2005年06月

2005年06月13日

夏の扉(松田聖子)

seiko2この画像が、もしかすると私のアイチラへの目覚め・・・「原点」みたいなものかもしれません。松田聖子の『夏の扉』からのワンショットです。

以前、本格的にアイチラ・ウォッチング(『投稿写真』等を買いあさるなど)に精を出し始めたキッカケのアイドルとして「荻野目洋子」のことを挙げましたけれども、そもそもの興味の芽生えはやっぱり聖子ちゃんだったように思います。

このシーン、おそらくNHK『レッツゴーヤング』からだと思いますが、小学生だった私は日曜の夕方なにげなくTVをつけて観ていました。すると黄色いフリフリのミニスカートを纏った松田聖子がニコヤカに登場。 ・・・・そこまでは「ふ〜ん」といった程度で眺めていたのですが、次の瞬間です。私の目は点になり、瞬間コカンが妙に熱くなってしまいました。観客に向かってお辞儀する松田聖子の姿を、なんとNHKのカメラマンは背後からのショットで抜いたのであります。

おおっ!黄色いミニスカから、真っ白のパンティーが! 

もちろん今となって思えば、それは全くの見せパン(アンスコ)だし、映像も改めて見てみるとそんなに大したパンチラでなかったのですが、その当時の自分にはものすごい衝撃だったことを覚えています。記憶がさだかではないんですが、もしかしたら、私の初オナニーはこのシーンの回顧だったかもしれません。なんかそんな気がする^▽^;) そう考えると、非常に感慨深い画像です。

それにしても、「夏の扉」という曲名テロップが邪魔っけだなあ。これがなければもっとハッキリ見えるのに。ちょっと残念。

chira55 at 10:58|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 松田聖子 

2005年06月12日

ヤッパシ・・・H!(浅香唯)

yui以前は「パンツ見せてナンボ」のB級アイドルだったくせに、いつしか成り上がっちゃって一流気取り、パンチラの「パ」の字もなくなっちゃうようなアイドルに対して、どうしても“アンチ”的な見方をしてしまいがちな筆者。「可愛さ余って憎さ100倍」というか、なんかそういう気分になってムカついちゃうんですよね(^-^;

この浅香唯も、自分の中でそういうカテゴリーに納まるアイドルでした。デビュー曲『夏少女』では「宮崎の田舎から騙されて出てきたんじゃない?」ってくらい「いまどき有り得ない!」とその当時で思っちゃうようなブリブリミニスカ衣装。2曲めの『ヤッパシ…H!』は、もうA級になるのは諦めたというか、捨て身としかいいようのないイロモノ路線に身を投じ、立っているだけでアンスコ見えちゃうような恰好を披露するわ、続いての『コンプレックスBANZAI』では足上げありーの回転ありーのまさに「アイチラ・マニアのための振り付け」でアンスコ見せまくって投稿写真雑誌の常連となるわ、で。

ルックス的にはかなり自分のタイプだったこともあって、「素材はいいのに勿体ないなぁ〜」なんて思いつつ、でも「きっとそのうち消えていくんだな」と勝手に予想してました。だからこそ、なんとなく「判官びいき」的に応援していた部分もあったりで。

ところが、『スケバン刑事』にて“まさか”の白羽の矢。主役抜擢で状況一変ですからね。まさかまさかの大出世。気付けばベストテン番組常連のトップアイドルですよ。ほんとこの業界、なにがどう転ぶかわかんないなぁと痛感したものです。

…で、前述したとおり、その後の活躍に対しては「ちょっと前まではパンチラアイドルだったくせに、調子のってんじゃないよ」と、やや斜に構えた見方でしか彼女を見れなくなっちゃってました。『C-GIRL』のヒットもどことなく苦虫を噛み潰すような気分だったし・・・「もともと結構好きだったくせにへそ曲がりだよな」と自分自身でも気づきつつ^▽^;)

しかしながら、今あらためて当時を振り返ってみると・・・実は彼女、売れてからもミニスカ&パンチラ路線をそれなりにちゃんと継続してやってくれてたみたいなんですよね。“アンチ”意識が強くなりすぎていて見過ごしちゃってたんですが、色々調べてみると、大御所アイドルになってからも画像のような素晴らしいパンモロなんぞもライブで結構披露してくれたりしてたようで・・・。

あと、曲のラインナップの中に、ちゃんと『ヤッパシ…H!』や『コンプレックスBANZAI』なんかも入れていたらしいです。初心忘れてなかったんですね、唯ちゃん。ここらへんのナンバーは「なかったこと」にだって出来たはずなのに。そう思うと、一方的に“アンチ”気分に浸っていた当時の自分が「青い」っていうか、ちょっと情けない^▽^;) 「ヤッパシ・・・私はあなたのことが好きでした」−そんな思いをこめて、今回の浅香唯ネタの〆とさせていただきたいと思います。

chira55 at 16:21|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 80年代アイドル 

2005年06月10日

『夕陽のクレッシェンド』−衣装考察編−(田中陽子)

ddとどまることを知らない田中陽子『夕陽のクレッシェンド』ネタ。まだまだねちっこく研究を続けていきたいと考えています。相互リンク『アイチラ回顧録』の森高千里ネタに影響を受けたと言ったらそれまでなんですが(笑)、こうしてピンポイントなひとつのテーマを深く深〜く掘り下げていくのも結構面白いなあと思っておりまして。なんなら学生時代の卒業論文の何倍も一生懸命調査&考察してるよみたいな(^-^; 「エロに導かれるモチベーションというのはすごいものだ」と気づかされる今日この頃。まあ、どれだけの人がこんなネタ食いついてくるんだよっていう危惧はありますが、しょせんマスターベーションみたいなものだし、万が一興味持ってくれるフェチな方がいて共有できれば儲けものぐらいの感覚で書き綴っていきます。

・・・で、今回のお題はと言いますと、『夕陽のクレッシェンド』の衣装についてのお話です。これまで『夕陽のクレッシェンド』におけるTV番組出演履歴およびパンチラの有無をリスト化して「アンスコの色の変化」について論じてきましたが、既出の画像をご覧いただければワカる通り、パンチラが発生した際の衣装は全て「紺色のミニワンピース」でした。しかし、当たり前と言えば当たり前の話ですけど、それ以外の時に、別の衣装でこの曲を歌っているケースもあるわけです。下記にまとめてみましたので、ご参照ください。

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日時    番組名[下線=下記画像] (パンチラ有無−色) 【衣装】
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1990.6.30  JANJANサタデー(パンチラあり−白アンスコ) 【紺色ミニワンピース】
1990.7.1  スーパージョッキー(パンチラなし) 【白ワンピース】
1990.7.7  アイドル共和国  【水着】
1990.7.7   週刊スタミナ天国(パンチラあり−白アンスコ) 【紺色ミニワンピース】
1990.7.8  おはよう朝日です(パンチラなし) 【紺色ミニワンピース】
1990.7.25  東京イエローページ(パンチラあり−白アンスコ) 【紺色ミニワンピース】
1990.8.26  歌謡びんびんハウス(パンチラなし) 【紺色ミニワンピース】
1990.9.1  カトケンごきげんTV(パンチラあり−紺アンスコ) 【紺色ミニワンピース】
1990.9.7  もぎたて!バナナ大使(パンチラあり−紺アンスコ) 【紺色ミニワンピース】
1990.9.10  NTV音楽祭(パンチラなし) 【赤色ミニワンピース】
1990.9.18  歌謡ゴールデン大賞(パンチラなし) 【青縞キュロットパンツ】
1990.9.24  だいじょうぶだ(パンチラなし?微妙) 【紺色ミニワンピース】
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女性アイドルはたいてい曲にあわせて2〜3パターンの専用衣装をこしらえるものです。たとえば森高千里『17才』であれば、「青×黄のミニ」「青×白のミニ」「ピンク×緑のミニ」…という具合に。田中陽子『夕陽のクレッシェンド』の場合は、件の「紺色ミニワンピース」をメイン衣装にしつつ、他に「白ミニワンピース」「赤ミニワンピース」「青縞キュロットパンツ」が存在していました。それぞれの衣装を簡単に解説しておきますと・・・

●「白ミニワンピース」: ミニと書きましたが長さ的には紺ミニワンピースに比べてやや長め。しかもスカートの下に、パンチラガード用とおぼしきタイトな布があしらるようです。
●「赤ミニワンピース」: これも厚手のペチコートつき。スカートが捲くれ上がってもアンスコが見えないような仕組みになっています。しかも生足ではなく、白いストッキング。ロリっぽくて可愛いことは可愛い衣装ですが。
●「青縞キュロットパンツ」: 唯一スカートではない衣装。丈は短めですが、回転で捲くれ上がることはもちろんありません。

つまり、これらの衣装の時にパンチラがなかったのは必然、パンチラにならないような処置がされていたということです。ですが、そう思ってみると、ちょっと疑問に感じることが出てきます。「赤ミニワンピース」と「青縞キュロットパンツ」については、後半に着用し始めた=田中陽子がパンチラ路線をイヤがって事務所に反抗した(※推測)後のことであり、ましてや、まがりなりにも「賞レース」という大々的な場、業界のお偉いさん達を前に大パンチラってわけにもいかないだろうとの配慮から、パンチラガードのこの衣装を身に纏ったというのも合点がいきます。しかし、「白ミニワンピース」のオンエア日時を見ると・・・初期も初期。白アンスコ初お披露目(『JANJANサタデー』)の翌日ではないですか。どうしてこの時期にパンチラガードの衣装だったのでしょうか?ふと不思議に思っしまった次第です。さらに、この「白ミニワンピース」は、以降一度もお目見えすることなくなってしまいます。なぜ??

・・・などと、あれこれ考えているうちに、全てが推測の仮説・・・というか妄想ですが(笑)、筆者の頭の中では次のようなストーリーが勝手に構築されました。


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ホリプロはデビュー2曲目『夕陽のクレッシェンド』リリースにあたり、パンチラプロモーションを考えていた。背景として、田中陽子をモデルにしたアニメ『ようこそようこ』が密かにパンチラシーンが多いことで話題になっており、その流れをくんでオタク層を取り込んでみようとの目論見もありーので。
しかし当然のことながら大メジャーのホリプロ、「それはどうか?」と反対意見も出てくる。そこで折衷案として、『JANJANサタデー』のようなマニア向けローカル番組や深夜枠ではパンチラ路線でいくが、『スーパージョッキー』のようなメジャー番組ではあからさまなパンチラはよそう…との結論に達した。それで2種類の衣装が用意され、番組に応じて使い分ける予定であった。
ところがフタをあけてみると、『JANJANサタデー』でのセンセーショナルな純白パンチラが一気に話題となり、「これは森高パターンでイケるかも!」と判断した事務所が、以後「紺色ミニワンピース」に統一=パンチラ路線に踏み切ったのであった。そしてパンチラ防止用の「白ミニワンピース」は以後使用されなくなったのである。
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その後の推測ストーリーはこれまで色々書いてきたので割愛しますが、結局その路線に対し田中陽子が反発してしまったという顛末ですね。なんとなく整合性あるような気もするんですけど。まあ、真相は当人と当時の関係者のみぞ知るっていうことでしょうが、なんだか勝手にこうやって妄想を膨らませていくのも楽しいものです。同じ田中陽子のパンチラを見るにしても、そんな背景を想像しながらだと、より萌えてきますしね。やっぱり自分はかなりフェチなオタク気質だなあと、この研究を進めるに当たり改めて思い知っている今日この頃です(笑)。
そんなわけで、まだまだ今後もこんなかんじでねちっこく続けていきますよ、田中陽子研究。次回は、以前も少しだけ記事の中で触れたことがありますが「ターンのしかたの変化」について言及していこうと目論んでいます。
(※なお今回の画像は「青縞キュロット」の衣装のものです。パンチラものでなく申し訳ありません^^;)


chira55 at 12:00|PermalinkComments(8)TrackBack(1) 田中陽子 

2005年06月01日

17才−前編−(森高千里)

moritakaブログ開設から約半年。ようやくアイチラ&見せパン界の“真打ち”とでもいうべき森高千里の登場です。

勿体ぶっていたわけではないんです。スタート当初からちゃんとカテゴリーとして(しかも上位付けで)設定してあることでも分かるとおり、本来ならばもっと早くアップしていてもおかしくない森高ネタだったのですが、相互リンクでお付き合いさせていただいているブログ・『アイチラ回顧録』(管理人=MP様)の方で大々的に彼女をフィーチャーされていて、これがまた緻密かつ思い入れタップリの素晴らしい記事の数々で・・・「こりゃ生半可な気持ちでは触れないな」ってかんじになってきちゃって(^-^; そうこうしているうちに手付かず状態のままになってしまっていたのでした。

いやほんと、アチラをご覧いただければわかると思うのですが、実際私が述べるまでもないくらいMP様の森高記事は秀逸なんですよ。なに書こうと思ってもネタがかぶっちゃう。それぐらい話の掘り下げは深いし、情報も多角的なんです。では何故、そんななか、突如彼女を取り上げてみようと思いたったかというと……

当ブログでもっともスポットを当て、ねちっこく研究対象にしているアイドルといえば、そう田中陽子。 その田中陽子と、森高千里がパンチラ売りにしていた時期っていうのは、わりと近しいんです。『17才』(森高)が1989年、『夕陽のクレッシェンド』(田中)が翌年の1990年。一説には、『夕陽のクレッシェンド』の大胆回転パンチラは『17才』をモチーフにしているのではないかとの話もあるんですね。たしかに、あの時代、あそこまで“公共放送”でアケッピロゲにアンスコを晒しまくっていたのは、この2人ぐらいでしたから。(レモンエンジェルなどのいわゆる“パンモロ・アイドル”はいましたが、彼女達の主戦場はTV以外のイベント営業でしたしね。)

当ブログが切り込んでいくとするならば、やっぱりここじゃないかと。つまり「田中陽子との比較論」で森高千里を取り上げてみたら面白いんじゃないかということです。田中陽子にこだわり続ける『思い出のアイドル・パンチラ大辞典』ならではの切り口で、森高千里を語ることができるかもしれない、みたいな。

・・・で、話をそろそろ本題に移しましょう。森高の『17才』、田中陽子の『夕陽のクレッシェンド』、ともにコンセプトが「パンチラで注目を集める」というものだったことは、言うまでもありません。フレアーミニの捲くれやすい衣装&曲中“これみよがし”の大振りターン振り付け。全て「パンツ見えること」前提の設定というか。

アイドルにも色々な売り出し方があります。ルックスがよくても、歌がうまくても、何もせずにただレコード出せば売れてしまうなんて恵まれた人は稀も稀。ましてや当時は「アイドル冬の時代」の真っ只中。あの手この手を繰り出していかないと、群雄割拠の芸能界を勝ち上がっていくことは難しいっていう世界ですから。ハイリスク承知でバラエティで暴言を吐いて注目されるようにうするとか、大物プロデューサーや大御所タレントと「ムフフ♪」な関係になってチャンスを待つとか、事務所もタレントもその戦略づくりに必死なのです。

そんななか、「森高千里」というひとつの成功事例が生まれました。そう、言わずもがな「パンチラ」プロモーション戦略です。デビュー当時から美形アイドルとして名が通っていたにもかかわらず、中途半端なアーチスト志向が仇となり今いちパッとしなかった彼女が、『17才』で放った最終兵器。『Mステ』や『ベストテン』といった大メジャー歌番組で惜しげもなくアンスコを見せまくるという戦法で一気にブレイクを果たしたのです。

普通なら、これから売り出そうというアイドルとしては避けて通りたいうヤリ口ですよね。一般的考えとして、この手のプロモーションの後に待っているのは「セクシー系B級アイドル」への道まっしぐら・・・ってイメージですから。しかし、森高千里は違いました。それまでどちらかといえば“地下で眠っていた”野郎どもの「オタク心」を一気に覚醒させ、さらには、そのオタク・マインドを「サブカルチャー」の領域まで引っ張り上げることに成功したのです。(その副産物として宅八郎が生まれたといっても過言ではないでしょう。)


〜後編につづく〜

chira55 at 14:14|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 森高千里