(「週刊メルマガクリルタイ」Vol.39(2010/04/28 配信分) の原稿を再掲)

■堀井雄二を知らないゲーム専門学生

先日ネットサーフィンしていたところ、ゲーム専門学校(以下『ゲー専』)の新入生に、講師が「堀井雄二を知っている人?」と聴いたところ、一人も手を挙げなかっということが話題になっていました。

※Togetter - まとめ「専門学校ゲーム科新入生が堀井雄二の名 を一人も知らなかった
 

堀井雄二氏といえば、言わずと知れた国民的RPG「ドラゴンクエスト」シリーズの産みの親。現在20代後半以上の「ドラクエ世代」であれば知っていて当たり前。たとえドラクエ全盛期以降の若者でドラクエををプレイしたことがなかったとしても、ゲーム業界を目指して専門学校に入って来るような「ゲームファン」であれば、名前くらい知っていて当然と思いたくもなる、ゲーム業界の大物です。

Twitterやはてなブックマーク等では、

・これから入ろうとする業界の超有名人も知らないなんて、びっくりした。
・ゲーム業界のこと知らなくても、クリエイターとしての能力とは関係無くね?
・世代的にドラクエがそれ程流行っていない時代の若者だし、知らなくてもおかしくない。
・知っていても周りに合わせて手を挙げなかった生徒が居るのかも。

…などと、賛否両論。

確かに「業界を知っていること」と「製作能力があること」はイコールではないし、いま知らなくても入学後に勉強して知れば良いという意見も解ります。若者特有の同調圧力の下、「空気を読んで」あえて手を挙げなかった生徒も、実際いたのではないでしょうか。

しかし、実際のところ…

真の問題は、そんなところにはないのです。この記事についたコメントの多くは、

「ゲーム専門学校をわざわざ選ぶくらいだから、ゲームが好きで、将来はそれを仕事にしたいという人間が集まっているのだろう」

ということを前提にしているように見えます。

しかし、これは前提からして大きく間違えています。ゲー専を進学先として選ぶ生徒のほとんどは、ゲームクリエイターになりたいという強い意欲を持っているわけでもないし、オタク的に消費者として「ゲーム大好き!」なわけでもありません。ましてや卒業後に実際にゲーム業界で働く人間など、5%もいればいいところです。

彼/彼女等の最大の目的は、「なんとかして地方から上京すること」、そして「東京で学生として青春を謳歌すること」にあります。ゲー専は、そのための方便に過ぎません。これが、ゲー専学生マジョリティの本音なのです。

そんな彼/彼女等が、堀井雄二氏の名前を知らなかったとしても何ら不思議ではありませんし、そもそも何の不都合もありません。彼/彼女等は「ゲームクリエイター志望者」ではなく、「上京志望者」なのですから。

なぜ、そんなことが解るのかって?

それは十数年前、僕自身がゲー専に2年間通い、その「実態」を目の当たりにしてきたからです。今日は、そんなゲー専の「実態」を、元生徒である僕の視点から語ってみようと思います。


■別にゲームクリエイターなんて目指していませんが、何か?w

ここまで読んだ読者のみなさんは、「な、なんだってー!」と叫びたくなったかも知れません。

実際、入学したてでウブだった僕も同じように叫び、そして絶望しました。当時の僕は極度のゲーオタで、「ゲームしか取り得がない自分は、ゲーム業界に入るしか生き延びる術は無い!」とまで思い悩み、決死の覚悟でゲー専の門を叩いたという、みなさんが想定する「絵に描いたようなゲーオタのゲーム専門学生」だったので(*1)。

しかし、考えてもみてください。高校生だった頃のあなたは、そこまで将来の職業や自分の適正に結び付けて、自分の進路を決めていたでしょうか? 違うと思います。多くの高校生は、まずは自分の偏差値を基準に行けそうな大学を何校か選び、その中から興味のありそうな分野の学科を「なんとなく」選んでいたハズです。

そして地方の高校生であれば、「できれば東京の大学で華やかな青春を…」という本音を隠し持っていた方も、多かったのではないでしょうか。中にはもっと露骨に、親から「勉強を頑張ったら東京の大学に行かせてやる」と「ニンジン」をぶら下げられ、受験勉強の励みにしていたという方もいるかも知れません。

メディアを通じ、東京の華やかな若者文化は、地方にも喧伝されまくっています。しかし、地方の若者は指をくわえてこの祭りを遠巻きに眺めることしかできません。実際に触れることができないからこそどこまでも膨らむ、東京への幻想…。

進学は、地方の若者がこの憧れを現実のモノにする、唯一無二のチャンスです。彼/彼女等が若い好奇心をもてあまし、勉強するためではなく東京で遊ぶために上京したいと願ったとして、誰が咎められましょう?

ゲー専を進路に選ぶ学生も、同じです。ただ、彼/彼女等は勉強が得意ではなかったので大学へ行けず、結果として試験の無い専門学校を選んだ。それだけのことです。

これは、ゲー専の専売特許ではありません。音楽、ファッション、アニメ、声優、etc…これら若者が憧れを抱きがちな「クリエイター系」専門学校は、どこもこうした「上京志望者」溢れかえっています。

「大学行けるほど頭よくない!でも上京はしたい!!」

こうした学生は、これらクリエイター系の専門学校の中から、それまで自分が親しんできた文化に一番近そうな学校を「なんとなく」選んで上京していきます。そこには、クリエイターになろうという強い決意などハナからありません。

それどころか彼/彼女等は、就職のことすらどうでも良いと思っているフシが見受けられます。彼/彼女等の多くは、卒業年度になっても就活など行いません。遊び続けます。2年間なり3年間なり、学生として東京で青春を謳歌できればそれで良いのです。その後のことなど知りません。

実際、中部地方に住む僕の親戚は、「高校でギターを少しいじくっていたから」という理由だけで、上京目的で音楽系の専門学校を選び上京。2年間遊びまくった後、半年ほどのフリーター生活を経たところで親から地元への強制帰還を命じられ帰郷。親のコネで、地元の土木関連会社に就職していきました。これと全く同じような事例を、僕はゲー専で数多く目撃しています。

「ただなんとなく、何の役にも立たない勉強をしている大学生の俺たちと違って、やりたいことがハッキリしていて将来に繋がる勉強をしている専門学生が羨ましい」

専門学校にこのような幻想を抱いている現役大学生を、ときどき見かけます。しかし、大学生のこうしたボヤキを見かける度に、実際に専門学生だった僕は思うのです。「専門学生も同じだよ。ただ、彼/彼女等は、頭が悪くて大学に行けなかっただけなんだよ」と。

「大学生と異なり、専門学生は専門的で社会の役に立つ『実学』を勉強をしている」などという考えは、専門学校の実態を知らない人間の幻想です。

専門学生も大学生も、モラトリアムの延長として「なんとなく」入学し、「なんとなく」卒業していくという点は同じです。しかし、専門学生が大学生とは決定的に異なる点が1つだけあります。それは、「専門学校を出ても、社会から認められる学歴にはならない」という、身も蓋も無い事実です。

卒業歴が何の役にも立たず、学校では遊び呆けて技能のひとつも身につけずに卒業していく専門学生がその後どうなってしまうのか?それは、推して知るべきでしょう(*2)。

(*1) 当時の僕のごらんの有様については下記URLを参照。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.nextftp.com/140014daiquiri/html_side/hpfiles/otaken/case02_1.htm

(*2) もっとハッキリ言えば、卒業生の進路は概ね「ニート/フリーター/地方の実家に帰る」の3択です。

■上京希望学生と専門学校の共犯関係

さて、こうした「上京志望者」が学生の多くを占めていることは、専門学校側も気付いています。

しかし、専門学校がこのことを咎めることは、一切ありません。入学して金さえ払っていただければ、やる気のある生徒も無い生徒も、学校にとっては平等に「金ヅル」に過ぎません。完全営利団体である私設専門学校にとって重要なのは「入学していただくこと」であり、その理由ではないのです。

それどころか専門学校は、上客である「上京志望者様」に入学していただくために、あの手この手で手の込んだアピールを行っています。

たとえば、校舎の設立場所。僕が通っていたゲー専は恵比寿にありましたが、実は恵比寿はいくつものクリエイター系専門学校が乱立する「専門学校激戦区」なのです(特に○○○○グループ)。

なぜ、恵比寿にはクリエイター系専門学校が多いのか?

それは、立地にあります。恵比寿は、JR山手線渋谷駅の隣、東急東横線代官山駅から歩いて10分程度の場所。日本が誇る若者ファッションの聖地、原宿までも2駅という、若者が憧れる「オサレシティ」です。

東京に憧れる地方の若者が上京を考えたとき、こうした条件を揃えた「恵比寿にある学校」は、とても魅力的に映ることでしょう。学校帰りにふらっと代官山へ立ち寄り、服を見たりカフェで食事をしたりする。あるいは渋谷のクラブへ遊びに行く。嗚呼、憧れのファッショナブルな都市生活が、いまここに!

実際、僕が通っていた学校にもこうした「リア充」的な学生生活を送っていた生徒はいて、最新のファッションに身を包んだオシャレな雰囲気のグループが、学年には一定数存在していました(*3)。

ここから見えてくるものは、「上京志望者」と「専門学校」の共犯関係です。専門学校は、学生に上京の「建前」を提供する。そして学生は、その「建前」を盾に親の金を使って上京。東京で「夢のリア充的青春」を謳歌する。被害者は、生徒・学校の双方に騙され、数100万円の大枚を実際に支払う、生徒の親。

クリエイター系専門学校は、表向きは実務を教える教育機関ということになっています。しかしその裏にある真の役割は、「地方の勉強ができない若者が、上京するために親を説得する建前を与える」ことにあります。

大学のレジャーランド化が叫ばれて久しい昨今ですが、クリエイター系専門学校は、レジャーランド化どころの騒ぎではありません。クリエイター系専門学校こそは、地方の若者の真撃な上京の願いを叶え、輝かしい青春を約束する夢の国…ディズニーランドそのものなのです。

(*3) 当時の僕はファッションやらには一切興味がない、ゲーオタだったので、「学校から歩いて10分の場所に代官山がある」なんてことも知らずに卒業したわけですが。…え?Masaoは放課後とか何して遊んでたのかって?90年代終盤のゲーマーが出没する場所といえば、アキバのトライタワーか新宿西口スポーツランドに決まってんだろjkwww

■『上京専門学校』の機能は必要悪だ!?

ここまで、クリエイター専門学校の実態は「上京専門学校」であり、専門学校側もそのことは充分に承知のうえで「上京志望者」と「専門学校」の間で共犯関係が成立している、と書きました。

こう書くと、クリエイター系専門学校は、本当にどうしようもない詐欺集団だと思われるかも知れません。しかし、クリエイター系専門学校の「上京専門学校」としての役割は、実はこれはこれで重要な機能なのではないかと僕は思うのです。

前述したように、地方の若者はメディアによる東京への憧れを煽られまくっています。しかし、大学へも通えない学力の低い若者には、この憧れを昇華するチャンスは一生与えられません。東京への憧れを抱えたまま地方でモンモンと一生を過ごすよりは、若いうちに思い切り東京を経験し、「こんなものか」と現実を知ることも、一つの大切な人生経験ではないでしょうか。

また、クリエイター系専門学生の大半は、これまで書いたようにまったくやる気の無い「上京志望者」ですが、ほんの一握り、やる気に満ち溢れた学生も居ることは居ます。放課後も遅くまで学校に居残り、授業にも熱心で、作品を作る眼差しは輝きに満ち溢れている、まさに「世間が考える理想の専門学生」といった趣の学生が。

そうした学生の多くは、実際「業界」に就職していくのです。最終学歴が専門学校なので、一部上場しているような大手企業に入社することはまず無理ではあるのですが、小さなソフトハウスなど、業界の片隅で希望した職種につくことができた人間は、僕の周りにも何人かいましたし、僕自身、ゲー専から小さなゲーム開発会社に入社しています(*4)。

専門学校が回収した「上京志望者」が運んでくる大量のマネーは、そうした「やる気のある学生」の教育資金に回されているのだ…などと考えるのは、都合が良すぎる考え方でしょうか?

しかし実際、僕が通っていたゲー専では、卒業近くの授業はほとんどが卒業制作のための自習時間に当てられ、講師は「やる気のある生徒」の質問に答えるためだけにそこに居るという、「やる気のある生徒のためだけの」授業形態になっていました。

こうした視点から見ると、クリエイター系専門学校の「生態系」は、「上京志望者」と「やる気のある学生」、相反するふたつのタイプの生徒の「真のニーズ」に共に応え、かつ学校経営も両立させるという、営利団体としては非常に理想的な循環になっているように思われます。

もっともこの理想郷は、上京志望者の「親のスネ」によって支えられています。クリエイター専門学校は、生徒・学校双方の牙にかけられた親のスネから流れ出る赤い鮮血にまみれた、「血塗られた理想郷」なのです。

さらに、この理想郷を出た後、学歴も技能も持たずに社会へと巣立っていく生徒がどうなるのかについて、専門学校は何も関知しません。

しかし、それら全ては生徒の自己責任ということなのでしょう。クリエイター系専門学校に行くという選択をした因果は、最終的には生徒本人に舞い戻ってくるのです。それがどのようなものであれ…。


(*4) もっとも、過重労働、過小賃金のブラック経営が基本のクリエイター系中小企業に「若気の至り」で入社することが、彼/彼女等の人生においてはたして幸せなことなのかもまた、定かではありません。

(Masao)