Seventh Circle Comedy

12話まで毎日AM11:00更新です。
書いてる人:橘高千奈

登場人物紹介☆エントリ公開に伴って更新します☆
歪谷浩史(主人公):右投右打。ドラフト2位で海鷹建設に入社した新米サラリーマン。
謎の女(ヒロイン):金髪黒ギャル。名前考えるのがめんどかったのでとりあえずこのまま。

「もぉーお、ちゃんとボール見て振ってるぅ?」
 昨晩、那奈と夜をともにした歌舞伎町ラブホテル街の外れにあるバッティングセンターに連れてこられ、もう小一時間はバットを降り続けているが、未だに歪谷はヒット性の当たりを産み出させていなかった。
 少年野球に参加させられていた時の、苦い経験を思い出す。良く「打撃はセンス」と言うが、歪谷はそれをからきし持ち合わせていなかったらしく、結局、辞めてしまうまで球を打ち返すことができなかった。
「やっぱ無理だよ…」
 1ゲーム300円で28球投げ出されるマシンの、最後の一球を空振りした歪谷が弱音を吐きだした。それに、このことが悪魔とどう関係してくるというのか、全く意味が分からない。
「ガミちゃん最初からビビってんじゃーん。球が飛んできた!当たったらどうしよう!とか空振りしたら恥ずかしい!みたいな?そんなんじゃ絶ーっ対、ダメだってば」
 受付で借りてきたシューズに履き替えながら那奈がいう。このバッティングセンターは、ヒールやサンダル履きの女性客に対し靴を貸し出すサービスを行っていた。
 空振りを量産し続ける歪谷を見かね、手本を見せるべく那奈が打席に立つ。適当に構えているようにしか見えない、崩れたフォームからタイミングを見計らって金属バットを振り抜くと、心地よい打球音を立て白球がセンター方向へ消えて行った。
「ヤッバ!ネイル割れちゃったかも…。とーにーかーくー、リラックスして、打ち抜くイメージを持つ!おっけ?」
「はあ…」
「ガミちゃんさあ…。もう、そんなんじゃ悪魔に勝てないじゃん!」
 腰に両手を当て、怒りのポーズを取って言う。いつまでも煮え切らない態度の歪谷に業を煮やしたのか、ベンチに腰掛けた歪谷の手を取ると、バッティングセンター内に並んでいるテレビゲーム機の影へと押し込んでしまう。
「ちょ、ちょっと、何…」
「うーるーさーいー!那奈マジおこなんだから!はい、そこ座る!」
 那奈の指図でゲーム機の前に置かれた四角い小さな椅子に腰を下ろす。
 その歪谷の目の前で、那奈は自分の背中に手を回し何やらもぞもぞとしたあと、肩からストラップを外し、その輪から腕を抜いた。そして、胸元からピンクのサテン地に黒のレースが施された2/3カップのブラをおもむろに引き抜きはじめる。
「わあ!こんなとこで…」
「だってぇ、ワイヤー当たると痛いじゃん。ほらほら、目ぇ瞑って」
 那奈が有無を言わせず頭を両手で抱きかかえてしまうと、幸せな温もりが歪谷の顔を包み込んだ。
 ふごふごと漏れ出る、抗議の声ともつかぬうめき声に那奈が子供をあやすように諭す。
「ほらぁまだ緊張してるしぃ。肩の力抜いて…そうそう、ゆーっくり息を吐いて…」
 視界を遮られ、鋭敏になった歪谷の聴覚を那奈の鼓動が支配してゆく。とくん、とくんと繰り返される、たおやかな鼓動に身を委ねるがごとく呼吸を深くシンクロさせていき、身体から緊張のしこりが完全に消え失せた頃ーー。
<どーお?リラックスできたぁ?>
 歪谷の頭上から、那奈の声が聞こえてきた。いや、正確には「聞こえたような感じがした」。昨晩の、ラブホテルの浴槽での出来事を思い出し、咄嗟に腕の力を込める。
<大あぃ丈夫だって、そんな慌てんくても。ガミちゃんの遺伝子はもう完全に身体で覚えちゃったから、乗り移らなくっても共鳴できるしぃ…>
 歪谷を包み込んでいた那奈の圧力が少しずつ抜けていった。
 光に目を慣らすよう、少しずつ瞼を開けてゆく歪谷の頬を、今度は那奈の両手が包み込む。
<聞こえてる?>
 視界を取り戻した歪谷が見つめる先、那奈の唇は少しも動かなかった。
「うん…。聞こえてる」
<しばらくしか続かないんだけどねー。これって便利っしょ?>
 那奈をまねて、口を開かずに返事をしようと、歪谷はこくこくと首を縦に振った。
「あー、慣れないうちは口でしゃべった方が良いよ。どっちみち、ちゃんと聞こえるし」
 今度は口を開いて、那奈。
「了解…」
「これだと離れててもモニターできるしさ。…それじゃ、練習の続きやろっか?」
「ええーっ!まだやるの?」
<ゴチャゴチャ言わないの!でないと、ガミちゃんの頭の中でずっーとエロぉい声聞かせちゃうから>
「えっ…?な、何を聞かせるって…」
<あぁん、もーう!今握って欲しいのはそっちのバットじゃないのぉ…。確かにぃ、その、使い込まれてないわりには固さも大きさも十分で、裏筋の所を舐めてあげるとピクピクしながら先走っちゃうバットも魅力的なんだけどぉ。那奈が振って欲しいのはぁもっと大きくって、銀色したバットぉ>
「わかった、もう!わかったから!」
 頭の中に響く淫語を、叫び声をあげて制止する。
「やぁん、そんなに怒っちゃダメぇ。リラックス、リラックスぅ。ボールもよく見てね!」
 からかうように囃し立てる那奈の声を無視して打席に立ち、ピンチングマシンから放たれたボールに向かって自棄糞の気味のフルスイングをすると…。
 カキーン!
 金属バットが奏でた快音に乗って、打球が延びてゆく。
 やや振り遅れたタイミングだが、もやしっ子だった少年時代とは違い、鍛え上げられ、成長した歪谷の筋肉はボールがバットに当たった時の衝撃をものともせずに、ライナー性の当たりを逆方向へと弾き返した。
 敷地内からボールが飛び出さぬよう、バッティングセンターをぐるりと取り囲んでいるネットへ打球が突き刺さる。
 その向こうに広がる、端々を歌舞伎町のネオンで切り裂かれた夜空を何かが過った。
<ガミちゃん、さっきのに気が付いた?>
 頭の中だけに響く那奈の声に反応し、後ろへ振り返った歪谷が問う。
「あれって…やっぱり…?」
<ガミちゃんも一度、見たことあるっしょ?>
 あの、爆発が起きた晩に見たのと同じ、大きくて黒い、三角形の翼。
 ものの本によれば、自殺した人間の魂を地獄に生える樹木に変えてしまうという。
 緊張で顔をこわばらせた歪谷の頭の中に、再び那奈の声が響く。
<これってやっぱ、鉄板じゃん?>
「鉄板って…、何が?」
 聞き返す歪谷に、まるで宝物を見つけた子供のような笑顔で那奈が言う。
「そんなの決まってんじゃんさぁ…。……ボーナス確定よ!」

 那奈が選んでくれた服を着て不動産業者を巡りながらのデートをしているうち、歪谷はあることに気がついた。昨日の晩、スーツ姿の時は那奈を連れ歩く自分に奇異の目が向けられているのを感じたが、今のヤンキー風コーディネート(那奈の説明によれば、このようなファッションを「お兄系」と呼ぶらしい)ではそれが全く感じられない。
 それと、サングラスで自分の視線が隠されていると他人の様子を落ち着いて観察することもできる。ただひたすら、他人と目を合わせないようにと緊張しながら街中を歩いていた時とはまったく異なる視界に、歪谷は徐々に愉しさを感じるようになっていった。
 だが、この格好でいい事尽くめと言うわけでもない。不動産屋の店頭で物件の紹介を依頼すると、まず間違いなく相手が警戒したようなぎこちない営業スマイルに変貌する。それにチラチラとこちらを伺いながら、差し出すファイルを選んでいる風。
「あいにく、そちらの物件は現在内覧中のお客様が…」「申し訳ございません。その情報は古いもので、現在は埋まってしまいまして…」
 単なる偶然や思い過ごしなのかもしれないが、何度となく繰り返される丁重なお断りに、さすがの歪谷もかすかな苛立ちと疲労を隠しきれなくなってきた。横に座る那奈も同様らしく、先ほどからあくびの回数が増えてきている。
 いかに朴念仁の歪谷とはいえ、那奈が退屈しているのを察し、今日の所はひとまず新居探しを切り上げようと水を向けることにした。
「ホント?じゃあさー、ご飯にしようよ。アタシ行きたいトコあるんだ」
 そういった那奈が歪谷の腕を引いて向かった先は、新宿にある老舗のフルーツパーラーだった。三時のおやつどきはとうに過ぎ、しっかりとした食事をとりたい腹気分の歪谷が控えめに申し出ると、笑いながら那奈がいった。
「大ぁい丈夫、ガッツリ系のもあるってば。…ちょい高いコースなんだけどね」
 いかにも老舗と行った風の、上品な雰囲気を醸し出している店員に案内され席に着く。差し出されたメニューを確認すると、確かに那奈のいう通りボリュームたっぷりな肉系の料理も用意されていた。
「ここねえ、本当は入れるの女子だけなんだ。男はカップルじゃないとダメ?みたいな。…だから逆に女一人じゃ入りづらいんよ」
 トーンを抑えた口調で那奈がいう。こういう話し方も出来るのか、と歪谷は感心すると同時に少し可笑しくなり、ついつい笑みがこぼれてしまう。
「なあに笑ってんの?」
「いや…。そういうの、気にしないタイプだと思ってたから」
「なによぉ。アタシだってそれぐらい…。せっかくお礼に御馳走してあげようと思ったのになー。そんなんいうなら奢ってあーげない」
「奢るって…。そういえば、お金は?どうやって?」
 ウエイターのサーブが終わるのを待って、那奈。
「んー?CRを換金したの。魂は星間取引されてるんだけどー、いきなり日本のお金にはできないから、まず金に換えてもらって、それを質屋に売るんだ」
 那奈たち宇宙人の間ではこれを「三店方式」と呼ぶらしい。
「金ってさあ、ウチら宇宙人の間でも貴重なんよね。ていうかぁ「金の価値」を理解してるかどうかでその星の文明レベルが大体解っちゃうし」
 金は宇宙を構成する物質全体を通してみればありふれているが、地質学的に「生きた星」でないと地表付近までまとまって出てくることがない。故に貴重なのだと那奈は言う。
「それに、金はすーっごく安定してるから、その星の生き物に影響を与えること無いじゃん?間違って食べたって平気だし、海に流しちゃったとしても全然オッケーだし」
 なるほどなあ…。と歪谷は関心しながら湯気立ち上るスペアリブにかぶりついた。元がフルーツパーラーなだけあり、フルーティーなマスタードソースが何とも、美味。
「あー、それめっちゃ美味そう!アタシも頼めば良かったな」
 物欲しそうな目で那奈がいう。
「頼めばいいのに」
「でもほら、アタシ手がこんなじゃん?」
 長い爪を歪谷に差し出してみせる。確かに、それで骨を手づかみとはいかないだろう。
「仕方ないな、ほら…」
 ナイフで肉をそいで、那奈に選り分けてやろうとする歪谷に注文が入った。
「もう、そうじゃないってばぁ…。ほら、あーん…」
 口を開けて待ち構える那奈に、半ば呆れながら肉を突き刺したフォークを差し出した。那奈に出会う前までの自分であれば、こんなことは気恥ずかしくて出来なかっただろうな、と歪谷は胸の内でひとりごちた。

 食事をしながら、那奈から話の続きを聞き出すことにした。先ほどからチラチラと観察してみたが、同席している他の客は歪谷たちのことを気にもかけてない風だし、もっと正確にいえば、派手なナリの那奈たちを目に入れないよう気を使っている様子。これなら、「宇宙人」を自称する那奈の話で徒に耳目を集めることもあるまい。
「ーー何時、魂を回収できるかなんてわかんないじゃん?”風適法”じゃ特定の在来人の生活を監視することは禁止されてるし…。かといって”自殺の名所”的なトコを選ぶ人って、ぶっちゃけさぁ…」
 那奈たちは「知能が高い、精神レベルの発達した」魂が欲しいのだ。
「悪魔はあ、なんか知らないけどデータ?を集めて、上手く立ち回ってるんだけど、アタシらは場面のノリっていうか、アドリブで何となくぅ、みたいな。ま、オカルトなんだけどね。それがアタシたち精神体に進化した宇宙人の特徴だし」
「はあ…」
「例えばあ、ガミちゃんと出会ったときみたく”予感”がするわけ。「あ、ここでチェリー来た!」とか、組み合わせでいろんなバリエがあって…。えーと…やっぱ、ダメ。細かく説明するの無理ぃー」
 テーブルの下で軽く足をバタつかせて那奈がいう。精神体として進化を続けてきた那奈たちの持つ概念を日本語に、地球の言語に翻訳するのはよほど難しいらしい。
「んーと、例えば「ある現象」があったとして、それがアタシの目の前で起きてる場合と、そうでない時は「意味」がぜんっぜん違うの。アタシらは「それが何なのか判っちゃう」。だから、その目の前で起きた出来事ってのは「特別な意味」があんだけど…。ねぇガミちゃん、もっとこの話続けなきゃダメぇ?」
「いや、無理には…」
「ホント?じゃあフルーツ取り行こうよ。食べたくて目ぇつけといたのあるんだ」
 那奈に引っ張られるようにブッフェ形式になっているフルーツバーへと向かう。生クリームとバター中心の菓子と違い、フルーツだと胃にもたれないのが良い。きっとそれが、この店の人気の秘訣なんだろうと歪谷は思った。
「あっこに飾ってある小っこいスイカ食べてみたいんだけど…あっれえ…無いなあ、スイカ」
 那奈がディスプレイとして飾ってある、切り分けられる前のフルーツの山を指していう。確かに、洋梨を一回り大きくしたぐらいのサイズの、細長いスイカのようなものが置いてあるが、取り分けできるカットフルーツの中に赤い果肉が見あたらない。ウェイターを呼び止め、そのことを訪ねると「ああ、あれはスイカじゃないんです」とのこと。
「えーっ!マジ?」
 驚いた様子で、那奈。ウェイターの話によれば、小振りのスイカのように見えたのは「北海甘露」というマクワウリの一種で、瓜というよりはメロンに近く、果肉も緑色をしているという。
「こちらがそうです。美味しいですよ」
 カットされた北海甘露を薦められ、手にした皿に取り分ける。他にもいくつか季節のお勧めを教えてもらい、席に戻って味を確かめてみるとーー。
「ヤバ、これ超美味しいかも!」
 歪谷も、北海甘露を一切れ口に運ぶ。確かに那奈のいう通り、さっぱりしてて甘さにクドい所が無い。不思議と、子供の頃に食べたことがあるような気もする、どこか懐かしい素朴な味。歪谷が空想上の郷愁を感じている隙に、那奈はもう、取り分けてきた分を全部平らげてしまっていた。
「アタシおかわりしてくる!」
 座ったままの歪谷に、すれ違いざま「…ガミちゃん、これってチャンス目かも!」と耳打ちして、上機嫌でフルーツバーへ向かった那奈の後ろ姿を見つめる。
「チャンス目って…。あの時も確か、そう言ってたよな…」
 那奈と初めてであった晩の、コンビニ前での出来事を思い出す。
 ということは、つまり、あの悪魔が新宿へ現れる前兆かなにかを、那奈は感じ取ったのだろうか。
 だとしたら…。
「悪魔の邪魔をする…ってもなあ」
 これまで、那奈からいくつかの証拠を見せられ数々の証言を聞いてはきたものの、やはり、歪谷は「手の込んだ冗談なのではなかろうか」という不信を心の奥底から完全に拭いきれずにいた。
 それに万が一、本当に悪魔が現れたとして、一体、何が自分に出来るというのだろう。
「なあにー、ガミちゃん暗い顔して。ひょっとして、食べ過ぎてお腹苦しくなっちゃった?」
 エメラルドグリーンの果肉が山と盛られた皿を手に、テーブルへと戻ってきた那奈がいう。
「そんなことないよ」と答える代わりに微笑みを作ってみせた歪谷へ、那奈。
「ホント?じゃあ一緒に食べようよ、店員さんに聞いたらさあ、これって結構レアなんだって!」
 那奈が差し出した、フォークに刺さった北海甘露を恋人同士の仕草で口に入れる。瑞々しさが口いっぱいに広がると同時に、ほのかな甘み。
「ここ食べ終わったらさあ…。ちょっとぉ、聞いてる?魂(ボーナス)取りに行く準備しなきゃね!」
「準備?」
「んー、とりあえずはぁ…。ガミちゃん、今までスポーツとかやったこと無かったんだっけ?」
 小学生の頃、親の勧めでリトルリーグに所属させられていたことを那奈に告げる。
「でも、すぐ辞めちゃったけど…。身体も小さかったし…」
「野球かあ…。じゃあ、バット振ったことはあるんだ?」
「そりゃあ、まあ…」
「それならさ、このあとバッティングセンター行こうよ」
「えーっ?どうして?」
 唐突な提案に思わず歪谷のトーンが上がってしまう。それを一向に気にしない風で、満面の笑みでフルーツを口にほおばりながら那奈が答えた。
「ガミちゃんがどおーっしても素手で悪魔とタイマンしたいってんなら、別に良いけど」

 那奈が「魂の接触(コンタクト)」と形容したはその行為は、歪谷がソープランドで経験したものとは全く別次元の体験だった。
 受け身(マグロ)の歪谷に対し、女性の方から積極的に行動してくれるのはどちらも変わらないが、ソープ嬢が「男を気持ちよくする」ために洗練され続けてきた数々の性技を駆使するのに対し、那奈の場合は「むさぼるように」歪谷の肉体を求め続けた。
 刀折れ矢尽き、放心状態の歪谷の腕を枕にして、満足そうな笑みを浮かべて眠る那奈の顔を見つめる。今は瞼の下に隠れている青い瞳を想起して、そういえばカラーコンタクトを付けたまま寝ると危険だと何かで聞いた事を思い出した。
「起きたら教えてあげないと…」いかにもそういった事に無頓着そうだし…。那奈の寝顔を見つめているうちなにやら愉快さがこみ上げてきて、やがて満足した笑みのような表情のまま、歪谷も眠りに落ちた。

「あーこれ?カラコンじゃないよ」
 全裸のままルームサービスのモーニングをガッつきながら那奈が言う。最近のラブホは下手なシティホテルよりよっぽどサービスが良く、昼の11時までとゆとりを持って設定されたチェックアウトまでたっぷり寛げるよう、様々な趣向を凝らしてあった。
「魂抜けた身体を再生して使うとき、別注で色変えられるんだー。ちょい高いけどね」
 那奈が顔を寄せ、瞳を見開いてみせる。確かに、角膜の上には何も被せられていない。
「この身体は元々19歳の事務員だった娘のでぇ、すんごい地味っ娘だったのをアタシがチョー頑張ってデコったカンジ?多分、元の家族がすれ違っても気づかないんじゃないかな」
「肌の色も?」
「これは日サロで焼いたの。肌も変えれんだけどさぁ、なあんかぁ、しっくりこなくて」
 那奈が、皿の上に残ったスクランブルエッグの最後のひとかけらをベーコンで挟んで口に放り込む。
「あー美味しかった!ごちそうさま!……ムラんなったとこはローションで色、足してるけどね。そうだ!ガミちゃんもやったげようか?」
「ええっ?いいよ…別に…」
「いいからいいから。どうせ2?3日で落ちるしさ。ちょっと試しに…ね?」
 有無を言わせず、那奈はポーチから取り出したタンニングローションを歪谷の上半身に塗り始めた。無色透明な液体から発せられる独特な匂いに歪谷ははじめ眉をしかめたものの、身体を丹念になで回される心地よさに負けてしまい、ついでにーー。
「あ、元気になっちゃった?もう少しの我慢でちゅよー。今止めるとムラになっちゃう」
 股間を手で押さえる歪谷をあやしつつ、ようやく那奈の施術が完了した。 
「んー、そんな黄色くなってないし、上出来じゃん?」
 ラブホには必ずといっていいほど置いてある、巨大な鏡の前に歪谷を連れて行く。那奈がタンニングローションを塗った歪谷の上半身はうっすらと小麦色に変色しており、生っ白いままの両足が逆に不自然に見える程。
「これだったら昨日買った服もバッチリじゃね?ちょっと着てみせてよ」
 太ったペンギンのトレードマークが描かれた買い物袋の中から、タグがついたままの私服を取り出す。股上の深いブラックデニムと、例の「Wild Beast?」とプリントされた、襟の大きな白地のポロシャツ…。
「デニムはオーバーダイの選んだんだー。色味がいいっしょ?…あーもう、そのボタンは止めないの!そう、胸元を開けて、襟はちょっと立てるカンジで…。ヤッバ、チョー似合うー!」
 那奈に言われるまま服を着る。出来上がった歪谷の姿は、確かに那奈の言う通り似合ってはいるのだが…。
「これってチャラ…やり過ぎじゃない…?」
 というよりも、まるで地元のショッピングセンターで見かけるヤンキーそのもの。「恥ずかしいなら目を隠せば?」と那奈が薦めてくれたサングラスをかければ、もう完璧。
「んなことないってぇ。あと髪を立てて…ガミちゃんマジ池様じゃーん。バリシブすぎて惚れ直しちゃうかも!」
「あ、ありが…とう」
 ぎこちなく笑ってみせようとする歪谷にしなだれ、上目遣いの那奈が言う。
「あとはあ、その見た目に負けないぐらいのワイルドさが欲しいっていうかぁ…。言ってる意味わかるぅ…」
 さっき自分で留めたばかりのデニムのボタンに指をかけ、続ける。
「初めて会った日にぃ、ガミちゃんアタシを肩に担いじゃったじゃん?すんごい勢いで持ち上がってったのに、肩に乗せる時はフワッと優しくて…あれでマジ惚れっていうかぁ。強引なんだけどホントは優しい?みたいな?」
 当時の事を歪谷は思い出す。実の所をいえば、あの抱え上げる動作は生コンの袋を持ち上げる時の動きそのものだ。勢いだけで肩に担ぎあげると袋が破けるか、最悪鎖骨を骨折してしまう。
「あのときみたく、たまには積極的に求めてきてほしいかなぁ…。マグロのままじゃ、那奈つまんないもん」
「ど、努力します…」
 結局、歪谷の努力の程が試される事は無かった。ベッドサイドに置かれたインターフォンからチェックアウト10分前のコールが鳴り、二人は慌ただしく荷物をまとめラブホテルを後にした。

「ガミちゃんココどう?1K8万二人入居可だって!」
 新居を探さねばならないから、訴える歪谷であったが「アタシも付いてく!」と言い張る那奈を振り切る事は出来なかった。幸い、新宿には無数の不動産仲介業者が存在し、店頭に掲げられた間取り表を眺めながら歩くのはちょっとしたデート気分。
「光が丘は遠すぎかな…。ちょっと待って!二人って…もしかして一緒に住むつもり?」
「えー?ダメなの?」
「ダメっていうか…今住んでる家は?」
「だってぇ、アタシいつもネカフェで寝てたもん。ベッドで寝たのなんてチョー久々だったんだから」
 那奈が言うには、宇宙人には宇宙人ならではの苦労があるらしい。
「アタシたちが”背乗り”してるIDって、たいてい身寄りが無い人なんよ。そしたら保証人とか付けらんないじゃん?だから部屋借りるのも大変でさぁ。そんならネカフェ使って、たまに神待ちすんのがいいかなーみたいな?」
「神って、魂が召されるっていう…」
「ぶっぶー。一発パコらせるかわりに泊めてくれる人!まあこれも色々めんどくさくってさぁ…だから最近はやってないかな。それに、今はガミちゃんラブだしね!」
「はあ…」
「ひょっとして迷惑ぅ?」
 正直、歪谷は戸惑っていた。今まで彼女と付き合った事も無いというのにいきなり「同棲」と言われても、それがどういったものなのか想像する事すら出来ないのだから。だが、仮にも命の恩人を無下に追い出す事も出来ない。
「部屋は、別れてなくてもいいかな…」
 ショーウィンドウ一面に掲示された間取り図を見ながら、独り言のように呟く。2Kともなると途端に相場が上がってしまい、入社一年目の歪谷の給料ではとてもではないが賄いきれない。
「それって…。うん、全然オッケー!だってぇ、いつも一緒に居たいじゃん!」
 勢いをつけて腰に抱きついてきた那奈によろめく。こういうとき、自分も抱き返したほうがいいのだろうかと歪谷はしばらく迷ったあと、目の前を行き交う他のカップルの動作を見て、那奈の腰のくびれへとそっと腕を回した。

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