2009年03月02日

寿福増長のもとひ

“人にたのしみを与えるのが申楽で、裏にどれ程の苦しみがあろうと、それを見物の目に見せてはならない。内にこもるべき力が、外に現れたら、内にこもっていない証拠といえる。”


室町時代の能の役者、作者、演出家、批評家であった“世阿弥”の本を読んでいます。

世阿弥は自分の芸術を“寿福増長のもとひ”と呼び、自分の能のスタイルを以上のように語ったようです。

室町時代と平成に変わらぬ芸人ポリシーみたいのを感じました。

chinchirroin0218 at 15:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年03月01日

美しいけど美しいのか

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ウィアムモリスを始めとする18世紀を代表する工芸作家達の作品が一同に揃った展示にようやく最終日間際に行きました。

ウィリアムモリスもそうですが、アート&クラフト運動という、いわば産業革命に反して生まれた、手作業の職人技法を重視する運動の中心を担った方々は、時として植物学者、小説家、詩人、政治家など芸術家以外の側面を様々に持っている方が多いことに驚きました。

アートはイマジネーションや想像力といった、直感に基ずく力だけを重視するのではなく、本当の意味で想像力を養う土台になる事実(知識)をより広く持つべきだということは学べました。うんうん、凄い。

ただ、どうも私は“富裕層の質素好み”みたいのに胡散臭さを感じてしまう。
“美しいと思わないものは 部屋に置いてはならない。”
このウィリアムモリスさん(もちろん裕福な家庭のお育ち)の名言らしい言葉も、響きはかっこいいけど、結局美しい物を部屋に選択出来るだけのある程度の財力あっての言葉だと思ってしまう。
極端に言えば、明日の食べ物にも困るような人は、身の回りの生活品は大量生産外国製のCanDoになっちゃうでしょ。
人間が生み出す能力の再生を伝えたいのは分かるけど、断定的な言葉を使うとそれに見合わない人々を案に否定することになると思う。
彼らの描いた思想は、結局ほんの一握りの富裕層や教会だけが手の届く家具などを作り、自然最高!田舎最高だよね!と、(雲の上の人々にのみ響く声で)健康的なセリフを言っているようにも感じられた。

私はどんなに汚い部屋に住んでいても、原稿用紙に乗せる心はキレイで、俗に汚されていなかった坂口安吾などが好きだから、アート&クラフト運動の装飾はそれはそれは素敵なデザインだと思いましたが、彼らの思想は果たして美しかったのかやや疑問です。


どうせ名言言うなら金閣寺くらい成金趣味なド派手な家に住んで言ってみて欲しいです。

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chinchirroin0218 at 02:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年02月21日

エストニアアニメーション初体験

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エストニアのアニメーション試写会に行って来ました。

ユーモアな演出がまた残酷さを増長させるブラックな作品がありました。
基本的に"残酷で何か怖い。”という自分の感情が、見ないで通りたい人間の本性を目の当たりにさせられたという所から発せられているので、作品の質的には非常に高いものだと思います。

アニメーションに込めるテーマが、純文学っぽく感じました。
しかし、これだけ見るとエストニア人はどれ程皮肉屋さんなのだろうと思ってしまいます。


3月15日よりラピュタ阿佐ヶ谷、ザムザ阿佐ヶ谷で一般公開。
●Vol'9 Laputa International Animation Festival 2009


chinchirroin0218 at 00:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年02月18日

運動再開!

消去も更新もせず、いわばネットワークサーバーという宇宙に投げ出されっぱなしだった誰も遊びに来ない自分の惑星(ブログ)の運動をぼちぼち始めることにしました。

個展やグループ展、銭湯ライブ、その他与太話など更新していこうと思います。


よろしくお願いします。






chinchirroin0218 at 02:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2008年08月30日

ちょっとすてきな映画を観ました。

真ん中ではじっこに座るべきか。後ろだけど真ん中に座るべきか。
真ん中の真ん中が空いてない時、ふと自問自答。


2008012

chinchirroin0218 at 00:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)