ちとせ館

(あしたもよろし ゆうべもよろし)

詩集

思ひ出

霏々として、という言葉を知ったのは、北原白秋から。


水車しづかにすべり、霏々として綿雪のふる。
ふりつもる異國の雪は陰影の雪、おもひでの雪。


木瓜

いとけなきわれらがゆめに絶間なくふりつもる雪。
ふりつもる「時」の沈默にうづもれて滅ゆる昨日よ。


昨日から、なんとか風邪の症状から脱してます。
まだちょっと咳は出るんだけど。
それにしても長かった。
まだまだ油断できないから、今週末できっちり治したいと思います。

東京バラードそれから

東京では 空は
しっかり目をつむっていなければ 見えない

東京では 夢は
しっかりと目をあいていなければ 見えない



ほんと、そんな感じでした。
東京の空。

最近、東京の雑踏がすごく苦手。
前から得意ではなかったけれど、方向を間違えたり目標物をうっかり見落としたりがとても増えた。
たぶん、苦手だと自分ではっきりわかって、いやいや歩いているからだろうと思う。
以前はさっさか、がんばって歩いてた時もあったけどな。

そんなこんなで苦労したけど、なんとか行けました。
東京国際フォーラム。
いろいろあってドタキャンになるかもと、身内だけにひっそり伝えて準備して、こっそりひとりで出かけてきたのでした。

miyuki

なんでチキンステーキが応援になるのか、さっぱりわからないけど、こう言われては食べないわけにはいかんでしょう。
甘辛ソースこってりのでっかいチキンに、人参と玉ねぎのかき揚げ、ナスの天ぷらが乗っている不思議なメニュー。
ものすごいボリュームで、コンサート前に食べたのに終わってもまだお腹に残ってる感じ。
若い人にはいいかもだけど、年齢層高めの中島みゆきファンにはどうでしょう?
私は、力うどん天かす抜きがあったらよかったなと思う。

コンサートは、本当に素晴らしかった。
舞台のセットも、みゆきさんの衣装も、変幻自在。
みゆきさんの声は、いつにもまして変幻自在。

セットリストがすごい。
先日出たアルバムからは、たった3曲。
そこが中島みゆき。
音楽評論のコラムなどではこぼれ落ちてしまうような曲が、生き生きと歌われる。
選曲はマニアックかもしれないけれど、『麦の唄』目当てに初めてコンサートに来た人にも充分楽しんでもらえる構成になっているのは流石。

夢のような時間。
目をしっかりとあいて見てきました。
これでまた1年、大変なことがあってもがんばれると思うのであります。

それから、またちまちまと500円玉貯金をして来年の資金を貯めねば。
今回のように東京と大阪でしかやらない場合、地方の人はホント大変だよ。
それでも、沖縄から北海道から人が来るんだもんな。
山形くらいなんてことないよねえ。

花いっぱい

桜が散ると他の花がいっせいに咲くので、本棚からまどみちおさんの詩集を出して読む。
水仙、たんぽぽ、スミレ。
みんなこの小さな本の中でおしゃべりしてる。


まどみちおさんの心地よいリズム。
とても好きだ。



少し暇ができたので、少しの暇でできることをする。
何作ろうかな?
チューリップが簡単できれい。
そよかぜのスカート。


右左口


『事あらば終る命もかなしくて「柚子十八年」柚子の種を蒔く』
(山崎方代)


今、柚子にはまってます。
昔から好きだけど、ここのところ柚子を見るとうれしくなるくらい。

yuzu

でも、こちらでは植えても育たないだろうな。
実家の庭からもらってきた柚子の実がある。
私が家を出てから植えた木。

刻んで冷凍しておこう。
雪の下から大根が掘りだせるようになったら、ゆず大根の漬物を作るんだ。

誰にもあげることはできないのだ

詩はネクタイとはちがって
私有するわけにはいかないから
書かれた瞬間から言葉は私のものでも
あなたのものでもなく万人のもの


谷川俊太郎さんの『詩を贈ることについて』という詩。

贈り物は難しいものですねえ。
クリスマスプレゼント、もう用意しましたか?

私?
全然思いつかなくて、まだ。

この詩に、
「詩を贈ろうとすることは空気を贈ろうとするのに似ている」
って言葉があるの。

空気、いいかも。
部屋をきれいに掃除して、きれいな空気をプレゼント。

どうせ大掃除しなくちゃだし。(笑)

そのほかに


ごくつまらぬ物をひとつ失くした
無いとどうしても困るという物ではない
なつかしい思い出があるわけでもない
代りの新しいやつは角の店で売っている
けれどそれが出てこないそれだけのことで
引き出しという引き出しは永劫の迷路と化し
私はすでに三時間もそこをさまよっている


あるある。
こういうこと。

テレビボードの扉も開けてみる。

satsuki

ここにもなかった…(笑)


すてきなひとりぼっち

誰も知らない道をとおって
誰も知らない野原にくれば
太陽だけが俺の友だち



谷川俊太郎さんが言うと崇高な感じがするけど、私が言ったら現実逃避かも。
まあそれでもいいかな。
と思う、太陽が見えない朝。

涼しい。
どこか景色のいいとこに行きたいな。

そらをかついで

肩は
首の付け根から
なだらかにのびて。
肩は
地平線のように
つながって。
人はみんなで
空をかついで
きのうからきょうへと。




あんまりどんより重かったり、ひりひり熱かったりしない空だといいな。
今日も予報は30度超え

空に立つ波

宿の御主人から聞いたのだけれど、もう少し季節が動くと「雲海ツアー」をするって。
早朝に赤湯十分一山に登ると、見渡す限りの雲の海が波立っている。
白竜湖のあたりからは、白い霧のかたまりが空に向かって登り、まるで白い竜のようだと。

見たい〜。
「水なき空に波ぞ立ちける」って、紀貫之の歌を思い出した。
あれの季節は春で、霧じゃなくて花びらだけど。

『桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける』

古今和歌集で詠まれている。
全二十巻、歌の数1111首。

万葉集よりちょっと評価が低いらしい。
そうかなあ?



古今集の入門書。
竹西寛子さんが「これ!」と決めたいくつかの歌を、丁寧に一首ずつときほぐしてくれる。

人と生まれた以上、誰でも心は持っている。
目があればものを見る。
耳があればものを聞く。
心があるから、見聞きすることで心は動く。
そこまでは万人のもの。

さて、そこから。
言葉が出てくる。
それがどんな歌になるかは、人それぞれ。

おさえようにもおさえられない心の動きが、ひとりでに言葉をよび、自然に何かを詠まされた感じになる歌がいい。
紀貫之は、そう言っている。

そこに付けくわえて竹西寛子さんは、自然に詠みだされたものすべてがいいとは限らないと言う。
才能、資質、そして絶えず言葉の訓練をしていること。

紀貫之はこの時代、抜きん出て秀でた歌人だった。
その根底には、言葉に対する愛情がある。

点滴ポール 生き抜くという旗印

点滴ポール 生き抜くという旗印
点滴ポール 生き抜くという旗印 [単行本]

著者の岩崎航さんがベッドの上からこちらを見ている写真の帯を外したら、今度はきれいな点滴チューブの写真だった。
医療器具がこんなにきれいに見えたことって、今までない。
そこに繋がる命がきれいだから。

特にこの詩がよかった。

君のお母さんは
強いのではないよ
強く、なれたんだよと
あなたは
教えてくれた

岩崎航さんが紆余曲折を経てこれらの詩を紡ぎ出したように。
お母さんの紆余曲折を思う。

「あなた」は誰だろう?
お父さんだろうか。

何度も何度も何度も読み返したくなる詩集に、久しぶりに出会った。
もし私が暗闇に落ちたら、灯火になってください。

老楽笑歌

老年を笑って歌って。
歌は短歌(風)。
サトウサンペイさんの挿絵がいいんだ。

老楽笑歌―みんなも笑おう300首 心の元気は笑いから
老楽笑歌


『忘れてたチンしたおかずがそのまんま食後になってレンジで発見』
『夕食の食卓何か物足りぬ後で気づけば煮物が鍋に』

あるある〜(笑)

私の場合、煮物より焼き魚を忘れる率がかなり高いの。
パナソニックのおまかせグリルを使ってるんだけど、タイマーでやるからスイッチが切れた時にそばにいなかったりする。
なんか一品足りないなあ…とは感じるんだけど、魚のことを思い出さない。

次に魚焼こうとした時に、干からびた前の魚を見つける。
食材を無駄にした申し訳なさと、自分の物忘れのひどさに、落ち込む落ち込む。
でもこうして、本の中で読めば笑える。

そのグリルも含めて、クリナップさんが家に来て台所とお風呂の点検をしてくれた。
リフォーム後5年の無料サービスだって。
もう5年。
借家のちっちゃな台所で料理して、車でこぼさないように鍋を運んだこと。
昨日とまでは言わないけど、一ヶ月くらい前のことに感じる。

『忘却とは惚けゆくことのはじめかな ひと月いち年みな忘れ果て』

私もちゃんと老年の仲間になってるってことだね。
話し出す前から笑いのこぼれ出す、そんなばあちゃんにワタシハナリタイ。

冬の阿修羅

asai冬の阿修羅 [単行本]

写真家・浅井慎平さんの名前を初めて見たのは、30年ほど前のおもちゃ屋さん。
ジグソーパズルのカタログ。
その海の写真に惹かれて、もちろん買って組み立てて部屋に飾りましたわさ。
少し色あせたけど、まだ持ってる。

写真集もいろいろ読んだ。
日曜日のテレビはサンデーモーニング。(笑)
すこし前からプロフィールに、「写真家」のほかに「俳人」というのが加わった。

『冷やかに阿修羅は遠く暮の空』

『木枯やこころは見えず二人酒』

『嘘つきに酒の肴は貝のぬた』

いいなあ。
浅井慎平さんの俳句も。

旅の中で詠んだもので、なぜこんな句が生まれたのかもう覚えていないという。
呟きみたいなものだとも。

静かに、生きることを楽しむ。

ちいさなてのひらでも

陸前高田の一本松とご自身が重なるという。
同級生はほとんどいなくなってしまった。
悲しい、辛い、痛い、苦しい。
でも、うなだれて生きるのは好きじゃないからと、明るい絵と詩が生まれる。

ちいさなてのひらでも
ちいさなてのひらでも

『てのひらをたいように』という歌、今でこそ子どもの歌の位置にいるけど、元々は大人のための歌。
ちゃんと歌詞を読むと深い。

一番が「生きているから かなしいんだ」
二番に「生きているから うれしいんだ」

逆だったらまた違う。
この歌を作った時よりもっと深みが増した92歳。
絶望と希望の詩集。

たんぽぽの日々

俵万智さんの短歌エッセイ。

たんぽぽの日々
たんぽぽの日々

『さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園』

こちらの桜もそろそろ終わりです。
わくわく待った咲き始め。
高揚の満開時。
散って気が抜ける。

何度繰り返してもあきない。

葉が青々とした木の姿もいいものだけど、なんか思い出しちゃうんだよね。
ぽふっとピンクにふくらんだ蕾とか。
空を覆い尽くすような花、花、花とか。
風に舞う花びらのやわらかさとか。

繰り返して思い出すほど、記憶に深く刻まれる。
なにもなかったかのように見えて、確かにあったもの。

タンポポ

ぞうのミミカキ

ぞうのミミカキ
ぞうのミミカキ

いろいろな「もの」たちについて、まどみちおさんの詩。
孫の手や、くつべら、まくら…

ものは、いつでも、どんなことされても、何でもない顔してる。
そんなこと気にしてたら、ものは務まらないからだって。

さっき、テレビを一台、処分場へ運んできた。
夫と選んで、大きなテレビでうれしいねって喜んだのは10年前。
埃を払ってきれいに拭いた。
このテレビでいろんな映画やドラマを観たな〜、と思い出しながら。

まだ使えるのに、型が古くなったからと捨てる痛み。
明日にはきっと忘れてしまう。
でも、同じようなことがあるたびにまた痛む。
聞こえない声。
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