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スポーツ

予言の書『Gファイル』

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巨人が、今、注目を集めている。

先日、清武英利球団代表兼ゼネラルマネージャーが「コンプライアンス違反」を訴えて上司である渡邉恒雄、株式会社読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆、株式会社読売巨人軍代表取締役会長(通称ナベツネ)に対して反旗を翻したという事件は話題沸騰、日本シリーズの話題も霞むほどである(※1)。
「コーチ陣を勝手に決められた」という清武は大王製紙やオリンパスの例を引きながら以下の通り主張する。


巨人のヘッドコ-チは岡崎郁の留任が内定しており、10月20日に渡邉に報告し了承を得たが、11月4日には渡邉は記者会見で「俺は何も聞いていない」と発言、11月9日には岡崎を降格し、新たに球団OBである野球解説者の江川卓をヘッドコーチとすると聞かされた。これは不当な「鶴の一声」で、渡邉による巨人軍、プロ野球を私物化するような行為は許すことは出来ない。


ちなみに、この際に自分と桃井恒和、株式会社読売巨人軍のオーナー兼代表取締役社長は降格を言い渡されたと言う。一方で渡邉は以下の通り反論している。


大王製紙やオリンパスに関する事件は刑事的なものであり、巨人軍の人事問題とは全く次元が異なる。桃井オーナーの退任は、読売新聞グループ本社社長の白石興二郎が新オーナーとなるためであり、桃井は引き続き球団代表取締役にとどまる。コーチ人事の報告をクライマックスシリーズ前に受けたのは事実だが、敗退によって見直しが必要になったのは当然である。清武のGM就任は、「態度が尊大」等の悪評や、選手補強の失敗もあり適任ではなかった。江川の招聘は原監督の提案であるが、「思いつき」の段階で具体的なものではなく、江川とは接触していない。しかし清武が会見で公表した事によって実現困難となった。清武の行為は会社法で定める取締役の忠実義務に反する。ただし、本人の反省次第では直ちに処分は要求しない。


この内紛をめぐって、企業におけるコンプライアンスや老害云々など、様々な問題が取りざたされているが、これは本当にそういう問題なのだろうか。
我々は、ここで一つの予言の書を開く時がやってきた。『Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀』(2006年 文藝春秋)である。

Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀
著者:武田 頼政
販売元:文藝春秋
(2006-10)
販売元:Amazon.co.jp
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1993年からの長嶋茂雄監督(第二期)には、マスコミはおろかチーム内ですら限られた人間しか知らなかった、一人の参謀がいた。その男・河田弘道はアメリカでスポーツビジネスを学び、西部・堤義明の側近として活躍。その後、長嶋と行動を共にすると「GCIA」なる情報機関を創設し、真の長嶋政権を実現しようとした。彼が記した5,000ページにも及ぶ一大ファイル。読売ジャイアンツという巨大組織の一大改革に挑んだ4年間の記録が「Gファイル」である。

「秋山幸二巨人入りをめぐる根本睦夫との暗闘」や「崩壊した長嶋家」など、野球ファンであればご飯何杯でもいける話題が盛りだくさんな「Gファイル」だが、ここでは「清原獲得」をめぐる「Gファイル」を開いてみよう。
『Gファイル』の記述によると、1996年シーズンオフにおける清原和博(当時西武)獲得に関してはそもそも読売本社、つまりは渡邉主導で話が始まったのだという。そこで当時の球団代表補佐であった鯉渕昇は、
「清原が獲得できた場合は落合(博満)は解雇、獲得できなかった場合は落合を1年残すが、松中信彦(新日鐵君津(※当時。現福岡ソフトバンクホークス))を絶対に確保する」
という方針を渡邉に伝えたのだという(※2)。さらに、

上記の球団総意を社長(渡邉恒雄氏)に伝え、了解を得た。鯉渕氏の感じでは、社長は以前ほど清原に対して熱狂的でない感じを受けたが、詰めが必要なので、さらに追い打ちをかけて次の項目を納得していただいた。

1、社長の方で確約をしていただいた、中村氏(清原のエージェントと言われた中村芳夫氏の事)のラインは、全くナシのつぶてで作動していませんし、信用できません(社長曰く、「そうだな!」)
2、現在、球団としても清原への確かなコンタクトがあるというわけではありません。今後どのように行うかを考えなければなりません。
3、本人は、現在大変不安がっていると思います。
4、西武側も我々の同行を探っているので、十分注意してかからなければなりません。

ここで社長から、「落合はまだ使えるんだろう?」という発言がでましたので、鯉渕氏は、「来季は無理との判断で編成を考えているんです。社長も監督も大変難しい判断であられると思いますが、今この決断を下さなければ、何時までたっても新しいジャイアンツの構築が難しくなりますので、我々も覚悟して報告致しております。清原が来て、落合が居るという事は、どれ程チームをまとめる事が難しいか、そして内外の批判の的になる事も確かですよ。」
以上ご説明した結果、了承を得た。これだけ説明してあるので、もしも清原獲りを失敗しても、社長がむくれる事はありません。との説明を代表補佐から戴きました。

『Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀』より引用



その上で最終的に球団の決定事項として「落合解雇」を伝えにきた深谷尚徳球団代表(当時)に対して渡邉は、


たぶんその答えを持ってくると思っていた。わかった、氏家も了解しているのでそうしなさい。別の方法で手当てしてやればいい。

『Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀』より引用



と了承したのだという。
だが。一度は解雇するとした落合だが、渡邉と鯉渕の連携不足が原因(※3)となる、様々な不手際が重なった結果、「残留」→「やっぱり解雇」→「渡邉と落合の和解を演じた後自由契約」と巨人の立場は二転三転、世論のバッシングを受けた結果、実際には渡邉の事前認可を受けていながらそうした混乱は全て「フロントの独断専行が原因」とされてしまったのだ。

この記述、今回の内紛劇に似ていないだろうか?

「Gファイル」の記述によると、巨人という組織は14年前から最高権力者の事前認可が容易に覆るような風土の組織であることは明らかである。それをコンプライアンス不在だという理屈は、ある意味では正しい。だが、それは単なる建前なのではないだろうか。「そういう風土」の企業に勤めている以上、清武もコンプライアンス不在の中でこれまでずっと仕事をしてきたはずなのだ。
簡単に言えば、ナベツネの「球団私物化」は今に始まった話ではないのに、清武が今回に限って、「球団私物化」を問題視するのは、一体なぜなのだろうか。
すなわち、今回の騒動は結局のところ巨人軍内部で「何か」が起こっているという事なのではないだろうか。それはコンプライアンスとか企業統治といった高度で一般的な話ではなく、もっと泥臭い、巨人軍(ないし読売グループ)という組織に巣食う特有の事情なのではないだろうか。14年前には、読売グループ・巨人・OB・長嶋家を巻き込んだ「巨人」と「長嶋茂雄」をめぐる主導権争い、『Gファイル』の言葉を借りれば、「ポリティカル・ゲーム」の結果、河田は球団を去る事になった。ということであれば我々がこの騒動に注目する理由、それは単なるやじうま根性以外の何物でもない。
それが「何」なのかを知る事は今はまだ我々には許されない。もちろん、『Gファイル』の著者である武田頼政の記述はその信ぴょう性に大きな疑問(※4)があることは言うまでもない。だが、今回のような事態が起こるたびに、我々は思うのだ、「やはり、「Gファイル」の中身は事実だったのではないか」と。いつの日かその「何か」が明かされる時も来るだろう。「Gファイル」はその「怪しさ」も含めて予言の書であり、過去を我々に告げる書でもあるのだ。


※1 ちなみに、わざわざ日本シリーズの前日にこうした内紛劇を大々的に行う事については江本孟紀もTVで批判していた
※2 守備位置が同じ落合と清原が共存する事は極めて難しい。また、『Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀』によると清原もFA移籍の条件として出場機会が確保される(つまり、落合が放出される)事を挙げていたようだ
※3 『Gファイル』によると、この遠因は「長嶋茂雄が選挙応援をしなかった」事にあるという
※4 著者・武田頼政といえば大相撲の八百長疑惑についての記事だが、日本相撲協会に起こされた裁判ではことごとく敗訴している。また、『Gファイル』内の記述も原辰徳巨人監督についての描写など、今から振り返ると首をかしげたくなるような記述が散見される。

革命の書、『マネー・ボール』をめぐって

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2011年11月11日、「革命の書」『マネー・ボール』の映画版がついに公開される。それもブラッド・ピット主演で。TVCMもバンバンかかり「感動超大作」ということになっている『マネー・ボール』だが、本当にそれでいいのか?そもそも、

ビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は、プロ野球選手から球団のフロントに転身し若くしてアスレチックスのゼネラルマネージャーに就任する。しかし、アスレチックスの成績は低迷し、貧乏球団のため優秀で高い選手は雇えないという最悪の状態に。そんな時、データ分析が得意なピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)に出会い、“低予算でいかに強いチームを作り上げるか”を追求したマネーボール理論を作り上げる。野球界の伝統を重んじる古株のスカウトマンや、選手、アート・ハウ監督(フィリップ・シーモア・ホフマン)らの反発を買いながらも、揺るぎない信念のもと独自のマネジメントを強行していくビリー。すると、徐々にその成果が出始め、チームに勝利がもたらされていき…。


という映画版のあらすじを見てもなんだかよくわからない人も多いのではないだろうか。映画館のロビーで意味もわからず「『マネー・ボール』、サイコー!」とか言ってるカップルにはなりたくないものだ。そこで、本稿では、映画版『マネー・ボール』をより楽しむために、原作の一体何が「革命」であったのかをもう一度振り返ってみようと思う。

マネー・ボール (RHブックス・プラス)マネー・ボール (RHブックス・プラス)
著者:マイケル・ルイス
販売元:武田ランダムハウスジャパン
(2006-03-02)
販売元:Amazon.co.jp
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POINT1:ジャイアント・キリングがすごい

「あなたが4000万ドルもっていて野球選手を25人雇おうとしています。一方、あなたの敵はすでに1億2600万ドル投資して25人の選手を雇っており、あとさらに1億ドルのゆとりを残しています。さて、あなたがこの敵と戦って、みっともない負け方をせずに済ますためには、手元の4000万ドルをどのように使えばいいですか。」
『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』より



このくだりは本書がどんな本であるかを端的に表している。メジャーリーグ屈指の貧乏球団、オークランド・アスレチックス(A's)のGMであるビリー・ビーンはまさにこの問いに挑んだ男である。なにせ、同じリーグにはヤンキースとレッドソックス、エンゼルスといった金持ち球団がしのぎを削っているのだから。メジャーリーグにおける最高年俸選手はアレックス・ロドリゲス(ヤンキース)の3,200万ドル。A'sの総年俸はAロッドの年俸と大して変わらないのだ。大リーグにおけるこうした金持ち球団と貧乏球団の格差は日本以上である。だが、ビーンが1997年10月にGMに就任してから、2007年度シーズン終了時点までの10年間に積み上げた白星は、ヤンキースとレッドソックスに次ぐアメリカン・リーグ三位の901個。この間、チームをプレーオフに5回導いている。そう、『マネー・ボール』とは弱者が強者を倒すジャイアント・キリングの物語である。A'sがジャイアントキリングのために駆使したのが、セイバーメトリクスという「数学オタクの遊び」とみなされていたものだった事が非常に示唆的である(その意味でポール・デポデスタ(だった役柄※1)が典型的「PCオタク」として描かれている点も興味深い)。
セイバー・メトリクスという在野の「野球ファン」が編み出した理論が一大産業であるメジャーリーグを席巻する。A'sとセイバーメトリクス。その2重の意味でのジャイアントキリングの過程こそが『マネー・ボール』を魅力的にしている。

POINT2:野球の新しい見方を示していてすごい

「バッターの打率、打点などの成績は、実は大して重要な指標ではない」
「ピッチャーが自らコントロールできる要素は奪三振、与四球、被本塁打以外にはない」
「バントや盗塁は相手にタダでアウトを一つ献上する行為であり、無駄である」

と聞いたらあなたはどう思うのだろうか。簡単にいえば、こうした仮定を統計的手法で実証したものがセイバー・メトリクスである。セイバー・メトリクスとはビル・ジェイムスという在野の野球ファン(当時は缶詰工場の警備員(!))によって1970年代に提唱された概念である。ビル・ジェイムスは1977年に『野球抄1977-知られざる18種類のデータ情報』というミニコミを自費出版した。以後、コンピューターの発達に伴ってより高度なデータ分析が行われ、現在では様々な指標が考案されている。もちろん、セイバー・メトリクスは現在進行形の理論であり、その理論は日進月歩で進歩を続けている。バッターの攻撃力を示した数値、OPS=出塁率+長打率はメジャーリーグの公式記録となっている一方、バントや盗塁の有用性は近年改めて見直されてきている(最近のA'sでは盗塁やバントも積極的に行っている)。だが、こうした盗塁やバントを嫌う戦術は究極的にはビッグボール(出塁率、四球や長打力を特に重視するプレイスタイル)にたどり着く。ビッグボールは日本人が好きな「スモールボール(機動力やバントを重視したプレイスタイル)」とは真っ向から対立するのだ。日本人は監督のベンチワークなどの野球における「駆け引き」の要素を非常に重視する(※2)。だが、ビッグボールにおけるなにせ、監督は究極的には「置物」なのだから(※3)。ビッグボール対スモールボール、この対立は『マネー・ボール』の文庫版にて「ベースボール宗教戦争」と呼ばれた。
こうした対立は恐らく永遠に解消されることはないだろう。だが、従来型の野球観に対する強烈なアンチテーゼである事は確かだ。だからこそ、「宗教戦争」と呼ばれるような激しい論争を呼ぶのだろう。だが、日本のスポーツメディアはどうか。スポーツライター二宮清純は『マネー・ボール』原作の解説を書き、A'sを絶賛したが、2005年、シカゴ・ホワイトソックスが典型的スモールボール型チームでワールドチャンピオンになると、手のひらを返してスモールボールを称賛するような体たらくである。そして、その他のスポーツメディアから垂れ流されるのは相も変わらず浪花節的精神論やお涙ちょうだいのストーリーである。この惨状を味わいながら見ればより映画も楽しめるだろう。

POINT3:マネジメント論とその限界がすごい

・たとえ現状で上手くいっていても改善は常にプラスになる
・はっきりと必要に迫られてしまったら、すでに手遅れ
・うちにとって各選手がどれぐらいの価値があるか、正確に把握せよ
・自分達が本当に必要なものを探せ、相手が売りたがっているものに釣られるな
・マスコミは無視するに限る


これは、ビリー・ビーンによる「トレード5原則」である。これらの原則はビジネスにおける原則とも全く合致するのではないか。セイバーメトリクスも、結局はビーンの「現状を精いっぱいやりくりして効率的に貧乏球団を運営する」ための手段の一つにすぎない。『マネー・ボール』の最大の見どころ、それは球団運営における極めて生々しいやり取りの中で悪戦苦闘するビーンの姿である。セイバーメトリクス最大の「発見」の一つは単純な打率や打点は大した指標ではなく、問題は「塁に出る能力=OPS」だが、OPSにとって最も重要な指標はボール球を見極める能力、すなわち選球眼だが、問題は一般的な理解と異なり、選球眼は天性の才能であるらしいという事だ。
選球眼が天性の才能であるとすると、野球におけるマネジメントとは一体何だろうか?
無駄である、と薄々わかりながらもビーンは周りの選手たちを「我慢強く」しようとする。なによりも、その限界に挑もうとする姿そのものが「感動」を呼ぶのだ。

『マネー・ボール』の映画がどんなものなのか、私にはまだわからない。だが、映画版『マネー・ボール』がどんな作品であろうと彼らがなした事は永遠に消えさることはない。例え、A'sが2006年以降一度もプレーオフに進出していなくても、例え一瞬であっても、極めて効率的なチーム、奇跡のチームを作り上げた事はまぎれもない事実である。もちろん、そのチームが「面白い野球をやる」わけでは、必ずしも、ない。だが、私はその墓標を確認するために映画館に向かうのだ。

「ただ、ビーンの心に、一つだけ大きな不安が残った。-本当は誰にも理解してもらえないのではないか?いつの日か、ポールとふたりでさらに効果的な方法を見つけて、少ない資金で輝かしい球団を生み出すかもしれない。が、ワールドシリーズの優勝記念指輪をひとつか2つ持ち帰らないかぎり、誰も気にかけてくれないだろう。そしてもし優勝できたとしても-自分には何が残るのだろうか?ゼネラルマネージャーのひとりとして一時もてはやされ、やがて忘れられる。たとえほんの一瞬でも、自分が正しくて世界が間違っていたのだということは、誰にもわかってもらえない…。」
『Money Ball~奇跡のチームをつくった男~』


※1 原作にてビーンの片腕として描かれたポール・デポデスタはその描写をよしとせず、ピーター・ブランドというメガネデブのPCオタクという架空の人物に変わっている。ちなみに、「本当の」デポデスタはハーバード卒の超エリートである。
※2 その意味で『ラストイニング』(中原祐)などは「日本的野球観」を最良の形で表現したものであり、「マネーボールに対する日本からの回答」だといえるだろう。
※3 実際、『マネー・ボール』原作においてアート・ハウ監督は極めて無能な「ビーンの考えにいちいち文句をつけないことだけが美点の人」として描かれている。

(republic1963)

星野仙一という既得権

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(『奇刊クリルタイ増刊 「dorj(ドルジ)Vol.2」All About Sports』に寄稿した『「星野本」研究」~「プロ野球監督・星野仙一」とは何者なのか?~』を改題・改稿の上掲載)

■はじめに

「燃える男」星野仙一。現役選手として146勝121敗34セーブ、監督としても920勝(歴代13位)、リーグ制覇3回という立派な成績を挙げ、2011年シーズンからは東北楽天ゴールデンイーグルスの監督として手腕をふるっている。だが、それよりも特筆すべきはその膨大な数の「星野仙一研究本」である。星野は87年の中日(第一期)監督就任時から数十冊の星野仙一関連本が出版されている。だが、野村克也や長嶋茂雄はともかくとして、仰木彬や上田利治といった監督は通算勝利も、リーグ優勝数も星野よりも多く、かつ、両者とも星野にはできなかった日本一を達成しているにも関わらず、「研究本」の数では星野にははるかに及ばない。こうした落差はなぜ生まれるのであろうか。星野の「マネジメント論」の中身となぜ星野仙一が日本社会で必要とされているのかを明らかにするのが本稿の目的である。

■「マネジメント能力」の正体

ここではまず「星野仙一研究本(星野本)」の中身について考えていきたい。星野は通算4度、北京オリンピック日本代表監督(2008年)も含めて5度監督になっている。監督歴は1987年から現在に至るまで、断続的に「星野本」が書かれているが、その多くには星野の次の部分を取り上げている。

1:数々の大トレード・粛清を断行した決断力・・・中日時代(第一期)の落合博満獲得時の5対1のトレードや、阪神時代、2002年オフに24人(全選手の3分の1)を解雇した。
2:球界全体に及ぶ人脈力・・・出身球団である中日内部だけではなくON=王、長嶋を始め川上哲治や根本陸夫、果てはあのナベツネ(渡邉恒雄 読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆。読売巨人軍会長)に至るまでプロ・アマ問わず広範囲に人脈を築いた
3:後援会をバックにした集金力・・・星野の人脈は野球界だけにとどまらず、政財界にも及ぶ。そうした政財界関係者を後援会に組織、潤沢な資金をもって中日時代(第一期)には報奨制度で選手を鼓舞した
4:恨まれるはずの人間からも慕われる人間力・・・中日時代(第一期)には落合の交換要員としてロッテにトレードした牛島和彦にも気配りを忘れず、結果として本来恨まれるはずだが、現在に至るまで関係は良好である

こうしてみてみると星野は野球監督の采配それ自体よりもマネージャー・GMとしての能力を評価されている。事実、「星野本」では第一期中日監督時代に落合を獲得した5対1の世紀の大トレードや、阪神監督時代の24人大粛清は必ず取り上げられるが、「星野本」における星野の「采配」それ自体に関してはは驚くほど印象が薄い。これは星野の野球理論自体は極めてオーソドックスなものであるのと同時に「監督としての日常の実務はほぼすべてといっていいほど」長年の盟友でありヘッドコーチであった故・島野育夫に任せていたためだろう(星野仙一『シンプル・リーダー論』2005年 文藝春秋より)。ただし、こうした「采配をヘッドコーチに任せていた」ことをもって星野には監督としての資質がない、というつもりはない。だが、 一方で疑問に思うのはこうした、星野のマネージャーとしての能力の源泉である。
「マネージャー・星野仙一」の原点は、一つは自身の幅広い交友関係から様々な形で監督としての管理術を学んでいった事があげられる。星野自身の手による『改訂版 星野流』(世界文化社 2011年)ではその過程を以下のように描写している。

監督になる前、NHKの解説者でいた時に、将来はいずれ監督をやるつもりでいたのでNHK仲間である川上(哲治)さんや藤田(元司)さん、広瀬淑功(元南海ホークス内野手)さんといった大先輩からいろいろ勉強するチャンスがあった。


とりわけ、当時NHK野球解説の大物にしてV9時代に「悪の管理学」を完成した川上からは大いに学んだとのことである。
もう一つは明治大学時代、御大こと島岡吉郎に鍛えられた事が大きい。島岡とのエピソードはNHK人間講座(2004年8~9月分)『人を動かす 組織を動かす』に詳しいが、ふがいないピッチングをした星野と島岡は「グラウンドの神様に謝る」と称して雨の降る深夜の練習場のグラウンドでパンツ一丁土下座で謝ったという。
このエピソードに象徴されるように、島岡はいわゆる精神論者である。
玉木正之にその点を聞かれた星野は以下のように答えている。

玉木 しかし島岡監督は、典型的な精神野球論者で、野球の理論は全く知らないという声がありますよね。だから星野監督も選手を殴るんだという人もいますが・・・。
星野 それは、島岡さんを知らない人のいう言葉だよ。そりゃ、あの人はバットの出し方とか投球フォームのような、技術論には詳しくない。(中略)野球に賭ける情熱とか、また、野球を通して人の心を掴むこととか、もう、じつに様々な事を学んだ。
『監督論』玉木正之 1988年 NESCO


つまり、星野はここで島岡流の精神論が自分の管理手法の源流にある事を認めている。問題は「星野本」のストーリーラインとして1~4の「力」は星野の「人間力」によって培われたという事になっていることだ。

■素晴らしき哉、人間力

前段で「星野本」のストーリーラインとは「星野のマネジメント論の根底にあるのは実は恩師から受けた教育であり、結果培われた「人間力」によるものである」と述べた。つまり、星野の優れた「人間力」によって、敵であるはずの人間ですら味方につけ、味方を後援会に組織し、豊富な資金をバックに選手を獲得する。これらは全て星野の「人間力」あってのことだ、
「星野本」のストーリーラインを要約するとこうした結論になる。
例えば前段に挙げた川上哲治。川上は巨人のリーグ戦9連覇(V9)を達成した監督だが、その川上をして星野に「全面協力」を申し出させている。中日ドラゴンズという球団は親会社同士が同業種ということもあり、巨人をことさらライバル視している。中日ファンの中には巨人が最下位であれば中日は5位で良いという人間すらいるのだ。そうした環境に身を置きながら、ライバル球団のドンとも呼べる人物に師事する。星野の「人間力」を象徴するエピソードである。
もう一つ。阪神監督だった星野は2002年オフに大補強として金本知憲、伊良部秀輝らを獲得。これが結果として阪神の優勝につながるが、金本獲得について星野は前掲『シンプル・リーダー論』にて次のように語っている。

たとえハダカになってぶつかっていくにしても、カネで釣らない、その場限りの巧いことはいわない。心意気を第一義に、お互い両天秤にかけて腹を探り合うようなことはしないという掟は同じだ。
どんな交渉ごとでも取引でも大事なのはかけ引きではない。誠実さとか、信頼感とか、いうなれば「信義」だ。(中略)だから、わたしが出ていくともう「一緒にやらんか。一緒になってチームを強くしていってくれんか」というだけのことだ。


つまり、星野は選手獲得であっても条件ではなく自分の「人間力」、ここでいうところの「誠実な人柄」によって成功するものだ、としているのだ。

■監督・星野仙一が人気な理由

星野の「マネジメント論」が「人間力」を根底にしたものだとして、では星野はなぜ支持されるのだろうか。一つは、星野の「マネジメント論」が社会が「スポーツ」に対して単なる娯楽以上に期待されている事に合致するからだ。星野の言う「人間力」は「道徳」に容易に転嫁する。前掲『星野流』から星野の「道徳」言説を拾ってみよう。言うまでもなく、星野は体罰肯定論者である。その名も「点火のためには、時には殴る、それがどうした」と題して星野はこう綴っている。

こういう話になるとすぐ星野は体罰容認主義だ、現在の教育制度をりかいしていないんだと誹謗中傷を受けるのだが、逆にわたしは百歩譲っても、ことあるごとに本当の責任がどこにいくのかもわからない、誰もが痛くもかゆくもない、ただ穏当でだらだらした場当たり主義の形式や便法に走って、本来的な厳格性を二の次にしがちな今の風潮なり、考え方なり、そうした制度というものの方が余程、断然苦々しい。(中略)「厳正な態度の周知徹底」という、簡単で誰にでもぽっとわかるような一番大切な「教育の原点」がどこかに行ってしまうと、お互いにもっとどんどん始末の悪い事になっていくのではないかと思っている。


もう一つ。星野が今の若者について語った部分を引用する。

今の若い選手は子どもの時から、人や周囲からあれもこれも全部「答え」を出してもらって育っている。親や先生があれもこれも、手取り足取りして教えてくれる。冷蔵庫を開ければすぐ食べられるものがあり、テレビのスイッチをつければ憶えきれないほどの情報や見たいものが見られる。勉強していてわからないことがあればガイドテキストでも、パソコンでもなんでもすぐに調べれられる。答えも情報も周囲に身近にあり過ぎて、逆に身につかないでいることが多いものだ。「成果」というものは多少の練習や努力ではすぐに出るものではないのだが、すぐに答えなり成果が出てこないとすぐに諦めたり、自分でなかなか本気になってやろうとしたがらない。


こうした発言を例えば石原慎太郎がしたものだと言われても全く違和感がないだろう。つまり、星野の語る人間論とはほとんど「道徳」であり「保守」なのだ。というか、こうした発言をするからこそ星野は人気なのだ。スポーツをする事によって本人の人格形成に役立ち、「良き社会人(そこには多分に「保守主義者である」という意味も含まれる)」として生活する。そうした社会の要請に対して星野の「マネージャー論」は実に巧妙に応えているのだ。
もう一つは、星野が「団塊の世代」である、ということだ。数々の「星野本」に共通する記述として星野を「我ら団塊世代の~」と表現する事からも星野が団塊世代からとりわけ支持される人物であることがわかる。1947年生まれの星野は団塊の世代ど真ん中。この年代も星野を始め、山本浩二、田淵幸一等、数々の名選手を輩出した。だが、名選手が名監督だとは限らない。この中で唯一監督として優勝経験のある山本浩二も優勝回数は1回。しかも、2008年の北京オリンピックには守備走塁コーチとして監督・星野の下にコーチとして入閣している。つまり、事実上、団塊世代が「我らの監督」として唯一思い入れを持って応援できる存在が星野なのだ。
数々の「星野本」を上梓しているライター・永谷脩は、その名も『「団塊の世代」1,000万人への熱きエール 星野仙一の悪を生かす人づくり』と題した「星野本」の内でこう書いている。

昭和十年代生まれのリーダーは、社会でも球界でも長いあいだ君臨してきた。その一方で、昭和三十年代生まれのニューリーダーの突き上げにあい、なんとなく存在感を失い、元気をなくしているのが「団塊の世代だ」。
全国1,000万人ともいわれる団塊の世代は、リストラなどいちばん激しい状況に置かれ、年金などでもワリを食い始めている。そんな世代にとって星野の頑張り、同世代に元気を与えてくれたことは確かだし、不況のなかで関西圏への2,000億円の経済効果は、夢を運ぶ職業の人の手によって可能となってくれているような気もする。


これが、最も本音の部分での星野が支持される最大の理由であると思われる。金と暴力による支配から部下の自主性を重んじ、やる気を引き出すという管理手法の変遷、中日ドラゴンズから阪神タイガース、そして日本代表監督とステップアップしていく星野の姿はそのまま団塊世代の歩んできた道そのものであり、彼らの夢をも象徴しているといえるのではないだろうか。

■星野仙一という既得権

本稿では、監督・星野仙一のマネジメント論には「人間力」教育があり、星野の人気の秘密は、社会の要請としての「人間力」教育に実に巧妙に応えている、ということにあるところを確認した。組織のマネジメントに一定の正解はない。組織の数だけ、それに見合ったマネジメントの形がある。
だが、問題は、あまりにも安易に人間力とマネジメントを結び付けることにある。先に述べた通り、星野の「人間力」とは容易に「道徳」に結び付くのだ。そして、それは島田紳介や和田アキ子に代表される「ヤンキー」や石原慎太郎らの「保守」とパラレルに繋がっているのだ。そうした星野がもてはやされる構図は日本の既得権の構造そのものである。
星野仙一という男はどこに向かうのか。すでにかなりの高齢となったONに続く野球界全体の指導者として星野はうってつけだったはずだ。中日、阪神で優勝した後、北京オリンピックの代表監督に就任。ここでメダルを獲得し、続くWBCでも好成績を残し、野球界においてONと同等かそれ以上の影響力を持つ、これが星野が描いていた青写真であろう。だが、結果はオリンピックで惨敗。猛烈なバッシングを受ける。WBCでは下の世代の原辰徳が監督になり結果は見事優勝。セイバーメトリクス(※1)のような指標に対してそして星野仙一的な「精神論的」マネジメント手法は既に陳腐化しつつある。それでも上下の世代に挟まれて身動きの取れず、監督を続けるしかない星野。「星野仙一物語」としてもこの結末は尻切れトンボであろう。だが、星野はそう遠くない未来に「プロ野球の監督としては」花道を飾ることができる(※2)。だが、真に悲惨なのはその尻切れトンボの物語に付き合わされた組織の人員なのではないか。星野のこうした佇まいは漂流する団塊世代と彼らによって迷惑を被る若者世代の構図そのものだとは言いすぎだろうか。


奇刊クリルタイ増刊「dorj」 Vol.2奇刊クリルタイ増刊「dorj」 Vol.2
著者:クリルタイ
販売元:クリルタイ
(2011-06-20)
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※1 野球においてデータを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法。『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』(マイケル・ルイス ランダムハウス講談社)などに詳しい。

※2 これは、「それなりに成功したプロ野球監督」として野球人生を終える事を意味しており、明らかに「その先」を目指していたであろう星野にとってはこれは失敗である。だがこうした私の考えが間違っている可能性ももちろんある。それは楽天を率いて日本一を達成した時か、WBCに優勝した時だろう。いち野球ファンとしてその時がやってくる事を(一応)心待ちにしている事はいうまでもない。

参考文献
星野仙一『改訂版 星野流』2011年 世界文化社
星野仙一『シンプル・リーダー論―命を懸けたV達成への647日 (文春文庫) 』2005年 文藝春秋
星野仙一『星野仙一のインターネット熱闘譜』1996年 ごま書房
星野仙一『ハードプレイハード 勝利への道』2000年 文藝春秋
星野仙一『勝利への道』2002年 文藝春秋
星野仙一『人を動かす組織を動かす (NHK人間講座)』2004年 NHK出版
永谷脩『星野仙一 「世界一」への方程式―トップを目指し続ける男の「頭の使い方」』2008年 イーストプレス
永谷脩『星野仙一「戦い」の方程式―「今いちばん期待される男」のリーダー学』2002年 三笠書房
永谷脩『星野仙一の悪を活かす人づくり―「団塊の世代」1000万人への熱きエール 』2003年 二見書房
星野番記者グループ『星野仙一―魅力ある男だけが生き残る 新しい時代の管理学 星野仙一―魅力ある男だけが生き残る 新しい時代の管理学』1988年 学習研究社
玉木正之『監督論―星野仙一の戦略と戦術』1988年 NESCO

『ヤンキー=スポーツ概論』

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(「週刊メルマガクリルタイ」Vol.12 (2009/09/28 配信分) の原稿を再掲)

プロ野球人気の凋落が叫ばれて久しい。一昔前までほぼ全試合、全国ネットでの放送が当たり前だった日本テレビの巨人戦中継は今年(2009年当時)わずか26試合である。また、一昔前まで当たり前だった中継の延長(フジテレビなんか1時間近く延長してたっけ)も姿を消して久しいし、ニュースやスポーツ新聞の扱いも心なしか小さくなったように思える。
これに対してよく言われる理由が「娯楽の多様化」だとか「セ・リーグ(特に巨人・阪神のような人気球団)中心主義の弊害」、「競合先としてのJリーグの存在」などといったものだ。だが、これだけでは説明としては弱いように思える。

そこで注目されるのが、これまであまり語られてこなかった野球というスポーツの持つ「ヤンキー性」ではないだろうか。

野球の男性ファン層というのは大きく分けて二つに分けられる。一つは、学生時代に自分で野球をプレーしている(いた)、いわばプレイヤー的な視点からプレーを見ている人間。これを仮に実践派としておこう。
もう一つは、知識から入ったいわば知識派だ。実践派がプレイヤー視点で試合を見るのに対し、知識派(もちろん、私もこの中に含まれる)は監督視点で試合を見る。こうした、幅広い見方ができる、というのが野球というスポーツの魅力の一つではあるが、その二つの中に含まれない、第三の人々。それが「ヤンキー」だ。

例えば、清原や金本がファンに支持される理由を考えてみてほしい(特に清原)。また、OBや現役選手がなぜヤンキー然とした格好をしているか考えてみてほしい。そしてなにより、昔外野スタンドに鎮座し、鳴り物を鳴らしていた人たちがどんな人たちだったのか、そもそも、我々のような中学・高校の非名門野球部にはどんな人が所属していただろうか? 
と、いう事を考えてみれば、プロ野球に存在するヤンキー気質というものの存在を確信できるはずだ。

ナンシー関の「ファンシーとヤンキーは日本人の心」という発言を引くまでもなく、日本人は基本的にヤンキーが好きだ。
だから、「国民的スポーツ」である野球にもまたヤンキー的な要素が存在する。そうした人々に比べると、「Number」や「GETSPORTS」あたりがどれだけ「アスリートとしてのスポーツ選手(笑)」みたいな像を広めようとしても、そういった楽しみ方をする人=知識派はごく一部だ。

現在、「野球」人気がいまいちパッとしないのは恐らくサッカーの存在によるところが大きい。だが、それは「プロスポーツとしての理念云々」によってではなく、他のプロスポーツ、例えばバレーボールなどに比べてサッカーが遥かに上手く「ヤンキー的なもの」を取りこむことに成功したからではないだろうか。
数年前、友人のサポーターが見せてくれたメールを見て驚愕した事がある。そのチームのサポーターの偉い人から送られてきたであろうそのメールは、サポーター全員で夏祭りの出店を手伝えという内容だった。サポーターと夏祭りの出店をつなぐもの、それが「ヤンキー」ではないだろうか。フーリガンの例をあげるまでもなく、地域密着、国対抗戦…といったサッカーの諸要素はヤンキーに支持される要素が数多くある。(サッカーのサポーターとヤンキーとの親和性については、難波功士『ヤンキー進化論』138~140pを参考にした)。

つまり、「野球人気の低迷」とは、「ヤンキーの受け皿の拡散と多様化」によるところが大きいのではないだろうか。ならば、プロ野球にとって一番必要なのは「Number」や「GETSPORTS」あたりに見られる見当違いの精神論ではなく、真の地域密着(その中には当然、ヤンキー的な人々をどう取り込むかという命題も含まれる)を如何にして成すかという問題だろう。

(republic1963)
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