千野隆司の「時代小説の向こう側」

時代小説を書く楽しみと喜び。 その裏側を……。

水天宮

 つい先日、日本橋蠣殻町にある水天宮様へお詣りに行きました。福岡県久留米市にある久留米水天宮の御分社です。江戸時代の頃から、安産子授けの神として厚い信仰を集めました。私も子どもが生まれる前に、家族でお詣りに来たことがあります。それ以来でした。

 親族に子どもが生まれるわけではありませんが、昨年に江戸鎮座二百年記念事業として、社殿の建て替えがありました。新しくなったということで、近くで新年会もあったので、少し早めに行ってお詣りをしました。

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 水天宮通りです。赤い灯籠が、鮮やかです。左側がお宮で、建物の二階に建てられています。

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 もともと水天宮は、久留米藩有馬家によって崇敬されていましたが、九代藩主有馬頼徳が江戸の上屋敷に分霊を勧請しました。これが江戸水天宮の始まりです。藩邸内にあったので、当初は庶民の参拝ができませんでした。

 しかし霊験あらたかであるという評判が高まって、町人にも参拝が認められるようになりました。「情け有馬の水天宮」という地口も生まれるくらい信仰を集め、江戸でも評判のお宮になりました。多数の賽銭や奉納の品が集まり、お札なども求められました。その総額は、年間二千両にもなったと言われています。財政難だった久留米藩は、これで大いに救われました。
 
 藩財政の、助けの神です。

 私はこの史実をヒントに、平成二十四年に違う藩と邸内社を使って次のような小説を書きました。


 そういう思い出もありましたので、ずっとお詣りをしたいと考えていました。

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 建物の上にありますから、入り口はこんな感じです。屋上に上がって、視界が広がります。

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 ビルの上でも、やっぱり神社ですから、境内に入ると清々しい気持ちになります。お詣りを済ませると、ほっとした気持ちになりました。

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 通りには、こんなからくり時計塔もありました。

藪入

 一月も、十六日となりました。正月気分もすっかり抜けたこの頃です。しかし大昔の奉公人は、この日が来ることを指折り数えて待ちました。正月十六日と七月十六日は、小僧奉公をする者たちにとって、仕事を休める藪入の日だからです。

「藪入ってなんだ」
 若い方ならば、聞いたこともない言葉だと思います。今となっては死語となりました。

 商家であり職人の家であり、子どもは十二、三歳になると、奉公に出ます。貧しければ、十歳くらいでも出されます。盆暮れも働き、一年で休みはこの二日だけでした。

 主人から衣類万端を与えられ、小遣い銭をもらい親元へ帰ります。半年ぶりに親兄弟に会えるわけです。親兄弟だけではありません。同じように奉公に出た、幼馴染も帰ってきます。親も子どもの好物を用意して待っていたに違いありません。

 己の暮らしぶりを伝え、親兄弟や縁者の暮らしぶりを聞きます。そしてお墓参りをしたり、幼馴染と近くの繁華街へ行ったりして過ごします。

 楽しい時間は、すぐに過ぎます。辛いのは夕暮れどきです。今でも日曜日の夕暮れどきは、辛い気分になる方もいるかと思います。しかし一週間辛抱すれば、また休みがきます。しかし小僧奉公の者は、次の休みは半年後でした。

 遠方から奉公に出てきた者は、一日では実家に帰れません。そういう場合は、付添人が繁華街へ連れて行き、見世物小屋などの見物をさせます。もらった小遣いで、買い食いもしたのでしょうね。

 前夜は、嬉しくて寝られなかったかもしれません。百年前、二百年前の一月十六日は、そういう日でした。

小石川という川

 私は東京都豊島区の南長崎という土地で高1まで過ごしました。その頃、界隈で勉強ができる子どもは、都立の小石川高校へ行きました。ですから近所に小石川高校へ通うお兄さんやお姉さんがいると、優等生ということで、小さい頃から畏敬の気持ちをもってその姿を眺めました。(もちろん今でも名門ですが)

 ただずっと不思議に思っていたのですが、小石川という地名はあっても、「小石川」という川が近所にあるという話は、聞いたことがありませんでした。
「川がないのに、どうしてそんな地名があるんだ」
 子ども心に思いました。そこで、
「昔はあったけれど、今はなくなった川だ」
 と解釈することにしました。

 この考えは、間違ってはいませんが、かなり大ざっぱです。

 そもそも小石川という地域は、『御府内備考』の記述では、南は小石川御門前のお堀から、北は巣鴨、東は本郷や駒込といったあたり、西は小日向といったところです。江戸城の、北西といったところでしょうか。

 小石川という地名が古文書に残る最初は、文安五年(1449)です。『熊野領豊島年貢目録』に「小石河」という記述が出てきます。さらに永禄二年(1559)の『小田原衆所領役帳』に湯島、駒込、小日向と並んで「小石河」の地名が出てきます。

 どちらも、年貢に関する記述です。領主に、納めるべきものは納めていたという記録ですから、存在は明らかです。

 ようするに徳川家康が江戸に幕府を開くかなり前、十五世紀の頃には、現在の小石川と呼ばれる地域で、人々が集落を持って暮らしていたということになります。

 ではその「小石川」ですが、地名にどんな由来があったのか……。

 はっきりはしていません。ただいくつかの説があります。近藤義休という方の残した『江戸志』という書物には、この地域には小石の多い小川が幾筋もあったからだとなっています。

 隅田川のような、大河ではなかったようです。でも、しっかり名を残しています。
 それにしても室町時代の江戸、東京はどんな地域だったのでしょうか。ど田舎であったことは、間違いありませんが。

新春

 新しい年も、はや五日となりました。お正月は、いかがお過ごしでしたでしょうか。すでにお仕事も始まっているかと存じます。

 今日から小寒で、寒の入りとなります。寒いですね。あれよあれよと日が過ぎていきます。

 江戸時代の御武家の初仕事は、元旦の初登城です。『東都歳時記』の正月元旦の最初は、次のような記述になっています。
◯御一門方御譜代御大名衆御禮(装束にて卯半刻出仕)諸御役人方御禮登城。
◯諸家年禮 商家にては二日より出る。元日は戸を開かず。

 初登城は、江戸城だけでなく、各藩でも同じようなことが行われました。元日より三日までの間に、身分や格式によって、日を分けて行われます。
 
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 上下の絵は、登城をした諸侯の行列の様子です(『東都歳時記』より)。ぶつかってしまってごめんなさい、というわけにはいきませんから、交通整理は大変だったと思います。

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 元日の登城参賀は、御三家、御三卿、親藩、譜代大名、前田や藤堂などの特別待遇の外様大名、高家、幕府の諸役人です。登城者は官位に応じた装束を身に付け、格式により御座の間、白書院、大広間にて将軍様に拝謁します。祝詞を言上します。
 
 この後、祝儀の酒と吉例の兎の吸い物及び呉服の下賜などの饗応がありました。諸大名や家臣の者たちは、屋敷に戻ってほっとします。ようやく正月気分になれるのでしょうか。

新しい年

 平成29年となりました。干支は丁酉(ひのととり)となりますね。この一年が、皆さまにとってよい一年になりますことを、お祈りいたします。

 私は、時代小説を書くことを生業にしています。ですから読んで面白い、そして登場人物の心情が、臨場感を持って描けるように努力をすることを目標にしたいと思います。これは主人公だけでなく、悪役についても同様です。

 また江戸を舞台にした小説ですので、背景としての社会の動きや人々の暮らしぶり、風物なども、きちんと調べ取り入れていきたいと考えています。

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 今年は、昨年からのシリーズの継続が中心になります。時代は変わっても、人は人との関わりの中で生きていきます。今に通じる登場人物の喜怒哀楽を通して、それぞれの主人公の成長を描いていきたいと気持ちを新たにしています。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします

この一年も、ありがとうございました

  今年一年も、残すところ数日となりました。今日は仕事納めという方も、かなりあろうかと思います。大過なく過ごすことができたのならば、何よりかと存じます。

 私もおかげさまで、大病をすることもなく無事に過ごすことができました。若干もたつくこともありましたが、小説作りも、自分なりに精いっぱいやったという状態でパソコンに向かうことができました。もちろん一作一作、よりよいものをという気持ちは、消えていません。

 読者の皆さん、担当をしてくださった版元の皆さん、書店で拙著を並べてくださった販売の皆さん、ありがとうございました。

 今年は、以下の十冊を出すことができました。











 すでに購読してくださった方には、御礼を申し上げます。未読のものがありましたら、書店で手に取っていただければ幸甚です。

 来年も、楽しんでいただける小説作りに邁進したいと思います。ご期待ください。

 気候不順の折、どうぞご自愛の上、よいお年をお迎えください。

箱膳

 ちゃぶ台というと、家族で囲む食事のテーブルというイメージです。家族団欒を表しますね。『巨人の星』では、これをひっくり返すお父さんが登場しますが、普通はあり得ません。

 ただ日本では、友人はもちろん家族であっても、同じテーブルを囲むという習慣はありませんでした。膳を並べての食事はありますが、それは一人一人のお膳です。

 身分の高い方は、春慶塗のものや、金蒔絵のほどこされたものを使いました。蝶足膳などというお祝いに使うお膳もあります。膳の足が、蝶の羽のように派手なものです。

 三都の民間では、宗和膳という内外朱漆、あるいは黒漆の膳を本膳として宴会などに使いました。

 しかし奉公人や裏店住まいの者は、そういうお膳は使いません。もっとシンプルな、箱膳というものを使いました。何の意匠もない四角い箱に食器を入れておき、食事のときは蓋を裏返して膳として使います。

 江戸では折助膳とも呼ばれて、これは重ねられるので、大勢の分をしまうのには便利でした。折助というのは、中間という意味です。

 京坂では、引き出しのついた木箱に見える箱膳を使っていました。使い終わると、飯茶碗や汁椀を引き出しの中にしまいます。

 この箱膳に載せる食事は、一汁三菜となります。汁物の他に飯、香の物、それにおかず一品です。それ以上は載りません。庶民は贅沢をしませんから、これで充分だったわけです。お金持ちや高貴な方は、二の膳や三の膳といったたくさんのおかずを食べました。

 箱膳の中にしまう椀類は、毎日洗いません。月に四、五回洗うだけです。ちょっと不潔な気もしますが、最後に白湯を茶碗で飲みます。これが洗う役割だったのかもしれません。

 食は暮らしの基本であり、銘々膳は持ち主の存在を示す重要な暮らしの品です。大事に大事に扱いました。

露払い

 福原俊彦さんより、新刊を頂戴しました。

仇討探索方控

露払い

幻冬舎文庫(600円+税)です。

貴殿の仇は、儂が必ず見つけ出す!
江戸時代の仇討、成功率はたった1%。その陰に、
幕府隠密「仇討探索方」あり。


 右目をまたぐ大きな傷を持つ総髪の浪人・藤五郎。彼の裏の稼業は、仇討奉行・大久保彦左衛門の命を受けた「仇討探索方」。依頼主の仇を探し出し、目の前に引きずり出すのが仕事である。ある日、探索方に「仇である我が母を探して欲しい」という因果な依頼が舞い込む。だがその仇人が、将軍家光の側近・堀田正盛の屋敷に潜んでいるとわかり―。

 仇討奉行(?)が登場する、異色の作品です。
 福原さん、ありがとうございます。さっそく拝読いたします。

蝋燭のいろいろ

 電気のなかった江戸時代は、照明器具として蝋燭は欠かせない物でした。蝋燭が日本に伝わったのは奈良時代だといわれています。中国から伝わった蜜蝋燭だといわれています。仏教と共に合わせて伝わったものと思われます。

 平安時代になって、松脂蝋燭の製造が始まります。わが国固有の漆や黄櫨(はぜ)の実を原料とする木蝋燭です。これで和蝋燭は大いに普及しました。

 江戸時代には、木蝋の原料となる黄櫨の木が琉球から伝わり、外出用の提灯のための需要も増えました。高価な品でしたが、それでも買いたいという人は大勢いたわけです。

 蝋燭は掛目(かけめ)といって、用いた蝋の目方で大きさを区分しました。百目蝋燭、三百目懸蝋燭などといった大型のものから、懐中蝋燭などの小型のものまでありました。
 百目蝋燭とは、一本の重さが百匁(375グラム)ある蝋燭です。

 安い品ではありませんから、儀式用で宮廷や武家、金持ちの町家の者が使いました。たいていの家では、灯油の行灯が使われました。裏長屋では臭いのする魚油が中心です。
 そもそも暗くなったら、寝るのが普通でした。

「蝋燭の流れ買い」という商いがありました。蝋燭が流れて固まったものや小さくなった屑蝋を買って、それを集めて安価な蝋燭を作り売る仕事です。とことん使い切る、という考えでしょうか。けっこういい商いになったようです。

 明治になると、木蝋燭は廃れます。パラフィンを原料とした西洋蝋燭が普及していきます。

 現代では、蝋燭を使うことは極めて少ないですね。我が家では、両親や祖父母の位牌を納めた仏壇に使うだけです。

雇われ師範・豊之助 家宝の鈍刀

 十二月も中旬となりました。秋を実感する間もないままに冬がきて、寒い毎日です。そんな中で、12月の新刊のご紹介をさせていただきます。今年最後の刊行です。忙しい中でも、ほんの数時間を江戸で遊んでいただき、鋭気を養っていただければと思います。

雇われ同心・豊之助

家宝の鈍刀(なまくら)

双葉文庫(611円+税)で、シリーズ第四弾となります。

凶器は家宝の脇差。
弟弟子の無実を祈りつつ豊之助は探索を続ける。

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 三千石の旗本家に生まれた豊之助ですが、三男坊ですから家督は継げません。でもご大身ですから、それなりの家に婿に入ることは、充分可能な身の上でした。しかし豊之助はその道を選ばず、剣の指導者となることを決意しました。名門中西派一刀流の本部道場で、師範代として生きようと決意したのです。

 ただその前に、師の中西忠兵衛から傘下の弱小道場を建て直してこいと命じられます。道場経営は、強いだけではできないという考えのもとからです。
 そこで出かけたのが、本所の路地奥にあるおん襤褸の借金道場でした。門弟は老人と子どもだけです。そこで隣家の稲荷寿司屋の娘お美代の力を借りながら、道場再建に取りかかります。

 本巻はシリーズ第四巻で、徐々に門弟も増えてきました。でもまだ、満足とは言えない状態です。門弟集めと金貸しの手伝いをさせられながら日々を過ごす豊之助ですが、そこで事件に遭遇します。殺人事件の被害者の腹に残っていた脇差が、中西道場の弟弟子のものだと分かったからです。

 この脇差は、実は名刀だったのですが、多数の刃こぼれがあり、今では鈍刀(なまくら)としかいえない代物になってしまいました。この刀が、事件解決の唯一の手掛かりになります。

 金貸しの老婆お若にいびられつつも、前向きに道場再建を目指します。子どもの門弟たちの喜怒哀楽に馴染み、弟子になった曲芸師の姉探しにも手を貸します。剣の道は孤高なものではなく、人の暮らしに寄り添ってあるというのが豊之助の考えです。

 そして今回は、しっくりいかなかったお美代との間に、激震が走ります。さて、どのような展開になるのでしょうか。十二月十五日(木)の発売です。新刊書店でお求めの上、ご一読ください。

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【近刊書籍】


【既刊書籍】

★「雇われ師範豊之助・家宝の鈍刀」(双葉文庫)平成28年12月刊

★「入り婿侍商い帖 出仕秘命(二)」(角川文庫)平成28年11月刊

★「長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖1 憧憬」(小学館文庫)平成28年10月刊

★「次男坊若さま修行中・願いの錦絵」(コスミック文庫)平成28年9月刊

★「入り婿侍商い帖 出仕秘命(一)」(角川文庫)平成28年8月刊

★「出世侍(三)昨日の敵は今日も敵」(幻冬舎時代小説文庫)平成28年6月刊

★「寺社役同心事件帖・富くじ狂瀾」(朝日文庫)平成28年5月刊

★「雇われ師範豊之助・瓢箪から駒」(双葉文庫)平成28年3月刊

★「寺社役同心事件帖・竹寳寺の闇からくり」(朝日文庫)平成28年3月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達(三)」(角川文庫)平成28年2月刊

★「出世侍(二)出る杭は打たれ強い」(幻冬舎時代小説文庫)平成27年12月刊

★「札差髙田屋繁昌記(三)兄の背中」(ハルキ文庫)平成27年11月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達(二)」(角川文庫)平成27年10月刊

★「雇われ師範豊之助・ぬか喜び」(双葉文庫)平成27年10月刊

★「雇われ師範豊之助・借金道場」(双葉文庫)平成27年7月刊

★「札差髙田屋繁昌記(二)生きる」(ハルキ文庫)平成27年6月刊

★「出世侍(一)」(幻冬舎時代小説文庫)平成27年6月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達」(角川文庫)平成27年5月刊

★「次男坊若さま修行中・初雷の祠」(コスミック文庫)平成27年4月刊

★「札差髙田屋繁昌記(一)若旦那の覚悟」(ハルキ文庫)平成27年3月刊

★「入り婿侍商い帖(三)女房の声」(富士見新時代小説文庫)平成27年2月刊

★「若殿見聞録(六)家慶の一歩」(ハルキ文庫)平成26年11月刊

★「入り婿侍商い帖(二)水運のゆくえ」(富士見新時代小説文庫)平成26年10月刊

★「入り婿侍商い帖(一)」(富士見新時代小説文庫)平成26年9月刊

★「神楽坂化粧暦 夕霞の女」(宝島社文庫)平成26年8月刊

★「若殿見聞録(五)東照宮、拝礼」(ハルキ文庫)平成26年7月刊

★「へっつい河岸恩情番屋・鬼灯のにおい」(コスミック文庫)平成26年4月刊

★「若殿見聞録(四)閏月の嵐」(ハルキ文庫)平成26年3月刊

★「権現の餅-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成26年2月刊

★「若殿見聞録(三)秋風渡る」(ハルキ文庫)平成25年11月刊

★「霜降の朝-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年11月刊

★「船頭岡っ引き控・秋の調べ」(学研M文庫)平成25年9月刊

★「寺侍市之丞・干戈の檄(かんかのげき)」(光文社文庫)平成25年9月刊

★「千俵の船-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年8月刊

★「若殿見聞録(二)逆臣の刃」(ハルキ文庫)平成25年7月刊

★「へっつい河岸恩情番屋・夏初月の雨」(コスミック文庫)平成25年4月刊

★「寺侍市之丞・打ち壊し」(光文社文庫)平成25年3月刊

★「船頭岡っ引き控・花冷えの霞」(学研M文庫)平成25年3月刊

★「若殿見聞録(一)徳川家慶、推参」(ハルキ文庫)平成25年2月刊

★「恵方の風-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年2月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・木枯らしの朝」(ハルキ文庫)平成24年11月刊

★「棒手振り同心事件帖・秋の声」(学研M文庫)平成24年10月刊

★「赤鍔の剣-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成24年9月刊

★「寺侍市之丞・西方の霊獣」(光文社文庫)平成24年8月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・初螢の数」(ハルキ文庫)平成24年7月刊

★「棒手振り同心事件帖・皐月の風」(学研M文庫)平成24年5月刊

★「密命同心轟三四郎・水底二千両」(コスミック文庫)平成24年4月刊

★「戸隠秘宝の砦 第三部・光芒はるか」(小学館文庫)平成24年4月刊

★「寺侍市之丞・孔雀の羽」(光文社文庫)平成24年3月刊

★「戸隠秘宝の砦 第二部・気比の長祭り」(小学館文庫)平成24年3月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・母恋い桜」(ハルキ文庫)平成24年2月刊

★「戸隠秘宝の砦 第一部・吉原惣籬」(小学館文庫)平成24年2月刊

★「湯屋のお助け人・神無の恋風」(双葉文庫)平成24年1月刊

★「棒手振り同心事件帖・初水の夢」(学研M文庫)平成23年12月刊

★「湯屋のお助け人・待宵の芒舟」(双葉文庫)平成23年11月刊

★「お寧結髪秘録・秘花二日咲き」(静山社文庫)平成23年10月刊

★「寺侍市之丞」(光文社文庫)平成23年9月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・霜夜のなごり」(ハルキ文庫)平成23年8月刊

★「湯屋のお助け人・覚悟の算盤」(双葉文庫)平成23年7月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・命の女」(学研M文庫)平成23年5月刊

★「湯屋のお助け人・桃湯の産声」(双葉文庫)平成23年3月刊

★「密命同心轟三四郎・空飛ぶ千両箱」(コスミック時代文庫)平成23年3月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・菊月の香」(ハルキ文庫)平成23年2月刊

★「湯屋のお助け人・菖蒲の若侍」(双葉文庫)平成23年1月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・残り蛍」(学研M文庫)平成22年11月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・夏越しの夜」(ハルキ文庫)平成22年8月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・恋の辻占」(学研M文庫)平成22年7月刊

★「主税助捕物暦・玄武斃し」(双葉文庫)平成22年3月刊

★「へっぴり木兵衛聞書帖・水面の月」(学研M文庫)平成22年1月刊

★「首斬り浅右衛門人情控・安政くだ狐」(祥伝社文庫)平成21年12月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・四つの千両箱」(ハルキ文庫)平成21年11月刊

★「主税助捕物暦・鮫鰐裁ち」(双葉文庫)平成21年10月刊

★「へっぴり木兵衛聞書帖・永代橋の女」(学研M文庫)平成21年8月刊

★「首斬り浅右衛門人情帖・莫連娘」(祥伝社文庫)平成21年7月刊

★「主税助捕物暦・紅鸞突き」(双葉文庫)平成21年4月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・わすれ形見」(ハルキ文庫)平成20年12月刊

★「首斬り浅右衛門人情控」(祥伝社文庫)平成20年9月刊

★「本所竪川河岸瓦版・紅の雁」(学研M文庫)平成20年8月刊

★「主税助捕物暦・怨霊崩し」(双葉文庫)平成20年5月刊

★「火盗改メ異聞・仇討青鼠」(徳間文庫)平成20年4月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・霊岸島の刺客」(ハルキ文庫)平成19年12月刊

★「本所竪川河岸瓦版・花燈籠」(学研M文庫)平成19年11月刊

★「霊岸島捕物控・新川河岸迷い酒」(学研M文庫)平成19年5月刊

★「主税助捕物暦・虎狼舞い」(双葉文庫)平成19年3月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・雪しぐれ」(ハルキ文庫)平成19年1月刊

★「本所竪川河岸瓦版・ビードロ風鈴の女」(学研M文庫)平成18年9月刊

★「主税助捕物暦・麒麟越え」(双葉文庫)平成18年4月刊

★「霊岸島捕物控・大川端ふたり舟」(学研M文庫)平成18年1月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・鬼心」(ハルキ文庫)平成17年11月刊

★「主税助捕物暦・天狗斬り」(双葉文庫)平成17年7月刊

★「本所竪川河岸瓦版・冬花火」(学研M文庫)平成17年6月刊

★「追跡」(講談社)平成17年5月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・伽羅千尋」(ハルキ文庫)平成16年11月刊

★「主税助捕物暦・夜叉追い」(双葉文庫)平成16年10月刊

★「札差市三郎の女房」(ハルキ文庫)平成16年1月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・夕暮れの女」(ハルキ文庫)平成14年2月刊

★「逃亡者」(講談社文庫)平成13年12月刊

★「二夜の月」(双葉文庫)平成13年6月刊

★「永代橋、陽炎立つ」(双葉文庫)平成13年4月刊

★「北辰の剣・千葉周作開眼」(祥伝社文庫)平成10年12月刊

★「かんざし図絵」(双葉文庫)平成8年2月刊

★「浜町河岸夕暮れ」(双葉文庫)平成6年10月刊
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