携帯絵本

2011年02月16日

電波の届く所ならどこへでも持ち歩けて、いつでも読める携帯絵本。
絵は無くなりましたが、そんなカテゴリのコンセプトは継続します。




つめたい
かぜのかたまりを
うちがわからこおれと
のみこんで
のどのおくの
あつさをしる




うちゅうの
しんえんのような
すべてをこおらす
よるのくらさも
わだかまる
ねつはけせない




ちぢこまる
からだのいとが
ぼくのせなかを
まっすぐにする




がんぜんに
うつるけしきは
むさいしょくの
かげのないやみ




さいぼうは
ていしするけど
おきびのように
のこるこころが
ゆきをとかして
きせつをかえる




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「こんなとこまで自殺しにでも来たの」
いきなり失礼な発言をした彼女は名をアキと名乗った。
僕が予約した旅館(民宿と言うべきか)の娘で、バスも通らない目的の場所までバンに乗せていってくれると言うのだから、こちらは文句も言えなかった。
「違いますよ…この前見た雑誌に載っていた風景に感動して、実際に見たいと思ったからです」
少し不機嫌な声になっていても、そこは許していただきたい。
だけど当たらずとも遠からず、死にたいまでとはいかなくとも最低の気分だった。
何度も、自分にとって自信作を送っても選に入らないコンテスト。
自分にとってのベストショットと世間の需要はズレているんだなんて慰めは、もはや機能しなくなった。
プロへの道は遠い。その前に進む方向すら見つからない。
ため息をついてめくったページにたまたま見つけたフォトエッセイ。
木々の間から覗く光る海。
タイトルは「原点」
『迷ったときは、原点へ帰る』
言葉どおり、迷った自分にも何か力を分けてくれそうな景色に見えたんだ。


「単純だなあ」
語った僕に、アキはまた失礼にも声を出して笑った。
「他人の苦悩を笑わないでください」
笑いは止まらない。
肩が震えている。
替わりにバンが前後に大きく揺れて止まった。
「ついたよ」
アキはまだニヤニヤ。
「ま。見ればわかるんじゃないの」


その景色は美しかった。
「キレイだろ」
頷く。
「でもそれだけだろ」
悔しいけれど、頷く。
確かに綺麗な海だけど、そのどこらあたりが原点なのか、僕にはさっぱりわからなかった。
「こういうこと。わかった?」
"?"な表情をしている僕に、アキは言った。
「つまりさ、他人の原点に回帰してどーすんの?てコト」
そして、崖っぷちギリギリまで歩いていって手招きをする。
彼女に習って、木に腕を回しておそるおそる覗き込む。
崖は僅かに海に張り出していて、眼下はそのまま海だった。
「飛び込み易そうだろ?」
まさかコイツ、自殺斡旋人とかじゃないだろうな。
「他人の原点など知らんけどさ、ここは私にとっても『原点』なの。中学生の頃、母親がここで私と無理心中しようとしたんだ」
……いきなりヘビーな話かよ?


「男に捨てられて絶望した母親が、13歳の娘を連れてこの崖から飛び込もうとしたシーンを浮かべてみて。
娘は荒れる母親と浮わついた暮らしにすっかり無気力。どうにでもなれとついてきた。
だけど、足が地を離れる一瞬前に、この景色を見てしまった。
曇り空から光が差して、海面がキラキラ光ってさ、夢のように荘厳で、もう少しそれを見ていたいと娘は…





力いっぱい、
母親の手を
振りほどいたんだ」





視線を海面から眼下に移す。
「母親はやけにゆっくりと、海に向かって落ちていった。
死の覚悟をしてたくせに、目がね、改めて傷ついたーって言っててさ。
笑っちゃうね。
それが、私が自分で選択をした初めてのとき。
自分の人生を始めた原点だ」
すでに僕はアキの目を見られない。
だけど言葉は容赦なく届く。
「だから、君にとっての特別な景色はここでは見えない」





すっかり重くなっちゃったなぁ…とアキは表情を崩した。
「この下の海、色が濃いだろ?」
たしかにやけに深いコバルトブルー。
「深いの、ここ。地元の人は知る人ぞ知る『子どもの度胸試し飛び込みポイント』。
割と"飛び込み易い"んだよね。」
「気づいたら、近くで釣りをしてた舟が母親をすくい上げてた。
それが君が泊まってる民宿のあるじで、現在の私の父親。
今も母と仲良くやってるよ」


---


自宅に戻って、もう一度雑誌の記事を見返す。
最初に感じた衝動はもう感じないけど、僕を動かした写真と文章の力に、改めて素直にスゴいと思う。
「道に迷ったときは、原点へ帰る。いつでも、何度でも」
記事の署名は『アキ タカハル』





急に閃く。
あの民宿の名前は、たしか『高原』…読みはタカハルではなかったか。
僕は慌てて携帯を手に取る。




母親を助けたという民宿のあるじは、親切に娘の近況を教えてくれた。
撮影旅行に出かけていること。
いくつかの依頼をかけもって、あのバンでふらりふらり天気任せの旅程だから、今正確にどこにいるかわからないこと。


彼女はあのとき、世界の美しさに魅了され、母親の手を振りほどいて、自分の道を歩いたんだ。
そして撮り続ける世界は、僕を、他の人間を揺らす。
それでも迷った時に戻る場所はあの崖の上。
アキにだけしか見えない景色がある。







なぜだろう。
今とてもアキを撮りたい。







簡単に支度して、時刻表で聞き出した旅程をなぞる。
機材だけは丁寧に準備して。
会えるだろうか。
とにかく、行ってみよう。
キャッチとしてはベタだけど、アキを追いかける秋も悪くない。



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今日も窓から見える空は快晴。
空気はからりと熱い。
しまった。
寝過ごした。
ゆうべ遅くまで星を見て夜更かししてしまったせいだろうか、予定の起床時間を過ごしてしまった。
本当は、今日こそ夜明け前に起きて、雑木林にクワガタ取りに行きたかったのに。
せっかく事前に甘い樹液を出す木に目をつけて、秘密の目印をつけておいたのに。
まあ、いいか。
夏はまだ終わらない。



海へ行くのが好きだ。
この湾が、海岸線がやたらデコボコしている地図の正確にどこに当たるかはわからないけど、そんなのは重要なことじゃない。
遠浅で、海の色が綺麗で、足の裏に当たる砂が少し痛くて、水がとても綺麗で、時々脚を魚がくすぐったりするってことが大切だ。
でもひとりであまり沖まで行くのが不安で、実はまだ湾から外海に出たことはない。
今日も海が夕陽で金色に染まる時間。
明日こそは少し先まで泳げるだろうか。
いつかいつかと先延ばし。
まあ、いいか。
夏はまだ終わらない。



山へ行こう。
車みたいな楽な高速移動手段は無いけれど、自転車にテントを積んで2日も走ればふもとに届く。
川が細く透明な流れになって、水が凍るほど冷たいところまで登ってみよう。
木の葉の天井がえらく高く重なり合った道では、空気が青みを帯びて見えるだろう。
もっと上まで歩けば、雲をとうとう追い越して、白い帯が背後の山肌を這い上って来るだろう。
運動不足の脚がぱんぱんに痛くなるけど、何年かに一度は行きたくなるんだ。
大きな荷物を準備して、一週間がかりの大イベントになるけれど。
まあ、いいか。
夏はまだ終わらない。



---



空腹を感じる。
一番イヤな感覚だ。
僕は僕を目覚めさせて、頭を覆うヘッドセットを外す。
肌をひりひりさせる日差しも乾いた風も途端に消え去って、もう何年もろくに歩いてない筋肉の落ちた脚が浮腫む感覚が戻ってきた。
一度食べれば3日間は腹持ちする完全食品を取り出して胃に流し込み、次に目覚めるまでの間に必要な水分を用意した。
着替えるついでに身体を拭き、今の服は消毒庫に放り込んでおく。


起きるのは嫌いなんだ。
面倒くさい用事はあるし、嫌でもいろいろ目に入るし。
寝台車みたいに狭い部屋とか、部屋に入って11年3ヶ月と5日経ったと容赦なく示す時計とか、収納庫が並ぶ壁とか開かないドアとか。
そして、思い出す。
警報が鳴って、僕の腕をつかんでシェルターに押し込んだ母の顔。
ドアが閉まる直前に、隙間からソフトウェアのディスクを渡してきた父の腕。
パッケージに書かれたソフトのタイトル"ナツ"。



とりあえずやるべきことは済んだから、また夏に戻って行こう。
シェルターの扉は、外部が生存に適した環境になれば、自動的に外から開く。
それまでは夏に浸っていよう。
渡すときに忘れたのか、本当に時間が無かったのか、ソフトは世界データだけで住人データは入っていなかった。
だから、僕の世界には僕しかいない。






どこまでも続く海岸。
どこまでも続く空。
どこまでも続く夏。





夏は終わらない。
夏は、
夏は、
夏は、
夏は、まだ、終わらない。



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「春がくれば報われる」
それが親世代の一族の口癖だった。
そしてその約束の春はもうすぐ、今の氷の季節の終わりに吹く嵐を過ごせば訪れるはずだ。


私ももう、伝承されている記録を読み取る能力が備わっているから知っている。
その季節を迎えるために、一族は託宣された預言を元に次の過酷な気象を予測し、自分たちを環境に適応させながら、灼熱の季節を越え、雨の季節を越え、氷の季節を越えてきた。
たしかに最初にこの地に降り立った時から、一族の個体数はずいぶん減った。
だが誰かが春までたどり着けば皆が報われる。
それは一族に刷り込まれた記憶。
そして私こそ、その春に届くと期待されている世代、たったひとりの希望だった。


必要な教育が終わると、親世代は私が嵐に耐えられるよう自分達の体で何層も取り巻いた。
少しでもダメージを減らせるように。
寒さには強かった親世代も、これから来たる乾きと粉塵の中で生き延びられる可能性はゼロに近い。
しかも、私を創るために、彼らは自分たちの体の主要パーツを提供してしまっている。
私にはその犠牲を越えて、約束の季節にたどり着く義務がある。
しかし今できるのは、親世代の体でできたシェルターの中、息をひそめて外側の気象を注意深く観察しながら、嵐が過ぎるのを待つことだけだった。


-----


第二惑星への降下及び観測機回収任務の遂行は、その年の嵐の終了を待たなければならなかった。
この惑星へ私たち地球産生物が降りて耐えられるのは、この短い穏やかな季節だけ。
しかし、この惑星には有益な稀少資源が眠っていることが予測されている。
そこで気象や地質の観測機を送り込み、長い一年に渡って得たデータとサンプルを回収に来たのだ。


「百体送り込んだうち、何台が動いているでしょうかねえ」
この惑星の余りにも劇的な一年を星系外から観測してきたクルーはぼやいた。
「そのために『自分を環境に合わせてバージョンアップさせるプログラム』を組んであるのよ」
機械が専門のクルーが答える。
「自分の構成材も、現地で手に入る材料も活用して、次の環境に適応できる新バージョンを創るよう指示してあるの。予想通りならばver.4まで進化しているはず」
「予想が外れたら?」
「…失敗でしょ」



事態は厳密には、彼らの予想通りとは言えなかった。
しかしまた一目では失敗とも断言できなかった。
観測地点に到着した彼らが見たのは奇妙な光景。
たくさんの壊れたほとんど廃材としか言えない機械の残骸と、それよりはまだ少しマシな機械群が組み合わさってできた小さな建造物。
「この捨てられてるのはver.2か。最初の灼熱の季節で半分以上が破壊されたようだな」
「これはただ壊れただけじゃない、解体されている……生き残りが壊れた観測機からも材料を取り込んでいるのかしら?」
「しかもこの建物はシェルターか?中に機械が生きてるのか?廃材さえ利用してシェルターにしているのか……頭回り過ぎるぜ……」
「このシェルターの材料はver.3だと思うわ」
「この中にver.4が?これは…ver.4がやったのか?」


「いや…」黙って観察していたチーフが言った。
「この中にver.4が入っているとしたら、の話だが。どちらかというとver.4を壊れかけたver.3が自主的に取り巻いたように見えないか」
会話していた2人は顔を見合わせた。
確かに、その建造物には出入り口は無い。
中央に動いているかもしれない機械には、周囲の建物が作れない構造だった。



それから3人は周りの構成材--ver.3だったもの--を注意深く取り去り、その中央で動き続けていたver.4……観測機最後の一体と大切に仕舞われていたサンプルを発見する。
ver.4は何も気づかないかのように、静かにあたりを観測し続けていた。


「観測機はver.名で正式にアクセスしないとこちらには反応しないようになっているはずです」
「データは取り出せそうか?」
「試してみます」
クルーは操作端末を繋いで指を走らせる。
「『ver.4』…『ver.4』…『ver.4』?……一見正常そうなのに、なぜ動かない…?」
クルーは首を傾げて更に解析を始めた。


「しかしチーフ、自分で環境に適応する機械なんて、気味悪くないですか」
「それはそういうプログラムを彼女が組んだのだ。わかる限りのデータをあらかじめ与えて、進化もver.4までと指示してね」
「ううむ、シュミレイションゲームみたいなものですか」
「不確定要素はコンピューター・ゲームの比ではないがな」
「ゲームと思ったほうが気味悪くないですよ。旧世代を呑み込んで進化する機械なんて」
「それより私は、旧ver.が新ver.を守るように動いていたように見える現象のほうが、興味深い」
2人の会話に、解析していたクルーが割り込む。
「チーフ、データにアクセス出来ました。」
「よし。データは無事か?何か不具合は?」
「いえ…いや、データは完璧でした。ただ少し予想外のことが起きていて、手間取りました」
クルーは画面を見つめながら続ける。
「データ領域にアクセスするのに、機械のバージョン名を入力すると言いましたよね?……この機械はどうやら、進化の時に自分たちでバージョン名を変更していたようなのです…機密保持のためではありませんでした。すぐ読み取れましたから……まるで」
クルーはため息をつき、何かを追い出すように頭を振った。
「まるで、親が子に名付けをするように。自分たちの希望を最後のひとりに託すみたいに」



「名前……」
船長は最初見た光景を思い出して、身を乗り出した。
「それはなんと?」




「H-A-L…『ハル』」



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2011年02月10日

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凍らせて
そのまましまっておきたいけど
移ろって
移ろって
色褪せていく花のように




手にとって
いつでも取り出して見たいけど
すり抜けて
透き通る
雲間にかかる虹のように




響かせて
中に包まれていたいけど
広がって
薄れゆく
空気に溶ける和音のように




あとかたもなく
時の流れに消えて

留まることなく
波紋のように揺れて

カタチ無く
光のように透けて





あなたの心に
印象だけ残す
そんなわたしでいたいのに



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青い空は青が嫌い
青色以外のすべてを好む
黄色い蜜柑は黄色が嫌い
黄色以外を受け入れる


好きな色だけ受け止めて
嫌いな色をはじくから
それがぼくらの眼に届く
木々の緑も
花の紅さも
小鳥の羽の七色も
世界は「嫌い」でできている



白が無垢に見えるのは
すべての色を跳ね返すから
黒が深く見えるのは
すべての色を受け入れるから


君の瞳にうつる光と
世界の好みの逆転現象
嫌いな色をまとってる
綿の白さに
貝の黒
秋の楓のグラデーション
煌めく景色を見るたびに
重なることない気持ちを思う


さあ、
瞳を閉じてもひとり


だけど
眼を開いてもひとり



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空にあいた小さな窓に
だれかの日替わり手仕事で
薄く張られた手漉き紙


紙を通して淡く輝く
別の場所からこぼれて落ちる
人待つ玄関の白熱灯のあかり



だから
月のひかりはあたたかい



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久しぶりに実家への道を行く。
違和感と疎外感を感じながら。
スーツケースひとつで家を出た時には気づかなかったけれど、時が止まったように思えていたこの町にも、小さな変化が積み重なって、見知らぬ他人のような印象を作り出していた。
もはやアナタはここの住人じゃないと無言で告げられているかのようだ。


けれど実家にはあかりが灯されていた。
その町で唯一私を歓迎している灯り。
約束したわけではないのに、私が帰ると信じてくれていた母が、涙を浮かべてお帰りと言う。
私は何も言えない。
心配かけっぱなしで悪かったとも、親不孝なくせにこんな時だけ帰ってごめんとも、言いたいのに言葉に出せず、口のなかでただいま、らしき発音をして門をくぐった。


今更何を言えようか?


両親を置き去りに、自分には力があると思い上がって、自分の夢だと勘違いしたものを追って家を飛び出た私に。
あっという間に幻想は手からすり抜けて、私には何も残らなかった。
なのに、何もなかったように戸を開けてくれる母には私は何も言えない。


まだ帰る家があること。
その嬉しさとも、切なさとも、苦しさとも…全てに似ていてどれとも違う今の気持ちを表す言葉は、きっとどこにも存在しない。







今日は、初盆。
母は灯りをともす。
私を迎えるための火を。



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2011年02月04日

電波の届く所ならどこへでも持ち歩けて、いつでも読める携帯絵本。
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降る雪。
積もる雪。
5センチでも積もると、都会では大雪だ。
そんな朝は外に出るのが億劫になるが、一度覚悟を決めて玄関を出れば、一新された風景に心楽しませることもできる。
律儀に電線の上にまで細高く重なる雪塊とか、遠景と近景で動く速度や方向が違う雪片の乱舞とか。
中でも惹かれるのは椿が雪に覆われている、その景色。


深い緑のキッパリしたかたちの葉と、
鮮やかな紅の花。
黄金色の花芯という冠を抱いて、純白の雪化粧をしている様子は、まさに最強の意志を感じずにいられない。


何を思って真冬にかくも鮮やかな色彩を纏うことを決めたのか。
鮮やかなのに派手過ぎないのは、その深みのある発色と、迷いの無い輪郭の効果。
鮮やかなのに弱すぎないのは、氷の冷たさをものともせずに真っ直ぐ花を向ける潔さ。


文字で表すと『凛』。
そのたたずまいが好きだった。
そんな風に生きたかった。


いや、今でも好きなことには変わりはない。
しかし、この風景のごとく凛と生きるためには自分が力不足だと思い知ってから、花を見ることは苦しさに変わる。
憧れは焦燥に。
評価は自責に。
賞賛は嫉妬に。





自分はなぜ。
自分はどうして。
こんなにも。
こんなふうにしか。





一度変化した視点を、もう一度変化させたのは、あなたの言葉だ。
『雪の中って暖かいんだってね』
たぶん、雪国のかまくらや、エスキモーの氷の家を差して言った言葉だっただろう。
でも、あなたの意図するところとは別の場所でそれは心に触れた。
雪に覆われた椿の風景の色が変わる。
氷に包まれながらも背筋を伸ばす印象から、雪が氷点下の風から花を柔らかく守るイメージに。
ひとり寒さに耐える美徳から、支え合うことで生まれる強さに。



それはあなたの持つ力?



次の雪の朝には、少し違う視線で、少し愛しさを増した椿の景色を見ることができるかもしれない。



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「その花は、センブリの花ですよ」
花屋の店員が声をかけてきた。


なんだっけ?
センブリ?
うーん…そうそう、煎じて飲むやつだ。
何に効くのか忘れたけど、苦い苦い薬草茶。
改めて見ると、それは目立たないけれど艶やかな紫の五弁の小さな花が散っている秋草だった。
「めずらしいね」
「山に行くと、今ならそこらじゅうに咲いてますよ」
店員はそう笑うけれど、ここからはその山に行く電車賃のほうが高くつく。


我が家には小さな花瓶しかないから、三本だけ欲しいと頼んでみる。
花瓶くらい買えばいいじゃん、て思うだろう?
うん、うん、思うだろう。
だが、このセリフも何回も繰り返してるから店員はわかってる。
ホントのところ、花を絶やさないようにしたかったら、自分の稼ぎでは一度に費やせるのはここが限度だ。
一本百円、三本で三百円。
(一輪三百円の薔薇は一本しか買わないからバレバレである。)
そんな小さな買い物でも、丁寧に扱ってくれるからここに通ってるんだけど。
しかし、薬草茶かぁ。
花が終わったら、乾燥させて煎じてみたら、どうかな。
一本で二度おいしい。いや、苦いか?
「一応言っておきますけど、観賞用ですからね。農薬とか強くかけてあるといけないから、飲まないでくださいね」
うわ。
心読まれた。
顔に出てたかな。
そんな軽口をたたきながら、店員は長く楽しめるようにと、まだ開いていない、けれど確実に開花しそうな蕾をつけた枝を、慎重に三本選んで包んでくれた。


それにしても、この町に流れてきて最初にできた知り合いが、コンビニの店員でも飲み屋のマスターでもなく、花屋だったってのは我ながら上出来だったと思う。


アレンジなんて出来ないから、ただ花瓶の高さに合わせて枝を切り、水を満たして花を投げ込んだ。
これから紫の小さな星が次々と開いて、我が家に秋がやってくる。



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