千野隆司の「時代小説の向こう側」

時代小説を書く楽しみと喜び。 その裏側を……。

大店奉公人の服装

 江戸中心部の広い表通りには、大店や老舗が櫛比していました。小店ならば主人一家と小僧が一人でもやれますが、大きな商いをするとなるとそれではやれません。たくさんの奉公人が必要でした。

 大店の場合、十一歳くらいから小僧として奉公を始めます。最初は下働きで、そこから扱う商品に関する知識を身に付けました。そして手代となり、さらに番頭へと昇格していきます。一口に手代とか番頭とかいっても、本当に大きな店では、その中で役職が細分化されます。
 その役職には、階級がはっきりしていました。

 武家社会では、服装によって身分の違いを表しましたが、商人の世界でも、この階級の違いを身に付ける衣服で区別しました。

 江戸でも有数の繁華街である日本橋通り一丁目に広い店を持っていた白木屋でも、身に付けるもので、奉公人の階級の違いを示していました。これは白木屋だけでなく、それぞれの大店ごとに決められています。

 まず奉公して八年目までは木綿格です。下働きですから、当然です。掃除や荷運びなどをすれば汚れます。汗もかきます。

 九年目から青梅格、そして太織格、次いで紬格と出世します。十八年目からは絹格です。さらに手代から番頭までは、夏を例とすると、越後縮、小紋縮緬、組頭は唐桟留、本八丈縞、番頭は越後縮緬を常着としました。

 これを見て分かるのは、大店の奉公人の階級の違いは、形や色、柄ではなかったということです。生地の質だったのですね。木綿から徐々に素朴な絹(紬)となり、出世と並行して洗練された絹を身に付けられるようになったわけです。

 店に入ったばかりの小僧は、「いつかはおいらも、あんな絹物を着られるようになってやるぞ」と自分を励ましたのに違いありません。

江戸の玩具

 子どもは、遊びの天才です。何もなくても、そのへんにある物を遊びの道具にします。様々な工夫ができる砂場などは、遊びの宝庫だと思います。もっとも汚れますので、嫌がるママはいるかもしれません。

 そのこどもの遊びが、商品として量産提供されるのは、江戸期に入ってからです。日本人は器用ですから、制作技術もどんどん発展しました。商品として儲かるならば、その開発に力を尽くします。

 明治以降になっても、国産の玩具が海外のものに劣らず、競争力を持って市場に君臨できたのは、江戸時代に、充分な基礎ができていたからに他なりません。江戸期の玩具は、今だって幼い子どもが、充分に楽しむことができます。

 でんでん太鼓やおきあがり小法師、けん玉などというのは、玩具の傑作だと思います。

 おもちゃが素晴らしい発展をとげられた背景には、やはり二百六十年という長期に渡る太平があったからに他なりません。戦乱の世の中では、玩具の文化なんて、見向きもされないでしょう。

 それだけでなく商品経済が盛んになって、消費都市としての江戸が栄えたことも当然あるでしょう。当初は、京坂から入る『下り物』としての玩具が、富裕な家の子どもたちの手に渡りました。しかし江戸の文化が進めば、さらに工夫をして、もっとよいもの、面白いものを作ろうとします。

 京都の上流階級では、産室に張り子の犬筥(いぬばこ)を飾り物として置きました。もちろん、安産の祈願もあったと思います。これが犬の立ち姿の張り子に改良されて、東犬(あずまいぬ)と呼ばれる普通の家の玩具になりました。

 上方生まれのからくり玩具『飛び人形』は、後に浅草観音の名物『とんだりはねたり』になります。

 安永年間(1772~81)に流行った玩具としては、次のようなものが上げられます。
 鶯笛、凧と独楽、羽子板、金平人形、弓獅子、お蝶どのの手車(ヨーヨーの原型でしょうか)、やじろべえ、豆鉄砲、からくり細工の猫と鼠など多数あります。このほかにも、正月遊びとして、すごろくやいろはかるたも忘れられません。

 電子ゲームとは違う味わいがあります。楽しませてもらうのではなくて、自分で楽しむということでしょうか。

今年の院友大会

 國學院大學の同窓会である院友会の、本年度の大会が本日5月21日にありました。グランドプリンスホテル新高輪の飛天という宴会場です。宴会場というよりも、大きな体育館といっていい広さです。もちろん、体育館のような殺風景なものではありませんが。

 大会が始まる前には、大学の名誉教授である小林達雄先生の講演『基層文化としての縄文』がありました。これは、院友でない方でも聞いていただくことができました。一万年以上も続いた縄文の歴史が、目に浮かぶようなお話でした。

 そして大会は、会長である吉田茂穂鶴岡八幡宮宮司の挨拶で始まります。卒業したての新会員から、八十代の会員までが会場いっぱいに集まりました。

 各支部から持ち寄ったとっておきの地酒もあって、初めて会う方とお話ができて、充実した時間になります。拙作を読んでくださっているという方から、お声かけをいただきました。名票をつけているので、誰なのか分かります。嬉しかったですね。

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 今年のアトラクションは、応援団とドリル競技部のコラボで、なかなか見ごたえがありました。これも楽しみの一つです。

 院友の方は、ぜひ一度足をお運びください。私も初めは知らない人ばかりで、敷居が高いなと思っていましたが、全員が同窓ですからいつの間にか話ができます。今では、楽しみな一日になりました。

地本問屋

 先日は、江戸の出版業について書きました。きょうはその中の地本類(草紙類)について触れます。この地本類の出版は、宝暦(1751~60)の頃から発展しました。洒落本や黄表紙、錦絵版画などの江戸文化の中心となる出版物は、地本問屋の刊行でした。

 もともと書物類と比べると、地本類に対する出版統制は緩やかでした。思想というよりは、娯楽性の高いものだったからに違いありません。枕絵本の類もこの地本問屋によって刊行されました。

 この時期の地本問屋として有名なのは、蔦重こと蔦屋重三郎です。吉原細見の小売りから出発して、洒落本・黄表紙・狂歌本・錦絵出版などを手がけました。商売敵には、鶴屋喜右衛門・西村屋与八・鱗形屋孫兵衛などがいました。

 蔦重で有名なのは、歌麿の大首絵を刊行したことや写楽の絵を出したことなどでしょうか。この時期に一万部以上売れたものもあったといわれています。もっとも絶版処分を受けたものもありました。洒落本出版のかどで、作者である山東京伝と共に処罰されたこともあります。

 文化文政期(1804~30)になると、地本類はその商品化がさらに進みます。読本や人情本、そして豊国や北斎、広重らの浮世絵版画が地本問屋によって刊行されました。新たな地本問屋が台頭してきます。この時期には、鱗形屋はありません。

 地本類は、流行に応じて出版されるので、当たれば儲かりますが、浮き沈みは激しいので商売としては難しいところもあります。

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 上の絵は、「江戸名所図会」の一部で、地本問屋(通油町仙鶴堂)の繁昌する様子が描かれています。右上に、新刊本が山積みされています。
 売れたのなら、何よりです。暖簾の鶴が、どこかで見たような……。

 私も出版に関わって暮らしていますので、売れたならば嬉しいという気持ちはよく分かります。

富くじ

 富くじは、富札・富突・富興業などと呼ばれて、その仕組みは現代の宝くじに繫がっています。常連ではなくても、多くの方が一度や二度は、買ったことがあると思います。

 江戸期の宝くじは、紙の札に番号を書き、同じ番号の木札を作ります。紙の札は市中で売ります。一枚は銀十五匁から二十匁くらいはしますから安くはありません。(相場ですから断定できませんが、一両が銀六十匁と考えれば、その高さが伝わると思います)

 決められた日に衆人環視の中で、木箱に入った番号の記載された木札を、大錐で突きます。当たった者は、紙の札を持って寺社へ行き、賞金を受け取りました。

 江戸も初めの頃は幕府にも資金にゆとりがあって、寺社への保護もそれなりに行き届いていました。しかし時代が下って財政が行き詰まると、それまでのような助成ができなくなります。檀家や氏子の少ない寺社は、老朽化した建物の修復も満足にできず困窮しました。

 そこで寺社側は、種々の手段を講じて、その費用の捻出を工夫するようになりました。まず始めたのが、「勧化(かんげ)」というもので、寄進を求めて各地を廻ります。そして次に行われたのが、寺社の境内を使っての富興業でした。

 人口百万を有する江戸で、寺社の境内を使って富興業を行うわけです。興業の収支決算をした残りが、利益となります。具体的な物を売るわけではありません。賞金は出すにしても、紙切れ一枚を銀十五匁で売れたならば、充分に元が取れます。おいしい興業です。

 これを舞台にして小説にしたのが、近著です。


 すでにご一読いただけたのならば幸甚です。

いただきもの

 落ち着かない熊本の余震が気になります。被災された方の、疲労もたまっていると思います。少しでも早く、余震が収まることを願わずにはいられません。

 さて福原俊彦さんから、新刊を拝受しました。ご紹介いたします。

平賀源内江戸長屋日記

春風駘蕩

徳間文庫(640円+税)です。

奇人、変人、天才?
博識な学者先生に持ち込まれる数々の難事件!?


 家督を妹の婿に譲り、讃岐藩を出て、江戸・神田の長屋に住む平賀源内。探求心旺盛で幅広い知識を使い、数々の発明をするだけでなく、歌舞伎などの台本なども手掛ける彼の元には、いろんな難事件が持ち込まれて……。

 今回は、盗人の疑いをかけられた大工の三治の無実を晴らそうとしますが、いかがなことに。

 新刊書店で、手に取ってみてください。

富くじ狂瀾・寺社役同心事件帖

 五月の新刊です。公式の発売日は五月六日なのですが、すでに大きな書店では店頭に並んでいるようです。アマゾンでも、発売が始まっていました。
 これです。

寺社役同心事件帖

富くじ狂瀾

朝日文庫(660円+税)です。

不正の富くじで
暴利を貪る悪僧らを
成敗せよ!

一攫千金を夢見る庶民の「願い」につけこむ企てを、
駆け出し寺社役同心と切れ者宮司のコンビが暴く!

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 今も昔も、宝くじは庶民の夢です。当たることを願って、くじを買います。そして当たったらどうしよう、どう使おうと心をくだきます。
 
 でも当たらないだろうなとは、どこかで思っています。それでも万が一のために、小遣いをはたきます。不正のないくじならば、可能性は零ではないからです。

 江戸期富くじは、とても高いものでした。それでも夢のために買いました。ささやかな夢です。自分のためだけでなく、大切な人のためにも買いました。一人で一枚を買えないときは、複数の者で銭を出し合いました。
 当たれば賞金を分けても、それでも充分にありがたい金子だからです。

 ところが公正であるはずの富くじに、不正のにおいが漂ってきました。田舎侍の寺社役同心と、音羽明神の宮司輔高と巫女紗枝の兄妹が、その真相究明に向かいます。

 町奉行所の定町廻り同心では、解決のできない事件です。

 庶民の夢と願いを踏みにじり、神仏を悪用する者たちを許すことはできません。どうなることでしょうか。 新刊書店でお求めの上、ご一読ください。

町触(まちぶれ)

 十七世紀から十八世紀初頭にかけて、江戸の町は町奉行を頂点として町年寄や町名主による町方支配機構が整備されます。烏合の衆が、勝手に暮らしている場所ではなくなりました。様々な法令である町触が、町人の隅々にまで伝わる構造が、完成しました。

 町触の内容は、きわめて多岐にわたっていて、住民の生業や生活について様々な制限や統制を加えています。それらの触は、惣触(そうぶれ)と町触に大別されました。

 惣触は、老中から出された触です。町触は町奉行が出したものです。とはいっても、老中の命で出された町触や老中に伺いの上で出された町触は、惣触と呼ばれました。町奉行が独自で出す「手限(てぎり)町触」とは、区別されました。

「どっちだって同じだろ、法令は法令じゃないか」
 と思われがちですが、面倒なことがあります。

 江戸の町の住人は、町人だけではなく、神職や修験・陰陽師なども交じっています。これらは町奉行支配ではありません。寺社奉行支配ですが、江戸の町に住んでいました。これらの人たちにも、触を伝えなくてはなりません。町触ではなく、惣触でなければ効力を発しないことになります。

 まあ町人にしてみれば、そんなことはどうでもよかったでしょうが。

 触の文案ができたところで、町奉行はこれを伝達するために、奈良屋ら町年寄りを集めます。町年寄は町名主・月行事を自分の屋敷に集めて、触を知らせます。名主や月行事は、支配内の家主に伝えました。家主は、店子(たなこ)たちに読み聞かせます。

 町役人は支配内の者に触を伝えるのは義務ですから、必ず行われます。下々の者たちは、たとえうわの空で聞いていたとしても、知らなかったとは言えません。これで町奉行から発せられた触は、もれなく町々に伝わることになりました。

 人口百万の都市を維持してゆくというのは、なかなかにたいへんです。

江戸の出版業

 近世文化の大きな特色の一つとして、出版業の発達が上げられます。印刷技術が向上して、それまでは書き写すしかなかった文芸作品が、大量に印刷をして売ることができるようになりました。小説も商品として、流通するようになったわけです。

 出版業はまず上方で興り、それから江戸に入りました。そして名古屋や金沢、仙台など文化発展の地盤が整っていた都市に、出版業者が現れます。

 一口に出版業者とは言っても、微妙に種類の違うものがありました。

 学問的な書物や写本を扱うのが「本屋」「書物屋」で、娯楽的な草紙や浮世絵版画の出版業者を「草紙屋」「地本問屋」などと言いました。

 上方の出版の発展は元和・寛永(1615~43)あたりからですが、江戸は慶安・承応(1648~55)あたりからです。

 江戸で最初に始めたのは松会市郎兵衛(まつえいちろべえ)という方だといわれています。日本橋長谷川町に店を出し、享保年間(1716~36)あたりまで、教養書・仮名草子・古浄瑠璃等の他、菱川師宣の絵本などを刊行しています。印刷物はすべてといった感じです。
 この後は、御用書物師として、武鑑などの専門書を手がけました。

 ついで大伝馬町の鱗形屋孫兵衛(うろこがたやまごべえ)が、金平浄瑠璃などの出版をし、さらに黄表紙出版で成功しました。通油町の鶴屋喜右衛門(つるやきえもん)は、京にある鶴屋の江戸店でしたが、後に自立して浄瑠璃本・草紙類の店として明治にまで残っています。

 鶴屋だけでなく江戸の本屋は、当初は上方の本屋の出店が多かったのですが、時代をへるにつれて、状況が変わります。千七百年代になると、生粋の江戸の本屋が現れて成長していきます。百万の人口があれば、出版物の需要は大きかったに違いありません。

熊本地震

 大きな地震で、多数の死傷者が出ました。震度7という大地の揺れは、想像を絶する恐怖があったことと思います。そしていまだに震度の大きな余震が続いています。あらためて日本は、地震と隣り合わせの国なのだなと実感しました。

 まずは亡くなられた方の、ご冥福をお祈りいたします。

 そしてまだ救出されていない方の、少しでも早い救出を待ちたいと思います。ただ救助活動にあたられている方々には、ご自分の体も充分に気をつけていただきたいです。まだ余震は続きそうですから。

 怪我をされた方の治療が速やかに進めばいいと願わずにはいられません。地べたの上で、夜を過ごした方もいたと聞きます。寒かったでしょうね。心を強く持って、過ごしていただきたいです。

 東北大地震からまだ五年。何が起こるか分かりません。募金をするなど、できることをしたいと考えます。


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livedoor プロフィール
千野隆司の時代小説
【近刊書籍】

☆「出世侍(三)昨日の敵は今日も敵」(幻冬舎時代小説文庫)平成28年6月刊


【既刊書籍】

★「寺社役同心事件帖・富くじ狂瀾」(朝日文庫)平成28年5月刊

★「雇われ師範豊之助・瓢箪から駒」(双葉文庫)平成28年3月刊

★「寺社役同心事件帖・竹寳寺の闇からくり」(朝日文庫)平成28年3月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達(三)」(角川文庫)平成28年2月刊

★「出世侍(二)出る杭は打たれ強い」(幻冬舎時代小説文庫)平成27年12月刊

★「札差髙田屋繁昌記(三)兄の背中」(ハルキ文庫)平成27年11月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達(二)」(角川文庫)平成27年10月刊

★「雇われ師範豊之助・ぬか喜び」(双葉文庫)平成27年10月刊

★「雇われ師範豊之助・借金道場」(双葉文庫)平成27年7月刊

★「札差髙田屋繁昌記(二)生きる」(ハルキ文庫)平成27年6月刊

★「出世侍(一)」(幻冬舎時代小説文庫)平成27年6月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達」(角川文庫)平成27年5月刊

★「次男坊若さま修行中・初雷の祠」(コスミック文庫)平成27年4月刊

★「札差髙田屋繁昌記(一)若旦那の覚悟」(ハルキ文庫)平成27年3月刊

★「入り婿侍商い帖(三)女房の声」(富士見新時代小説文庫)平成27年2月刊

★「若殿見聞録(六)家慶の一歩」(ハルキ文庫)平成26年11月刊

★「入り婿侍商い帖(二)水運のゆくえ」(富士見新時代小説文庫)平成26年10月刊

★「入り婿侍商い帖(一)」(富士見新時代小説文庫)平成26年9月刊

★「神楽坂化粧暦 夕霞の女」(宝島社文庫)平成26年8月刊

★「若殿見聞録(五)東照宮、拝礼」(ハルキ文庫)平成26年7月刊

★「へっつい河岸恩情番屋・鬼灯のにおい」(コスミック文庫)平成26年4月刊

★「若殿見聞録(四)閏月の嵐」(ハルキ文庫)平成26年3月刊

★「権現の餅-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成26年2月刊

★「若殿見聞録(三)秋風渡る」(ハルキ文庫)平成25年11月刊

★「霜降の朝-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年11月刊

★「船頭岡っ引き控・秋の調べ」(学研M文庫)平成25年9月刊

★「寺侍市之丞・干戈の檄(かんかのげき)」(光文社文庫)平成25年9月刊

★「千俵の船-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年8月刊

★「若殿見聞録(二)逆臣の刃」(ハルキ文庫)平成25年7月刊

★「へっつい河岸恩情番屋・夏初月の雨」(コスミック文庫)平成25年4月刊

★「寺侍市之丞・打ち壊し」(光文社文庫)平成25年3月刊

★「船頭岡っ引き控・花冷えの霞」(学研M文庫)平成25年3月刊

★「若殿見聞録(一)徳川家慶、推参」(ハルキ文庫)平成25年2月刊

★「恵方の風-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年2月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・木枯らしの朝」(ハルキ文庫)平成24年11月刊

★「棒手振り同心事件帖・秋の声」(学研M文庫)平成24年10月刊

★「赤鍔の剣-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成24年9月刊

★「寺侍市之丞・西方の霊獣」(光文社文庫)平成24年8月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・初螢の数」(ハルキ文庫)平成24年7月刊

★「棒手振り同心事件帖・皐月の風」(学研M文庫)平成24年5月刊

★「密命同心轟三四郎・水底二千両」(コスミック文庫)平成24年4月刊

★「戸隠秘宝の砦 第三部・光芒はるか」(小学館文庫)平成24年4月刊

★「寺侍市之丞・孔雀の羽」(光文社文庫)平成24年3月刊

★「戸隠秘宝の砦 第二部・気比の長祭り」(小学館文庫)平成24年3月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・母恋い桜」(ハルキ文庫)平成24年2月刊

★「戸隠秘宝の砦 第一部・吉原惣籬」(小学館文庫)平成24年2月刊

★「湯屋のお助け人・神無の恋風」(双葉文庫)平成24年1月刊

★「棒手振り同心事件帖・初水の夢」(学研M文庫)平成23年12月刊

★「湯屋のお助け人・待宵の芒舟」(双葉文庫)平成23年11月刊

★「お寧結髪秘録・秘花二日咲き」(静山社文庫)平成23年10月刊

★「寺侍市之丞」(光文社文庫)平成23年9月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・霜夜のなごり」(ハルキ文庫)平成23年8月刊

★「湯屋のお助け人・覚悟の算盤」(双葉文庫)平成23年7月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・命の女」(学研M文庫)平成23年5月刊

★「湯屋のお助け人・桃湯の産声」(双葉文庫)平成23年3月刊

★「密命同心轟三四郎・空飛ぶ千両箱」(コスミック時代文庫)平成23年3月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・菊月の香」(ハルキ文庫)平成23年2月刊

★「湯屋のお助け人・菖蒲の若侍」(双葉文庫)平成23年1月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・残り蛍」(学研M文庫)平成22年11月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・夏越しの夜」(ハルキ文庫)平成22年8月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・恋の辻占」(学研M文庫)平成22年7月刊

★「主税助捕物暦・玄武斃し」(双葉文庫)平成22年3月刊

★「へっぴり木兵衛聞書帖・水面の月」(学研M文庫)平成22年1月刊

★「首斬り浅右衛門人情控・安政くだ狐」(祥伝社文庫)平成21年12月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・四つの千両箱」(ハルキ文庫)平成21年11月刊

★「主税助捕物暦・鮫鰐裁ち」(双葉文庫)平成21年10月刊

★「へっぴり木兵衛聞書帖・永代橋の女」(学研M文庫)平成21年8月刊

★「首斬り浅右衛門人情帖・莫連娘」(祥伝社文庫)平成21年7月刊

★「主税助捕物暦・紅鸞突き」(双葉文庫)平成21年4月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・わすれ形見」(ハルキ文庫)平成20年12月刊

★「首斬り浅右衛門人情控」(祥伝社文庫)平成20年9月刊

★「本所竪川河岸瓦版・紅の雁」(学研M文庫)平成20年8月刊

★「主税助捕物暦・怨霊崩し」(双葉文庫)平成20年5月刊

★「火盗改メ異聞・仇討青鼠」(徳間文庫)平成20年4月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・霊岸島の刺客」(ハルキ文庫)平成19年12月刊

★「本所竪川河岸瓦版・花燈籠」(学研M文庫)平成19年11月刊

★「霊岸島捕物控・新川河岸迷い酒」(学研M文庫)平成19年5月刊

★「主税助捕物暦・虎狼舞い」(双葉文庫)平成19年3月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・雪しぐれ」(ハルキ文庫)平成19年1月刊

★「本所竪川河岸瓦版・ビードロ風鈴の女」(学研M文庫)平成18年9月刊

★「主税助捕物暦・麒麟越え」(双葉文庫)平成18年4月刊

★「霊岸島捕物控・大川端ふたり舟」(学研M文庫)平成18年1月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・鬼心」(ハルキ文庫)平成17年11月刊

★「主税助捕物暦・天狗斬り」(双葉文庫)平成17年7月刊

★「本所竪川河岸瓦版・冬花火」(学研M文庫)平成17年6月刊

★「追跡」(講談社)平成17年5月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・伽羅千尋」(ハルキ文庫)平成16年11月刊

★「主税助捕物暦・夜叉追い」(双葉文庫)平成16年10月刊

★「札差市三郎の女房」(ハルキ文庫)平成16年1月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・夕暮れの女」(ハルキ文庫)平成14年2月刊

★「逃亡者」(講談社文庫)平成13年12月刊

★「二夜の月」(双葉文庫)平成13年6月刊

★「永代橋、陽炎立つ」(双葉文庫)平成13年4月刊

★「北辰の剣・千葉周作開眼」(祥伝社文庫)平成10年12月刊

★「かんざし図絵」(双葉文庫)平成8年2月刊

★「浜町河岸夕暮れ」(双葉文庫)平成6年10月刊
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