私の祖父は戦前、
日本帝国陸軍の軍人だった。
これは私が唯一持っている、
祖父の若い頃の写真だ。
孫の私がいうのもなんだが、
涼しげな眼差しが、
冷静沈着で知的さを感じる。
いつも寡黙な祖父だったが、
祖父の家には
天皇陛下から賜った賞状が
大切に飾られていた。
そんな私が25歳となり、
社会で働き始めた矢先に、
惜しくも亡くなってしまったので、
今まで祖父が
どういう人生を歩んできたのかや、
戦争の話や敗戦の時の話とかを聞けずに
この世から去っていってしまった。
私は中学校の社会科の先生から、
「日本軍はアジア諸国に酷い事をした」
「日本は謝らなければならない」
という授業を
まともに受けた世代であるため、
一時期は祖父を嫌悪していたし、
軍人とは悪い人、
という目で見ていた記憶がある。
しかしそれから成人して、
自分の足でアジアを歩いてみると、
たくさんのアジアの人から
日本をリスペクトしていて、
日本が大好きだと言われたり、
私が日本人だとわかると、
特別に親切にしてもらったりした。
なぜ酷いことをしたはずなのに、
こんなに好かれるのかが、
その当時は分からなかったが、
自分が授業で教わってきたことと、
自分の目で見たことが
まったく違う事を知り、
祖父のことをもっと知りたい!
と思った矢先だった。
残念でしょうがない。
しかしあれから20年の時を経て、
祖父が歩んだ軌跡を
辿れることを知ったのだ。
それは陸軍に所属していた人は
「東京都福祉課」で、
私の祖父がどこの部隊に所属して、
どこにどの期間出兵していたのかが、
記録されているのだという。
これは調べるしかない。
早速「兵籍資料提供申出書」を
事務所に送ってもらった。
私の名前が違うけど、
まぁ良しとしておこう。
これを記載して、
書類を揃えればOKだ。

私の祖父は軍人さんとして、
どういう歩みをしてきたのか、
孫の責任として、
そして贖罪の意味も含めて、
辿ってみようと思う。
その2に続く。




