ちみをぶろぐ

宇宙一旨そうに飯を食って酒を呑み、アーでも無いコーでも無いとグダグダのたまう、読むだけで腹の減る"飯グダ"ブログ。
尋常じゃなく写真がデカイのでPCで見るべき。※執筆依頼は https://twitter.com/chimiwo まで

肉食文化のシンギュラリティ。鳥わさ丼 水天宮前「よね家」

  • 2017年07月27日

「鳥わさ」と言うと、一口サイズのササミで作られてて酒のツマミでちびちびと食うもの、と言うイメージが通常だろう。
しかし現代高タンパク礼賛時代には、肉食文化における特異点を強烈に逸脱せんとする鳥わさが生まれていた。

■鳥わさ丼(並)  1,000円
全体

この世には様々な境界線と言うものがあり、大人と子供、合法と非合法、生と死など、その境目には叙情性が多分に含まれるものである事は周知の通りだろうが、その危ういラインを幾つも有するのがこの鳥わさ丼だ。

まずササミではなく胸肉を使用する点においても「鳥わさ」と「鳥わさでは無い何か」の緩やかな境界を感じるが、問題は「生部」と「加熱部」の境界が織りなす「合法」と「非合法」の耽美なコントラストではないだろうか。

ややアップ

基本的に、生肉は危ない。
牛レバ刺しが非合法化して久しいが他の動物、部位においても生食は危険が伴う。丁寧な処理さえすれば・・とも言われるが、人間の仕事に100%など無いからこそ牛レバ刺しは悲劇を招いた。
決して完璧な安全など無い、だがココの鳥わさは牛レバの悲劇をあざ笑うような圧倒的な生を内封して現れる。

もう一枚アップ

1枚がとにかく分厚い、箸で持ち上げると雛1匹分位の量感がある。それが遠慮なく10枚位入っているから差し詰め鳥小屋だ。
そして見ての通り加熱でタンパク変性しているのは表層のみ。地球で言えば上部マントル程度の深度であり加熱時間は極めて必要最低限、この非常に高度な処理が調理と火傷の境を曖昧にしており、口に放り込み歯を立てた時に永遠に続くのではないかと思わせるその厚みと生と死を思わせる地層のコントラストが語りかける変革のメッセージは既にこの世の言語では説明の付かないものだ。

更にアップ

そして表面には無数の包丁跡、この丹念に刻まれたキャズムからまろびでる照り返しは斯くも清廉で迷い無く躍動する向こう見ずか。

激アップ

恐れは微塵も無く腕力に身を任せ突破を試みる一種の若さは厚顔無恥の最先端であり、良い意味で大人に成りかける青年のような突進力が唯一の説得力であって、ここに官能をも孕んでもろとも破裂せんとする特異点が確認できる。



要するにとにかく乱暴な食べ物なのだ。

めちゃくちゃに量が多いしワサビが鼻をガンガンに襲うしで食いながら失神しそうになる攻撃力が最高に堪らない。そもそも鳥わさを丼にすると言う発想自体が特異、提供に30分近く待った甲斐があったと言うもの、この満足感は他に類を見ない凄まじい丼だ。



この肉食文化の変革に欠かせない、よね家の鳥わさ丼、
ランチ限定なのでご注意を。
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「神を見たけりゃ尻尾を煮ろ」牛テールで始める自前スープストックのススメ

  • 2017年07月05日

スープ、いわゆる出汁、五味の一角「旨味」をつかさどる神、それがスープ。
普段は顆粒の仮のお姿で我々を見守ってくださるタイプの神様だが、とても良い贄が手に入ったので、今宵は真のお姿を召喚することにした。

・贄、牛テール (1kg ¥2000
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鋭利な骨、鈍く赤黒い肉、実に禍々しい、生前は牛尻狭しと縦横無尽に猛り狂ったならず者の成れの果て、しかし暴れた分だけカルマが溜まって旨いと言うもの。

あらゆる四肢動物の中でも尻尾が重宝されるのは牛かこいつくらいか。

狂牛病など遠い過去、お前のイノシン酸、搾り取ってくれる。



・一発煮こぼして臭みをとってから
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・大蒜、生姜、ネギと共に圧力鍋に殉葬し
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・2hほど祈りを捧げると
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・召喚成功
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1kg ¥2000で喚び出せる神がこちらになります。



生前の荒々しい姿からは想像出来ない静謐なスープの上には油膜の聖骸布。肉は当然柔らかく骨との決別を想望しており、今まさにキリストが藉身し下界へ現れんとしていると言っても大げさではない。

これに清めの塩と胡椒をひと振りしてすすり上げると、テールが犯した生前の罪を背負い裁かれんとする強い意思を感じる。柔らくも鋭い主張が有り、それでいてそっと寄り添うような滋味がなんとも言えず尊い。



というわけで塩コショウだけでも旨いこいつだが、そのまま全部すすってしまってはもったいない。
もう少しコクが欲しいので追加で煮込みつつ、多少白濁してきたところで保存容器に取り分けておき、後日、他の料理への転生を試みた。


・冷えるとコラーゲンコラーゲン
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まずはラーメンに転生。
テールスープを水で割って袋麺投下、パクチーで清涼感をプラス。

・ドンっ
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紛うことなく足し算の料理であり端的に言って脳が痺れるソドムな仕上がり。
これ一杯でズッシリとした多幸と疲労があり昼に食べると午後は動けなくなる程度にはドラッギー。
やはりこのスープ、ポテンシャルが高い。



では次はハヤシライス風に。



・玉ねぎ、人参、マッシュルーム
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・トマト缶、デミグラ缶
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・残りのテール、スープとともに煮込んで・・
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・完成
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・謝肉!!!!
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七つの大罪を一口で全クリする勢いで濃い、とにかく濃い。
テールの旨味とマッシュルームの旨味の相乗効果、溶けだしたコラーゲンからは溢れんばかりのゴモラ味、人間がコラーゲンの柱になってしまう。





と、言うわけでこのように汎用性は高い。
普通にそのままカレーにしたって手軽に滅びの味がするだろうしまだまだ応用幅あるだろう。あの冷え固まった状態のを餃子のタネに混ぜてもまた旨そうだ・・。

平素は顆粒のスープをお使いだろうが、自分で取ると無塩だから袋麺に使うなど汎用性が上がる。
当然味は顆粒には無い優しさと贅沢感があり、あらゆる料理のレベルが底上げに応用可能。

面倒かもしれないが、煮込み時間が長いだけで作業工程は少なく多少の冷凍保存も可能、休みの日にタラタラ掃除洗濯でもしながら気長に煮込むと良いのでは無いでしょうか。



難点を言うと、ちょっと部屋が臭くなるのだが・・。

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彼と我々の思い出

  • 2017年06月25日





ザ・ノンフィクションという番組に知人のニートが出演していた。

震災の後の頃だったろうか、彼は突如として我々の住むシェアハウスに転がってきた。

彼は最小限の荷物と金だけを持ちチャリで家出を敢行し遥か東京を目指していたのだが、
力着き息も絶え絶えだった所をtwitterで同居人が発見し、収容した。

その日から彼は我が家のペットのような立ち位置に収まった。
仕事から帰ると居間で転がっている彼にご飯や酒を与え、話し相手を勤めさせ、時に庭掃除なんかをさせながら共存していた。

しかし彼は金が無いし、職も無い。
そのうち我々は彼に労働意欲や社会への参画を求めだしたが、我々が思うようには行かなかった。
今思えば我々の思う「社会とは」をかざして好きに説法していたのだろう、そうして徐々に我々と彼との関係は変化していった。


そんなある日、近隣住民からBBQに誘われ、我々と彼で参加することになった。
近隣住民は、ゴリゴリに稼ぐ能力を持ち、家も車も家族も持ち合わせた、「ザ・社会」とも言うべき豪腕オジサン達だった。
酒宴が進むうち、オジサン達は彼の置かれた状況に物申す流れになり、最終的に彼をスリッパで引っ叩きながら叱責するまでに至った。

「働け!さもなくば田舎に引っ込め!」と。

我々の意見もオジサン達と大きく変わらなかったこともあり、もう彼とは折り合いが付かないと言う事実が決定的となった。
それから色々あったが結局、半ば追い出すような格好で彼とは袂を分かった。



ザ・ノンフィクションで彼がまだ元気で生きている事が確認できた。
その後、彼はギークハウスに収容されており、水にあったのだろう随分と顔つきが違ったように見えた。
自分が追い出しておいてなんだが、その姿を見て少し安心した。



無人島に一人でいない限り人は社会と関わって生きるが、社会の定義や関わり方は多様化している。
会社勤めして家と車と家族を持ち当然ご近所付き合いもして、と言った価値観は未だに大勢だろうが
それを息苦しく感じる人もそりゃ居るだろう。



当初、みんなで楽しくやっていたはずだが、我々が彼に求めるモノと与えるモノが違ったのだと思った。
寝食を提供して無償で養い続ければよかったのかと言う話しでは無く、彼は彼にあった何かを、社会を共にする仲間として提供できてなかったという事だ。

我々は普通に日々働かないと生きていけなかったから、逆に言うと普通に働くしか生きるソリューションを知らないという事でもある、
その中で持ち合わせたコミュニケーション手段は画一的なものだったのだろう。



しかしそれ以外の価値観、そんな得体の知れない何かを提供するなんて出来たのだろうか??
我々はそこまで賢くないし、彼の人生を支える何かを「提供する」という事自体なにか大それたことな気すらしてくる。

twitterに流れてくる「ザ・ノンフィクション」の感想を見ていると、やはりニートへの目線は厳しい。
だが、社会の構成員として我々と彼は絶対に折り合いの付かない間柄だったのだろうか。

やはり今持ってさっぱり解らない。正しい関わり方が見えてこないし、正解を持ち合わせない自分が悲しくなる。
とにかく言えることは、彼は彼の生きるふさわしい社会があって、生きていてよかった、ということだ。

よかった、お互い生きていこう、うん。


と言った感じでボンヤリと取り留め無く考えながら、自分も無職であることを思い出して焦燥感を覚える、そんな日曜の午後だった。

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