昨日、中国人留学生話をしていた。
彼はなかなかいい奴で、日本が大好きらしい。
このまま、日本で就職するのだそうな。

日本語が、今ひとつなので、もう少し頑張って欲しいところだけど、本人はあまり気にしてないのが中国人らしい。

その際に、鉄道事故の話しを聞いた。
中国では、twitterは規制されているようで、代わりに良く似た「微博」というのがある。
管理者が中国の会社なので、twitterと違い、政府の管理下における事から、容認されているみたいだ。

車両を埋めた事も知っているし、ニュースが、政府賛美に偏っている事も分かっている。
共産党にいい感情は抱いてない人も、相当多いようだ。

その際に、中国のパクリ問題について、話しをした。

「なぜ、パクリはいけないのか」

この問いニュースが対していろいろな回答があるだろう。
法律で禁止されているから、モラル、悪い事だから、などなど。
しかし、法律で禁止されているからと言うのは、法律が無ければいいのかという反論ができる。
モラルと言うのは、モラル自体が曖昧で、国によっても、極端な話し人によっても違う。
悪い事だという意見も、いい悪いの基準が曖昧である。
国際常識だという意見も、常識かどうかの判断は主観に基くため、実は説得力はあまり無い。

果たして、なぜパクリはダメなのか。
キチンと説明できる人は、どの位いるのだろうか。

私の意見が絶対に正しいとは言わないが、それでもまだ少し、マシな理由だと思うので、紹介してみたい。

最近、物事の良し悪しを、動機や目的、意図、理念では無くて、「引き起こされる現象」で評価するように心がけている。
例えば、死刑の是非を論じるに当たっては、それが有る社会と無い社会とで、人の行動原理が変わってくると思うのであるが、その行動原理が変わる事で社会がどう変化するかを評価して、制度の良し悪しを決定する方法である。

パクリ問題をその視点から捉えると、こんな風に評価できる事になる。

現代の最先端技術は、昔と異なり、非常に開発コストがかさむ。
数百億円〜数千億円の資金を投入して、新しい装置、ソフトウェア、精密機械が開発される。
パクリというのは、その開発費用をかけずして、他人の成果を無償で使用し、販売する事である。
当然、開発費用の分だけ、製品価格も低く抑えられる事になる。
消費者は、同じ物を安く手に入れられるのである。

そこだけに着目したらいい事だが、実は、パクリによって、社会的にでっかい損失を引き起こす可能性がある。
開発力のある企業が、投資が回収出来ずに倒産する可能性である。
分かるだろうか?

パクリは、オリジナルがあって始めて成立するのだが、パクリ市場が巨大化する事で、オリジナル市場が崩壊してしまうのである。
そうなると、誰も開発しなくなってしまう。
社会の技術的発展のプロセスが、成立しなくなってしまうのである。

この点から、パクリはやってはならない事だと、私は思う。