千野隆司の「時代小説の向こう側」

時代小説を書く楽しみと喜び。 その裏側を……。

西大平藩

 大岡忠相が一万石の大名になってできた西大平藩ですが、三河の国のどこなのだろうかと思います。一万石ですから、大名といってもぎりぎりのところです。一石でも減れば、旗本になります。広大な領地とは思われません。大小はありますが、30くらいの村かと思われます。

 城もなく、領地には陣屋を置いていただけです。もちろん一万石でも城を持っていた大名もありますが、大岡家はできたばかりの大名です。

 そこで西大平藩を調べてみると、現在の愛知県岡崎市大平町であったと分かります。ああ、将軍家には縁の深い場所じゃないかと思います。まあ吉宗公の懐刀でもあったわけですから、当然かもしれませんが……。
 
 ただ忠相の墓は、ここにはありません。旗本時代の知行地があった相模の国(神奈川県茅ケ崎市の浄見寺)にあります。そもそも忠相は、一度も三河の国にある西大平藩の領地には入らぬまま生涯を閉じます。

 何万石の大名、何千石の旗本とよく言いますが、領地は一カ所に固まっているわけではありません。いろいろな土地に領地が散っています。大岡家の領地は、三河だけでなく、もともとの相模や、上総にもありました。

 すべてを合わせて、一万石です。

 これは、大岡家だけではありません。多くの大名は、領地が各国に散っています。加増になったり減封になったりした場合、また国替えになったときなど、都合のいいぴったりの石高の土地などなかったからに他なりません。

 ただ当の大名家にしては、これではそれぞれの土地に家臣を置かなくてはなりませんから、手間もかかりますし経費もかかります。そこで藩では、所領統合を幕府に申し出ました。近くの土地と、交換をしてもらうわけです。

 ただそれが実現するのは、三代藩主忠恒の代になってからでした。いつの時代も、お役所仕事は、超スローです。

 また忠相が一度もお国入りをしなかったのには、理由があります。西大平藩の藩主は参勤交代をしない、江戸に居住しなくてはならない定府大名だったからです。大名といっても、前田や伊達、井伊などの御家だけでなく、いろいろあったということになります。

今から三百年前

 今年は2017年ですが、ちょうど三百年前の享保二年(1717年)の二月に、へえーという出来事がありました。徳川吉宗が将軍の時代です。老中は土屋政直・阿部正喬ら六名でした。それまで普請奉行だった大岡越前守忠相が、江戸南町奉行に任用されました。

 名奉行として親しまれ、今に至るまで名を残した大岡忠相は、三百年前の二月にその役に就いたのでした。吉宗が将軍になった翌年のことです。元文元年(1736)まで、この役にありました。

 今さらですが、『大岡政談』として数々の名裁きが、小説や芝居、テレビドラマになっています。

 この享保二年は、江戸ではかなりたいへんなことが起こっています。一月は、小石川馬場辺からから出火し町々を焼いて、大川を越して深川まで延焼するという大火事がありました。大名屋敷七十三、旗本屋敷三百四十九、無数の町家が焼かれています。

 大岡忠相は、まだ復興がし切れていない江戸の町奉行に就任したことになります。まあだからこそ、その辣腕ぶりが求められたのかもしれません。

 この年は、夏と秋に関東が干害に遭っています。江戸では六月に再び大火に襲われます。さらに江戸は十二月にも大火がありました。「火事と喧嘩は江戸の華」といいますが、被災者にしてみればとんでもない大惨事です。多くの死傷者が出たはずです。資産を失った者も、少なからずいるでしょう。

 そういう中でも人心を掌握し、江戸の町政を担ったわけですから、なかなかの人物なのだと思われます。資料は『江戸生活史年表』(雄山閣)からです。

 町奉行を努め上げた大岡忠相は、大名職である寺社奉行になります。千七百石の旗本家に生まれた忠相ですが、ついには三河の国額田郡に領地を持つ西大平藩一万石の大名になります。町奉行をしていた人物で、大名にまでなった例は、忠相の他にはありません。

 西大平藩は、代々の子孫が継いで、明治維新を迎えます。

女殺油地獄

 シネマ歌舞伎というのを、初めて観ました。歌舞伎というのは、舞台全体を見るもので、役者の顔だけがアップになったら違うものだという気持ちがあります。これは歌舞伎だけでなく、舞台で行われる芝居は、すべてそうだろうという感覚です。ですからテレビで劇場中継を見ることはほとんどありませんでした。

 ただ東銀座の東劇でやっている近松門左衛門の『女殺油地獄』は、観たいと思っていてまだ見ていなかった演目でしたので、今日行ってきました。

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 主役の河内屋与兵衛は片岡仁左衛門で、お吉が片岡孝太郎です。これに孫の千之助も出ますから、親子三代共演です。

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 見終わった感想としては、片岡仁左衛門も孝太郎も熱演で、特に与兵衛の放蕩者の小悪党ぶりが見事だなあと思って、物語に引き込まれました。見せ場である油まみれになりながら与兵衛がお吉を殺す場面も、リアルで見応えがありました。二人の動きが細かく計算されていて、そりゃあもう美しい。

 となるとシネマでなくて、やっぱり実物の舞台で観たいなと思います。

 それと物語の流れも、細かな伏線の張り方や、それが後半になって生きてくる場面の作りなど、さすがに近松門左衛門だなと感心しました。ラストの油殺しのような派手な場面ではありませんが、継父徳兵衛と実母おさわのやり取りも、原作を読む限りでは、(お涙頂戴ものとして)あざとい作りだと感じたこともありますが、シネマを見ている分には自然で感動的でした。
 泣けました。

 ああ、いい時間を過ごせたなと思って外に出ると、祝日の築地は人でいっぱいでした。場外市場など、歩くのも一苦労です。

 目あてにしていたレストランは、予約なしでは入れませんでした。そこで少し離れたここでランチを食べました。

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 築地トゥットベーネというイタリアンです。魚ではありません。築地では指折りの店ということで、二番目に目をつけていました。予約なしでしたが、カウンター席で入れました。
 ワインを飲んで、シネマ歌舞伎の名シーンを振り返りました。
 
 一行も小説を書かないという日は、本当に数か月ぶりです。

下駄新道

 前回、新道について書きましたが、その一つを紹介します。現在の千代田区神田鍛冶町一丁目から二丁目にかけて、下駄新道(げたしんみち)がありました。下駄商いの方たちが下駄を作り、販売もしていた細道です。

 江戸名所図会にその絵がありました。

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 下駄を作って売っている店と、露店で商いをしているオジサンの姿が見えます。店の中では、職人が木を削ったり、鼻緒を通す穴をあけたりしています。

 新道ですから、広い通りではありません。でも活気のある様子が伝わってきます。出来上がったばかりの下駄をたくさん積み上げて、運んでいる人がいます。旦那衆二人は、商談をしているのでしょうか。

 広い表通りにある大店老舗よりも、商いの様子や暮らしぶりが直に伝わってきます。赤子を背負ったおかみさんも、気軽に裏道に入って買い物をしたのだと思います。タイムマシンに乗って、行ってみたい気がします。

新道(しんみち・じんみち)

 江戸の切絵図を見ていると、『◯◯新道』と記された細い道が記載されているのに気がつきます。これは幕府公認の道路ではなく、町地に新しく設けられた私道でした。

 防火対策から新しく道を造ったというのではありません。住民税である町入用や公役(くやく)銀の負担を少なくさせるために、地主と地主が相談して狭い道をこしらえ、そこからも税負担を求めようとした。そのための道だといわれています。

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 上の切絵図は、日本橋の人形町通りに近い町にある新道です。「スキノモリジンミチ」や「カクヤシンミチ」という文字が読めます。

 正式の許可を得ず、まず道を造りました。新しい道をこしらえただけでなく、行き止まりの袋小路を突き抜けの道にして新道としました。表通りとは違う細い裏道で、ここには多くの零細商人が小さな店を開いて商いをしました。

 気安く少量でも買える店なので、裏長屋住まいの人が集まりました。いまでも東京(だけではないかもしれませんが)の下町へ行くと、この手の通りがあり活況を呈しているのを見かけることがあります。

 また商人だけでなく、同業の職人が集まって暮らす新道もありました。屋根を葺く職人が集まって、屋根屋新道です。

 この『◯◯新道』は、正式にそういう名がつけられたわけではありません。地域の人たちが勝手につけて呼んだ俗称です。でも通い慣れ、親しんだ道は、その地に暮らす庶民にとっては掛け替えのない心落ち着く場所となりました。

戦国「境界大名」16家

 福原俊彦さんこと榎本秋さんから、新著をいただきました。小説ではありません。新書版の歴史読み物です。大河ドラマとの関わりもあって、戦国の世に関心がある方には、喜ばれそうです。

戦国
 
「境界大名」16家

洋泉社の歴史新書(900円+税)です。

「真田氏」も「井伊氏」も、大勢力に挟まれた一地方の小領主だった。
闘い続けるのか? 渡り歩くのか?
戦国の狭間で生き抜く処世術に学ぶ。


一般的には、脇役的な扱いをされる、戦国時代の中小領主たち。
大大名と近接する「境界」の地にあったため、
そのほとんどは時代の波に飲み込まれ、滅亡の道をたどった。
しかし、本書で取り上げる16家は、そのようななかで、
江戸時代に大名として生き残った家ばかりである。
彼らはなぜ、生き残ることができたのか?
激動の時代を乗り越える方法とは?
いままでなかった新視点の戦国史。

 以上データーベースから。
 多才な榎本さん、小説だけでなく、いろいろな場面で活躍なさっています。書店で手に取ってみてください。

名画と読むイエス・キリストの物語

 自分一人だったら、書店で目についても、絶対に手に取らない本です。でも中野京子さんから頂戴して読み始めたら、ぐぐっと引き込まれました。目からウロコがぼろぼろっと落ちます。性格を反映してか、てきぱきとして分かりやすい文章は、読んでいて心地がいいです。

 キリストに関心がなかった私でも、なるほどと納得がいきます。面白いです。その本が、これです。

名画と読むイエス・キリストの物語

文春文庫(800円+税)です。

神と悪魔と人間が織りなす壮大なドラマ
「怖い絵」「名画の謎」シリーズで話題の中野京子版「イエス伝」

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“イエス・キリストのおおまかな生涯を知った上で西洋名画を楽しみたい―そう願う人のための、これは手引書を目指した”。ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』やベラスケス『キリストの磔刑』をはじめ、レンブラント、ルーベンス、グレコなど43点をオールカラーで収録。「怖い絵」シリーズで人気を博す著者の話題作。

 上は、裏表紙の解説です。要するに、私にようなイエス・キリストに関する断片的な知識はあっても、どんな時代に生まれ、何をして、なぜ殺され、いつ復活したか流れがあいまいという人を読者に想定して書かれています。絵だけでなく、地図や用語解説も入っているので分かりやすいのです。

 そもそも私はイエス・キリストというのは、姓名だと思っていました。『新約聖書』や『旧約聖書』の「約」は、「訳」だと受け取っていました。冒頭、それは誤りだと伝えられます。

 簡潔で分かりやすい絵の解説は、これまで通りです。美術書を見れば、私のような素人では「ふーん」で終わってしまう絵ですが、じっくりと鑑賞できます。そして文庫版でなく、もっと大きな絵で見たいと思うようになります。

 未読の方は、まずは書店で手に取ってみてください。目が活字と絵に吸い込まれます。

水天宮

 つい先日、日本橋蠣殻町にある水天宮様へお詣りに行きました。福岡県久留米市にある久留米水天宮の御分社です。江戸時代の頃から、安産子授けの神として厚い信仰を集めました。私も子どもが生まれる前に、家族でお詣りに来たことがあります。それ以来でした。

 親族に子どもが生まれるわけではありませんが、昨年に江戸鎮座二百年記念事業として、社殿の建て替えがありました。新しくなったということで、近くで新年会もあったので、少し早めに行ってお詣りをしました。

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 水天宮通りです。赤い灯籠が、鮮やかです。左側がお宮で、建物の二階に建てられています。

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 もともと水天宮は、久留米藩有馬家によって崇敬されていましたが、九代藩主有馬頼徳が江戸の上屋敷に分霊を勧請しました。これが江戸水天宮の始まりです。藩邸内にあったので、当初は庶民の参拝ができませんでした。

 しかし霊験あらたかであるという評判が高まって、町人にも参拝が認められるようになりました。「情け有馬の水天宮」という地口も生まれるくらい信仰を集め、江戸でも評判のお宮になりました。多数の賽銭や奉納の品が集まり、お札なども求められました。その総額は、年間二千両にもなったと言われています。財政難だった久留米藩は、これで大いに救われました。
 
 藩財政の、助けの神です。

 私はこの史実をヒントに、平成二十四年に違う藩と邸内社を使って次のような小説を書きました。


 そういう思い出もありましたので、ずっとお詣りをしたいと考えていました。

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 建物の上にありますから、入り口はこんな感じです。屋上に上がって、視界が広がります。

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 ビルの上でも、やっぱり神社ですから、境内に入ると清々しい気持ちになります。お詣りを済ませると、ほっとした気持ちになりました。

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 通りには、こんなからくり時計塔もありました。

藪入

 一月も、十六日となりました。正月気分もすっかり抜けたこの頃です。しかし大昔の奉公人は、この日が来ることを指折り数えて待ちました。正月十六日と七月十六日は、小僧奉公をする者たちにとって、仕事を休める藪入の日だからです。

「藪入ってなんだ」
 若い方ならば、聞いたこともない言葉だと思います。今となっては死語となりました。

 商家であり職人の家であり、子どもは十二、三歳になると、奉公に出ます。貧しければ、十歳くらいでも出されます。盆暮れも働き、一年で休みはこの二日だけでした。

 主人から衣類万端を与えられ、小遣い銭をもらい親元へ帰ります。半年ぶりに親兄弟に会えるわけです。親兄弟だけではありません。同じように奉公に出た、幼馴染も帰ってきます。親も子どもの好物を用意して待っていたに違いありません。

 己の暮らしぶりを伝え、親兄弟や縁者の暮らしぶりを聞きます。そしてお墓参りをしたり、幼馴染と近くの繁華街へ行ったりして過ごします。

 楽しい時間は、すぐに過ぎます。辛いのは夕暮れどきです。今でも日曜日の夕暮れどきは、辛い気分になる方もいるかと思います。しかし一週間辛抱すれば、また休みがきます。しかし小僧奉公の者は、次の休みは半年後でした。

 遠方から奉公に出てきた者は、一日では実家に帰れません。そういう場合は、付添人が繁華街へ連れて行き、見世物小屋などの見物をさせます。もらった小遣いで、買い食いもしたのでしょうね。

 前夜は、嬉しくて寝られなかったかもしれません。百年前、二百年前の一月十六日は、そういう日でした。

小石川という川

 私は東京都豊島区の南長崎という土地で高1まで過ごしました。その頃、界隈で勉強ができる子どもは、都立の小石川高校へ行きました。ですから近所に小石川高校へ通うお兄さんやお姉さんがいると、優等生ということで、小さい頃から畏敬の気持ちをもってその姿を眺めました。(もちろん今でも名門ですが)

 ただずっと不思議に思っていたのですが、小石川という地名はあっても、「小石川」という川が近所にあるという話は、聞いたことがありませんでした。
「川がないのに、どうしてそんな地名があるんだ」
 子ども心に思いました。そこで、
「昔はあったけれど、今はなくなった川だ」
 と解釈することにしました。

 この考えは、間違ってはいませんが、かなり大ざっぱです。

 そもそも小石川という地域は、『御府内備考』の記述では、南は小石川御門前のお堀から、北は巣鴨、東は本郷や駒込といったあたり、西は小日向といったところです。江戸城の、北西といったところでしょうか。

 小石川という地名が古文書に残る最初は、文安五年(1449)です。『熊野領豊島年貢目録』に「小石河」という記述が出てきます。さらに永禄二年(1559)の『小田原衆所領役帳』に湯島、駒込、小日向と並んで「小石河」の地名が出てきます。

 どちらも、年貢に関する記述です。領主に、納めるべきものは納めていたという記録ですから、存在は明らかです。

 ようするに徳川家康が江戸に幕府を開くかなり前、十五世紀の頃には、現在の小石川と呼ばれる地域で、人々が集落を持って暮らしていたということになります。

 ではその「小石川」ですが、地名にどんな由来があったのか……。

 はっきりはしていません。ただいくつかの説があります。近藤義休という方の残した『江戸志』という書物には、この地域には小石の多い小川が幾筋もあったからだとなっています。

 隅田川のような、大河ではなかったようです。でも、しっかり名を残しています。
 それにしても室町時代の江戸、東京はどんな地域だったのでしょうか。ど田舎であったことは、間違いありませんが。

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livedoor プロフィール
千野隆司の時代小説
【近刊書籍】

☆「入り婿侍商い帖 出仕秘命(三)」(角川文庫)平成29年3月刊


【既刊書籍】

★「雇われ師範豊之助・家宝の鈍刀」(双葉文庫)平成28年12月刊

★「入り婿侍商い帖 出仕秘命(二)」(角川文庫)平成28年11月刊

★「長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖1 憧憬」(小学館文庫)平成28年10月刊

★「次男坊若さま修行中・願いの錦絵」(コスミック文庫)平成28年9月刊

★「入り婿侍商い帖 出仕秘命(一)」(角川文庫)平成28年8月刊

★「出世侍(三)昨日の敵は今日も敵」(幻冬舎時代小説文庫)平成28年6月刊

★「寺社役同心事件帖・富くじ狂瀾」(朝日文庫)平成28年5月刊

★「雇われ師範豊之助・瓢箪から駒」(双葉文庫)平成28年3月刊

★「寺社役同心事件帖・竹寳寺の闇からくり」(朝日文庫)平成28年3月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達(三)」(角川文庫)平成28年2月刊

★「出世侍(二)出る杭は打たれ強い」(幻冬舎時代小説文庫)平成27年12月刊

★「札差髙田屋繁昌記(三)兄の背中」(ハルキ文庫)平成27年11月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達(二)」(角川文庫)平成27年10月刊

★「雇われ師範豊之助・ぬか喜び」(双葉文庫)平成27年10月刊

★「雇われ師範豊之助・借金道場」(双葉文庫)平成27年7月刊

★「札差髙田屋繁昌記(二)生きる」(ハルキ文庫)平成27年6月刊

★「出世侍(一)」(幻冬舎時代小説文庫)平成27年6月刊

★「入り婿侍商い帖 関宿御用達」(角川文庫)平成27年5月刊

★「次男坊若さま修行中・初雷の祠」(コスミック文庫)平成27年4月刊

★「札差髙田屋繁昌記(一)若旦那の覚悟」(ハルキ文庫)平成27年3月刊

★「入り婿侍商い帖(三)女房の声」(富士見新時代小説文庫)平成27年2月刊

★「若殿見聞録(六)家慶の一歩」(ハルキ文庫)平成26年11月刊

★「入り婿侍商い帖(二)水運のゆくえ」(富士見新時代小説文庫)平成26年10月刊

★「入り婿侍商い帖(一)」(富士見新時代小説文庫)平成26年9月刊

★「神楽坂化粧暦 夕霞の女」(宝島社文庫)平成26年8月刊

★「若殿見聞録(五)東照宮、拝礼」(ハルキ文庫)平成26年7月刊

★「へっつい河岸恩情番屋・鬼灯のにおい」(コスミック文庫)平成26年4月刊

★「若殿見聞録(四)閏月の嵐」(ハルキ文庫)平成26年3月刊

★「権現の餅-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成26年2月刊

★「若殿見聞録(三)秋風渡る」(ハルキ文庫)平成25年11月刊

★「霜降の朝-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年11月刊

★「船頭岡っ引き控・秋の調べ」(学研M文庫)平成25年9月刊

★「寺侍市之丞・干戈の檄(かんかのげき)」(光文社文庫)平成25年9月刊

★「千俵の船-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年8月刊

★「若殿見聞録(二)逆臣の刃」(ハルキ文庫)平成25年7月刊

★「へっつい河岸恩情番屋・夏初月の雨」(コスミック文庫)平成25年4月刊

★「寺侍市之丞・打ち壊し」(光文社文庫)平成25年3月刊

★「船頭岡っ引き控・花冷えの霞」(学研M文庫)平成25年3月刊

★「若殿見聞録(一)徳川家慶、推参」(ハルキ文庫)平成25年2月刊

★「恵方の風-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成25年2月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・木枯らしの朝」(ハルキ文庫)平成24年11月刊

★「棒手振り同心事件帖・秋の声」(学研M文庫)平成24年10月刊

★「赤鍔の剣-駆け出し同心・鈴原淳之助」(双葉文庫)平成24年9月刊

★「寺侍市之丞・西方の霊獣」(光文社文庫)平成24年8月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・初螢の数」(ハルキ文庫)平成24年7月刊

★「棒手振り同心事件帖・皐月の風」(学研M文庫)平成24年5月刊

★「密命同心轟三四郎・水底二千両」(コスミック文庫)平成24年4月刊

★「戸隠秘宝の砦 第三部・光芒はるか」(小学館文庫)平成24年4月刊

★「寺侍市之丞・孔雀の羽」(光文社文庫)平成24年3月刊

★「戸隠秘宝の砦 第二部・気比の長祭り」(小学館文庫)平成24年3月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・母恋い桜」(ハルキ文庫)平成24年2月刊

★「戸隠秘宝の砦 第一部・吉原惣籬」(小学館文庫)平成24年2月刊

★「湯屋のお助け人・神無の恋風」(双葉文庫)平成24年1月刊

★「棒手振り同心事件帖・初水の夢」(学研M文庫)平成23年12月刊

★「湯屋のお助け人・待宵の芒舟」(双葉文庫)平成23年11月刊

★「お寧結髪秘録・秘花二日咲き」(静山社文庫)平成23年10月刊

★「寺侍市之丞」(光文社文庫)平成23年9月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・霜夜のなごり」(ハルキ文庫)平成23年8月刊

★「湯屋のお助け人・覚悟の算盤」(双葉文庫)平成23年7月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・命の女」(学研M文庫)平成23年5月刊

★「湯屋のお助け人・桃湯の産声」(双葉文庫)平成23年3月刊

★「密命同心轟三四郎・空飛ぶ千両箱」(コスミック時代文庫)平成23年3月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・菊月の香」(ハルキ文庫)平成23年2月刊

★「湯屋のお助け人・菖蒲の若侍」(双葉文庫)平成23年1月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・残り蛍」(学研M文庫)平成22年11月刊

★「蕎麦売り平次郎人情帖・夏越しの夜」(ハルキ文庫)平成22年8月刊

★「槍の文蔵江戸草紙・恋の辻占」(学研M文庫)平成22年7月刊

★「主税助捕物暦・玄武斃し」(双葉文庫)平成22年3月刊

★「へっぴり木兵衛聞書帖・水面の月」(学研M文庫)平成22年1月刊

★「首斬り浅右衛門人情控・安政くだ狐」(祥伝社文庫)平成21年12月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・四つの千両箱」(ハルキ文庫)平成21年11月刊

★「主税助捕物暦・鮫鰐裁ち」(双葉文庫)平成21年10月刊

★「へっぴり木兵衛聞書帖・永代橋の女」(学研M文庫)平成21年8月刊

★「首斬り浅右衛門人情帖・莫連娘」(祥伝社文庫)平成21年7月刊

★「主税助捕物暦・紅鸞突き」(双葉文庫)平成21年4月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・わすれ形見」(ハルキ文庫)平成20年12月刊

★「首斬り浅右衛門人情控」(祥伝社文庫)平成20年9月刊

★「本所竪川河岸瓦版・紅の雁」(学研M文庫)平成20年8月刊

★「主税助捕物暦・怨霊崩し」(双葉文庫)平成20年5月刊

★「火盗改メ異聞・仇討青鼠」(徳間文庫)平成20年4月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・霊岸島の刺客」(ハルキ文庫)平成19年12月刊

★「本所竪川河岸瓦版・花燈籠」(学研M文庫)平成19年11月刊

★「霊岸島捕物控・新川河岸迷い酒」(学研M文庫)平成19年5月刊

★「主税助捕物暦・虎狼舞い」(双葉文庫)平成19年3月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・雪しぐれ」(ハルキ文庫)平成19年1月刊

★「本所竪川河岸瓦版・ビードロ風鈴の女」(学研M文庫)平成18年9月刊

★「主税助捕物暦・麒麟越え」(双葉文庫)平成18年4月刊

★「霊岸島捕物控・大川端ふたり舟」(学研M文庫)平成18年1月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・鬼心」(ハルキ文庫)平成17年11月刊

★「主税助捕物暦・天狗斬り」(双葉文庫)平成17年7月刊

★「本所竪川河岸瓦版・冬花火」(学研M文庫)平成17年6月刊

★「追跡」(講談社)平成17年5月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・伽羅千尋」(ハルキ文庫)平成16年11月刊

★「主税助捕物暦・夜叉追い」(双葉文庫)平成16年10月刊

★「札差市三郎の女房」(ハルキ文庫)平成16年1月刊

★「南町同心早瀬惣十郎捕物控・夕暮れの女」(ハルキ文庫)平成14年2月刊

★「逃亡者」(講談社文庫)平成13年12月刊

★「二夜の月」(双葉文庫)平成13年6月刊

★「永代橋、陽炎立つ」(双葉文庫)平成13年4月刊

★「北辰の剣・千葉周作開眼」(祥伝社文庫)平成10年12月刊

★「かんざし図絵」(双葉文庫)平成8年2月刊

★「浜町河岸夕暮れ」(双葉文庫)平成6年10月刊
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