March 20, 2010

帰国のご挨拶

帰国のご挨拶。

 

長いようで短い2年間がすぎ去り、

いよいよ明日帰国の途に就くことになりました。

 

明後日22日の早朝には成田に到着。

次の学校も決まり、10日後の4月1日には仕事が始まります。その5日後には新学期。

 

7年間、やりたいと思っていた協力隊に参加し、たくさんの人と出会い、多くのことを経験し、多様な価値観、文化、習慣、景色をこの目と手と肌で感じることができました。

 

2年前に訓練所に入って、毎日、朝から晩まで中国語の勉強をした。

春の二本松訓練所で仲間たちと花見をしたり、山歩きをしたり。

訓練終了直後には宮城の震度6強の地震に遭遇し、死ぬかと思った。

中国では数多くの事件とトラブルと、そして大切な友人に出会い、

仕事をさせてもらえず、ストレスで髪がうすくなった。

任国が変わってブータンにきて英語が話せず、すごく困った。

仕事の環境が激変して、自分が必要とされているということがこんなにも大事なんだと感じた。

激辛料理の日々により、味覚がかなり変わった。

授業を通して、多くの子どもたちと関われた。

GNH「国民総幸福量」という考え方。

中国人とブータン人、インド人などと関わったことで、自分の中の「外国」に対する見方が変わった。

それ以上に、「日本」に対する見方が変わった。

 

蛇口をひねるだけで水が当たり前に出てくる日本の生活。

水が出るだけで感謝できる途上国での生活。

電気がつくのが当たり前の日本の生活。

だまされることも、危険な目に会うこともほとんどなく、何でも手に入る日本の生活。

自分の将来や職業や、やりたいことを選択できる社会。

自分の努力次第でなんとでもなる環境。

仕事に追われて定年まで懸命に働き続ける生活。

海外を通して、日本という国を初めて見つめることができたような気がします。

 

そして、「豊かさ」って何だろうと考えるようになった。

確かに、日本はモノが豊かだ。お金次第で何でもできる条件が整っている。

彼らはモノがない。でも、彼らには豊富に時間がある。人生を楽しむ時間がある。そして、みんな人生を楽しんでいる。

日本人にも与えられた時間は同じはずなのに、日本人は豊かな生活をしているだろうか。

本当に豊かなのは、どっちなのか。

難しいと思う。

 

この2年間で、「自分は成長した!」なんてことは言えないし、

実際どう変わったのか、あるいは変わっていないのかもわかりません。

 

 

日本に帰ったらきっと「どうだった?」といろんな人に聞かれるだろう。

 

今、それを具体的にどう説明したらよいか、わからない。

 

でも、これだけは言える。

 

協力隊に参加してよかった。

中国とブータンで生活できてよかった。

そして、働くだけが人生じゃない。

 

任国を変更したから、言葉も経験も人間関係も他の隊員の半分以下。

英語も中国語も他の人より中途半端になってしまっただろう。

でも、きっとそこで得られるものは時間の長さには比例しないんだ。

濃さなんだ。

 

自分が、そこで何をなしたか。限られた時間と与えられた環境の中で何をするかが大事なんだ。

この一年、心ならずも、任期途中で日本へ帰ることになった友達の分まで一生懸命頑張ろうと決め、それを忘れないようにしながら帰国前日まで精一杯仕事した。

何かを残そうと努力することはできた。

やり遂げたという気持ちもある。

 

いい事ばかりじゃなかったけど、嫌な事のほうが多かったような気もするけど、

全部ひっくるめて、この2年間は自分の人生の、おおきなおおきな財産になったと思う。

 

日本に帰ったらやりたいこともたくさん見つかった。

 

いつも励ましてくれたみんな、ありがとう。

 

支えてくれたたくさんの方々に心から感謝です。

 

同期のみんな、日本にいるみんな、ありがとう。

私は、日本へ帰ります。



chinsan88 at 22:17|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

インド放浪記その3

バラナシからコルカタへ。

 

移動は飛行機。デリーで乗り継いで、結局1時間ほど離陸が遅れたため深夜12時ごろ到着。

 

とりあえずタクシーで有名な安宿街へ移動。

 

すでに夜中なので、開いてない宿も多く、仕方ないので目に付いたゲストハウスに泊まることに。

 

それが悲劇の始まりだった。

 

 

受付に行ってみると、そこのおっちゃんがベンチでグースカ眠っており、

 

呼んでも起きないので肩をゆすってなんとか叩き起すと、めちゃくちゃ寝ぼけたおっちゃんとのやり取りが始まった。どう見ても酔っぱらってる感じだ。

 

「一晩泊まりたいんだけど、いくら?」

 

「350ルピー。」

 

「シングルルームはある?それが一番安い部屋なの?」

 

「450の部屋と550の部屋があるよ。」

 

「は!?なんで?さっき350ルピーって言ったよね。なんで値上がりしてんの?」

 

「ラングエッジプロブレムだ。(英語が苦手だと言いたいらしい)」

 

「このやろう・・・・じゃ、いいや。とりあえず部屋を見たいんだけど。」

 

「・・・・・」(←また寝始めた)

 

「おい!!部屋のカギ!!!!」

 

「・・・・・」(←寝ながら、鍵を渡す)

 

「名前とかの登記しなくていいのか?」

 

「・・・・・」(←完全に寝た)

 

 

仕方ないので、とりあえず部屋に移動。

シーツが超汚い。

 

シャワールームはもちろんお湯は出ないだろうし、ゴキさんがいたので風呂は我慢して、すぐ寝ることに。

一日がかりの移動でそうとう疲れていたため、

 

すぐに眠りに落ちた。


その後、部屋の外から激しくドアをたたく音がして目が覚めた。


ドアを開けるとさっきのおっさんがいた。


「なんだよ、こんな時間に!」


おっさんはやけにすっきりした顔で言い放った。


「登記をして金を払ってくれ。」


「お前、何いってんの?今何時かわかってんのか?」


「とにかく先に金を払ってくれよ。」

 

「お前が寝てしまったから金が払えなかったし、登記もできなかったんだろうが!!!なんでこんな時間に来るんだよ。こっちは寝てんだよ。」


「すまない。でも、今やってくれ。」

 

どうしようもないおっさんとのやり取りがばかばかしくなったので、結局そのままフロントに行って登記をすることになった。


「コピーを取るからパスポートを預かるよ。」


「いやだ。信用できない。」


「大丈夫だ。みんなにやってることだから。」

 

いやいや、お前の行動が信用できないんだよ・・・・・


「朝7時半になったらコピーできるから。」


「だったらその時間に起こしに来ればよかっただろうが!!!」


そんなあほくさいやり取りにうんざりして部屋に戻り、また眠りに就いたと思ったら、

 

また誰かがドアをたたく。

 

6時半。

さすがにぶち切れてドアを開けると、さっきのおっさんともう一人のやつがいる。

 

「なんだよ今度は!!


「登記の内容が不十分だからもういちど来てくれ。」


「そんなのおれのせいじゃねえだろ!!あのおっさんが書いたんだから!!!だいたい、おれが来たときにあいつが寝てたんだろ!!!!」

 

「アイム ベリベリ ソーリー。二日間寝てなかったんだ。許してくれ。」


「そんなもん知るか!!!お前の仕事だろうが!!!!」


「そんなに大きな声を出さないでくれ。他のお客さんが寝てるんだ。」


「俺だって寝てただろうが!!!!!いい加減にしろよ。」


「まあ、とにかく来てくれ。」

 

ってことで、らちが明かないので結局フロントでもう一度登記をして、パスポートを返してもらった。

こんなに不愉快な宿は初めてだった。そして、もうこれ以上腹の立つことはないだろうというくらいにひどかった。

 

その後はほとんど眠ることもできず、朝10時過ぎに街へ出かけるときに、

あのおっさんが言った。

「チェックアウト 12ジ ネ。」

 

・・・・・ぶっとばす。

 

その2時間後、いろんな疲れやら何やらがたたったのか、突然具合が悪くなり始め、

 

ものすごいめまいと下痢がはじまり、3日間のほとんどをベッドの上とトイレで生活する羽目に。

 

その後、人生初の血便を体験することになるのだった。

 

・・・・・絶対、あのおっさんのせいだ。



chinsan88 at 22:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 17, 2010

インド放浪記〜その2〜

バラナシ。 


そこは、聖なる川ガンジスの流れる街。 
そして、シヴァ神信仰の聖地。



聖なるというからには、きれいな水であってほしいものですが、まったく澄んでいません。 

CIMG4677


でも、多くの信者たちが、ここへ巡拝にきたり、瞑想をしたり、沐浴をしたりします。 


CIMG4744

そこで体を清め、心の汚れを落とすのです。 


それは、彼らにとっての一つの修業の場であります。 

CIMG4665


また、彼らは遺体を焼いてその灰を流したり、子どもや一部の人の場合は石を抱かせて川に沈めたりするのです。 


CIMG4666



それは、亡くなった人々にとっての還るべき場所なのです。 



そして、彼らはそこで、 

洗濯をして衣服の汚れを落とし、頭や体を洗って体の汚れを落とし、 

はたまた泳いだり、観光客にものを売りつけたりしちゃうのです。 

CIMG4742


つまり、ただの生活用水でもあるのです。 




そんなガンガー(ガンジス川)の眺めを朝夕に見ていると、

 
CIMG4679


本当に川のようにゆったりとした、 

時間を忘れるような、 

自分のちっぽけさと自然の偉大さを感じるような 


そんな気持ちになるのです。 

CIMG4534



でも、そこにボート屋がやってきて、 


「ジャパニー。ボートにのらねえか?」 


と何度も何度も言われ、しつこく付きまとわれると、 


ゆったりとしていたはずの気持もどこかへ行き、煩悩の塊となって 


やはり自分はちっぽけであるなあと再確認するのです。 



マニカルニカー・ガートという場所では、亡くなった方を焼く火葬場があり、 

また、死を待つお年寄りなどもそこのホスピスで暮らしていると言います。 
CIMG4675


そこに見学に行くと、確かに、遺体を薪でガンガン燃やしており、 

人が燃えゆくさまを目の当たりにします。 



まったく諸行無常、盛者必衰です。 



そこで、説明をしてくれるインド人の口八丁手八丁により、薪代を寄付したら 

後でホテルのフロントのおじさんに 

「あそこでお金を渡しちゃだめだよ。」と言われ、 


おまけに 

「もう渡しちゃったのか?いくらだ?300ルピー?そんなに渡したのか!?」 

と驚かれてしまったら、 


まさか  「本当は600ルピーです。」  

とも言えず、 


だんだんと、もやもやした気分になっていくのです。 




そして、ホテルに帰ると、ベッドには大きなゴキブリ君が鎮座しており、 


逃げ出したそいつを追いかけて枕をどかしたら、 


その下からさらに大きなゴキブリ君が2匹現れる始末で、 


部屋を変えてもらったら、今度は大きなヤモリ君が3匹登場し、 


「まあゴキブリよりはマシか。」と、あきらめるしかないのです。 



そんな場所ですから、もちろんレストランに行ったなら 

TVのリモコンと新聞を前にして、 

おっさんのように座敷に座る犬さんと相席になることもあります。 

CIMG4634




翌日は気分を切り替えてサールナートへ行き、

ブッダが悟りを開いてから初めて説法をした 

という場所を訪れました。 

その時の説法を聞いた人はわずか5人の修行僧と鹿だけだったそうです。 

CIMG4705





その三日後、男はいよいよ次の目的地コルカタへと移動するのです。 

そこでは、もっとすごい出来事が男を待ち受けていたのでありますが、それはまたのハナシ。

chinsan88 at 02:23|PermalinkComments(3)TrackBack(0)