2005年03月27日

三別抄歴代指導者の演説

《その1》
我々の国王は開京に還御された。
これは敗北を意味するのか?
否! 始まりなのだ!

大元帝国を僭称する蒙古の蛮族に比べ
我が高麗の国力は三十分の一以下であった。
にも関わらず三十年に亘って
戦い抜いてこられたのは何故か!
諸君! 我ら三別抄の主人であった崔氏政権の
戦争目的が正しかったからだ。!

一握りの蒙古の輩(やから)が
東西世界を蹂躙席巻して五十余年、
半島に住む我々が独立自尊を要求して、
何度蒙古に踏みにじられたかを思い起こすがよい。

崔氏政権が掲げた、
高麗民族一人一人の自由のための戦いを、
御仏が、聖賢箕子が、そして国祖檀君が
見捨てたもう訳はない。

我らが身命を奉げてお仕えしてきた国王は
蒙古に降った。何故だ!

我ら三別抄は珍島に落着いた。半島本土の民よ、
諸君らは我らの戦いを文字通り対岸の火と
見過ごしているのではないか?
しかし、それは重大な過ちである。

高麗朝廷は蛮族蒙古に膝を屈して
生き残ろうとしている。
我らはその愚かしさを朝廷の文官どもにも
教えねばならないのだ。

高麗は、諸君らの甘い考えを
目覚めさせるために、ひとたび滅んだ!

戦いはこれからである。
我らの軍備はますます充実しつつある。
蒙古とてこのままではあるまい。
諸君の祖父も父も兄も、蒙古の残虐な
侵略の前に死んでいったのだ。

この悲しみも怒りも忘れてはならない!
国王の開京還御は、さらに屈辱を以って
我々の敵愾心をかき立ててくれたのだ!
我々は今、この怒りを結集し、
蒙古・高麗朝廷に叩きつけて、
初めて真の勝利を得ることが出来る。
この勝利こそ、戦死者すべてへの
最大の慰めとなる。

三南(慶尚・全羅・忠清)の民よ立て!
悲しみを怒りに変えて、
立てよ、民びと!
新政権は諸君らの力を欲しているのだ。

三別抄、そして高麗民族、万歳!

裴仲孫。1270年6月、珍島竜蔵城にて。

《その2》
我が忠勇なる三別抄兵士たちよ。
今や、蒙古高麗連合軍の軍船の半数が、
西海の激しい波涛の前に海の藻屑と消えた。
この風浪こそ、我ら三別抄の正義の証である。

決定的打撃を受けた蒙古高麗連合軍に、
いかほどの戦力が残っていようと、
それはすでに形骸である。

敢えて言おう、カスである、と。

それら軟弱の集団が、海を越えてこの耽羅を
抜くことは出来ない、と私は断言する。

高麗民族は、我ら選ばれた精鋭部隊たる
三別抄に管理、統率されて、
初めて永久に生き延びることが出来る。

これ以上、戦いを続けては、
高麗民族そのものの危機である。

蒙古の蛮族に、そして高麗朝廷の
無能なる者どもに、思い知らせてやらねばならぬ。

今こそ高麗民族は、明日の未来に向かって
立たねばならぬ時である、と。

三別抄、そして高麗民族、万歳!

金通精。1273年4月、耽羅缸波頭城にて。
Posted by chinzeidaisyougun at 08:12│Comments(0)TrackBack(0)

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