著作権とかで出せないんですよね。はぁ~頑張ったんだけどなぁ・・・」ものすごい落胆ぶりだった。

私はあのお局様役員さんを呼んだ。お局様は「これは大丈夫ですよ。ポケモンの要素はまったくありませんから。全然似てません。」これはこれでお母さんはひどく傷ついた。そしてその年のバザーの売り上げは去年より「けっこう儲かりましたね^^♪」と缶の中のお金を見た教頭先生の喜びようにかなりドン引きしたのである。

めっちゃお札を数えていらした記憶があります・・・・私立小学校じゃないからお金無いのかなぁ~と思いましたね。





子ども会育成会の最初の行事がドッジボール大会&ソフトボール大会である。5月~6月頃だったと思う。

娘1人が6年生の女子のドッジボール大会は不利ではあったが最下位ではなかった。Cとお互いの娘の成長に感動し無事終了。私は早く終わったので男子のソフトボール大会へ移動した。うちの町内は6年男子が3人もいて4~6年でほぼメンバーが揃い圧倒的有利であった。順調に勝ち進んでいた。

5年生のリトルリーグに入っている男子がピッチャーでさすがに強い。キャッチャーがヨックモック息子である。ショートはN息子であのポケモンカードを突き返した母の息子はファーストである。男子は大きい子ばっかりで羨ましいなぁ~と思った。私は女子の親なので遠慮して静かに観戦していたが。Nが「女子は終わった?こっちは決勝に行きそうだよ^^」「すごいやん!」ふと見ると“あの因縁の2人”がいる。

ヨックモック母にポケモンカードを突き返した母が「ヨックモックさんの息子さんぽっちゃりして可愛いですね。」(何かバカにしてる?)笑いながら言うとヨックモック母は「お宅の息子さんにうちの子がキャッチャーに決まったのは“デブ”だからって言われたそうですけど。」声が怖い。「・・・・うちの息子はそういう事を言わないようにしつけてますよ。カン違いでしょ。」とポケモン母はまた笑った。何かギスギスした空気を感じるんだけど(汗)

ヨックモック母は「い~え!うちの子は走るのがのろいから点が取れなかったとも言われてますけどね。本人に直接ではなく陰でねっ!」「それはさっきうちの子がせっかくヒットを打ったのに(お宅のせいで)1点も入らなかったからでしょう?子供だからそりゃ言いたくもなるでしょう。うちの子は頑張ったんだから。」おお・・・・い。

ヨックモック母は「お宅はNさんにまだ謝ってないですよね?運動会のリレーでドタキャンして迷惑かけたのに。」「今頃そんな6年も前の事を言われても・・・」この調子でずっとバチバチは続いたのであった。

(; ̄Д ̄)2人とも一歩も引かない。ふと見たらNはいつの間にか消えていた・・・・私も音を立てずにそっと帰った。もしかしたら娘は同学年がおらず、たった1人だったからもめ事が無かったのかも知れないと初めて思ったのだった。





幼稚園父母の会でトランプ大統領みたいな会長の下で2人結束し耐えた副会長Bと私であるが。母親のタイプがまったく違っていた。会計だったCと私は似たタイプで物事におおざっぱである。不思議なもので息子2人の母親であるBのほうが女の子を育てるのには向いていると思ったものだ。

Bの下の息子とCの娘がうちとはお互い同学年であるが。Bは中学になってもPTA役員まっしぐらの道を進んだ。Cと私は小学校卒業でPTAとは(やっとですよ~)縁が切れた。ただCの場合は自治会(体育振興会)の体育委員などやっていたので忙しかったはず。私は講演会参加の協力や学校のバザー副部長がPTA活動は最後だった。PTA人生は“副”どまりで終わったのぅ・・・・

Bは夏休みなど忙しい合間にも「今日子供たちと図書館に行って来たの。」「へ~(娘と)行った事ないよ。」「うちはよく行くよ。本買うより経済的だし楽しいよ。一度行ってみたら?」Bの家にCと一緒に幼稚園時代は何回か行った。“ヒラヒラ”が多い印象(笑)台所には可愛いカフェカーテンがヒラヒラ。テレビの上やテーブルなどにヒラヒラのレースが置いてある。普段のファッションも可愛い服が多かった。

息子2人の為におやつはなるべく手作りである。私は「簡単だよ^^」のクッキーを教えてもらったことがある。娘に作ったら喜んだ。マドレーヌの型などもあったし、「チーズケーキ作ったの♪少しレモンを効かせてるけど。」私とCは「店で売ってるレベルだよ!すごい。」今思えばお坊ちゃんはチーズケーキなんぞ食べてたのか・・・・

シソのジュースも手作りであった。綺麗なピンク色でCが「毒が入ってるような色だけどうまいねぇ~」「・・・・言い方。」すごいお母さんだなぁと思ったものだ。そして月日は流れて高校受験が迫って来た頃。私は「受験当日の食事っていつもの朝食でいいのかなぁ?ほら、よくカツ丼とか縁起を担ぐ食べ物(受験に勝つ)がいいとか言うじゃない。」

Bは「カツ丼はやめたほうがいいと思う。(お兄ちゃんの時も)腹持ちするから“お餅”にしてるの。“ぜんざい”がいいんだけど。ゆであずきの缶詰使えば簡単だよ。醤油につけて海苔を巻いてもいいし。」「はぁぁ・・・聞いて良かったわ。有難う。」息子が優秀に育つ家ってこんなですかねぇ(笑)

今現在は連絡も取っていませんがBは引っ越し、私も引っ越しましたので。息子独身かなぁ・・・・娘もらってくれないかなぁとこんな事考える時だけ思い出す(笑)

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薄力粉とグラニュー糖とバターだけのクッキーです(じゃがいもに見える)。教えてもらった分量を忘れたのでテキトーに作ったら昭和の素朴な味がしました。確実にトップバリュのクッキーが美味しい・・・・すまないねぇ。食べる人もいないから作る意欲がわかないのです。(夫はお菓子を食べない)





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