2005年03月27日

一週間前のちょうど今頃

 ぐらぐらっ、と来たのである。
 
 私は、9階建の病院の、1階事務室総合受付の配置に就いていた。病院の前は片側二車線合計三車線の道路で、付近の大型複合商業施設(早い話がキャナルシティ)方面への観光バス、大型物流車輌の通行が絶えず、受付カウンターや窓口の硝子引戸は、始終ビリビリと震動している(今回の余震経験のおかげで、だいたい震度2程度の揺れと推定できた)。それだから、最初にずん、と来たときには、よほど大型重量級の車輌が通りかかったのかな、と思ったぐらいだが、すぐに揺れの性格が違う、建物全体が波打つように横揺れしていることに気がついた。

 今回の地震で、「最初はいったい何が起こっているのか、わからなかった」という声が多く聞かれる。地震が滅多にない福岡市民をして当然の反応、と思われているが、十余年前、福岡市中央区で震度4、という地震があったはずである。そのときは、親不孝通りの大学受験予備校、その8F講義室で教壇に立っていた。高いところだから余計にひどく揺れ、その感覚が記憶にこびりついていた。ああ、これは地震だ。この前のよりも揺れている、1階でこれなら、福岡未曾有の地震だな、でも、重鉄骨構造のこのビルが容易く崩落することはあるまい、すぐさま命にかかわるほどのことはない、と高をくくって座ったまま、カウンターの端を掴んで周囲を睥睨していた。しかし、もう少し激しい揺れが続いていたら、だらしなく蒼くなってカウンターの下に潜り込んでいたかもしれない。

 ちょうどその頃、事務のM姐さん(私より10ばかり年下だけど、ちょっときつめで気風が良いので、陰ではこう呼んでいる。随分好みのタイプなんだが既に彼氏が、いや余談余談)は、中央区天神、あの、窓ガラスがばらばらと降りそそぐ映像が全国に流れた福ビルの至近にあり、そして、それよりも衝撃的な光景を目にしている。福岡天神を代表する百貨店、岩田屋の本館新館が、まさに「立てた蒟蒻がプルプル震えるように」揺らぎ、道を跨いで両棟を(4階部分でだったか?)繋ぐ渡り廊下の接合部が目立ってずれるのを見たというのである。

 通行人は立っていられる状態ではなく(中央区は震度6弱)、路上にへたり込んでしまう。揺れがおさまっても、岩田屋1階の店員は館内で右往左往するばかり、今にも落ちそうになっている(と見えた)渡り廊下に注意をはらい、通行人を安全な場所へ誘導するような気は利かない。姐さん、思わず叱り飛ばしたという。

 そういった、本来は客の安全確保・避難誘導をすべき店員・従業員が茫然自失の態、というのは其処彼処で見られたという。発展著しい新繁華街、西通りでも、通りに面している店は軒並みショウウィンドゥが割れ、道路に散乱していたというが、とあるブティックでもそのような惨状を呈し、さらに割れ残りの高所の硝子が今にも落ちそうになっている、であるのに、女性従業員たちは店内で車座になり、抱き合って声をあげて泣いているばかりだったそうだ。姐さんまたもや頭に血が上った、というのは、いうまでもない。

 洒落た美容室から、セット途中の客が慌てて逃げ出してきて、揺れがおさまったところで、路上で続きの施術を受けているという、愉快な場面にもぶつかった、というが、概して、西日本最大の繁華街は想像以上の混乱振りであったようだ。火が出なくて、本当に良かったことよ。

Posted by chinzeidaisyougun at 10:52│Comments(0)TrackBack(0)

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