(「週刊メルマガクリルタイ」Vol.10 (2009/09/15 配信分) の原稿を再掲)

皆さんは大勢での飲み会、好きですか? 私、実は苦手です。お酒自体は焼酎以外イケるクチですし、人と話をすることも決して嫌いではないのですが、参加者が10人以上の宴会になると、いつも自分の「ポジション」がうまく見つけられないんですよねー。

飲み会やオフ会って、「幹事」というリアルな役割のほかにも、暗黙のポジションというものがたくさんあったりします。なべ奉行、注文係、盛り上げ役、イッキ請負人(※危険なのでやめましょう)、やたら絡む人の介添え役、エラい人の相手役、etcで、自分でいうのもあれですが、私はそのどれもを無難にこなすことは出来ます。
ただ、役をしている自分に対しては、常に違和感を覚えている状態なのです。あれっ?いまなんで初対面の人のためにサラダ取り分けているんだろう?? みたいな。

ただ、20歳を過ぎて、大学を卒業すると、他人との出会いの場ってかなり限定されます。その限定された数少ない機会が、飲み会だったり、合コンだったり、オフ会だったりするわけですよね。
そこでの振舞いが、他者の印象を決定づけてしまうのも間違いないところで、どんなに「本当の自分は違う!」と叫んでも、他人にとってはまったく価値のないことです。

逆に言えば、飲み会での席で、ある人のイメージを規定してしまうことは大変危険なことでもあります。隅で大人しく口一つきかない人が本当は仕事の出来るヤリ手なのかもしれないですし、かいがいしくお酌を次いで回る人は実際のところまったく気がきかない人だという可能性もあります。
個人的な経験ですと、宴席でハメを外すタイプの人ほど、普段はまじめで思慮のある方が多い印象があります。

でも、前述したように、出会いの場が、居酒屋のチェーン店のような場所に限定されがちな現代では、飲み会での印象=その人の印象となりがちです。そして、その空間では好むと好まざるとに関わらず、個々に暗黙の役割が振り分けられ、その際の振る舞いや印象が他者に焼けつけられる、という構造があります。

このような、ノミニケーションと、かりそめの人格の箱庭から抜け出すためには、二人から四人くらいの食事の席のようなよりミニマムで、密なコミュニケーションを図れる場に移行できればいいのですが、大勢での飲み会での振舞いに失敗した場合、そのチャンスを逸することになります。

自分のようなノミニケーション下手な人間には、由々しき問題ともいえますが、せめて、その席での他人も、かりそめの人格を演じているということだけは、なるべく踏まえて接するようにしたいと思っています。

(Parsley)