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2012年07月

greengoke流なんでも読書評『水木しげるのラバウル戦記』篇

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第2回目の書評は『水木しげるのラバウル戦記』です。

水木しげるのラバウル戦記 (ちくま文庫)水木しげるのラバウル戦記 (ちくま文庫)
著者:水木 しげる
販売元:筑摩書房
(1997-07)
販売元:Amazon.co.jp
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本書は水木しげるの絵と文章で綴ったエッセイと、物語のその中間のようになっていて、昭和25年ごろに書いた部分とその後「娘に語るお父さんの戦記」からとった部分で構成されています。水木しげるは昭和18年に徴兵されて、その後南太平洋にあるラバウル基地のあるニューブリテン島に上陸します。そして水木しげるの部隊はラバウルに到着できた最後の部隊のひとつになってしまいました。水木しげるの部隊は終戦後まで初年兵として扱われて、古兵にさんざんビンタを食らったことやいじめを受けたことを書いています。もうこの頃には日本の陸・海・空軍の継戦能力が著しく落ちていたがわかるエピソードです。この話を読んだ時、先輩だから後輩に対してなにしてもいいとか、とにかく精神論でなんとかしようとしていることとか、戦後から指摘されてきたことが現代日本でもそれほど変わっていないことに嫌になって気持ち悪くなりました。しかし水木しげるはそんなことも意に返さずといった感じで戦場へ行軍しました。戦記ものというとエースパイロットの話や陸・海軍の将軍が語った戦争判断に関する証言、戦争は悲惨だったという体験記などが多い中、本書は二等兵として味わった体験を、時にはビンタされ、時には死にものぐるいで前線から逃げながら、そして時には周囲に住んでいる原住民(水木しげるは土の人という親しげな意味で土人と読んでいます)とのコミュニケーションを楽しむなど、戦争に対する悲壮感や絶望感がほとんどなく実に前向きに戦場での日常を描写していきます。水木氏は自分のことを珍しいことを面白がる性格といっていますが、戦場に行って風景や動植物を楽しみ、原住民の人たちとの交流を積極的におこなって楽しめる人はまずいません。以前水木しげるの貸本大全を読んで、自分のブログに水木しげるは妖怪だと言ったのですが、本書を読んでもやはり水木しげるは人間離れしていることを確信してしまいました。僕のようにいろんなことを考えてしまう人や、自分の人生をシニカルに見つめる人には、一度でもいいですから水木しげるの作品を読むことをおすすめします。水木ワールドの奥深さにはどことなく達観した落ち着きがあるので、水木ワールドに触れることで人生に前向きになれると自分は思います。

greengoke

臨界点を迎えたビッグダディ

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梅雨のうっとおしいこの時期。今日も今日とて『痛快!ビッグダディ(以下、BDと略)』が放送された。
だが、結論から言うと、今回の『BD16』は非常につまらない放送だった。
なぜBD16はつまらなかったのか、今回は改めてBDというコンテンツのありようについて考えたい。

何はなくともBDである!
BDとは整骨院を営む林下清志(通称ビッグダディ)一家、夫婦と子5男8女の合計16人(男6人・女9人)のどたばた劇や家族の絆を描いたいわゆる「大家族モノ」である。最初岩手に住んでいたビッグダディ達も奄美大島から愛知県豊田市、香川県小豆島へと移り、その間に妻と離婚→よりを戻して再婚→やっぱり離婚→18歳下の妻と結婚という波乱万丈な人生を送っている。

BD16がつまらない理由、それは端的に言って、バトルがない単なる大家族モノになってしまっていることだ。
BDというコンテンツの魅力、それは「バトル」である。普通の「大家族モノ」といえば、明るく、家族の強い絆とドタバタ劇、ファミリー層向けのほんわかした番組と相場は決まっており、(半ばお約束的に)反抗する子供たちがいてもそれはお約束的に「家族」に収斂していくものだった。だが、BDは違う。子供たちの成長がメインというよりも、元嫁・ビッチマミィとのバトルや現嫁とのバトルがBDという物語を駆動させていた。BD前半シリーズではビッチマミィのトンデモ発言・行動に怒るBDという、善のBD対悪の元嫁というアングルが作られ、その内容はまさに「BD劇場」と呼ぶしかない、大変素晴らしいものだった。再婚した現嫁にしてもアングル自体は変わらず、現嫁対BDのガチバトルであった。だが、そこで描写されるBDは絶対的な善ではなかった。要するにBDは「こいつもなんかおかしくないか?」という人間として初めて描かれだしたのだ。そしてそれを象徴するのが小豆島移住直後のBDの音速土下座である。
こうしたアングルは必要なアクセント、というよりむしろメインのコンテンツであった。だが、BD15~16にかけて、さまざまな理由があり現嫁はBDとのバトルを封印。変わって押し出されてきたのは子供たちの「苦労」と「成長」であり、今回も2時間半の間子供たちの成長のごり押しであった(余談だが、BDで頻出する単語に「急成長」というものがある。そんなにすぐ人って成長するもんかと強く思う)。こうしたオーソドックスな「大家族モノ」のフォーマットに落としこまれた時、BDは非常につまらない番組になってしまう。それは、ブラウン管ごしに見えるBD家の家族関係が「BD家」というよりも「BD軍」における上官と下士官のような関係なのだ。そして、そうした関係はBD16においても奄美大島に残った3男の態度(BDに電話するときにビビり具合っていったらない)にも見て取れる。こうした軍隊的なありようもあるにはあるだろう。だが、こうした関係のもとで、大人と子供の対立など起きるはずがない。
つまり、「バトル」がなくなったBDは「物語」を推進する力がきわめて弱くなっているのだ。それゆえ視聴者である我々はひたすら冗長なBD軍の軍事教練を見させられる羽目になる。しかも、もうひとつの問題として、それなりにメジャーなコンテンツになったBDはこのところ、3か月に1回、スペシャル番組で放送されている。だが、普通に考えて、たかだか3カ月のインターバルでそんな大きな事件が何度も起こるはずもなく、どんどん番組として薄味なものになっているのだ。野菜の収穫や柔道の練習なんて1回見たら飽きる。ましてや上官に従順な子供たちが外泊や恋愛といった他の「大家族モノ」ではメインのストーリーになりそうな行動を起こすとも考えづらく、なおさらBDの「その先」が見えづらい状況にある。

こうして「物語」としての臨界点を迎えたBD、この先のBDがどうなるのか、その行方をしっているものはいない。だがもしかしたら、臨界点を迎えたBDは新たなるアングルでさらなる高みに登るのかもしれない。その時は、我々も全力でそのアングルを読み解くことにしよう。

republic1963
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